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1580: 日本の町並T・U 孫右衛門 7月 2日(土) 20:43
ふとしたきっかけで町並本の新刊を知り、最近手にしました。山川出版社からの刊行物です。
上下併せて500箇所余りの町並が紹介されています。以前平凡社から刊行された三部作のものよりは多い収録数です。
例えば八丈島の大賀郷、徳島県牟岐町出羽島、米子市尾高、姫路市林田といったややマニアックなところも収録されており、私も知らない町並も幾つかありました。
恐らく誰かは訪ねているところと思いますが、町並中上級者としては持っておいて損は無いでしょう。

七ちょめ 7月 2日(土) 21:45
孫右衛門さん
良い本をご紹介願い有難うございました。早速アマゾンで上下巻とも購入しました。
早ければ4日に到着します。見るのが楽しみです。

Yasuko 7月 3日(日) 15:39
私も、外へ出るのが暑いのでネットで注文しました。

孫右衛門 7月 3日(日) 19:29
私が最初に町並の本として揃えたのが「小さな町小さな旅」シリーズで、その後一時あれこれ買っていましたが、多くは重伝建地区の説明など通り一遍の内容のものなので買うのは止めていました。
古い町並のサイトは依然として少ないですが、町並の本となると比較的出ているように思います。
今回久々に購入したのは、参考資料としても読み物としてもよさそうだったからです。

万訪 7月 3日(日) 21:57
私も最近買いました。本としてはもっとも網羅されているでしょうね。四ヶ所追加になりました。舞鶴の先の半島は三、四年前に行ったのに、その先にもう一箇所あったりしています。また行かなきゃ。


七ちょめ 7月 4日(月) 15:19
今日4日に配達されました。2日夜に注文して4日午前に配達される。
それも送料無しでの配達です。ネット通販が普及する筈ですね。
内容は思っていたよりも掲載箇所も多く満足です。
殆どの町並を網は羅しています。でも多くを訪ね終わっていますので、目新しい町並が1割はあると予想していましたが、一割は多分無いようです。
数えてみると掲載件数上下合わせて455ヶ所でした。一割にすると45ヶ所。
それだけ訪ねてい無い町並が有ればよいのですが、多分それ以下でしょう。
一度ゆっくりと検証をします。
数えてみました。約30ヶ所の未訪問地がありますが、近代建築の町並もどう扱うかによってチョットは違ってきますが、未訪問は約1割と云う所でしょう。

urano 7月 4日(月) 22:41
この本、上巻のみ本屋で見つけて購入しておりましたが、下巻も出ていたのですね。
網羅性が高いのと、建築や町づくりの専門家が執筆されているので、内容の信頼性が高くていいですよね。

それにしても七ちょめさんは掲載地区のうち9割以上訪問、万訪さんも追加が4カ所とは、さすがです。

万訪 7月11日(月) 08:37
青根御殿の夜景はとても綺麗ですね。宿泊しないと撮れない。七ちょめさんのこだわっている全灯夕景写真も、やはり宿に泊まってお願いしないと撮れない貴重な写真だと思います。嫌な顔する女将もいるでしょうから、大変ですね。

さて、掲示板を戻させてしまってすいません。「日本の町並み」上下巻をもう一度眺めて、行っていない場所を細かく確認したら、なんと21カ所になっていました。例えば、福島県南郷町の界地区は歩いているが、その近くで紹介されている別の集落は行っていない、金沢の寺町台地は料亭は載せているが寺町そのものをちゃんと撮影していない、直方も近代建築という目では取材していなかた(その頃は民家主体)などなど、いわゆる「歩き漏れ取材漏れ」も含まれます。

行きたい場所は永遠に増え続ける。やっぱりライフワークになっちゃいますね。

七ちょめ 7月11日(月) 20:59
今回の探訪で、郡山市湖南町赤津は偶然通りかかって見つけた町並です。でも帰って万訪さんのホームページを見るとチャンと掲載されていました。驚き脱帽です。凄いものです。
東北自動車道を走るか、国道を走るか迷ったのですが、東北自動車道を走ったら随分遠回りになり、カーナビの時間を見ると30分程度しか変わらないので、下の国道を走り見つけたと意気揚々と帰ったのですが、万訪さんは既に掲載されていてガッカリ。

日本中の町並を全て訪ねるのは永遠に無理と思います。
幾らでも新しく古い町並を誰かが見つけてくれますので、追っかけても追っかけても、まだ残っている。未だ残っているの世界のように思います。

万訪 7月14日(木) 23:42
我々はなぜ町並みを追いかけ訪ねるのでしょうね。
いらかぐみの皆さん。
ひとつの町並みを訪ねるたびに、一つ自分を確認する。そういうもののように思います。私だけですかね。

太泉八雲 7月15日(金) 13:40
赤津のような街道沿いの集落は、会津西街道沿いにもいくつかあるのですが、当時は町並み度の基準が高くて、スルーしていました。
今となっとは町並みや集落への基準が広がっているので、どんどん出て来るでしょうね。
一方で過疎や震災によって消えゆく町並みも増えてきますね。

なぜ、町並みを追い続けるのか。う〜ん。個人的には「癒し」ですね。決して古い町並みで生まれ育った訳ではありませんが、なんでしょうか。この安心感のようなものは。

七ちょめ 7月15日(金) 14:04
町並をなぜ追い続けるのか。私の場合も太泉八雲さん同様に「癒し」と思います。
対照的に超現代的なビル群に入ると、抜け出たい衝動に駆られますので、やはり古い町並は「癒し」でしょうが、ハッキリとは自覚してないし判りませんね。何故か古い町並を探しては訪ねてしまいます。

最初は多くの町並を歩いて数を稼ぎたい衝動もありましたが、今では数を数えることもしないし、数には全く無頓着になりました。

しかし唯一の町並を訪ねねばと思うのは、○○県の訪問数が少ない……が気になります。
数よりも他にもっと古い町並が有る筈との思いです。

早くしないと高齢で動けなくなるとの思いも強いです。

万訪 7月16日(土) 07:11
七ちょめさん、太泉さん共通で格好「癒し」と言う言葉が出てきました。私も「見つめ直すため」とか言っていますが、バランスをとるための「癒し」なのだと思います。でも、なぜ古い町並みに癒されるのでしょうか。「ノスタルジー」「郷愁」といっても自分の過去の記憶にある風景でもない。不思議な感覚ですね。しかし、確実に同じ魅力に取り憑かれている人たちが複数いる。

