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1506: 大崎上島の町並 孫右衛門 1月 3日(日) 21:13
今回の年末年始休暇は始まりが少し早く、おかげで年末に泊りがけをセッティングすることができた関係で、年明けに少し時間的余裕が生まれました。
そこで今日、12年ぶりに大崎上島を訪ねました。近いのに時間と費用が掛かる島の探訪。こういうときに訪ねるのが最適です。
この木江の町並は結構皆さんも訪ねられていると思いますが、前回とほとんど変わっていないという印象です。保存地区でもないし、無住になっている家も少なくないのに、良くぞ残っていてくれたという思いです。
今回ページも更新する予定ですが、町並度も+1盛ろうと思います。

孫右衛門 1月 3日(日) 21:17
左の旅館は今日は年始で休みなのかもしれませんが、現役のように見えました。
来るべき中四国エリアでのオフ会がここで開催されると仮定して、そのときまで保ってくれるでしょうか。
この一軒向こうも旅館でした。

孫右衛門 1月 3日(日) 21:27
島の北東端にある※崎(めばるざき、※=魚へんに林、この字がIMEなどにありません)の町並です。今、地名辞典を見るとここも風待ち港として栄え宿屋があったということです。
数軒木造三階建てもありました。町並度としては3・4で小規模ですが掲載はしようと思います。
あと島の南部にある明石集落も訪ねましたがまずまずの町並でした。これらは、前回少し歩いてパスしていたか、少し写真を撮影しただけで掲載を見送ったものです。

七ちょめ 1月 3日(日) 22:24
孫右衛門さん いい旅館を見つけてくれたと調べましたが、玉屋旅館も三島屋旅館も廃業されていましたが、そのまま経営者が住んでいるのでしょう。
今日も九州あちこちの古い旅館を約2時間かけて、探しましたが一軒も見つけられませんでした。
6〜7日と広島県安芸高田市の古い旅館に泊ってこようと思っていますが、1日〜3日と休業されていますので、こちらの思うように泊まれるかは不明です。予約が取れればラッキー。

チョットした事情により7日〜8日と変更しました。

万訪 1月 3日(日) 23:24
木江のこの町並みよく耐えてますね。たいしたもんだと思います。
そして、めばる崎、いい町並みがありましたか。今日、グーグルアースの空中写真で、島の集落の物色をしていました。木江以外に大崎上島にないものかと、ちょうどこのめばる崎に目をつけていたところでした。こりゃ行かにゃあきまへんなぁ。芸予諸島はもう一回かぁ。


孫右衛門 1月 4日(月) 08:17
木江がそのままなのは、この島には船で渡るしかなく外部の目に晒されることが制限されることもあるのでしょう。また、表向きは保存はされていないようでも、地区の方が意識して大切にされているというのもあるかもしれません。
旅館は廃業されているのですか。それは残念です。


七ちょめ 1月 4日(月) 12:51
1月7日に安芸高田市の「いろは家旅館」に泊ってこようと思っています。
こんな旅館です。孫右衛門と太泉八雲さんの資料を参考にさせて頂きます。

urano 1月 4日(月) 16:15
めばる崎いいですね!
前に書いたかもしれませんが、ここは瀬戸内の関連書籍で存在を知ったものの、Google Earthやストリートビューでも歴史地区が見つけられなかったので、失われたものと思い込んでいました。
いずれ芸予諸島の旅をするときには、時間を確保したいと思います。

七ちょめさん、九州で古い旅館をお探しとのことだったので、昨年8月に見つけた旅館の写真を投稿します。
場所は熊本県上天草市(旧大矢野町)の登立です。
私も調べてみましたが、創建年、建設年ともに分からず、営業中かどうかさえ分かりませんでした。
佇まいからして旅籠とは呼べそうもないですが、ご参考まで。


七ちょめ 1月 4日(月) 18:41
URANOさん 上天草市の古い旅館情報をいただきまして有難うございます。 折角 古い旅館情報をお知らせ願ったのですが、調べるとこの「とのや旅館」は平成21年5月に廃業されています。残念です。
この様にこの様な旅館はどんどん廃業されていきます。
本当に探すのが大変です。探せたと思っても、一人はダメとの旅館も多く、なかなか目的の旅館を探すのは苦労します。
今日も岩井温泉の明石屋旅館に泊ろうと家内を説得しているのですが、そんな古い旅館は嫌と取りあってくれません。

古い旅館を探すのはピンポイントで探します。漠然とではまず探せないのです。
例えば福岡県柳川市なら柳川市の観光協会、また有れば旅館組合。
その他 楽天やじゃらんなどの大手の情報ではまず可能性はないので、誰かが個人的に旅館の情報を発信している方のホームページを見るなど、可能な限りにピンポイントで探しますがそれでも中々見つかりません。
江戸時代の創業とうたっていても、巨大旅館になっていたり、高級旅館になっていたり、これは可能性があると思っても一人ではダメと断られます。少し前に廃業したと云われることもあります。思うようにはならないものです。
新しく見つけるより廃業されていく旅館が多いのではと思うほどです



孫右衛門 1月 4日(月) 20:47
明治以前の創業で、古い形態でそのまま営業されている小さな旅館というのは、ほとんど絶滅寸前のようになっているのですね。例えば奈良井の伊勢屋などのように、探訪客や観光客の利用が多い旅館というのは、ごく一握りに過ぎないのでしょう。
かつては旅館というとほとんどこのような宿だったのでしょうが、時代には逆らえないところなのでしょうか。

安芸高田市の宿と言われてもピンと来ませんでしたが、この写真から吉田町のようですね。


七ちょめ 1月 4日(月) 21:07
古いままの形態の旅館は絶滅寸前ですね。ネットで旅館の案内があるので問い合わせると廃業したと聞くのはもう慣れました。
奈良井でも対象は「伊勢屋」と「えちご屋」の2軒ですが、えちご屋は一人ではなかなか泊めてくれません。一日二組の宿泊と云っていて、一人でも可能とのことですが、問い合わせるとダメと云われますね。

町中から小売店が消えてしまったのと同様に、昔からの小さな旅館は消滅する運命でしょうね。酒屋・陶器店・八百屋・雑貨屋・呉服店・米屋・炭屋・油屋等などの小売店が殆ど無くなってしまったのと同様でしょう。

安芸高田市の旅館は旧吉田町の「いろは家旅館」です。


urano 1月 5日(火) 12:55
天草の旅館は7年も前に廃業していましたか。どうりで、営業情報が見当たらないわけですね。
企画に合った宿がなかなか見当たらないとのこと、「旅籠」の定義も若干広げていらっしゃるご様子なので、私のほうでも少し網を広げてみて、いい宿を見つけたらお知らせいたします。

