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    1545: GWは 七ちょめ 4月22日(金) 20:51
    皆さんGWにはそれぞれ行動を起こされると思いますが、一向に情報が報告されません。寂しいことです。
    毎日が日曜日の私は、GWの間は家でノンビリが毎年のパターンですので、今年はそれまでに温泉行を計画しました。それも熱海温泉と湯河原温泉の2泊です。温泉が目的でなく古い旅館が目的です。探すのに苦労する旅館ばかりです。
    他に訪ねる町並は、順に記載すると三浦市三崎、相模原市緑区小原、伊勢原市大山、湯河原温泉、神奈川県真鶴町、神奈川県山北町の6ヶ所です。一日はレンタカーで走ります。

    伊東温泉の2軒続く伝統的な旅館に泊りたかったのですが、チョットタイミングが合いませんでした。

    孫右衛門 4月23日(土) 15:38
    私の連休の探訪は空白域となっていた房総半島中南部を中心に、成田市周辺から茨城県南端付近を加えたものでほぼ確定といったところです。
    29日からの3日間を予定しています。問題は道路の混雑ですが、比較的移動距離が短く行程的にも余裕が持てそうですので、さほど心配は無いかとは思っています。
    行程が押した場合、優先順位の低いところは省略しても良いとの判断でよいかと。

    万訪 4月23日(土) 16:01
    七ちょめさん、孫さんは東へ向かわれますか。入れ違いになりますが、私はまた薩南諸島(奄美群島)になります。
    4泊4日で、喜界島→加計呂麻島→与路島→請島、を巡ります。ひたすら石塀集落です。

    画像は今日歩いた根岸(台東区)。この家、今まで見落としておりました。
    pw126255012144.9.panda-world.ne.jp
    1544: 佐那具宿 七ちょめ 4月20日(水) 16:30
    今日、昼前から思い立って三重県の佐那具宿を訪ねました。佐那具宿??
    場所は伊賀市佐那具町、伊賀市(旧上野市)の大和街道の次の宿場です。

    今度のオフ会には幹事の私は高齢のため自動車を持ち込みません。依って皆さんを車で案内できないので、せめて新しい町並でも開拓してと探しました。

    一人乗車では車で自由にドライブしますので、今日片道約2時間かけて訪ねてきました。
    結構見られる古い町並で、私の町並指数では40にしようか50にしようかという所です。
    http://matinami.o.oo7.jp/tyubu-tokai2/iga-sanagu.html
    早々に画像のみUPしました。

    孫右衛門 4月20日(水) 20:43
    佐那具という地名は関西本線の駅があるので知ってはいましたが、旧宿場町だったのですか。
    オフ会の詳細も連休の頃までには具体化したいものです。その前に連休の探訪を個人的には詰めないといけませんが。一応仮押さえだけはしています。

    万訪 4月21日(木) 00:11
    佐那具というのは上野と柘植の間ですか。全く素通りしてました。40点の町並みとはそこそこですね。GWが来週末に迫ってきましたが、仕事の締め切りがGWまでとか明けとかで忙しいです。


    七ちょめ 4月21日(木) 09:27
    私も佐那具宿は知りませんでしたが、先日、旧上野市の「薫楽荘」に泊った時にパンフレットをみていて、佐那具宿の町並の記載があったのです。

    オフ会時に訪ねようと思っていましたが、昨日天気が良かったもので急遽訪ねました。
    でも、結構交通の便が悪い所です。JRの駅には近いですが、乗換乗換があるし、頼りの近鉄が通っていないのでね。と云うことで車になってしまいました。
    M014010098160.v4.enabler.ne.jp
    1542: 児島半島と西大寺・長船の探訪 孫右衛門 4月10日(日) 20:33
    年末年始以来久々となる探訪らしい探訪を行いました。随分前から岡山県南部に昔の貧弱な写真のままになっている町並があることが気になっていました。またそれらの町並の動向も気がかりでした。
    倉敷市藤戸天城、倉敷市児島田の口、玉野市八浜、岡山市西大寺、瀬戸内市旧長船町福岡の再訪を中心として、倉敷市児島下の町、玉野市日比、玉野市玉、岡山市郡の新規探訪を絡めたものです。
    その中で藤戸天城、田の口、八浜は前回探訪から10年以上経過していました。田の口はほとんどそのまま良い町並でした。これは地元の方の意識無しではあり得ないでしょう。
    藤戸天城は私が偶然見つけて興奮した町並でした。ただ、その要因となった連続した旧家をはじめ、いくつか変っているのを感じました。帰ってから当時の写真を見返すと町並のイメージが随分違いますね。この町並の町並度は6としていますが、実態は4程度に低下しています。
    八浜は前回探訪時も保存を意識されていたのである程度安心しての再訪でしたが、それでも造り酒屋の土蔵がある一帯は廃屋同然で、心が傷みました。
    西大寺、長船はまあ安泰です。こちらは地元が取り組まれていますので。長船では旧家が公開されていて案内を受けて見学しました。ここはついでに訪ねたに過ぎないですが、行ってみるものですね。
    これは田の口の町並です。由加山と金比羅宮を両参りするのが往時の掟で、その細い参道沿いに商家が残っているという形で、考えてみるとちょっと珍しい形の町並です。

