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1902: 西土佐・南予の探訪 孫右衛門 8月13日(火) 09:06
四国南西端付近を巡る探訪を行いました。愛媛県では旧日吉村、鬼北町近永、松野町吉野、御荘町、宇和島市遊子水ヶ浦、高知県土佐大正、土佐清水市、土佐清水市松尾地区、土佐清水市三崎浦、大月町、大月町柏島、宿毛市
また再訪で松野町松丸、津島町岩松、吉田町、大洲市を訪ねました。
暑中の探訪でしたが種々の対策をしたのと、海風の影響かそれほど猛暑という感じではなかったのでその点は助かりました。
これは再訪の町並ですが松丸です。この漆喰の建物が残っていてよかった。しかし以前は道の反対側にも古い建物があったのに建てかわっていました。

孫右衛門 8月13日(火) 09:14
宿泊は初日はホテルでしたが2日目は御荘に残る「山代屋旅館」でした。大正元年創業で遍路客が主のようでした。付近には数軒旅館の看板のある建物がありましたが現役なのはここだけだそうです。しかしご主人も高齢にさしかかり跡継ぎもいないとのことで、この旅館も何時まで続くかは判らない状態のようです。

七ちょめ 8月13日(火) 16:32
暑いお盆休みに多くの所を訪ねてられましたね。成果があってなによりです。
松丸のこの漆喰壁の建物は、独特の形をしていますので、よく覚えています。健在だったのは何よりです。
御荘の山代屋旅館は知りませんでした。遍路宿ですか。後継者がおられないのはどこも同じという状態で、寂しいですがどうしようもないですね。
遍路宿の形態も徐々に変化しているようですが、古いタイプの旅館がどう今風の旅館として生き残るか、改造などの投資の割に合わないのをどう克服するかが一番の問題でしょう。

孫右衛門 8月14日(水) 07:21
四国ではまだこういう旅館の需要はあると思いますし、当日も連休中で結構賑わっていたのですが、経営者の高齢化、跡継ぎがいないという点はどうしようもないところです。ご主人は72歳とのことで、長らくサラリーマン生活をされていたということですから、その時は先代が経営されていたのでしょう。
これは津島町岩松ですが、ここと伊予吉田では一部見落としていたようです。前回は15年も前でした。いずれも良い町並で再訪してよかったと思いました。

孫右衛門 8月14日(水) 07:29
高知県では土佐清水周辺は未踏でもありました。足摺岬の観光もしてきました。11日でしたがもう台風のうねりで結構荒れていました。
町並度的にはそれほどでないものの、予想外の町並もあり収穫がありました。
これは大月町中心部の町並です。まったく想定していなかったものです。
土佐清水市の中心部や三崎浦もほとんど訪ねられている方はいないと思いますが、こちらはストリートビュー等で少しは町並があることはわかっていました。

七ちょめ 8月14日(水) 08:34
四国南部を訪ねていて町並みや画像の中に「土佐鶴」の看板を見るとホッとします。
四国南部だなあと!!

何時もそう思っていました。
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