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1673: 中山道芦田宿の金丸土屋旅館 七ちょめ 3月29日(水) 09:13
この芦田宿金丸土屋旅館に電話すると、現役で!! 旅館の営業がなされているようです。
嬉しいですね。昔の旅籠がそのままの形で今に続いているのは!!。近い将来泊まりに行こうと計画しています。
この写真は2010年6月に訪ねたときの写真です。

孫右衛門 3月29日(水) 20:21
中山道芦田宿のこの旅館、私が訪ねた時の文章も「今でも営業されいるのだろう」と書いているので現役のように見えたのでしょうね。立派な妻壁が印象的でした。
このようなところで営業できているのは、中山道めぐりの客相手なのか、または土木工事関係で持っているのかなのでしょうね。

さて、私も繁忙期が終り、これから9・10月にかけては比較的探訪を組みやすい時期になります。まずは4月に入り8日に城崎温泉の登録文化財の宿に泊ります。両親が年齢的な節目ということもあり、家族で向います。周囲の町並も少しは訪ねるかもしれませんが、基本的に町並は無しです。
4月末の大型連休の前半は佐渡島を中心に新潟県を訪ねようと思っています。3泊4日か、前日の夜行バス出発の4泊4日か、詳しい行程は今週末には詰めようと思っています。

urano 3月30日(木) 01:27
この旅館、現役でいらっしゃるとは驚きましたが、改めて自分で撮影した写真(2015年10月)を見ると、建物前の標識に「今も旅館を営む」とありました。
いかにも「旅籠」といった感じの、いい佇まいですね。
レポート楽しみにしております。

孫右衛門さんの書き込みにもありますが、日が長くなってきて探訪シーズン到来といった感が増してきました。
ご家族で城崎温泉、いいですね。私は行ったことがないのですが、ここは文学で町おこしをしているので、その点でも興味があります。

七ちょめ 3月30日(木) 09:26
孫右衛門さん、できる間に納得いくまで親孝行を!!
城崎温泉の有形登録文化財の宿は西村屋本館をはじめ、三木屋・ゆとう屋などありますが、いずれも高額な宿泊代ですし、私のような一人旅では泊めてもらえないのが難点。
特に西村屋本館は京都の柊屋や炭屋のような超高額旅館に匹敵しますからね。
西村屋本館には泊ったことありませんね。西村屋別館の招月亭(確かこんな名前)には泊ったこと有るのですが。
両親を連れての親孝行の旅、頑張って下さい。

Kさん 3月30日(木) 20:43
城崎で一番手頃な登録文化財は小林屋です。私でも泊まれます。

孫右衛門 3月30日(木) 21:24
予約しているのは三木屋旅館です。有名温泉地の伝統的旅館ですのでそれなりの料金はしますが、西村屋本館に比べると割安です。
私だけなら小さな古びた旅館を選びますが、せっかくですのでね。
ここは町並として掲載してはいますが、連休中の人の大勢いる中で早足で歩いて撮影しただけでしたので、早めに到着して外湯に1・2箇所入りながらでも詳細に町並を取材したいと思っています。
姫路城の桜を見たいというのを何度か聞いていたのがきっかけです。私も学生のときの帰省の途中で一度見学したことがあるだけです。町並探訪では周囲や郊外は何度も訪ねてはいますが、お城は久々です。
学生の時は世界遺産登録前でしたが、今は大変でしょうね。増してや桜の時期で混雑するでしょうから、内部の見物はせず敷地内の桜だけを見ていこうと思っています。

万訪 3月31日(金) 16:50
城崎温泉。自分がいつ行ったか調べたら1996年、20年前でした。その時、三木屋に泊まりました。いい旅館でした。ロクな写真が残っていないので、ちょっと前に話題になった竹野とともに再訪しなきゃです。

孫右衛門 4月 1日(土) 09:33
万訪さんは泊られたことがあるのですね。こうしてみるとオフ会にも適したような外観です。最近改修されたらしいのですが、建物はもちろん料理も評判とのことで、その点も楽しみです。
p899084-ipngn200608niho.hiroshima.ocn.ne.jp
1669: 中津川市の上見屋旅館にいます 七ちょめ 3月21日(火) 17:09
uranoさんに教えてもらった中津川付知の上見屋さんでビールを飲んでいます。雨が降っていましたが、無理やり町並みを歩きました。明日どしても出ないといけない通夜が入り今日強引に歩きました。写真は泊まる上見屋さんです。

万訪 3月21日(火) 19:08
七ちょめさん投稿の写真ですが、先の彦根のトップ写真とこの上見屋の写真が、スマホで見ると天地がひっくり返っています。他の方からは反応ないので、私だけか、スマホ共通なのか?