七ちょめ 1月 5日(火) 13:47
uranoさん、古い旅館の情報があればよろしくお願いいたします。
今、迷っているのは、昭和に入って創業された建物でも、有形文化財に指定された建物で営業されている旅館を入れるべきか、入れない方が良いか迷っているのです。
大正期の創業で、営業形態が古いままなら全て対象にしています。

最初は江戸期創業の宿と思って始めたのですが、そんなに都合よくは行かなかったです。

万訪 1月 6日(水) 05:55
uranoさん、熊本県アップされましたね。私にとって今度も知らない街ばかり出てきてます。よくぞこれだけ見つけられますね。感心してしまいます。
登立というのもその1つですが、上天草市。2月に有明海に浮かぶ湯島に行く予定ですが、立ち寄ろうと思います。できたらそこにあった旅館に泊まりたかったです。

Kさん 1月 6日(水) 07:44
uranoさんの熊本県を昨日拝見していました。なかでも「崎津」はぜひもう一度行きたいと思っている場所で、大変懐かしく感じました。
福岡にいたころ、崎津、油津、美々津、坊津を「もっとも行きにくい4つの津」と呼んで、ぜひスケッチに行きたいと思っていました。そのうちの崎津を含む天草へはGWに家族と行きましたが、時間がないうえに雨になり、スケッチができませんでした。とくに少し離れた場所から「へそのある風景」を描きたかったのですが、写真を撮ることもかなわず、そのままになっています。

この絵は教会を写真から描いたものですが、古びた感じだった手前の家並みはさすがに変化していますね。

七ちょめ 1月 6日(水) 11:16
私もKさんの描かれたような光景を求めて平成24年3月に訪ねたのですが、もう既に写真のような状態でした。
URANOさんの写された昨年の写真と同じようなものですね。

urano 1月 6日(水) 21:38
私の場合は景観、歴史、土地利用という観点でも行き先を決めているので、自然と訪問先が変わってくるのだと思います。
熊本の旅では、熊本開発研究センターが1982年に出した『熊本の町並み』を参考にしました。
HPに掲載していない場所では、宇城市の小川(旧小川町中心部)、玉名市の伊倉、天草上島の教良木(かなり断片的)もまあまあの町並みでした。

Kさんのいう「4つの津」はおもしろいですね。私は坊津は未訪問です。歴史的にもかなり興味深い場所なのですが、優先順位を下げてしまって、昨年の九州旅行でも行けませんでした。
崎津の教会前の道はちょっと残念ですね。
建て替わったものは仕方ないので、今後は修景されるといいなと思います。

万訪 1月 6日(水) 23:02
「町並みには旬がある」
これは、永年追っかけてきた私の言葉ですが、輝く町並みは時々刻々と変わる、減るし増える、と言うことだと思います。
かつてはピックアップされた町並みには全ていかなければならぬと考えてましたが、今やその自縛から解き放たれました。気が向いて行きたいところに自由にいけばいい。
uranoさんの参加で、いらかぐみのバリエーションが広がったと思います。
pw126205133107.3.panda-world.ne.jp
1505: あけましておめでとうございます 万訪 1月 1日(金) 08:01
2016年スタートしました!あけましておめでとうございます!
本年も「いらかぐみ」よろしくお願いします。

集落町並み探訪を本格再開した昨年、探訪157ヶ所、渡った離島38島(橋でつながっている島は除く)でした。もう数は追っかけないと思っている割に結構歩いたもんだと思います。
今年は仕事の傍らドク論書くためペース落ちると思いますが、離島探訪が一旦集結しそうです(まだまだありますが)。
次のテーマ「復興の町を歩く」を徐々に始めたいと思います。戦災復興の町並みの終戦後から高度成長期までが中心となりますが、震災復興や大火復興、津波復興など、50年以上を経た記録すべき町並みも対象となります。今まで通り、「天界の村」「海界の村」「遊里」「戦災のない町」「街道の町」「海道の町」「企業城下町」などのテーマについても深めていきます。
今年は、慌てずゆっくり行きたいのですが、どうかなぁ


七ちょめ 1月 1日(金) 09:10
あけまして おめでとうございます。
今年も精一杯 頑張ろうと思います。
よろしくお付き合い下さいますようお願いいたします。

Kさん 1月 1日(金) 14:01
皆さま、あけましておめでとうございます。今年もおろしくお願いします。
今年の年賀状にはいらかぐみのミニオフ会の時の絵を使いました。遠方へ出かける機会がいらかぐみがらみだけになってきました。反省

孫右衛門 1月 1日(金) 16:12
さきほど、初詣を済ましてきました。
(スマホ画像なので画質悪いです)

万訪さんが訪問数をいわれているので、私も今ざっと数えましたが、先日の南紀を含めると約110箇所でした。これは私にしては例年よりやや多い方ですね。
撮影写真枚数はこの10年余りでは最多レベルでした。

本年もよろしくお願いいたします

Yasuko 1月 1日(金) 18:16
皆様、あけましておめでとうございます。

本年も宜しくお願いいたします。

近頃は探訪はかばかしく出来ず、皆様の様々な活動をうらやましく眺めております。

原因は仕事をしなくなったので、暇は手に入れましたが、貧しくなったことでしょうか。

でも精神的には今は空いた時間、リコーダーを必死で練習していますので満ち足りております。一日に約5時間は練習しています。
今までできなかったブランクの分も取り戻そうと必死です。
リコーダーはバロックのころのメインで知れば知るほど奥が深くいい曲がいっぱいあったことに驚きです。今練習中のテレマン、コレルリは皆様おなじみではないですね。

探訪はぼちぼちいたしますので、暖かい心で見守ってくださませ。

太泉八雲 1月 2日(土) 08:06
あけましておめでとうございます。

今年のサンライズ瀬戸はなんと目的地の琴平まで特別運転。
みどりの窓口で高松から琴平まで買い直したら、なんと運賃も安くなりました。
サンライズ瀬戸の特急料金はそのままです。
1時間30分近く多く乗れて、目的地まで直行。
前日まで知りませんでしたが、なんか良い1年の始まりの予感かな?
しかし、久々の「こんぴらさん」こんなに階段長かったか・・・と運動不足の体に堪えました。
下山してさぬきうどんをすすって、そのまま特急と新幹線で帰ってきました。

今年は、少しぼちぼち歩きたいですね。

urano 1月 2日(土) 21:00
あけましておめでとうございます。
昨年は皆さまにお会いできて嬉しかったです。
今年の目標は、訪問もさることながら、まずはHPの充実を図っていきたいと思います。
当初は昨年中に30都道府県以上は更新したかったのですが、思うように進められませんでした。
また、他スレで話題にあがった東京新年会でもお会いしたいです。

