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1396: えらいこっちゃ 七ちょめ 4月22日(水) 13:30
昨日から今日22日にかけて、奈良県五條市の山田旅館に泊ってきたのですが、一眼レフで写した山田旅館の画像が無くなってしまったのか取り出せないのです。
サブカメラとして持って行ったソニーのRX−100の画像は健全なのですが、肝心の山田旅館の画像が全くダメのようです。
業者に頼んだら取り出してくれるでしょうが、8000円も10,000円も必要ですし、取り出せる確証はないので、これからまた再訪問して写真を撮らせてもらう交渉をしました。
まあ、近いので、私がしんどいだけですが、さっぱりわえです。
写真は昨日サブカメラのソニーRX−100で撮った奈良県山添村峰寺の写真です。
トタン覆いの無い茅葺屋根は全部で4棟ありました。
Kさん、情報ありがとうございました。

Kさん 4月22日(水) 20:53
せっかく出かけたのに写真がだめとは、お気の毒です。簡易カメラしか使ったことがない私は、そうした失敗がないのですが、高級カメラにはそうした事故もあるのですね。

学生時代の知り合いで、その後プロカメラマンになった友人に、私の結婚式の写真を頼んだのですが、実は全部写っていませんでした。式を二度やるわけにもいかず、そのままになっています。50年近く前の話ですが、彼はいまだに気にしています。

早速、峰寺へ行かれましたね。周辺は皆、奈良市になっていますが、ここは山添村です。

孫右衛門 4月22日(水) 21:35
災難でしたね。幸い私はこれまで撮影した画像が消えたり復元できなかったりしたことはありません。
町並探訪先でカメラを落として壊してしまったことはありますが。


七ちょめ 4月22日(水) 22:17
再度訪ねて、先ほど帰ってきました。泊りもせんのに電気を点けてと頼みました。
今回は画像を取り出せましたが、昨日のは何だったのでしょうね。
昨夜、寝るまで暇なものだから、旅館で一枚一枚カメラ上で写したものを点検までしていたのですが、帰ってパソコンに入れようとすると、画像がありませんと一枚も無いのです。
改めてカメラで点検するも一枚も再現できない。
多分SDカードには記録されているだろうが、なんかの調子で画像が見えないとおもうのです。
もう3年ほど前には山梨県の探訪で、約一日分が取り出せないので、業者に取り出してもらいました。心配しましたが結果はOKでした。
今回も同じ様に業者に頼むのも方法ですが、手っ取り早く、近いのでもう一度撮り直しました。
旅館に遠慮してと、旅館の方が食事中のようだったので、慌てていて、玄関部分の電気は付いているのですが、どうも暗いのが気に要りませんが、まあ仕方ないです。

明るい時の写真と、暗くなってからの写真が入用ですので、時間が掛かります。
暗くなって撮り終えたのは午後7時を過ぎていました。

峰寺は山添村でしたね。間違っていました。




七ちょめ 4月22日(水) 23:21
結局、思い通りの写真でない不本意な写真ですが、こんな写真になってしまいました。

万訪 4月23日(木) 08:25
七ちょめさん、ご苦労されましたね。でも二度訪ねられてちょっと嬉しそうにも見えます。旅館が「もう一回来てください」と言っていたのでしょう。
私も経験があります。山形県の大石田近くの次年子という集落の写真が撮れてなかった。遠いのでまだ再訪できていません。
Kさんのエピソードも強烈ですね。是非もう一度やりましょう!

Yasuko 4月23日(木) 11:20
もし自分がそうなったらと改めておもいました。近くなら写しなおしに行けますが、その時の写真は二度と撮れないものですから。
そういえば、私も以前フイルムのころにタイで子供の僧侶の行列にあった時興奮してちゃんと巻いているか確認せず帰りの飛行機の中で空回りしていたのを知って、泣きそうになったことがありましたね。36枚撮りの今は昔のことです。
山田屋もいいですね。絶対旅館シリーズ続けてくださいね。

浦野 4月24日(金) 10:55
データを取り出せなくなるとは災難でしたね。
それにしても再撮影に行かれるとは、さすがです。
SDカードも記録とフォーマットを繰り返すと劣化するようですし、「万一、取り出せなくなったら」ということは頭の片隅にありますが、そのときは業者に救済してもらうしかないと思っています。


七ちょめ 4月24日(金) 15:36
SDカードのトラブルも今度で2度目です。「2度あることは3度ある」と云いますので、次はいつ起こるか判らない不安を抱えての撮影になり、チョット問題ですね。
今回使っていたカードはソニー製のものです。2年程前に買ったものですが、記録とフォーマットは合わせても10回もしていないと思う商品です。
カードが悪いのか、カメラの操作で間違って操作したものかは判りません。
宿で寝る前に、カメラのモニターで一枚一枚づつ点検していたので、その時点では画像が再現できていたのは確かです。
翌朝、宿の窓を開けて看板を撮ったのを最後にこの一眼レフを使っていません。以後はサブカメラのRXー100ばかりで摂りました。
何だかわかりませんが、画像が無くなってしまいました。
でも、片道2時間少々。これという自動車道が利用できないので距離の割に時間が掛かります。結局大阪府茨木市と奈良県五條市間を四回走りましたが、最後の帰りには夜間になりますので最短距離の国道310号線は怖くて通らず、橋本市に廻って国道371号線で帰ってきました。
もう2度としたくありません。

7月 7日(火) 17:02
それなら、専門の復元ソフトで消えてしまった画像をsdカードから復元すればいいです。具体的な復元方法はhttp://www.coolmuster.jp/recovery/sd-card-data-recovery.htmlまでに参照してください。

七ちょめ 7月 8日(水) 16:09
影さん。
御親切にお教え願いありがとうございます。
もし次回も起ったなら、その時に @ 撮り直すか、A 業者に頼むか、B 自分で取り出しに挑戦するかを考えます。
何を写したかによって状況が大幅に変わりますので、その時の参考にさせてください。
お教え願い有難うございました。

7月30日(木) 16:46
Canon Rebel/PowerShot/EOS用写真復元ソフトを試してみてください。具体的な復元方法はhttp://www.coolmuster.jp/recovery/recover-deleted-photos-from-canon.htmlまでに参照してください。どうか役に立ちますように。

七ちょめ 7月30日(木) 17:39
前回カードから画像が取り出せない事が起った時には摂り直しました。
割に簡単に行ける所で、再撮影が可能だったので、手っ取り早く摂り直しましたが、遠い所や再現できない時・復元できないのを撮影した時などなど、いろんな場面に遭遇する可能性があります。
その後結構多く撮影していますが、画像が取り出せない状態が現れませんが、内心びくびくしながらの撮影を続けています。
もし次に取り出せない状態になったら、挑戦してみます。お教え願いありがとうございました。

runa 12月 2日(水) 17:55
一眼レフのSDカードから無くなった写真を復元するには、復元ソフトを試してみたら?
フリーソフトはRecuva、DatsRecoveryがあります。
フリーソフトで駄目なら、有料ソフトを試してみてください。
http://www.android-recovery.jp/sd-data-recovery.html
ご参考までに