これから、周防の離島を訪ねる旅に出ます。その中で、いらかぐみ結成の地である上関と祝島を明日歩く予定です。

Kさん 7月16日(土) 07:55
万訪さん、いよいよ祝島ですか。民宿は取れましたか。

昨日、「日本の町並み」上下巻をようやく手にしました。地元の駅前に昔ながらの小さな本屋があるのですが、こうした本屋はいつまでも残って欲しいと思い、特に急がない本はこの本屋に注文することにしています。仕事関係の本を必要とすることもなくなり、たいていの本は、入手が1,2週間遅れてもなんら問題ありませんしね。
古い町並みをなぜ訪ねるか・・・難しい命題で、うまく言葉では言い表せませんが、こうした本屋が残って欲しいと思うのと同じ気持ちだと思います。

Yasuko 7月16日(土) 15:30
上関は行きましたが、祝島への便を確認して出直さないとだめだとそこで、止まったままでいます。いらかぐみの原点には一度は行かなくてはならないですね。
町並みの魅力について考えてみました。なんで魅力があるのかなというと、私の場合は「ときめき」かな、行く前の期待感と、いざいい町並みの中に立つと「ここすごい」と感動する。その情熱と勢いがいまだ衰えていない、いらかぐみの皆さんは尊敬いたしております。

孫右衛門 7月16日(土) 15:33
万訪さんの祝島はこの連休でしたか。私はほとんど変っていないのではと思っています。
私も出来れば今日出発したかったのですが準備不足で明日から1泊の探訪を予定しています。
明日は大分県北部も予定に入っているので、祝島とは海を挟んだ対岸ですね。直線距離では近いところの探訪です。

私はどうでしょうね、やはり癒しなのでしょうね。少し言い方をかえると私のサイトのテーマでもある郷愁でしょうか。
まあ、学術的な要素が皆無なのは間違いないところです。
p446248-ipngn200406niho.hiroshima.ocn.ne.jp
1583: 東北南部3県 七ちょめ 7月 9日(土) 13:11
東北南部三県の宿に泊ってきました。
写真は山形県の瀬見温泉の巨大な宿です。泊って見てビックリの大きさでした。
客室数は館内の避難地図を数えましたが、60室以上ありました。
本館・新館・別館が主ですが、その他にも何か判らない建物も多く、とても構造なども理解できません。夕景の写真は本館の一部でこの建物の奥と奥の横に延々と客室が延びていました。
当日の宿泊客は全て新館(昭和元年建築)に泊めているようでした。
古い建物との指定しての宿泊をお願いしていたと文句を言うと、写真に写る建物の左側2階の角部屋に案内してくれました。立派な部屋でしたが、他の宿泊客(約10名ほど)の宿泊している建物とは随分離れているので、余りにも迷惑と、宿の都合の部屋に泊りました。バス・トイレ付きの部屋で、新館と云っていましたので昭和元年建築の客室でした。
当然現代風に改装はされていましたが。
この電気の点いている写真を撮るために、従業員と私とで、電気を点けて廻りました。
この写真に写っている部屋には誰も泊っていませんでした。
前に投稿した写真は同じ建物ですが、前が空地になっていたので、写真を撮るために後ろに引けたのですが、今は宿の前に共同浴場が建っていて、道からの撮影になってしまいました。
町並を訪ねるのは2ヶ所と云っていましたが、結局初めて訪ねた町並は9ヶ所と再訪は2ヶ所、訪ねたがダメの所は鳴子温泉の一ヶ所でした。
レンタカーで走った距離は正味3日間で889kmでした。
それから初日に泊った蔵王山ろくの青根温泉では夜間寒くてね。吸排気装置のある石油暖房機で暖を取りました。
3泊しましたがどの宿もエアコンは設置されていませんでした。東北の山間部では夏でもエアコン無しで大丈夫なんでしょうね。布団も厚手のものでした。

Yasuko 7月 9日(土) 14:55
おかえりなさい。瀬見温泉には古い建物指定といっても無理なんじゃないかなとおもっていました。七ちょめさんが実現されて嬉しいです。東北はそんなに涼しいのですね。岡山なんか、エアコンなしでは考えられませんし、厚手の布団なんか信じられませんね。町並みを歩くのには熱中症になりそうなことはないのですか。今は外を歩くことなど考えられませんが。

孫右衛門 7月 9日(土) 15:14
3泊で900km近くの運転でしたか。いつもながらお元気さに驚きます。
引いた画像しか見ていなかったので、余計迫力が伝わる写真ですね。
旅館だけではなく町並も9箇所訪ねられたとのことで、そのレポートもお待ちしています。
私も来週末は探訪を予定していますが、メインの目的の一つに近年保存地区となった山奥にある田籠集落などが入っていますので、ここ数日のような大雨だと困ります。
筑後地方を中心に再確認すると結構未訪問の町並がありますし、当分ご無沙汰の地域ですので、もう少し様子を見て確定と考えています。まあ、雨でなければ暑いのは間違いないので、どちらにしても快適な探訪は望めないですが。
1泊の予定ですが、私もなるだけ旅館を考えています。


七ちょめ 7月 9日(土) 16:29
訪ねた町並は福島県からで、南会津町前沢・南会津町池の花水引・郡山市湖南町三代・郡山市湖南町福良・郡山市湖南町赤津・下郷町弥五島・下郷町田代・宮城県大和町吉岡・山形県白鷹町荒砥乙の9ヶ所で、山形県の鳴子温泉街も期待してたずねたのですがダメでした。以上が新しい町並で再訪は瀬見温泉と岩瀬湯本温泉でした。山根温泉は町並がありませんでした。
投稿写真は郡山市湖南町赤津の町並です。
仙台空港でレンタカーを借りて、北は山形県の瀬見温泉、南は栃木県の那須や黒磯を通り過ぎて西那須野塩原ICまで下って南会津町に行くものだから、走行距離は長くなりました。
雨の東北に行きましたが、豪雨になったのは初日の晩だけで、結局一度も傘を差しませんでした。

