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2003: 伊勢・志摩地方の探訪 孫右衛門 1月 9日(日) 19:44
年明け早々に三重県を中心に3泊(うち1泊は前泊)の探訪を行いました。
三重県内では1泊だけでしたが探訪先は行き返りに寄った大阪府2箇所のほかは伊勢地方中南部から志摩地方英虞湾近辺にかけてです。
これは英虞湾にある間崎島の風景です。湾の反対側の和具から賢島への航路がここに立ち寄るので、探訪には便利です。
真珠養殖で繁栄した島という認識で訪ねたのですが、建物は立派でも空家が多く、寂れた印象でした。島のお年寄りによると、景気がよかったのは戦前までだったようで、以後は輸入物に押され、養殖も2・3軒しかやっていないとのこと。
遊覧船が時折近くを通り、穏やかで住みやすそうな島なのに、イメージとは異なるものでした。

孫右衛門 1月 9日(日) 19:50
今回は車は使わず全て鉄道かバスによるもので、駅間で伊勢への街道沿いの集落をいくつか拾い歩きました。その一つ現在は伊勢市の一部となっている小俣町の町並です。連続性が高く、こんな街道集落が知られず残っているのも伊勢地方の魅力の一つです。
その他、市場庄の再訪、久居の町並などを訪ねました。

孫右衛門 1月 9日(日) 19:55
2日目は河崎の古い町並からほど近いところにある「星出館」に泊りました。
旅館としての創業は大正末期。道路側からの外見はこのような地味なものですが中庭を囲む回廊形式の造りで、朱塗りの橋などの凝った意匠を持つ宿でした。
翌早朝、伊勢神宮外宮を参拝したあと河崎の町並を再訪しながら宿に戻りました。

Yasuko 1月10日(月) 14:09
星出館ですか、以前チェックしたことがある旅館です。趣があって良さそうですね。

孫右衛門 1月10日(月) 20:03
伊勢神宮の参拝にはこういう宿が相応しいと思います。外国人客も多いからか最低限の泊りやすさも工夫されていました。機会があれば。
そういえば3日の早朝、「山田館」の正面の部屋に灯りがついていました。泊った方がいらっしゃるからか、門前の体裁確保のためかはわかりませんでした。
最終日は奈良町を見下ろす丘に燦然と建つ老舗ホテル・奈良ホテルに泊りました。

Yasuko 1月10日(月) 20:22
山田館懐かしいですね、ボールが転がるような斜め感は忘れられない思い出です。
奈良ホテルは奈良の案内してくださった方が、絶対泊まるべきと教えてくださったホテルで、一度は行きたいと思っていますが、まだ実現していません。お水取りに昔行ったときに、お茶だけはしました。旅心誘われます。

太泉八雲 1月10日(月) 20:49
奈良を第二の故郷としている身としては、奈良ホテルは是非に泊まらねばなりませんね。
「星出館」と共に一人泊は可能でしょうか?

孫右衛門 1月10日(月) 21:19
いずれも実際一人泊で泊りました。しかも楽天で予約できます。
奈良ホテルはやはり、本館がお勧めですね。
p5900134-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp
2002: 新年おめでとうございます Yasuko 1月 4日(火) 10:55
皆様,あけましておめでとうございます。今年こそオフ会が出来ますように願っております。

孫右衛門 1月 4日(火) 19:27
新年おめでとうございます。
オフ会は実現したいですね。
2回ほどオンライン形式をしましたが私はどうもなじめませんし、現地で行ってこそオフ会ですので。
年明け早々から三重県を中心に訪ねていました。また改めてレポートします。

