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1474: 可部の町並 孫右衛門 10月12日(月) 09:14
昨日は可部地区の古い町並でイベントがあり行ってきました。毎年行われており私も4・5回はその時に訪ねています。
多くの参加者は気にならないのかもしれませんが、毎年少しずつ古い建物が少なくなっています。今回もこのような取壊し寸前の状態になっている家もありました。
その写真を頭に持ってくるのは気がとがめるので、酒蔵コンサートも行われた「旭鳳酒造」を1枚目に。

孫右衛門 10月12日(月) 09:16
問題の建物です。この1軒と思いますが失われると結構町並の風景が変わるものです。


七ちょめ 10月12日(月) 09:51
古い町並の伝統的な家屋が取り壊されるのは悲しいことです。保存修復ならよいのですがね。
どんな家かなと古い写真を取出しました。
可部のこの写真は平成16年6月に撮影したものでした。

孫右衛門 10月12日(月) 21:43
七ちょめさんが撮影されたときはまだ傷みはそれほどでないようですが、既に空き家になっていたようですね。
この経緯からしても保存修復の準備にはとても思えません。
名古屋市などのように積極的に町並保存しているところ、また中小規模の都市でも独自に伝統的建物を守ろうとしている姿をあちこちで眼にしますが、広島市はあまりそれが感じられません。

万訪 10月12日(月) 22:01
この家は、七ちょめさんの平成16年の写真ですでに瓦が波打ってます。私の写真は2006年です。下地の土が流れてしまっているのでしょう。そうなると葺き替えるしかない。この家を保存してほしいが、雨漏りも各所しているだろうから傷んでいるところを一通り直すのに数百万はかかるでしょう。この家に住んでいないとすれば、数百万をかけることを躊躇する。そうしているうちに瓦が流れて落ち初め、歩行者を危険にさらすことになってしまった(孫さんの写真で崩れ始めている)。この家を守るには所有者一族の自力に頼るしかないのでしょうか。救うのには重伝建地区に指定するしかないのか。どうしたらよいかマジに考えてしまいます。

孫右衛門 10月12日(月) 22:27
可部は私の自宅からだと竹原とほぼ行くのに同じ時間を要しますが、多分可部の方が町並として訪ねた回数は多いのではと思います。このイベントの影響もありますが思い入れがあるのだと思います。
時系列で変遷を見たものからすると、竹原と違ってかなり失われています。交番前の洋風建築、折り目と呼ばれる鍵曲がりのところの複数の町家等々。そしてこの建物が危機に瀕しているのを見ると、単独での町並保存の限界を感じますね。
当然重伝建レベルにはありませんし。

万訪 10月13日(火) 07:05
写真では切れてしまってますが、仮囲いの家の右隣もすでに無くなってますね。

URANO 10月13日(火) 07:24
このように定期的なイベントを開催している町並みでさえ、景観の維持が困難になっているのですね。
今後、空き家は確実に増えますが、それを解体せずに生かしていこうとする価値観が生まれないことには、どうにもなりません。
一部の自治体やNPOなどは頑張っていますが、結局、家は個人の所有物ですし、「仏壇があるから人に渡せない」と言っているうちに手遅れな状況になっては、元も子もありません。

孫右衛門 10月13日(火) 07:46
以前の写真を見ましたが2007年2月までのものには万訪さんのいわれる右隣の建物も残っています。この建物は私は着目していなかったのか、いつの間にか建てかわっていますね。
p355035-ipngn200405niho.hiroshima.ocn.ne.jp
1473: 和歌山県の川湯温泉に泊ってきました。 七ちょめ 10月11日(日) 10:14
この旅館には以前泊ったことあるのです。昭和33年3月23日か24日です。
記録がある訳ではないですが、学校を卒業し、入社までの間に一人旅で、行き当たりばったりに旅に出たのです。一泊目は新宮市内で夕方旅館に飛び込み泊めてくれないかと泊る。
翌日、新宮からプロペラ船(今はジェット船で瀞峡のみ)で熊野川を遡り瀞峡まで行き、帰りのプロペラ船の船内で、この旅館の中居さんに、泊まる所が決まってないならうちに来て泊ればと誘われて泊ったのがこの旅館。
(画像では名前が出ても検索に掛からないが、投稿文ではロボット検索に引っかかるので強いて旅館名は伏せます)
そして泊ったのがこの旅館。泊ったのと同じ部屋と指定しましたが、今はその部屋は食事場所としての使用だと断られましたが、自由に出入りさせてもらいました。
今は登録有形文化財になっていました。創業は江戸末期のようです。
当時泊った部屋は、2階の電気の灯っている左側の部屋でしたが、今回泊ったのは右側の新館2階の一番手前の部屋でした。
最近のゲリラ豪雨のため、今年も7月に水害にあい、入口玄関の「上がり框」の上まで水が来て、全館床下浸水したとのことでした。
4年前には、玄関から2階への階段の4段目まで水が来たと。
この建物が建ってもう100年近くなるが、水が入って来るのは最近になってからと、嘆いて居られました。
近所の最近建った建物は、殆どが1階は駐車場にしていて、水が来る前に車を避難させているが、家はどうしようもないので困ったものと嘆かれていました。

万訪 10月11日(日) 13:17
七ちょめさんの古い旅館シリーズも「熟成の域」を感じます。必ず撮られている夕暮れの写真もいいですね。温泉街は離島と同じように最後の町並みと言っていいように思います。
ところで、七ちょめさんが旅館の名前を公表しないのにはどんな理由が?

私は昨夜、娘と甲府へほうとう食べに行ったついでに、信州峠(山梨長野県境)→馬越峠(長野県南北相木村境)→ぶどう峠(長野群馬県境)→志賀坂峠(群馬埼玉県境)とナイトランしてきました。国道299号なんか北相木から 小鹿野まで一台もすれ違わない。再びナイトランにハマりそうです。


七ちょめ 10月11日(日) 14:06
この掲示板も相当ロボット検索で上位にあります。まあ、投稿はされませんが見ている方が多いようです。
この掲示板も仲間内と思って、旅館の名を出して色んなやり取りをしていると、泊った旅館で云われました。
まあ、「いらかぐみ」も「七ちょめ」も有名でないので、掲示板を見た相手からは忘れられています。でも、宿の経営者はそこそこ歳を召した方が多いですが、その子息さんや娘さんなどが、旅館名を検索すると、このいらかぐみの掲示板が出てきて、そこに自分の旅館名が出ていたと話されることがあったのです。掲示板名は忘れられていますが、自分の旅館が載っていたと。

試しに私も旅館名をいれると、最近では必ずその旅館名が1ページ目か2ページ目に現れます。
「旅籠宿に泊る」のページには悪いことは書きませんが、仲間内の会話にはどんな会話が出てくるか判りませんので、もしものことを考えてある時から旅館名は出さないようにしているのです。でも、どの旅館かは画像には出すようにしています。画像の旅館名は検索では認識されませんので。

万一「いちゃもんでも」付けられると気分が悪いので、旅館名は伏せているのです。用心し過ぎかも判りません。自分だけの掲示板なら悪い事を書かなければよいのですが、会員用の掲示板なら誰がどんな発言をするか判りませんので、用心して。