七ちょめ 12月 2日(水) 18:30
runaさん、お知らせ有難うございます。
SDカードから画像が取り出せないことが起きないように願って撮影していますが、過去10年ほどの間に2回起りました。
一回目は山梨県の町並を訪ねたときですが、この時は業者に取り出してもらいました。
5000円程だったと思います。
2回目は近くだったので、旅館の女将に頼んで泊もしないのに館内の写真を撮らせてもらいました。
再撮影ができない場合は…… 参考にさせて頂きます。有難うございました。
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1491: 萩と萩諸島 孫右衛門 11月23日(月) 19:28
昨日から萩市を訪ねていました。
目的は二つあって、萩沖にある相島・大島を訪ねることと、築100年の旧遊郭建築に宿泊することです。
前者は野村万訪さん、後者は太泉八雲さんの情報を基にしたものでした。両方揃ったことで、私としては珍しい近県の宿泊を伴う探訪となりました。
相島は漁船もありますが主体は農村集落です。海岸は断崖で囲まれていますが、一部谷間沿いに緩やかなところがあり、そこに家屋が密集しています。朝の便で渡り5時間滞在しましたので、農業の神様、漁業の神様が集落を挟んで配置されている模様など、普通の探訪では気付きにくい事もわかりました。
谷間にありますので、俯瞰ポイントが幾つもあり表情もことなります。長門地方らしい石州系の瓦が過半数を占めます。

孫右衛門 11月23日(月) 19:41
大島の集落は相島よりかなり大きく、船も大型で便数も多いです。
港の東西に集落が固まっていますがメインは西側で、斜面を一気に駆け上がるメインの街路の左右に路地が派生する形で、雛壇状に集落が展開しています。一部平坦地もありますが、そちらはどちらかというと裕福な漁家の居住地だったようです。斜面上より見下ろした風景です。
こちらは漁業の比率が高いようでした。両島で集落の性格そして景観も違いますが、町並・集落としては甲乙つけがたいところです。ただどちらも町並度数では6は評価したいですね。

孫右衛門 11月23日(月) 19:59
七ちょめさんもこの宿をリストアップされていたのですね。
旅籠と題されているので、宿場とは関係ないこの旅館は対象外なのかと思っていました。
ただこの旅館は全国的に見てもかなり貴重なものと思います。
まず構造からして非常に特徴的です。これから訪ねられる方もいらっしゃることですし余り詳しくは書きませんが、中庭を取囲む回廊は精巧な木製欄干が回され、それを見るだけで価値のある建物です。
年配のご主人が一人で切り盛りされています。
市からなにやら指定されているとのことですが、ご主人に聞いてみると補助的なものはなにもなく、維持は全て実費とのことです。汲取り式のトイレは致し方ないにしても、廊下や部屋の内部にも痛みが見られます。ご主人はまだ10年くらいは現役で経営できるような年齢の方でしたが、ある時期に一定の費用をかけて修繕しないと、建物の方が先にダメになってしまいそうに思います。
でもこんな旅館が現役で残っているのは、萩だからこそというところでしょうね。
設備を求めるお客さんにとっては、全く不満足な旅館でしょうが、そこそこ宿泊客もいましたので。

孫右衛門 11月23日(月) 20:08
萩市街地の古い町並の残る地区は、浜崎は宿から近いので朝食前の早朝探訪、その他の地区は折りたたみ自転車で3時間かけて全部取材しなおしました。
最近になって更新した浜崎地区は更新しない予定ですが、他は堀内などの武家地区、その東の商業地区、萩三角州南端の川島地区にまとめ直した4部構成に編集しなおす予定です。
やはり萩はその歴史的な性格や地区毎の違いも多伎にわたっているので、簡単にはいきません。

万訪 11月23日(月) 20:47
萩諸島の相島と大島に行かれたのですね。農の相島、漁の大島と対照的です。私もこのいずれにも興奮しました。相島に5時間滞在されたとのこと。船便の具合で島旅は効率的にはいけません。だけどその一見無駄な時間が発見を促してくれます。私は相島を一時間半で忙しく歩きましたが、孫さんにはより多くの情報と印象が得られたことでしょう。何より一つの町並みでゆったりとした時間を過ごすことは大切ですよね。

孫右衛門 11月23日(月) 22:52
当初は、昨日相島、今日大島を半日ずつ時間を割いて訪ねる予定でしたが相島から萩港に戻ると1時間半の滞在で大島に行って帰ることができるので、その足で往復してしまいました。
それでも一通り回れましたし、相島も正午の便で向っても探訪できたようです。
多分万訪さんが行かれたときと運行時間が変わっているようです。
確かに相島では時間をもてあました部分もあります。ただ段々畑から見下ろす集落に農作業車の走っていく音、様々な角度からの集落の俯瞰、それらをじっくり感じられたのも時間があったからできたことです。島時間を感じました。

urano 11月24日(火) 00:00
相島と大島の俯瞰写真いいですね。隙間なく家が建て込んでいるのは、離島ならではといったところでしょうか。
萩のこの遊郭建築は宿泊できるのですね。回廊の手すりに文字が彫られているのがおもしろいですね。
この写真からは傷みの様子は分かりませんが、宿泊客から協力金を募るのも手だと思います。萩の歴史建築ということでしたら、行政に頼らずとも、大学やNPOなどとも連携していけそうですけどね。


七ちょめ 11月24日(火) 09:01
この芳和荘の建物、中庭のまわりに回廊を廻している、典型的な遊郭建物と云われていて、萩市から「萩市景観重要建造物」と指定を受けていますが、補助などは無いようです。まあ、登録有形文化財と同じようで指定はするけど金は出さないと云うことでしょう。
解説文によると、もう一つこの芳和荘の特徴に遊郭時代に使われていた、部屋の外側にも回廊が付いていることです。中庭側の回廊はお客が歩き、部屋の外側の回廊は料理を運ぶ仲居さんが歩いていたようです。
只、旅館になったときに外側の回廊を部屋ごとに仕切ってしまい、今では回廊でなくて、縁側になっているとのことです。
孫右衛門さん そうでしたか??