太泉八雲 1月 9日(日) 16:21
大変遅らせながら、新年明けましておめでとうございます。
昨年はコロナ渦ピークで、年末年始は都心近郊で過ごしましたが、今年は久々に遠出しました。テーマは北海道最東端で初日の出。
しかし、年末年始は往復の新幹線が取れず、やむを得ず12/31出発、1/1帰省の強行軍での鉄道旅を挙行しました。東京から釧路まで約11時間の鉄道旅。
経営が苦しいJR北海道の車両メンテ環境のせいか、行きも特急が故障の為ダイヤが乱れ。
花咲線では2回もエゾシカと衝突して遅れ、帰りも特急の車両故障に加え、大雪でダイヤも乱れて東京まで帰る事が出来ませんでした。
素早く発想を切り替え、盛岡まで下って一泊。秋田新幹線、奥羽本線、山形新幹線経由で雪国を回って帰ってきました。ちなみに北海道はほとんど雪が無かったでした。

もう少し日が長くなったら再び町並み散策。撮影を始めます。


と、言う訳で本年も宜しくお願いします。

孫右衛門 1月 9日(日) 18:55
太泉八雲さんと思いますが、弾丸鉄道旅をされたとのこと、冬の北国の旅は交通機関が悪天候の影響を受けることが多いのが難点ですね。

釧路などの道東を訪ねたのは前の会社を辞めて放浪していた1998年にまでさかのぼります。
以後は町並ばかりになって北海道自体もその間1度しか訪ねられていません。

最近は動画での活躍を時折拝見しています。さらなる発展をお祈りします。


太泉八雲 1月10日(月) 09:40
あ、すみません。太泉八雲です。久しぶりの書き込みで、掲示板が名前を記憶していませんでした。
ご指摘ありがとうございます。
p03cfd8.tokynt01.ap.so-net.ne.jp
2001: 今年最後=広島県離島完結の旅 万訪 12月29日(水) 19:52
ご無沙汰しております。今年最後の旅に出ておりました。今、広島空港で旅を終えました。
12/25-29。倉橋島室尾、鹿老渡、鹿島宮ノ口、呉両城・愛宕、豊島※、契島が空撮と動画撮影のため再訪、呉宮原、生野島、情島、三角島※、呉大入※が初探訪でした。※は孫右衛門さんと同行させていただきました。
画像は生野島から眺めた契島です。孫右衛門さんと歩いた三角島は雪が舞う中、素朴でよかった。豊島の密集系漁村は手応え十分、孫右衛門さんに紹介いただいた呉大入も密集系で中々のものでした!
情島はめっちゃ小さな島ですが、集落はよかった!そして、呉の「天界の住宅地」はやはり面白いですね!
来年もコロナの心配は続きますが、穏やかな年になってほしいと思います。皆さん、良いお年をお迎えください♪♪

Yasuko 12月30日(木) 14:50
素敵な旅されてますね。私も行ったことのある所もあります。今年は広島で終わりですか、来年はどこへ行かれるのか、楽しみにしております。よいお年を。

孫右衛門 12月30日(木) 17:05
当日は寒気のなかお疲れ様でした。
三角島は個人では対岸を何度も通過しているだけで、訪ねようという思いも抱いたことがありませんでしたので、この機会は貴重でした。
高台から集落を通してフェリーが停まっているいる風景は風情がありましたし、叔母さんに蜜柑を頂いたり、渡ってみないとわからないこと体験できないことが多いですね。
豊島小野浦も新たな発見がいくつもありましたし、大入地区(阿賀南八丁目)も再撮影出来て良かったです。
万訪さん皆さんよいお年をお迎えください。
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2000: 広島県と岡山県の県境付近の街 辰巳屋 12月19日(日) 11:44
広島・岡山の県境の街並み
11月に広島・岡山の県境付近を訪問しました。
以下は、極めてローカルな話題と思っていますが、お許しをいただきたいと思います。

前々から芳井町(井原市)と川上町(高梁市)あたりに、街並みが残されているのではないのかと思っていました。特に芳井町辺りに、井原市街から川沿いに連続しているように思っていました。
画像は、簗瀬です。芳井の街並みからは、少し下流の対岸にあります。手前の長屋門の家は、緒方研堂(幕末に緒方洪庵のもとで活躍)生家、途中には、造酒屋もあります。小さな街並みですので、見逃しがちですが、独立しているように思えます。

