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1578: 尾道の長江 辰巳屋 6月28日(火) 21:44
尾道の長江は、畳表の問屋がある長江通りが有名ですが、長江通りから一歩西の山手に入ると「山城戸通り」があります。少し進むと「挹翠通り」になります。山頂まで進むと聖和寮という尾道の旦那衆の別邸と思われる建物があります。(現在は異なります。)挹翠通りの近くには、「柳水井」があり、昔は大切な井戸として親しまれてきました。尾道の坂道や小路を彩る大切な井戸です。
Kさん是非尾道に来てください。尾道はスケッチの場所としては最高の街と思います。
画像は山城戸通りです。

辰巳屋 6月28日(火) 21:45
画像は挹翠通りを山頂近くまで登ったところにある聖和寮です。

辰巳屋 6月28日(火) 21:46
画像は、柳水井です。

Kさん 6月29日(水) 07:40
改めて辰巳屋さんの「尾道散歩」コーナーを拝見しました。坂と路地がやはりすごいですね。行きたくなりました。

万訪 6月29日(水) 21:14
辰巳屋さんこんばんは。尾道散歩すごいですね。隈なく歩かれているのにはビックリしました。これだけの情報があれば、今度訪れた時、要所の見落としなく歩けるでしょう。行きたくなりました。

孫右衛門 6月29日(水) 22:08
この山城戸通りはこの前尾道を訪ねたとき歩きましたがその先まで入ってません。
私はどうも尾道というと古い町並とは違うものという思い込みが強く、中途半端な探訪に終始しているようです。
数日滞在してみると違うものが見えてくるのでしょうね。

七ちょめ 6月30日(木) 09:56
尾道市には古くからの旅館で西山本館があるのですがね。登録有形文化財に指定されている由緒ある立派な旅館ですが。創業が昭和5年とありチョット躊躇しています。
でも建物は立派ですね。
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
1577: 尾道の話題 孫右衛門 6月18日(土) 21:05
先週後半、尾道の商店街裏手で火災が発生し、多数類焼したとのニュースがありました。
その状況確認とともに訪ねていない地区があるのが気になって、手早く訪ねてきました。
このメインのアーケード街の海側の随所に、細い路地が密に入り込む住宅街や飲食街があります。そんな場所で発生したのでなかなか消し止めるのは難しかったようです。
古い町並とまではいえないものの郷愁感はある一角でしたので残念なことです。保存の対象にはなりませんので、ある意味防災上厄介な区域として知らぬ間に再開発されてしまうことが多く、こういう場所も物のついででよいから記録しておくべきと思います。
これは類焼をぎりぎり免れた辺りの様子。また、アーケード街に面する区画も5・6軒の店舗が被害に遭ったようです。

孫右衛門 6月18日(土) 21:13
訪ねていない地区というのは駅の真裏の斜面です。洋風の別荘みたいな建物が幾つも見えるエリアです。

孫右衛門 6月18日(土) 21:19
地区への上り口が判りづらかったですが一通りめぐりました。大正から昭和前期にかけての流行りの住宅街といったところのようです。
銀山街道沿いの長江町、市街地東方の久保町など一通りレンタサイクルで廻れるところは自転車を使い、2時間ほど走り回りましたが夏至近い晴天はきついですね。短時間なのに腕が真っ赤になりました。
帰りに竹原市忠海町にも寄りました。

孫右衛門 6月18日(土) 21:23
×レンタサイクル→○車に積んだ折畳み自転車

ついでにもう一枚。

七ちょめ 6月18日(土) 21:40
尾道のこの路地のような町並、古くからの町には結構ありますね。
古い町並などと云っていると防災関係者は「しかめっ面」するでしょう。
京都の西陣なんかその典型でしょうね。災害に弱い町をどうして近代的な町にして行くか。何処で折れ合うかの問題でしょう。

万訪 6月19日(日) 14:50
起伏、密集、路地、石垣、板壁、洋と和
好きな町並みの要素をどのショットからも感じます。有名であるがゆえに今まで敬遠してロクに歩いていませんが、ちゃんと歩かなきゃ行けませんね。今年後半の広島攻めで実行できたらなぁ。

