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1503: 南紀の探訪レポート 孫右衛門 12月30日(水) 09:18
訪ねた町並から、印象的なものを少し。
古座川町古座(現串本町内)は古座川河口付近左岸に長々と町並が残り、質的にも良いものでした。裏手には道路と護岸がありますが、かつては直接川に面していたものと思われます。

孫右衛門 12月30日(水) 09:26
串本町潮岬の町並。潮岬は高校生のとき訪ねて以来で、そのとき乗ったバスの車窓から集落があったことは覚えていますが、今回訪ねてこれほど大きなものとは思いませんでした。台地状の平地部に広々と展開し、一つの町といった感じです。風対策で石垣や生垣を配した風景も印象的でしたが、このような邸も見られます。成り立ちを調べてみないとよくわかりませんが意外な町並でした。

孫右衛門 12月30日(水) 09:36
日置川の河口にある日置の町並。ここも立地からして意外な町並でした。既に何名か尋ねられていますので驚きはしませんでしたが見応えがある町並ですね。全く知られていないし保存の手も入っていない。こんな町並は今や貴重と思います。
ここを訪ねると早くも薄暗くなりましたので、ホテルに入る時間までをこの近くにある温泉施設で過しました。ここはアルカリ性のまろやかな湯で、年配者や子供連れなどで賑わっていました。

孫右衛門 12月30日(水) 09:40
湯浅の南側に隣接する広川町広の町並。ここはいらかぐみ情報がなく、ふとしたきっかけで知ったところですが比較的整然とした区割りに伝統的な建物が多く残っていました。湯浅の陰で注目される事もなかったのでしょうか。注目されて不思議でない良い町並でした。私の町並度では6は付けます。

七ちょめ 12月30日(水) 10:33
古座の町並は確か、URANOさんが最初に云われたと思います。早く行っとけば良かったのにね。
この町並の少し川上にある「神保館」という旅館があったのですが、今年の春頃に廃業されてしまいましたので、この町並も訪ねるのが遠ざかりました。でも新たに湯川温泉の「恵比寿屋旅館」を孫右衛門さんが見つけてくれましたので、古座の町並探訪が復活しました。
広川町広の町並も良いですね。訪ねたいものです。

孫右衛門 12月30日(水) 19:45
古座はURANOさん情報です。七ちょめさんもその時ここの古い旅館にといわれていたのを覚えていたので、この神保館を見たときああこれかと思い出しました。でも表向きは廃業されているようには見えませんでした。

孫右衛門 12月30日(水) 19:52
町並度は別として面白いと思ったのは美浜町三尾です。アメリカ村という称号がついているにもかかわらずこれでもかと本瓦が連なる集落で、それが立体的に連なる典型的な漁村集落ですね。
しかし一方で、空地や無住になっている家屋も多く、心が痛みました。

万訪 12月30日(水) 22:45
何処もかしこも地名聞いてピンとくるところがありません。ですが、しっかりした町並みがあるんですね。でもこうして写真見ると、やはり和歌山県のスタイル。距離があっても共通しているんだなぁと思いました。

七ちょめ 12月31日(木) 09:30
このアメリカ村はかっては結構有名だったのですよ。
私が面白半分に訪ねたのは昭和35年頃だったと思います。学校を出て勤め出して少し経った頃、終戦のどさくさも一段落したあたりの、観光地も何もなかった時代の、観光地だったのでしょう。
結構多くの寄棟の派手な明るい色を塗った建物が建っていたのですがね。
町並目的に訪ねた10年ほど前には、少し洋風の建物が有った程度でしたが、今では殆ど無くなっているのですか。

まあ、建てられたのが明治期ですので、当然と云えば当然でしょうね。

神保館はそのまま残っているのですね。この旅館の経営者は廃業されましたが、そこで生活されているので状態はそのまま保存となっているのでしょう。電話は今でも直ぐに応答されますが、もう旅館は遣ってませんとの返事です。

Kさん 12月31日(木) 13:25
みなさんの話題について行くのはなかなか大変ですが、珍しくアメリカ村は04年に行っています。今アメリカ村と言えば大阪・ミナミが有名ですが、七ちょめさんの言われるように、かつては和歌山のアメリカ村も結構有名だったみたいですね。実際はアメリカへではなくカナダへの移民の村だったのですが・・・。
私が行ったときにもずいぶん空き地が目立ちました。この絵はそんな空地から描いたものですが「海の近くは津波が来ると言って、空き地を売りに出しても誰も買わない」と地元の人がぼやいていたのを思い出します。

urano 12月31日(木) 16:01
私の投稿を参考にしてくださったようで、ありがとうございます。
古座は思っていたよりも町並みが長くて、北端のほうまで回らずに引き返してしまいました。

広村は安政南海津波で住民を避難させた「稲村の火」の逸話をかなり押していますが、確かその後つくった堤防のおかげで昭和南海津波を免れています。
「堤防でこの町並みが残った!」とPRすれば面白いと思うのですが、あまり町並み景観には意識が向いていないのでしょうかね。

孫右衛門 12月31日(木) 17:26
広の町並の外側には確かに古びた堤防がありました。今はその外に役場などの建物がありますが、かつての海岸線だということは明確で、ここを境に古い町並が始まっていました。撮影しておけばよかったですね。
私などの眼からすると良い町並でも、地元の人は全く認識されていないでしょうね。

アメリカ村という名前は、バス停に残っているだけで洋館などありませんでした。
p535129-ipngn200506niho.hiroshima.ocn.ne.jp
1501: 日生諸島 万訪 12月28日(月) 19:48
私のレポばっかりですいません。
昨日の坊勢島はすごかったですね。七ちょめさん言われる通り、バイクが細い道をひっきりなしに走る。坂道を勢いつけて登ってくるから、ブラインドコーナーでひかれそうになります。歩いている人よりバイク乗ってる人の方が多いですね。それだけ険しい集落と言うことですが。でもこの手の集落でバイクで走り回れるように道を整備しているところが珍しいです。

さて、今日は日生諸島の頭島と大多府島、日生を歩きました。画像は頭島。下見板張りの洋風民家がありました。かわいいでしょ。

万訪 12月28日(月) 19:49
頭島

万訪 12月28日(月) 19:51
頭島から10分で渡る大多府島。小さな集落でした。

万訪 12月28日(月) 19:53
日生では「カキオコ」の店がやたら多かった。どこも並んでました。画像は入江の反対側の住宅地。

万訪 12月28日(月) 19:55
その後は東京方面へ戻るように走り、娘の廃墟遊園地探訪に付き合い画像の場所へ。さてどこでしょう。
今、名張のホテルです。

七ちょめ 12月28日(月) 21:35
多分、随分前に閉鎖された奈良ドリームランドではないですか。


七ちょめ 12月29日(火) 09:08
万訪さんから 「これなーんだ」と出ましたので 私からも

先日鳥羽市答志島を訪ねたときの答志集落のどの家にもこの様な丸八が墨で乱雑に書かれているのを見かけました。

あきらかに新築の家と思える家にも、玄関に乱雑に描かれています。玄関でなくて家の横に描かれているのも見かけました。 所謂目立つところに描かれているようでした。

何でしょうか。

万訪 12月29日(火) 11:04
奈良ドリームランド、正解です!

