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1606: 上関の二集落 孫右衛門 9月19日(月) 21:56
この連休は先週のこともあり加えて連日悪天候のため、特に探訪予定もなく更新作業を進めようと思っておりましたが、やはり一切どこにも行かないというのは耐えられないようで、今日は雨の止み間を上手く突いて、山口県上関町の長島にある二つの集落を手早く訪ねて来ました。
これは万訪さんの先日のレポートを見てのものです。四代と白井田という集落でしたが、特に後者は斜面上密集漁村集落、平地の路地風景という2つの顔を存分に見ることが出来ます。町並度6は十分と思いました。

半日あれば行って来れるところですが、まだまだ知らない事も多いものです。近くには平郡島もありますので。

孫右衛門 9月19日(月) 21:59
万訪さんもレポートされていたと思いましたが、白井田集落では祝島と共通の練り石積を壁に用いた家屋が数棟見られました。

七ちょめ 9月20日(火) 09:02
孫右衛門さんが、近場の古い町並を探して訪ねられる努力には敬服いたします。
また、瀬戸内から山陽・山陰・中国山地は西廻り航路の北前船のもたらした影響が強く残っているのでしょう。経済活動の蓄積・文化の継承が凄かった様子がひしひしと感じられます。
中国地方や瀬戸内は経済活動の歴史の蓄積の一番の宝庫でしょうね。

urano 9月20日(火) 20:16
半日で瀬戸内の島旅に行けるというのが、とてもうらやましいです。
2枚目の写真の家は屋根が傷んでいるようですね。
いつまでも大切に伝えてもらいたいものです。

孫右衛門 9月20日(火) 21:31
昨日訪ねたところは、万訪さんが訪ねられたのを見て訪ねる気になったもので、そうでなければずっと訪ねず仕舞いになっていた可能性があります。
近場と言っても交通の便は良いとはいえず、2時間はかかりますので、こういう中途半端なところは後回しになりがちです。
uranoさんで最近驚いたのが沖縄を大量にUPされていますね。離島が充実していますし、あれは相当滞在するか何度も訪ねないと訪ねきれないですね。
私もぜめて渡名喜島と伊是名島は訪ねたいのですが。

万訪 9月20日(火) 23:33
祝島は特殊な練塀の集落です。でも、その島だけというのは、それはそれで不思議。長島にも探せばあるかもということで見つけたのが白井田集落でした。孫さんにも認められて町並み度6は、見つけたものとして嬉しいですね。
さて、七ちょめさん言われる北前船の港町。その前の西廻り東廻り航路を含めて港町を、先週末リストアップしてました。
※リストをコピペしたら大変なことになってしまいました。大変失礼をいたしました。


urano 9月21日(水) 00:10
孫右衛門さん、もしも長島のような風景が湘南あたりで見られるのであれば、関東地方では確実に優先順位の高い探訪地になります。
そこが後回しになるとは、それだけ瀬戸内は町並みの密度が濃いということなんですね。

沖縄はめったに行ける場所ではないので、「もう二度と行かなくてもいい」というくらいの思いで、9日かけて一周してきました。2年以上も前のことです。渡名喜島は集落も大きくて見ごたえがありました。

万訪さん、こうしてリストアップされると壮観です。青森県では川内も歴史的な港町だったのですか。実は先週末、この付近を旅していました(詳細は後日)。祭礼のため迂回路を示され中心街は通りませんでしたが、失敗でしたね。



万訪 9月21日(水) 05:16
祝島周辺は濃いですね。帆船時代に栄えた痕跡と気候風土に対する造り。まだ、八島と牛島にもいい集落がありそうです。
海道の町をピックアップしたら、下北半島から北海道太平洋側にかけても北前船の港町があったことがわかりました。日本海側だけだと思ってましたが、、、。また行かなければならず、ガックリ&嬉しく思ってます。

孫右衛門 9月22日(木) 07:45
私も以前「北前船おっかけ旅日記」(無明舎出版)という本を読んで、北前船の寄港地は思っていたより非常に沢山あったことを知りました。
北前船の航跡を辿るといったテーマも面白いでしょうね。
万訪さんがここ数年で瀬戸内の島を徹底的に訪ねられているので、私も逆に助かっています。

孫右衛門 9月22日(木) 08:54
そういえば今この本をパラパラと読み返していて、「上関郷土史学習にんじゃ隊」の存在はこれを見て知ったことを思い出しました。
p351174-ipngn200405niho.hiroshima.ocn.ne.jp
1605: 奈良県の探訪 孫右衛門 9月12日(月) 21:32
土曜日に奈良公園内で行われるライブに参加するのを足がかりに、1日半ほどを町並探訪にあてました。新規訪問は近鉄奈良駅より北側の界隈一帯、橿原市の伊勢街道沿いと近鉄橿原神宮前近くの見瀬町、五条市野原町界隈。それに奈良町や橿原市八木町・今井町、五条市新町界隈の再訪でした。また、レンタサイクルで早朝奈良公園界隈を走っていると、東大寺の南側当りにも隠れた町並を見つけましたので、こちらも恐らく掲載する予定です。
八木町の街道の辻にある旅籠が改築され、一般公開されていました(写真右側)ここは今井町の陰に隠れてか、良い町並なのに全く手付かずなのが貴重でありまたもったいなくもありました。

孫右衛門 9月12日(月) 21:46
東大寺南側(というより西側)の町並

孫右衛門 9月12日(月) 21:48
帰りは五條から橋本に出て、南海電鉄で帰路に着いたのですが、幸か不幸か橋本で多少接続時間がありました。
うわさには聞いていましたが、町家建築の並んでいた商店街は文字通り跡形もなくなっていました。

孫右衛門 9月12日(月) 21:54
更地となったところに仮設店舗で営業されている姿もありました。
これだけ根こそぎなくなっているなら、私の町並ページはむしろアーカイブとして今のままにしておこうと思いました。
ちなみに、駅前付近の古びた雑然とした界隈、それから時間の関係で足を向けませんでしたが、消えた商店街を過ぎた川向こうは残っているように見えました。

万訪 9月12日(月) 22:52
これは衝撃ですね。なんでここまで区画整理する必要があるのでしょうか。私には全く理解が出来ない。災害のあった町のようです。

こうなると日本の集落町並みを見尽くさなきゃならない気持ちに駆られます。

現在リストアップしている数が、3177ヶ所。今日現在で2438ヶ所。来年いっぱいまで島旅が続きますが、その後からリストアップした未踏地を全て行こうとしたらどうなるか試算しました。今までのペースの年間平均を取ると129ヶ所/年。西日本が多く残っているので、年間100ヶ所として試算すると、60歳になる2024年に達成されます。