孫右衛門 6月19日(日) 20:41
古い町並として見ると、中途半端なものしかありません。一番それらしいのは長江町の出雲街道沿いですが、これとてまとまって残っているわけではないですし。
観光客が巡る寺町も寺と路地だけです。
一方でレトロや郷愁という視点でみると、魅力を感じることができるところです。いわれるように色んなテーマで歩けますね。ただ、それでもそれぞれのインパクトはどうかというと、淡いような気がします。私は商店街にある程度興味があるから良いですが。
千光寺公園はよいにしても、ふもとの寺社街は未だに把握できていない箇所が多くありますので、尾道を案内するにしても、随分偏ったものになりそうですね。

辰巳屋 6月19日(日) 21:47
尾道の火事は、とても心配しました。迷路のような路地が魅力ではありますが、防災上の観点からは問題です。
あまり知られていませんが、市民の生活を守るのも大変で、市街地の路地は、宅急便はリヤカーになり、千光寺下の西土堂・東土堂の斜面ではゴミ収集は天秤棒で収集しています。
孫右衛門さんの火事現場付近の画像は、「浮御堂小路」と思われます。この建物は有名ですが、改装しタイルの壁にしたのですね。昔はセメントの壁だったと思います。
画像は、私のお気に入りの小路(小路ではないかも?)の「あなごの根どこ」です。


七ちょめ 6月20日(月) 09:13
「あなごの寝床」とはうまく表現されていますね。
人が多く通るのでしょうね、地面が光っています。
防災上はダメでしょう。市の防災担当者も手が付けられないと嘆いている様子が見えるようです。

孫右衛門 6月20日(月) 20:37
このあなごの寝床というのは知ってはいましたが、こんなところだったのですね。
路地に屋根を付け雨の日も快適に通行できるようになっているのでしょうか。
新潟などにある雁木を思い起こしました。

辰巳屋 6月20日(月) 22:17
これは、小路ではなく「通路」だと思います。画像の右手には、カフェーがあり奥にはゲストハウスがあります。「尾道空き家再生プロジェクト」というNPOがあり、古民家を再生したものです。細長い通路というのが正しいと思われます。
私も最初は、小路かなと思ったのですが、屋根があるので古民家の土間の通路をうまく活用したようだと思いました。尾道の迷路のような小路を彷彿とさせられます。

画像は、孫右衛門さんの最初の画像の昔(2013年8月)の「浮御堂小路」の画像です。

Kさん 6月21日(火) 07:46
尾道の路地風景や俯瞰などをスケッチしに一度行きたいと思いながら、まだ実現していません。こんなところでオフ会があれば嬉しいのですが・・・

家の間の細い道といえば、戦災を受けていない京都市でも数多くみられます。京都では行き止まりになっているものを「路地」(「ろうじ」と読みます)と呼び、次の通りまで突き抜けているものは「図子」と呼ぶようです。突き抜けているものには「「辻子」「突抜」と行った呼び方もあるようですが、その違いをよく知りません。

この絵は先日、東山区の宮川町の近くで描いたものです。次の通りまで突き抜けていましたから、「路地」ではなく「図子」のはずです。多くの人が生活しておられ、狭い道の真ん中に椅子を置いてスケッチしましたので、迷惑なはずですが、通る人は皆さんがとても親切でした。

孫右衛門 6月21日(火) 22:37
アナゴの寝床は辰巳屋さんの写真を良く見ると屋内?なのですか。あるいは黒石のこみせの一部にあるような覆いつきの通路のようなものですか。いずれにしてもこのような空間は何物にも代えがたい物なので安易に取壊しや改変はしてほしくないですね。
京都では袋小路が路地、突き抜けているのが図子または突抜でしたね。Kさんの書き込みで思い出しました。
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1576: 勝沼の土蔵 七ちょめ 6月15日(水) 20:41
皆さんご存知の勝沼のこの土蔵、見るたびに痛んできますね。
6月13日甲州市の塩山温泉の古い旅館に泊るため、偶然に通り掛かった勝沼で見たお馴染みの土蔵です。
半年ほど前に何方か、この土蔵の写真を投稿されていたとおもいます。

塩山温泉の廣友館と赤沢宿の江戸屋旅館に泊ってきました。後ほど報告します。町並も少しは訪ねました。

早川町の茂倉集落、万訪さんが良いとおっしゃっていましたが、道のりがと思案していましたが、結局は訪ねました。大変良かったです。苦労して山道を走った値打ちがありました。