七ちょめ 3月21日(火) 19:30
前回も今回もどいうわけか画像が天地が逆さまになるのです。でも、その後天地を修正しているのですが、なおってませんか。私のタブッレットだけが直っているなかな?。

Yasuko 3月21日(火) 19:32
私もスマホでみると2枚が上下が反対に見えるのでびっくりしてました、パソコンでみると何も異常ありません。どういうことでしょうか、不思議です。


七ちょめ 3月21日(火) 20:11
上下さかさまは困ったものです。
中津川市付知の町並みは辛うじて私の町並み指数で40がやっとと言うところです。
雨の中懸命に歩いたのにと思いますが、泊まった旅館はよっかたです。



万訪 3月21日(火) 20:39
七ちょめさんの評価で40であれば、私の場合「行き」になります。この旅館は良さそうですね。ぜひ泊まって見たいと思いました。

七ちょめ 3月21日(火) 21:18
この旅館、街道沿いからは入れず、横の道から入るようになっています。多分街道沿いからは入るのは宴会の方々にと思います。

孫右衛門 3月21日(火) 22:20
私はこの掲示板はスマホで見ることはまずありませんので、上下逆転しているといわれているのが逆に良くわからず、全く違和感無く画像を見ることができています。

私も七ちょめさんの言われる町並指数40は古い町並として十分及第点レベルと思っています。加えて付知の上見屋は良い旅館のようですね。この方面は今年間違いなく訪ねることになると思いますので、その時は宿泊候補とします。


七ちょめ 3月22日(水) 08:53
上見屋さんの料理屋部分の建物です。
今度は上下大丈夫かな。

万訪 3月22日(水) 21:38
最後の写真は大丈夫です。最初の写真ですが、画像を取り込んでもひっくり返っています。不思議ですね。

七ちょめ 3月22日(水) 21:57
それにしても、このタブレットのカメラの性能は悪いですね。
いろいろ見ているのですが、修正する項目がありません。露出とタイマーと前後の切り替えはあるのですが。
どうもこのタブレットで摂るときに、あっちを上にしたり、別の方を上にしたりして撮っていたためと思われます。
最後の写真は、タブレットの上にする方を決めて摂りましたら、正常に掲示板に表示されるようです。
でも、カメラの性能はダメですね。

七ちょめ 3月23日(木) 22:30
岐阜県中津川市付知町の町並です。電車とバスでの訪問でした。
町並というより、古い家屋の点在は2km以上に亘って続きますので、町並探訪も大変です。
当日は雨の中、旅館の遥か手前で降りて旅館に向かって半分は歩きましたが、残り半分が残っています。北の端まで行くのは大変と女将に話をしていると、車で送ってあげると片道は送ってくれました。往復するのは大変と思いましたが、半分は車で送ってもらって助かりました。
まあ、町並指数は30にしようか、泣く泣く40かと迷っています。

七ちょめ 3月24日(金) 13:46
中津川市付知町の上見屋さんの、街道に沿った旧旅館部分の入口ですが、今ではこの旅館所有者の私邸部分の入口になっていました。
見るからに旅籠屋の玄関入口ですね。
そんな事を知らずに、この入口から入ると、横の道を通って奥に廻って、看板のある入口から入って下さいと云われました。
その旅館部分の入口と反対側には鉄筋コンクリート造りの大きな建物があり、上見屋会館とあり、大きな宴会なども引き受けたおられるようでした。
旅館をチェックアウトする時には、宿泊客が私一人だったのに、調理場では多くの方が、忙しそうに働いて居られました。

urano 3月30日(木) 00:59
ほかの話題が続々と立ち上がっているなか、レスが遅れてすみません。
七ちょめさんは付知へ行かれたのですね。雨の中おつかれさまでした。旅館の入口は路地側にあるのですか。1枚目の写真のところまでは、私は歩きませんでした。
ここは町並みが長いので、連続性という点では今ひとつかもしれませんね。でも、いい平入りの町家が残っています。

七ちょめさんの写真はPCで見ても、スマホで見ても、天地正しく表示されています。
em1-115-199-44.pool.e-mobile.ne.jp
1671: また大阪ローカルの話題です Kさん 3月25日(土) 17:25
また大阪ローカルの話題で申し訳ありません。
今日、大阪市福島区の野田2丁目へスケッチに行きました。かつて一番気に入っていたポイントが見事に変貌していました。2月に下見に行った時に確かめるのを忘れ、その後、グーグルでみるとちゃんと残っているようでしたが、すっかり新しい町並みになっていました。

