270033
2018-1

123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031




最新のコメント
by 孫右衛門(1/14)
by 七ちょめ(1/13)
by 万訪(1/13)
by 七ちょめ(1/12)
by 孫右衛門(1/11)
by 七ちょめ(1/8)
by 辰巳屋(1/8)
by 辰巳屋(1/8)
by 辰巳屋(1/8)
by 七ちょめ(1/7)
by 万訪(1/7)
by 孫右衛門(1/7)
by 七ちょめ(1/7)
by Kさん(1/7)
by 辰巳屋(1/7)
by 辰巳屋(1/7)
by 孫右衛門(1/6)
by (1/5)
by 孫右衛門(1/4)
by 孫右衛門(1/4)
by 七ちょめ(1/4)
by 万訪(1/4)
by 孫右衛門(1/4)
by 孫右衛門(1/4)
by 孫右衛門(1/4)
by Yasuko(1/2)
by Kさん(1/2)
by (1/2)
by 万訪(1/2)
by 万訪(1/2)
by 七ちょめ(1/2)
by 万訪(1/2)
by 万訪(1/2)
by 七ちょめ(1/1)
by 孫右衛門(1/1)
by 太泉八雲(1/1)
by 七ちょめ(1/1)
by Kさん(1/1)
by 万訪(1/1)
by Yasuko(12/31)
by (12/31)
by 孫右衛門(12/31)
by 七ちょめ(12/30)
by 七ちょめ(12/28)
by 万訪(12/28)
by Kさん(12/26)
by 孫右衛門(12/25)
by 万訪(12/25)
by 七ちょめ(12/25)
by Yasuko(12/25)
by 孫右衛門(12/24)
by 七ちょめ(12/24)
by 万訪(12/24)
by 七ちょめ(12/24)
by 万訪(12/24)
by 万訪(12/24)
by 万訪(12/24)
by 万訪(12/24)
by Yasuko(12/25)
by 七ちょめ(12/25)
by 辰巳屋(12/25)
by 万訪(12/24)
by 七ちょめ(12/24)
by 七ちょめ(12/24)
by 孫右衛門(12/24)
by Kさん(12/24)
by 辰巳屋(12/24)
by 七ちょめ(12/19)
by 太泉八雲(12/18)
by 万訪(12/18)
by 七ちょめ(12/18)
by 孫右衛門(12/15)
by 七ちょめ(12/13)
by 孫右衛門(12/9)
by 七ちょめ(12/9)
by 孫右衛門(12/8)
by 七ちょめ(12/8)
by 七ちょめ(12/7)
by 七ちょめ(12/6)
by 七ちょめ(12/5)
by Kさん(12/5)
by 七ちょめ(12/5)
by 七ちょめ(11/27)
by 万訪(11/27)
by 七ちょめ(11/27)
by 万訪(11/27)
by 七ちょめ(11/25)
by 孫右衛門(11/25)

1595: 山形の酒蔵巡りをしてきました 太泉八雲 8月17日(水) 17:32
近況です。
今年のお盆は特に何の予定も立ててはいませんでしたが、15、16と2日間かけて、レンタカーを借りて山形の酒蔵巡りをしてきました。

40カ所以上に及ぶ酒蔵巡りがメインで、古い町並みや集落は特に予定には入れていませんでしたが、長井市市街など良い町並みがいくつか発見できたりしました。(七ちょめさん訪問済み)

久々の急行軍の旅でしたが、10年前を思い出しました。今回は恒例企画の「輸入車で酒蔵巡り」を兼ねていたので、東京から自走しましたが、本来であれば新幹線&レンタカーが一番楽ですね。帰りは高速道路の渋滞で疲れました。

太泉八雲 8月17日(水) 17:35
借りた車はジャガーXF。以前に借りたXEよりも一回り大きな車でした。写真は鶴岡市郊外の佐藤酒造場です。築200年の母屋。

七ちょめ 8月17日(水) 20:01
高級外車のレンタカーでの酒蔵巡りにはまって居られますね。自転車もぼちぼちですか。
古い町並巡りも時間と共に徐々に変化して行くようです。
万訪さんは島巡りを懸命に考えて居られ、多くの離島の探訪を楽しんで居られます。私は古い旅館を訪ねることを第一に思っています。
もっとも今は、溜まったカメラをネットオークションで売ることに多くの時間を費やしていますが。