孫右衛門 11月24日(火) 12:52
七ちょめさんの書き込みで気づいたのですが、回廊ばかりに関心がいって部屋の写真はほとんど撮らなかったですね。
私が泊まった部屋は、外側の廊下部分は畳になっていました。部屋によっては、板のままになっているところもあるようです。
いずれにしても、いつまでも存続は出来ない旅館と思います。もっと知られてほしいのですけどね。

孫右衛門 11月24日(火) 23:11
宿はこのような地味な一角にあります。ちょっと判りにくいですが、重伝建の浜崎地区からほんの数百メートルです。人知れずいかにもという立地です。
それから宿の北側にある大きな駐車場はパチンコ屋のものですので、反対側の裏手が旅館の駐車場になります。私は知らずにそこにおいて、宿に入ってから一旦車で出て戻ると、ry旅館の駐車場が一杯になっていましたが、まあ置いても苦情は言われたことないとのことでした。
いつごろ訪ねられるのでしょうか、今年中ですか。

太泉八雲 11月28日(土) 12:06
みなさん、精力的にいろいろ旅に出られてうらやましいかぎりです。


「芳和荘」の話題が出ましたので、久々に書き込みます。
部屋の外側の回廊の名残はこの縁側ですね。気がつきませんでした。

萩はいい町です。みなさんが行かれている相島・大島にも行ってみないですね。

東京は急激に寒くなってきました。
山陰でも雪が降り始めたようです。みなさん体調にお気を付けください。


七ちょめ 11月28日(土) 16:56
芳和荘は訪ねるリストには入っていますが、とても今年中にはと云うような状態では無いです。
もっと先になりそうですが、歳を考えると訪ねられるか?? でしょうね。

孫右衛門 11月28日(土) 20:40
太泉八雲さんの泊られた部屋は、かつての外回廊の板の間が残っているタイプですね。
私の泊った部屋では畳になっていて、その境目に障子戸がありました。
木製欄干は全周残っているようで、外からも確認できます。
太泉八雲さん心配していました。大変そうですが時々はこちらにもお越しください。


太泉八雲 11月29日(日) 17:35
心配をおかけして申し訳ありません。

みなさんの書き込みはいつも拝見はしているのですが、3ヶ月近くどこへも行っておらず、また行けない状況も続いていまして、なかなかどうして、羨ましさを通り過ぎて「旅」自体への欲求すらも落ちて来ています。
そんな中で、感想すら書き込むのが辛く大変な時もありまして。
年末年始はどこかへ久々に行ってみたいと想っておりますが、どうなるか分かりません。

年が明けたら気分転換に週末に関東近県の旅館泊でもやってみたいですね。
116.96.232.153.ap.dti.ne.jp
1492: 2週間ぶりの奥州路 urano 11月24日(火) 18:44
毎度の東北ネタで恐れ入ります。
この三連休、当初は何の予定もなかったのですが、先日の秋田路で知り合った茅葺き職人さんから、一関市千厩の「かやぶき祭り」のご案内をいただき、その参加に合わせて旅行してきました。
写真は「かやぶき祭り」の会場となった村上家住宅です。
集落内に古民家はこの1件ですが、主屋、馬屋、厠、小家(使用人の寝室)、木小屋と、敷地内に5棟の茅葺き建築があって圧巻でした。

urano 11月24日(火) 18:54
一関市には40〜50棟の茅葺き民家が現存するそうで、「かやぶき祭り」ではその一部をめぐるバスツアーも組まれました。
ほとんどの茅葺き民家は単独で存在しますが、この写真の藤沢町大籠(字大平、字中在)には近接して8棟あり、たいへん貴重な景観が見られました。

この写真は木立が邪魔していますが、3棟を1枚に収めるにはこうするしかありませんでした。(左端に2棟、右に1棟。もっと引けば、右側にもう1棟の茅葺きが写ります)

一関のはずれにこれほどの茅葺きの宝庫があったなんて、まったく知りませんでした。
下車散策時間が5、6分しかなく、満足のいく写真も撮れなかったので、近いうちに再訪したいと思います。

※改めて万訪さんのData Baseを拝見したところ、大籠をリストアップされていますね。

urano 11月24日(火) 19:06
今回の旅はJR東日本の三連休乗車券を使用し、21日は宮城県南部、22日はかやぶき祭り、23日は岩手県北部〜青森県南東部、といった感じでまわりました。
写真は宮城県の岩沼です。
震災の影響でしょう、残念ながら連続性は失われていました。
皆さんの写真を拝見すると、奥にもう1軒町家があったようですが、現在は分譲住宅地になっています。

urano 11月24日(火) 19:09
岩手県洋野町の大野の町並み。
連続性は高くないのですが、いい商家が点在していました。

urano 11月24日(火) 19:17
青森県五戸町の浅水地区。
奥州街道で三戸宿と五戸宿の間にあり、四戸の候補地とされています。
景観としては、やはり点在といった感じです。

ちなみに四戸の所在地については、浅水説(四戸氏発祥地の候補地でもある)、五戸町の志戸岸説、八戸市の櫛引説(櫛引八幡の旧称、四戸八幡による)などがあるようです。

七ちょめ 11月24日(火) 21:01
知らない所ばかりです。何処だかネットでないと探せませんが、岩手県洋野町大野の町並は私好みの町並です。茅葺屋根の集落も良いですね。
JR東日本三連休パスは良いですね。鈍行でも行けるし、特急券を買えば新幹線でも乗れるスグレモノ。
その日の移動はレンタカーですか??それともバスなど??。宿泊はどうされました??

孫右衛門 11月24日(火) 23:18
岩沼の古い町並は津波で相当失われたと他の情報で聞いていましたので、投稿された画像を見てそれほどでもなかったのだなと少し安心しました。
私も大野の町並は好印象ですね。洋野町というのは合併後の地名でしょうね。私は大野村で覚えていますが。まさかと思うようなところにある町並ですね。
東北北部はトタン屋根と真壁の側壁が一番の特徴ですね。

孫右衛門 11月25日(水) 00:16
今wikipediaで調べたら、種市町と合併したようですね。
地理が得意とは全くいえなくなってきました。

七ちょめ 11月25日(水) 09:47
何気なしに岩沼の画像を見て、震災に合わずに残っているとみていましたが、自分の画像を見て、やっぱり遣られているなあ〜と。

老朽で壊されたのか、津波にあったのか、相続で現金化されたのかは判りませんが、新しい家になっていますね。
画像はuranoさんの写真の反対側から見た、かって岩沼にあった民家です。

urano 11月25日(水) 19:59
大野の町並みが好評ですね。ちょっと意外でしたが、お二人の好みが何となく分かった気がします。

旅の行程は、1日目は福島まで新幹線で行き、そこから阿武隈急行に乗り換え。伊達市五十沢(あんぽ柿生産地)、丸森、角田、岩沼を下車見学後、東北線で少し上って白石も散策しました。
白石からは鈍行で水沢へ下り、駅徒歩30分のインターネットカフェで宿泊。

2日目は早朝に水沢を歩いたあと、秋田から参加した職人さんの車に同乗して祭会場(千厩)まで往復。
解散後は水沢から八戸へ鈍行で移動し、徒歩30分の健康ランドに宿泊。

3日目は八戸でレンタカーを借り、洋野町大野、重文・旧朴舘家住宅、一戸、二戸、三戸、三戸町泉山、新郷村西越、五戸町浅水、五戸(と重文・江渡家)を見学。
七戸へ向かう途中で日没を迎え(日没が16:10!)、八戸で車を返却後、新幹線で帰京しました。