サット泊って、さっさと帰るのなら良いのですが、女将に根ほり葉ほりいろんなことを聞くのを信条にしていますので、どんな話が出てくるか判りません。
中には大いに文句を言われたこともあります。反省のこともありました。
この旅館の夕景写真でも、2階の一番左側の部屋の電気がついてないでしょう。女将に電気をつけてと頼んだのですが、物置に使っていてダメと断られました。
でも、どうも、物置じゃなく厚手のカーテンで閉め切っているのです。
良く見ていると、なにか事情があるような部屋でした。

万訪 10月11日(日) 14:47
なるほどそういう訳でしたか。我々がやっていることは、生活している方々からすれば、商売をしている方でなければ歓迎されるものではないのでしょうね。古い旅館も商売は商売だろうけど、宣伝してたくさんお客さんに来てもらいたいわけでもなさそうですし。私の場合はそこらへんは無頓着というか失礼なやつというか、あまり配慮をしていませんけど、現役遊廓だけは店の名前をボカすなどしてます。

URANO 10月11日(日) 16:03
旅館というより、ふつうの古民家のような、素朴な佇まいですね。
前庭や石垣がそんな印象を持たせるのでしょうが、妻壁は凝っているし、農家とは違うんだなと感じさせます。

七ちょめさんの書き込みを読んで試しに検索してみると、確かにこのBBSは上位でヒットしますね。
というわけで、投稿者名をローマ字表記に変えてみました。
あんまり、意味はないと思いますが笑

Yasuko 10月11日(日) 19:19
川湯温泉の川沿いのこの宿、いいなと思って私も写して帰りました。前が川湯になっていて子供たちがはいっていました。
実名の問題はいろいろ大変ですね。
ご苦労よくわかりました。

でもご報告とレポを楽しみにしていますので、頑張って続けてくださいませ。

孫右衛門 10月11日(日) 20:46
和歌山県といっても紀伊半島南部の内陸部は京阪神起点でも相当な時間がかかりますから、お疲れのことと思います。その甲斐のある旅館のようですね。
私もこれからは宿泊に重きを置きたいと思っています。ただ楽天などネットで安い旅館だからと押さえると、やはりそれ相応だといえばそれまでですが、結構カルチャーショック的な宿屋に泊ることにもなりかねませんので、やはり吟味は必要ですね。
いつなくなるか判らない状態というのも古い町並と共通するものを感じます。
七ちょめさんの記録は、貴重な体験でありそして資料であると思います。

Kさん 10月11日(日) 21:17
七ちょめさん、紀伊半島は奥が深いのでお疲れだったと思います。丸山千枚田というのをネットで画像検索しましたが、すごいところですね。

ところでヤフーやGooのブログに、ジャランなどの旅館の広告が出ますよね。昨日、リンクしているブログを開くと、4、5軒の旅館の広告が出ていましたが、その旅館は「花屋徳兵衛」「宮田旅館」「すみよし屋」とあり「なぜ」とびっくりしました。おまけに一昨年のオフ会の時に私一人で泊まった「ひらたメイプルホテル」まで出ていて笑ってしまいました。今夜そのブログを覗くと、洞川温泉の旅館がずらっと並んでいます。私の行動がばれているみたい。

七ちょめ 10月11日(日) 21:57
検索で見た所が、アットランダムで出てくるようです。私などネットオークションでも多くを見ますので、最近ではボストンバック、カメラ、ウオーキングシューズから衣服、電動ブラシ、髭剃り器、果ては水道のカランまで、旅館は日本全国どこでも出てきますが、一度でも見た所のようです。老人ホームなども出てきます。葬儀場も出てきましたね。
どんな仕組みで広告が表示されるのでしょうね。

孫右衛門 10月11日(日) 22:49
個人が閲覧検索した商品などがサムネイル表示されるのはここ数年特に顕著になりましたね。
何でもないネットニュースなどを見ていても、以前検索・参照した旅館、楽天市場で見た商品などが突如横の方に表示されますね。ご丁寧にスライドショーになるのもありますね。
ユーザーの検索履歴が、どこに情報として蓄積されるのかわかりませんが、まあ商売する方もというかネットの機能がというか、とにかく賢くなったものです。
p355035-ipngn200405niho.hiroshima.ocn.ne.jp
1472: 奈良県天川村の洞川温泉に泊ってきました。 七ちょめ 10月 2日(金) 16:01
奈良県天川村の洞川温泉の一番老舗旅館に泊ってきました。
一人では泊めてくれないので、家内同行しましたが、借りが増えました。

爆弾低気圧襲来中でしたが、夜中に通過してくれて、雨に合わずにすみました。

Kさん 10月 2日(金) 17:52
昨日泊りに行かれていたのですね。私は昨日、同じ宿に予約を入れました。


七ちょめ 10月 2日(金) 18:42
Kさんも予約されたのですか。
前回訪ねたときには、天川村役場から洞川温泉温泉までの道は細く、通り難い道でしたが、今度通ると見違えるほど立派で広い道になっていました。まず第一のビックリです。

そして第二は道に面してもっと多くの宿が縁側を解放していましたが、昨日訪ねたときには泊った旅館と隣の2軒だけになっていて、他の店は街道に面しては解放されていませんでした。

一番老舗旅館だから伝統を守っているのでしょうね。

夜は9時頃まで、朝は8時頃から縁側を解放されていました。

そして、表の間と拘りましたので、宿では希望を聞いてくれて、この縁側の上の部屋で宿泊し、縁側の障子のある部屋での食事と気をつかってくれました。
家内は奥にはトイレ付きの部屋もあるのにと不満でしたが。

孫右衛門 10月 2日(金) 23:22
ご夫婦での洞川温泉昨日でしたか。
お聞きする限りでは、随分従来の風情が淡くなったようですね。
といっても私が訪ねたのは旧盆の時期、年で一番昔に戻る時期でもありますので、
それが平日の普段の姿なのでしょう。
いずれにせよ、この形で営業を続けていることがとても貴重なものと思います。

孫右衛門 10月 2日(金) 23:25
上の写真では余り人は写っていませんが、実際は多くの宿泊客、地元の人で賑わっていました。

万訪 10月 3日(土) 08:34
夜景いいですね。行きたくなります。
考えてみれば天川村は足を踏み入れていません。天界の村エリアで行っていない場所になります。行かねば。


七ちょめ 10月 3日(土) 09:34
洞川(どうかわ)温泉へ行きましたが、モットひっそりとしているかと思いました。
各旅館はもっと休業しているかと思いましたが、案外営業をやっていてホッとしました。

と云うのも、30年ほど前に温泉が出てから、一部の旅館で周年営業が始まったものです。それまでは9月23日でもって宿泊施設は閉鎖し、来年の5月3日からの再開と決まっていたからです。

そんなんで、モット宿泊客が少ないかと思っていましたが、泊った宿では殆ど満室でしたし、
各旅館でも3組〜5組程度の宿泊客がいました。

昔の宿泊客は講社の団体客ばかりで、一団体300人から小さい所では10人程度の団体です。

バスが開通するまでは、吉野側から大峰山に登り、洞川側に降りてきて泊るようでしたが、バスが開通してからは、洞川からほら貝の音色に送り出されて大峰山に登り、ほら貝の音色で帰って来て洞川に泊ったようです。

どの旅館も宿の前に宿泊客名を表示していますのは、講社の名前を表示していた名残とのことでした。今でも数は少なくなったがこれらの講社の方々が団体で、夏には多く来られるとのことです。