万訪 8月17日(水) 20:55
太泉さん、お疲れ様でした。うまく台風を交わせましたね。今日は山形新幹線が止まっていました。私は今晩から東北へ向かって走りますが、台風は先行っちゃった。

「強行軍でエリアを総なめにしていく」と言う気持ち良さこそ、太泉さんの旅の良さだと、ファンからは思います!イチローの固め打ちみたいな。たくさんの酒を買い揃えられたのかな。そして、七ちょめさんのパワフルな旅館探訪も、やりたいことを貫く勇気をもらっています。
またクルマがゴージャスじゃないですか。日本の伝統的な民家とよく似合っているのも不思議な気がします。

孫右衛門 8月17日(水) 23:23
太泉八雲さんの物へのこだわりぶりは、私にはないものですのでそこまでやるか!?いう思いとともに刺激にもなりますね。レンタカー一つにとっても。対象が町並から自転車や酒蔵などと変っても基本的な思いは貫徹されている。

今日ちょうどブログを拝見していたところです。極辛マーボー豆腐でのた打ち回られたようですね。辛いものは私も大好きですが唐辛子を摂り過ぎると腹に来ます。私も酒と同様、唐辛子も程々度がわかるようになってきました。

太泉八雲 8月18日(木) 20:00
車を手放してから、たまにはステアリングを握って山野を駆け抜けたくなるので、レンタカーはたまに借りて乗るのですが、やはり「ブログ企画」としては普通の国産レンタカーでは面白みがありませんので。逆は自転車はほとんど乗っていませんので、こちらもまた少し涼しくなってきたら始めたいですね。

強行軍のローラー作戦も、ほんとうにたまになら良いのですが、やはりやっていると疑問や自問自答をしていますね。コンプリートが目的の旅程がはたして「旅」と言えるのか。

孫右衛門さん、私も辛い物好きでカレーや四川、エスニックetc。自宅でも数種類の豆板醤やラー油、各種四川調味料はストックしてあって、本格四川の麻婆豆腐も自分で作ったりしますが、一方で、バラエティー番組のネタになるような無意味な激辛は意味が無いですね。
激辛が胃よりも十二指腸を痛めつけたのは辛かったですね。無意味な挑戦は自重します。



太泉八雲 8月18日(木) 20:09
今回の旅では、1日目の目標達成率が分からず到達点が確定できなかった為、前もって宿の予約はしていませんでした。

しかし、1日目で3/4はクリアし、頼みにしていたあつみ温泉駅近くの宿(あつみ温泉では無い)に電話をしたらまさかの満室。

とりあえず、酒田のビジネスホテルか駅周辺の旅館を探すかと車を走らせ、ふと途中にあった余目を思い出して、とりあえず余目駅へ。駅前には2軒の旅館があって、いかにも商人宿っぽい昭和期の旅館に電話を入れると満室。ネットで調べて余目周辺の民宿、旅館に電話をしても満室。

そして、最後に余目駅前(徒歩15秒)の「余目ホテル」に電話。ホテルとなっていますが旅館です。こだわりの家庭料理が付いて一泊2食6千円弱だそうで、ただし急に押し掛けたので素泊まりならOKという事で、お願いしました。素泊まり4,320円です。駅前の立地でこの価格は破格ですね。建物は外観はサイデリングでリニューアルしていますが、中はなかなか歴史を感じさせる造りでした。