見学した町並み・民家は、水沢を除き、すべて初訪問でした。

※投稿の写真は、明治期に枕木の用材を売って栄えたという三戸町の泉山。
間口10間ほどの寄棟民家が15棟ほど残っています。
すべてトタンで覆われていますが、私はこうした集落景観のほうが好みです。

urano 11月25日(水) 20:07
七ちょめさんの岩沼の写真、すごくいいですね。見世蔵が並ぶと迫力があります。
よく見ると奥の蔵も、七ちょめさんの写真では漆喰ですが、私の写真では鉄板で覆われています。

洋野町の名は、震災後の報道でよく耳にしたので位置関係を把握していましたが、合併前の自治体名でいわれるとピンときません。
大野の町並みは建築系の論文集で存在を知りました。孫右衛門さんの仰るように「まさか、こんなところに」という表現がぴったりの立地だと思います。

万訪 11月25日(水) 23:05
精力的にみちのく攻めですね。いい町並みのレポート興味深く拝見しました。大籠は確かにリストアップしてましたが、いらかぐみのどなたかが行ったんじゃなかったかなぁ。

七ちょめ 11月26日(木) 07:57
URANOさん、上手に行程を組まれていますね。
若いから泊もネットカフェで出来るのでしょう。私には考えの圏外の宿泊です。
ネットカフェで宿泊すれば1週間も疲れが取れないでしょうね。

これから広島方面の観光旅行に出発します。宮島泊まりなのですが、泊まりたい「岩惣」じゃなく「錦水館」です。残念!!
共に創業は江戸期ですが、岩惣は木造の建物で目的の旅館なのですが、錦水館は鉄筋の5階建て位のビルになっています。残念 目的外になっています。

今月最後の5泊目の宿泊の旅です。やれやれ!!   後は近場の日帰りの団体観光ですが、責任者になっていますので、精神的にはこれが一番重荷です。
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
1490: 米原宿に泊ってきました 七ちょめ 11月21日(土) 12:08
11月20日の夜、米原宿の宿に泊ってきました。
翌日の朝11時には家に帰ってきました。只 泊っただけの旅です。

左側の道は北陸道(北國街道)、右側は中山道に通じる連絡道です。
見難くなっていますが、大きな石碑は街道の分岐点を示すもので、米原市の指定文化財です。
昔はもっと外側の鉄枠の外側にあったそうですが、何回も車が当たり折れたので、旅館の敷地内に置かしてお欲しいとの要望で、奥まったところに石碑が、その外側を鉄柱がガードしている状態になり、石碑が隠れてしまったようです。

Kさん 11月21日(土) 16:38
米原のかめやに泊まってこられましたか。

周辺の町並みが面白そうなので、一度行ってみたいと思っています。
近畿で新鮮味を感じるスケッチポイントが少なくなり、困っています。遠くへ出かければいくらでも描きたい場所はあるのですが…

万訪 11月21日(土) 21:06
米原の旅籠ですか。記憶になくわがデータベースをみたら写真がありました。「旅館があるんだ」と意識して町並みを見ていないんでしょう。しかし、まだまだ探せばあるんですね。

孫右衛門 11月21日(土) 21:28
米原宿は新幹線駅から歩いて数分という立地にあるのに訪れる人もなく素朴さが残されたところとして印象的でした。
掲載された写真を見ましたが質素な外見からは想像もできないほど立派で、貴重な遺品類も残っているのですね。まさに見かけによらずです。

七ちょめ 11月22日(日) 09:10
この宿は米原宿の北の端近くにありますが、翌朝、米原宿を散策していると、JR米原駅の構内放送の「ポンポンピンー」の音が聞こえていましたが、放送は聞こえませんでした。

宿の女将は建物が古くなくてご免なさいと云っていました。古い備品類もあまり見られませんでしたが、お風呂と、トイレが最新式のものになっていてビックリです。観光地の有名ホテル旅館と同じでした。
部屋の空調も完璧でした。建物は昭和48年に建て替えたそうです。創業は明治22年2月22日だそうで、語呂合わせでの開業。東海道線が通り米原駅開業と同日だそうです。

有形文化財の北陸道の石碑は今の位置は3度目の位置で、初めは写真の右側の側溝の交わった辺りにあったそうです。


七ちょめ 11月23日(月) 08:47
孫右衛門さんが連休中に萩と萩近辺の島を廻られています。
昨夜泊られた宿は、以前に太泉八雲さんが紹介されていたこの宿。

私も泊ろうとリストアップしている宿です。純粋に遊郭建物で当時は「梅木」と云う遊郭だったそうです。完璧に残る遊郭建物が少ない中で、保存状態が良いので萩市では「萩市景観重要建造物」に指定しているようです。(指定の内容は??です)

孫右衛門さんの報告を楽しみにしています。
探訪された本人よりも他人が云いだしてご免なさい。

七ちょめ 11月23日(月) 10:09
多くの方がこの宿の写真を写されていると思います。
静岡県掛川市横須賀の横須賀宿の中程にある旅館です。
今は掛川市になっていますが、以前は大須賀町横須賀宿です。今年中には泊りに行きたいと思っています。

万訪 11月23日(月) 11:54
横須賀宿の八百甚ありましたね。私も泊まってみたいです。

Yasuko 11月23日(月) 13:51
八百甚は、よさそうな宿ですね。風格があって・・・一人で泊まるのは躊躇しますが。
224.73.223.223.megaegg.ne.jp
1489: 忙しい、、、 万訪 11月18日(水) 21:10
とにかく忙しく、まともな書き込みができずすいません。昨日今日と会津若松に出張でした。昨夜は会津のお酒を何種類飲んだだろうか、、、

万訪 11月19日(木) 08:14
会津の瓦屋根
いままで撮った写真を見直せば容易に気づくことですが、赤瓦何ですね。会津は文化圏は新潟だそうです。北前船で流通した物資が越後街道や阿賀野川舟運で運ばれた。若者は新潟県のイオンに行くそうです。

七ちょめ 11月19日(木) 09:26
商売をされていて、忙しいのは大歓迎ですが、会社勤めで余りに多忙はチョット困ったものですね。別に論文作成もあるでしょうし。
でも、余り無理をしないように自重してください。

会津若松は新潟圏ですか。屋根瓦からの推測ですね。
最初の画像は会津若松市役所ですね。貫禄ある近代建築です。
会津若松市関係のお仕事ですね。

私は今、一つ団体の責任のみで、それ以外は暇なものです。この11月の宿泊付の旅も3回を熟し、明日は4回目で今度は旅籠宿です。午後からの出発で翌日は午前中の帰宅です。余り負担にならない旅を心がけて??? います。

Kさん 11月19日(木) 19:54
赤い瓦は石州瓦のほか広島周辺(色は島根とは違いますが)のものとの認識ですが、私のわずかな経験では、福島県・喜多方も似たような赤瓦がありました。喜多方は会津ですが、宮城県・村田町も赤瓦でした。

Kさん 11月19日(木) 19:56
喜多方の赤瓦。

孫右衛門 11月19日(木) 21:58
お忙しそうですね。身体だけはお気をつけください。私も例年、この時期から徐々に年度末に向けての繁忙期に入っていきます。今シーズンは、休日出勤することは極力やめたいと思っていますが・・。
会津地方は確かに赤瓦圏ですね。9月に訪ねた会津若松市七日町の画像を見ても赤瓦が目立ちます。どちらかというと土蔵の方に目が行きがちで、瓦は余り意識せず訪ねていました。