今のように個人客が多くなったのは、10年ほど前からのようです。そして10月に入れば休業する旅館も多いそうです。道に沿ってない旅館や小さな旅館ではもう休業している所も見られました。

道に沿った縁側を解放している旅館は今では、私が泊った旅館と隣の旅館の2軒だけのようでした。
以前訪ねたときの写真をみると、もっと多くの旅館が前の縁側を解放していましたが、だんだん閉鎖的になっていくようです。

夕方になると、町中にほら貝の音色が聞こえてくるのです。てっきり街道筋の拡声器から歓迎のためにほら貝の音色を流しているものと思っていましたが、宿の女将に聞くと、近くの龍泉寺の若いお坊さんがほら貝を吹く練習を、時間を決めてしているそうです。

洞川の賑わいを見るなら夏に訪ねないとダメですが、静かな洞川を見るのなら、春4月と秋10月が良いようです。

それと、天川村役場のある中心部からの道路がビックリする程よくなっているのには唖然としました。前回訪ねたときには、離合も難しいような道路ばかりだったと思います。

以上 報告終わり。 解説文のようになり申し訳ないです。

追伸 
宿の主人、私の顔を見るなり、道路を跨いで宿の横にある提灯が飛んだなかったので良かったと。爆弾低気圧のために雨と風が夜中に強かったので!!

私にとっては肝心なことを忘れていました。9月中旬にこの洞川温泉のことをテレビで放映していたのを家内が見て、行っても良いよと云ってくれたのが一番のキッカケです。
でないと、一人では泊めてくれないのでね。
旅籠宿に泊ると題した企画も、結構一人ではダメと云う旅館も多いのです。

一番泊まりたい、奈良井宿の「えちごや旅館」も一人ではと何回も断られています。
上手いことタイミングが合えば可能なこともあるそうですがね




太泉八雲 10月 6日(火) 21:09
やはり、伝統的旅館で一人旅の宿泊は難儀するところですね。
それにしても洞川、あらためて良い町ですね。
しかも、あんな山間に位置しながらも、結構賑わっているようで。
良いことです。

kさん 10月 9日(金) 07:05
いま洞川温泉に泊まっています。七ちょめさんとおなじ宿でしかも同じ部屋でした。

七ちょめ 10月 9日(金) 08:57
Kさんは洞川温泉の私が泊った部屋と同じ部屋ですか、奇遇ですね。
談話室のパソコンからの投稿でしょうね。
スケッチに、夫婦の会話にと大いに楽しんでください。
私はもう直ぐ、和歌山県の川湯温泉に泊りに出発します。
国道168号線を通りながら、ゆっくりと一日かけて紀伊半島の背骨を南下します。
県名は違いますが、同じようなところですね。私の方が少し南ですが。
明日は変わった所で三重県紀和町丸山千枚田を見てこようと思っています。でも往復1時間の急坂の展望台には登らない予定ですが、本当は行きたいですね。ちょっと林間の薄暗い細道で心細いのもありますので、躊躇しています。

七ちょめ 10月 9日(金) 16:24
思わぬ早く川湯温泉について、チョト時間を持て余しています。途中に谷瀬の吊り橋等でも時間つぶしをしたのですが。そうそう、湯峰温泉にも立ち寄り写真を撮りましたが。この宿には、昭和33年3月23日に泊まっています。その時の仲居さんの名前を言うと通じました。この旅館では有名な仲居さんだったようです。
もう、57程も前のことです。
珍しく、自分のタブレットからの投稿です。


Kさん 10月 9日(金) 19:46
七ちょめさんは川湯温泉ですか。ずいぶん遠くですね。国道168号はわが家のすぐそばを通っていますが、十津川村を抜け延々と紀伊半島を縦断する数河国道ですね。

洞川の宿はいい宿でしたね。料理もうまかった。ただし、いかにも夏向きの構造の建物ですね。

最近、我が家のFさんが「iPad」を持つようになりました。宿のホームページを見ると「WiFi環境にある」とありましたので、持っていきました。それを使っての投稿でした。2日目になるともうスケッチポイントもなくなり、昼過ぎには引き揚げました。午前中に「かりがね橋」という町の上に架かる吊り橋から描きました。究極の俯瞰スケッチですが、人が渡ると揺れて怖い思いをしました。
私は谷瀬の吊り橋も渡ることができませんでした。


七ちょめ 10月 9日(金) 20:30
いま、宿で暇なもので。谷瀬の吊り橋はもう何回も渡っていますので、新鮮味はありませんが時間つぶしにわは、丁度手頃と思いました。
渡るのは無料ですが、駐車料金500円かかります。
奥様は「ipad]を使っておられる。頼もしいですね。
今日も宿の宿泊客は私一人です。

孫右衛門 10月 9日(金) 21:32
Kさんはあのかりがね橋の上からスケッチされたのですか。スケッチ場所としては究極ですね。
私も旅館街から見えましたので翌朝渡りました。高所恐怖症ではないのですが、渡っていて余り気持のよいものではなかったですね。
七ちょめさんは紀伊半島中央部の温泉旅館からですか。
私ふと思い出して萩の芳和荘という伝統旅館を11月に押さえました。以前太泉八雲さんが泊られています。

Kさん 10月 9日(金) 22:05
最近、俯瞰スケッチに凝っています。温泉津オフ会で、朝風呂で孫さんに俯瞰場所を教えてもらったのには感激しました。今年の金沢オフ会も、ひがし茶屋街の俯瞰が第1目標で、駅から直行しました。
洞川温泉でも麺鍾乳洞の入口から温泉街が俯瞰できると聞いて出かけました。素晴らしいポイントでしたが、今朝行った「かりがね橋」の上からが高低差が究極でした。一人で描いているときは何ともないのですが、スケッチ中に二組の人が来ました。人が渡るとその揺れの怖いこと…しかも、行き止まりだから渡った人はまた帰ってくるのです。「かりがね橋」からの俯瞰です。絵はまだ着色できていません。Fさんが下から私のスケッチ姿を撮っていました。いい写真です。後日公開。

浦野 10月10日(土) 07:55
洞川温泉の夕景いいですね。
こういう町は1日の最後に訪問して、夕景・夜景を撮れるような行程を組みたいものです。
思えば奈良県南部は五条・大宇陀までで、それより南には行ったことがありません(吉野を含め)。
こんな吊り橋が架かっているなんて知りませんでした。
行ってみたいですね。

七ちょめ 10月10日(土) 08:59
さあ、これから三重県紀和町の丸山千枚田に向かって宿の出発準備します。一番良い展望台に行こうか、辞めとくか、約1時間のドライブ中に決めます。

万訪 10月10日(土) 09:39
洞川温泉づくし!この俯瞰ポイントは吊り橋ならではの浮遊感がありますね。
七ちょめさんは紀和町ですか。三連休ですものねぇ。
私は北海道奥尻島へ行く予定でしたが、仕事が忙しくキャンセルしました。次回の愛媛豊後水道に向けてお金と体力をセーブします。

Kさん 10月10日(土) 09:59
洞川温泉は大峰参りの基地ですから、やはり夏だけの特殊な温泉場のようです。昼間はそれでも観光客がいましたが、夜、町を歩いてみても、何軒か宿泊客のある旅館に電気が点いているだけで、私の下駄の音だけが寂しく響いていました。