万訪 7月10日(日) 00:23
いやいや、大旅行でしたね。でも傘をささずに済んだとはついてますね。瀬見温泉の宿は、かなりデカイ。かつて相当ブームで賑わったのでしょう。照明を従業員さんと一緒につけて回ったという下りは、光景がもに浮かびます。綺麗な写真だと思いました。

Kさん 7月10日(日) 07:50
七ちょめさん、お疲れ様でした。私なら「一生に一度」といった感じの大旅行をいとも簡単にやられる行動力脱帽です。このところ、雨が降りそう、暑そうなどなんだかんだの理由を付けて、出かけるのをやめています。

孫さん、田籠へ行かれますか。福岡で暮らしていたころ、重文の平川家を目的に訪ねました。くど造りの民家のスケッチ(絵)が目的でしたが、とても懐かしい思い出です。

Kさん 7月10日(日) 07:53
上の絵を描いているとき、突然激しい夕立がやって来ました。縁側で雨宿りさせてもらいましたが、おかげで、屋根に降った雨がどうなるのかを目にすることができました。

urano 7月10日(日) 08:50
仙台から西那須野塩原IC経由で、南会津から探訪を始められたのですね。
ものすごい大旅行です。
瀬見温泉の撮影用の点灯エピソードも、お話をうかがう分にはおもしろいですが、当日は日没時間のこともあり、気をもまれたことと思います。
ほかの旅館のご報告も楽しみにしています。


七ちょめ 7月10日(日) 08:58
Kさん、一生に一度の大旅行などと思わずに、動ける間に気軽に旅に出てください。
写真は宮城県の青根温泉の湯元不忘閣の青根御殿という建物です。
朝起きると一時こんなに酷い雨が降ったり止んだりしていましたが、出発時には雨は止んでいました。
この宿に到着した時に、この青根御殿を見せてと従業員に頼みましたが、この御殿は大女将が明日の朝8時50分から案内つきで説明します。鍵も大女将が持っていて入れませんとのことでした。
宿泊客は約10名ほどいましたが、この青根御殿を案内してもらったのは私一人で、大女将は不満そうでした。
中は資料館になっていて、当家の古文書や宝物が展示されていまして、これじゃ勝手に見てくださいとは言えないなあと思いました。
この青根御殿も、写真を撮るためにいる建物も、他の多くの建物も登録有形文化財に指定されている建物でした。
一泊目は行くだけでしたので、蔵王の近くの宮城県の青根温泉で、二日目に向かって南に南にさがったのです。よって栃木県内に入ってしまったと云う訳です。でも地図を見ると随分栃木県内に入っていますね。
この3泊目の瀬見温泉喜至楼の夕食時間を訪ねると午後6時からと云いますので、夕景の写真をとるのは午後7時〜7時15分頃です。よって食事が終わりかけた頃に、電気を点けてと頼むのです。当然宿に到着した時、最初に女将に電気を点けて欲しいと頼んでおくのは必修条件です。


孫右衛門 7月10日(日) 19:24
仙台空港発着で那須経由で南会津、さらに山形とはそれで距離が増したのでしょうね。
私が昨年白河発着で福島県会津・中通と山形県南部を回ったときもそれに近い走行距離になった記憶があります。西日本の人間からすると、東北の広さを実感します。
南会津の前沢・水引集落なども訪ねられたのですね。
この青根御殿といわれる建物、そんな貴重なものならばそれだけで泊る価値がありますね。宿泊客以外にも有料で公開されているわけではないのですね。

Kさんのいわれるようにくど造りの雨仕舞いは雨天のときに訪ねるのが一番なのでしょう。
ざっとした行程と旅館の仮押さえをしておきました。

七ちょめ 7月10日(日) 21:40
孫右衛門さん、築後地方のた探訪ですね。
東北の探訪から帰るなり、葬儀・葬儀と二つの葬儀の連絡。朝から一つの葬儀の打ち合わせとお悔やみ、夕方からはもう一つの葬儀のお通夜、明日はお葬儀。その次の日は別の葬儀のお通夜、翌日は葬儀と、お通夜・葬儀の連続です。
後の葬儀は葬儀屋となんか関係あるのでしょうね。その葬儀屋でしか葬儀をしないとのこと。でもその葬儀屋さんの葬儀場は今改修工事中とのこと。業者が一週間と云っているのを4日程に無理を云って突貫工事をしてもらい、昨夜など朝の4時まで改装作業をしていたそうです。なんか変な葬儀週間です。
夏休みが終わり9月になってから南九州を訪ねたいと思っています。それまでは車で移動できる範囲で行動しようと思っています。

七ちょめ 7月10日(日) 21:47
青根御殿の夕景です

孫右衛門 7月10日(日) 22:31
七ちょめさんは余り温泉そのものには興味は薄いように伺っていますが、瀬見温泉喜至楼ではこんな浴場が残っているのですか。Twiterのフォロワーさんから回ってきました。
出典:https://twitter.com/jounalduvoleur


七ちょめ 7月10日(日) 23:04
瀬見温泉のローマ式千人風呂は入りましたが、もっと綺麗だったとおもいます。千人風呂の外観はトップの投稿写真の左側建物の一階で、鉄筋コンクリートの基礎のようなものがある内側です。
浴槽内に何か模様がありましたが、こんな汚い感じではなかったです。
でも洗い場の水洗蛇口はなく、浴槽の横に座って洗うような、湯治場の温泉型式でした。
私は基本的には浴槽は写しませんので、写真はありませんが、湯船内は薄い緑色の感じだったと思います。千人風呂と名乗っていますが、30人も入れば一杯と思います。
ゆったり入るには10人と云う所でしょう。でも宿泊者が少ないためか、2度入りましたが2度とも一人で貸切風呂のようでした。他にもオランダ風呂や岩風呂があり、男女入れ替え制や男女別風呂など多くの温泉風呂がありましたが、余り関心が無いもので、見もしませんでした。
風呂場を写すのは特別な構造の建物の中に湯船がある場合で、このローマ式千人風呂のようにタイル張りなどでは滅多に写真は写しません。
天井が木製の太い木組みいがの場合は誰も入浴されてない時を狙って喜んで摂りますが、それ以外は撮りませんね。温泉と云えども風呂場・洗面所・トイレなどは基本的にパスの領域です。