    孫右衛門 4月10日(日) 20:52
    藤戸町天城の町並。右側の虫籠窓の町家と、さらに土壁の町家の2軒分が根こそぎなくなり更地になっていました。皮肉にも、残っている旧家の驚くほどの奥行の深さを感じることができます。朝一番に訪ねていきなりこれを目の当たりにして、ちょっと気分が下ってしまいましたが以後はこれ以上のショックを感じることはなかったので、まあよしというところでしょうか。

    孫右衛門 4月10日(日) 21:02
    旧長船町福岡の公開されている中崎邸。大地主だったそうで、建物の細かいところにこだわりを持ち、地味なところに金がかけられているのを案内されて知りました。

    万訪 4月10日(日) 21:04
    新年度に入り孫さんも忙しさからちょっと解放されましたか。岡山県の瀬戸内エリア、やはりデザインがいいですね。文化度の高さを感じます。再訪で失われた民家があって残念な気持ちにもなるでしょうけど、新たな発見もある。町歩き楽しみましょう。
    先日、離島の図鑑を買いました。そうしたらまたピックアップが増えてしまいました。広島〜山口にかけても結構あります。今年度いきます!ぜひ広島で飲みましょう。

    urano 4月10日(日) 22:49
    岡山県は全国屈指の町並み地帯なのですね。
    孫右衛門さんの紹介された町並みはほとんど存じ上げません。
    今年中には中国地方旅行をしようと、ルートを大まかに固めたところですが、これはまた組み直しを検討したほうがよさそうです。
    あるいは、東京から比較的行きやすい(近い)岡山県だけ残しておいて、別日程で訪問しようと思います。

    辰巳屋 4月11日(月) 05:55
    藤戸は私も随分昔になりましたが、更地になった所は藤戸の商店街の中心地ですね。立派な蔵が点在し、たしか「龍吐水」という消防ポンプを玄関につりさげた大きな庄屋さんらしき屋敷がありました。古い家が壊されるのは残念ですが、所有者の方もそれぞれ事情があるとは思いますが、残念ですね。

    画像は、2008年に訪ねたのですが、取壊し前の風景です。孫右衛門さんの画像では荒物屋さんは、営業していたようですが、私が訪問した時は店を閉じていたようです。

    福岡の中崎邸も地域の方々が盛り上げていらっしゃる随分立派な建物のようですね。

    孫右衛門 4月11日(月) 20:53
    2008年頃までは残っていたのですか。私の考え方に、極力最新の町並情報をお伝えしたいというのがありますので、無くなったのであればその状態の町並として更新します。もちろん今回の藤戸天城の町並度は減点しますが、やはり車での日帰り圏くらいは10年以上空けないようにしたいところです。
    万訪さんの島旅、近くの島で日程があればご一緒したいですね。

    Kさん 4月11日(月) 21:28
    孫右衛門さん、提案です。
    町並みが大幅に変化した場合、「町並み度」の原点だけではなく、撮影日時を明記した上で、新旧の写真を合わせて掲載されることを提案します。それだけで町並み保存の大切さを訴えるだけでなく、町並みの変化を記録することになると思います。

    Kさん 4月11日(月) 21:48
    訂正:原点→減点

    万訪 4月11日(月) 21:57
    Kさんの言われていることは私も同感です。再訪した場合、私たちは時間軸で紹介することができる。町並みは時間軸をいかにイメージしながら鑑賞できるかにあります。たとえ失われた町並みでも、いらかぐみの写真を見ながら「かつてこのような町並みがあったんだ」とイメージできるかできないかは、全然違うことだと思うのです。われわれの活動は、いよいよそういう意味を持ち始めているのではないでしょうか。そこに我々の再訪の意義があり、再訪の楽しみが広がっていくのかもしれません。

    孫右衛門 4月11日(月) 22:37
    再訪した場合、昔は掲載していた写真を全部削除してリニューアルしていました。
    今は以前のページは残し、更新したページからリンクで入れるようにしています。ただ、新旧の写真を並べて対比する形は、どこかでやった記憶はありますが、最新の姿を見てほしいという思いから積極的にはしていません。
    Kさんの提案を受け、今回の藤戸の町並ではやってみようかと思います。
    ちなみに訪問日は全ての町並ページに記載しています。

    Kさん 4月12日(火) 07:21
    孫右衛門さん、提案を前向きの受け止めていただき、ありがとうございます。私自身はスケッチでの記録なので、きめ細かくは対処できませんが、例えばスケッチした建物などがなくなったことに気が付いた場合には、メモか写真でページに書き込むようにしています。