答志島の㊇はどの家にもありましたね。ですが、神島や坂手島にはありません。わからないので、ググってしまいましたぁ。八幡神社の八、魔除けだそうですね。

実は今、鳥羽の坂手島に居ます。先週の答志島、神島があまりによかったので、他の島も期待できると思い、東京へ帰る途中に寄りました。来た甲斐あり!町並み的には坂手島の方が伊勢様式の民家がよく残っています。
画像は集落の中心部で広場のようになっているところ。神社の前でもないのに珍しいです。広場に面して商店があり、集落のコンビニのような役割をしていました。なかなか活気のある島でした。

七ちょめ 12月29日(火) 13:26
鳥羽市鳥羽を万訪さんの情報で訪ねました。良い町並でした。久しぶりに私の町並指数で50を付けようと思っています。
2週続けて鳥羽市の訪問ですか。それも島通い。この辺りも古い町並の宝庫のようですね。

答志町の㊇のマークは正解です。

現地で女の方2人に聞いたのですが、八幡神社の八と漁師の豊漁を願ってのこととは理解できたのですが、それ以上はハッキリと判りませんでした。

八幡神社の祭礼時に墨を奪い合いするらしいです。そして得た墨で㊇のマークを家の目立つところに描くらしいです。

漁師の家で㊇が描かれているとのことだったのですが、今では全戸がこの㊇マークを描いているようです、大漁祈願は勿論ですが家内安全なども含まれ、厄除けともなっているようです。

でも漁師の家が多いので、当然㊇が堂々と町並を飾っているようです。

万訪 12月29日(火) 15:53
答志島の答志・和具とは島の反対側にある桃取集落を歩いてきました。答志・和具集落ほどの密集度ではなかった代わりに伊勢様式の切妻妻入+下見板張の民家が比較的多く見かけました。でも、桃取の方が寂れている印象でした。漁船も少なかった。答志・和具集落の方が漁業としては成功しているんでしょう。だから家も空き家も少なく改修が進んでいる、結果伊勢様式の民家が少ないのかな。七ちょめさんレポートの㊇印は桃取ではみませんでした。答志集落だけ何でしょうね。

これで年末の旅は終わりです。伊勢湾フェリーで伊良子岬に渡って帰ります。

孫右衛門 12月30日(水) 19:12
志摩から淡路、家島諸島、日生諸島と一連のレポート拝見しました。こういうスケジュール取りは万訪さんならではですね。
坊勢島は私もそうでしたが、集落そのものよりも、やはり原付やバイクの勢力に圧倒されますね。島や集落の規模、軽自動車では持て余すし集落内部に入っていけない、自転車では坂が多すぎということで、必然的にそうなったのでしょう。島でないとこのような現象は生じないでしょう。
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1502: 湯川温泉の恵比須屋旅館 孫右衛門 12月29日(火) 22:58
和歌山県南部を中心とした探訪から帰りました。やはり勝浦や新宮などとなると非常に遠いものです。
太地町、古座川町(古座・西向)、串本町大島(樫野・大島)、串本町、すさみ町、日置川町、南部町、印南町、御坊市塩屋、美浜町三尾、由良町網代、広川町広、湯浅町(再)、湯浅町栖原、和歌山市田野ですが、町並関係はまた明日改めてということで、とりあえず七ちょめさんも候補に上がっているという、初日に泊った湯川温泉の恵比須屋旅館のことをレポートしておきます。
湯川温泉は勝浦の市街地の南外れの静かなところにあり、国道沿いに観光旅館がありますが、恵比須屋旅館は旧道沿いにひっそりと建っています。何しろ、この前がかって国道だったのことで、10数件の旅館があったということですが、今は恵比須屋だけになっているそうです。

孫右衛門 12月29日(火) 23:15
これは玄関を上がったところです。板張りとなっている部分はかつて土間で、右の階段で直接客室に上るようになっていたとのことです。この写真ではわかりにくいですが階段の下端が板敷きに埋もれています。
創業は明治で建物も基本的には往時のままですが、改装を重ねているため、知らなければ古さをそれほど感じません。昭和の宿といわれればそう思ってしまうでしょう。
ただ、湯川温泉の泉質は肌触りがよい中にもかすかに硫黄臭のある温泉らしいもので、料理も廉価な割には十分なものでした。瓶ビールと地酒の2合瓶を別注しても1万円出して千円札のお釣が出ました。

古い旅籠に泊るという点では不満足かと思います。ただ、古い町並探訪としての宿泊には最適でしょう。

それから先ほど列記した町並に串本町潮岬の町並が抜けていました。

万訪 12月30日(水) 06:28
孫さん、お疲れ様でした。遠い遠い紀伊半島南部の旅は、自家用車?それともレール&レンタカー?
沢山の町並みを訪れたのですね。そちらのレポも楽しみです。
この旅館、古い建物とは思えない内外装。だけど明治の旅館。さぞ旧道沿いも賑わっていたんでしょうね。

孫右衛門 12月30日(水) 09:10
和歌山県北部なら自家用車を考えますが、今回はのんびりと列車で向かい、和歌山市まで戻って返しました。
温泉が人気と言っても、それは近代的で若い人受けのする一部のホテルや旅館だけで、古くからの旅館や温泉地は軒並寂れていますね。ここ数年時々探訪の宿を温泉旅館に求めるようになってからの感想です。

七ちょめ 12月30日(水) 09:22
南紀の町並探訪お疲れさまです。
多くの町並を訪ねられましたね。
私から見ると自分の車の行動範囲ですので、さほど遠いとは思わなかったですが、大阪や名古屋まで新幹線で来られる方から見ると、確かに不便で遠い所ですね。

湯川温泉の恵比寿屋旅館、調べた旅館の中には入っていたのでしょうが、一切創業時期を表明されていなかったので、訪ねる旅館から外していました。

この恵比寿屋さんも良く調べると、建物は明治34年に建てられたもので、創業は明治42年ということらしいです。

旅籠宿に泊ると題して、江戸期からの創業の宿で今も同じような形態で営業をされている宿を対象にしましたが、とてもこれでは数が無いことが判り、今では明治は云うに及ばず、大正期創業の宿でも対象にしています。中には昭和に入っての創業でも有形文化財に指定されている建物を持つ旅館も対象にしようか、辞めようかと思案中です。