Kさん 3月25日(土) 17:30
これが06年7月に描いた同じ場所です。

Kさん 3月25日(土) 17:33
もう1カ所。同じ野田2丁目で、今年2月に下見に行ったとき、スケッチしたいなあと思う路地がありました。しかし、時間がなかったので写真と撮っただけでした。

Kさん 3月25日(土) 17:39
ところが今日行ってみると、この状態でした。この後ろでの家は取り壊し作業の真っ最中でした。来週中にはずっと向こうに見えるピンク色のテントの手前まで、すべて取り壊すと行っていました。スケッチはしましたが、私のホームページに絵をアップしたころには、すべて更地になっているようです。

万訪 3月26日(日) 07:45
この前、大阪環状線から見たとき、随分空き地が増えてる、外装の新しい家が増えてると思いました。トップの場所はショックです!

七ちょめ 3月26日(日) 08:33
トップの場所は、野田を代表する一番の古い町並だったのに無くなったのはショックです。
地下鉄野田駅から随分の距離を歩いて何回も訪ねた場所でしたが。

孫右衛門 3月26日(日) 13:34
野田といえば、この石畳の路地も失われた?ということを教えてもらったことがあるような気がします。町並としても意識されても損は無いレベルでしたが、都市部でもありなかなか難しい問題もあるのでしょうね。
ここを訪ねたとき、小学生の男の子2人組に案内してもらった思い出が残っています。自転車で普段から探検していたのでしょう。あの後、七ちょめさん宅でお世話になった日です。その少年たちは4年生といってましたから、もう成人していますね。早いものです。

辰巳屋 3月26日(日) 20:05
大阪野田のこの街並みは都会の中にありながら永遠の景観のように思えましたが、無くなってしまったのですね。随分と変わっているのですね。これ以外にも失くした街並みがあるのですか。
トップの場所は2008年に訪ねました。

七ちょめ 3月27日(月) 13:58
環状線野田駅の北側の古い町並に在るこの路地の石畳みは見事でしたが、もう無くなっているでしょうね。
写真は3〜4回訪ねた初回の写真です。2003年8月の撮影です。
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
1670: 広島駅西 大須賀町 万訪 3月22日(水) 01:52
いま広島にいます。仕事で出張です。広島駅に着いて、弊社広島支店の同僚と飲むことになったのですが、場所は大須賀町でした。いま人気のスポットのようですね。お好み焼き居酒屋で飲んだ後、レコードバーで飲みました。面白かったです。
昨年10月に孫右衛門さんに連れててもらった以来ですが、こういう空間は全国どこも人気ですね。戦後の町並みはいま旬ですね。

孫右衛門 3月22日(水) 07:41
こちらに来られているのですか。しかしすぐに京都に移動とか。お疲れ様です。
この一角は10年前には場末の寂れた一角に過ぎなかったのですが、生まれ変わりました。オーナーも客も若い人が多く、雰囲気も全く変わりましたね。
駅周辺の他の一角は、昭和の面影が全く無くなってしまいましたので、ここは少しでもこのままであってもらいたいものです。

七ちょめ 3月23日(木) 09:15
学校を出たのが、昭和33年で、当時の勤め先は大阪の十三近くにあり、5年ほど前に焼けた「小便小路」と言われた所を毎日通勤で通って会社に通っていました。
帰りにはよく飲んだものです。
戦後のどさくさの飲み屋街です。ドブロクなどの違法酒が当たり前に通用していました。
戦後の飲み屋街、懐かしさもありますが、嫌悪感の方が勝ちどうしても好きになれません。
戦後も落ち着いてから生まれた方には理解も難しいでしょう。時代の流れとはそんなものでしょうね。

万訪 3月23日(木) 22:40
七ちょめさんの言われたことは、戦後をリアルに体験されている方としてはそうだと思います。今の若い人は全くその感覚は分からなく、現在の町をの作りからすればテーマパークなんだと思います。私も後者の感覚が強い。嫌悪感というものが全くないんですね。これぞ集落町並み「地と図の転換」なんだと思います。
i60-43-49-28.s30.a048.ap.plala.or.jp
1668: 萩藩の港町三田尻 孫右衛門 3月20日(月) 08:48
昨日久々に近場の探訪に出かけました。防府市の三田尻といえば、萩往還の終点で港町だったところです。ここの町並が探し当てられずに長年そのままになっており、最近ふとしたきっかけで情報を得ましたので訪ねた次第です。
古い町並としてはそれほどまとまって残る状態ではありませんでしたが、ついでに程度に思っていた旧御茶屋の建物は大変見応えがありました。数年前までは藪に埋もれて廃屋のようになっていたとのことで、NHKの大河ドラマをきっかけに整備され、公開されるようになったとのことです。