まだまだと思っていましたが、そろそろ昔みたいにコンプリートの旅を始めようかとも思い始めています。追っかけテーマの完結も大事にしたいし、どうしようかなぁ。

孫右衛門 9月12日(月) 23:26
後ろめたさがあって書かなかったのですが、まさに万訪さんの通り災害後の町並のようだというのが眼にした正直な感想でした。
恐らく、路地も狭く古い建物が密集しているし、自治体も商店主たちも厄介なものという認識しかなかったのでしょう。
この橋本は、偶然ネットの情報で得たのでしたが、ここまで極端なものではなくとも、再訪すると負のものも含めて必ず新たな発見、認識が再構築されます。
やはり訪ねるところは尽きません。

辰巳屋 9月13日(火) 06:44
橋本の本町商店街は再開発で古い町並みのあった商店街は消えたのですか。たしか木造3階建ての料亭やまちなみ博物館という交流施設もあったと思いますが、残念です。

「橋本市旧大和街道沿いの歴史的町並みに関する研究〜建築物の現状と所有者の意識に関する考察〜」というレポートがあるのですが、それによれば、商店街としての活気もなく、年配の方がよく目につき、古い建物は保存されずに、取り壊されるのを待っている。歴史的町並みを保存しない背景に、まちに活気がなく、建物所有者が年配の方であることが原因であると考えられる。
まちへの歴史への意識が少なく後世への継承の意識がないことから、建築物を残すという意識がない。この原因に跡継ぎがいないことなどが考えられる。

「住民の歴史的町並みに対する意識が低いことが最大の問題であり、(略)これにより、後世への文化的継承さえもが、一度途絶えてしまう危機にある。」と結論付けています。

しかし、跡形もなく整理事業を実施するとは、思い切ったことです。

七ちょめ 9月13日(火) 09:10
奈良の遺跡でのライブ 楽しみましたか。良かったようですね。

橋本市の古い町並は綺麗に無くなっている。ここまでくると見事。
この橋本も、大阪市内への通勤圏ぎりぎりの所ですので、古い街道筋に建ったと思われる家屋も、全くの住宅街の様相ですね。新規開発の住宅地と全く同じ。

万訪さん やりたいことが多い。これもやりたい あれもやりたい 結構 結構!!

集落にしろ、古い町並にしろ、時間との勝負だから先の延すのはそれだけ価値が落ちますので、何時になっても 訪ねるのは ”今でしょう”。

古い旅館など、昨年まで営業していたのにと云うのが…… 当たり前のことになりつつあります。  これも訪ねるのは ”今でしょう” の世界です。

万訪 9月13日(火) 10:29
ホントやりたいことが多すぎる。どこでまとめに入るべきか悩みます。所詮、研究じゃないのでまとめようと考えることが間違ってるのか。
僕には、七ちょめさんのようにご高齢でも全国を飛び回るようなことは、そいでありたいと望みますが、出来る自信がありません。本当、先輩方は凄いです。
島旅でも一区切りつけるのに、これだけハイペースでやってて3、4年かかりますし、遊里の時もそうでした。コンプリート目的で片っ端から片付けようとすると、テーマがボケるし、荒っぽくなる。5年で500カ所と考えると、何に時間と金を注ぎ込むべきか、ちゃんと考えなければなりませんね。趣味を継続するのは大変です。

孫右衛門 9月13日(火) 21:25
辰巳屋さんの引用されている論文、何時頃発表されたかはわかりませんが零細な商店、それも経営者が高齢者ばかりでは、外部の力による更新をむしろ望んでいる。今のままでは発展性もなく後退するばかりだという認識なのでしょう。
確かに以前の商店街からはその雰囲気が感じ取られました。そのような住民とそれを取り巻く自治体だけでは、建物の保存という考えは選択肢には微塵もなかったんでしょうね。
しかしここまで見事なのは他には知りません。何やら潔さすら感じます。
少し話題を変えて、これは奈良少年刑務所です。以前から一度見たいと思っていたのですが、ちょうど入所者の作品展が行われていて大勢の人でした。しかも現役の刑務所としては間もなく幕を閉じるとのことで、建物がどうなるのか気になるところです。
万訪さんのストイックさは、適当な私には真似はできませんね。それが日常業務へのバネにもなっているのではと思います。

太泉八雲 9月13日(火) 22:11
孫右衛門さんの「奈良で衝撃的な光景」とあったので、もしかしたら「大和郡山」あたりかな?と思いましたが、橋本でしたか。

橋本も2〜3度訪れていますが、町並み写真を探してみると...無い。
結構、枚数を撮った記憶があったのですが、無い。こ、これは....。

と、ふと思ったら、橋本は奈良県ではなくて和歌山県でしたね。写真も無事残っていてホッとしました。

しかし、橋本の衰退はかつての藩政時代から明治期の交通体系が大きく転換して、和歌山、奈良、大阪圏のどこに属しているのか不透明で宙に浮いた存在にあるかも。
一気に区画整理と再開発を行ったところで、どこの都市圏のベッドタウンになりうるか。なりうるならば、もっと早い段階でその兆しが見えていたかも知れませんね。

話は変わって、万訪さんの言われるコンプリートの旅。

私はもうそれは卒業したつもりでいましたが、最近やはり酒蔵巡りで気がついたら再燃していました。

これも、町並みと、そして七ちょめさんの行われている「旅館・旅籠」巡りと同様に、日々衰退・廃業の一途をたどっている中で、「いつやるの?、今でしょ!!」であります。

孫右衛門 9月14日(水) 00:06
和歌山県では和歌山市周辺とは別に、紀ノ川沿いの最奥に位置する橋本市が南海電鉄によってストローのように大阪の通勤圏になっているようですが、その象徴が田園林間都市ですね。一方昔からの市街地もこうして容赦なく更新するのですから、大阪近郊都市として変貌させようとする魂胆があるのでしょうか。
奈良盆地南部あたりでも近鉄で大阪と直結しているところとそうでないところで差があるように感じますね。桜井線沿線は長閑な大和盆地の片田舎ですが、橿原市あたりは古い町並が残る地区を除いて大都市近郊の雰囲気です。そしてまた五條あたりになると、その匂いが全くしなくなりますので。

urano 9月14日(水) 23:25
橋本は、私が行こうと計画したときには、すでに歴史的な町並みが消えていました。
2002年には『橋本の町と町家』という詳細な調査報告(調査自体は1999年開始)が刊行されたので、「近いうち重伝建になるんだろう」と思っていましたが、とんでもない! 残された町家を記録し、心置きなく区画整理するための調査報告だったんです。
逆にいえば、報告書にもとづけば、いつでも町並みを復原できるということにもなるのですが。