七ちょめ 6月15日(水) 20:54
勝沼の写真を投稿してから、URANOさんから頂いたメールを見ました。残念。
12日の夜に見ていたら、レンタカーで余裕で持って走っているので、展開が違っていたと思います。メールを見るのが遅かったですね。残念。

孫右衛門 6月15日(水) 23:07
この土蔵、NPO法人による保存が予定されているとありましたね。その活動が何時になるのかが気がかりです。


七ちょめ 6月16日(木) 09:51
相当ISOを上げて手持ちで摂っているものだから、粒子が荒れていますが、まあ状況の報告にはなるでしょう。
赤沢宿の江戸屋さんの夕景から夜景にかけての状態です。

七ちょめ 6月16日(木) 13:34
こちらの方が良いか??

七ちょめ 6月16日(木) 14:27
初日に泊った塩田温泉廣友館の夕景です。
温泉に入るためには、階段を延々と5階まで登りました。

七ちょめ 6月16日(木) 16:51
江戸屋旅館の長い長い入口土間で、夕方外の景色を見ながらビールを飲む。至福の時でした。

七ちょめ 6月16日(木) 20:05
早川町新倉の茂倉集落で見かけた光景。
男用の便器が公道にどうどうと設置されていました。
でも、なかなか良い集落でした。
ここまで到達するのは大変でしたが、でも6〜7人のキリスト教??の布教者が集落を廻っておられました。

集落の方に聞くと、家数は40軒以上あるそうですが、今住んで居られるのは13軒で人数は27人とのことでした。
この方、小学校の4年生まではこの茂倉に分校があったそうですが、小学校5年生になると4km先の新倉まで毎日かよったそうです。行は下りで良いのですが、帰りは2時間の登山と云って居られました。
今は新倉にも小学校が無く、もっと遠くに小学校が行ってしまったと。只、茂倉では小学生はいないそうです。

urano 6月16日(木) 23:22
七ちょめさん、こちらこそ直前のメールで大変失礼しました。
でしたら今度は、富士吉田市上吉田の御師旅館(2軒営業中)とともに、足をお運びなさってください^^
そうそう何度も、山梨旅をする訳にはいかないかもしれませんが・・。

ところで江戸屋の長ーい土間の写真、いいですね!
ここは泊まってみたいです。


七ちょめ 6月18日(土) 09:16
URANOさん 情報を有難うございます。今 富士吉田市の御師の宿を探しました。
民宿が2軒と旅館が一軒見つかりました。
電話番号と住所は判りますが、ストリートビューでも確認できませんでした。
もう少し遣ってみます。有難うございました。
どの家も道から入った位置にあるため、ストリートビューでは確かめられませんが、写真を公開している所もあり門構えの宿です。やはり御師の宿ですね。

万訪 6月18日(土) 10:35
勝沼の三層蔵は相変わらず漆喰がハゲタカままですね。味わいはいいですが、漆喰仕上げがないと土壁が傷んでしまいます。
それとは逆に江戸屋は手入れが良さそうです。一斉に草鞋を履くための長縁、至福のビール、涼しそう。
pw126254146244.8.panda-world.ne.jp
1575: 万訪 6月12日(日) 20:38
現在の旧阿古集落。ほとんどが溶岩流に飲み込まれてしまいました。でも犠牲者はゼロ。最後の避難バスが出て10分後に溶岩流が襲ったと言います。危機一髪ですが、逆をいえば備えていたということかもしれません。

万訪 6月12日(日) 20:41
溶岩流を堰きとめるように残った小中学校校舎。噴火の恐ろしさを今に伝えています。

万訪 6月12日(日) 20:44
そして、溶岩流から免れた集落が残っていました。覆う溶岩の高さは10m前後で、写真の手前まで溶岩流が迫り止まった。残された集落が在りし日の阿古温泉郷の面影を伝えてくれます。