東北、山形の旅に訪れた際(特に鉄道旅)はぜひご検討ください。

七ちょめ 8月19日(金) 09:26
この太泉八雲さんが泊まられた余目ホテル。
私の探している旅館に近いです。創業は大正3年というので凖候補の旅館です。
候補の旅館として資料をプリントアウトしました。
創業当時の名前は多分違ったでしょうね。
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
1594: 松山沖の島々 孫右衛門 8月12日(金) 22:41
昨日今日と松山市の沖に浮ぶ島々を次々と訪ねました。
呉から松山の航路の途中、非常に近い位置にありながら日帰りでは訪ねられない。
猛暑続きで遠征はなかなか思い切れないが、連休はとりやすい時期。
こういうときに実行するのがある意味適していたとも言えます。海風で比較的凌ぎやすいというのもありますし。
万訪さんが卯之町のオフ会後に訪ねられて良いといわれていたのでずっと考えていましたが上記のようなことで今の実行となりました。
中島を除く野忽名島、睦月島、津和地島、二神島、怒和島を訪ねました。
最も良かったのは津和地島でした。長々と漁師町が続きます。一部には商家や土蔵なども残り、雰囲気的には長崎県平戸沖の的山大島神浦集落にやや似たものを感じました。私の町並度では6は付けます。
これはその津和地島の町並です。
初日は船便の関係で午後3時には探訪を終えましたので、三津浜の町並を再訪し新たな発見を得、道後温泉で汗を流しその後南予風鯛めしを味わいました。

万訪 8月13日(土) 10:59
おおお!忽那諸島を総ナメですね。2日かかりましたか。忽那諸島は中島を除けばどれも合格点だったと思います。船のスケジュールがややこしいので、苦労されたかと思います。二日間同じ船とルートで回られたのではないでしょうか。私の島旅はまだ1年続きます。瀬戸内はあと3回行かねばなりません。

孫右衛門 8月13日(土) 13:56
今回は全て万訪さんのサイトを参考にさせて貰いました。当時は1日で回られたのですね。ダイヤが変ったのかわかりませんが西廻り・東回りにわかれていて両方を股にかけてというのは難しいです。
中島は万訪さんの評価が低いようでしたので省略した分、初日の夕方にゆっくりできました。
当初は西廻りで訪ねられる津和地島、二神島、怒和島だけにして、初日は観音寺沖の伊吹島を中心に訪ねようかと思ったのですが無駄な移動が増えてしまうのでやめました。
津和地島の次には怒和島が良かったですね。元怒和は路地と長屋門、上怒和は津和地に近い町家風の町並。性格が違うので別々に掲載する予定です。ここも町並度6でしょうね。
お盆の帰省される地元の方も多く、集落内でも人の姿を多く見かけたのも印象的でした。もっとも数日するとまたお年寄りだけの島になるのでしょうが。
怒和島元怒和集落。路地沿いでも各家は長屋門を従え、そこから控えた位置に母屋という形が徹底されていました。

万訪 8月13日(土) 14:09
帰省で人が多かったのはよかったですね。
私の印象では、忽那諸島は瀬戸内の中でも過疎化が進んでいない部類に入ります。特に蜜柑栽培がうまくいってる中島、ぬわ島あたりは家も立派でよく手入れがされている。津和地島は蜜柑栽培が他より衰えている印象で、家々も朽ちてるのが多かったと記憶しています。島というのは山村と違って、隣り合ってても過疎化の進行が全然違う場合があります。
伊吹島はぜひ次回行ってみてください瀬戸内の活気ある島の1つだと思います。(祝島、坊勢島なんかもそうですが)。びっくりしますから!

七ちょめ 8月13日(土) 17:06
津和地島の集落町並 大変良い町並ですね。訪ねたいものです。
真夏の探訪は暑いでしょう。ご苦労様でした。
ましてや車で移動なら、探訪して車に逃げ込むことができますが、連絡船に
よる島巡りでは、暑い中探訪が終わっても港の待合室でしょうから。それも冷房が入っていればいいのですが。
お疲れさまでした。

孫右衛門 8月13日(土) 21:06
人の目よりも今回は暑さ対策を優先させ、ほぼ吸汗シャツと半パンで通しました。
島の探訪は時間の制約が多く、1時間以上時間が空く事もありましたので、人のいない浜辺で上半身裸になって日光浴したり、待合室のベンチで横になっていたりしました。こうしたことも島でないと難しいですね。
怒和島では2集落の間を歩きましたし、腕は真っ赤になってしまいましたが海岸の風光は良かったです。フェリーの甲板に出ると、海風の思わぬ心地よさを感じることもできました。