ちょっと話がそれますが、先週末、福島県の大内宿と前沢で開催された「全国町並みゼミ」に参加してきました。
そこで、新潟県村上市の町人町の保存を牽引されている方に出会いました。その方の話では、20年近く前の町人町は俗にいうシャッター通りだったこともあり、住民の95%が道路拡張と町並みの改造を望んで要望書を提出したのだそうです。しかし、残り5%の中から「古いものこそ価値があるのではないか」という声があがり、とりあえず道路拡張は回避。その後、修景事業(黒塀プロジェクト)がはじまり、現在では重伝建の選定を目指した運動が本格化していると仰っていました。

このような意識の変革は、若干の時間差はありますが、全国各地で見られると思います。大規模開発は一過的なものであるし、近年の旅行ブームや、将来的なインバウンドの増大可能性から、歴史景観を大切にしたほうが経済的には有利だろうという認識が広まっていると感じます。
実際、重伝建の選定数も2000年代後半から増えています。
(※ただし重伝建の選定は、準備・調整も長期間に及ぶため、意識変革を示す指標と言い切れない部分もあります)

場所により、1軒、また1軒と空き家が増えたり、耐震・耐火性の問題から、少しずつ町並みが変質していくことは、ある程度仕方のないことと思います。
しかし、橋本のように歴史景観を意図的にごっそりなくすのは、20世紀までの発想なんだろうなという気がします。

長文失礼しました。

万訪 9月15日(木) 13:47
われわれの活動は町並み保存には大変役立っていると思いますよ。実は、日本人より外国人の方が興味持ってる。サイトも英語にした方が良いのでしょうね。

孫さん、奈良少年刑務所行かれましたか。すごいでしょ、残り方が。法務省で発表していますが、利活用する方向で検討が進んでおります。

七ちょめ 9月15日(木) 18:31
奈良少年刑務所の門 なんか違うなあと見ていたら、孫右衛門さんの写真は門の内側からでした。
通常は入れませんので。貴重な写真です。
私の摂ったのは2003年とありますので、随分前ですね。

Kさん 9月15日(木) 21:29
奈良県や橋本市は馴染みのある地域だけに私も論議に参加したかったのですが、たまたまパソコンがダウンし、修理に出していたので、タイミングを失いました。パソコントラブルはマイクロソフト関係のソフトの不具合とかで、立ち上がらなくなりましたが、おかげさまで大きな影響なく、リカバリーできました。お気に入りのリストとがなくなってしまいましたが・・・。

18日にグループで奈良少年刑務所周辺にスケッチに行くことになっています。11日と12日は作品展が開かれていたようですが、今回が最期に作品展みたいですね。本館をホテルにする案もあると新聞で読みました。以前スケッチに行ったとき、門から内部を覗いていたら、守衛さんに「面会ですか」と聞かれました。年齢のこともあり「入所希望」とは言えませんからね。塀の外から描いた本館です。

七ちょめ 9月15日(木) 21:38
今日 中秋の名月です。撮った写真です。

孫右衛門 9月16日(金) 07:14
奈良少年刑務所は当日大変人が多かったですが、今は現役なのでこういうときしか敷地内には入れないですね。ただ、門は一応撮影できましたが、本館周辺は人が写るため無理でした。ちょうど杉良太郎氏などが来られて挨拶をされていましたので。
ホテルとして活用する案があるのですか。
uranoさんは町並ゼミに参加されていたのですか。私はかなり前鞆で開催された時、最後の総括会みたいな部分のみ傍聴しました。このような活動で町並保存の気運が高まれば言うことなしですが、実際どうなのでしょうね。
言われるように、橋本の再開発は高度成長期やバブル期的な発想ですね。最近の流れなら、全てとはいわなくとも曳き家で残すといった手段もあるはずです。それだけ住民の意識も低かったのでしょう。
p351174-ipngn200405niho.hiroshima.ocn.ne.jp
1604: 新潟県・長野県の宿 七ちょめ 9月10日(土) 09:35
写真は長野県小谷村小谷温泉山田旅館の夕景の一部です。
新潟県上越市の直江津駅前の駅前旅館附船屋と小谷温泉山田旅館に宿泊してきました。
山田旅館の対象になる部屋は余りに多くて、思うように電気を点けてとは言えなかったです。
この写真から見ると古い古い旅館のように見えますが、内部は大変綺麗に改装や改修がなされていて、快適に過ごせるのにはビックリしました。
何度も訪ねて行きたいと思う温泉旅館でした。
江戸期の建物も立派に残っていましたが、平成26年11月26の震度6の地震で少し傷んだので、今は客室として使ってないとこことでした。
でも、頼んで中を見せてと大女将に頼み案内してもらいました。この大女将は20代目と云うことですが、今は21代目がしっかりやっているので、自分では女将じゃないとの言い訳を何回もしていました。
この江戸期の建物の客室を見せて貰いましたが、地震で少しは痛んでいるかもしれませんが、今でも立派に客室として使える状態でした。只古い形式の建物のためトイレを近くに設置できないので、客室としての使用を控えているのだろうと思いました。
今回の行程では雨に合っても不思議でない状態でしたが、一度も雨に合いませんでした。
雨が降ったのは帰る日の電車の中で糸魚川から金沢そして福井位の間でした。
山田旅館は海抜850mだそうで、雨が降ってませんが夕方にはガスがかかっていました。

太泉八雲 9月11日(日) 08:41
おお、山田旅館はやっぱりいいですね。
以前から目をつけていた旅館でしたが、近いうちにいってみたいですね。

近況としては、とりあえず先日の山形酒蔵めぐりの旅をブログにアップしました。
今月はいそがしくて休みが無く、今日も出勤です。
また、週末は体力作りとダイエットを兼ねてジムで汗を流していたりして、ぶらり旅にも出ていません。

あと、山形で大量に買い込んできた地酒を日々飲みながら、旅の記憶にふけっていたり。

http://tztom.exblog.jp/

万訪さん、また近々飲みませんか?