万訪 6月12日(日) 20:48
ここは島の南東にある坪田集落。溶岩の切石で築かれた石垣石塀が特徴です。ここもかつては被災した復興の集落のようです。

島旅の次のテーマは「復興の町を歩く」を考えていますが、ちょっと手応えを感じることができた旅でした。

七ちょめ 6月12日(日) 20:49
溶岩流で覆われる前と、昭和58年に溶岩で覆われた後の状態の比較は凄いですね。
自然災害そのもの。恐ろしい力ですね。
いくら東京都内といっても遠い所。ご苦労様でした。

孫右衛門 6月12日(日) 22:05
三宅島の昭和58年の噴火は、当時小学生だったのですがニュースで報道されていたのを今でも覚えています。集落を飲み込むすさまじい災害だったのですね。溶岩流に飲み込まれなければ、今でも集落として素晴らしいものが残っていたことは投稿された写真で間違いないものと思います。

万訪 6月13日(月) 22:32
そうなんです。阿古集落は、何かの本にも取り上げられていました。おそらく歴史的な町並みがあったと思われます。

私の島旅は、次回北海道の奥尻島を予定しています。久々に北を目指します。
pw126254004213.8.panda-world.ne.jp
1574: 三宅島 火山とともに生きる集落 万訪 6月12日(日) 20:36
オフ会の写真の件は特に注文はありませんので、Kさん結論に従います。

さて、伊豆諸島から帰ってきました。三宅島から東京港まで6時間半、長かったぁ。まだ、式根島と神津島を残していますが考えちゃいます。青ヶ島、行きたいですねすごく!でも渡航リスクが高いのでリタイヤ後にとっておくことにしました。
三宅島は興味深かった。2000年の大噴火で全島避難したことが記憶に新しいろ思いますが、昭和58年の阿古噴火はもっとすごかった。というより約20年おきに噴火を繰り返し、災害と復興を繰り返しているのが三宅島なのです。

画像は昭和58年の大噴火以前の阿古集落。温泉も湧いていて阿古温泉郷と呼ばれ、島最大の賑わいを見せていたんlだそうです。
pw126254002168.8.panda-world.ne.jp
1572: オフ会記録 Kさん 6月10日(金) 21:14
オフ会記録のページの原稿を皆さんにメールしました。間違いとか不適切な表現などをチェックしてください。また写真の入れ替え、追加、文章の変更等はご遠慮なくお申し付けください。なお写真は、提供いただいたもののなかから、集合写真以外はなるべく顔の写っていないものを優先使用しました。

皆さんのチェックが終わったら、太泉さん、リンクをお願いします。

Kさん 6月11日(土) 07:21
早速、皆さんから訂正などの指示をいただきました。また太泉さんにはリンクも張っていただきました。ありがとうございます。
なかでもUranoさんにはきめ細かいチェックをいただきました。さすが文章のプロと舌を巻いています。今後もいつでも訂正できますので、ご遠慮なく。

なお、Uranoさんの指摘により、メンバーの順番(本名の50音順)を以下の通り変更しました。今後の参考にしてください。

Kさん 6月11日(土) 07:26
孫右衛門さん、Uranoさん、Kさん、Yasukoさん、野村万訪さん、七ちょめさん、太泉八雲さん(本名の50音順)

ここに辰巳屋さんが入ると全員の順番が決まりますね。

urano 6月11日(土) 08:30
Kさん、オフ会の記録作成ありがとうございました。
簡潔かつリアリティのある文章にいろいろ突っ込んでしまって申し訳ありません。
迅速な修正ご対応、恐れ入ります。

七ちょめ 6月11日(土) 09:40
Kさん
流石に文章のプロ、簡潔に表現されていると感心。
私が作ればだらだらと要領えないで長い文章になってしまいます。あげくに何を書いているのか判らない文章になっているでしょう。
ありがとうございました。

孫右衛門 6月11日(土) 16:26
早期にありがとうございます。見応えのあるオフ会記録ですね。Kさんの職人技による文章とスケッチはもちろんのこと、写真も大きく掲載されているからでしょう。
辰巳屋さんは、Yasukoさんと万訪さんの間ですね。

Kさん 6月11日(土) 17:50
せっかくの万訪さんの御蔵島リポートが下に降りてしまい申し訳ありません。離島巡りも佳境に入っていますね。

ところである方からの注文で、オフ会リポート中、皆が写っている記念写真の顔を少し加工しました。ご了解ください。過去のオフ会リポートでは皆がずらりと並んだ記念写真を掲載していますが、写りのよい写真はそれぞれの手元で保管ください。