今になれば一番の難点は、この宿は旅籠宿かそれに近い旅館だと思っても、一人では泊めてくれない旅館が結構多くて、家内の協力も期待できないしと困ったものです。

そんなんで、この恵比寿屋さんも宿泊対象になりますので、新年早々に古座の町並と一緒に訪ねたいですね。

孫右衛門 12月30日(水) 17:30
恵比須屋旅館はご夫婦で経営されていますが、私の代でお終いといわれていました。
この旅館がなくなってしまうと、近代的な観光旅館が1軒と、この旅館のそばにある日帰り入浴施設があるだけの温泉地になります。そちらには多くの車が停まっていました。

一人では泊めない、または条件付というのは日本式旅館の最大の難点でしょうね。これでは風情を楽しもうとこだわりを持つ客、また外国客の一人客もシャットダウンすることになります。
恐らく食事の段取りや客室の効率の問題があるのでしょう。
私が旅館を選ぶときも、どうしてもネットで検索に上るものに限られてしまいます。
p535129-ipngn200506niho.hiroshima.ocn.ne.jp
1500: 沼島(南あわじ町) 万訪 12月26日(土) 11:21
昨夜、仕事納めの後、夜通し走って淡路島に今朝着き、今沼島に渡っています。

万訪 12月26日(土) 11:24
淡路瓦による本瓦葺が特徴です。

万訪 12月26日(土) 12:13
はじめとらえどころがなかったんですが、尾根を越える集落の処が見応えありでした。☆3.6なので4にしちゃおうかな

Yasuko 12月26日(土) 19:10
今、記事を拝見してびっくりしました、東京から夜通し走ったんですか。すごい・・・
この後どちらへまわられるのか・・・未知ですね

七ちょめ 12月26日(土) 19:19
万訪さんはもう仕事納めですか。その直後に兵庫県沼島。恐れ入ります。

25日〜26日と伊勢市・鳥羽市を少し廻りました。泊った宿は伊勢市の紅葉軒、訪ねた町並と集落は、万訪さんの訪ねられた所の追っかけです。鳥羽一丁目から鳥羽2丁目、そして答志島の和具集落と答志集落を訪ねました。
まあ、チョットひいき目にみて、私の町並指数で40でしょう。

時間があるので近鉄特急に乗らずに、全て急行と鈍行で済ませました。
万訪さんが云われていた「松阪牛の肉まんじゅう」を食べようと、鳥羽市と宇治山田で探したのですが、簡単に見つからなかったです。伊勢うどんで済ませました。

Kさん 12月26日(土) 19:47
皆さんの行動力に「びっくりぽん」です。今日は京都・南座の吉例顔見世興行が千穐楽(こんな字を使うのですね)ということに気が付き、午後から南座の「まねき」を描きに行きました。日暮れが早く寒い思いをしました。


七ちょめ 12月26日(土) 19:58
伊勢市のこんな旅館で泊まりました。伊勢らしい店構えの旅館でした。
ビックリしたのは、形態は普通の旅館並でした。宿泊者は12〜13人もいたでしょうか。宿の若女将は殆ど満員状態と云っていましたが。大女将に部屋を見せてもらうと、結構良い部屋には宿泊客を入れていないようでした。
大女将は前日には一切顔を出しませんでしたが、宿泊客を送り出すときには着物姿で化粧をして丁寧に挨拶していました。

この宿間口は狭いですが、奥に奥にと部屋が続きました。

それから答志島は和具と答志を分けて掲載しようと思います。集落の特徴は同じ様ですが、少し距離が離れていますので分けようと思います。

万訪 12月26日(土) 22:17
Kさんは南座、七ちょめさんは伊勢ですね。
伊勢の旅館は古い建物なのでしょうか。ぱっと見、現代風に見えたもので。さすが伊勢は一級の観光地、昔ながらの旅館が存続しているんですね。

私の方ですが、明日は家島諸島、明日夜は日生に泊まり、明後日は頭島と大多府島を歩く予定です。

孫右衛門 12月26日(土) 22:24
万訪さんのフットワークは驚きます。つい先日志摩の島々を訪ね、今度は淡路島ですか。
七ちょめさんもすぐに追いかけられるという連携プレーですね。
私はお二人ほどフットワークは軽くなく、また繁忙期が始まってますます探訪から遠のく時期になりますが、今年は年末年始休暇がすこし前倒しになりますので、明日から紀伊半島南部を中心とした探訪に出発します。
明日は移動だけで、探訪するのは実質28・9日です。和歌山県なのに東北辺りを訪ねるほどの遠さです。この地域は鉄道旅行でも訪ね、数年前には業務で何度も往復させられたので、その遠さは身に沁みています。


七ちょめ 12月27日(日) 09:45
この泊った紅葉軒という宿は、明治30年創業でその時の建物です。代々熱心に旅館業を続けて来れれたのでしょうね。柱を見ても30〜40年程度の経過と見られるのですが、実は柱の表面に判らないように板を張り付けていて、その内側は古い柱なのです。
パット見は新しく見えますが、古い所を探して良く見ると各所に130年は経過した痕跡が見える旅館でした。
道に面した部屋と指定しての宿泊でしたが、窓は全て2重窓になっていて、案内されて部屋に入った時には暖房も入っていました。夜中の自動車の音も気になりませんでした。
この宿古い建物にしては上手く改造されているのか、赤ちゃんやお子さん歓迎と宣伝しているのです。この位の古い宿では襖の仕切りが普通ですが、この宿は完璧にお子さんの声が遮断されるような仕組みになっていました。隣との仕切りは押入れが、廊下との仕切りは控えの間が設置されていました。部屋に洗面台は備わっていましたが、トイレは無かったです。でもウオッシュレットになっていてどの部屋からも近いように、全館でトイレが2ヶ所ありました。
誰も泊めていない、上等の部屋がありました。松風の間・高砂の間と翁の間がありましたが、
価格を高く出せばこの部屋に泊めるのでしょうね。でも部屋からの眺望は町中で中庭も無いのでダメです。
外国人に対応していないのか、英語・中国語の表示が一切なく、当日の宿泊客12〜13人全て日本人でした。
正面から見て一階の右の部分は今では食事場所になっています。少し前までは喫茶店・食堂として営業されていたようでした。

鳥羽のこの画像の町並。万訪さんの写真は夜でしたが、昼の写真です。
この所まで位までは歓楽街の様子はないのですが、この奥になると完全に以前は賑わった歓楽街ですね。偶然スナックらしい店から出てきたママらしき人に話しかけると、今は寂れてしまった空地ばかりと嘆かれていました。もう40年もここで営業しているがとのこと。
お客はどんな方と聞くと観光客とのことでした。かっては遊郭だったのと流石に聞けませんでしたが、まあ遊郭の後に繁栄した歓楽街だったのでしょうね。でもこの辺りに多い宿泊施設は大型になり、お客がホテルや旅館から出なくなって、この歓楽街も寂れて行ったのでしょうね。