本年もどうぞよろしくお願いします。

写真は元日に撮った月島の路地です。
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1504: ひさびさのドライブ・酒蔵巡り 太泉八雲 12月31日(木) 08:54
本当に久々の書き込みになります。
いろいろご心配お掛けしたかと思いますが、無事に年末を迎える事ができました。
孫右衛門さんは紀伊半島、万訪さんは離島巡り、七ちょめさんは伝統的旅館巡りとみなさん勢力的に活動されていて、うらやましいかぎりです。

私は9月以来どこにも旅行にもドライブにも、サイクリングもまったく行っていませんでした。12月は28日まで深夜・徹夜の作業が続き、仕事もミスを連発して体力的というよりも精神的に厳しい1年でした。

そんな中でも当初は初の台湾旅行に行ってみようと、パスポートを申請し往復の航空券も取ったのですが、仕事が出発日まで食い込んでしまい、またいろいろあって、のんびりと海外旅行に行っていられる状況にも無くなってしまったので、泣く泣くキャンセル。
払い戻しの一切無いLCCだった為に丸々特別損失計上です。

とりあえず昨日、久々に輸入車を借りて半日だけ静岡の酒蔵巡りをしてきました。

そして、昨年はサンライズ出雲で年越しを行い出雲大社に初詣をして帰ってきましたが、
今年はサンライズ瀬戸で年越しを行い、金比羅さんで初詣をして帰ってきます。

そんなところで、皆様今年一年お世話になりました。来年もよろしくお願いします。



万訪 12月31日(木) 09:20
jaguarで静岡ですか。こんなクルマも借りられるんですね。超お忙しいようで、どうか体調だけは崩されませんように。東京都内であれば半日とか出られそうであれば歩きませんか。新年会を東京組で企画できたらいいですね。お忙しい一年、本当お疲れ様でした。

七ちょめ 12月31日(木) 09:54
太泉八雲さん、超お忙しそうですね。余り忙しすぎてミスを連発する、そして落ち込む。
余り続くと問題になることが起こりそう。

今の太泉八雲さんには、大変いい加減に聞こえるでしょうが、そんな時には会社をずぼら休みをしてでも自分の好きなことにで気晴らしをする。
そうすることで、先に「ずぼら」したのだからとその後は更に頑張れます。

そして暫く経ってくると、あの時は何だったんだろうと思います。

自分が居なくても、自分を取り巻く環境は素知らぬ顔で廻っている。会社や世の中、果ては家庭までもが。

孫右衛門 12月31日(木) 16:58
太泉八雲さん、大変な1年だったようですね。
私も5・6年ほど前でしたか、11月頃から正月以外ほとんど休みが取れず、年度末を跨いで5月頃までそんな事態が続いたことがありました。オフ会の参加にも影響しましたし、ひどいシーズンでした。
この年末年始は金比羅さんへ祈願するとのことで、それを機に順調な1年になることを念願します。

太泉八雲 12月31日(木) 17:28
みなさんありがとうございます。
七ちょめさん、そうですね。自分で全てかかえてしまっているつもりが、実は自分がいなくても会社はうまく廻っている。まあ、復帰する翌日の事をかんがえると、なかなか日常を忘れる事はできませんが...。

万訪さん、それ考えていました。URANOさんといっしょに新年会是非やりましょう。

万訪 12月31日(木) 21:04
今年五十歳を越えて1年が過ぎ、マネジメントの立場になって「これから仕事で何を目指して行こうか」悩んだ一年でした。結局行き着いた結果は、「仕事あっての自分ではなく自分あっての仕事」ということでした。
歳とると今までの自分を守ろうとしてしまいます。失敗をしない道を選んで挑戦しない、つい失敗を状況や会社のせいにしてしまう。そんな気持ちでは、到底これからの人生を前向きに生きられない。失敗の原因も自分にあるけど、創造力や推進力の源泉も自分の中にある。だからその源泉を絶やしては勝負できない。今までの自分を一旦リセットしよう。そう考えて開き直ったら、ちょっと悩みから抜け出た気がします。

画像は今年、最も感動した集落町並み保戸島(大分県)です。

是非、新年会しましょうね!
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1503: 南紀の探訪レポート 孫右衛門 12月30日(水) 09:18
訪ねた町並から、印象的なものを少し。
古座川町古座(現串本町内)は古座川河口付近左岸に長々と町並が残り、質的にも良いものでした。裏手には道路と護岸がありますが、かつては直接川に面していたものと思われます。

孫右衛門 12月30日(水) 09:26
串本町潮岬の町並。潮岬は高校生のとき訪ねて以来で、そのとき乗ったバスの車窓から集落があったことは覚えていますが、今回訪ねてこれほど大きなものとは思いませんでした。台地状の平地部に広々と展開し、一つの町といった感じです。風対策で石垣や生垣を配した風景も印象的でしたが、このような邸も見られます。成り立ちを調べてみないとよくわかりませんが意外な町並でした。

孫右衛門 12月30日(水) 09:36
日置川の河口にある日置の町並。ここも立地からして意外な町並でした。既に何名か尋ねられていますので驚きはしませんでしたが見応えがある町並ですね。全く知られていないし保存の手も入っていない。こんな町並は今や貴重と思います。
ここを訪ねると早くも薄暗くなりましたので、ホテルに入る時間までをこの近くにある温泉施設で過しました。ここはアルカリ性のまろやかな湯で、年配者や子供連れなどで賑わっていました。

孫右衛門 12月30日(水) 09:40
湯浅の南側に隣接する広川町広の町並。ここはいらかぐみ情報がなく、ふとしたきっかけで知ったところですが比較的整然とした区割りに伝統的な建物が多く残っていました。湯浅の陰で注目される事もなかったのでしょうか。注目されて不思議でない良い町並でした。私の町並度では6は付けます。

七ちょめ 12月30日(水) 10:33
古座の町並は確か、URANOさんが最初に云われたと思います。早く行っとけば良かったのにね。
この町並の少し川上にある「神保館」という旅館があったのですが、今年の春頃に廃業されてしまいましたので、この町並も訪ねるのが遠ざかりました。でも新たに湯川温泉の「恵比寿屋旅館」を孫右衛門さんが見つけてくれましたので、古座の町並探訪が復活しました。
広川町広の町並も良いですね。訪ねたいものです。

孫右衛門 12月30日(水) 19:45
古座はURANOさん情報です。七ちょめさんもその時ここの古い旅館にといわれていたのを覚えていたので、この神保館を見たときああこれかと思い出しました。でも表向きは廃業されているようには見えませんでした。