七ちょめ 9月11日(日) 16:17
小谷温泉の山田館の写真ですが、奥の3階建ては大正3年建築、手前の2階建ては明治期に他所から移築したそうです。江戸期の建物はこの写真の右側にあります。一番奥に見えるベージュ色の建物は平成に入ってから建築された鉄筋コンクリート造りの3階建てです。この部屋は私にとっては対象外。
一般にこの様な建物を見ると内部は相当傷んでいると思うでしょうね。
でもこの小谷温泉の山田旅館は期待に反して、見事に整備・改修されていました。外観からはとても想像できません。
でも、流石に部屋にトイレは無かったですが、廊下に出ると最新型の設備のトイレや洗面場所がありました。
そして廊下を歩いても音がしませんでした。夜間トイレに行くのに気を使いますのでね。
月に何軒かの古い旅館を訪ねていますが、この旅館は外観と云い内部の造作といい、私にとっては評価外の温泉も食事も最高でした。そのうえ宿代もこれで良いのと思う値段でした。
その上ビックリするのは、手前の広い場所、真ん中にコンクリートの帯が奥に走っているでしょう。このコンクリートの建物側の土砂を冬前に全て取り除き温泉の流して、除雪するそうです。
この場所が池になっている写真が多く見られますので、女将に訪ねると毎年土を除いて温泉水を流し融雪するのだと云っていました。凄いことです。


万訪 9月11日(日) 18:58
山田旅館とてもいい宿ですね。実は行ったことがあるのですが、デジカメ時代では無かったからか、写真が見つかりません。何軒かが集まった集落ではないでの撮影しなかったのかなぁ。一軒でもこれだけの建物があれば立派な集落と言っていいのに。

施設も食事もよかったようですね。信州北部の未踏地とともに行きたいです。

太泉さん、相変わらずお忙しそうですね。東京分科会やりましょう! 太泉さんほどではないですが、私も忙しく、10/10以降であれば大丈夫です。よろしくお願いします。

太泉八雲 9月11日(日) 19:21
山田旅館は関東甲信越地方では今や希少となった「自炊」の出来る「湯治旅館」なのですよ。
できれば連泊したい。でも宿の豪華な夕食はちょっと...。と言うとき。
あと、連泊する時の昼食は?最寄りの食料品店まで車で20分。
でも、私が行くときは電車とバスの公共交通機関かな。食材は持ち込みかな。
東北の湯治温泉では購買部(販売部)のある旅館もあるのですが。

いずれにしても、夢と妄想が膨らみますね。

万訪さん、10月中旬ですね。了解しました。ぜひやりましょう。

七ちょめ 9月11日(日) 19:56
私が泊った日にも湯治客に近いお客さんが一人おられました。
旅館として利用する客は大体 一ヶ所に集めて、食事場所も同じでしたが、湯治客には別の食堂で料理の内容も違うようでした。自炊の料理する場所などはありましたが、湯治客は男性一人だったので、自炊するのは困るというのでしょうね。長期にわたって逗留されているようでした。泊っている建物も別の棟でした。

七ちょめ 9月11日(日) 20:22
山田旅館ではなく、新潟県上越市の直江津駅前の駅前旅館の附船屋の玄関前の雁木の天井です。
この雁木は全て個人の所有ですので、この旅館がこの様な立派な雁木の天井を造ったのです。
でも、最近は雪が少なくなり、雁木の部分にも家を建てる方が多くなっているようです。
雁木の通りの外側に歩道がありその外側に車道がありますのでね。
雁木を無くされても文句が言えないそうですが、この旅館の辺りは雁木を残そうとの申し合わせがあるそうです。
それにしても立派な雁木の天井です。

孫右衛門 9月12日(月) 00:01
小谷村付近は昨年晩秋に地震がありましたね。私も青鬼集落などを9月に訪ねた後だったので、非常に心配になりました。でもそれを乗り越え営業を続けられているようでなによりです。
それにしても、このような過疎の山間豪雪地区での元気さには色々陰の努力あってのことなのでしょう。その辺を含めて解説いただけるとありがたいです。

私はこの週末奈良県を訪ねていました。町並探訪だけが目的のものではなかったのですが、色々感じることもあり、最後には衝撃の光景も眼にしました。また報告します。
p351174-ipngn200405niho.hiroshima.ocn.ne.jp
1602: この窓は何でしょう。 七ちょめ 9月 5日(月) 19:12
この写真は新潟県糸魚川市筒石の町並です。
「いらかぐみ」の多くの方が訪ねられていますが。
右側の町並の手前から2軒目の家に、道路に接するような下の方に窓がありますね。
何のための窓か?? ご存じでしょうか。

今日の昼の番組で筒石の町並を歩いていた番組のレポーターが、中を見せてと訪ねていたのです。
筒石の写真を改めて見ると、この一軒だけじゃなく結構多くの家に、この様な窓が備わっています。 何のための窓と思われますか。

万訪 9月 5日(月) 19:53
いい問題ですね。私の写真にもいっぱい写ってました。必ず上の窓が高くて小さい!

万訪 9月 5日(月) 19:54
こんなものまで!


七ちょめ 9月 5日(月) 20:59
このお宅では下の窓が少し開いていました。
目的があって開けているようです。
明日から新潟県と長野県の宿に泊りに行きます。帰ってから何のための窓かを云います。
それまで頭の体操をしていてください。

それと私は早くから銀行関係はネットでやっているのですが、セキュリテイを強力なものにするため、あるソフトをインストールして下さいと来たのです。
セキュリテイが強力になって、万一本人の知らない間に預金などが他人に操られることが無いようにと。
殆どの買い物はネットやネットのカード使用、また銀行のダイレクトバンキングを使っていますので、普段から万一と思っていました。まあ、ネットで使う口座には多くの金額を置かないようにはしていますが。
セキュリテイが強力になると安易にインストールしたのです。そうしたらインターネット等の画面が開くのが遅くなるわ、この掲示板に投稿するにも、セキュリテイ―が甘いのであなたの情報が漏れる可能性がある。設定をやり直してくださいと表示されるのです。
パソコンが重くなったのはチョットこたえます。

孫右衛門 9月 6日(火) 22:15
昨日もこの記事を見たとき考えてましたが、どうにも降参です。
近くに蛇口や流しがあるのが多少気になります。漁具を収納する場所か何かなのでしょうか。
それにしても七ちょめさんが銀行や買い物などでネットを大いに活用されていると聞いて驚きです。私はアマゾンで時々買い物するくらいですが。後は楽天トラベルやレンタカー予約などを探訪時に活用するくらいでしょうか。

urano 9月 6日(火) 23:56
ゴミを掃き出す窓にしては大きいですね。
筒石は漁村でもあるし、中が漁具の洗い場になっていて、そのまま水を流すための窓だと予想します。
最後の写真で「目的があって開けている」のは、風を通して中を乾燥させるためかなぁ、と。
でも路面が濡れていませんね。