万訪 8月14日(日) 03:29
夏猛暑の中の探訪はホント大変。
晴れた真夏の時は、なりふり構わず、「短パンで雨傘を日傘代わりに使用してます」と以前お話ししましたが、最近新しい傘を購入しようとお店に行ったら、紳士用の晴雨両用の傘が沢山置いてありました。しかもUVカット付き。私が買ったのは、これで、裏地が黒くなっています。先週の長野では、早速大活躍でした。炎天下の中、1時間歩きっぱなしでも大丈夫です。

孫右衛門 8月14日(日) 20:59
私はこの時期はさすがに少しでも運動用の吸汗シャツ(下はもちろん短パンです)での探訪はもはや抵抗なくなりましたが、日傘を差すのは抵抗があります。その代わり迷彩色の帽子を着用します。しかし、傘だと首筋や腕などが日陰になりますので、違うでしょうね。先日も思ったのですが、上半身裸になったりするとかえって暑くて堪らないのです。すぐに汗びっしょりになりますね。直射日光に晒されないのが一番暑さを感じない方法のようです。
これは、帰りに高浜港から観光港に向けて家並の中を歩いたのですが、何やら古い町並のような家並が展開していました。これまで何回も意識もせずに通過していました。
町並として掲載するかどうかは少し考えます。

urano 8月15日(月) 23:30
愛媛の離島というと、しまなみ海道に沿った島々が思い浮かびますが、孫右衛門さんの探訪地は方向が違いますね。この海域にこれほど有人島があったなんて、認識していませんでした。
地図を見ると松山の沖ですが、コンプリートするのは難しそうですね。だからこそ、いい町並みが残っているのでしょうけど。
狭い路地に民家が密集して、歩くのが楽しそうなところですね。
(個人的には、これらの島々を巡る前に、まずは松山周辺の町並みを巡りたいので、島に渡れるのはいつになることやら分かりません・・。)


七ちょめ 8月16日(火) 10:25
歳を考えると、そうそう訪ねられるものではありませんが、せめて津和地島だけでも訪ねたいものと思っています。可能性はどうでしょうかね??

孫右衛門 8月16日(火) 15:47
万訪さんが探訪されるまでは私も馴染みのない島々でした。忽那諸島と呼ぶ事も良く知りませんでした。倉橋島から少し南に行けば到達しそうですし、松山への船がすぐ近くを通るのですが、愛媛県ということでローカル番組で紹介される事もありません。
私が見たところ、観光客や外部客の姿は一人も見ませんでした。あるとしても、釣り客くらいでしょうね。
船はフェリーと高速船が島を巡回する形で数本ずつあり、2日あればひと通りめぐることができます。最大の中島は訪ねていないのでよくわかりませんが、その他の島はそれなりに見所があり、またそれぞれ個性があって外れはありません。
良い順番といわれると、津和地島と怒和島、そして睦月島でしょうか。津和地島と怒和島は同一航路上にありますので、効率的に訪ねられます。ただし、怒和島は集落が2つに分れていて、3km近く離れていますので、歩くか両集落を結ぶ便を組合わせる必要があります。

万訪 8月17日(水) 01:07
今、東京を台風が通過中です。
この海域の島々は、広島県、山口県、愛媛県の境が複雑になっており、島の市町村の所属でみるとさらに複雑です。つまり島へは所属する市町村の港からしか船が出ておらず、島が近くても効率的に複数を回れません。この地図の☆印がこれから行かねばならない瀬戸内エリアですが、3回の旅がどうしても必要で、順序はいり乱れます。でも、このエリアはハズレがない。石が採れる島が多いから石垣が発達しているし、みかん栽培で結構潤っていたりするのです。次回は、10月の広島県です。

万訪 8月17日(水) 01:08
画像忘れた
pw126245089071.16.panda-world.ne.jp
1593: えらい違い 七ちょめ 8月 9日(火) 17:37
写真は浜松市天竜区春野町堀之内にある「松本屋旅館」の夕景です。
この間の高松市牟礼の旅館とは大違い。
女将とご主人の二人掛で、外から見える全館の電気を点けた廻ってくれました。
今でも割烹旅館として地元の宴会を一手に引く受けているらしく、この間の旅館より価格が安いのに!! 料理はこれで大丈夫と良いものでした。まあ、この間の旅館はもともとがお遍路さん用の宿から仕方ないかも??
久方ぶりの気持ちよい宿泊でした。チップも弾んで置きました。


万訪 8月 9日(火) 21:40
浜松市天竜区。私はたった今、新幹線で浜松を通ったところです。
先日の宿の悪い思い出が帳消しになるほど良い宿でよかったですね。このような場所で旅館を営んでいる。素晴らしいです!