Kさん 12月27日(日) 12:17
昨日、私が南座の「まねき」を描きに行ったいきさつは以下の通りです。

オリンピックに向けた国立競技場がA案に決まり隈研吾氏がテレビに出ていた→氏の紹介で歌舞伎座の話が出た→万訪さんを思い出し「生まれ変わる歴史的建造物」の本を引っ張り出した→歌舞伎の連想で、そういえば毎年12月に描いている京都の南座の「まねき」を今年は描いていないことを思い出した→ネットで検索すると吉例顔見世興行は26日が最終日と知った→外を見ると良い天気…以上でした。

「風が吹けば桶屋がもうかる」式の展開です。役者名に多少の変化はあるかもしれませんが、毎年同じ風景です。着物姿の外国人観光客が多いのが今年の特色。寒いのと建物の前のバスが邪魔になるのは毎年のこと。我ながらこんな場所でスケッチするのも物好きなことだと思います。

万訪 12月27日(日) 17:05
紅葉軒はなかなか気の利いた宿のようですね。古い建物を現代の要求に合わせて上手に改修して使っている。泊まってみたくなりました。
Kさんのいう南座の「まねき」っていうのが何のことかわからなかったですが、ネットで調べてわかりました。南座恒例何ですね。しかし、新国立競技場から「まねき」にたどり着くとは面白い。

当方、今日は家島と坊勢島を歩きました。アップダウンが激しくて疲れました。今夜は日生です。
画像は家島真浦港。造船の島というところが見所かな。

万訪 12月27日(日) 17:08
坊勢島。海岸線に平地が少なく、集落は台地の上部を埋め尽くすようにけいせいされていました。☆3かな?

万訪 12月27日(日) 17:13
万訪 12月27日(日) 17:08
坊勢島。海岸線に平地が少なく、集落は台地の上部を埋め尽くすようにけいせいされていました。☆3かな?

七ちょめ 12月27日(日) 22:31
家島群島の中で坊勢島しか訪ねていないですが、活気がある集落とおもいました。
今でも漁業で栄えているようです。
でも、集落探訪は相当な体力が要りますね。急な坂を登ったり下りたりの繰り返し。
尾根伝いに移動すると、距離は短いですが急坂ばかり。一旦海岸沿いの道に降りると、距離を長く歩かないと目的の所に着かない。
急坂で細く、橋のように細くなった部分で、一人で歩くのもどうかと思う細い道を、バイクで二人乗りして走り去った若者がいてビックリしました。
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
1499: 神島 万訪 12月23日(水) 11:21
七ちょめさんも来週伊勢に行かれるのですか。二見の旅館は僕も泊まってみたい。そしてやっぱりこのエリアは町並みの見所が多いですね。

今、神島から書き込んでおります。なかなかいい島でした。下見板張りと赤瓦。そしてカラフルな町並み。佐久島とは対照的です。漁業がかなり盛んなようです。

万訪 12月23日(水) 11:22
佐久島は黒一色だったですが、こちらは色とりどり。耐候性の高い塗料何でしょうね。

万訪 12月23日(水) 11:23
古そうな商店がありました。

万訪 12月23日(水) 11:33
船が着く30分前、待合所から集落全域に聞こえるように放送で、人の名前を次から次へと読み上げている。何なのか尋ねたら、到着する荷物の宛名だそうです。船より先にファックスで届くので、取りに来てくださいと読み上げているんだそうです。小さな島ならではですね。

Kさん 12月23日(水) 14:09
万訪さんは「この年末の忙しい時に島巡りか」と思いながら読んでいました。あとで今日は祝日だったと気が付きました。土日も祝日も平日も区別がつかなくなっています。

神島は「潮騒」の舞台となった島でしたね。そのあたりに行ってみたいなあ。

七ちょめ 12月23日(水) 16:34
宅配便などで送られてくる荷物でしょうね。営業の品もあるでしょう。
○○さん、○○さんと名前を呼んでいる。都会では考えられないおおらかなことで、話を聞いていて心が和みます。

万訪 12月23日(水) 17:13
神島ならではでしょうね。

ところで次に訪れた答志島はかなりよかったですよ。なんて言ったらいいかな。椿泊に道をもっと狭くして面的に広がっているイメージ。七ちょめさん、鳥羽まで足を運ばれるのならぜひ!オススメです。答志島には3つ集落があって、答志と和具は船も両方に立ち寄りますし、歩いても10分強。両方の集落歩いて1時間半です。一方、島の反対側に桃取と言う集落がありますが、ここは歩きませんでした。
私の評価は密集度で☆一つアップしちゃいますが、
答志☆☆☆☆
神島☆☆☆
和具☆☆
となりました。画像では中々良さが伝わらないかも。

万訪 12月23日(水) 17:16
答志

万訪 12月23日(水) 17:17
答志2

七ちょめ 12月23日(水) 20:20
答志島を訪ねるのは時間的には十分可能です。
一部不安がありますが、それは泊る旅館で十分写真が写せるかどうかです。
そのために他の宿泊者が来ないうちに着いて、写真を撮らせてもらう。または宿泊者が出発するのを待って写真を撮らせてもらう。
そのことがうまくいけば、答志島をたずねるのは十分可能です。
答志島を訪ねられれば良いのですが。

万訪 12月24日(木) 08:49
旅館の写真が撮影できるのはお客がいない時間ですものね。余裕があれば訪問してみてください。13:20発で十分間に合います。港は鳥羽駅から10分です。
神島、答志島は漁業が盛んですから、まだまだそう簡単にはなくならないし、建替えも容易にできないので、今の町並みはしばらく維持されるでしょう。

七ちょめ 12月24日(木) 10:46
13・20分鳥羽マリンターミナル発の市営の船がありますね。和具・答志に約2時間15分程滞在し、16・10答志発の船で帰れば、良いことになります。
そこで、今の私の思いは。
旅籠宿で泊るで、伊勢市で対象となる旅館は4軒程あります。やはり伊勢です。飛び抜けて多いです。麻吉旅館・麻野館・紅葉軒・山田館と創業の順に並べたものです。そうすると星出館の創業は昭和初期ですのでまず対象外になってしまいます。
これらの旅館を楽しみながら順に泊って行くと仮定すると、一つの旅館に泊って新しい町並を一つ訪ねるのを楽しむとすると、焦って早く町並を訪ねるのもどうかな??とも思いますが、歳を考えると、動ける間に早くとも思います。
高齢との葛藤をしている状態で、気持ちもあっちに行ったり、こっちを向いたりと日々いろいろです。
以上年寄りの戯言
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1498: 鳥羽 万訪 12月22日(火) 21:42
今、鳥羽に居ります。
今日は出張で三カ所をハシゴでした。
東京→大阪→福井→京都→鳥羽
京都まで仕事で鳥羽はプライベートです。鳥羽の町で飯食ったあと、夜の町を散策。いい町並みありますね。特に裏通りですが、これは遊里でしょうね。観光で栄えた港町というところかな。