孫右衛門 7月11日(月) 22:27
古いなりに浴場は改修されたのかもしれませんね。私が取ってきた画像の状態では、さすがに私も入るのにちょっとどうかと思ってしまいます。浴槽内は綺麗ですが。
それはそうとこの青根御殿の写真は見応えがありますね。コピーさせていただきました。

七ちょめ 7月12日(火) 08:57
このローマ式千人風呂は湯治場の浴槽の形式ですが、写真のように汚い感じではないです。私は「ざーと」2度入りました。洗い場はありません。腰かける木製の椅子が3個ありましたので、それを浴槽の掃除などのための水道の蛇口の所に持って行って座って、上り湯の代わりにしました。
大きな風呂に2回とも貸し切りで入りました。男女入れ替え制です。他にもたくさんの風呂がありましたが、この風呂が一番大きかったです。他の風呂は見ただけで入っていません。

太泉八雲 7月12日(火) 19:53
瀬見温泉 喜至楼
湯元不忘閣 青根御殿
そして万訪さんの強首温泉 樅峰苑

いずれも以前からいつかは泊まりたいと想っていましたが、実現しないまま日が経ってしまいました。

特に湯元不忘閣 青根御殿はいいですね。この宿、この風景なら連泊したいものです。

実はこの夏、被災した熊本・大分の応援を込めた旅を模索していて、念願の日奈久温泉金波楼に泊まろうかとも想っていました。しかし、その旅では鉄道の旅も兼ねていて、豊肥本線がいまだ不通の状況ではどうしようかと悩んでおります。まだ全線開通までは時間が掛かりそうです。

そうすると、温泉旅館の次ぎとしては「里」に行きたいですね。
今年の夏は連休が取れたら、どこかの里でひっそりと過ごしたいです。

万訪 7月12日(火) 20:53
太泉さん、こんにちは。九州の応援紀行いいんじゃないでしょうか。是非是非、金波楼に泊まってください。
ところで「里」とは、どのようなジャンルあるいはテーマなのでしょうか?

七ちょめ 7月12日(火) 21:29
日奈久温泉の金波楼は前回訪ねたときに、裏側からは撮りましたが表側は写真を摂れないどころか、訪ねもしていませんので、今度の9月には南九州の旅で、日奈久温泉金波楼に泊ろうと考えていますが、一人旅を受け入れてくれるかどうかを調べないと。

太泉八雲 7月13日(水) 07:19
金波楼はたしか以前から1人客可の宿だったかと思いましたが確認してみます。

「里」はそうですね。難しいですね。メジャーなところだと五箇山とか白川郷とか、マイナーなところだと、能登半島北部や新潟山間部などがありますが...。

自転車持ち込んで体力作りと、読書などでしょうか。
98.19.232.153.ap.dti.ne.jp
1582: 佐渡島の集落めぐり urano 7月 4日(月) 22:10
先週末、佐渡島へ行ってきました。
当初考えていた5月から大幅に押してしまい、ようやく実現できました。

写真は北鵜島の車田(中央の前方後円墳のような田んぼ)。
田植えの仕上げに、真ん中から外に向かって3人で円く苗を植えます。
当初5月に行こうと思ったのはこの田植えを見たかったからです。
だいぶ生育していましたが、ほかの田んぼとの違いが分かったので満足でした。

urano 7月 4日(月) 22:12
入川(にゅうがわ)。
石垣が特徴的だったので、思わず撮影。

urano 7月 4日(月) 22:20
西三川笹川。相川よりも歴史の古い金山集落です。
この道の右手の家(名主)は、敷地内に主屋と付属屋あわせて3棟の茅葺きが建っていますが、主屋はビニールシートですっぽりと覆われていました。
西三川は国の重要文化的景観に選定されたので、解体されることはないでしょうが、修復はトタンでされてしまうかもしれません。

urano 7月 4日(月) 22:25
念願の宿根木も初訪問。
名物の三角家(旧深野家住宅)は4年前から一般公開を始めたそうです。
独特の間取りが面白かったです。

urano 7月 4日(月) 22:31
宿根木のひとつ西にある強清水(こわしみず)。風よけの竹垣が少しだけ残っていました。
小木半島は漁村の宝庫で、南東の小木から時計回りにめぐるつもりでしたが、早くも強清水で時間切れ。残りはまた次回です。
一連の漁村群は万訪さんのサイトでも紹介されていて、それぞれの違いを見比べたかったのですが、1泊2日で全島周遊はさすがに無理でした。

孫右衛門 7月 5日(火) 00:16
佐渡の話題はオフ会で少し出て、uranoさんも訪ねたいと言われていましたね。

宿根木の町並や公開町家、金山も訪ねたいものです。

私のところからは以前は夜行列車を利用すれば、少なくとも往路は比較的安易に訪ねることもできたのですが、今ではかなり困難になりましたね。そもそも新潟県を訪ねるのに上越新幹線経由という選択肢がなかったので(上越新幹線自体も全く利用したことありません)。

古い町並だけでなく歴史や自然探訪の視点でも魅力的なところですので、いつかは実現したいものです。

万訪 7月 5日(火) 06:09
uranoさんも日本海の離島でしたか。離島の中で一番大きな佐渡島だけに、一泊二日で一周は無理だったとのこと。見所が多いですからね。宿根木の舟形の家の中に入れるようになったとは知りませんでした。面白そう。入川は初耳です。ごろた石の石垣と防風柵の関係が面白いですね。

七ちょめ 7月 5日(火) 08:46
一昨年の9月に佐渡ヶ島を訪ね、宿根木も2度目の訪問でしたが、この三角の家が公開されているとは知りませんでした。休日だけ公開されているのかも知れません。
一泊二日ではチョット無理でしょうね。私も二泊しましたが、万訪さん・太泉八雲さんの様にローソク島は見る余裕が無かったです。
これから東北地方の旅に出発します。宮城県・福島県・山形県の三県を訪ねますが、今日は仙台空港から青根温泉泊りだけです。町並訪問は無し。

urano 7月 5日(火) 23:36
いわれてみれば奥尻も佐渡も日本海でしたね。
今回も新潟までの往復は夜行バスでしたが、広島からですと移動だけでほぼ1日がかりですね。