写真は「かりがね橋」での私のスケッチ姿です。↑の俯瞰写真でもわかる通り、瓦屋根は1、2軒だけ。すべての家の屋根の形に一つとして同じものがなく、みな入り組んだ複雑な形をしていて、興味深くスケッチしました。


七ちょめ 10月10日(土) 18:14
洞川温泉のラリーが続きますが、ご了承を。
川湯温泉では老舗旅館で、昭和33年の3月に泊った旅館がそのままの建物で残っていますが、印象はもう一つでした。
今日、川湯温泉の老舗旅館からの帰りに、三重県熊野市の丸山千枚田(旧紀和町)に立ち寄ってきましたが、とんだトラブルをやらかしました。
丸山千枚田の近くまで、カーナビに従って来たのですが、道路の改修により大幅に改修され、トンネルばかりになっていました。持参している地図も3年ほど前のもの、カーナビもこの車を買った時のまま、3年は経過しています。自動車は中空を走るし、カーナビも困って右往左往。
随分道に迷い約1時間もロスをしました。土砂崩れで通行止めもあり、人に聞くにも山の中で人家も無い、道は細くこの先どうなるかと心配、結局随分バックして、カーナビを入れ直して、予定していた道の反対側からの訪問になってしまいました。
視界も悪く、時間を費やしたこともあり、山の上の展望台には行きませんでした。
そして午後4時には自宅に帰りつきました。
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
1471: ちょっと教えていただきたいのですが  Yasuko 9月30日(水) 20:24
今度の土曜日に高知県の仁淀川のあたりに行きたいのです、あそこまで行くなら皆さんのページにある椿山がよさそうなので寄りたいのですが、道路とかはどんな具合でしょうか。
とっても細くて遭難しそうならビビれますので情報教えてくださいませ

万訪 9月30日(水) 22:01
椿山ですか、是非行っていただきたい。
細い道ですがそんな無茶苦茶狭くはないですよ。ただ、ずっと人家はなく川に沿って走り、ヘアピンカーブで登ったらやっと集落があったという感じですので、雨だったり夕方だったりすると心細くなるでしょう。

孫右衛門 9月30日(水) 22:14
椿山は、天界度はかなりのものがありますので、元来集落派ではない私からもお勧めです。
運転技術が必要というようなものでもありませんし、細くても対向車はほとんどありませんので。
集落の一番上まで行くと、いよいよ未舗装の林道が現れますが、そちらに足を踏み入れなければOKです。

Yasuko 9月30日(水) 22:32
情報をありがとうございます。
地図をみたところ、道がありそうにないので行けるかどうか不安になりました。対向車がほとんど来ないのなら大丈夫そうですね。
どうも細い道が嫌いなものですからちょっと、安心しました。
新日本風土記でみた池川町の土居と沈下橋が見てみたいものですから。
気候も良くなったことですし、探訪意欲が湧いてきました。

七ちょめ 10月 1日(木) 09:23
多分、万訪さんの資料を参考に訪ねたと思います。
私が訪ねたときには、道路で難儀しました。国道494線から椿山への道は山の中腹を延々と北に進むのですが、この道は細いことは細いですが、苦労することはありません。当然対向車など来るはずもないので。
難儀したのは国道494号線です。適当な迂回路もないのです。斜面の工事を行っていて、一日に午前中一回、午後一回しか通れないのです。それも約15分位の時間でした。
長い間道路で通行再開を待って、やっと通れた経験があります。2度と通りたくないとおもいました。

訪ねたのは平成25年7月でした。集落は約20軒ほどの家屋がありますが、居住して居られたのは3世帯3人でした。男性の区長さんと、高齢の女性と60歳位の女性の3人が暮らす集落でした。

でも、どう云う訳か、外国人の家族も一軒の家を借りて住んでいましたが、定住するかは不明でした。

山の奥の奥ですが、ゴミ集積場もある、選挙中でしたので選挙ポスターも集落入口の広場に貼られていました。一番奥に住む女性は、息子に送るという荷物を作っておられましたので、宅急便の集配も可能のようでした。

古い町並じゃなく、僻地の山村集落としてみると価値があると思います。
完全なる限界集落で、何時廃村になっても不思議じゃない所です。

Yasuko 10月 1日(木) 14:28
工事などあったなら行きたくなくなりますよね。
皆様が行かれてますので、色々と情報いただきありがとうございます。
廃村になってから行ったら全く面白くなくなりますので、行くように努力いたします。
でも、何だか心細くなってきます。

Yasuko 10月 4日(日) 00:59
七ちょめさん詳しいデータをありがとうございました。お聞きしておいてよかったです。
まだ工事もしていて、時間で区切って通行という具合でした。住人1名の限界集落行ってきました。すごいところでした。
草刈りをされていた方がおられたのでお話をしていたら、ちょうど先日の高知新聞の一面にでたのと昨日「おはよう日本」の全国版で放映されたとか。どちらも知りませんということでお話を作業中にしてくださいました。
でも3人の男性と挨拶し、一人の女性と話ができました。13歳のワンちゃんを抱いてこられた新聞では73歳の方は車の免許更新に遠くまで行ってきたところだとお元気そうでした。
新聞によると休みには地域の方が帰ってくるとか男性はきっとその方々だったとおもいます。でも住んでないところは痛みがひどいです。
七ちょめさんは平たんなところだといわれてましたけど、すごい階段ですね。上がり下がりしていると普段の怠慢がたたって足がよれよれになりました。

普段は犬とだけの生活は寂しいだろうとせつない気持ちで帰りました。

Yasuko 10月 4日(日) 01:02
池川町土居の川の風景、NHKでは桜の満開の時の景色でしたが水が透き通っていてアユ釣りされていました。桜の時にまた行きたいです。


七ちょめ 10月 4日(日) 01:50
椿山に無事行かれ、無事帰ってこられましたね。よかった、よかった。日帰りだったのですね。
この写真を見ると、限界集落じゃなく、もう廃村に近いですね。
でも、広場と云っていた集落入口の駐車場は平坦だったでしょう。
集落内は等高線に沿っては平坦ですが、集落全体は階段集落です。


万訪 10月 4日(日) 21:07
椿山、穏やかな天気でよかったですね。向かう道心細かったことでしょう。
もう廃村寸前ですね。しかし、よく生活しているなぁとホントに思います。屋根も崩れてしまっていますね。

ところで、池川町土居の崖屋造りいいですね。天界の村にある谷底の町場に見られる典型例。私はやり過ごしてしまいましたが、天界の村での共通様式として記録せねばと気づきました。
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1470: 岩国の洋風建築 孫右衛門 9月28日(月) 22:21
昨日のことですが、ふと岩国の古い町並を訪ねました。
町家から昭和レトロまで小さく凝縮されたところで、結構好きな町並です。
歩くと洋風建築が結構残っているのにも気付きますね。

孫右衛門 9月28日(月) 22:26
代表的なのは上の写真館あたりですが、小さいものや看板建築系を含めると10軒以上あり個性的なものも多く、歩いていて楽しいものがあります。

孫右衛門 9月28日(月) 22:29
七ちょめさんが先日泊られたという旅館。この旅館七ちょめさんから聞くまで知りませんでした。
ここに泊ってみると、何度も訪ねた町並でも見方が変わるかもしれませんね。