Yasuuko 9月 7日(水) 09:50
私も、筒石には行きましたが、わかりません。明かり取りとか、道具入れとか考えましたが何なんでしょう。

万訪 9月 7日(水) 22:03
最初はお風呂場のたき口かなぁと思いましたが、そうだとすると外から開閉できなければなりませんね。そうなっていない。
一見、通風のための地窓かと思いましたがそれも違う。その上の窓が高すぎる。
そこでいろんな写真、ストリートビューを見ていたら、一階がおやおや不思議な感じ。入口こそ道路と同じレベルにあるのに窓の高さがまちまちではないですか。そして、中には入口に階段がある家もある。
これは半地下室ですね。つまり、一階がメゾネットのようになっていて、一階の床が高いところがあって、その下が納屋になっているのではないでしょうか。木造三階建てが多い筒石では、限られた敷地の中でできるだけ床を増やそうとした結果に生まれた家の形式なのではないでしょうか。斜面にたつ密集系漁村集落で見るような形態が、さほどの傾斜でもないのに生まれたものではないでしょうか。
筒石は舟屋の残る漁村でもあります。伊根町のように船を収納する家屋の形式から発展したものかと妄想が膨らみます。何れにしても珍しいですね。

万訪 9月 8日(木) 09:00
もう1つ気になるのが、上が台所かな?ということです。窓の上にガスメーターついてる家が多い。まさか、冷蔵庫だったりして。氷室という奴。まさかね、、、

七ちょめ 9月 8日(木) 17:12
先ほど、新潟県と長野県の旅から帰ってきました。
流石に万訪さんは、建築設計の方面からの目ですね。

完全に正解です。

と云っても私が確かめた訳ではないのですが、テレビの番組で遣っていた受け売りです。
テレビでは地下室と云っていました。通気・換気と明かり取りらしいです。
明かりの大部分は電気らしいですが、一部換気も兼ねてのものらしいです。
狭い土地に、床面積を広げるために、3階建てになったり、地下室を作ったりの様です。地下室や半地下室は少々に湿気でも平気なものを収納するらしいです。

万訪 9月 8日(木) 18:24
新潟⇨長野の旅、お疲れ様でした。
筒石は漁業で相当栄えたのですね。大分県の保戸島との共通点を感じます。いくら土地がないといっても、地下室や三階建てというのは、そうそうあるものじゃないですからね。いろいろと妄想できて楽しかったです。たまにはクイズもいいですね。

urano 9月 9日(金) 04:29
七ちょめさん、クイズの解説ありがとうございました。
万訪さんのご推察もたいへん説得力がありました。
なるほど、筒石は土地が限られていて民家が高層化したのであれば、地下にも伸びて不思議ではないですね。
ただ、海岸・河口近くにあって、浸水の心配がないのか気になりました。
海抜5メートルくらいありそうなので、大丈夫なのかな??

七ちょめ 9月 9日(金) 09:06
この地の説明によると、日本でも有数の地滑り地帯らしいです。
昔の鉄道はもっと海岸寄りを走っていましたが、地滑りの多発により、今では海岸から離れた所をトンネルで通過しています。7日にこの筒石の地下深い駅を通りました。
筒石駅で降りて、長い階段や坂道を登り駅の外に出て、一人山道を海岸沿いまで1.5km程を下り集落を訪ねることも出来たのです。でもタクシーもないし帰りには山道を1.5km程登ることを考えると、時間的余裕は十分でしたが、辞めました。この辺りは年齢のためでしょうね。
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1603: 幻の「カツ丼」 七ちょめ 9月 8日(木) 18:44
長野県南小谷駅前の食堂のカツ丼。万訪さんと太泉八雲さんの推奨のカツ丼でしたが。
直江津の旅館の朝食の「おかず」だけを食べて飯類を食べずに、南小谷駅前のカツ丼に挑戦するはずで、一目散に食堂に向かいました。そうすると水曜日は定休日とありました。なんたることか。
手前の雑貨屋さんで他に食べる所は無いかと聞くと、川(姫川)を渡った所に一軒あるが、遣ってるかな??。
行ってみると、玄関は開き店の中は冷房されているのですが、声をかけても誰も出てきません。
さて、駅前に無かったら、とても食べる所など有る筈がないと、何か食料品店でもないかと歩いていると
、小谷村役場の近くに小谷村資料館と物産館がある。物産館内に蕎麦屋があることが判明し、注文したのが小の「ざる蕎麦」でした。少ししか食べる気がしないので「小のざる蕎麦」を注文した次第。


万訪 9月 8日(木) 19:26
あらぁ、定休日でしたか。カロリー調整までされたのに、残念だったですね。せっかく行ったのに休みだったり閉店だったりする経験は私もしょっちゅうあります。ガックリしますよね。
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1601: 九州の旅 辰巳屋 9月 4日(日) 06:00
先々週、夏休みを利用し妻の実家の宮崎に帰り、往路で唐津(中町・大石町・高取邸・呼子・殿ノ浦・名護屋城跡・星賀・浜玉)、伊万里(本町・船屋町・大川内山)、武雄(武雄温泉)を訪問しました。また帰路に宮崎県(都濃町・日之影町・高千穂町(三田井・河内))、熊本県では高森町(高森・津留)・阿蘇市(坂梨)、大分県では竹田市(長湯・久住・城原・玉来)・九重町(筋湯)、日田(咸宜園)、玖珠町(北山田)、福岡県では東峰村(宝珠山・いぶき館・小石原皿山)を訪問しました。

画像は、唐津本町竹屋(うなぎ屋)さんです。木造3階建で旅館かと思いましたがずっとうなぎ屋だと聞きました。城下町としての風情が多く残されているように思えますが、地元の人によると、やっと古い建物の保存に力を入れる気運が上がってきている状態で、古い建物は残り少なくなっているようです。

辰巳屋 9月 4日(日) 06:01
画像は、阿蘇の南・高千穂町に隣接している高森町の本町です。熊本地震の影響は外見的にはあまり見受けられないようでした。

辰巳屋 9月 4日(日) 06:06
画像は、長湯です。
竹田市直入町の長湯は、日本一の炭酸泉で有名です。小さな商店街とともに湯治場としての風情が残っています。

万訪 9月 4日(日) 15:30
数えたら29か所もありました。凄いです。唐津本町の木造三階建ての鰻屋さん、記憶にないなと写真を調べたら撮ってました。2003年だから13年前。亡くなったカミさんが写った写真を発見したりして、懐かしく思いました。竹田の長湯温泉も行ったことはないですが、よさそうな温泉場ですね。地図でみたらラムネ温泉館なんていうのが出てきました。シュワーって感じの湯なのでしょうか。温泉地は、伝統的な町並みとしては最も発掘の進んでいない分野だと思っているのですが、戦前にこだわらなければ追っかけ甲斐のあるテーマだと思っています。

七ちょめ 9月 4日(日) 20:56
辰巳屋さん 多くの町並を訪ねられましたね。私も訪ねた所も少しはありますが、殆ど知らない所ばかり。
宿を訪ねた企画で九州も検討しています。成るだけ早くUPして下さいね。町並も検討せねばなりませんのでよろしくお願い致します。