万訪 11月19日(木) 23:26
実は赤瓦は結構分布しているようです。黒やいぶし銀より安価な瓦だと聞いたことがあります。
今日は築地市場の場内を見学しました。昭和初期の建物です。1年後に解体され、オリンピックのあと、再開発されるそうです。

Yasuko 11月19日(木) 23:35
色々なことが重なって大変ですね。多分論文も書かれておられて、仕事もいっぱいされているのですね。一人でできることには限界があるのでそんなに忙しい忙しいと自分を追い詰めると体が心配です、周りからなのでいえますが健康が一番大事です。

先日、扇風機を高いところに上げていて脚立を踏み外し頭をうって、吐き気とめまい、自分でもこれはやばいと、救急外来でCT検査してもらいました。その時は生きているってありがたいことだと改めて感じました。元気でなければ町並みにも行けません。
七ちょめさん旅籠の旅頑張ってくださいね。

皆様もお気を付けてください、災いはどこにあるかわかりません。


孫右衛門 11月20日(金) 00:42
赤瓦というと山陰が思い浮かびますが、結構広範囲ですね。北陸も多いですし、いまふと感じて岩手県の写真を見返しましたが、トタンに混じって結構赤瓦の建物が多いです。
山陰系は山口県の旧長門地域も覆っています。
赤瓦は積雪凍結に強く、分布もそれに従っているというのを聞いたことがあります。それが裏づけできると面白いですね。
Yasukoさん検査の結果はとくに問題なかったのでしょうか。本当にどこで災いに遭遇するかわかりませんね。私もあんなところで頭から流血する事態になるとは思っても見ませんでした。

万訪 11月20日(金) 08:34
いらかぐみメンバーのデータベースは、例えば赤瓦の分布を概観する、海鼠壁の分布を概観する、養蚕農家の各様式の分布を概観する、北海道のどの地域が本州のどの地域の影響を受けているか、、、、などなど色々な研究のテーマ探しに有効です。これってすごいことですね。
それよりYasukoさん大変でしたね。ご無事で何よりです。

七ちょめ 11月20日(金) 09:36
Yasukoさん大変でしたね。災いは何処にあるか判りません。
私もこのような話を聞くと、現役中に小型の測定機器の試験運転をしていて、その瞬間に右手が砕けてしまったかと思うことを経験しました。2CM程の空間が偶然にあり、打撲のような傷で済みました。今思っても「ぞーと」します。

赤瓦の分布は説明できるようですが、もう一つ不可解です。裏日本の赤褐色のくすんだ瓦の分布はそこそこ説明に同意できるのですが。
広島県辺りの瀬戸内海側の派手な赤瓦は、単にその地方の瓦製造業者が派手な色で焼いていたのだろうと思えるのです。
裏日本の瓦との関係は無いのではとも思います。勝手な想像ですが。

万訪 11月20日(金) 10:19
赤瓦の分布地域が互いに関係があるかどうかはわかりません。沖縄が説明つきませんからね。
福井の棟梁が、黒の方が高級というようなことを言っていました。萩も赤瓦地域真っ只中で黒です。昔から差別化を意識しているようです。

Yasuko 11月20日(金) 13:43
瓦のお話かねてから疑問に思っていたことなので、解明してほしいですね。岡山の津山あたりでは黒く光っている雪に強そうな素材が、山陰に行くと途端に赤色に変わるので不思議に思ってました。みんなが同じ色にしなくては仲間外れにされるのか、地域が皆同じ建て方にしている。
伝統とか風習とかは破れないものでしょうね。

頭の方は異常はなくこぶだけで済みました。ただと念を押されたのが2、3週間して硬膜下血腫というのが出る場合があって変だと思ったらすぐにきてください、私の友達もなったのでと脅かされました。

七ちょめさんの右手が砕けそうになられたお話、ぞーっとしますね。運は紙一重ということですね。


孫右衛門 11月20日(金) 22:41
七ちょめさんのいわれるように、広島県内(東広島周辺)で見られる赤瓦は山陰系とは異なるものです。色もやや茶色がかっています。賀茂台地と呼ばれる県中南部の内陸地域で見られるもので、瓦の色の他に屋根の先端に飾りをつけ、名古屋城を思わせるようなところも特徴です。
私の隣町の熊野町も広義には賀茂台地の一端なので、赤瓦エリアですね。
これとは別に、県の西北部の古くからの山陰からの街道沿いは山陰系の赤瓦が見られますが、県全体で見ると、皆さんが言われるほどは分布域は広くありません。備後地域は内陸部を含め皆無ですし、西部の山陰への街道沿い以外、平野部は黒や銀系です。
県内でもこれだけはっきりしているのも、面白い現象と思いますね。
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1487: 萩や門司を観光旅行で 七ちょめ 11月12日(木) 21:02
萩や門司を観光旅行で訪ねました。皆さんご存知の三井倶楽部。昼食に復元した建物で国の重要文化財になっている「三井倶楽部」で食するとは思いませんでした。ビックリした昼食でした。
三井倶楽部の食事場所。食事した場所は後始末で従業員が多く仕事されていましたので、隣の部屋を撮りました。

Kさん 11月13日(金) 07:39
贅沢な昼飯でしたね。「重要文化財」の肩書だけでは食っていけませんし、レストランなら本来の建物の用途の延長。建物がうまく活用されていますね。

重文の大阪市中央公会堂も貸し会場がメーンですが、結婚式や社交ダンスで稼いでいます。我々の展覧会は追い出されましたが…

七ちょめ 11月13日(金) 09:00
全く失念。
三井倶楽部は1階がレストランになっていて、「ふぐ」当地では「ふく」料理を食べたのですが、2階は有料で内部見学ができるのです。アインシュタインが泊った部屋も再現されているそうですが、食べ終わって町並を見るのばかりに気を取られ、スッカリ2階を見るのを忘れていました。確か見学料は¥100円だったと思います。
食事時間を含んで、2時間が門司港界隈で過ごせる時間だったのですが。

七ちょめ 11月13日(金) 10:42
皆様ご存じ三井倶楽部の前景です。再現しての重文ですので、立派なのでしょうね。

七ちょめ 11月13日(金) 10:48
何時行っても日蔭になっている旧大阪商船の建物。
門司のレトロ建物を訪ねたのは3回目ですが、この大阪商船の建物は何時も陰(影)になっています。
建っている方向が方向ですので仕方ないですが、せめて曇りか雨の日を期待したのですが、運が良いのか悪いのか、3回とも天気が良かったのでこの様な写真しかありません。