    重ねてお願いです。先日の竹原の火災後の写真。5月に開催する個展に竹原の絵を出展する予定ですが、その説明パネルに、孫さんの写真を借用できないでしょうか。「撮影=広島・孫右衛門さん」と表示するつもりです。

    七ちょめ 4月12日(火) 11:53
    昨日、伊賀市上野(旧上野市)の町並のみを延々と4時間タップリ探索しました。
    上野城も芭蕉関係も、忍者屋敷などの上野の観光施設は見向きもせず、ひたすら町並に拘って、
    午前11時から午後4時まで、約1時間の食事と一杯飲み時間を除いて歩きました。

    そこで、再訪の画像の話題が出ていまるので。

    私は最近は再訪しても、画像は保存していますが、掲載などは一切していませんでした。
    先日の足助など、昨年と今年と2回も訪ねていますが、新しい町並を探し出しても素知らぬ顔をして、画像の入れ替えもしていません。

    今回の上野も素知らぬ顔で過ごそうと思いましたが、皆様の意見には同調しようと思います。

    今は旧上野市を一ヶ所として掲載していますが、二つか三つに分けて掲載できるだけの画像は撮影してきました。

    以前 長浜オフ会で長浜を歩きましたが、旧上野市の古い町並の広がりは、それ以上だと思います。一般にはお城と、芭蕉と、忍者しか一般の人は関心が無いですが、町並もどうして、どうして。

    泊った宿も旧花街のなかにあり、置屋の特徴がれっきと残った立派な建物でした。建物にもびっくりの探訪で、女将の対応も愛想よくなかなか見られない素晴らしい対応でした。

    七ちょめ 4月12日(火) 13:31
    昨夜泊った伊賀市の旅館 薫楽荘です。

    七ちょめ 4月12日(火) 15:45
    伊賀市(旧上野市)の町中から、上野城が殆ど見えません。防衛上そのように造られたのかは知りませんが、結果的にはどの位置からでもまず上野城は見えないのです。
    でも、一ヶ所と云うか、一本筋の道からは見えるのです。
    鉄炮町に2本ある南北の道の東側の道からのみ見えるのです。それがこの画像です。
    やっと聞き出しました。


    孫右衛門 4月12日(火) 21:14
    再訪しても該当ページを更新するかしないかは、人それぞれでよいと思います。
    ただ私の場合は、この記事に書いたような理由で更新するのを基本にしています。更新しないのは既に写真が比較的充実していたり、前回探訪から時間が空いていないといったケースです。

    Kさん、写真使用の件は了承しました。ぜひ使ってください。
    p535129-ipngn200506niho.hiroshima.ocn.ne.jp
    1541: 薩摩硫黄島 万訪 4月 9日(土) 16:41
    薩南諸島をひたすら攻めている

    万訪 4月 9日(土) 16:43
    鹿児島港から100キロ離れた薩摩硫黄島におります。
    常時噴煙を上げている活火山の島。迫力あります。

    万訪 4月 9日(土) 16:45
    島のいたるところに温泉が湧いていて、海の色を七色に変えているため、別名「鬼界ヶ島」とも呼ばれています。この写真は集落のある港。水中に温泉が湧いているため、海水が赤く染まっています。

    万訪 4月 9日(土) 16:48
    集落は、明治初期から戦後まで続いていた硫黄の採掘で栄えたそうで、石垣石塀が見事です。使っている石は溶岩系はじめ島で採れるいろんな種類が混ざっています。中には硫黄も。

    万訪 4月 9日(土) 16:50
    石垣石塀に囲まれた屋敷地は結構広がっていましたが、その後人口が減って家の数は減っています。それでも若い人や子供も多い印象。

    万訪 4月 9日(土) 16:53
    春の嵐の時期で欠航が危ぶまれましたが、なんとか渡ることができてよかったです。なかなか行くのが大変な島ですが、独特かつ素晴らしい自然に抱かれた集落でした。


    七ちょめ 4月 9日(土) 18:39
    薩摩硫黄島?? 地図上でそんな島は無い?? 懸命に探す でも無い。
    ネット検索で薩摩硫黄島と入れると出てきた。
    屋久島の北、種子島の西に。小さな島。
    2011年の人口114人とある。  よく探されましね。
    更に調べて見ると、村営の飛行場まであるし、週2便も運航されている。立派なものです。
    でも、知名度は低いですね。
    私の持っているのは道路地図ですので、地図上に硫黄島の表示がありません。

    万訪 4月10日(日) 15:09
    船は割と欠航するので、「春の嵐」が心配されるこの時期は大変リスキーでした。この時期は1時間単位で天気図が変わるとのこと。私が渡る前も二泊三日の船が天候の悪化を理由に一泊二日に切り替えましたし、明日の便も危ないそうです。ただ、出てしまえば必ず帰ってくるようです(復路の2日目がやばい場合は出航しない)。GW過ぎれば台風シーズンまでは安定しているそうです。
    天気予報では今日は晴れる予定でしたが雨は上がりませんでした。海辺の温泉には入りませんでした(屋外で脱がなければならぬので着替えが濡れてしまう)。
    一緒のうちにもう一度行きたいと思うほど素晴らしい自然のある島でした。ブログにレポしましたので、ご興味があればご覧ください。