孫右衛門 3月20日(月) 08:52
2階への急な階段を登って座敷を見たところです。かつてはこの屋敷より南側はすぐ海だったようで、来客に少しでも海の眺めを良く見てもらおうと座敷の周囲が一段高い渡り廊下になっています。

孫右衛門 3月20日(月) 09:03
三田尻の町並です。この一角の他萩往還沿いに町家が残っており、町並度4というところでしょう。

その他訪ねたのは、まず市内中関の町並、ここは訪ねられている方もおられるようですが町並としてはあまり残っていません。私も以前パスしたところで近くに来たのでついでに撮影したといった程度です。
後は山陽道沿いの戸田、福川、徳山の工業地帯のすぐそばにある櫛ヶ浜の再訪、後全くの新規で現在は岩国市に編入されている周東町三瀬川集落を訪ねました。これは太泉八雲さんの情報で、零細な山村の様相でしたが、周囲の集落景観としてはまずまずのものがあり、町並として掲載しようと思います。
戸田と福川は山陽道を辿った時に部分的に掲載しているだけでしたので、今回の再訪で2箇所抱き合わせで町並ページとして掲載する予定です。

urano 3月20日(月) 09:52
けっこう行かれましたね。私はこの三連休、自宅で過ごしています。
三田尻は2012年のゴールデンウィーク旅行で訪問しました。そのとき御茶屋は公開施設になっていましたが、あいにく訪問時は月曜日か何かで休館でした。
屋根が木皮葺きになっているのですね。中の様子もよさそうです。これはまた行かなくてはなりません。
中関はそのときに行こうと思いながら、時間の都合で見送ったところです。保存状態はあまりよくないのですね。
三瀬川は気になったので太泉さんのサイトを拝見しました。雰囲気がある家並みですね。

七ちょめ 3月20日(月) 14:44
この三連休は天気が良く、快適な探訪だったと思います。
中関は訪ねていますが、近くの三田尻は未訪問です。というより知らなかったです。
私は明日、探訪と古い旅館に泊まりに出るのに雨模様のようですが、どの程度の雨か??
今日は天気が良いので、土筆の写真を撮りに!!

孫右衛門 3月20日(月) 20:22
「花燃ゆ」でしたか山口県を舞台にした大河ドラマがきっかけで、萩往還沿いに観光客を誘致したといわれてましたので、uranoさんが訪ねられた時はそれに向けて準備段階だったのでしょう。今でも庭はまだ整備中のようでしたので(写真)、今年後半か来年にはさらに見応えがあるものになっているはずです。

私のところからはガソリン代と高速代で5000円もあれば行ってこれるところなのですが、他の付加価値も少ないことを考えると、果たして町並も残っているかどうか判らない三田尻を訪ねる気がなかなか湧きませんでした。しかしなかなかどうしてこの旧御茶屋をメインに訪ねる価値があるといっても良いものでした。

土筆の写真。春の風物詩ですね。ふきのとうは時折眼にするのですが、土筆は長らく眼にした事もありません。

万訪 3月20日(月) 23:45
孫さんは近場を再探訪でしたか。春を感じる三連休でしたね。今、那覇から羽田空港に着いたところですが、あまり寒くない。明日は仕事で広島に夜遅く着き、明後日午前中を広島で過ごした後、午後は京都と大移動です。
pw126253162102.6.panda-world.ne.jp
1667: 大東諸島(沖縄県) 万訪 3月19日(日) 17:53
沖縄本島から東へ380km離れた「うふあがり島(大きな東の島)」という南大東島・北大東島へを歩いております。
飛行機から見た南大東島です。隆起サンゴ礁の島で、環礁の中が陸地化したため、外周が琉球石灰岩の岩盤の丘で囲まれており、真ん中が盆地になっています。そこに水がたまって池になっている。沖縄の他のどの島とも趣が違うのは、明治期に八丈島から入った開拓民の流れだからでしょうか。自然と人工により造られたランドスケープが美しい!