Yasuko 11月13日(金) 17:05
今は気候は抜群にいいし観光には紅葉が綺麗で門司港はふくが食べられて最高ですね。

私も紅葉見に、井山の宝福寺に行こうとしたら狭い駐車場が大混雑諦めて帰りました。
TVで放映されたので行くのなんかは甘かったです。

孫右衛門 11月13日(金) 22:27
関門界隈を訪ねられていたのですか、私のところからは日帰り圏ですが特に門司は観光地というイメージが強く、それでも2回訪ねていますがざっと写真を撮って歩いただけです。
内部もじっくり見てみたいものです。

七ちょめ 11月13日(金) 23:16
門司は古い町並とは言えないでしょうね。所々に近代建築が点在して残っている程度。
でも港に面して観光客目当ての多くの施設が造られていて、人でごった返していました。
まあ、町並としては一度行けば十分でしょうが、私は団体の観光旅行で無理やり連れていかれるので!!  という所です。
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1488: 上関と大畠 孫右衛門 11月12日(木) 21:40
今日は現地踏査で柳井市方面でしたので、町並を2箇所手早く訪ねてきました。
上関は4年ぶり位で、「四階楼」の向いに立派な道の駅が出来て驚きながら海鮮丼を食べた後、海を挟んだ町並を歩きました。
四階楼の周辺が大の変化だとすると、これは中の変化です。
橋向こうの上関地区のこの特徴的町家、その右側の建物がなくなって駐車場になっています。

孫右衛門 11月12日(木) 21:43
2011年9月の同じ位置の画像です。
隣の建物も町家系で、上関で一番良い町並風景だっただけに残念です。

孫右衛門 11月12日(木) 21:47
しかし他の区域はそれほど目立った変化はないようで、私がはじめて上関の町並を歩いてから既に13年ほど、このくらいは仕方ないというところでしょう。
変わらない一角にはここも含まれます。初期メンバーだけしかわからない話で済みません。
この丘の上はあの時以来歩いてませんので、懐かしさがこみ上げてきました。

孫右衛門 11月12日(木) 21:53
大畠の国道沿いは何度も通ってますが、町並を歩くのは9年ぶりくらいです。
古錆びた町並でいつまで保てるかという感じだったですがこちらは案外安泰でした。
大畠はわかりませんが、少なくとも上関のページはオフ会のとき以来更新していませんので、今回は更新しようと思います。

七ちょめ 11月13日(金) 08:52
上関のこの菱型の虫籠窓の家の手前2軒も、伝統的な様式の家だったのですがね。
惜しいことです。
柳井市大畠の町並が安泰で残っているのは良かったです。
大畠の町並も、地元では意識されていないでしょうが、町並としては一級品でしょうね。
安泰でよかった。よかった。

urano 11月13日(金) 21:04
山口県は個人的に中国地方で最も探訪している県なのですが、鉄道旅行を主体としていた頃に訪れたため、上関は未訪問です。
重点的に山口を旅したのは2012年5月でしたから、その時に足を延ばしていれば、孫右衛門さんの2枚目の風景が見られたかもしれませんね。そう思うと余計に残念です。

大畠は2000年に重伝建の調査が入っています。
それ以来、保存に向けた話が聞かれないので、あるいは断念したのでしょうが、別の景観条例などに方向転換した可能性はありますね。

七ちょめ 11月13日(金) 22:33
重伝建の選定を受けるのには、一にも二にも地元の熱意が最重要。
地元が少しでも難色を示すと、町並みがいくらよかっても選定を受けることが出来ません。
その理由は人が住んでいる町を選定するので、家屋を改修する際に色んな制約が伴います。
それを可とする人が殆どでないと、後々トラブルが多発してしまうがらです。


孫右衛門 11月13日(金) 22:49
上関の風景も大して変わっていないと書きましたが、昨日この記事を書いてからいらかぐみオフ会のときの写真を見返してみて、結構なくなっている建物があるのを知りました。
ただ、それらは町並景観の中心的存在でなかったため、気付かなかっただけなのでしょう。
大畠に重伝建調査が入っていたとは知りませんでしたし、何より驚きました。
見応えのある家並はありますが、もう少し多く残っていないと重伝建レベルではありません。
しかし、同じような残り方の萩市佐々並が重伝建になっていることからすると、やはり地元の熱意がどれだけまとまるかというのも重要なことなのでしょう。
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1486: 秋田県の町並み・集落 urano 11月 9日(月) 18:18
週末、秋田県八峰町の手這坂(てはいざか)で茅刈りイベントがあり、それに絡めて数ヶ所の町並み、集落を訪れたのでご報告いたします。

この写真は潟上市の飯塚です。
事前には重文・小玉(こだま)家住宅しかチェックしていませんでしたが、その並びにある小玉酒造の建築群が見事でした。
旧道には秋田県に多い、妻壁に化粧梁を見せた主屋も見られました。

urano 11月 9日(月) 18:26
大仙市と美郷町にまたがる仙北平野の散村風景。
大台スキー場から展望しました。
俯瞰するといい散村ですが(残念ながらかなりモヤがかかっていましたが)、主屋はほとんど新築です。

urano 11月 9日(月) 18:37
仙北平野には水板倉と呼ばれる水上の倉が点在しています。
これはその中で最も有名なもので、大仙市の文化財に指定されています。
水板倉と伝統的な主屋がともに残るのは、このお宅くらいだと思います。

urano 11月 9日(月) 18:47
大潟村の住宅地。
初期の移住農家が暮らした三角屋根の家(後に増築されている)が部分的に残っていました。
大潟村は住民のほとんどが農家なのに、農機具の保管場所や圃場が周辺に集約されているので、皆さん自宅から圃場まで「自動車通勤」されています。
ですので、農家でありながら、納屋や倉などの付属屋、作業のための前庭などはありません。
干拓から50年が経ち、これら特異な農村景観も文化財になりつつあるように思います。

urano 11月 9日(月) 18:57
今回の旅の目的地だった手這坂では写真を撮り損なったので、2年前の夏に訪れたときの写真を投稿します。
画面左側と、右の木立の中にも茅葺き民家があります。
このときは地区全体で4棟ありましたが、うち1棟は3カ月ほど前に解体されたそうです。

以上です。
毎度「いらか」があまり写っていない写真ばかりですみません。

孫右衛門 11月 9日(月) 21:57
秋田県の北部から青森県にかけては、空白とまではいきませんが集中的に探訪できていません。夜行列車がなくなったのでかなり行きづらくなった地域ですがいつか実行したいです。
潟上市とは聞きなれませんが合併で出来たのでしょうね。奥羽本線に羽後飯塚という駅がありますがその辺りなのでしょうか。
秋田は郷土料理も個性的で美味なものが多いので、訪ねたいものです。

urano 11月10日(火) 08:09
東北地方は歴史的に人口密度が低いせいか、広い割に古い町並みが少なく、探訪効率はあまりよくないですよね。

飯塚の町並みは羽後飯塚駅から徒歩圏内です。旧自治体名でいうと飯田川町になります。
私も今回初めて潟上市という名前と場所を認識しましたが、これはいい市名だと思います。
珍妙なものが目立つ秋田県の合併後自治体名のなかでは光っていますね。(ちなみに旧飯田川町も合成町名。。)