佐渡は文化的には北陸(越後以外)との結びつきが強いそうで、実際、土地の人の言葉からは、石川や福井に近いものを感じました。
そんななか滞在中に見たNHKニュースで首都圏ローカルが流れ、一瞬とまどったあと「ああ、ここは関東甲信越地方なんだなぁ」と感じた次第です。


七ちょめ 7月 8日(金) 21:13
今日8日、東北へ行っている間に何か新しい話題が出ているか期待して掲示板を開きましたが何も無かったです。
7月5日の夜は蔵王の麓の青根温泉に泊ったですが、余りの寒さに吸排気付きの石油暖房機を入れました。
3泊は全部温泉地でしたが、どの宿もエアコンは備わっていませんでしたし、布団も冬用の厚い布団でした。
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
1581: 復興の街を歩く 北海道奥尻島 万訪 7月 3日(日) 22:01
今帰ってきたところです。23年前に大津波による未曾有の災害から復興した島です。人口は減っていますが、島の人も旅行者もみんな元気!いい旅でした。ブログにレポしてます。

七ちょめ 7月 4日(月) 08:57
奥尻島の探訪ご苦労様でした。
ブログは最初から拝見していました。土曜日は土砂降りで一日動けず残念でしたね。
民宿で札幌の熟年組の方との交流は良かったですね。
この様な交流や懇親は旅の大きな思い出になります。訪ねた所の記憶よりも鮮明に覚えているものです。これも旅の大切なことと思います。

Yasuko 7月 4日(月) 15:23
探訪記読ませていただくと、あたかも自分が体験したかのようにリアルに感じることができます。風景も人も食べ物も興味あるのでへえっ、こんなものが出るんだと食べた気分で。楽しそうな人とも話したつもりで、万訪さんのブログのお蔭で行った気分になります。

岡山もすごい暑さです。うちの二階昨日の昼はは35・4度ありました。まだ7月初めなのに8月になったらどうなるんでしょうね。

万訪 7月 4日(月) 20:22
ご覧いただきありがとうございました。土曜日は土砂降りでどうすることもできませんでしたが、日曜日なんとかなりました。熟年御一行様はかなり盛り上がっており、お詫びにお酒をたくさん差し入れてくれました。本州は暑かったようですね、北海道は寒かったぁ。

孫右衛門 7月 4日(月) 22:09
奥尻島の津波災害。これも大変なものでしたね。集落を丸呑みにしているのですから。
しかし、あれから23年ですか。その過程には只ならぬ苦労とは思いますが、表向きには見事に復興していますね。

万訪さんの訪ねる島は、私からするとさすがに対象外となるところも多いです。
北海道の島で訪ねる可能性のあるのはせいぜい利尻島と礼文島でしょう。

こうした外部からの来訪者の少ない島には色々な意味で独特なものがあるのでしょう。
それを色々教えて貰いたいものですね。

urano 7月 4日(月) 22:51
ブログ拝読しました。
つい2週間ほど前にも、知人が奥尻旅行に行っていました。
いまや知る人ぞ知る観光の島として、見事に復興したようですね。

ただ私も孫右衛門さんと同じく、北海道の離島のなかでは、訪問の優先順位は下のほうかな、という感じがしています。
機会があれば行ってみたいところですが、道内最初の島旅では私も礼文島に行きたいです。

万訪 7月 5日(火) 05:55
奥尻島はもっともマイナーでしょう。私も北海道の離島では最後の訪問となりました。北海道の離島のうち一番人気は礼文島です。最北端というのと自然が魅力。町並みとしては焼尻島、天売島です。焼尻島は文化財の古民家が知られていますが,、天売島は全く知られていませんでした。漁業で栄えた町が結構残っていてビックリしました。奥尻島の青苗は、島としてはかなり大きな集落でした。ここはニシン漁ではなかったそうですが、北前船も立ち寄ったと思われ栄えたんだと思います。漁業の繁栄とともに港に近い低地で形成されたんだと思います。そして津波にのまれてしまいました。昭和58年前に訪れていたらかなり見応えのある町並みが見られたと思います。
pw126255069047.9.panda-world.ne.jp
1579: 偶には立派な旅館にも 七ちょめ 6月29日(水) 21:15
旅籠宿に泊ると題した企画で、古い旅館に泊り歩いていますが、偶には立派な旅館も!!
静岡県舘山寺温泉のホテル九重です。遠鉄グループの旅館です。主催した方は「おもてなし」の精神を見習ってくださいとの企画と云っていました。
確かに接客態度は良かったですね。22名の団体の観光旅行でした。

七ちょめ 6月29日(水) 21:33
もう20日ほど前から、私のホームページのトップにしていたniftyのhomepageと云うプロバイダーのサイトから全てを削除しました。9月26になれば同じ状態になるので、少し早くと思ったのです。
でも、その途端に一日のアクセス数が半分以下になりました。
当たり前と云えば当たり前ですが、やはりショックです。
全く新しくホームページを立ち上げたのと同じですのでね。
ホームページを立ち上げて約16年、その間に蓄積した皆様のリンクを全て削除したと同じ状態になりましたので。
仕方ないと云えば仕方ないですが、やはりショックですね。

孫右衛門 6月29日(水) 23:11
いかにもというビル型旅館ですね。

HPは確かに私も同じような経験があります。告知はしているのにアクセスは減るものですね。
やはり検索にかかりにくくなるという部分が大きいのでしょう。
私はもう何年にもなるので、今では全くアクセス数を気にする事もなくなりました。

Kさん 6月30日(木) 07:45
七ちょめさんのホームページのURLが変わると聞いて、私はすぐにリンクを変更しましたので、古いものを削除と言われても「ああそうか」の反応だけでした。でも例えばよく訪問するひまつぶしさんのサイトのリンク集で「古い町並みを歩く」はエラー表示でした。アクセス数はそんなに減るものなのですね。