辰巳屋 12月19日(日) 11:46
東城往来の街並みを巡っていたのですが、東城(庄原市東城)から油木、豊松、花済(以上は神石高原町)、高山市(高梁市)、芳井、井原(以上は井原市)へ至るルートを訪問したのですが、この中で、花済は未訪門でしたので、行ってみました。広島と岡山の正に県境に、その面影ではないかと思われる場所がありました。岡山からは、杖立と呼ばれているようです。
街並みというのには、閑散としていますが、面影はわずかに残っています。
右側の石柱が県境を示すものです。東城往来は、このルート以外に多数あるようです。

辰巳屋 12月19日(日) 11:48
井原市芳井町を訪問したとき、広島県がわの福山市山野町を訪れました。山野町の中心地は以前訪れたことはあるのですが、更に上流は未訪でした。上流に、「田原」という地図でみるとわずかに小さな街並みがあるように見えましたので、訪問しました。山野町は、行政区域は福山市ですが、川は井原市に流れており、経済圏は井原市のように思えます。

画像は、田原の街並みです。200m前後の街並みですが、沿岸部からは隔絶された地域にひっそりとたたずんでいるようでした。

Yasuko 12月19日(日) 18:55
岡山に住んでいるのですが、全く訪ねたことのないところばかりです。新鮮な気持ちで拝見出来ます。
先日、県北では、もう雪が降っているそうですね。これからはスタットレスがいる時期なので、お気をつけて探訪されてください。私は今、写真に凝っていてネタ探していますがなかなかです。

孫右衛門 12月19日(日) 22:38
私もあまり知らない所ばかりです。芳井町は与井という地区に町並が残り、以前訪ねて掲載していると思うのですが、梁瀬と言われるところの町並もよさそうですね。
福山市の山野地区は、今年仕事の関係で何度か訪ね掲載された田原地区も通っています。探訪の余地はありませんでしたが、見覚えあります。

今年は何時もより早く繁忙期が訪れ、また山も高く今月は探訪どころではなく、久々に応えますね。年始には3泊の探訪を企画しています。
Yasukoさんも写真に凝られて原点回帰でしょうか。

辰巳屋 12月22日(水) 10:18
田原は、孫右衛門さんの掲載基準から推測すると掲載されないかもしれません。私は、過去に街並みがあった場所も掲載する方針をとっています。方針の違いは止むをえないと思います。

県境からは離れますが、岡山には、またまた小さな街並みですが、岡山市の足守のすぐ上流の川を渡った所の河岸に川崎町があります。足守城下の町として数えられていたようですが、足守で掲載する人はいません。訪れると、画像のような街並みがありました。大井の南にあたります。

辰巳屋 12月22日(水) 10:19
備中高松にも小さな街並みがあります。地元の案内板には「原古才の街並み」として説明してありました。陣屋があったようです。
古い建物は、あまり残っていませんが、国道429号の狭い旧道沿いに街並みがあった痕跡があります。
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1999: 「山梨県に行きました」の続き 辰巳屋 12月 7日(火) 09:38

申し訳ありません。新しく追加投稿しようとして、一部訂正をしたいと考えて削除したら、全体が削除されてしまいました。申し訳ありません。

追加の内容は、こんなものでした。
山梨は、養蚕農家が多いので、山梨市の江曽原、牧丘町牧平、洞雲寺、北原などを訪問しました。また、早川町の赤沢宿、早川、新倉、茂倉、薬袋などを訪問しました。早川町も養蚕農家は多い。
この他、甲州街道の駒飼宿から上野原宿まで、富士川街道は、万沢宿から青柳、さらに台ケ原宿、竜王河原宿、若神子宿なども訪問しました。