Kさん 6月11日(土) 18:29
記念写真の顔をぼかしましたが、何となく不自然な感じです。
いっそのこと、階段で写した写真の掲載はやめましょうか。皆さんの意見をください。

万訪 6月11日(土) 20:16
私は今のレポのままでいいと思いますよ。ぼかしても記念写真あった方がいいと思います。
今、三宅島でブラタモリの伊勢編見てました。オフ会と全く同じコースでした(^-^)

Kさん 6月11日(土) 20:53
ブラタモリ、麻吉旅館内部がCGになっていたのには驚きでした。河崎も同じ場所でうろうろでしたね。


七ちょめ 6月11日(土) 21:22
先週のブラタモリをオフ会で少し見ましたが、続きをやっていましたね。
記念写真は今程度のぼかしだったら、我々は誰か判りますので、そのまま掲載を続けた方がいいと思います。 

孫右衛門 6月11日(土) 22:01
ブラタモリ見ました。オフ会の行程と重なりまくりで興味深かったですね。
個人の写真が写っている画像の件、私も多少気にはしていて今回提供した画像も後姿のものを中心としました。
ただ、最近の個人情報流失やそういう類のものに対して、過度に神経質になりすぎている風潮は私は余り良い物と思っていません。
この集合写真がどの程度その手の悪用の可能性があるか照らし合わせてみると、それほど敏感になる必要は無いのではとも、私個人的には思います。
ぼかし無しでも私は構わないですし、ぼかすことでメンバー内の活動記録として不自然さが残るなら、掲載しない方が良いのではと思います。

urano 6月12日(日) 07:31
集合写真について。偶然写り込んだ顔をぼかす処理はあっても、集合写真の加工はあまり見ません。そのせいか、私もKさんと同じく不自然な印象を受けました。
ぼかす必要のある集合写真は、それ自体掲載をやめるか、加工しなくても構わないくらいに縮小する(この場合レイアウトが崩れてしまいますが)ほうがいいと思います。
七ちょめ 6月12日(日) 09:19
集合写真の全員の顔をぼかす件でいろんな意見が出ているのなら、画像を入れ替えて、ぼかしを入れても余り不自然でない画像、例えばこの様な写真にぼかしを入れて掲載すれば!!


Kさん 6月12日(日) 11:09
いろんな意見が出ましたし、七ちょめさんが今回添付していただいた写真はオフ会の雰囲気がよく分かってよい写真ですね。でも顔があからさまにネットで公開されるのを好まない人がいる限り、無理をして掲載する必要はないと思います。私も自慢できるような顔をしていません。今回は顔が分かる写真の掲載はやめます。

上にも書いていますが、気に入った写真はそれぞれの手元で保管して楽しんでください。

七ちょめ 6月12日(日) 11:37
顔写真を不都合と感じる方がおられるようなら、投稿した懇親会の写真も引っ込めて削除しました。

今のKさんのレポートで良いと思います。
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1573: 太平洋 御蔵島(東京都) 万訪 6月11日(土) 09:43
伊豆諸島の御蔵島にいます。東京から200km以上離れていますし、流れの早い黒潮の海、大自然と野鳥のさえずり、とても都内とは思えませんが、会話した地元のおばぁさんが全く標準語なので、やっぱり東京なんだと感じました。平地が皆無のすごい島です。

万訪 6月11日(土) 09:48
昨夜、竹芝桟橋を22:30に出て、御蔵港に6:00につきました。御蔵島はマリンスポーツやイルカウォッチングが人気で結構人が降りました。私は全くかんけいありません。
御蔵島の集落は島の北斜面に形成されています。御蔵島の人達の祖先は三宅島から移住したと言われ、故郷三宅島を眺められる場所に集落を築いたのでしょうか。

万訪 6月11日(土) 09:50
かつては茅葺集落でしたが、現在はトタン葺です。

万訪 6月11日(土) 09:53
見所は、海岸から拾い集めたごろた石」による石垣や石敷きであること。庭に祀られた社もこのようなごろた石造り。
ふと海を眺めているとイルカの群れがいました。