七ちょめ 6月30日(木) 10:06
写真は旧東海道金谷宿の一部??です。旧宿場には入っていない所と思います。
太井川鉄道のSL列車に乗るために、新金谷駅に着いたのですが、近くの町並が古い町並だったので、僅かの時間の余裕を見つけて、町並
を歩きました。旧東海道筋でした。
掲載に値するかどうかは?? 
でも大井川の川止め時には、島田宿同様大いに宿は賑わったようです。
どなたのホームページも見ていませんので、誰か町並を公開されているかも知れません。
これから検索しようと思います。

アクセス数は今までは大体日に100〜140位の間をうろうろしていましたが、home pageを辞めた途端に60〜80位のアクセス数になりました。
検索で「古い町並」といれても、私のトップページに繋がらなくなり、途中からのリンクになったのが最大の原因でしょうね。


万訪 6月30日(木) 14:35
今年の夏休み、この旅館に泊まる予定です。
秋田県大仙市 強首温泉 樅峰苑
今まで聞いたことがなかったのですが、登録文化財だそうです。ちょっと楽しみ。


七ちょめ 6月30日(木) 16:14
強首温泉の「樅峰苑」創業年は発表されておらず比較的新しいようですが、早速リストに揚げました。情報ありがとうございます。
私は7月5日から3泊で宮城県青根温泉・福島県岩瀬湯本温泉・山形県瀬見温泉の古くからの宿に泊ってきます。
移動距離が多くて、古い町並は2ヶ所だけしか予定出来ていません。午前9時に宿を出て、午後4時過ぎには宿に入る計画だと、町並は犠牲になってしまいます。
写真は瀬見温泉の喜至楼ですが、こんな旅館でも予約はネットのみで、電話受付はしてくれませんでした。まあ、程度はこの間の山田館程度と思います。

万訪 7月 1日(金) 07:35
瀬見温泉は帰りの通り道で行けそうなので、日本海を回らなければ私も寄ってみようと思います。
強首温泉の「樅峰苑」はかつては庄屋の家で、昭和30年代に近くで温泉が発見されてから宿となったようです。古い旅館のカテゴリには入らないかもですね。久々の長距離ドライブなのでワクワクします。

一方、今週末は北海道奥尻島です。梅雨のない北海道を梅雨の時期に選んだんですが、あいにく雨みたい。まぁ雨男ですからいつも覚悟はしていますが、、、

七ちょめ 7月 1日(金) 08:49
強首温泉の「樅峰苑」は昭和30年代の創業ですか。建物には関心があるのですがね。
喜至楼の右側の建物は日帰りの湯治客用に、左側の建物は古くても良いよという宿泊者用の建物らしいです。
殆どの宿泊客はその後ろにある、別館に宿泊するようです。別館は割に新しく、バス・トイレ付きと云うことですが、私は古い左側の建物に宿泊と指定しています。
床が落ちないでしょうね??

七ちょめ 7月 1日(金) 08:56
喜至楼の新しい建物と云ってもこのような建物です。

万訪 7月 1日(金) 09:06
喜至楼でかいですね。高度成長期の温泉ブームに別館が増築されたのかな。大変興味があります。高度成長期テーマを追っかけるのも面白いなぁ。

七ちょめ 7月 2日(土) 07:40
今回泊った舘山寺温泉「ホテル九重」の正面玄関側の夕景は投稿しましたが、この景色はどう見ても裏側です。
今度投稿のこの写真はロープウェイのゴンドラの中から写したものです。
夕景の浜名湖側から写真を撮りたかったのですが、漁船でもチャーターしないと摂れないところでした。

万訪 7月 2日(土) 16:44
立派なホテルですね。舘山寺温泉は人気が衰えないのかな。町並み的にはいかがだったでしょうか。

七ちょめ 7月 2日(土) 22:29
舘山寺温泉には古い町並はありません。もともと温泉が出たのも終戦から大分経ってから
だったと思います。昭和の終わり頃から平成の初めにかけての温泉ブーム時に発展したようです。
このホテルは舘山寺温泉の中でも別格で飛び抜けて大きなホテルです。他にはあまり巨大な旅館は無いようでした。遠鉄グループの温泉だからかも知れません。
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1578: 尾道の長江 辰巳屋 6月28日(火) 21:44
尾道の長江は、畳表の問屋がある長江通りが有名ですが、長江通りから一歩西の山手に入ると「山城戸通り」があります。少し進むと「挹翠通り」になります。山頂まで進むと聖和寮という尾道の旦那衆の別邸と思われる建物があります。(現在は異なります。)挹翠通りの近くには、「柳水井」があり、昔は大切な井戸として親しまれてきました。尾道の坂道や小路を彩る大切な井戸です。
Kさん是非尾道に来てください。尾道はスケッチの場所としては最高の街と思います。
画像は山城戸通りです。

辰巳屋 6月28日(火) 21:45
画像は挹翠通りを山頂近くまで登ったところにある聖和寮です。

辰巳屋 6月28日(火) 21:46
画像は、柳水井です。

Kさん 6月29日(水) 07:40
改めて辰巳屋さんの「尾道散歩」コーナーを拝見しました。坂と路地がやはりすごいですね。行きたくなりました。

万訪 6月29日(水) 21:14
辰巳屋さんこんばんは。尾道散歩すごいですね。隈なく歩かれているのにはビックリしました。これだけの情報があれば、今度訪れた時、要所の見落としなく歩けるでしょう。行きたくなりました。

孫右衛門 6月29日(水) 22:08
この山城戸通りはこの前尾道を訪ねたとき歩きましたがその先まで入ってません。
私はどうも尾道というと古い町並とは違うものという思い込みが強く、中途半端な探訪に終始しているようです。
数日滞在してみると違うものが見えてくるのでしょうね。