孫右衛門 12月30日(水) 19:52
町並度は別として面白いと思ったのは美浜町三尾です。アメリカ村という称号がついているにもかかわらずこれでもかと本瓦が連なる集落で、それが立体的に連なる典型的な漁村集落ですね。
しかし一方で、空地や無住になっている家屋も多く、心が痛みました。

万訪 12月30日(水) 22:45
何処もかしこも地名聞いてピンとくるところがありません。ですが、しっかりした町並みがあるんですね。でもこうして写真見ると、やはり和歌山県のスタイル。距離があっても共通しているんだなぁと思いました。

七ちょめ 12月31日(木) 09:30
このアメリカ村はかっては結構有名だったのですよ。
私が面白半分に訪ねたのは昭和35年頃だったと思います。学校を出て勤め出して少し経った頃、終戦のどさくさも一段落したあたりの、観光地も何もなかった時代の、観光地だったのでしょう。
結構多くの寄棟の派手な明るい色を塗った建物が建っていたのですがね。
町並目的に訪ねた10年ほど前には、少し洋風の建物が有った程度でしたが、今では殆ど無くなっているのですか。

まあ、建てられたのが明治期ですので、当然と云えば当然でしょうね。

神保館はそのまま残っているのですね。この旅館の経営者は廃業されましたが、そこで生活されているので状態はそのまま保存となっているのでしょう。電話は今でも直ぐに応答されますが、もう旅館は遣ってませんとの返事です。

Kさん 12月31日(木) 13:25
みなさんの話題について行くのはなかなか大変ですが、珍しくアメリカ村は04年に行っています。今アメリカ村と言えば大阪・ミナミが有名ですが、七ちょめさんの言われるように、かつては和歌山のアメリカ村も結構有名だったみたいですね。実際はアメリカへではなくカナダへの移民の村だったのですが・・・。
私が行ったときにもずいぶん空き地が目立ちました。この絵はそんな空地から描いたものですが「海の近くは津波が来ると言って、空き地を売りに出しても誰も買わない」と地元の人がぼやいていたのを思い出します。

urano 12月31日(木) 16:01
私の投稿を参考にしてくださったようで、ありがとうございます。
古座は思っていたよりも町並みが長くて、北端のほうまで回らずに引き返してしまいました。

広村は安政南海津波で住民を避難させた「稲村の火」の逸話をかなり押していますが、確かその後つくった堤防のおかげで昭和南海津波を免れています。
「堤防でこの町並みが残った!」とPRすれば面白いと思うのですが、あまり町並み景観には意識が向いていないのでしょうかね。

孫右衛門 12月31日(木) 17:26
広の町並の外側には確かに古びた堤防がありました。今はその外に役場などの建物がありますが、かつての海岸線だということは明確で、ここを境に古い町並が始まっていました。撮影しておけばよかったですね。
私などの眼からすると良い町並でも、地元の人は全く認識されていないでしょうね。

アメリカ村という名前は、バス停に残っているだけで洋館などありませんでした。
p535129-ipngn200506niho.hiroshima.ocn.ne.jp
1501: 日生諸島 万訪 12月28日(月) 19:48
私のレポばっかりですいません。
昨日の坊勢島はすごかったですね。七ちょめさん言われる通り、バイクが細い道をひっきりなしに走る。坂道を勢いつけて登ってくるから、ブラインドコーナーでひかれそうになります。歩いている人よりバイク乗ってる人の方が多いですね。それだけ険しい集落と言うことですが。でもこの手の集落でバイクで走り回れるように道を整備しているところが珍しいです。

さて、今日は日生諸島の頭島と大多府島、日生を歩きました。画像は頭島。下見板張りの洋風民家がありました。かわいいでしょ。

万訪 12月28日(月) 19:49
頭島

万訪 12月28日(月) 19:51
頭島から10分で渡る大多府島。小さな集落でした。

万訪 12月28日(月) 19:53
日生では「カキオコ」の店がやたら多かった。どこも並んでました。画像は入江の反対側の住宅地。

万訪 12月28日(月) 19:55
その後は東京方面へ戻るように走り、娘の廃墟遊園地探訪に付き合い画像の場所へ。さてどこでしょう。
今、名張のホテルです。

七ちょめ 12月28日(月) 21:35
多分、随分前に閉鎖された奈良ドリームランドではないですか。


七ちょめ 12月29日(火) 09:08
万訪さんから 「これなーんだ」と出ましたので 私からも

先日鳥羽市答志島を訪ねたときの答志集落のどの家にもこの様な丸八が墨で乱雑に書かれているのを見かけました。

あきらかに新築の家と思える家にも、玄関に乱雑に描かれています。玄関でなくて家の横に描かれているのも見かけました。 所謂目立つところに描かれているようでした。

何でしょうか。

万訪 12月29日(火) 11:04
奈良ドリームランド、正解です!

答志島の㊇はどの家にもありましたね。ですが、神島や坂手島にはありません。わからないので、ググってしまいましたぁ。八幡神社の八、魔除けだそうですね。

実は今、鳥羽の坂手島に居ます。先週の答志島、神島があまりによかったので、他の島も期待できると思い、東京へ帰る途中に寄りました。来た甲斐あり!町並み的には坂手島の方が伊勢様式の民家がよく残っています。
画像は集落の中心部で広場のようになっているところ。神社の前でもないのに珍しいです。広場に面して商店があり、集落のコンビニのような役割をしていました。なかなか活気のある島でした。

七ちょめ 12月29日(火) 13:26
鳥羽市鳥羽を万訪さんの情報で訪ねました。良い町並でした。久しぶりに私の町並指数で50を付けようと思っています。
2週続けて鳥羽市の訪問ですか。それも島通い。この辺りも古い町並の宝庫のようですね。

答志町の㊇のマークは正解です。

現地で女の方2人に聞いたのですが、八幡神社の八と漁師の豊漁を願ってのこととは理解できたのですが、それ以上はハッキリと判りませんでした。

八幡神社の祭礼時に墨を奪い合いするらしいです。そして得た墨で㊇のマークを家の目立つところに描くらしいです。

漁師の家で㊇が描かれているとのことだったのですが、今では全戸がこの㊇マークを描いているようです、大漁祈願は勿論ですが家内安全なども含まれ、厄除けともなっているようです。

でも漁師の家が多いので、当然㊇が堂々と町並を飾っているようです。

万訪 12月29日(火) 15:53
答志島の答志・和具とは島の反対側にある桃取集落を歩いてきました。答志・和具集落ほどの密集度ではなかった代わりに伊勢様式の切妻妻入+下見板張の民家が比較的多く見かけました。でも、桃取の方が寂れている印象でした。漁船も少なかった。答志・和具集落の方が漁業としては成功しているんでしょう。だから家も空き家も少なく改修が進んでいる、結果伊勢様式の民家が少ないのかな。七ちょめさんレポートの㊇印は桃取ではみませんでした。答志集落だけ何でしょうね。