七ちょめ 6月11日(土) 10:30
御蔵島?? 島の名前を知っている訳も無く、伊豆諸島と云われるので地図をみる。
あった あったという程度の知識。

この間のオフ会でも思ったのですが、皆さん目的は異なっても基本的には旅が好き。
ありきたりの観光の旅には見向きもせず、観光地を素通りして、一般の方は関心を示さないことに興味を持って熱心に訪ねる。まあ 好奇心の塊の奇人の集まりでしょうね。

この間の伊勢神宮内宮の参拝でも、強いて反対者がでなかったのが不思議という世界。
誰かが、おはらい町だけで内宮参拝は辞めようといえば、参拝しなかったでしょう。

万訪 6月11日(土) 11:12
御蔵島、ご存知ないですよね。あれだけ人が船を降りても、みんな予約している釣りやダイビングの案内のクルマに直行してて、集落への坂道を歩いて上るのは私だけでした。当然、集落の写真撮ってるのも私だけ。好奇心の塊の奇人がいる、そんな目で村人に怪しまれているのがわかります。
これから三宅島へ渡ります。

七ちょめ 6月11日(土) 16:43
まあ、キョロキョロして歩くのだから、怪しまれても不思議でない行為ですね。
せめてGPSの恩恵で、個人宅の表札は摂らないようになりましたが。
駐在所のお巡りさんに尋問されたり、パトカーに取り囲まれたりしたこともありましたね。

今日の大失敗はどうした訳か、過去全ての受信メールが消えてしまいました。
何故か、削除済のメールのホルダーを空にするときに、受信メールのホルダーを空にしてしまったのでしょう。当分はチョット困ったことが起こるでしょうね。

孫右衛門 6月11日(土) 22:50
今週末も引続き島の探訪なのですね。
私も三宅島はまだしも御蔵島は名前だけ聞いたことあるというレベルですね。伊豆・小笠原諸島、屋久島・種子島を除いた薩南諸島は未知のヴェールに包まれた地域だと、万訪さんの最近のレポートで再認識しました。
八丈島、そしてその南の孤島青ヶ島の予定はありますか。
青ヶ島を知ったのは、小説家の漂流記で知ったのと、最近では鉄腕ダッシュのソーラーカー日本一周で立寄る企画で、青酎という幻の芋焼酎が紹介されたことです。その焼酎を通販で取り寄せたりもしましたので。
しかし青ヶ島を訪ねるのは大変なようですね。

普段は町並探訪だけで寺社系は興味ないといっても、伊勢内宮だけは別格なのでしょうね。
私も伊勢市に泊るのに参拝せず帰ってしまうのは、心残りな気がして何とかその時間を捻出できないかなと今回の行程を考える上でのポイントとなっていました。
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1571: オフ会の宿 Kさん 6月 8日(水) 21:37
オフ会で泊まった宿のスケッチが完成しました。私のホームページは1日1点のアップを原則にしていますので、掲載は相当先になりそうです。とりあえずここで報告しておきます。

Kさん 6月 8日(水) 21:40
スケッチは写真に比べて手間はかかるけど、意外に便利。宿の前に止まって車は皆「透明処理」をしました。

孫右衛門 6月 8日(水) 23:44
私が着いた頃まさに下書きの仕上げをされていた様子でしたが、宿の前だけでなくタクシーも多く停まっていましたね。
スケッチは透明処理できるとはいえ、苦労されたのではと・・。

万訪 6月 9日(木) 08:04
見事にクルマを退けましたね。
Kさんの建築スケッチは、いわゆる建築パースに対してフリーハンドのゆれた線が味わいですが、この山田館は手描きでないと表現できないでしょう。実物とスケッチとどちらが歪んでいるかと問われても、にわかに回答できませんね。(^-^)

七ちょめ 6月 9日(木) 09:00
スケッチで描かれると、この特異な形の宿も一段と映えますね。
このスケッチ画を見たら、宿の方も欲しいと思うでしょうね。
私が宿の主なら絶対欲しく、玄関にでも飾りますね。
 

Yasuko 6月 9日(木) 18:43
いいですねえ、下書きのは拝見しましたが色が入ると格別です。さすがです。
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1569: オフ会のこと 七ちょめ 6月 5日(日) 17:15
楽しくオフ会が過ごせました。地震が揺らないでホッとしました。
皆さん有難うございました。
伊勢駅で万訪さんと一緒に車を降ろしてもらい、直接帰ってきましたので、午後4時には自宅に帰っていました。その時間は殆どの方はまだ伊勢方面で活動されているなあと思います。