画像は、切妻造古民家群の阿曽原集落です。山梨市景観百選に選定されています。

辰巳屋 12月 7日(火) 09:41
画像は、牧丘町牧平です。山梨市景観百選には選定されていませんが、切妻造古民家が密集しています。
もっと山梨を廻りたい。まだ、時間が足りないと叫びたかったです。
まあ、次回の楽しみに取っておこうと思います。
120050197100.mcat.ne.jp
1998: 雑賀崎・田之浦 万訪 11月23日(火) 14:51
今日は。今日は出張のため和歌山に来ています。明日早い時間にお客様のところへ行くため前日入り、それが休日となれば、ついでに集落町並みを歩こうかということで、雑賀崎と田之浦の動画撮影をしています。改めて大変な急傾斜地上の密集系漁村の圧倒されています。道は縦横同じように張り巡らされているので、完全に迷路ですね。いやはや疲れました。
新和歌浦まで歩いてバスに乗って中心部へ帰ります。




七ちょめ 11月23日(火) 18:40
和歌山市の雑賀崎ですか。活気ある漁港と漁村ですね。
熱くなく寒くなく探訪にはよい季節です。

私、昨年1月の終わりころ、コロナがやいやい言われる前にここを動画撮影に訪ねた時、この漁港で交通事故を起こし、いや、起こされたのです。
右折時に後ろから来た車に当てられたのです。取り調べの若い警察官に免許返納をシツコク云われました。
右ドアから右正面にかけて大きく破損しました。
それからの運転は随分慎重になりました。来年の今頃に免許を返納しようと考えています。
(前の更新時に返納を考えていましたが、或る事情が発生して返納を3年遅らせたのです。)
万訪 11月24日(水) 02:33
なんと七ちょめさんの免許返納へのキッカケになった場所だったんですね。

七ちょめ 11月24日(水) 08:57
以前訪ねた時よりも木造家屋が少なくなりました。
活気ある漁村ですので、建て替えが進んでいるのでしょうね。

孫右衛門 11月24日(水) 09:13
私はここはバスに乗って訪ねました。丘の上のバス停から集落を下っていく形で、少し変ったアプローチでした。
来月に芸予諸島を訪ねられるという予定、また日程等を教えてください。
但し繁忙期に差し掛かって休みが少なくなっているので、ご一緒できるとしても1日になるかと思いますが。

万訪 11月24日(水) 18:38
私も今回はバスで訪ねました。結構頻繁のバスが出ており、かつ和歌山城バス停前に宿があったもので大変便利でした。今日は和歌山で仕事の後、単に帰るのはつまらないので、特急くろしお→特急南紀→新幹線で帰っています。今、南紀の車内から書き込んでいます。
孫右衛門さん、年末の計画表をメールしました。ご都合良いところがあれば、ご一緒できれば幸いです。

孫右衛門 11月24日(水) 22:25
了解しました。メール受信確認しました。
明日にも返信しますので、詰めましょう。
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1997: 別府・山田別荘と国東半島 孫右衛門 11月20日(土) 13:22
世間では週明け月曜を休み4連休という方もあるようですが私は暦通りです。
先週末のことですが大分県を訪ねました。
今回もどちらかというと旅館に重点を置いたもので、昭和初期の別荘建築を利用し戦後旅館として営業を開始した「山田別荘」に泊りました。別府の市街中心と言っていい場所ですが繁華街とは反対の方向で、静かなエリアに格式を感じる佇まいを見せていました。
玄関右の洋風な部分は、別荘時代応接室として使われていたといいます。

孫右衛門 11月20日(土) 13:27
半地下にある浴室も年季が入り風情を感じるものでした。もちろん湯は24時間常時投入されています。
これとは別に貸切の露天風呂があり、内風呂と合せ計4回入浴し満足しました。

孫右衛門 11月20日(土) 13:30
本館と別館があり、これは本館2階の客室です。私は別館のこれよりシンプルな部屋でした。部屋にTVを備えないのもこの旅館の方針のようで、その分宿への滞在感を強く感じることができ、またくつろげました。