万訪 12月22日(火) 21:43
裏通りの遊里

万訪 12月22日(火) 21:44
こちらは表通り

明日は伊勢湾の神島と答志島を歩く予定です。


七ちょめ 12月22日(火) 22:36
万訪さんは今夜鳥羽泊ですか。鳥羽の裏通り??。少し前までは表の舞台だったところですね。
良い町並がありますね。明日は答志島と神島ですか。答志島は町並に関心が無かった時代に、この島に泊ったことあるのですが。

今月25日〜26日と伊勢市二見の明治27年創業の麻野館という旅館に泊ろうと思いましたが、一杯でダメと断られたので、明治30年創業の旅館ですが、紅葉軒と云う外宮に近い所の旅館に泊ろうと予約しました。その時に万訪さんが夜歩かれた鳥羽を訪ねてきます。

孫右衛門 12月22日(火) 23:09
福井と鳥羽を同日に出張というのはまた慌しいと思いましたが鳥羽は寄り道でしたか。
鳥羽は古い町並があるとリストアップしていたところです。町も商店街の活性化を兼ねて古い建物を活用しているとかいう話を聞いたことがあります。
見応えのある建物が残っていますが、夜景で見ると何ともいえぬ格式を感じます。

万訪 12月23日(水) 13:43
改めて日中歩きました。やっぱり遊郭で間違いないですね。自分のサイトの「全国津々浦々遊里リスト」にも「鳥羽町遊郭、鳥羽駅下車」って書いてありました。
pw126236050155.12.panda-world.ne.jp
1497: 静岡県の宿に泊ってきました。 七ちょめ 12月15日(火) 16:49
今回は宿の名前を出します。掛川市横須賀宿の八百甚旅館です。
まあ建物は古いですが、料理や風呂、トイレなども良く、エアコンも完璧でした。
価格の割にビックリです。あちこち撮らせてと頼みましたので、宿泊代も上乗した価格にして支払いました。最初にびっくりしたのは料理です。家庭料理では無かったです。会席料理かと思いました。

万訪 12月15日(火) 21:15
綺麗に手入れされている宿のようですね。素晴らしい。横須賀は、工場など地元企業とかある場所なのでしょうか。そうでないとこのような料亭旅館が続いているとは思えません。
ここは私も家族でぜひ泊まってみたいです。


七ちょめ 12月15日(火) 21:38
健全な営業が出来ているかは図り知れませんが、この表の建物のずーと奥に、エイトという小さなビジネスホテルや同名のスナックを営業されています。
当日の古い方の旅館の宿泊客は私一人でしたが、ビジネスホテルの方は判りませんし、スナックもどの程度の賑わいかもわかりません。
バブルが弾ける前までは、大変賑わって居たのですが、今では人も企業も少なくなりと嘆いておられました。
まあ、割烹・料理旅館と看板に有るので、それなりの料理をお客に提供しているのでしょう。
でも、泊った部屋からトイレまでは暗い廊下を曲がり曲がり延々と歩かないとダメだし、段差もあり大変ですよ。風呂はビジネスホテルと共同のようで、小さな温泉旅館のようで良かったです。温泉じゃないかったですが。
そうそう、何より良かったのは布団です。このような古い形態の旅館では、木綿布団が多いのです。中には重くて重くて息苦しいと思えるのもあります。
チョット良いのでポリエステル綿の布団です。まあ、この程度がこのクラスの旅館の布団でしょうが、この宿では羽毛布団でした。
今では、世間一般の旅館では今や羽毛布団になっていますが、私の選んで泊る古い旅館ではまだ羽毛は極少ないです。
私の行く団体の観光旅行で、ポリエステル綿の布団が出てくるようなら文句が噴出するでしょうが。

孫右衛門 12月15日(火) 23:50
大須賀の町並は2009年の正月休みに訪ねています。やはりこの旅館が一番印象的で1枚目に載せていますね。
オフ会にも適した宿です。このような旅館はいつまで続くか判りませんので、オフ会の時の旅館選びは綿密に詰めたいものです。

七ちょめ 12月16日(水) 16:52
もうオフ会の会場の話??
この画像の宿は??

万訪 12月16日(水) 22:28
河崎のこの宿もいいなぁ。もう一つの候補に麻吉!
伊勢オフ会そろそろあってもいいですよね。

孫右衛門 12月16日(水) 23:31
私も伊勢は機が熟して来た感があります。
ただ、来年の場合ちょっとした問題がありますね。6月に入った方が無難と思います。
まあ今から決め付けるのもどうかと思いますので、年明けからぼちぼちと絞込みを楽しみましょう。

太泉八雲 12月17日(木) 00:21
久々の書き込みですが、伊勢の麻吉に一票です。

七ちょめ 12月17日(木) 10:55
まだ早い話ですが、麻吉旅館での宿泊は今回の幹事役大阪組の二人にとってはメリットが殆ど無いのです。出来ることなら避けて通りたいことです。翌朝の探索でも河崎までは歩いていける距離ではありません。
伊勢市の宿泊で我々向きの宿は、麻吉旅館、山田館、星出館の三つがあります。
麻吉は上記の理由、山田館は先日確か万訪さんが泊まられたと思います。となると残るは星出館のみになります。

只、星出館は最近夕食を出すのを休止されています。誰かが体調を崩したのでしょう。来年6月には回復されているかも知れませんが。

そんなんで、泊るのは星出館。そして翌日の昼食を麻吉旅館でするという案は??
麻吉旅館に電話すると、一番よい部屋の「花月の間」での昼食はOKとのこと、館内の案内も可能とのこと、

価格も3000円以下でもOKとのことです。

5月には伊勢志摩サミットがありますので、多分今年は6月初旬しか日時は無いとおもいます。

● もう一つの案として、大阪の飛田新地の「鯛よし百番」? だったかなで夕食を食べる方法も。
この場所へ夜間少人数で行く勇気はないので、皆で乗り込み食事をして、別の場所で泊る案。
面白半分で試したらとも思います。