チョット私のミスがあり、申し訳ないことが発生しました。
それは太泉八雲さんに持って来て頂いた、お酒2本の清算をすっかり忘れていたことです。そのことをKさんに伝えることを忘れてしまい、清算金額には含まれて入ないと思います。

清算せねばならないのですが、どうしましょうか。方法の一つは来年のオフ会まで持ち越すと云うことですが。良い方法はないでしょうか。

ミスを犯してしまい太泉八雲さんを初めとして男性全員にご迷惑をお掛け致し申し訳ございません。

七ちょめ 6月 5日(日) 17:44
泊った宿の夕景です。

万訪 6月 5日(日) 20:16
今、帰りの新幹線の中にいます(浜松停車中)。今年もいいオフ会になりましたね。14回め、たいしたもんです。
七ちょめさんと別れた後、外宮の門前町で食事した後、鳥羽から菅島を往復してきました。全てブログへのアップも終えました。各個人のオフ会記録は、このオフ会レポのページをリンクしてください。
http://jconder.exblog.jp/
お疲れ様でした。

Kさん 6月 5日(日) 21:55
七ちょめさん、大丈夫ですよ。私が太泉八雲さんからメモをもらって清算しましたが、ちゃんとお酒代も入っています。

私は河崎へ再び行きました。最初は橋の下へ潜り込み、雨を避けてスケッチしましたが、そのうちに雨もやんだので、通りに出て何枚か描きました。だた時々、パラパラと降るため、二見の方へ行くのはあきらめ、再び宿の前に戻って、未完成だった宿の建物を仕上げて、7時前に帰宅しました。

孫右衛門 6月 5日(日) 22:46
少し前に帰宅しました。私は5人での探訪の後、Yasukoさんとuranoさんとで伊勢市郊外の神社港と大湊町を訪ね、松坂市の大黒田町と魚町の長谷川家を見学して解散しました。
初日の鳥羽周辺の町並や島々とともに、意義ある探訪となりました。
またオフ会メインでの食事、歓談、翌日の早朝探訪と恒例の流れが何とも心地よく楽しいものですね。
幹事役をされた七ちょめさん、Kさんをはじめ皆さんありがとうございました。
これは少しお話した鳥羽市の大庄屋かどや(旧広野家)です。

Yasuko 6月 5日(日) 23:19
10時ごろ帰宅しました。34000歩もよく歩きました。結局一人になって三本松で下車して1時間の探訪の予定が七ちょめさんにお聞きしてた左側の集落だけで30分で終わり駅で、松阪で買った菓子パンを食べて夕食にしました。今頃はご馳走を食べていたなあと昨日の夕食を思い出しました。この落差・・・・・三本松は下車してよかったです。

皆さま、いろいろとありがとうございました。特に新大阪からお世話になりました七ちょめさん、車の運転をしていただいた孫右衛門さんには大変お世話になりました。
とっても楽しいオフ会でした。


urano 6月 5日(日) 23:53
皆さま、このたびはお世話になり、ありがとうございました。
心配した雨もすぐにやみましたし、何より会場の旅館がとてもよかったです。
七ちょめさん、いい宿を厳選いただき感謝です。
また、今回は1日目に万訪さん、2日目に孫右衛門さん、Yasukoさんの探訪術を拝見することができ、大変参考になりました。
運転もありがとうございました。


七ちょめ 6月 6日(月) 09:16
良かった。太泉八雲さんからのお酒の清算が。近鉄電車の中で思い出し、シマッタと気をもんでいました。流石 Kさん そつなく処理して頂いてありがとうございました。

貫禄ある旅館で、造作などは良いし、雰囲気も良く、伊勢市のランドマーク的な旅館ですが、地震を心配しました。料理でその分カバーしていたようです。風呂のトラブルもありましたがご容赦ください。
雨もたいして降らずに、オフ会も楽しく済みホットしています、と同時に全員事故も無く自宅に帰りつかれたようで良かったです。