これで年末の旅は終わりです。伊勢湾フェリーで伊良子岬に渡って帰ります。

孫右衛門 12月30日(水) 19:12
志摩から淡路、家島諸島、日生諸島と一連のレポート拝見しました。こういうスケジュール取りは万訪さんならではですね。
坊勢島は私もそうでしたが、集落そのものよりも、やはり原付やバイクの勢力に圧倒されますね。島や集落の規模、軽自動車では持て余すし集落内部に入っていけない、自転車では坂が多すぎということで、必然的にそうなったのでしょう。島でないとこのような現象は生じないでしょう。
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1502: 湯川温泉の恵比須屋旅館 孫右衛門 12月29日(火) 22:58
和歌山県南部を中心とした探訪から帰りました。やはり勝浦や新宮などとなると非常に遠いものです。
太地町、古座川町(古座・西向)、串本町大島(樫野・大島)、串本町、すさみ町、日置川町、南部町、印南町、御坊市塩屋、美浜町三尾、由良町網代、広川町広、湯浅町(再)、湯浅町栖原、和歌山市田野ですが、町並関係はまた明日改めてということで、とりあえず七ちょめさんも候補に上がっているという、初日に泊った湯川温泉の恵比須屋旅館のことをレポートしておきます。
湯川温泉は勝浦の市街地の南外れの静かなところにあり、国道沿いに観光旅館がありますが、恵比須屋旅館は旧道沿いにひっそりと建っています。何しろ、この前がかって国道だったのことで、10数件の旅館があったということですが、今は恵比須屋だけになっているそうです。

孫右衛門 12月29日(火) 23:15
これは玄関を上がったところです。板張りとなっている部分はかつて土間で、右の階段で直接客室に上るようになっていたとのことです。この写真ではわかりにくいですが階段の下端が板敷きに埋もれています。
創業は明治で建物も基本的には往時のままですが、改装を重ねているため、知らなければ古さをそれほど感じません。昭和の宿といわれればそう思ってしまうでしょう。
ただ、湯川温泉の泉質は肌触りがよい中にもかすかに硫黄臭のある温泉らしいもので、料理も廉価な割には十分なものでした。瓶ビールと地酒の2合瓶を別注しても1万円出して千円札のお釣が出ました。

古い旅籠に泊るという点では不満足かと思います。ただ、古い町並探訪としての宿泊には最適でしょう。

それから先ほど列記した町並に串本町潮岬の町並が抜けていました。

万訪 12月30日(水) 06:28
孫さん、お疲れ様でした。遠い遠い紀伊半島南部の旅は、自家用車?それともレール&レンタカー?
沢山の町並みを訪れたのですね。そちらのレポも楽しみです。
この旅館、古い建物とは思えない内外装。だけど明治の旅館。さぞ旧道沿いも賑わっていたんでしょうね。

孫右衛門 12月30日(水) 09:10
和歌山県北部なら自家用車を考えますが、今回はのんびりと列車で向かい、和歌山市まで戻って返しました。
温泉が人気と言っても、それは近代的で若い人受けのする一部のホテルや旅館だけで、古くからの旅館や温泉地は軒並寂れていますね。ここ数年時々探訪の宿を温泉旅館に求めるようになってからの感想です。

七ちょめ 12月30日(水) 09:22
南紀の町並探訪お疲れさまです。
多くの町並を訪ねられましたね。
私から見ると自分の車の行動範囲ですので、さほど遠いとは思わなかったですが、大阪や名古屋まで新幹線で来られる方から見ると、確かに不便で遠い所ですね。

湯川温泉の恵比寿屋旅館、調べた旅館の中には入っていたのでしょうが、一切創業時期を表明されていなかったので、訪ねる旅館から外していました。

この恵比寿屋さんも良く調べると、建物は明治34年に建てられたもので、創業は明治42年ということらしいです。

旅籠宿に泊ると題して、江戸期からの創業の宿で今も同じような形態で営業をされている宿を対象にしましたが、とてもこれでは数が無いことが判り、今では明治は云うに及ばず、大正期創業の宿でも対象にしています。中には昭和に入っての創業でも有形文化財に指定されている建物を持つ旅館も対象にしようか、辞めようかと思案中です。

今になれば一番の難点は、この宿は旅籠宿かそれに近い旅館だと思っても、一人では泊めてくれない旅館が結構多くて、家内の協力も期待できないしと困ったものです。

そんなんで、この恵比寿屋さんも宿泊対象になりますので、新年早々に古座の町並と一緒に訪ねたいですね。

孫右衛門 12月30日(水) 17:30
恵比須屋旅館はご夫婦で経営されていますが、私の代でお終いといわれていました。
この旅館がなくなってしまうと、近代的な観光旅館が1軒と、この旅館のそばにある日帰り入浴施設があるだけの温泉地になります。そちらには多くの車が停まっていました。

一人では泊めない、または条件付というのは日本式旅館の最大の難点でしょうね。これでは風情を楽しもうとこだわりを持つ客、また外国客の一人客もシャットダウンすることになります。
恐らく食事の段取りや客室の効率の問題があるのでしょう。
私が旅館を選ぶときも、どうしてもネットで検索に上るものに限られてしまいます。
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1500: 沼島(南あわじ町) 万訪 12月26日(土) 11:21
昨夜、仕事納めの後、夜通し走って淡路島に今朝着き、今沼島に渡っています。

万訪 12月26日(土) 11:24
淡路瓦による本瓦葺が特徴です。

万訪 12月26日(土) 12:13
はじめとらえどころがなかったんですが、尾根を越える集落の処が見応えありでした。☆3.6なので4にしちゃおうかな

Yasuko 12月26日(土) 19:10
今、記事を拝見してびっくりしました、東京から夜通し走ったんですか。すごい・・・
この後どちらへまわられるのか・・・未知ですね

七ちょめ 12月26日(土) 19:19
万訪さんはもう仕事納めですか。その直後に兵庫県沼島。恐れ入ります。

25日〜26日と伊勢市・鳥羽市を少し廻りました。泊った宿は伊勢市の紅葉軒、訪ねた町並と集落は、万訪さんの訪ねられた所の追っかけです。鳥羽一丁目から鳥羽2丁目、そして答志島の和具集落と答志集落を訪ねました。
まあ、チョットひいき目にみて、私の町並指数で40でしょう。

時間があるので近鉄特急に乗らずに、全て急行と鈍行で済ませました。
万訪さんが云われていた「松阪牛の肉まんじゅう」を食べようと、鳥羽市と宇治山田で探したのですが、簡単に見つからなかったです。伊勢うどんで済ませました。