万訪 3月19日(日) 17:54
画像つけ忘れた。

万訪 3月19日(日) 18:03
南大東島の中心集落。サトウキビ栽培で発展した島には、絶海の孤島と思えないほどデカイ立派な製糖工場がある(画像奥)。街も大きく、スナック街まであります。

七ちょめ 3月19日(日) 18:55
南大東島・北大東島 沖縄の東380kmのところ。
地図でもなかなか表示されてない。でも写真から見ると日本で日本の車ですね。
異国情緒というような悠長なこと言ってられない所ですね。
離島の探訪もここまで徹底されると、どう言ったら良いのか言葉になりません。
まあ、頑張って下さい。

万訪 3月19日(日) 19:17
集落町並みの情報は全くないですから、わざわざ行くような島じゃぁないんですが、まぁ行ってみるとなんやかんやあるもんです。
北大東島はリン鉱石の採掘で栄えた島。一時は4000人が居たそうです。その鉱業施設が残っています。画像は、リン鉱石の保管庫だった建物。他にも煉瓦造の乾燥施設なんかも残っています。

万訪 3月19日(日) 19:19
北大東島のリン鉱石の採掘場の門前町には、往時の建物が一部残っています。このように琉球石灰岩を積んだ石造建築が見られます。民家にもありました。

万訪 3月19日(日) 19:20
こちらは、さっき歩いた南大東島の製糖工場の施設。やはり琉球石灰岩でできています。

万訪 3月19日(日) 19:26
そしてこれ。南大東島の民家。腰に琉球石灰岩を積み上げたもの。沖縄では塀に積んだり台所の壁の下の方に積んだりしているのはよく見ますが、ここまでのは見たことないなぁ。

孫右衛門 3月19日(日) 21:03
大東島諸島を訪ねられているのですか。行くのに大変なところという印象しかありません。
私は流石に探訪候補の対象外ですが、ただ南大東島の地形には興味があります。いわれるように中央が窪んだ地形で、周囲が高くなっている。
成立要因は違いますが青ヶ島と同じですね。
しかも、周囲の尾根に砂糖きび列車が走っていたというのを宮脇俊三さんの著書で読んだことがあります。

那覇空港で石垣への便へ乗継待ちの間に、軽食コーナーで大東寿司を食したことを思い出しました。寿司飯に出汁をしみこませたような濃厚な味の寿司でしたね。なかなか美味と思いました。食べられましたでしょうか。

urano 3月20日(月) 09:39
大東島は産業系の登録有形文化財がありますが、民家の情報はほとんど見あたりません。万訪さんが本邦初ではないでしょうか。
石を貼った家は面白いですね。歴史が浅いせいか、まだ研究調査の対象にならないのかもしれませんが、それだけに掘り出し物もたくさんありそうです。

万訪 3月20日(月) 18:37
みなさん、町並みという意味ではレアなレポに反応いただきありがとうございます。沖縄県の中でなんか大東諸島だけちょっとアウェーな感じがあったんですが、その意味がわかりました。
大東諸島はそもそも琉球ではなく、無人島を明治期以降開発した島だからです。しかも、一企業が戦前まで統治していた島。製糖業とリン鉱事業で二つの島を開発し、全島社有地、島民全員が社員、給料も大東諸島でしか通用しない紙幣、店は全てが企業が運営。つまり独立国みたいなものでした。戦後は普通になりましたが、まだ名残があるのでしょう。
今日、南大東島の港に行きましたが、広島の船がセメントを運んでました。沖縄にあまり帰属していないんでしょうね。南大東島には巨大な製糖工場はあり、離島とは思えない風景でした。独立国のイメージがぴったりです。
両島共に近代化遺産の宝庫であり、その町並みが面白い!島です。
pw126245023064.16.panda-world.ne.jp
1666: 彦根市の鳥羽屋にいます 七ちょめ 3月13日(月) 16:47
今、彦根市の鳥羽屋でくつろいでいます。
あまりタブレットを持って出ることがなかったのですが、今日は持ってきました。
写真は南彦根市の仏具屋街です。
近くですが、初めての訪問です。

Kさん 3月13日(月) 21:26
私も行ったことがありませんが、なかなか感じのよい町並みですね。

万訪 3月13日(月) 23:04
ひえぇ
天地が反転してる

孫右衛門 3月13日(月) 23:10
七ちょめさんがここを訪ねられていないのは意外です。Kさんもでしたか。

もっとも私も、ここは彦根に泊る行程を立てていて、夕方前にホテルで借りた自転車で詳細に走り回って偶然見つけた町並で、訪れる人に紹介されるようなところでもないようですね。仏具屋街だと観光地にはなりませんし。

しかし町並は、市街地では一番良い所と思います。先日保存地区となった芹町などよりも見応えがありますね。
この時、彦根城の桜が満開で大変満足しました。ここは学生の時にも桜の時期に訪ねたことがあるのですが、町並の収穫もあって今でも印象に残る探訪の一つになっています。
居酒屋で近江牛を食したことなども思い出します。