万訪さんと伊勢駅で分かれてから、次の電車まで時間があるので外宮の門前町の泊った宿の近くの喫茶店でコーヒーを飲んで時間をつぶして、急行電車で帰りました。



孫右衛門 6月 6日(月) 22:08
私のオフ会時の行程(他の方との同行部分を含む)と写真をメールいたしました。
届かない、または他の写真も欲しいといったことがありましたら仰ってください。
但し、今回は探訪中の皆さんの様子を余り撮影していませんが・・。

太泉八雲 6月 8日(水) 20:04
皆さんお疲れさまでした。

近鉄の新型特急列車に乗って、名古屋から新幹線のぞみ。品川から2本乗り継いで自宅に到着したのは午後2時でした。約5時間。近いようで遠い、遠いようで近い。今回改めて伊勢の魅力を再発見しました。打ち合わせは先方の都合で夕方からとなり、2日間の疲れが抜けきらないのか、途中でうとうとしてしまいました。

今回も慌ただしい日程でしたが、伊勢はまた近いうちに訪れたいですね。今度は麻吉旅館に泊まるぞ!!
98.19.232.153.ap.dti.ne.jp
1570: 町並以外を探しましたが。 七ちょめ 6月 6日(月) 20:40
オフ会では皆様 町並を歩かれていますので、町並以外をと探しましたが、思いついての視点の違いの画像はなかなか見つかりませんでした。
チョット視点が違った??と思う漁村風景ですが、電柱が邪魔ですね。
坂手島の漁村風景と云いたいのですが、漁業で生計を立てている方は1割にも満たないようです。
目と鼻の先にある鳥羽市や伊勢市・松阪市へ通勤している勤労者と高齢の年金受給者と空き家ばかりと島のお年寄りの話。

孫右衛門 6月 6日(月) 22:52
私の町並以外の画像というと、答志島の丸八もありますが、二見町江で発見したこの琺瑯看板を貼り付けていきます。
この左側のものは関宿でも見たので、この地方のローカル薬舗なのでしょう。
ちなみに二見の江地区は、ごうと読むようです。

万訪 6月 7日(火) 06:51
オフ会の旅で出会った町並み以外の写真。菅島灯台です。
港から集落を抜けて1km弱、山を越えて行きました。峠越えがあって結構キツかった。
伊勢湾は海上交通の盛んなところで、特に岩礁の多く危険な菅島〜神島間を航行する船舶のために必要な灯台でした。明治6年に建てられたわが国でも最古参の洋風灯台で、外国人の設計した煉瓦造です。島のシンボルになっていて、港近くの丘上に建つ小中学校のデザインにも採り入れられていました。
灯台の右奥に見えるのは、神島と伊良湖岬です。鳥羽と伊良湖岬を結ぶ線上に菅島-神島があります。

七ちょめ 6月 7日(火) 19:37
写真をもう少し。
赤福本店の中で食べる様になった部屋からの眺めです。3つが1セットでしたが、まあ私にとっては二つが限度で、三つ目はお茶で流し込んだ状態でした。

七ちょめ 6月 7日(火) 19:39
序にもう一つ。泊った宿の前からの夕方の景色です。

孫右衛門 6月 7日(火) 21:27
内宮門前の「すし久」のメニューです。まだ昼飯には早い時間でしたが、せっかくだから食事してから七ちょめさん万訪さんとお別れしてはと、参拝の往路にYasukoさんと話していたところです。
おなじ地物でも松阪牛に比べると躊躇無く入れる値段とも思っていましたが、結局実現しませんで、その代わり古市の探訪を入れました。
我々の昼食は結局、国道沿いにある京都王将の安くてボリュームあるものとなりました。
次回ここを訪ねるときは、手こね寿司を味わってみたいものです。

Kさん 6月 7日(火) 21:42
この店の「手こね寿司」は値段の割においしくて、とても印象に残っています。名物にうまいものなし・・・ではなく、お薦めです。


Yasuko 6月 7日(火) 21:54
そうそう、てこね寿司食べたかったです。すし久が一番よさそうだなとみていました。

赤福を皆様無理しておつきあいしてくださってごめんなさい。私は1個しか食べなかったのですが、お箸もお茶もちゃんと2人分くれたので親切なお店です。美味しかったです。
201.101.223.223.megaegg.ne.jp