    孫右衛門 4月10日(日) 19:38
    屋久島や種子島よりも本土に近い位置にある島なのですね。私は種子島・屋久島があってトカラ列島とかいう小さな島が色々あって、そして奄美、与論島などがあって沖縄という漠然としたイメージしかありません。
    沖縄の島は訪ねたり調べたりして比較的頭にはいってますが、鹿児島県南の島は実は私の地理的知識の完全な盲点でした。その事も万訪さんが訪ねだしてから気づきました。
    温泉で港の色が変るなど初めて知りました。紀行番組は好んで見ますが、船も出るかどうか判らないというこんな島にはレポーターが行かないのでしょうね。
    万訪さんが対象にされたことで、我々は貴重なレポートを拝見できるわけです。

    万訪 4月10日(日) 20:58
    三島村の三島は、沖縄とも奄美とも屋久島とも違う、全く異なる地形の魅力がありました。どっちかというと礼文島に近いかな。そういう意味で、行ってよかったと思いました。晴れてればもっとよかったんでしょうね。

    urano 4月10日(日) 22:43
    三島村・十島村は集落や建築などの観点で紹介されることがほとんどなく、どんな風景が見られるのか想像もつきませんでしたが、これほど立派な石垣景観が残っているのですね。
    これは各島に上陸して、比較してみたくなります。
    とはいえ、気軽にアクセスできる場所ではありませんし、行くとしても、個人的なプランでは種子・屋久や奄美を訪ねたあとになりそうです。
    今後も万訪さんのレポートを楽しみに待たせていただきたいと思います。
    em119-72-195-250.pool.e-mobile.ne.jp
    1540: この掲示板は 七ちょめ 4月 9日(土) 10:35
    この掲示板は「いらかぐみ」関係の中では一番メジャーな伝言??機関です。
    会員用の連絡掲示板程度に思ってツイツイ書き込んでいますが、我々会員個人のホームページとは比べものにならない位で、ロボット検索で引っかかります。

    古い旅館や集落・町並を検索しようとすると、まず この「いらかぐみ」の掲示板が表示されます。
    私が古い旅館の○○旅館に泊ってきたと投稿すると、1週間程の後には○○旅館と検索するとこの掲示板が出てきます。
    下手に悪いことも書けないし、会員間の連絡・親睦用の掲示板と思っていましたが、なかなか制約の多い掲示板になってきました。

    ロボット検索を拒否することができると思いますが。

    今度泊ろうと思う三重県伊賀市(旧上野市の薫英荘)です。



    七ちょめ 4月 9日(土) 15:55
    準備
    薫楽荘の写真を写そうと思うと、高い塀がチョット邪魔します。
    そこで車に脚立を積んで行こうと積み込みました。
    これ以上大きな脚立は私の車が小さいので無理のよう。

    万訪 4月 9日(土) 16:35
    町並みサイトを運営する人は増えましたが(かといってメチャクチャ増えてはいませんが)、いらかぐみのようなグループは、結局未だ他にないですね。歴史ありますからねえ。
    それにしてもこんな本格的な脚立まで持ち出してるんですね。執念を感じます。

    七ちょめ 4月10日(日) 08:48
    塀の高さから見ると7段程度の脚立が必要ですが、7段の脚立も持っているので、持って行けばいいと思いますが、その場合は運転席横の助手席まで倒すことになます。
    カメラ他 旅の道具や備品も持っての行動ですので、助手席まで占領されると、自由さが制限されるから どうしようかな。
    今積んでいるのは5段ですが、7段にするかは出発までに考えます。

    2時間もかからずに伊賀市上野に着きますので、まあ、ノンビリしたものです。
    M014010098160.v4.enabler.ne.jp
    1537: 豊田市足助町の山城屋旅館 七ちょめ 3月29日(火) 13:06
    明日 愛知県豊田市足助町のこの旅館 山城屋旅館に泊ってこようと思っています。
    足助の玉田屋旅館には昨年1月に泊っているので、足助ばかりの旅館に泊ることになります。
    この山城屋旅館は、バスで帰ろうとバス停で待っている時に、足助にはもう一軒古くからの宿があると、同じくバスを待っていたおばさんに教えてもらったのです。
    足助の最近の町並は、昨年訪ねたときに全て撮影したと思っていましたが、この旅館の写真は一枚も無かったです。 依ってこの画像は旅行会社のページから拝借しました。

    孫右衛門 3月29日(火) 20:39
    足助に複数の古い旅館が残っているのは、それだけの需要があるからでしょうね。
    紅葉の時期は一時的ですので、それだけではないのでしょう。
    私はこの旅館付近の町並を撮影していて、1枚目に載せていました。