七ちょめ 12月17日(木) 18:18
先の話で申し訳ないです。Kさんから麻吉旅館でも良いよとの連絡を頂きました。
それじゃ、私も麻吉旅館での開催に同意し、麻吉旅館に決まれば麻吉旅館にしましょう。
ただ、一番見どころの、河崎や内宮前の町並を朝の朝食前の探索とは距離的に行きませんので、朝食後にするか、車を利用しての朝食前にするかの問題が残ります。

まあ、まだ半年も先のこと、十分に検討しましょう。

Yasuko 12月17日(木) 21:45
具体的な案、「鯛よし百番」は是非一度はいってみたいですね。

麻吉旅館も文句はありません。どんな豪華な部屋でも一人だけポッツンと離れた部屋は嫌ですのでそれだけはお願いします。

山田旅館は三階建てなので泊まってみたいランクに入れています。


万訪 12月18日(金) 05:43
私が泊まったことがあるのは、麻吉旅館と星出館で山田旅館は泊まっておりませんよ。ですから山田旅館に泊まってみたい気持ちはありますが、オフ会では初めてどうこうというこだわりはありません。

七ちょめ 12月18日(金) 08:45
Yasukoさん、脅かすようですが麻吉旅館で一部屋一人で泊るのは大変勇気が要りますよ。恵まれた卯之町の松屋旅館で怖いと逃げ出されたことから見てもとても一人では無理と思います。
「花月の間」で全員泊れば大丈夫。でも 女性だしね。

万訪さんが泊まられたのは麻吉旅館と星出館でしたか。山田館と間違え申し訳ありません。

まあ、来年2〜3月頃までは日時や開催地も決めずに、時々あれやこれやと云って楽しみましょう。

Kさん 12月18日(金) 08:47
鬼が笑いそうな話の展開にちょっと戸惑っていますが、私としては宿は山田館でも麻吉旅館でも構いません。それよりも、問題は開催時期でして、実は5月23日から28日まで大阪・マサゴ画廊で第10回個展を予定しており、この時期だけは避けてほしいとお願いする積もりでした。しかし、ちょうど伊勢志摩サミットの開催期間(26,27日)と重なるので、伊勢でならこの時期の開催はないと、変な意味でほっとしています。

Yasuko 12月19日(土) 14:11
七ちょめさん、お心遣いありがとうございます。「花月の間」で全員泊れば大丈夫・・・もう卒業してるので合宿の気分でワイワイがやがやのほうが好きなので、ビップ待遇はしないでください。

確かに古い遊郭にひとりポツンと泊まるのは、ご遠慮したい気分だったのでそこのところ宜しく・・・

伊勢だったら近鉄が便利なんですか。
224.73.223.223.megaegg.ne.jp
1496: 先島諸島 小浜島〜黒島 万訪 12月12日(土) 16:42
今週末は沖縄先島諸島の島巡りやってます。あいにくの小雨ですが、のんびりしてていいです。

万訪 12月12日(土) 18:23
小浜島は結構観光客居ますね。はいむるぶしリゾートがあるからかなぁ。

孫右衛門 12月12日(土) 20:34
普通の週末を利用してホイホイと遠方に探訪される姿はうらやましい限りです。
小浜島はリゾートの島というイメージでしたので全くノーマークでした。七ちょめさんのレポートで良い集落があるのを知り驚きました。
今年の年末年始は沖縄というのも少し念頭にあったのです。本島周辺の離島を中心に訪ねるものです。

万訪 12月12日(土) 21:01
東京は全国どこへでも最短時間で行ける。しかも安く行ける。恵まれた環境だと思います。
今宵は黒島に泊まっていますが、観光客も稀な素朴さを極めた島です。明日歩くのが楽しみです。


七ちょめ 12月12日(土) 21:43
先島諸島と云えば日本の最南端、気軽に先島諸島と云えるものではありません。いとも簡単に行かれるのが羨ましいです。
現役を退いて20年、忘年会も少なくなりました。毎年泊りがけでの忘年会でしたが、高齢になり今年は日帰りになり、その一つが今日開催され参加してきました。朝の10時からはじまり今帰ったので約11時間かけての、のんびりした忘年会でした。後はもう一つ忘年会があるのみです。
そして明後日には静岡県の横須賀宿の八百甚に泊ってこようと思っています。
青春18キップを2枚使います。残りの3枚は9000円で売れました。儲かった儲かった。

万訪 12月13日(日) 18:30
黒島です。集落以外が、一部の森を除いて全て牧場と言う島。写真だけ見ると「北海道」って思うでしょう。牧歌的でのんびりするには最高の島でした。

万訪 12月13日(日) 18:33
黒島 伊古桟橋。サンゴ礁によって水深が浅いため、ある程度深いところまで迎えに行っていた頃の古い桟橋跡です。国登録文化財になっています。

Yasuko 12月13日(日) 19:45
地図を確認してびっくり、台湾のほうが近いではないですか。
すごい遠い・・・
独特の文化があるのでしょうね。

孫右衛門 12月13日(日) 20:44
黒島は石垣島と西表島間の礁湖の南端にあり、ここから南へ外れると外海になり波照間便が大きく揺れ始めるところですね。
放牧地と小さな集落だけと思っていましたがなかなかどうして、見応えのある集落です。
現在、離島の集落では渡名喜だけが保存地区になっていますが、その独特さという点からこの黒島、小浜島、波照間島いずれも重伝建レベルと思います。まとめて選定されないかな。

urano 12月13日(日) 21:24
沖縄の家、いいですね。
赤瓦の家は判で押したようにどれも同じ姿をしているのに、まったく見飽きないのは、その土地になじんだ伝統的な家だからなのでしょう。
石垣や庭の植栽もいい味を出していますね。
いつまでも伝えてほしい景観です。

万訪 12月13日(日) 22:33
やっぱり遠いですね。今羽田に着きました。沖縄の集落はあちこち歩きましたが、やはり先島諸島が一番いいかな。風が強かったけれど礁湖の中にあって大きくは揺れませんでした。ここから波照間へはメチャクチャ揺れますね。
最後に石垣島の白保集落を歩きました。住宅街の中に赤瓦の古民家がある風情がよかったですが、写真の家が実に面白い。大きな屋敷でしっかりした切石積で構えているのですが、建物が本州の様式の木造二階建てなのです。飛騨地方っぽい。板倉っぽいのもありました。これは沖縄では珍しいですね。
これで沖縄県のリストアップした集落がまた完結しました。でも、粟国島、南大東島、沖縄県じゃないけど那覇経由で行く与論島に行く予定です。

万訪 12月14日(月) 09:13
http://huglog.jp/2015/05/18/16550/
なんと本当に飛騨高山から移築したんだそうです。ビックリ