いつだったかと確認すると、2005年ですのでもう結構前です。
この前はいつだったかと見ると、もう10年以上になっている事も少なくないですね。


七ちょめ 3月14日(火) 08:35
この醤油屋さんの前が歯抜けになっていました。
町並みはどんどんとと歯抜けになって行きますね。
昨年10月に芹川・河原町が重伝建に選定されたのはしりませんでした。





七ちょめ 3月14日(火) 13:23
泊まった宿は鳥羽屋さんでした。宿では商人宿と仰っていましたが、室内はなんのなんの
凝った造りの立派な客室でした。ハマグリ模様の「釘隠し」まで備わった部屋でビックリしました。


七ちょめ 3月14日(火) 15:19
彦根市の重伝建地区の入口の銀座交差点から、南東に入ると重伝建地区ですが、北東の彦根駅方面に向かうと、このような町並が現れます。古い町並じゃないので、私の守備範囲じゃないですが、チョット変わった町並と思って、町の人に聞きました。そして偶然、この町並の企画をした当時の商店街 旧理事長にも逢って話を聞きました。
10年ほど前に町の活性化のため、1臆5000万円の補助金をもらい、町並の表を、ベージュ系の3色に限定して塗装工事をして、化粧直しを行い、壁面に花の設置を行ったとのことでした。
チョット異彩を放つ町並と思いました。名前は藩政時代は幟旗の業者が多く住んでいたのに因んで、「登り町グリーン商店街」というそうです。
詳しくはホームページを開設しているのでそちらを見て欲しいと云われました。


Kさん 3月15日(水) 08:58
私のホームページで確かめると、彦根へは2000年に行ってから行っていませんでした。その後はいつの素通りでした。昨日、ストリートビューで、ベージュ色の商店街も含め、かなり広範囲にチェックしてみました。近々、スケッチに出かけることにします。

七ちょめ 3月15日(水) 11:42
彦根のこの銀座(近くに登り町グリーン商店街がある)近くにある芹川土手(堤)の両岸には2km以上に亘って両岸に桜の巨木が植えられています。桜の開花時は見事でしょうね。ぜひ桜見も兼ねてスケッチ旅行を!!

七ちょめ 3月19日(日) 15:39
掲示板の料金を払っておきました。報告だけでは寂しいので、先日訪ねた彦根市の河原町・芹川の重伝建地区の写真でも投稿しておきます。
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1665: ドンドン廃業・閉業 七ちょめ 3月10日(金) 17:15
今日も半日、泊る旅館を探すが、一軒も見つけられなかった。
暫く出ていないので、明日にでも泊まりに行こうと、この伊勢市神社港のこの旅館に電話すると、先月主人が亡くなったので、今は休んでいるとのこと。
旅館名をこの掲示板に書くと、検索に引っかかりますので画像から旅館名は見てください。
いらかぐみの多くの方がこの旅館の姿を公開されています。
それじゃ先日見つけた徳島市の古い旅館に電話すると、主人が退院したがもう一つ不調で休業していると。
老舗旅館と云われる旅舘で、巨大になった旅館はあるが、大きなビル旅館ではね。

孫右衛門 3月11日(土) 00:45
昨年のオフ会の後にここは訪ねましたので、私も撮影しているなと見ていたがなかなか見当たらない。
それはこの看板を目当てに探していたからで、昨年6月の段階では看板が外されていたので、この頃には既に営業されていなかったのかもしれませんね。

それにしても、しばらく出ていない?と言われていますがこの前九州の旅館に泊られたばかりと思っていました。
私は時節柄、もうしばらくの間身動きとりづらい状況です。

七ちょめ 3月11日(土) 09:05
孫右衛門さんの訪ねられた去年6月にはもう看板が無かったので、その頃にはもう休業されていたのでしょうね。
ドンドン廃業されていきます。これも古い町並同様、時代の変遷の一部と思えば仕方ないことですが、寂しいものです。