七ちょめ 6月30日(木) 09:56
尾道市には古くからの旅館で西山本館があるのですがね。登録有形文化財に指定されている由緒ある立派な旅館ですが。創業が昭和5年とありチョット躊躇しています。
でも建物は立派ですね。
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1577: 尾道の話題 孫右衛門 6月18日(土) 21:05
先週後半、尾道の商店街裏手で火災が発生し、多数類焼したとのニュースがありました。
その状況確認とともに訪ねていない地区があるのが気になって、手早く訪ねてきました。
このメインのアーケード街の海側の随所に、細い路地が密に入り込む住宅街や飲食街があります。そんな場所で発生したのでなかなか消し止めるのは難しかったようです。
古い町並とまではいえないものの郷愁感はある一角でしたので残念なことです。保存の対象にはなりませんので、ある意味防災上厄介な区域として知らぬ間に再開発されてしまうことが多く、こういう場所も物のついででよいから記録しておくべきと思います。
これは類焼をぎりぎり免れた辺りの様子。また、アーケード街に面する区画も5・6軒の店舗が被害に遭ったようです。

孫右衛門 6月18日(土) 21:13
訪ねていない地区というのは駅の真裏の斜面です。洋風の別荘みたいな建物が幾つも見えるエリアです。

孫右衛門 6月18日(土) 21:19
地区への上り口が判りづらかったですが一通りめぐりました。大正から昭和前期にかけての流行りの住宅街といったところのようです。
銀山街道沿いの長江町、市街地東方の久保町など一通りレンタサイクルで廻れるところは自転車を使い、2時間ほど走り回りましたが夏至近い晴天はきついですね。短時間なのに腕が真っ赤になりました。
帰りに竹原市忠海町にも寄りました。

孫右衛門 6月18日(土) 21:23
×レンタサイクル→○車に積んだ折畳み自転車

ついでにもう一枚。

七ちょめ 6月18日(土) 21:40
尾道のこの路地のような町並、古くからの町には結構ありますね。
古い町並などと云っていると防災関係者は「しかめっ面」するでしょう。
京都の西陣なんかその典型でしょうね。災害に弱い町をどうして近代的な町にして行くか。何処で折れ合うかの問題でしょう。

万訪 6月19日(日) 14:50
起伏、密集、路地、石垣、板壁、洋と和
好きな町並みの要素をどのショットからも感じます。有名であるがゆえに今まで敬遠してロクに歩いていませんが、ちゃんと歩かなきゃ行けませんね。今年後半の広島攻めで実行できたらなぁ。

孫右衛門 6月19日(日) 20:41
古い町並として見ると、中途半端なものしかありません。一番それらしいのは長江町の出雲街道沿いですが、これとてまとまって残っているわけではないですし。
観光客が巡る寺町も寺と路地だけです。
一方でレトロや郷愁という視点でみると、魅力を感じることができるところです。いわれるように色んなテーマで歩けますね。ただ、それでもそれぞれのインパクトはどうかというと、淡いような気がします。私は商店街にある程度興味があるから良いですが。
千光寺公園はよいにしても、ふもとの寺社街は未だに把握できていない箇所が多くありますので、尾道を案内するにしても、随分偏ったものになりそうですね。

辰巳屋 6月19日(日) 21:47
尾道の火事は、とても心配しました。迷路のような路地が魅力ではありますが、防災上の観点からは問題です。
あまり知られていませんが、市民の生活を守るのも大変で、市街地の路地は、宅急便はリヤカーになり、千光寺下の西土堂・東土堂の斜面ではゴミ収集は天秤棒で収集しています。
孫右衛門さんの火事現場付近の画像は、「浮御堂小路」と思われます。この建物は有名ですが、改装しタイルの壁にしたのですね。昔はセメントの壁だったと思います。
画像は、私のお気に入りの小路(小路ではないかも?)の「あなごの根どこ」です。


七ちょめ 6月20日(月) 09:13
「あなごの寝床」とはうまく表現されていますね。
人が多く通るのでしょうね、地面が光っています。
防災上はダメでしょう。市の防災担当者も手が付けられないと嘆いている様子が見えるようです。

孫右衛門 6月20日(月) 20:37
このあなごの寝床というのは知ってはいましたが、こんなところだったのですね。
路地に屋根を付け雨の日も快適に通行できるようになっているのでしょうか。
新潟などにある雁木を思い起こしました。

辰巳屋 6月20日(月) 22:17
これは、小路ではなく「通路」だと思います。画像の右手には、カフェーがあり奥にはゲストハウスがあります。「尾道空き家再生プロジェクト」というNPOがあり、古民家を再生したものです。細長い通路というのが正しいと思われます。
私も最初は、小路かなと思ったのですが、屋根があるので古民家の土間の通路をうまく活用したようだと思いました。尾道の迷路のような小路を彷彿とさせられます。

画像は、孫右衛門さんの最初の画像の昔(2013年8月)の「浮御堂小路」の画像です。

Kさん 6月21日(火) 07:46
尾道の路地風景や俯瞰などをスケッチしに一度行きたいと思いながら、まだ実現していません。こんなところでオフ会があれば嬉しいのですが・・・

家の間の細い道といえば、戦災を受けていない京都市でも数多くみられます。京都では行き止まりになっているものを「路地」(「ろうじ」と読みます)と呼び、次の通りまで突き抜けているものは「図子」と呼ぶようです。突き抜けているものには「「辻子」「突抜」と行った呼び方もあるようですが、その違いをよく知りません。

この絵は先日、東山区の宮川町の近くで描いたものです。次の通りまで突き抜けていましたから、「路地」ではなく「図子」のはずです。多くの人が生活しておられ、狭い道の真ん中に椅子を置いてスケッチしましたので、迷惑なはずですが、通る人は皆さんがとても親切でした。

孫右衛門 6月21日(火) 22:37
アナゴの寝床は辰巳屋さんの写真を良く見ると屋内?なのですか。あるいは黒石のこみせの一部にあるような覆いつきの通路のようなものですか。いずれにしてもこのような空間は何物にも代えがたい物なので安易に取壊しや改変はしてほしくないですね。
京都では袋小路が路地、突き抜けているのが図子または突抜でしたね。Kさんの書き込みで思い出しました。
p446248-ipngn200406niho.hiroshima.ocn.ne.jp
1576: 勝沼の土蔵 七ちょめ 6月15日(水) 20:41
皆さんご存知の勝沼のこの土蔵、見るたびに痛んできますね。
6月13日甲州市の塩山温泉の古い旅館に泊るため、偶然に通り掛かった勝沼で見たお馴染みの土蔵です。
半年ほど前に何方か、この土蔵の写真を投稿されていたとおもいます。