七ちょめ 9月28日(月) 22:53
珍しい建物です。私も先日この写真館を写したのですが、近代建築に掲載するには??と思い辞めました。正面からの写りは良いのですが。
錦帯橋近くの古い町並以外は、この間泊った旅館を含め、今回の岩国市訪問は余りよい印象ではありませんでした。
それに引き換え、次の日に泊った徳島県三好市の古い町並《辻》の旅館は接客態度といい、町並と云い良かったです。

写真は岩国市の写真館の横側です。孫右衛門さんの写真に「いちゃもん」を付けるようで申し訳ないです。建物にはこんなんも「あり」でしょうね。

孫右衛門 9月29日(火) 07:44
確かに正面を見繕ったような造りではありますが、このような意匠の建物があるだけで当時の賑わい、そして小さなブームとなっていたことが想像できますので、そういう眼で見ると面白いと思います。
私の近代洋風建築のコーナーは、「洋風建築のある風景」ですので、建築年などのデータが明らかでなくても気軽に乗せています。まあ適当なコーナーですね。

万訪 9月29日(火) 08:50
面白いですね。いわゆる和の伝統的民家が多く残っている街だと、ついついこのような看板建築を落としてしまいがちですが、これらも立派な伝統的民家ですからね。適当じゃないと思いますよ。

Kさん 9月29日(火) 10:04
「写真館」は昔の田舎町ではとても目立つ存在でしたが、すっかり姿を消しましたね。花形の職業だったのでしょうね。先日、奈良の高取町を歩いていたら「助産婦」の看板を揚げた家がありました。これも見かけなくなりました。

絵は守口市の文禄堤で見かけた「写真館」(左端)です。

七ちょめ 9月29日(火) 11:25
岩国市のこの前だけの建物、訪ねたときには、映画のセットじゃあるまいしと思い、面白いので横からのみ摂って帰ってきましたが、万訪さんや孫右衛門さんのように正面からこれも時代とみると、立派な大型の看板建築になります。

そこで思い直して近代建築の山口県に細田写真館として掲載しました。

Kさんの云われるように、写真館は時代の花形職業だったのでしょうね。

万訪 9月29日(火) 15:48
助産婦で思い出しました。写真は長崎館内町です。私が町歩きを始めた初期の頃ですので、約35年前の写真になります。「助産所」もう見ませんね。

孫右衛門 9月29日(火) 22:18
洋風建築として今に残っているものは、もと銀行や郵便局が最も多いのでしょうが、写真館もしばしば見かけますね。
もっとも現在ではデジカメ全盛の時代、写真屋自体も珍しいものになっているわけですが、当時はカメラ、写真そのものが誰でも楽しめるものではなく、正装して写真館に行って撮影したのでしょう。祖父祖母の時代のそのような写真を見たことがあります。
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1467: 南東北金木犀紀行 孫右衛門( 9月22日(火) 23:55
先ほど戻ってきました。
写真は取り込んだばかりですので、今日は訪ねたところだけを報告しておきます。
(9/20)福島県下郷町楢原、同倉村、南会津町田島地区、同舘岩地区水引・前沢(重伝建)、天栄村湯本温泉、会津高田町旭三寄・田中、同永井野、同高田、会津若松市上三寄・・会津若松市東山温泉泊。
(9/21)会津若松市東山温泉、同七日町(再)、塩川町、喜多方市(再)、山形県川西町小松、長井市、白鷹町荒砥、南陽市宮内、米沢市芳泉町・・米沢市内泊。
(9/22)米沢市街地、福島市飯坂温泉、川俣町、三春町、浅川町、棚倉町、白河市(奥州街道沿い)

孫右衛門 9月23日(水) 09:41
南会津地区は10日前ほどに大雨が降っており、一時は道路にも被害という情報もあって心配ではありましたが無事訪ねることができました。
重伝建地区の前沢集落は五箇山のように集落の入口で見学料を徴収するようになっています。集落は見事でしたが私は近くの水引集落の方が印象的でした。
こちらはなぜ保存地区にならなかったのか不思議です。聞くところによると保存地区になるだけの軒数を満たさなかった代りに、大学の教授が私費で屋根の維持費を負担しているとのこと。

孫右衛門 9月23日(水) 09:59
今回の関心事の一つがアーケードを取り外した喜多方の町並でした。以前はどこに土蔵があるのか一目では判りにくい状態でしたがこれで蔵の街を謳っても問題ないでしょう。
少々人工的な印象もぬぐえないですが電線の埋設や歩道部の舗装、道幅の広さがそうさせているようで、まあこれは仕方ないところです。

孫右衛門 9月23日(水) 10:06
飯坂温泉の中心にある共同浴場「鯖湖湯」、ここで朝風呂に入ってきました。今回は東山温泉とあわせ2つの温泉を味わうことができました。

孫右衛門 9月23日(水) 10:19
皆さん訪ねておられないと思われる南陽市宮内の町並。大きな神社や寺院があって、一つのまとまった町をなしているのに驚きました。赤湯温泉街から見ると北西側にある町です。

孫右衛門 9月23日(水) 10:23
最後に歩いた白河の奥州街道沿いは期待していなかったこともあり良い町並でした。洋風の建物、石蔵などさまざまな要素の伝統的建物が見られるところでした。
気候的にも良く、快適な探訪でした。タイトルにあるように探訪先のあちこちで花を見ずとも金木犀の香りが漂っていたのが印象的でした。
盆時期を避けここに遠征を持ってきて正解でした。

七ちょめ 9月23日(水) 11:36
福島県等の南東北の遠征町並探訪ご苦労様でした。お疲れさまです。
知っている所・訪ねた筈だが忘れている所、知らない所と多くの町並を探訪されましたね。
喜多方市のアーケードの取れた町並は見易くなっていましたね。
私の投稿した写真は2013.5.22に訪ねたときで、アーケ―ドが取れて、電柱の地中化工事中でした。
長い距離を電柱の地中化していましたが、今の孫右衛門さんの写真を見ると、この場所までのようですね。
私のホームページに掲載しえいる写真は2006年に訪ねたときの写真で、新しい写真も掲載せねばと思いながら、未掲載のまま今になってしまっています。
飯坂温泉の共同浴場に入られましたか。私も入ろうかなと思いましたが、市街中心地の割に高い料金の駐車場に車を留めたものだから、そのことが気になって入りませんでした。最後の訪問地で時間の余裕もあったと思いますが。
天栄村岩瀬湯本温泉の茅葺宿には近い将来、泊りに行こうと考えています。
写真は喜多方市一丁目の町並。

万訪 9月23日(水) 13:39
孫さん、お疲れ様でした。ライブレポはされていんかったんですね。ちょっと心配してました。南東北をたくさん廻られましたね。天気も良く何よりでした。
喜多方は私もお盆に立ち寄り、アーケードがない状態を見てどこだかわかりませんでした。前沢はかなり前から入場料とってます。文化財維持のためしょうがないと思いますが、なんかテーマパークに入場するみたいでやな感じがしちゃいますね。