万訪 3月11日(土) 09:57
古い旅館に泊まれなくなる。私の写真は2008年です。

七ちょめ 3月11日(土) 10:57
再来週にこの宿に泊ってきます。
悪いことじゃないので宿名を言います。岐阜県中津川市の山奥にある「料理旅館上見屋」
です。なかなかいい風情と思います。
URANOさんに教えてもらいました。中々繁昌しているようで、来週一杯は予約で埋まっていると云われ、再来週になった次第。
それじゃ間が空き過ぎると、彦根の鳥羽屋旅館を予約しました。万訪さんが言っておられた宿です。序に南彦根の仏具屋街を見てきます。

urano 3月12日(日) 09:57
七ちょめさん、付知へ行かれるのですね。ここは町並みもよかったです。全国では歴史的な宿が次々と廃業されるなか、上見屋をはじめ3軒が現役でいらっしゃるのも特異なことと思います。
同じ南北街道では、付知の南の福岡、北の加子母も、そこそこの町並みでした。七ちょめさんの評価では「30」くらいかもしれませんが、時間があったらぜひ合わせてご訪問ください。
それと、前から気になっていた東白川村も、ストリートビューで見たら町並みがけっこう良さそうです。どなたか行ってらしたらすみません。ここには創業の古そうな料理旅館もありますが、外観を見る限り築年は新しそうです。

七ちょめ 3月12日(日) 10:00
少し前に、この掲示板を続けますかと書き込んだのですが、誰も連絡が無かったので再度書き込みます。
年間費用2500円のこの掲示板、不都合が無ければ続けようと思いますがどうでしょうか。
チョット欠点は、画像が一度に一枚しか投稿できないのが、最大の欠点です。

無料のものに変更するか、有料でも画像が複数投稿できるものに変えるか、今のまま続けるかの三案で考えて下さい。

万訪 3月12日(日) 10:11
私の意見は、このまま続けても良いですが、画像のサイズをいちいち小さくしなければならないのが多少厄介かな。ブログ形式となると勝手が変わるかな。勝手が変わらない方がいいかな。
どのような形でも構いません。どれかと言われれば、このままで良いです(自身のサイトもそのままにしています)

七ちょめ 3月12日(日) 11:38
中津川市付知は良い町並ですね。期待して訪ねます。
その南の福岡、北の加子母もストリートビューで見ると、そこそこの町並が残っていますね。その西側の東白川村もそこそこの町並で吉村屋という古い旅館もある。
さて、どうするか、付知で泊まるのは3月21日(火)です。問題は雪。私の車はノーマルタイヤだし。上見屋旅館に泊まって、付知の町並を見て帰ろうと、JRとバスで行く計画を立てたのですが。
他の福岡・加子母・東白川村を訪ねようと思うと、自動車になってしまう。
まあ、3月も20日を過ぎているのだから道路上の雪は無いでしょうが、当日の雪も有り得ますので。と直前まで思案します。

孫右衛門 3月12日(日) 15:16
付知、加子母などを含む辺りは私も春以降の1発目の遠征の候補地です。まだ日にちが定まらないので上見屋に泊るかどうかはわかりませんが、新規と一部訪ね直しを含めて十分の行程が組めます。私もURANOさんからここで情報を得たのですが、特に付知は町並も良さそうですね。

掲示板ですが、画像が複数投稿できないのはやや不便ではありますが、大きく表示できますし、何より随分以前の投稿もアーカイブされていますので、そういう意味でも継続希望です。

七ちょめ 3月12日(日) 16:34
中津川市付知の「上見屋」は名前を教えてもらいましたが、URANOさんが中を見せて貰ったのは同じ所にある「亀利」という料理旅館だそうです。この「亀利」も明治の創業とのことです。
どちらも料理旅館として老舗です。
URANOさんは「亀利」が良かったとのことでした。

掲示板の件はこのまま継続との意見が出ましたので、今のまま続けましょう。
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1664: 少し前の北部九州訪問 七ちょめ 3月 7日(火) 18:29
先日の北部九州訪問で訪ねた町並で、割に良かったのは佐賀市柳町の町並と思いました。多くの方が訪ねられていますが、私は初めてでした。旧古賀銀行の建物が立派でしたね

万訪 3月 7日(火) 21:01
旧古賀銀行は、三菱一号館の銀行営業室を復元してカフェで利用する計画の参考にさせていただきました。立派ですよね。
画像の町並み、ピンクが鮮やかでいい感じ。

九州といえば、今年のGWに佐世保と上五島との間にある平島と江島を訪ねる予定で、航空券も購入済みだし、前後の旅程でのホテルも予約済み。だけど、平島にある一軒宿を抑えていなかったので予約のため電話しました。何で来られるのと言われたので、観光ですと答えたら、法事があるんで受けられないと断られました。おそらく法事は嘘で、仕事以外は断っているのではないかと思うのです。両島への船は、上五島の友住港を朝早く出て2つの島を経由して佐世保に行き、夕方2つの島を寄って友住港へ帰ってくるという運航。つまり、日帰りだと上五島側から出ないとできないし、一島毎でしか行けないのです。佐世保から平島午後渡って宿泊し、江島を往復して友住港に行く計画でしたが、それが叶わない。困りました。