    万訪 3月29日(火) 21:30
    随分と間口が広い。しかも屋根が繋がってる。
    足助は残ってますね。

    七ちょめ 3月31日(木) 17:14
    足助の山城屋旅館に泊ってきましたが、今回は泊ったことよりも別の話題を。
    まず、足助の町並の奥の方に在る観音山の展望台からの足助の町並です。
    この撮ったカメラは次の写真ともニコンのコンパクトデジカメですが、チョット色温度が??、冷たい感じに写りますね。
    余り好きな色じゃない。ホワイトバランスはオートにしてあるのですが。
    イチイチ被写体に合わせてホワイトバランスを変えるのは大変ですし、それよりも前のバランスのまま摂ってしまう失敗を恐れますしね。
    また、カメラを代える。先日ルミックスのカメラとこのニコンを入れ替えたばかりだが。


    七ちょめ 3月31日(木) 17:30
    ついで、足助は中馬の宿で発達した町でしたので、質素な宿を主体とした町並でしたが、やはり豪商もいました。
    写真は醸造家の小出家です。前の川に沿った細い道がかっての中馬街道です。町並の奥の方の、赤い鳥居の所から川へ下りて、川に沿って北に通じていたそうです。今のように町並が真直ぐになったのは明治21年で、その道が開通したのに合わせて泊った山城屋が創業したそうです。予想外でした。
    豪商の小出家はかって川に沿った細い道にそって建っていましたが、誰も住んで居られないようでした。写っている小出家の後ろの山を登って展望台に行きます。
     
    今回で足助を訪ねたのは4回目ですが、この小出家を見たのは初めてでした。


    Yasuko 3月31日(木) 20:00
    一度も行ったことがないので、行ってみたいなあと思ったのですが、ざっと見ただけですが交通が不便そうです。
    車でいかれたのですか。
    バスの便などはどうなんでしょう、わかる範囲でいいのですが、教えてください。

    万訪 3月31日(木) 20:24
    七ちょめさんの文章を読む前にこの写真見て、七ちょめさんらしくない写真だなぁとまず感じました。いい悪いではなく、今までと違うなぁと。レンズのせいですかね。コンタックスのGレンズ持っていますが、それもこういう色調です。

    七ちょめ 3月31日(木) 21:35
    足助は行き難い所です。
    一回は観光バスで香嵐渓の紅葉を見に、2回目は町並の取材に車で、3回目は昨年の1月に電車とバスで。それは名古屋から名鉄名古屋本線の知立で乗換て猿投までいき、そこから豊田市の巡回バスで足助まで、バスは約1時間程とおもいます。
    今回はJRで岡崎まで行き、名鉄バスで名鉄東岡崎駅、バスを乗換て足助まで、東岡崎駅から足助までバスの時間は約1時間15分程度です。
    一番簡単なのは、名鉄名古屋本線東岡崎まで行き、バスで足助までが一番簡単でしょう。バスは2時間に一本程度です。いずれにしても不便な所です。

    それから万訪さん、コンデジのホワイトバランスは色々ですね。特に私はGPSに拘りますので簡単でないです。前少しだけ使ったルミックスTZ40は色味は良かったのですが、少しピントが甘かったです。今持っているソニーサイバーショットDSC−RX100も色温度は少し気に入りません。特に夜間照明の色と中でも明るさが気に入りません。極端に明るくなり過ぎるのです。このカメラはGPSが付いてないので使用範囲は小さいです。

    そして今回使ったニコンのコンデジはピントは良いが、色温度が気に入りませんね。我慢して使うか、また別のものを入手するか。

    なんだかんだとここ2〜3年で4〜5台のキャノン・ソニー・ルミックスとカメラを買っては売り、買っては売りを繰り返していますが、中々思うようなものに巡り合えません。

    まあ、一眼レフは満足して使っていますので、サブカメラはお遊びですので気が楽ですが、中々満足するものに巡り合えません。これもGPSが付いて居なくても良いとなら話は随分楽になるのですがね。

    万訪 4月 1日(金) 09:50
    GPS付きということで選択肢がせばまるのですね。
    私が使ってるキャノンG7xは色合い含めてかなり満足していますが、逆光気味のときにフレアが出るのと広角時の樽型歪みがたまに傷。4月下旬にマークIIが発売になります。改善されているか気になります。

    七ちょめ 4月 1日(金) 09:52
    この写真も足助の町並です。ニコンクールピクスP330と言うニコンのGPS付コンデジで撮ったもので、上の足助の写真と同じカメラです。
    キャノンやオリンパス等との色の出方が少し異なるようで、その会社の色バランスの違いでしょうね。
    早くからキャノン・オリンパスは色が派手め、ニコンは自然の色に忠実に、とかっては云われていましたが、今でもその傾向は残っているようですね。

    七ちょめ 4月 1日(金) 10:41
    投稿が続き申し訳ないです。足助の町並はすっきりしていると思ったら、電柱が全くありません。多くの所で電柱が無いのに照明用のポールがニョキニョキ建っている光景をみて、電柱とあまり変わりないのにと思うことがありますが、足助では全く電柱がありません。
    昼間の探索では気付きませんでしたが、夜町並を少し歩くと、照明灯は等間隔で個人の家に取り付けられていました。
    写真は早朝に泊った部屋から見た町並の光景です。なかなか良いものでしょう。雰囲気が良く出た写真と思います。自分で言っても値打ちないか??