七ちょめ 12月15日(火) 16:18
白保は石垣島空港から石垣市街に向かう道すがらに見られる集落。私は沖縄らしいものばかりを狙って摂ってましたので、この家は摂ってませんでした。手前のフクギも太いですね。
波照間島は南の果て、黒島を横に見た辺りから船が揺れだすのでしょうね。私の場合は、往復とも揺れもせず穏やかな海でした。波照間島ではレンタカーでなくレンタバイク(スクーター)で走ったのですが、60年ほど前に乗っていただけのバイク。運転が怖かった怖かった。道で右往左往していても他に車も人も来ないので、自分で溝にでも落ちなければ大丈夫の世界でした。

今、静岡県掛川市の横須賀宿の八百甚旅館で泊って帰ってきました。
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1495: 高知県須崎市の旅館 七ちょめ 12月 8日(火) 19:13
高知県須崎市のこんな旅館に泊ってきました。
宿泊者は私一人でしたので、食事はできないと断られてしまいました。

七ちょめ 12月 8日(火) 19:20
二日目は高知県越知町のこんな旅館に泊りました。ここでは宿泊者は5名で食事がでました。

万訪 12月 8日(火) 22:41
いずれもいい感じの旅館ですね。食事が出ないとは、せっかく旅館に泊まったのに寂しいなぁ。

孫右衛門 12月 8日(火) 22:57
須崎市の旅館と聞いて、私も写していたかと見ましたが撮影していませんでした。
私も年末に予定している紀伊半島南部の探訪では、外観は伝統的な構えではありませんが明治創業時のままの建物で営業される小さな温泉旅館に泊まる予定です。

七ちょめ 12月 9日(水) 08:58
須崎市の旅館の位置はこの場所です。
http://www.mapion.co.jp/m2/33.38787959292429,133.28215239576886,17
町並の端に近い所ですが、近くには結構古い伝統的な家屋が点在していました。
旅館の女将に、この旅館の建物の構造は複雑で判らないですねというと、前に四国八十八所お遍路巡り別格の寺が前にありますので、その境内からだと良く見えますと云われて登って見ました。Kさん好みの良い俯瞰風景でしたが、下に見える旅館の建物構造はよく判りませんでした。
泊った建物はどの建物だろうか。前に中庭があったが。
建物全体が一固まりに纏まっているが、多くの棟の寄せ集まりでした。構造が複雑だから風を伴う大雨になればアチコチから雨漏りがします。そのたびに大工を入れて見てもらうが、雨漏りの原因がつかめないことが多く困っているとのことでした。

七ちょめ 12月 9日(水) 09:14
改めて俯瞰写真を見て思い出すと、やっと判りました。一番奥の建物の、窓の前に植木が見える部屋でした。

追加掲載です。この旅館の建物これだけじゃないことを今思い出しました。旅館に着いて最初に案内されたのは、この写真の上部中央に少しだけ写っている平屋建ての建物で、二間続きの「離れ」でした。そして後に案内されたのは樹木の見える奥の建物でした。どちらの部屋ともエアコンが動いていて、温かく迎えるようになっていましたが、私が選んだのは、後者のほうでした。経営者の住んでいる建物は上部右側の白いような2階建建物でした。

Yasuko 12月 9日(水) 11:16
ほんとに、どちらもいい感じの旅館ですね。須崎を見返すと写してました。覚えています強烈な瓦が印象的でしたので・・・でもよくあんなところまで泊まりにいかれました。
とっても古い旅館に泊まるはいい企画です。
ついでに食事も載せていただけたら興味がよりわくのですけど。私だけかも・・・


七ちょめ 12月 9日(水) 12:11
今回の探訪の報告です。何時もより丁寧にしようと思います。
家を出たのは午前9時前とゆっくりの出発。岡山までは新幹線。その後南風7号で高知へ、あしずり3号で須崎へ。須崎駅から町並を撮りながら旅館まで歩く。約25分。宿着は午後3時20分。
宿は殆ど女将一人で切りまわしですが、食事はダメと断られた。息子さんも時々姿を見せていたが他に勤めている様子。この旅館の入口は旅籠宿そのもので良かったです。部屋は2階で2部屋の続き部屋。エアコンも利いて快適な部屋だった。
前回の須崎探訪で訪ねていない地域だったが、伝統的な家屋が点在していた。複雑な構造の旅館は前に説明したので。

翌日は午前9時に宿を出て須崎駅まで戻り「駅レンタカー」。駅レンタカーと云っても看板は全く無い。駅員が日産レンタカーに電話している。少し前に駅に返したレンタカーがそのままだから、掃除して提供してほしいとのこと。慌てて駅員3名で車内掃除しての提供。カーナビの操作がチョット不明だからと聞いても、この駅員、自分の車と違うからと四苦八苦している。まあ、地図でなんとかなるだろうと走り出した。
こんどは自動車道に乗りたいがETCカードの設置場所が判らない。車を路肩に止めて、彼方此方探すが、簡単に見つからない。多分駅員に聞いてもダメだろうからと探すと、ダッシュボードの横に貼り付いていた。ダッシュボードを何回も見たが、一番運転手に近い所に設置されていたので、近い割に運転席からは見えなかったのだ。カーナビも何とか動かせるようになり、最初に訪ねたのは土佐市中心部。まあ強いて訪ねた程度で、伝統的な家が点在程度。
次いで土佐市宇佐の町並。こちらも古い家屋が点在程度。その後高知市まで走り、北本町の土蔵群。この土蔵群は調べないとわからないが、藁(わら)を納めていた土蔵群。今はそのままの状態でテナントとして貸し出して各種の店になっていた。

レンタカーを須崎まで戻って返却し、ジーゼルカーで佐川迄行き、バスで越知町まで。町並は大した町並でなく、水切りのある土蔵が点在する程度。
宿に着いたのは午後3時丁度。泊った旅館はかって吉田 茂 首相が泊った旅館で格式が高いのでしょうね。
今は工事や他の仕事の関係者を泊めるのを主にしている旅館。首相などを泊めた部屋には泊めないよと全ての宿泊者は表の間に泊めていた。大きな敷地の旅館で奥には現代風の大きな建物が二つあり、片方は女将の家、庭を挟んで片方は祖母などの家との説明だった。
それにしてもこの旅館のトイレは??と、女将の住んでいる家を見て瞬時に思いました。
未だにポットン便所。でも、便器に蓋つきのもので匂いはあまり感じなかった。

近くのバス停から10時39分発のバスに乗る予定だったが、もう一台早い8時52分発のバスに乗り佐川へ。このまま全ての予定を早めて約2時間ほど早く家に帰ろうか、特急電車は指定席だが、自由席でもガラガラだからと思ったが。

佐川に着いた途端に、土佐鶴酒造の土蔵群を見てこようと思い、佐川駅から歩きだした。
ゆっくりした探訪だったが、約1時間早めの列車で高知駅へ、それでも予定の列車まで1時間20分もある。