先方の予定が確定しているであろう直前にもう一度トライして頼み込むしかないかな。

孫右衛門 3月 8日(水) 09:12
この町並、猛暑の中を訪ねたという印象が残っています。この界隈は家々が街道に対して随分角度を持って建てられているのが印象的でした。(特にこの西側の界隈)
掲載されたところを見ると、未探訪でよさそうなところがありますね。七ちょめさんの町並指数で40あれば、十分探訪の価値のある町並と思いますので、
長崎県に訪ねたいところがまだ結構残っていますので、それと合せての2日間の探訪が十分に成立します。オフ会と方面的に被ってしまうので優先はしませんが、いつかは実行する予定です。

七ちょめ 3月 8日(水) 11:34
万訪さんが旧古賀銀行を参考にされたのですか、すると旧古賀は銀行の営業部は凄いのですね。私 実は中を見ていません。「当日はひな祭りの催しの最中で、この辺りの有名な施設は全部無料で入れたのですが、私は基本的には町並という意識がありますので、あえて中を見ることは!!しなかったのです。チョット残念です。見ときゃよかったと思っています。

オフ会までにもう一度九州の大分県と宮崎県を訪ねようかなと計画していますが、実現は??。大分県の宿は何とか見つけたのですが、宮崎県では延岡にチョットと首をかしげる宿しか見つからず!!
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1663: 蒲生4丁目 Kさん 3月 6日(月) 09:28
せっかく新潟の雁木の話題で盛り上がっているところなのに、ローカルな話題で申し訳ありません。
一昨日、近くまで行ったついでに大阪市城東区蒲生4丁目の古堤街道へ行きました。いらかぐみの何人かが撮影されている建物(絵)が見事になくなり、大型マンションの建設工事が進んでいました。
なお、近くにある茅葺きの豪勢なお宅は、何と「金剛組」の手で修理中でした。

Kさん 3月 6日(月) 09:32
街道の南側の家並みは健在でした。上の絵に描いてある電柱の所から、この構図でスケッチしました。ガードマンのいるところに上の家の玄関がありました。

Kさん 3月 6日(月) 09:38
大阪の市街地にある現役の茅葺き屋根はやはり珍しいですね。

万訪 3月 6日(月) 13:41
こうしてみるとよく残ってる町並みですね。記憶にないので、自分のデータベース見たら、メインの写真にしていました。2枚目の写真で、左側がすっかりなくなっちゃったのですね。

七ちょめ 3月 6日(月) 17:01
蒲生4丁目のスケッチのお宅が一番貫禄ある家屋でしたのにね。残念としか言いようがないですね。
また、この茅葺の家屋も写真を撮って掲載している筈と、茅葺屋根のページを見ると、タイトルの所には蒲生4丁目のこのお家が出ているのに、肝心の写真が無くなっている。
多分COOLからYAHOOに変更した時に、何かのトラブルで、COOLから取り出したデーターを上手くYAHOOに転送で来てなかったようです。
Kさんのお蔭で、不備なところが見つかりました。今夜にでも新しくUPし直しておきます

孫右衛門 3月 6日(月) 23:19
ここは細長い堤上に長々と連なる珍しい町並で、よく印象に残っています。他にも大阪風長屋、3枚目の堤下にある茅葺家屋のある大きな屋敷など様々な顔があって面白いところでした。連続性も高い町並で、このレベルだったら保存にも値するものと思っていましたが、流石にそうは行かないようですね。

なくなったという建物は、私のページの1枚目に掲載していました。

urano 3月 7日(火) 01:24
大阪は土地勘がなく、蒲生4丁目と聞いてもまったくわかりませんでしたが、地図で検索すると京橋のすぐ近くですね。こんな市街地に、よく歴史的な町並みが残っているものと思います。
でもよくよく思い出してみれば、大阪に行ったときは市街地でも、トタンで覆われながら大和棟の構造を残す古民家をかなり見かけた気がします。東京では、こうはいきませんね。

Kさん 3月 7日(火) 07:26
uranoさん、この道路は大和街道、古堤街道、野崎道といった呼び方がある古い街道です。京橋付近を起点に寝屋川(旧大和川?)に沿った土手の上を通っており、今でのその地形がはっきり分かります。上方落語に「野崎参り」というのがあり、屋形船で行く客とこの街道を行く人が、いろいろとやり取りする噺です。

七ちょめ 3月 7日(火) 11:08
どう見てもこの家が町並形成に一番寄与しているようですね。
画像を探し出しました。取り壊されたのは残念です。
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