    Yasuko 4月 1日(金) 17:22
    交通手段について教えていただきありがとうございました。やっぱりバスで行くしかないのですね。夜の風景を拝見してもいいところのようですね。
    伊勢のオフ会に絡めて行けないものかと考えています。


    七ちょめ 4月 1日(金) 19:41
    足助だけなら、もう一泊しなくともオフ会の後か前に、少し早く家を出れるか、翌日少し遅く帰れば楽に訪ねられると思います。
    よく検討してみてください。


    Yasuko 4月 2日(土) 11:23
    はい、よく検討させていただきます。あれこれ考えるのが楽しいです。

    太泉八雲 4月 7日(木) 23:06
    足助は私も3〜4度訪ねていますが、知らない町並みがたくさんありますね。おそらく中心部のマリリン小路周辺しか見ていないのかも知れません。
    以前はかなり山奥にありましたが、高速道路のICが近くに出来て車でのアクセスは容易になりましたね。
    なんだか、無性に足助へ足を運んでみたくなりました。
    98.19.232.153.ap.dti.ne.jp
    1539: 東高野街道 七ちょめ 4月 5日(火) 15:17
    10日程活動を休んでおられたKさんが復活されて、最初に描かれた大阪東部を走る東高野街道の町並です。追っかけを遣ってきました。
    彼のホームページの頭に掲載されているスケッチと同じ所を摂ってきました。
    この東高野街道を境に右側(西側)は寝屋川市大谷町、左側(東側)は交野市星田5丁目です。そしたらこの道に通っている下水道には交野市のマークが入っていました。
    東高野街道で古い町並の残っている所は少なくなっていますが、この場所も短い範囲ですが、立派な古い町並が残っていました。


    Kさん 4月 5日(火) 18:29
    七ちょめさん、早速追っかけていただきありがとうございます。東高野街道の枚方市出屋敷元町は知っていましたが、交野市のここは知りませんでした。先日、ひょんなことから見つけました。

    今日も天気が良かったので交野市の寺あたりをうろついていました。古いカメラに凝っておられた頃はよく寺や星田に来られていましたので、今日も出会うかななどと思っていました。

    七ちょめ 4月 5日(火) 20:23
    早速、画像のみUPしました。今日午後からチョット暇だったもので!!東高野街道を訪ね早速UPした次第。
    http://matinami.o.oo7.jp/kinki2/higasikouya.html
    MapFanの地図が全面的に大きく変わりました。地図情報はそのまま引き継がれましたが、地図を掲示するのに、随分戸惑いましたが何とか掲載できまして一安心。
    M014010098160.v4.enabler.ne.jp
    1538: 竹原の重伝建地区内の建物が焼ける 孫右衛門 4月 2日(土) 20:48
    今日は花見半分で竹原市、三原市方面を訪ねていました。
    その中でも私の関心事は竹原の重伝建地区で火災があったという先日のニュースです。
    町並全体を見渡せる「西方寺」の階段下付近の建物が数棟焼け、今日訪ねるとこのような姿になっていました。
    幸い、母家の通りに面した部分には影響がないのが救いでした。
    ただ、この西方寺からの俯瞰は竹原の町並探訪の印象的なものの一つですし、伝統的建物は元へ返せませんので、残念です。

    七ちょめ 4月 2日(土) 21:15
    竹原市の重伝建地区に火災があったのは、少し前に貴方のフェイスブックで知りましたが、西方寺への入口でしたか。
    表通りの建物が焼けなかったのは不幸中の幸いです。
    初回竹原を訪ねたときには、この西方寺入口の両側に建物があったのですが、投稿写真のように2010年にはもう、旧郵便局の建物の反対側は空地になっていました。
    改めて竹原の古い写真を眺めています。
    西方寺からの俯瞰も竹原の町並の一部だったのですが、その点では減点になりましたね。
    残念なことです。

    孫右衛門 4月 2日(土) 22:17
    言われてふと以前の画像を見ると、2004年12月のものでは、西方寺への階段下には表通りまでの両側に伝統的建物がありますね。その一部更地化は私も認識してませんでした。そして今回の火災と、10年ほど前とは随分変わってしまうことになります。
    ここは自宅から一番身近な重伝建地区ですので町並探訪を本格的に行い出して以降必ず毎年複数回訪ね続けていたのに、うかつでしたね。

    辰巳屋 4月 3日(日) 00:13
    竹原の火事は西方寺の下でしたか。
    竹原の伝建地区の景観が随分と変わりますね。西方寺は、路地を抜けて階段を登るところに新鮮な感覚があったのですが。以前、西方寺下の角の建物が無くなっただけで、ずいぶんと開けた感じになってしまいました。この火事の後始末をするとさらに西方寺入口の路地を抜ける感覚が無くなってしまいます。