七ちょめ 11月10日(火) 09:16
大仙市の水板倉は初めて知りました。見ただけで目的や用途は理解できますが、第一印象は「なるほど」と思いました。

秋田県中部の大仙市や美郷町・仙北市などは結構訪ねているのですが、地理的な位置関係は全く理解できていません。
訪ねるときはカーナビを頼りにピンポイントで訪ねますので、面的には全く位置関係が理解できていないですね。
潟上市の飯塚の造り酒屋さんの建物良いですね。
訪ねたいが、やはり遠いです。チョットやそっとの決心では行けません。

Yasuko 11月11日(水) 08:45
いいなあ、秋田県など岡山からはなかなか行けないところです。どの風景も綺麗ですね。
すぐにどこにでも同じ感覚で行ける東京がうらやましいです。

urano 11月12日(木) 08:43
水板倉、おもしろいですよね。
全国でもこのあたりにしかない建築だそうですが、興味深いです。

東京は確かに便利な土地ですが、東日本は総じて古い町並みは少ないですし、四国や九州に近い本州西部のほうがうらやましく感じることもあります。
かつては本気で、半年か1年くらい京・大阪に住んで、毎週末文化財めぐりをする生活をしようかと思ったくらいです。
(このあたりはお互いの芝生が青く見えるということなのでしょうけれど)

前にも書いたかもしれませんが、同じ本州でも山陰は本当に疎遠な場所で、数年前から懸案の島根旅も実現の目処がまったく立ちません。
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1485: ご存じの米原宿のこの宿 七ちょめ 11月 9日(月) 15:12
写真は「太泉八雲」さんのページから拝借しました。ご了解をお願い致します。
有名な石碑で、北国街道の米原宿から中山道に通じる道しるべの石碑がある所です。
このバックに写っている旅館に泊ろうと予約しました。チョット遅い創業で、明治22年の東海道線開通に合わせての創業らしいのですが、米原駅開業に合わせたのでしょうね。

11月は旅の月になってしまい、山口県長門湯本温泉大谷山荘、大阪府摂津峡山水館、広島県宮島錦水館と観光旅行や親睦会の旅行が目白押しで泊まり歩くことになりましたが、趣味の旅籠宿に泊るは手薄で、先日の奈良県川上村の宿だけになりますので、無理のない範囲の近くの旅館を無理やり入れました。宿泊代は観光旅行の1/3程度ですが、月に5回も旅をすることになりチョット無茶かとも思います。


urano 11月 9日(月) 19:08
ひと月に五度も旅行に出られるとは、恐れ入ります。
暑い時期より動きやすいですが、ご無理なさらないでください。
米原は乗り換えで何度も利用しているのに、町並みは見たことがありません。
地図で見ると駅前で驚きました。
こんなにアクセスしやすい古い町並みもあるんですね。

旅籠から少し網を広げて「古い旅館」ということでしたら、取材候補も増えそうですね。
私もアンテナを張って、いい場所を見つけたらご報告させていただきます。
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1484: かっての大峰山の登り口 七ちょめ 11月 3日(火) 14:02
かっての大峰山の登り口の川上村柏木の唯一残っている旅館です。
今じゃ大峰山参詣は殆ど洞川温泉からですが、昔はこの柏木から登り大峰山参詣後に、洞川温泉に降りてくるようだったそうです。
Kさんの云われたように古い町並と云うより、寂れた町並になっていました。
複雑な構造になっている山側の建物に泊りましたが、何棟もの大きな建物に私一人の宿泊。
建物は頑丈で立派な建物でした。床の間もどの部屋にも立派なのが備わっていました。でも水廻りの設備は古かったです。また、心配したネズミが走らなかったので良かったです。
前の道はかっての国道169号線で、旧東熊野街道です。例によって道に沿った部屋に泊りましたが、大きな車が通っても響きませんでした。下の岩盤が強いのでしょうね。

七ちょめ 11月 3日(火) 16:09
今回も家を出たのは、午後1時。帰ってきたのは次に日の正午。
これは近い所で極端な例ですが、ゆったりした計画だけで進めるようにしています。
11月はあと 3回も泊の観光旅行が控えているので、今回の「旅籠宿に泊る」で、11月はお終いにしようと思っています。

万訪 11月 3日(火) 19:44
どこだかさっぱりわからないですが、渋い雰囲気の町並みですね。まだまだ旅館が営まれている。七ちょめさんもピッチ早い。でも近くですから身体は楽ですね。

孫右衛門 11月 3日(火) 20:08
私も川上村なる奈良県の村があることは知っていましたが、地図を見ないとよく位置が把握できませんでした。洞川と大峰山を挟んだ反対側なのですね。
温泉も湧き賑わう洞川とは反対に、かつての登山の行程も廃れ、寂れてしまったのでしょうか。
今となっては山の奥の奥、温泉場でもないところに旅館街があるのが不思議にも感じます。わずかながらも大峰山関係の客の利用もあるのでしょうか。

七ちょめ 11月 4日(水) 07:24
奈良県川上村柏木の町並です。Kさんの云われたように古い町並と云うより、寂れた町並という言葉がピッタリします。

地滑りで「使えないダム」と云うことは以前に聞いたことあるのですが、この川上村の大滝ダムとは思いませんでした。大きなダムで、完成すれば諏訪湖の水より多い貯水量になるそうでした。反対運動で50年間も掛かって完成したら、今度は地滑りで使えないダム。完成後もう10年以上経っていますが、今でも約半分の貯水量しかありません。それ以上水を貯めると地滑りが。

同じことが群馬県の「八ッ場ダム」だそうです。民主党が政権を執っていた時に問題になりましたね。今は工事を再開しています。まだ、ダム本体の工事は未着工らしいですが、完成しても地滑りが起こるようです。

余計なことを書きましたが、この町並に行く途中はこの大滝ダムの横を延々と走りますので。
写真は川上村柏木の町並です。

七ちょめ 11月 4日(水) 10:27
奈良県川上村柏木で泊まった旅館の「カマド」です。
もう、日本で現役のカマドのある家は殆ど無いと思いますが、この旅館には「かまど」が健在でその上に現役でした。
旅館の女将は良く見せてくれたと思います。感謝 感謝。

実はこの女将、川上村では有名で、川上村名産の「柚羊羹」の製造者なのです。このカマドで柚羊羹を造るのだそうです。他に大人数の宿泊者の時には、このカマドでご飯を炊くこともあるそうです。少し姿の見えるのが女将です。

そう云えば我が家にもカマドがありましたね。昭和30年頃までは日常の家事に使っていたと思います。その後プロパンガスになり都市ガスになり、「餅つき」の時だけ使っていましたが、家の建て替え時にとうとう無くなりました。

Yasuko 11月 4日(水) 19:05
私もどんなところだろうと、グーグルで見てみました。素晴らしい木造三階建ての旅館風の建物がありますね。是非行ってみたくなりました。