Kさん 12月26日(土) 19:47
皆さんの行動力に「びっくりぽん」です。今日は京都・南座の吉例顔見世興行が千穐楽(こんな字を使うのですね)ということに気が付き、午後から南座の「まねき」を描きに行きました。日暮れが早く寒い思いをしました。


七ちょめ 12月26日(土) 19:58
伊勢市のこんな旅館で泊まりました。伊勢らしい店構えの旅館でした。
ビックリしたのは、形態は普通の旅館並でした。宿泊者は12〜13人もいたでしょうか。宿の若女将は殆ど満員状態と云っていましたが。大女将に部屋を見せてもらうと、結構良い部屋には宿泊客を入れていないようでした。
大女将は前日には一切顔を出しませんでしたが、宿泊客を送り出すときには着物姿で化粧をして丁寧に挨拶していました。

この宿間口は狭いですが、奥に奥にと部屋が続きました。

それから答志島は和具と答志を分けて掲載しようと思います。集落の特徴は同じ様ですが、少し距離が離れていますので分けようと思います。

万訪 12月26日(土) 22:17
Kさんは南座、七ちょめさんは伊勢ですね。
伊勢の旅館は古い建物なのでしょうか。ぱっと見、現代風に見えたもので。さすが伊勢は一級の観光地、昔ながらの旅館が存続しているんですね。

私の方ですが、明日は家島諸島、明日夜は日生に泊まり、明後日は頭島と大多府島を歩く予定です。

孫右衛門 12月26日(土) 22:24
万訪さんのフットワークは驚きます。つい先日志摩の島々を訪ね、今度は淡路島ですか。
七ちょめさんもすぐに追いかけられるという連携プレーですね。
私はお二人ほどフットワークは軽くなく、また繁忙期が始まってますます探訪から遠のく時期になりますが、今年は年末年始休暇がすこし前倒しになりますので、明日から紀伊半島南部を中心とした探訪に出発します。
明日は移動だけで、探訪するのは実質28・9日です。和歌山県なのに東北辺りを訪ねるほどの遠さです。この地域は鉄道旅行でも訪ね、数年前には業務で何度も往復させられたので、その遠さは身に沁みています。


七ちょめ 12月27日(日) 09:45
この泊った紅葉軒という宿は、明治30年創業でその時の建物です。代々熱心に旅館業を続けて来れれたのでしょうね。柱を見ても30〜40年程度の経過と見られるのですが、実は柱の表面に判らないように板を張り付けていて、その内側は古い柱なのです。
パット見は新しく見えますが、古い所を探して良く見ると各所に130年は経過した痕跡が見える旅館でした。
道に面した部屋と指定しての宿泊でしたが、窓は全て2重窓になっていて、案内されて部屋に入った時には暖房も入っていました。夜中の自動車の音も気になりませんでした。
この宿古い建物にしては上手く改造されているのか、赤ちゃんやお子さん歓迎と宣伝しているのです。この位の古い宿では襖の仕切りが普通ですが、この宿は完璧にお子さんの声が遮断されるような仕組みになっていました。隣との仕切りは押入れが、廊下との仕切りは控えの間が設置されていました。部屋に洗面台は備わっていましたが、トイレは無かったです。でもウオッシュレットになっていてどの部屋からも近いように、全館でトイレが2ヶ所ありました。
誰も泊めていない、上等の部屋がありました。松風の間・高砂の間と翁の間がありましたが、
価格を高く出せばこの部屋に泊めるのでしょうね。でも部屋からの眺望は町中で中庭も無いのでダメです。
外国人に対応していないのか、英語・中国語の表示が一切なく、当日の宿泊客12〜13人全て日本人でした。
正面から見て一階の右の部分は今では食事場所になっています。少し前までは喫茶店・食堂として営業されていたようでした。

鳥羽のこの画像の町並。万訪さんの写真は夜でしたが、昼の写真です。
この所まで位までは歓楽街の様子はないのですが、この奥になると完全に以前は賑わった歓楽街ですね。偶然スナックらしい店から出てきたママらしき人に話しかけると、今は寂れてしまった空地ばかりと嘆かれていました。もう40年もここで営業しているがとのこと。
お客はどんな方と聞くと観光客とのことでした。かっては遊郭だったのと流石に聞けませんでしたが、まあ遊郭の後に繁栄した歓楽街だったのでしょうね。でもこの辺りに多い宿泊施設は大型になり、お客がホテルや旅館から出なくなって、この歓楽街も寂れて行ったのでしょうね。

Kさん 12月27日(日) 12:17
昨日、私が南座の「まねき」を描きに行ったいきさつは以下の通りです。

オリンピックに向けた国立競技場がA案に決まり隈研吾氏がテレビに出ていた→氏の紹介で歌舞伎座の話が出た→万訪さんを思い出し「生まれ変わる歴史的建造物」の本を引っ張り出した→歌舞伎の連想で、そういえば毎年12月に描いている京都の南座の「まねき」を今年は描いていないことを思い出した→ネットで検索すると吉例顔見世興行は26日が最終日と知った→外を見ると良い天気…以上でした。

「風が吹けば桶屋がもうかる」式の展開です。役者名に多少の変化はあるかもしれませんが、毎年同じ風景です。着物姿の外国人観光客が多いのが今年の特色。寒いのと建物の前のバスが邪魔になるのは毎年のこと。我ながらこんな場所でスケッチするのも物好きなことだと思います。

万訪 12月27日(日) 17:05
紅葉軒はなかなか気の利いた宿のようですね。古い建物を現代の要求に合わせて上手に改修して使っている。泊まってみたくなりました。
Kさんのいう南座の「まねき」っていうのが何のことかわからなかったですが、ネットで調べてわかりました。南座恒例何ですね。しかし、新国立競技場から「まねき」にたどり着くとは面白い。

当方、今日は家島と坊勢島を歩きました。アップダウンが激しくて疲れました。今夜は日生です。
画像は家島真浦港。造船の島というところが見所かな。

万訪 12月27日(日) 17:08
坊勢島。海岸線に平地が少なく、集落は台地の上部を埋め尽くすようにけいせいされていました。☆3かな?

万訪 12月27日(日) 17:13
万訪 12月27日(日) 17:08
坊勢島。海岸線に平地が少なく、集落は台地の上部を埋め尽くすようにけいせいされていました。☆3かな?