早速 長湯の紅葉館を調べましたが、昭和に入ってからの創業で、ちょっと対象外でした。残念。

辰巳屋 9月 4日(日) 21:57
画像は、筋湯です。
大分県は温泉が多いですよ。湯治場の街並みも魅力的です。九重町の筋湯は、ここも湯治場としての温泉街が残っています。学生時代から利用していた温泉なので立ち寄ってみました。全体としてキレイになっているので驚きました。もっと鄙びた湯治場のイメージでした。
付近には、壁湯、川底温泉、宝泉寺温泉などがあります。

辰巳屋 9月 4日(日) 22:02
画像は、鷹島の阿翁の「吉乃や」です。看板によると創業は明治元年となっています。建物は建て替わっていると思います。
最初の訪問地には記載していません。長崎県松浦市のようです。鷹島には近年橋が架かっていますので、自動車で渡れます。

旅籠宿の選考には、尾道の「魚信」、「竹村屋」、「住之江旅館」もよろしくお願いします。

Kさん 9月 5日(月) 07:29
九州にいるころ、筋湯には何回か行きましたので、懐かしいです。打たせ湯の後ろに見える旅館に泊まり、打たせ湯に入ったこともあります。このほか、無料で男女混浴の公衆浴場がありましたし、何と近くにあるスキー場で滑ったこともありました。

七ちょめ 9月 5日(月) 09:09
辰巳屋さん 旅館の情報ありがとうございます。
鷹島の「良乃や」さんは検討致します。実は平戸市の北浦旅館を入れた3泊の計画を立てているのですが、まだ計画段階ですので。
それと尾道市の3軒の旅館の情報を頂きありがとうございます。
何れの旅館も料理をメインにした高級料理旅館で、一人客を受け入れてくれる可能性は殆どありません。家内がヒョンな機会に”一緒に行っても良いよ”と受け入れてくれれば、3軒とも可能性はあるのですがね。
と云う家内も今日から友達とまた旅行に行きました。「曰く、部屋にトイレの無いのはイヤ」「温泉でないのはイヤ」。古い旅館で部屋にトイレがあるのが??

孫右衛門 9月 5日(月) 22:09
辰巳屋さんのフィールド?である九州各地を多数回られたようですね。私は未訪問のところが多いです。
その中で触れられている唐津ですが、私ももう少し早く町並や建物に気付いて対策していれば、良い町並が保存されていたはずと少し残念に思いますね。
それからやはり温泉の多さですね。7月に日田の安い旅館に泊まりましたが風呂は温泉ではないとのことでしたので、天ヶ瀬温泉の露天風呂が少し頭にあったのですが余りに開放的だったので、結局温泉に浸かる事も出来ず帰ってきました。

urano 9月 6日(火) 23:40
唐津は割と時間をさいて見学したのですが、「竹屋」には気づきませんでした。すぐ近くの唐津迎賓館(赤レンガ)までは行っているのに。駅周辺は町並みも更新されていると思い込んで、あまり歩かなかったようです。
温泉町も多いですね。九州本土は福岡を除き、だいぶ廻ったつもりでいましたが、こうして伺うと行きたい町並みは増える一方です。
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1600: 長く投稿がないと寂しいので 2 万訪 9月 3日(土) 11:01
離島の集落町並み探訪に集中して1年半。日本の離島は800以上、うち有人島は400くらいあって、私が渡ったのは先月の牡鹿諸島を終えた段階で、146島です。離島マニアではなく、あくまでも集落町並み探訪家ですので、いろんな情報から集落町並みとして、歴史あるいは自然との関わり、あるいは形態に特徴がありそうなものをピックアップして、かたっぱしから攻めているわけです。リストでは、あと38島ありまだ1年かかります。そして、残っているものには渡航が大変なものが複数あります。

ということで、11月にいよいよ「遠い離島」のトップ3の1つである「小笠原諸島 父島&母島」にトライすることにしました。6日おきに往復する船の運行のため、連続休暇が前提になります。11月頭に休暇を入れられそうなので、一か八か予約しました。二島で15万円以上かかる手痛い出費ですが、やはり行かないわけには行きませんので。

ちなみに、トップ3の他の二か所は、平戸諸島の江島・平島と渡航困難性がもっとも高いキング=トカラ列島(悪石島ほか)です。いずれもリタイヤ後を覚悟していたけれど、挑戦してみようと思います。天候が読めず、万が一復路の船が欠航すれば大変なことになりますが、、、

孫右衛門 9月 3日(土) 16:44
万訪さんのテーマの中で、一番大変なのがやはり島旅なのでしょうね。私も瀬戸内の島でさえ、有人島に限っても訪ねているのはごく一部にすぎません。

小笠原諸島は、わが国でも最高に訪ねにくいところでしょうね。それも15万もかかるとは、私はまず時間の面で100%不可能でしょう。しっかりレポートをお願いしたいところです。

さて、10月に私の地元付近の島を訪ねられる件ですが、あの連休の最終日に外せない用事が出来てしまいました。したがって、8日か9日ならご一緒できる可能性があります。近づいたら調整しましょうか。

万訪 9月 3日(土) 18:10
行きにくいが故に情報が少なく、したがって集落町並みとしての掘り出し物も多く、やりがいがあります。しかし、年間30〜40島が限界ですし、続けるとこれだけで一生が終わってしまいそうなので、来年で一区切りつけようと思っています(約200島)。
これで、追っかけてきたテーマも結構広がりましたので、そろそろ本でも出しうかとも思い始めています。集落町並み探訪術みたいな。

さて、10月頭は下記のような予定です。
10/ 8(土)岩国空港⇨黒島⇨柱島(泊)
10/ 9(日)柱島⇨阿多田島⇨似島⇨広島(泊)
10/10(月)広島⇨江田島⇨倉橋島⇨広島空港

広島で飲むのであれば、10/9の夜です。もしご興味があれば、10/8の晩に柱島泊なんていかがでしょうか。何れにしても孫さんのご都合が合えばということでお願いします。広島の仕事をやることになりましたので、仕事でも行くことはありますし。

七ちょめ 9月 3日(土) 19:46
現役でこれだけ島を訪ねられるのは……と驚嘆いたします。
益してや、超一流企業の上級エリート社員。勤務だけでも激務と思いますのに。