    画像は、学校の帰りでしょうか、西方寺の階段を幼い姉妹がじゃんけんをして登るところです。この画像の右側の建物が火事になったことになります.
     とても残念です。

    Kさん 4月 3日(日) 07:22
    竹原の火事、悲惨な風景になりましたね。西方寺の石段から葉私もスケッチしています。一番気に入ったアングルでした。未発表ですので、5月に開催する個展への出展作に加えるかも知れません。

    個人的にいろいろあり、しばらく活動も控えていましたが、K昨日あたりから活動再開です。

    Kさん 4月 3日(日) 07:25
    下からも描いていました。後ろの家からピアノの音が聞こえてきたのを思い出します。

    七ちょめ 4月 3日(日) 09:20
    この西方寺への道の片側の家は何時頃取り壊されたのか??
    この写真は私が最初に竹原を訪ねたときに撮ったものです。フイルムで摂って居ります。
    平成9年6月(1997)とあります。
    写真で見ると、元々伝統的な家じゃ無かったようですね。残念ながら前からの写真がありません。
    前からの写真が無いと云うことは、伝統的な家屋じゃなかったのでしょう。

    孫右衛門 4月 3日(日) 17:28
    私もフイルムで写した頃の写真を見返しましたが、最後の七ちょめさんの状態のものは確認できませんでした。いずれにしても、それほど伝統的な家屋というほどではなさそうですね。
    この建物は店舗ではなく何かの事務所だったらしく、母屋の表通り側には再建します云々という貼紙がありましたので、保存地区に違和感ない姿となって再建されるものと思います。

    万訪 4月 3日(日) 20:03
    いやぁびっくり。しかし、最小限に抑えられたようですね。道の反対側に延焼せずによかった。昨日か今日、神奈川県でも県内最古の木造小学校が燃えました。木造は着火から30分で燃えてしまうといいます。怖いですね。
    竹原のこの場所も伝統的な様式に合わせる形で再建されるでしょう。

    万訪 4月 4日(月) 03:23
    私も1997年に訪れておりますが、右側の赤い家でしょうか。


    七ちょめ 4月 4日(月) 09:32
    朝から一生懸命に万訪さん投稿の写真を検証しました。確かに旧郵便局の反対側の建物ですね。
    そう思う要因の一つに、私が1997年に写した西方寺からの写真の中で、該当建物の上部にある横長のものは?? だったのですが、表からの万訪さんの写真で理解出来ました。
    もう一つは前の飲食店の「ほり川」さん、私の写した写真の中に「堀川」と木製の看板があり、建物の土蔵が同じと思えます。
    我々は伝統的な家屋は、写しますがこのような最近建てられた建物は写さないので、確認にチョット手間取りますね。

    それにしても、重伝建地区とはいえ、20年ほど前の町並の様子が解明されていく。いらかぐみの写真資料も凄いものですね。
    写真資料は皆さん大事に保存しましょうね。


    Kさん 4月 4日(月) 13:20
    万訪さんの写真はさすがですね。「ほり川」という飲食店は、今のストリートビューでも確認できますし、この前あたりに座って上の絵を描いたような思い出があります。後ろから聞こえてきたピアノの音は「ほり川」の向こう側の家からだと思います。もちろん私が行ったときにはすでに空き地でしたが・・・。

    孫右衛門 4月 4日(月) 20:41
    神奈川県の古い校舎の火事は全国ニュースにもなりましたね。
    例え保存地区でも個々の建物まで完全な防火体制を整備するのは難しいことです。

    それにしても各年次の写真が出てくるのは、いらかぐみあってのことですね。
    持寄れば、町並の変遷みたいなものもやれそうです。

    万訪 4月 4日(月) 23:16
    フィルム時代はお金がかかるので、町並みの全てを撮るようなことはありませんでした。1つの町並みをたくさん撮って記録するのはデジタル時代の今では当たり前ですが、フィルムでやった初めてが1997年の竹原です。
    pw126255206179.9.panda-world.ne.jp
    1536: いらかぐみ掲示板 七ちょめ 3月28日(月) 08:58
    この「いらかぐみ掲示板」の更新時期になりました。
    毎年 云っていますがこのまま継続しますか??、無料のものに変更しますか?? と。