七ちょめ 12月27日(日) 22:31
家島群島の中で坊勢島しか訪ねていないですが、活気がある集落とおもいました。
今でも漁業で栄えているようです。
でも、集落探訪は相当な体力が要りますね。急な坂を登ったり下りたりの繰り返し。
尾根伝いに移動すると、距離は短いですが急坂ばかり。一旦海岸沿いの道に降りると、距離を長く歩かないと目的の所に着かない。
急坂で細く、橋のように細くなった部分で、一人で歩くのもどうかと思う細い道を、バイクで二人乗りして走り去った若者がいてビックリしました。
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1499: 神島 万訪 12月23日(水) 11:21
七ちょめさんも来週伊勢に行かれるのですか。二見の旅館は僕も泊まってみたい。そしてやっぱりこのエリアは町並みの見所が多いですね。

今、神島から書き込んでおります。なかなかいい島でした。下見板張りと赤瓦。そしてカラフルな町並み。佐久島とは対照的です。漁業がかなり盛んなようです。

万訪 12月23日(水) 11:22
佐久島は黒一色だったですが、こちらは色とりどり。耐候性の高い塗料何でしょうね。

万訪 12月23日(水) 11:23
古そうな商店がありました。

万訪 12月23日(水) 11:33
船が着く30分前、待合所から集落全域に聞こえるように放送で、人の名前を次から次へと読み上げている。何なのか尋ねたら、到着する荷物の宛名だそうです。船より先にファックスで届くので、取りに来てくださいと読み上げているんだそうです。小さな島ならではですね。

Kさん 12月23日(水) 14:09
万訪さんは「この年末の忙しい時に島巡りか」と思いながら読んでいました。あとで今日は祝日だったと気が付きました。土日も祝日も平日も区別がつかなくなっています。

神島は「潮騒」の舞台となった島でしたね。そのあたりに行ってみたいなあ。

七ちょめ 12月23日(水) 16:34
宅配便などで送られてくる荷物でしょうね。営業の品もあるでしょう。
○○さん、○○さんと名前を呼んでいる。都会では考えられないおおらかなことで、話を聞いていて心が和みます。

万訪 12月23日(水) 17:13
神島ならではでしょうね。

ところで次に訪れた答志島はかなりよかったですよ。なんて言ったらいいかな。椿泊に道をもっと狭くして面的に広がっているイメージ。七ちょめさん、鳥羽まで足を運ばれるのならぜひ!オススメです。答志島には3つ集落があって、答志と和具は船も両方に立ち寄りますし、歩いても10分強。両方の集落歩いて1時間半です。一方、島の反対側に桃取と言う集落がありますが、ここは歩きませんでした。
私の評価は密集度で☆一つアップしちゃいますが、
答志☆☆☆☆
神島☆☆☆
和具☆☆
となりました。画像では中々良さが伝わらないかも。

万訪 12月23日(水) 17:16
答志

万訪 12月23日(水) 17:17
答志2

七ちょめ 12月23日(水) 20:20
答志島を訪ねるのは時間的には十分可能です。
一部不安がありますが、それは泊る旅館で十分写真が写せるかどうかです。
そのために他の宿泊者が来ないうちに着いて、写真を撮らせてもらう。または宿泊者が出発するのを待って写真を撮らせてもらう。
そのことがうまくいけば、答志島をたずねるのは十分可能です。
答志島を訪ねられれば良いのですが。

万訪 12月24日(木) 08:49
旅館の写真が撮影できるのはお客がいない時間ですものね。余裕があれば訪問してみてください。13:20発で十分間に合います。港は鳥羽駅から10分です。
神島、答志島は漁業が盛んですから、まだまだそう簡単にはなくならないし、建替えも容易にできないので、今の町並みはしばらく維持されるでしょう。

七ちょめ 12月24日(木) 10:46
13・20分鳥羽マリンターミナル発の市営の船がありますね。和具・答志に約2時間15分程滞在し、16・10答志発の船で帰れば、良いことになります。
そこで、今の私の思いは。
旅籠宿で泊るで、伊勢市で対象となる旅館は4軒程あります。やはり伊勢です。飛び抜けて多いです。麻吉旅館・麻野館・紅葉軒・山田館と創業の順に並べたものです。そうすると星出館の創業は昭和初期ですのでまず対象外になってしまいます。
これらの旅館を楽しみながら順に泊って行くと仮定すると、一つの旅館に泊って新しい町並を一つ訪ねるのを楽しむとすると、焦って早く町並を訪ねるのもどうかな??とも思いますが、歳を考えると、動ける間に早くとも思います。
高齢との葛藤をしている状態で、気持ちもあっちに行ったり、こっちを向いたりと日々いろいろです。
以上年寄りの戯言
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
1498: 鳥羽 万訪 12月22日(火) 21:42
今、鳥羽に居ります。
今日は出張で三カ所をハシゴでした。
東京→大阪→福井→京都→鳥羽
京都まで仕事で鳥羽はプライベートです。鳥羽の町で飯食ったあと、夜の町を散策。いい町並みありますね。特に裏通りですが、これは遊里でしょうね。観光で栄えた港町というところかな。

万訪 12月22日(火) 21:43
裏通りの遊里

万訪 12月22日(火) 21:44
こちらは表通り

明日は伊勢湾の神島と答志島を歩く予定です。


七ちょめ 12月22日(火) 22:36
万訪さんは今夜鳥羽泊ですか。鳥羽の裏通り??。少し前までは表の舞台だったところですね。
良い町並がありますね。明日は答志島と神島ですか。答志島は町並に関心が無かった時代に、この島に泊ったことあるのですが。

今月25日〜26日と伊勢市二見の明治27年創業の麻野館という旅館に泊ろうと思いましたが、一杯でダメと断られたので、明治30年創業の旅館ですが、紅葉軒と云う外宮に近い所の旅館に泊ろうと予約しました。その時に万訪さんが夜歩かれた鳥羽を訪ねてきます。

孫右衛門 12月22日(火) 23:09
福井と鳥羽を同日に出張というのはまた慌しいと思いましたが鳥羽は寄り道でしたか。
鳥羽は古い町並があるとリストアップしていたところです。町も商店街の活性化を兼ねて古い建物を活用しているとかいう話を聞いたことがあります。
見応えのある建物が残っていますが、夜景で見ると何ともいえぬ格式を感じます。

万訪 12月23日(水) 13:43
改めて日中歩きました。やっぱり遊郭で間違いないですね。自分のサイトの「全国津々浦々遊里リスト」にも「鳥羽町遊郭、鳥羽駅下車」って書いてありました。
pw126236050155.12.panda-world.ne.jp
1497: 静岡県の宿に泊ってきました。 七ちょめ 12月15日(火) 16:49
今回は宿の名前を出します。掛川市横須賀宿の八百甚旅館です。
まあ建物は古いですが、料理や風呂、トイレなども良く、エアコンも完璧でした。
価格の割にビックリです。あちこち撮らせてと頼みましたので、宿泊代も上乗した価格にして支払いました。最初にびっくりしたのは料理です。家庭料理では無かったです。会席料理かと思いました。