上級の役人なら可能かもしれませんが、鎬を削る民間企業。まあ 仕事も趣味も頑張って下さい。

等々と云っても、我々「いらかぐみ」の面々、年齢や職業、地位や収入に関係のないお付き合い。良かった良かったと思っています。

江田島で泊る対象の旅館があるのですが、一人ではダメと断られています。坪希旅館と云うのですが。元々は料理屋さんです。


万訪 9月 3日(土) 20:29
仕事はちゃんとやっているつもりですが、家庭と将来の貯えは犠牲になっています。おそらく長生きはできないでしょう。
江田島の坪希旅館という古い料亭旅館、中心集落ではない沖美町という辺鄙な場所にあるようですね。町村合併前は沖美町の中心で、蜜柑や石材業で栄えたのでしょうか。通りますのでいい集落であれば取材しようと思います。
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1599: 長く投稿が無いと寂しいので 七ちょめ 8月30日(火) 11:06
長い間、投稿が無いと寂しいので!!
今年の夏もあちこち行こうと、青春18キップを2枚も買いましたが、結局使ったのは4回分のみで、他の6回分は販売してしまいました。
今度の新潟県と長野県の旅館に泊るのも、青春18キップで予定していましたが、いろいろと事情があり、「サンダーバード」と「はくたか」になってしまいました。
その事情の中でも加齢の要素が大きくなってきました。食事・トイレ・疲労・出発時間等など。

万訪 8月30日(火) 17:32
鈍行列車の旅の良さは私もよく理解できるところですが、いかに体力を温存するかというのも大事なことで、私も今では特急優先の計画にしてしまいます。夏休みはクルマで1400kmくらい走りましたが、余裕を見ての計画でした。

七ちょめ 8月30日(火) 20:52
私も今、現役中を振り返って思い出すと、今の様な旅は全くしなかったですね。
偶に旅をしても、旅行社のツアーに入るか、車での旅でしたね。
車での旅でも、自動車道以外は考えることなく、何とか自動車道と考えました。
でも、現役を引退すると時間的な余裕があるので、国道で移動するという選択肢も生まれました。そして青春18キップもです。現役中には青春18キップの旅など頭の中には全くありませんでした。
それよりも、そんな時間の掛かる旅をする人が居るなあと思っていました。
置かれた環境によって、「ころっと」考えが変わるものです。



urano 8月31日(水) 00:45
私も青春18きっぷはよく利用しますが、最近は期日内に5回分使うことが難しくなってきました。
夏は有効期限が50日間もあるのに。

そんなわけで、この夏は金券ショップで2回残りのものを6,000円で購入(購入日=8/23)。
1回目の旅で、茨城県の土浦、石岡、真壁に行ってきました。

真壁には国の登録有形文化財の旅館が2軒ありました。
(七ちょめさんの影響で、以前は気にも留めていなかった「古い旅館」が今では気になります)
ただし旅館業としての創業年は不明です。

ご存知かもしれませんが、情報提供でした。


七ちょめ 8月31日(水) 07:27
古い旅館の情報に気を使って頂いてありがとうございます。この真壁の旅館伊勢屋は北関東で最初に泊りたい旅館とリストアップしています。
創業年は判りませんが、明治中期に料亭として建築されているそうです。
情報頂き有難うございました。
近いようですが案外北関東は、関西からでは不便な所です。

urano 8月31日(水) 23:06
七ちょめさん、さすが、ご存知でいらっしゃいましたか。
しかも北関東で最初の宿泊先にされるお考えとのこと、真壁はいいですよね。
ただ、真壁までは路線バスが廃止されてしまって、東京からでも行きづらくなってしまいました。
近いうち、つくば市内からのバス路線が開通するそうです。
ちなみに私はJR水戸線の岩瀬駅からレンタサイクルで行きました。

七ちょめ 8月31日(水) 23:20
成るほどレンタサイクルと云う手があったのですね。でも約10kmありますね。
電動のレンタサイクルがあるかどうか??。有れば良いのですが。
公共交通機関がないので、レンタカーをと思いました。只レンタカーでも、泊るのが目的ですので、借りたのは良いが殆どは夜間旅館に留め置きになってしまいますので。
それじゃと、町並を絡めての探訪を計画せねばなりません。
真壁に生活されている方は不便でしょうね。

七ちょめ 9月 1日(木) 20:36
Kさんのホームページのトップに掲載されたスケッチ画の建物が良いなあと思い訪ねてきました。京都府八幡市内里巽の口辺りの茅葺民家です。

Kさん 9月 1日(木) 21:39
七ちょめさん、早速行かれましたか。このかやぶき屋根のお宅は、なんともいえず風格が漂ってくるような気がします。私は外部から眺めただけで、内部を覗いていませんが、ネットに掲載された写真を見ると、入り口には立派な式台があるようです。何か謂われのあるお宅なのでしょうが、よく分かりません。
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1597: 夏休み 北東北紀行 万訪 8月23日(火) 10:06
先週後半、夏休み3泊4日で北東北行ってきました。
江島(宮城県女川町)
網代島(宮城県石巻市)
田代島(宮城県石巻市)
松島(宮城県松島町)
桂島(宮城県塩竃市)
小岩井農場(岩手県雫石町)
尾去沢鉱山(秋田県鹿角市)
強首(秋田県大仙市)
飯沢・軽井沢・門前(秋田県羽後町)
肘折温泉(山形県大蔵村)
瀬見温泉(山形県最上町)

画像は強首の樅峰苑です。大正期に建てられた庄屋の家で、温泉旅館として維持されています。ちょいと高いですが、貸切でしたし、料理も美味しくよかったです。

万訪 8月23日(火) 10:07
画像忘れた

万訪 8月23日(火) 10:08
江島です。東日本大震災の本震にもっとも近い離島集落。斜面地にたち階段が迷路のようでいい集落でした。

万訪 8月23日(火) 10:11
羽後町 中門造り古民家群
画像の家は重文の鈴木家住宅。県内最古の民家でこの地域を代表する中門造り。見学しようと近づくと子供が走り回ってはしゃいでる声がする。「どっかから家族連れが見学に来ているのか、こんなマイナーな場所よく知ってるなぁ」と思ったら、なんと驚くことに住人でした。重文の公開している古民家で住んでいる家は、今まで他では見たことがありません(非公開はありますが)。
写ってる男の子は第47代目だそうです。この家で育ち、どんな大人になるのだろう。

万訪 8月23日(火) 16:10
また画像忘れました

孫右衛門 8月23日(火) 21:46
島あり温泉あり産業町ありと充実の探訪振りがうかがえます。
肘折温泉は私も数年前に訪ねたのですが、泊っておけばよかったなと今となっては思いますね。
以前は温泉は見向きもしなかったのですが、ここ数年は宿泊に温泉旅館を組み込む事も良くあります。

話が変りますが、少し前、島の探訪予定だとして宇品港のすぐそばに印をされていましたが金輪島のことですか?
金輪島は造船所があるだけで、他には何もないところというのが私の認識ですが何かあるのでしょうか。

万訪 8月24日(水) 08:06
金輪島です。造船所の片隅に小さな集落があって、島の本に紹介されていました。造船所も味わいがあるので行ってみようと思っています。しかし、改めて空中写真をみると、似島の方が面白そうですね。密集度が半端じゃない。行かれたことありますか?