七ちょめ 11月 4日(水) 19:31
この柏木集落の写真は2枚とも右側は山側、左側は川側です。町並の左側の川側はこの道の下にもう一階あり、2階建てに見える家でも裏側に廻れば3階建てになっています。
トップの写真の旅館も左側は3階建てで、右側は2階建から登る山にはもう一階あり全部で3階建てになっていました。
言い換えると道を挟んで6層建てで5階になっていることになります。
今は右側の建物に宿泊客を泊めているようで、中庭の周りに多くの客室がありましたが、当日宿泊したのは私一人でした。
この写真の建物は旅館近くの建物ですが、全て誰も住んで居られない建物でした。
街道筋から少し川側に横道を下がると、この地域の公民館の様なものがあり、そこの広場から写した街道筋の町並の裏側です。



Yasuko 11月 6日(金) 09:31
そうです、この建物です。岡山から行こうと思ったら遠いですね。

七ちょめ 11月 6日(金) 10:01
岡山市内から自動車で約4時間半。案外近いものです。当然日帰りも可能です。
行こうと決心あるのみ。
町並の写真だけはUPしました。
http://matinami.o.oo7.jp/kinki3/kawakami-kasiwagi.html
町並としても良いですが、殆どが無住になっていますので、年々朽ち果てて行くでしょうね。

kさん 11月 6日(金) 19:39
今日もストリートビューで歩いてみました。とても気になる町並みですが、スケッチしてたら、氣分が落ち込んでしまうなあと思いました。

七ちょめ 11月 6日(金) 19:52
かっての繁栄と地域経済の中心地だった証拠に、郵便局や交番はそのまま残っていて、パトカーも置いてあり活動されていました。何だか侘しいですね。

Yasuko 11月 7日(土) 11:21
Kさんと同じようにストリートビューで見てみました。なんだか私も寂しくなる町並みだなと感じました。決心次第とはその通りです。

いらかぐみでみんなでオフ会で歩くとかがいいかな・・・・・
紀伊半島はまだ開催したことないですよね。

万訪 11月 8日(日) 00:08
オフ会紀伊半島に1票!

七ちょめ 11月 8日(日) 09:24
紀伊半島もいいですが。
紀伊半島の北半分(志摩と海南市を結ぶ線)なら、開催も簡単ですが、紀伊半島の中心部や南部となると、相当交通の便が悪いので、重大決心??して掛からないと、簡単に午後から勤務などの芸当ができませんよ。その点を踏まえて!!

伊勢、洞川、五條、上市(吉野町)、御坊、海南、雑賀崎等々なら比較的簡単ですが。

私が推すのは伊勢・上市・五條そしてチョット苦労を伴うが洞川温泉もいいです。

孫右衛門 11月 8日(日) 10:45
早くもオフ会の話が出ましたか。私は伊勢でも紀伊半島でも賛成ですが、年始に紀伊半島の南部沿岸を中心とした探訪を予定していますので、洞川や五条・上市辺りの方がどちらかというと良いですね。
伊勢は金沢オフ会の時に少し話題に出ましたし、開催地の議論が本格化したときには私も第一候補として推したいと思っています。
まだ半年は後のことですので、今は皆さんがすこしずつイメージしていけばよいでしょうね。

紀伊半島南部沿岸は、鉄道旅行では何度か訪ね、5年ほど前には仕事で何度も通いました。そのことがあったのと不便なのとで、足が向いにくかったのです。
町並探訪としてはまとまって未訪問地が残る地域ですが、最近は早々と訪問地が決まることが多いので、色んな付加価値を調べられます。日帰り温泉や共同浴場を調べていると味わい深いのがありますね。どこを訪ねようかと直前まで考え突如実行する形もスリリングで良いですが、こういう事前の調査も楽しいものです。

七ちょめ 11月 8日(日) 11:41
こんなに早くオフ会の話が出てくるとは思いませんでしたね。
何だか紀伊半島が最有力のようなことに!!
あそこや、こっちやと大いに楽しみましょう。

Kさん 11月 8日(日) 13:49
紀伊半島でも結構ですが、洞川温泉だけは外してほしいです。あの小さな町に2日間いて、もうスケッチしたいポイントが残っていません。しかも十津川や川上村と違って天川村は他の地域へ通り抜けできず、どん突き。行って帰るしかありません。
便利な伊勢街道辺りでオフ会を開催し、メンバーそれぞれにオプションツアーを考えるのがよいと思うのですが…まあこれから皆さんの意見を聞いて。

七ちょめ 11月 8日(日) 14:19
次回オフ会の条件として、次回幹事役の大阪組ですが、私は自分の車を持ち込んでも良いですが、歳を考え皆様を乗せて走るのは辞めたいと思います。
Kさんはスケッチに専念されるでしょうから、全員で行動するのは、泊った翌朝の町並探訪のみになります。
また、そう考えると、バスの便しかない場所は、行動に制限が掛かりますので、成るべくなら電車で行動できるところを選びたいものと思います。

勝手なことを言いますが、自分一人で運転しているのは良いとしても、他人を乗せて走るのは遠慮すべき高齢になっていることをご理解ください。5年ほど前なら皆様を乗せて走っていましたが。            

七ちょめ 11月 8日(日) 20:02
長いラリーで申し訳ありません。
先日泊まった旅館の建物や室内の意匠、環境等が良かったもので感動の旅館でした。
その旅館の中庭です。宿泊棟の中心にあり、多くの部屋からこの庭を廊下越しに見ることが出来ました。
玄関から階段を上がって2階にある中庭です。不思議に感じますが、山の急斜面に建てられた建物だからできる裏技でしょうね。中庭も綺麗に掃除され、大きな百日紅の木と変わった松の木がありました。
この写真に見られるガラス戸のガラスが明治期のガラスでしょうか、歪になっているのか、中庭の景色がユラユラと揺れて見えます。サッシュになっていないのを見てください。
この場所に座って、一人でお酒を飲みながらユラユラ景色を楽しんで見ていました。
また、この旅館の女将が綺麗好きなのでしょうね。旅館内何処に行っても綺麗に整備や掃除がされていてビックリでした。
挙句に台所のカマドも見せて欲しいと頼むと、最初渋っていましたが、見せてくれました。裏方まで整頓されているのにはビックリです。
ここ一年ほどの間に、この様な旅館を30軒以上泊ってきましたが、綺麗に掃除され館内のあちこちに生花が活けられているのにはビックリです。買ってきた花じゃないですが、庭や畑に咲いていた花でしょうが、その心遣いに驚いた女将でした。
でも、女将ではどうしようもない、風呂、トイレ、洗面所などは綺麗に掃除はされていましたが、設備は……でした。

urano 11月 9日(月) 07:55
話に乗り遅れまして申し訳ありません。
次回オフ会の開催地、紀伊半島でしたら私はどのエリアでも大歓迎です。
紀伊半島には何カ所かまとまった未訪問地があるので(奈良県の南半分、三重県の志摩半島より南の沿岸部など)、そのときに訪問できたら嬉しいです。

書籍等でも見たことのない町並みでは、三重県の上多気が皆さんの評価が高いので行ってみたいです。
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