万訪 12月15日(火) 21:15
綺麗に手入れされている宿のようですね。素晴らしい。横須賀は、工場など地元企業とかある場所なのでしょうか。そうでないとこのような料亭旅館が続いているとは思えません。
ここは私も家族でぜひ泊まってみたいです。


七ちょめ 12月15日(火) 21:38
健全な営業が出来ているかは図り知れませんが、この表の建物のずーと奥に、エイトという小さなビジネスホテルや同名のスナックを営業されています。
当日の古い方の旅館の宿泊客は私一人でしたが、ビジネスホテルの方は判りませんし、スナックもどの程度の賑わいかもわかりません。
バブルが弾ける前までは、大変賑わって居たのですが、今では人も企業も少なくなりと嘆いておられました。
まあ、割烹・料理旅館と看板に有るので、それなりの料理をお客に提供しているのでしょう。
でも、泊った部屋からトイレまでは暗い廊下を曲がり曲がり延々と歩かないとダメだし、段差もあり大変ですよ。風呂はビジネスホテルと共同のようで、小さな温泉旅館のようで良かったです。温泉じゃないかったですが。
そうそう、何より良かったのは布団です。このような古い形態の旅館では、木綿布団が多いのです。中には重くて重くて息苦しいと思えるのもあります。
チョット良いのでポリエステル綿の布団です。まあ、この程度がこのクラスの旅館の布団でしょうが、この宿では羽毛布団でした。
今では、世間一般の旅館では今や羽毛布団になっていますが、私の選んで泊る古い旅館ではまだ羽毛は極少ないです。
私の行く団体の観光旅行で、ポリエステル綿の布団が出てくるようなら文句が噴出するでしょうが。

孫右衛門 12月15日(火) 23:50
大須賀の町並は2009年の正月休みに訪ねています。やはりこの旅館が一番印象的で1枚目に載せていますね。
オフ会にも適した宿です。このような旅館はいつまで続くか判りませんので、オフ会の時の旅館選びは綿密に詰めたいものです。

七ちょめ 12月16日(水) 16:52
もうオフ会の会場の話??
この画像の宿は??

万訪 12月16日(水) 22:28
河崎のこの宿もいいなぁ。もう一つの候補に麻吉!
伊勢オフ会そろそろあってもいいですよね。

孫右衛門 12月16日(水) 23:31
私も伊勢は機が熟して来た感があります。
ただ、来年の場合ちょっとした問題がありますね。6月に入った方が無難と思います。
まあ今から決め付けるのもどうかと思いますので、年明けからぼちぼちと絞込みを楽しみましょう。

太泉八雲 12月17日(木) 00:21
久々の書き込みですが、伊勢の麻吉に一票です。

七ちょめ 12月17日(木) 10:55
まだ早い話ですが、麻吉旅館での宿泊は今回の幹事役大阪組の二人にとってはメリットが殆ど無いのです。出来ることなら避けて通りたいことです。翌朝の探索でも河崎までは歩いていける距離ではありません。
伊勢市の宿泊で我々向きの宿は、麻吉旅館、山田館、星出館の三つがあります。
麻吉は上記の理由、山田館は先日確か万訪さんが泊まられたと思います。となると残るは星出館のみになります。

只、星出館は最近夕食を出すのを休止されています。誰かが体調を崩したのでしょう。来年6月には回復されているかも知れませんが。

そんなんで、泊るのは星出館。そして翌日の昼食を麻吉旅館でするという案は??
麻吉旅館に電話すると、一番よい部屋の「花月の間」での昼食はOKとのこと、館内の案内も可能とのこと、

価格も3000円以下でもOKとのことです。

5月には伊勢志摩サミットがありますので、多分今年は6月初旬しか日時は無いとおもいます。

● もう一つの案として、大阪の飛田新地の「鯛よし百番」? だったかなで夕食を食べる方法も。
この場所へ夜間少人数で行く勇気はないので、皆で乗り込み食事をして、別の場所で泊る案。
面白半分で試したらとも思います。

七ちょめ 12月17日(木) 18:18
先の話で申し訳ないです。Kさんから麻吉旅館でも良いよとの連絡を頂きました。
それじゃ、私も麻吉旅館での開催に同意し、麻吉旅館に決まれば麻吉旅館にしましょう。
ただ、一番見どころの、河崎や内宮前の町並を朝の朝食前の探索とは距離的に行きませんので、朝食後にするか、車を利用しての朝食前にするかの問題が残ります。

まあ、まだ半年も先のこと、十分に検討しましょう。

Yasuko 12月17日(木) 21:45
具体的な案、「鯛よし百番」は是非一度はいってみたいですね。

麻吉旅館も文句はありません。どんな豪華な部屋でも一人だけポッツンと離れた部屋は嫌ですのでそれだけはお願いします。

山田旅館は三階建てなので泊まってみたいランクに入れています。


万訪 12月18日(金) 05:43
私が泊まったことがあるのは、麻吉旅館と星出館で山田旅館は泊まっておりませんよ。ですから山田旅館に泊まってみたい気持ちはありますが、オフ会では初めてどうこうというこだわりはありません。

七ちょめ 12月18日(金) 08:45
Yasukoさん、脅かすようですが麻吉旅館で一部屋一人で泊るのは大変勇気が要りますよ。恵まれた卯之町の松屋旅館で怖いと逃げ出されたことから見てもとても一人では無理と思います。
「花月の間」で全員泊れば大丈夫。でも 女性だしね。

万訪さんが泊まられたのは麻吉旅館と星出館でしたか。山田館と間違え申し訳ありません。

まあ、来年2〜3月頃までは日時や開催地も決めずに、時々あれやこれやと云って楽しみましょう。

Kさん 12月18日(金) 08:47
鬼が笑いそうな話の展開にちょっと戸惑っていますが、私としては宿は山田館でも麻吉旅館でも構いません。それよりも、問題は開催時期でして、実は5月23日から28日まで大阪・マサゴ画廊で第10回個展を予定しており、この時期だけは避けてほしいとお願いする積もりでした。しかし、ちょうど伊勢志摩サミットの開催期間(26,27日)と重なるので、伊勢でならこの時期の開催はないと、変な意味でほっとしています。

Yasuko 12月19日(土) 14:11
七ちょめさん、お心遣いありがとうございます。「花月の間」で全員泊れば大丈夫・・・もう卒業してるので合宿の気分でワイワイがやがやのほうが好きなので、ビップ待遇はしないでください。

確かに古い遊郭にひとりポツンと泊まるのは、ご遠慮したい気分だったのでそこのところ宜しく・・・

伊勢だったら近鉄が便利なんですか。
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