過去何回も高知市内は観光している。市内に泊ったこともあるが殆どは桂浜の観光だけで「はりまや橋」は何時も通過し、バスガイドが説明するのみ。それなら一度訪ねようと歩いた。

キャリアカーを曳いての探訪だったが、片道約10分。十分に写真を撮り、打ち上げの食事をして南風14号で帰途についた。自宅に帰ったのは午後4時30分頃だった。

この旅館に泊る旅では午前9時前後に宿をでて、午後3時頃には宿に入るを心がけています。
早く宿に入るのは、昼の旅館風景を撮りたいのと、朝遅い出発は宿の女将にいろいろと聞きだす機会を造るためです。それと旅館の前景も夕方と朝方の光の回りが異なり、どちらか良い方の景観を選択できますので。
                   おしまい。
写真は越知町の町並

七ちょめ 12月 9日(水) 14:40
孫右衛門さん、明治創業の古い旅館とのこと、差し支えなければこの掲示板で、差支えがあるようならメールでその旅館名を知らせて頂けませんか。
兎に角なかなか古い旅館が探せませんので、藁をも掴む思いです。
よろしくお願い致します。
南紀の古座に神保館と云う旅館があったのですが、つい最近廃業されてしまいました。


七ちょめ 12月 9日(水) 14:54
高知市北本町4丁目にある旧藁工倉庫群です。
第2次太平洋戦争後に建てられた倉庫群のようですが、なかなか立派なものでした。


万訪 12月 9日(水) 18:14
七ちょめさんの探訪記読んでると旅に出たくなります。実は、いま高松にいます。16:00に市内に入り、仕事を済ませた後、18:00にもうとんぼ返り。どこも歩けません。せっかく四国にいるのにもったいないです。

孫右衛門 12月 9日(水) 23:19
私も今日は島根県大田市に出張(現場)だったのですが帰り荷道の駅に寄る余裕もありませんでした。
予約しているのは湯川温泉の恵比須屋旅館という宿です。私の場合は、小さな温泉旅館に泊りたいと探していて、それが調べると操業が明治期と知っただけです。
建物の躯体はそのままなのでしょうが、外観や内装は新しく改装されているようですので、余り古さや伝統を感じさせない印象です。


七ちょめ 12月10日(木) 09:58
孫右衛門さん、南紀遠征の宿をお教え願い有難うございました。
旅に合った良い旅館を探されましたと感心です。

只、私の場合の目的で、創業時期がネットで調べる限りは不明なのです。電話で聞けば良いのでしょうが、そこまでと思う気持ちもあり、暫くは不明のままにして置きます。

私の目的では??ですが、町並探訪の一人旅で温泉で癒すためには「持って来いの」旅館と思います。十分に町並と温泉を楽しんで来てください。
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1494: ナイトラン イン 伊豆 万訪 12月 6日(日) 00:53
15:30に家を出て、伊豆下田まで行ってきました。クルマはエルグランド。コースは下記です。
芝公園→横羽線→横浜新道→西湘バイパス→熱海→伊東→河津→下田→湯ヶ島→三島→箱根峠→小田原→西湘バイパス→逗子→金沢文庫→湾岸線→天王洲
家に着いたのは、0:00ちょうど。8時間のドライブでした。

夜の下田は、白い海鼠壁が輝いて美しかった!

万訪 12月 6日(日) 00:54
ペリーロード
この川沿いの町並みはいつ見てもいいなぁ

万訪 12月 6日(日) 00:55
クルマでなければこの店で一杯飲みたかったなぁ

Kさん 12月 6日(日) 11:33
下田のなまこ壁、オフ会の時のスケッチを思い出します。見るのは魅力的ですが、描くのはいかにも面倒でした。

下田市のこの辺りは「下田市1丁目」といきなり丁目表示になるのですね。

万訪 12月 6日(日) 16:07
本当だ、下田市一丁目っていうんですね。

孫右衛門 12月 6日(日) 08:20
これまで訪ねたことのあるところであれば、あえて夜を狙った町並探訪というのもなかなか斬新ですね。
ライトアップや灯りをともすイベントをやっているところもあります。近くで言えば竹原がそうです。一度行ってみたいと思いますが人が多そうなので躊躇しています。
やはり普段の姿でないと、と思います。ただ、夜は夜なりのいい雰囲気を出す町並というのは、少ないですね。たいていは真暗でしょうし。

太泉八雲 12月 6日(日) 08:25
夜の伊豆いいですね。
ぶらっと、ナイトラン。車を持っていたときを思い出します。
うらやましい。

万訪 12月 6日(日) 09:30
娘とのコミュニケーションはドライブになっています。昼出かけるとどこもかしこも混んでいるので、あえて夕方から夜にかけて出かけるのが空いてていいです。町並み探訪としては、ある程度夜景が成立するような賑わった街じゃないとダメでしょうけど。週末の時間を有効に使えて、なかなかいいもんです。

Yasuko 12月 6日(日) 09:44
夜景の写真は大好きです、しかも行ったことのあるところはなおさらいいものです。
下田は好印象の町です。すぐ行けるのがうらやましいです。

孫右衛門 12月 6日(日) 20:23
投稿時間の表示がおかしいですね。私の書き込みは夕方ですが。
一時的な不具合でしょうか。

孫右衛門 12月 6日(日) 20:25
私の今書き込んだものは正確な時間で表示されています。

urano 12月 7日(月) 12:34
暗闇に浮かび上がるなまこ壁、いいですね。
非日常感がおもしろいです。
こういう風景が見られる町並みなら、日没後も探訪してみたいです。

万訪 12月 7日(月) 12:57
意識してライトアップしているようです。夜は余計なものが消えてくれるから、夜こそ町並みの特徴的な建物や部分を照らしてあげると、面白いかもしれませんね。暗い街だからできること。ナイトランかねて夜の町並みシリーズ始めようかな。

Yasuko 12月 7日(月) 18:02
夜の町並み絶対面白いと思います。七ちょめさんの旅館シリーズの夜の写真も郷愁を感じられてとっても好きです。

夜写すのは町並みの見方として新しい方向だと思います。特に日没直前の写真などなかなか撮れないので大好きです。

七ちょめ 12月 8日(火) 17:14
高知県の須崎市と越知町の旅館に泊ってきました。
古い旅館の夕景は結構苦労します。それぞれ旅館の事情で電気が点けられなかったり、窓だのに内側は板で遮蔽していたり、遮光性のカーテンで孫が生活しているなど。昨夜も電気を点けてと頼むと、その場所はおばあさんの生活の場所でタンスが並んでいて、電気を点けても見えない等々。

そこそこ良い町並では、夕景から夜景の町並は見られるところがありますね。
以前泊った奈良県の五條市などもそこそこ見られる町並でした。
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