七ちょめ 8月 9日(火) 22:13
こんな所にどうして旅館がと思える場所にあります。
大変不思議と思って、宿でよく聞くと、筏を造って上流から流した木材の取引が行われるとことだったのです。
昔は多くの旅館があったそうで。○○屋と云う屋号が多く残っているそうです。芸者なども居たそうですが。
でも、65歳前後のご主人が物心ついた時には、旅館は自分の所一軒だったと云って居られました。
浜松駅から遠州鉄道で約40分、そこから50分ほどバスで山へ山へと登っていきます。

万訪 8月10日(水) 13:24
そういえばと思い、自分のデータベースをみたら、「春野町秋葉山」としてピックアップしていました。いずれ行かねばならない街ですが、町並みとしてはいかがでしたでしょうか?

昨日は仕事の後、京都市の岡崎公園(先般話題になった「日本の町並み」掲載地)と御陵の住宅街を歩きました。画像は御陵の西原西町にある登録文化財の栗原邸です。すぐそばを琵琶湖疏水が流れていて良い場所でした。


七ちょめ 8月10日(水) 15:46
浜松市天竜区春野町堀之内にある「松本屋」と云う旅館の泊って旅館は掲載しますが、町並の掲載はどうしようかと思っています。
その中の一枚の写真を掲載するとこの様なものです。私の町並指数では30か20か。 折角撮ったものだから30で掲載するか!! と思案中。
町並は歯抜けの町並でした。古い家は取り壊されて空地になっていく過程を見るような町並でした。

万訪 8月11日(木) 16:00
歯抜けが激しく、残っている建物も特徴薄いですね。リストから削除かぁ。

七ちょめ 8月11日(木) 16:06
浜松市天竜区春野町堀之内の町並を、先ほど画像だけUPしましたので見てください。
http://matinami.o.oo7.jp/tyubu-tokai1/hamamatu-tenryu-horinouti.html
良いと思う所を探して探してUPしました。


万訪 8月12日(金) 12:37
拝見させていただきました。同じ家が複数写っていましたから、見所は狭い範囲のようですね。背景の緑から山懐の町でとう印象を受けます。評価30点ですので、私のリストに残そうと思います。

Kさん 8月15日(月) 06:59
松本屋旅館の玄関の電話室の前に、3階建ての建物の模型がありますね。先日泊まった伊勢の宿の建物とよく似ていますね。松本屋旅館の建物の模型でしょうか。

万訪 8月15日(月) 08:54
まさか!
松本屋旅館で画像検索したら玄関広間の一角に模型が写ってるのがあった。確かに三階建で色も似てる!しかし屋根の形が違っているようです。この町にかつてあった建物でしょうか、、、


七ちょめ 8月15日(月) 08:57
浜松市の松本屋の電話室の前に置かれていた模型は、確かに伊勢市の山田館に似ていますね。
この旅館のご主人は器用な形で、旅館内に一杯彫刻みたいなもの(品名等は知りません)を作ったりして飾っておられました。その一つがこの模型でしょうね。
ただ、自分で一から作ったものでなく、この様なキットが売られているようなんです。
それを苦労して組み立てられたそうです。
キットの元になった建物が伊勢市の山田館だったは判らないようでした。
でも、どう見ても山田館に似ていますね。

それよりビックリするのは、電話室の隣にある柱時計です。
この辺りが全部焼けてしまった大正3年の大火のとき、旅館は全て焼けたが、その時泊っていたお客さんが持ち出してくれたものだそうです。
そんな柱時計が今でも動いているのにはビックリ。修理する方が居られないとご主人が仰っていました。
巻き上げるネジが二つあって片方は時計が動くネジ、もう一つはボン ボンと時を知らすネジ。
この時計を動かすネジは今でも巻き上げているが、時を知らすネジは12時にはボンボンと12回も鳴るので、お客さんから苦情が出るので今では巻かないとのことでした。