孫右衛門 9月23日(水) 16:49
基本的に私はライブレポートはやりません。スマホの動きが不満足ですし画像を添付に何があるからです。やるとしても簡単なコメントだけですね。PCを持っていったりホテル備え付けのPCがあれば別ですが、今回はホテルにLAN装置があるのが最終日しかないので、見送りました。
喜多方ですがやはり少し殺風景な感じがしてしまいます。もちろんアーケードがあるよりは良いですが、私としては会津若松の七日町の方が見応えを感じます。
ただ入った店の人に聞くと、そのほかに道路の下に地下水のパイプを張り巡らして積雪を防ぐ工夫などもなされているようで、見えないところにかなり費用がかかっているようです。

孫右衛門 9月23日(水) 16:56
東山温泉の向滝旅館は実際眼にするとその風格に圧倒されました。
私の個人的探訪では縁はなく、泊ったのは広間の中央に炊飯器と汁物の鍋があり、後は客が自由にという合宿所のような宿で、但しその分2食付6000円台という格安の旅館です。
しかし一度は泊ってみたいですね。高級旅館は余り好みませんが伝統旅館ですので。

七ちょめ 9月25日(金) 10:04
万訪さんと娘さんが泊られた東山温泉の向滝旅館はピカイチの老舗高級旅館ですね。
館内は迷路に成っているようですね。一度泊まりたいものです。
投稿の写真は孫右衛門さん投稿の喜多方市街のその一部です。東西に延びる国道459号線で喜多方市内で一部南北になっている部分ですので、道幅は広いですね。この歩道部分のアーケードが取れたのです。
この部分の町並は道路が広いので両側を見るというのは無理ですので、アーケードが取れた片側をこの様にしてみるとなかなか立派な町並だと思えます。また、そう思いたいです。

浦野 9月26日(土) 19:32
孫右衛門さん、会津の深いところまでずいぶんと回られましたね。
豪雨被害がありましたが道路は復旧しているそうで、よかったです。
南会津の茅葺き集落では、前沢よりも水引のほうが印象に残るというのは、まったく同感です。
水引の素朴な感じは何物にも変えがたいと思います。

白河にもいい近代建築が残っているのですね。
近くは何回か通っていますが、古い町並みがあるとは思ってもいませんでした。
折を見て探訪したいと思います。

孫右衛門 9月26日(土) 21:03
南会津の山間部は道路は大丈夫でしたが、かなり爪痕が残っていました。河川は流木などが散乱し、護岸が崩壊したり副道の橋梁が橋桁ごと流失しているのも見ました。作業着姿の人が休日返上で測量などをしているのを見ましたので、似た仕事をしている人間として悠長に町並探訪などしてと後ろめたい気分にもなりました。
浦野さんに教えて貰った前沢集落を展望できる箇所行ってきました。高低差はそれほどでもないのですがかなりの急勾配ですので、一気に上ると息が上がりました。私より若くスマートで身軽い浦野さんは何のことは無かったでしょうし、自転車などで鍛えている太泉八雲さんも問題ないでしょうが、万訪さんには少しきついかもしれません。七ちょめさんやKさんは厳しいかもしれませんね。
七ちょめさんは湯本温泉に泊られる予定のときにこの付近も探訪されると聞いていますので、余計なことかとは思いますがお伝えしておいた方がよいかと・・。
俯瞰風景は見応えありますが、一部樹木に邪魔もされます。
それにしても予定されているという宿は風格抜群でした。旅籠というより格式ある老舗ですね。

七ちょめ 9月27日(日) 09:40
福島県天栄村岩瀬湯本温泉の泊まろうと思っている宿です。
冗談半分ですがオフ会の会場にどうでしょう。
旅館が5〜6軒ほどある、小さな小さな集落です。茅葺の宿はこの他にも多く、宿の殆どは茅葺でした。
元気な間に行っておかないとと思っています。
投稿しようとすると画像は10枚までと画像が投稿できなくなりました。文章だけでも投稿します。

七ちょめ 9月27日(日) 15:02
この最後の画像の集落風景は天栄村岩瀬湯本温泉の集落でしょうか。
私は訪ねましたが、集落内しか歩いていないので。俯瞰写真ではハッキリとわかりませんが、何か岩瀬湯本温泉に似ているように思ったので。

孫右衛門 9月27日(日) 16:46
写真は前沢集落です。このポイントに到達するまでが急坂ですので、その点を前回の記事で触れました。
そういえば七ちょめさんは湯本温泉の町並自体は訪ねられていましたね。

ここでオフ会ならば、通常の土日開催なら前泊をかまさないと余り時間が取れません。
3日あれば全く問題ないですが。今回本来は会津田島前泊を予定していたのですが、大雨の問題がありましたし、当日結局仕事になってしまいましたので東京前泊になりました。
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1469: 長野県の旅 浦野 9月26日(土) 20:05
9月21〜23日の日程で長野県を旅してきました。
皆さんほぼ全県を制覇されていますが、私にとってはほとんどが初訪問地。
かつて重伝建ばかり巡っていましたから、それ以外の中山道の宿場町や、飯田市の下栗にも今回初めて行ってきました。

どこもよかったのですが、「想像以上によかった」という点では松代が印象に残っています。
若干、演出されている感じはしたものの、これほど雰囲気のある城下町は、関東甲信では貴重だと思いました。

浦野 9月26日(土) 20:17
おなじみ、妻籠です。
妻籠と奈良井は7年ぶり3回目の訪問でした。
全国の町並みを巡ってから久々に訪れてみて、改めて保存状態のよさに気づかされました。

浦野 9月26日(土) 20:20
木曽町の一ノ萱。
開田高原へ向かう途中にある5戸ほどの小集落です。
開田に似たつくりの民家ばかりで構成されていました。

浦野 9月26日(土) 20:26
塩尻市の平出。
以前、重伝建を目指していると申し上げた場所です。
本棟造りの民家が10棟ほど残っていて、いいところでした。
ただ、ここと同程度の集落景観は長野県にたくさんあると思います。
平出は集落内に用水路をめぐらせ、洗い場を何十カ所も設けているのが特徴で、そうした土地利用や工作物も評価されているようです。

孫右衛門 9月26日(土) 21:18
浦野さんは長野県を訪ねられていましたか。
下栗は、数年前に訪ねたとき既に集落の俯瞰風景の良いところに展望所みたいなのが整備され、多くの探訪客が写真を撮っていました。
万訪さんなどのデータを見てのイメージしかなかったのでええっといったところでしたが、今回また大型連休中でもあったので、賑わっていたのではと思います。
それと引換え、妻籠の写真には一人も写っていないですね。泊られたのでしょうか。
私も、中津川に泊って翌朝一の列車で向うなど、ここの為に行程を優先して組んだ覚えがあります。

浦野 9月27日(日) 08:24
下栗には朝8時半ごろ着きましたが、もう何人か人が歩いていました。
ただ、俯瞰ポイントには行っていないのです。。
霧がかかっていて、往復40分の行程が無駄足になるのを避け、集落内の散策に終始しました。
そうこうするうちに霧が晴れてきましたが、そのタイミングで40分を費やすわけにはいかなくなったので、集落北方の「前が岩」という展望地点で写真を撮ってきました。
ここからの画は太泉八雲さんが掲載されていますね。

妻籠は2日目の「朝ニ」で行きました。昨日投稿した写真は午前8時ごろです。ぽつぽつと観光客が出始めていました。
本来は朝イチで行くつもりでしたが、前日の最後に予定していた大平が、飯田方面からのアプローチが通行止めで、翌日の朝イチで南木曽方面から立ち寄ったため、妻籠はその後の訪問となりました。