塩山温泉の廣友館と赤沢宿の江戸屋旅館に泊ってきました。後ほど報告します。町並も少しは訪ねました。

早川町の茂倉集落、万訪さんが良いとおっしゃっていましたが、道のりがと思案していましたが、結局は訪ねました。大変良かったです。苦労して山道を走った値打ちがありました。

七ちょめ 6月15日(水) 20:54
勝沼の写真を投稿してから、URANOさんから頂いたメールを見ました。残念。
12日の夜に見ていたら、レンタカーで余裕で持って走っているので、展開が違っていたと思います。メールを見るのが遅かったですね。残念。

孫右衛門 6月15日(水) 23:07
この土蔵、NPO法人による保存が予定されているとありましたね。その活動が何時になるのかが気がかりです。


七ちょめ 6月16日(木) 09:51
相当ISOを上げて手持ちで摂っているものだから、粒子が荒れていますが、まあ状況の報告にはなるでしょう。
赤沢宿の江戸屋さんの夕景から夜景にかけての状態です。

七ちょめ 6月16日(木) 13:34
こちらの方が良いか??

七ちょめ 6月16日(木) 14:27
初日に泊った塩田温泉廣友館の夕景です。
温泉に入るためには、階段を延々と5階まで登りました。

七ちょめ 6月16日(木) 16:51
江戸屋旅館の長い長い入口土間で、夕方外の景色を見ながらビールを飲む。至福の時でした。

七ちょめ 6月16日(木) 20:05
早川町新倉の茂倉集落で見かけた光景。
男用の便器が公道にどうどうと設置されていました。
でも、なかなか良い集落でした。
ここまで到達するのは大変でしたが、でも6〜7人のキリスト教??の布教者が集落を廻っておられました。

集落の方に聞くと、家数は40軒以上あるそうですが、今住んで居られるのは13軒で人数は27人とのことでした。
この方、小学校の4年生まではこの茂倉に分校があったそうですが、小学校5年生になると4km先の新倉まで毎日かよったそうです。行は下りで良いのですが、帰りは2時間の登山と云って居られました。
今は新倉にも小学校が無く、もっと遠くに小学校が行ってしまったと。只、茂倉では小学生はいないそうです。

urano 6月16日(木) 23:22
七ちょめさん、こちらこそ直前のメールで大変失礼しました。
でしたら今度は、富士吉田市上吉田の御師旅館(2軒営業中)とともに、足をお運びなさってください^^
そうそう何度も、山梨旅をする訳にはいかないかもしれませんが・・。

ところで江戸屋の長ーい土間の写真、いいですね!
ここは泊まってみたいです。


七ちょめ 6月18日(土) 09:16
URANOさん 情報を有難うございます。今 富士吉田市の御師の宿を探しました。
民宿が2軒と旅館が一軒見つかりました。
電話番号と住所は判りますが、ストリートビューでも確認できませんでした。
もう少し遣ってみます。有難うございました。
どの家も道から入った位置にあるため、ストリートビューでは確かめられませんが、写真を公開している所もあり門構えの宿です。やはり御師の宿ですね。

万訪 6月18日(土) 10:35
勝沼の三層蔵は相変わらず漆喰がハゲタカままですね。味わいはいいですが、漆喰仕上げがないと土壁が傷んでしまいます。
それとは逆に江戸屋は手入れが良さそうです。一斉に草鞋を履くための長縁、至福のビール、涼しそう。
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1575: 万訪 6月12日(日) 20:38
現在の旧阿古集落。ほとんどが溶岩流に飲み込まれてしまいました。でも犠牲者はゼロ。最後の避難バスが出て10分後に溶岩流が襲ったと言います。危機一髪ですが、逆をいえば備えていたということかもしれません。

万訪 6月12日(日) 20:41
溶岩流を堰きとめるように残った小中学校校舎。噴火の恐ろしさを今に伝えています。

万訪 6月12日(日) 20:44
そして、溶岩流から免れた集落が残っていました。覆う溶岩の高さは10m前後で、写真の手前まで溶岩流が迫り止まった。残された集落が在りし日の阿古温泉郷の面影を伝えてくれます。

万訪 6月12日(日) 20:48
ここは島の南東にある坪田集落。溶岩の切石で築かれた石垣石塀が特徴です。ここもかつては被災した復興の集落のようです。

島旅の次のテーマは「復興の町を歩く」を考えていますが、ちょっと手応えを感じることができた旅でした。

七ちょめ 6月12日(日) 20:49
溶岩流で覆われる前と、昭和58年に溶岩で覆われた後の状態の比較は凄いですね。
自然災害そのもの。恐ろしい力ですね。
いくら東京都内といっても遠い所。ご苦労様でした。

孫右衛門 6月12日(日) 22:05
三宅島の昭和58年の噴火は、当時小学生だったのですがニュースで報道されていたのを今でも覚えています。集落を飲み込むすさまじい災害だったのですね。溶岩流に飲み込まれなければ、今でも集落として素晴らしいものが残っていたことは投稿された写真で間違いないものと思います。

万訪 6月13日(月) 22:32
そうなんです。阿古集落は、何かの本にも取り上げられていました。おそらく歴史的な町並みがあったと思われます。

私の島旅は、次回北海道の奥尻島を予定しています。久々に北を目指します。
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1574: 三宅島 火山とともに生きる集落 万訪 6月12日(日) 20:36
オフ会の写真の件は特に注文はありませんので、Kさん結論に従います。

さて、伊豆諸島から帰ってきました。三宅島から東京港まで6時間半、長かったぁ。まだ、式根島と神津島を残していますが考えちゃいます。青ヶ島、行きたいですねすごく!でも渡航リスクが高いのでリタイヤ後にとっておくことにしました。
三宅島は興味深かった。2000年の大噴火で全島避難したことが記憶に新しいろ思いますが、昭和58年の阿古噴火はもっとすごかった。というより約20年おきに噴火を繰り返し、災害と復興を繰り返しているのが三宅島なのです。

画像は昭和58年の大噴火以前の阿古集落。温泉も湧いていて阿古温泉郷と呼ばれ、島最大の賑わいを見せていたんlだそうです。
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