    そして毎年このまま継続しましょうとなり続いています。年間 2500円です。

    そこで今年はこのまま継続しましょうと提案します。異議・異存のある方は表明願います。

    確か太泉八雲さんからも「いらかぐみ」のドメイン代」として 3800円だったかの請求もあると思います。

    オフ会時に頭割で清算致します。ご了承ください。


    Yasuko 3月28日(月) 18:41
    いつもお世話になります、例年通りで異議なんてありません。宜しくお願いいたします。

    孫右衛門 3月28日(月) 21:34
    継続で問題ありません。
    掲示板・ドメイン代ともにオフ会時に徴収ください。

    urano 3月28日(月) 23:13
    継続に異議はありません。
    よろしくお願いします。

    万訪 3月28日(月) 23:48
    例年通りで更新お願いします。
    このサーバーも続いてますね。

    太泉八雲 3月29日(火) 22:53
    いらかぐみ掲示板の更新、宜しくお願いします。
    ドメインの年会費は1,340円です。

    七ちょめ 3月29日(火) 23:15
    ドメイン代と掲示板代を合わせての金額が3800円程度だったのですね。
    なんか3800円と覚えていたもので、間違っていて申し訳ありません。

    辰巳屋 3月30日(水) 08:33
    しばらく忙しくしておりました。

    新入会員ですが、応分の負担をさせてください。
    よろしくお願いします。
    210164043252.mcat.ne.jp
    1535: 天界の村を歩く 南アルプス 茂倉(山梨県早川町) 万訪 3月26日(土) 13:57
    どなたかに紹介いただいた天界の村。雪が溶けたので娘と行きました。
    かつて鉱山があって形成され発展した山岳集落。周囲の山岳集落が廃村寸前であるのに対し、結構住んでいる方が多い。びっくりしました。

    万訪 3月26日(土) 13:59
    星4つです。それほど天界度も規模も形態もよろし!

    万訪 3月26日(土) 14:01
    茂倉への上り口にある新倉。むかし川のヘリから撮っただけでしたが、ここも歩いてみてよかったです。天界度というより崖っぷち度満点です。

    万訪 3月26日(土) 14:02
    奈良田街道に面する建物。オサレです。

    七ちょめ 3月26日(土) 17:22
    凄い集落!! 人が住んでいるのが不思議と思える限界集落ですね。
    平地に住んでいてよかったと思います。

    万訪 3月27日(日) 08:25
    最近離島ばっかり行ってますが、山岳集落も探せばまだまだあるんですね。いやぁびっくりしました。

    さて、この画像は児玉町にある若神子集落です。韮崎から清里へ行く途中。太泉さんがいらかぐみに入る前に私の掲示板に載せてくれた町並み。やっと訪れることができました。

    万訪 3月27日(日) 08:34
    佐久甲州街道の旧海尻宿。佐久甲州街道を臼田まで走りましたが、改めていい町並みが続いているなと関心しました。無くならないうちに取材しようと思います。

    万訪 3月27日(日) 08:48
    ところで、長野県と群馬県の県境についてですが、基本的に山脈の稜線になっていますが、田口峠のところだけ、稜線から県境が群馬県側にズレています。そこに長野県佐久市広川原という小さな集落があります。みなさん行かれた方もいらっしゃる群馬県南牧村羽沢の先にある集落で、群馬県側からアプローチすると羽沢の一部かなと思われがちですが、実は長野県という集落です。

    万訪 3月27日(日) 09:00
    忘れてた、馬坂も含まれますね。
    しかしなんでこういうことが起きるのでしょうか。伝説ではいろいろあるようですが。
    山国というのは現代のクルマ社会とは逆転の発想が必要な場合があります。谷伝いが現代なら徒歩時代は尾根伝いということです。つまり、馬坂、広川原から見ると下仁田より佐久との結びつきの方が近しいということ。まぁこれは勝手な想像ですが、「何で?」と疑問に思うほど現在の田口峠は険しいです。
    写真は広川原。関東のローカルな話題ですいませんでした。


    七ちょめ 3月27日(日) 09:48
    群馬県と長野県境の話は??の部分が多いので懸命に地図と検索で対応しました。
    最初の児玉町若神子集落?? 北杜市なんですね。案外交通の便が良い地域にこんな立派な家が。見たいものです。
    佐久甲州街道の旧海尻宿、多分JR小海線海尻駅に近いのでしょうね。
    それから広川原集落、群馬県南牧村までは行きましたが、それより先の長野県側には走ってないもので。山間僻地の代表の様な所。地図を見ると田口峠だけ県境が避けた見たいですね。
    田口峠の東側の群馬県側寄りの複雑な曲がるくねった道路を地図で見るだけでも通るのを躊躇するような道路ですね。


    孫右衛門 3月27日(日) 20:40
    典型的な石垣山岳集落にあっても面白い凝った民家の意匠。こういったものが残っているのを発見するのがまた集落探訪の醍醐味ですね。
    県境と地勢との不一致、確かに面白い現象です。
    時にこの手の奇妙な事象を見ることがありますね。近隣で言うと、例えば岡山県西部の山間部にある高山市集落。ここは山の完全な尾根筋に街道集落が展開し、今でも道の左右で井原市と高梁市に所属自治体が分かれているというところです。尾根の左右の谷の町で共有するために、または恩恵を同じくしたいためにとった政策なのか、実態はよくわかりませんが。
    p535129-ipngn200506niho.hiroshima.ocn.ne.jp