七ちょめ 11月20日(土) 18:30
別府温泉は「山田別荘」の宿泊でしたか。ツイッターで拝見していました。
私も宿泊候補にに揚げましたが、創業の点で別府鉄輪温泉の温泉閣というお寺の宿坊から出発した旅館に泊まりました。
一人で泊り、テレビが無いと案外することが無くて、私は何時も早く寝てしまいました。
夕食はあったのですか。

孫右衛門 11月20日(土) 19:23
食事は朝食のみでした。
チェックイン時間早々に到着し露天風呂に入りしばらく部屋でくつろいだ後、町の散策に出ました。良さそうな店探しを兼ねて小一時間ほど歩き入った店は当りでした。関サバのしめ鯖ととり天を堪能しました。
温泉街の風情というとやはり鉄輪が良いですね。七ちょめさんが泊られた宿や、貸間と呼ばれる昔ながらの部屋のみの宿も沢山ありますので、今後も訪ねることはあるでしょう。
これは、海岸部に近い別府タワーと旅館群です。この辺りの宿はビル型の大型旅館ですが、そろそろ昭和レトロ的な風情を発しはじめているように感じます。

孫右衛門 11月20日(土) 20:11
町並は国東半島を中心に、山香、武蔵、国東、真玉、そして宇佐市四日市と中津市今津と訪ねました。
あと杵築の町並は訪ねていなかった地区を含め再訪しました。城址も訪ねました。
北台の武家屋敷街を台地沿いに西に向うと、商家の連なる意外な町並が展開していました。
これは辰巳屋さん情報で訪ねました。

辰巳屋 11月21日(日) 13:21
私の情報で行かれたのですか。小さな街並みが多くて申し訳ないですね。宇佐市の四日市はあまり知られていないと思います。東西の本願寺別院があり、その参道沿いに料亭があった記憶があります。
杵築は、酢屋の坂などの高低差のある景観が人気ですが、西新町も魅力的な景観があります。高低差もあり、古い建物も残り、坂を登った所には遊郭だった建物も残っています。
画像は、西新町を降りる富坂の下からの画像です。

ゆっくりと別府で湯治なんかをしながら街並みめぐりをしたいものです。

孫右衛門 11月21日(日) 20:30
九州は辰巳屋さん情報が豊富なので心強いです。宇佐市四日市は思わぬ展開でしたね。宇佐はどこが市街中心なのか、今一つ判らなくなりました。
辰巳屋さん情報ではないところでは、国東半島南東部の武蔵古市の町並がありました。今は国道沿いに新しい賑わいが移って、どうも活気に乏しく探訪していてもやや冴えない気分でしたが、商店が連なっている様子は想像できる家並でした。
別府は観光地的なところだけでなく長逗留にも適したところがたくさんあるので時期が来ればそんな滞在もしてみたいものです。
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1995: 赤穂御崎の朝日 七ちょめ 11月 9日(火) 09:06
先日泊った赤穂御崎の旅館の泊まった部屋から見た朝日です。
僅かな時間でしたが綺麗でした。

万訪 11月17日(水) 23:32
七ちょめさんこんにちは。見事な夕焼けですね。
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1996: 天空の集落 辰巳屋 11月17日(水) 19:03
岡山県高梁市布賀に行きました。成羽川中流域にあり、布賀(黒鳥)は街並みとしては、黒鳥又は長屋、布賀・長屋などという名称で紹介されています。住居表示でいくと、布賀と長屋の隣接区域で一帯として街並みを形成しています。どちらかというと長屋地区は黒鳥商店街があり商業地域、布賀地区は備中地域局や旧陣屋もあり行政区域となっているようです。近くのダムは黒鳥ダム、地元小学校は、旧村名を引き継いだ富家小学校となっています。