このあと馬籠に行ってみると(9時ごろ)、すでにものすごい人出で驚きました。
奈良井には同日の日没ごろに行きましたが、薄暗いのに人がけっこう歩いていて、これまたびっくり。

大妻籠では外国人ウォーカー集団に遭遇しましたし、木曽路はメジャーな観光地なんですね。

七ちょめ 9月27日(日) 09:46
朝の観光客の居ない妻籠の風景よいですね。
朝も9時を過ぎると早い観光客がぞろぞろと歩きますので、それまでが勝負です。
都会にある金沢の東茶屋街などは、午前7時にはもう観光客がいましたね。

万訪 9月27日(日) 11:59
かなり広範囲に回りましたね。
妻籠も保存修景整備されてからかなり経っていますので、復原による新しい材料も年季を帯びていい感じになっていますね。
下栗はあんなに有名になるとは思ってもみなかった。私は最初に訪れた時は、何しに来たんですかと言われました。30年前ですからね。下栗は現在の展望台は上から見下げるのですが、天界の村としては、さらに奥の大野地区方面から眺める風景がいいと思ってます。天気が悪いとダメですが。信州はやっぱいいなぁ。

話が変わりますが、昨日夜、茨城県常総市の水害地区を通って来ました。テレビからはすごい範囲が流された印象を受けましたが、実際は一部のようでした。どれでも1キロくらいはあるでしょうが。石下の古い町並みは水に浸かったとは思いますが、大丈夫でした。後始末は大変だったと思いますが、酒屋さんも店は開いてました。
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1468: 四条畷市の宿 七ちょめ 9月24日(木) 10:58
昨日午後遅くに家を出て、今日午前10時頃帰ってきました。
もっと早く帰る予定でしたが、撮りたい部屋にお客さんが居られ、そのお客さんが帰られるのを待って写真を撮り帰ってきました。
でも、どうしても正面の角部屋には入れませんでした。

Yasuko 9月24日(木) 19:11
夕景の写真は大好きでいつみてもいいものです。

宿の下がどうなっているのですか。昼間のと比べてみてちゃんと店が営業しているようなのですが。不思議な建物ですね。
角の部屋はどうしてダメなんですか。常連さんが居ついているんですか。

万訪 9月24日(木) 20:14
直行直帰ですね。宿としていかがでしたか?料理とか?

万訪 9月24日(木) 20:16
確かに一部が店になってる。元は駐車場かな?

七ちょめ 9月24日(木) 21:28
この宿の角部屋は長期の宿泊客がいるようです。
当日も宿泊客がいました。
宿泊客というより滞在客のようでした。
この建物は大正初めの建物ですので、その下の地下室は後に作られたようです。今は居酒屋かスナックとして営業されていました。
当然旅館からも入れるようになっていました。
料理は家庭料理ですが、料理の量が多すぎました。

万訪 9月25日(金) 03:53
ストリートビューで見てみたら、石垣の斜め積みが居酒屋の周りだけ水平積みに切り替わってる。駐車場を作るために改造したのならコンクリートで石垣の端を固めるでしょうし、でもそうなると上屋をどうやって支えながら作ったのか?角の部分だけ改築?
いや、中から行けるようになっていたのなら最初からこの形だった?
と謎が深まり興味が増してきました。大阪へ出張などで行った際は、ぜひ泊まりたいと思います。

七ちょめ 9月25日(金) 09:37
私は何の気なしに後で一番下のスナックの部分を造られたと思っていましたが、ハッキリと聞いておけば良かったと、今、宿に電話したら留守番電話でした。
私が思うには、建物をそのまま少し持ち上げて、下の土砂を取り除き、一階部分を鉄筋コンクリートで造り、その上に建物を下ろして設置したと思います。
昭和の初期から終戦後にかけては、木造家屋を建てたまま移動させるのが流行していましたのでそう思います。 間違っているかも知れませんが。

万訪 9月25日(金) 13:24
こういう謎解きって面白いですね。私は大好きです。
ストリートビューでこの通りを先に進むと、段差の部分を駐車場にして壇の上に住宅が建てられているケースが多い。その所々に古い石垣が残っていて、斜め積みになっているので、擁壁としては斜め積みが基本なのでしょう。
では、居酒屋の部分はどうやってできているのか?コンクリートで後から抜いたのであれば石垣の端部は斜め積みままでコンクリートで縁取っているはず。そうなっておらず端部を納めるのが水平積みなので、コンクリートがメジャーではない時代に石積みで造っているだろう。
とすると、戦前ですでに居酒屋空間はできていたのではないか。当初からあった、もしくは戦前に角の三階たての部分と一緒に造ったのではないか。
などなど、夜中に目が覚めて、ふとこの掲示板を見て考え込んでしまいました。今晩安眠するためにも、是非、電話して聞いていただきたいです。

七ちょめ 9月25日(金) 14:34
この建物がこれほど我々の話題になるとは思わなかったので、泊った時に丁寧に見ておけばよかったですね。

電話で聞いたところ、今の主人(40歳位)は自分が気が付いた時から、この様な状態で、物置として利用していたのを、3年前にスナックに改造したとのことでした。

泊った時に今の主人の母親 即ち大女将(68歳)から歴史を聞いたのですが、建物は大正初期の建物で、お茶屋さんだった建物を、先代(現存91歳)が戦後に買い取り、奥の部分を増築して旅館としたものだそうでした。

今の主人が大阪の北新地で居酒屋を営業していたのを、引き払い親が経営していた旅館を引き継ぎ居酒屋を地下に開いたものの様です。その時に内部は改造や改装をしたとのことですので、建築当時から基本的にはこのような構造になっていたようです。

旅館部からこの居酒屋に行くには地下に降りて行くようになっていますが、その片側は外と同じように、石垣が積まれていました。
そして私が利用していたトイレは地下に降りて居酒屋横のトイレで、居酒屋のお客さんと同じトイレを利用するようになっていました。

その様な状態でこの旅館??民宿??の建物には古いと感じるもの(梁・階段など)はなく、その点ではガッカリでした。

万訪 9月25日(金) 21:46
七ちょめさん、電話で聞いていただいてありがとうございます。
現在の主人が知りうる時間的範囲内で改築改修を行ったものではないということは言えそうですね。
いずれにしても、わざわざなんのためのスペースなのか疑問ですね。そうこのためなのか?
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1466: 下蒲刈島→上蒲刈島→豊島→大崎下島→岡村島→大三島経由今治 万訪 9月20日(日) 17:22
下蒲刈島三之瀬集落です。
瀬戸内海海上交通の要衝だった港町。江戸時代は参覲交代や朝鮮通信使も立ち寄ったといいます。狭い土地に民家が密集していました。

万訪 9月20日(日) 17:24
大富豪の造った別荘だそうです。昭和初期の登録文化財。

万訪 9月20日(日) 17:26
豊島の大崎下島との間の海峡に面する豊浜集落はそれは見事な密集系の漁師町。集落外周にしかクルマはよりつけず、全て路地だけで成り立っています。お見事!