七ちょめ 8月24日(水) 20:18
先ほど出雲大社の旅??ら帰ってきました。
ホン近くの「すたに旅館」から直ぐの出雲大社ですが、参拝はしたのですが、旅館にお金を置いたままで、賽銭なしの参拝になりました。
朝早くだったので人が少なく、近くでガードマンが見ていました。
このおっさんケチして賽銭無しと思って見ていたでしょうね。
ミニオフ会の時に昼食を食べた出雲そばの老舗「荒木屋」も比較的近いので見ましたが、旅館で朝晩の食事が出ますので、この荒木屋での出雲そばは食することができませんでした。
9月7日のミニオフ会と云って居られた件は私もダメです。当日は長野県小谷温泉の山田館に泊る予定です。
9月7日は直江津から小谷温泉に移動するだけだから、時間が余ってしょうがないのですが、万訪さんのように南小谷から車で行けない真木集落を訪ねる勇気が無いので、糸魚川や南小谷の駅前の食堂などで時間を潰します。

七ちょめ 8月24日(水) 21:17
出雲蕎麦の老舗荒木屋です。近くの電柱に天明年間創業(1781から89)とありました。
23日は火曜日で休業日でもないのに、観光客が居なくなったためか、午後5時頃ですがもう店は閉まっていました。もっとも近くの蕎麦屋さんも全て店を閉じていました。

孫右衛門 8月24日(水) 21:38
似島は市内から一番手軽な離島ですね。通勤者も多いです。
2003年に一度訪ねています。余り写真が残っていませんが伝統的建物は少ないものの密集型集落です。
荒木屋オフ会の日は賑わってましたね。あの時は七ちょめさん、万訪さん、Yasukoさんと私で大森銀山や鷺浦なども回りました。

太泉八雲 8月24日(水) 22:15
七ちょめさんのお盆は出雲でしたか。と、いうか私も実は当初出雲を予定していました。いつも乗っている「サンライズ出雲」の特別列車が運行されるからでしたが、やはりキップが取れずに、山形の酒蔵巡りに変更しました。

出雲大社門前の「すたに旅館」も七ちょめさんのテーマらしく良いですね。私は竹内まりやの実家「竹野屋」にも泊まってみたいと思っていますが、今だ実現していません。

出雲の蕎麦屋「荒木屋」は、出雲大社に訪れた際には、ここで1杯飲んで蕎麦を食べてほろ酔い気分で帰っています。

七ちょめ 8月24日(水) 22:42
出雲大社前の「竹野屋」旅館は今年2月〜9月まで休業して改装をしています。
前を通って中を覗いたのですが、ほぼ完成していました。前の広い駐車場一杯に工事用の車が留まっていました。最後の追い込みをしているような様相でした。
外観は殆ど変わっていませんので、内部の改修をしたのでしょうね。

万訪 8月25日(木) 02:50
似島良さそうですね。金輪島やめて似島に行くことにします。

七ちょめさん、南小谷で時間潰すのであれば、その名も「駅前食堂」のカツ丼を推薦します。絶品です!カツを煮ていないのと煮てるのと両方ありますが、煮てない方です(普通にカツ丼と言って頼むとこっちが出てくる)。ここ数年で食ったカツ丼の中でNo.1です。

太泉八雲 8月25日(木) 20:55
南小谷駅前の食堂は良いですね。っていうかこの一軒しか無かったような。
私も以前、大糸線の先、JR西日本線の接続待ちの間に1杯飲んだ事があります。

七ちょめ 8月26日(金) 07:49
このカツ丼を食べようと思ったら、直江津の旅館での朝食を控えて置かなくてはなりませんね。
旅館の朝食を控えるか、このカツ丼を食べのを諦めるか。
両方を満たすというのは、最近ではとてもとてもです。


万訪 8月26日(金) 09:01
そうです、駅前にはこの店しかないです。ただ、姫川の橋渡ると街があって数件あるようですが。
七ちょめさん、南小谷は朝ですか。直江津の宿で普通に朝食食べたほうがいいですよ。

七ちょめ 8月26日(金) 11:05
糸魚川と書きましたが間違っていて直江津でした。文章の中の文字を訂正しておきました。
南小谷駅には11.31に着きます。小谷温泉行の村営バスは12.02発と13.11発、15.23発があります。
小谷温泉まで約40分かかりますので、13.11発のバスに乗ろうと思って、宿に14.00頃着くが受け入れてくれるかと聞くと、受け入れOKの返事をもらいました。
まあ、旅館の朝食も南小谷駅のカツ丼も両方とも食べられるように調整します。

若い頃と違い、食事の量が問題で、何時も満腹まで食べると、食べ過ぎの症状が現れます。加齢ですね。
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1598: 出雲市大社町 七ちょめ 8月25日(木) 09:10
出雲大社の鳥居横にある「すたに旅館」に泊ってきました。
創業年は判らないそうですが、江戸時代の帳簿が残っているそうです。


七ちょめ 8月25日(木) 09:13
そして、鳥居前の少し離れたところにある「竹野屋旅館」も見てきました。
ことし2月からはじまった改装工事は大詰めを迎えていました。
画像の右側の大きな建物の外壁は改装されたようですね。

孫右衛門 8月25日(木) 23:00
門前といえば、竹内まりやさんのご実家の旅館が思い浮かびますが、出雲大社の鳥居の脇にこんな旅館があるとは全く知りませんでした。
それにしてもここ最近の出雲大社の賑わいは相当なものですね。以前は年がら年中参拝客でごった返しているというイメージではなかったはずなのですが。
そういう意味でも、この旅館の存在は貴重ですね。
万訪 8月26日(金) 09:06
私もこの旅館には気づきませんでした。大社があるおかげで多くの旅行者が来る。一畑電鉄も映画のロケで使われたりして乗る人が増えている。いいことだと思います。
私の勤める東京丸の内もすっかり観光地として定着しました。東京駅見学からまち歩きツアーなんかも人気があるようです。旅行会社の企画も変わってきているようです。


七ちょめ 8月26日(金) 09:30
出雲大社の正面から少し横に入りますが一番近い旅館でしょうね。出雲そばの荒木屋のある道を50mほど進んだ所で、道から少し奥まってあります。竹野屋さんが明治創業ですので、この「すたに旅館」の方が古くからの創業と思って泊りました。
出雲大社のある出雲市大社町は何回も訪ねていますが、出雲大社の東側を訪ねたことが無いと思い少し歩きました。北島国造館辺りの町並です。
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