画像は、布賀の街並みです。


辰巳屋 11月17日(水) 19:04
今回は、その布賀の高原地域からの景観を紹介します。成羽川河岸の布賀の街並みからつづら折りになっている坂道を登ると布賀の高原地帯に到達します。一帯はカルスト台地になっており、成羽川により大きく浸食されているため、高低差のある美しい景観を作っています。
画像は、布賀の大原から望んだ成羽川の対岸の集落です。
右も左も手前も絶壁であり、その地形の上に浮かび上がるように集落があります。当日の天気は曇りがちでしたので晴天であればもっと良い画像になっていたかもしれません。また、この地方は、雲海が良くでる地域と聞きますので、雲海が出れば、天空の城ならぬ、天空の集落となるでしょう。

七ちょめ 11月17日(水) 19:45
辰巳屋さんの訪ねられるところはマニアック過ぎて、知らないところばかりと思っていましたが、この布賀や長屋の名前を見て、確か訪ねたことがあると思い、自分のホームページを見ると訪ねていました。
谷間集落は成羽川沿いの集落と、急坂を登れば高原集落が混在している変わった地域でしたね。
昔、谷間集落の小学校から、高原集落の小学校に転勤になった教師が、余りの急坂を毎日登り降りするのが苦痛で、辞職したのでその坂を辞職坂と名付けられた坂道があったとか。
良くこんなところに集落がと思えるところに集落がありびっくりするとことですね。

今日は温かく天気が良いので、岐阜県の大垣市赤坂と羽島市の竹鼻を訪ねてきました。
車で行けば近くで簡単に行けますが、電車で行ったもので、30分待って20分電車に乗りというように、能率の悪い探訪でした。

でも、年寄りは車に乗るなと家内のキツイ言葉で、電車で動いています。

万訪 11月17日(水) 23:30
おおっ!懐かしい風景です。カルスト地形の天界の村。布賀台から中村台を見ているのでしょうか。互いに1kmくらいしか離れていませんが、行こうと思うと400mの絶壁の谷を下って上らねばなりません。私が行ったのは2006年で、その時は茅葺き民家も見られましたが、もうなくなっちゃったのかな。中央構造線伝いの天界の村の動画撮影も先々週、西端の熊本まで終えましたので、次は中国山地になります。ここは、今のところ2023年11月を予定しています。雲海の時期に空撮を撮りたいものです。
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1994: チョット動き出したかな 七ちょめ 11月 8日(月) 10:17
辞めたといっている私が投稿して申し訳ないです。

一枚目は赤穂城下町の町並です。
10月末に、家内と一緒に赤穂を訪ねてノンビリ一泊してきました。一緒に動くのは約2年ぶりでした。
2枚目は福井県の今庄の京藤甚五郎家です。11月6日に今庄と武生を訪ねて動画撮影してきました。
何とか行動をしていますが、老化はどうしようもなく、改めて「いらかぐみ」の皆様と共に行動するのは無理と判断しました。
でも、ゆっくり、ノンビリなら行動できますので、これからも訪ねたところの詰まらない投稿は続けたく思います。お許しください。

とは言え今庄・武生で一日16,000歩と歩数計は出ていました。


孫右衛門 11月 9日(火) 10:15
今庄のこの旧家は再活用されているようですね。今庄は三回は訪ねていますが、一番印象に残っているのは最初に訪ねた時の晩秋の雨の夕方での寂しくも重厚な町並風景です。重伝建地区にもなって、注目度も高まっていることでしょう。

関西圏でのオフ会や集まりがあれば、お会いしたいものです。

七ちょめ 11月 9日(火) 11:33
https://www.youtube.com/watch?v=hQm59ZznuKI
今庄の動画(YouTube)をUPしました。
確か誰でも見られると思います。只チャンネル登録したり、評価するのはYouTubeに登録していなくては出来ないとおもいます。

辰巳屋 11月11日(木) 14:18
今庄は、私も昨年訪問しました。
こじんまりしていて、しかも濃厚な街並みが続いていましたね。
京藤甚五郎家のうだつは、うだつの部分が強調されていて独特の形で迫ってくるものがあります。
1日、1万6千歩は素晴らしい。
120050197253.mcat.ne.jp