万訪 9月20日(日) 17:28
路地路地路地。賑わう漁師町でした。

七ちょめ 9月20日(日) 21:11
密集系の漁師町の光景が見られよいですね。
タブレットからの投稿ですが、パソコンより能率が悪い。
長文の投稿はチョト。
離れ島探訪の企画、良いテーマですね。

七ちょめ 9月21日(月) 08:54
やっぱり タブレットからじゃなくパソコンからの投稿が簡単です。
密集系の漁村集落の俯瞰写真。それも「いらかの」まばら模様。
屋根瓦の耐久性は50年と云われていますので、長年葺き替えない屋根瓦の色がまばらになってきます。屋根一面同じ色の綺麗な瓦よりも、疎らになった屋根瓦の色違いが何とも言えない古さの光景を見せています。好きな景色です。

万訪 9月21日(月) 10:53
七ちょめさんは、タブレット使いづらいですか。iPhone であれば指でサクサクできるようにはなりましたが、タブレットのiPad はダメですね。キーボード付けて使っています。もう仕事だけですけどね。旅にはパソコンもiPad も持って行かず、全てiPhone だけです。でも、使いズラいですね。

浦野 9月21日(月) 20:04
万訪さん、先週はお体おおごとにはならず、無事に探訪に出られてよかったです。
ブログも拝見いたしましたが、平郡島の石壁の建築は変わっていて面白いですね。
この投稿の1枚目の「下蒲刈島三之瀬集落」も港の構造が残っていて貴重だと思います。
島旅、いいですね。

七ちょめ 9月22日(火) 10:03
良い天気が続き、快適な島旅と思います。
万訪さんの離島の旅と、他人事のように見ていましたが、改めて良く見ると瀬戸内海の島々は私を含め多くの方が訪ねている所でした。
密集系の漁業集落の呉市豊島の集落は訪ねていました。改めて自分のページをみて、そうだった、そうだったと思い起こしています。
下蒲刈島・上蒲刈島・豊島・大崎下島・岡村島とは自動車で行けますが、そこから大三島へはどうして渡られたのかな。今は橋が出来ているのでしょうか。
これから地図で調べます。

万訪 9月22日(火) 14:55
後半は力尽きて、こちらの掲示板へはレポをサボってます。
今、岡山。すべての行程を終えました。
上蒲刈島から岡村島にかけては皆さんさすが、行ってますね。私は岡村島から大三島へフェリーで渡りました。後半は今治泊ののち、来島、因島土生、魚島、鞆の浦(泊)、走島でした。後半の島はいまいちでしたが、改めて鞆の浦に感動でした。人の出が少ない早朝に隅々まで歩きました。鞆は伝統的な民家に注目が集まりますが、大正〜昭和の建物も多く残っていて歴史の重層性を感じることができました。


七ちょめ 9月22日(火) 15:48
4泊の島旅、大変でしたね。自宅に帰り明日一日休養して下さい。
孫右衛門さんも、南東北を探訪中でしょう。それぞれの活動を頼もしく思っています。

私は明日の午後4時頃自宅を出て、同じ大阪府四条畷市の旅館に泊ってきます。
自宅から約25分程度で着いてしまいます。
浦野さんも仰ってますが、トップの写真の海岸沿いの雁木風景 良いですね。
鞆の浦の雁木のある海岸を思い出します。


七ちょめ 9月22日(火) 15:54
そう書いて、もう一度投稿写真をみると、万訪さんが鞆の浦の雁木海岸を投稿されていました。

万訪 9月22日(火) 18:20
七ちょめさん、お近くですが起きをつけて。
他の方の旅投稿がないですね。孫さんどうしてるのかな。
私はもう東京に戻りました。岡山空港から一便早くに切り替えて。長い旅でした。

孫右衛門 9月23日(水) 16:08
瀬戸内の島を効率よく回られたようで成果多かったことと思います。
下蒲刈島の三之瀬地区は、各地から寄せ集めた旧家の展示施設があったり、中途半端な石畳調の舗装など人工的な感じが強いので、長らく町並として紹介ページは掲載していませんでした。こうして改めてみると港の石積が渋い味を出していますね。
鞆の浦に泊るというのは私も一度はしてみたいですね。何度訪ねたかわからないくらい歩いていますが当然というか全て数時間以内の日帰り探訪です。
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1465: 山口県柳井市 平郡島 万訪 9月19日(土) 18:51
今日は穏やかな天気で最高の秋晴れでした。
柳井港から1時間強、東平郡までだと1時間40分かかります。船便は島発の1日2往復です。島民が本土に渡って用を済ませ夕方戻るダイヤですので、本土から島を訪れる人は、日帰りであれば渡った船で戻るしかなく、東平郡ですと3時間50分滞在できます。ならば、東と西を移動すれば両方の集落を歩けると思いますが、両者は13km離れていて船以外の交通手段がありません。したがって、フェリーでクルマを運ばない限り、両方の集落を歩くには一泊が必須となります。
で、私は今一泊しております。東平郡★★★、西平郡★★★★という高評価でした。日帰りなら西のみでもいいかも。
画像は西平郡

万訪 9月19日(土) 18:57
屋敷構えは、典型的なロの字型。今日も強い風が吹いていました。

万訪 9月19日(土) 19:03
西平郡
ロの字型の屋敷が規則正しく並んでいました。

万訪 9月19日(土) 19:09
島で採れる石による石垣石塀がポイント。祝島ほどではありませんが、海側に石を積み上げたり、蔵を一段高くするために石垣で基礎をあげています。

9月19日(土) 19:11
西平郡の小林旅館。古い建物でロの字になってました。

Kさん 9月19日(土) 21:04
素晴らしい俯瞰ですね。

七ちょめ 9月19日(土) 21:41
素晴らしい島旅ですね。天気も良いし、集落の様子も最高。
さて、今晩の小林旅館の宿泊客は 一人だけ?? も有りえますね。
屋敷一杯に口の字形に家屋を配置している。チョット珍しい屋敷構えですが、やはり防風のための配置でしょうね。

Yasuko 9月19日(土) 22:01
グーグルで上から見ただけで口の字になっていてやっと意味が分かりました。面白い土地柄ですね。西も東も口の字の家が多い。行ってみたい気分になってきました。時間を持て余すことってありませんか。

万訪 9月20日(日) 07:09
俯瞰は西平郡の端っこから撮りました。家がそろぞれ立派なのと付属屋がくっついて建っているので屋根が複雑になり、結果俯瞰が素晴らしくなっているのでしょう。
小林旅館は古い建物ですが、清潔できちっとした応対でいい宿でした。もしオフ会が開催されればオススメの宿です。シルバーウィークにもかかわらず、客は私一人でした。
ロの字、、、そうですねわかりにくかったですね。旅館の女将さんに聞いたら、やはり台風対策だそうです。豊後水道に近いこのあたりは、祝島もそうでしたが台風の通り道で、周りが海なので遮るものがなくモロ強風を受けるのでしょう。高潮対策もさることながら、瀬戸内にしては高い防波堤が厳しい自然に耐える島であることを教えてくれています。

孫右衛門 9月20日(日) 07:18
平郡島素晴らしい所のようですね。東京の万訪さんが訪ねて近い私が訪ねない訳にはいきませんな。
今新幹線で新白河に向かっています。また報告します。

万訪 9月20日(日) 09:17
孫さんに紹介いただいた平郡島は最高でした。泊まったからなおさらです。
完全にスレ違いになりましたね。私はもうすぐ広島に着きます。
東北の旅、お気をつけて!
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