Kさん 8月15日(月) 09:31
松本屋旅館は火事になったそうですから、それより前は本当に3階建てだったのかと思いました。
写真は昭和2年ごろの山田館です。確かに大屋根の形は違いますが、他はそっくりですね。山田館の珍しい建物の模型が売り出されていたのかも知れませんね。

urano 8月15日(月) 21:19
気になったので調べてみたところ、分冊百科のようです。
それにしても山田館にそっくりですね。
模型の設計に大きく影響したと見て、間違いないでしょうね。

七ちょめ 8月16日(火) 10:22
こんな模型キットが出ているのですね。
それにしても良く調べられましたね。
山田館の外観が影響していることは確かでしょう。
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
1592: 小谷村真木 万訪 8月 7日(日) 15:16
徒歩でしか行けない小谷村真木集落(長野県)
行ってまいりました。30年ほど前に廃村になりましたが、その後、半自給自足の生活を共にするグループ「共働学舎」により維持管理されています。
大糸線南小谷駅からひたすら歩くこと100分。大小2つの峠を越え、行きは7割登りでキツかった。でも、その甲斐あって、良い集落に巡り会えました。途中と集落で、共働学舎に方々にお会いしましたが、外部の人間は私だけ。とにかく熊出没に注意して、スマホでミュージックガンガン鳴らしながら歩きました。沢のせせらぎや小鳥のさえずり聞きながら歩きたかった。沢の側を通過する際、獣の匂いがした時はビビリました。あと、正面から犬がやってきてやや襲われましたが、共働学舎の人たちでした。

万訪 8月 7日(日) 15:18
学舎です。

七ちょめ 8月 7日(日) 15:40
念願の真木集落へ。ご苦労様です。
共働学舎の方々とは少しは話て、交流あったのでしょうか。
どちらにしても暑い中ご苦労様です。お疲れでした。
集落も良かったようで何よりです。

万訪 8月 7日(日) 16:35
よく写真に出てる人と山道ですれ違い話をしました。学舎には若い女性と障害のある方がお留守番してる感じでした。ちょっと話ししたあと村を一周し、戻って声かけようと思ったら、大きな番犬がやってきてこわいので逃げてきました。自給自足ではなく半自給自足なんですね。メンバーの1人のご年配の方は途中までオフロードバイクで移動してました。まぁすごいところですよ。

万訪 8月 7日(日) 16:40
予定では千国へいく予定でしたが、暑いし足も痛いし「もう無理!」と諦めて、早々と松本に移動。今、まるもでクールダウンしてます。

urano 8月 7日(日) 17:35
万訪さん、真木集落訪問おつかれさまでした。
行きは100分でしたか。行く手に集落の家並みが見えたときは感動されたと思います。
学舎の生活はよく自給自足と紹介されますが、確かに厳密には「半自給自足」ですね。麓とは毎日行き来があり、多いときは1日に何度も往復するとおっしゃっていました。

それにしてもこの季節は緑がきれいですね。山村集落は季節を変えて、何度も訪ねる価値があると、改めて感じさせられました。
前庭にも農具やらいろんなものが無造作に置かれていて、生活感があっていいですね。

七ちょめ 8月 7日(日) 19:10
松本の「まるも旅館」の喫茶店で一服されているのですね。列車で移動されていると思っていたら車ですか。
私も南小谷駅かその北の中土駅から小谷温泉行のバスに乗って、小谷温泉山田館と言う旅館に8月末か9月初めに訪ねようと狙っています。
その時には時間の余裕はあるのですが、とても真木集落には行く元気はありません。その辺りで訪ねる所を物色しています。千国宿は近いですが、チョットとためらっています。他に何かないかなと??

万訪 8月 7日(日) 22:02
南小谷から松本は鉄道ですよ。特急あずさでサクッと。
小谷温泉の山田館は泊まったことあります。渋いですね。真木集落はトレッキングされてる人はなんてことないでしょうが、そんなに甘くもありません。往路は最初1時間とにかくひたすら登りなのでへこたれそうになります。しかし、あの道を毎日往復するとは大変だぁ。でもクルマのない時代は、どこもそうだったんでしょうね。

今回の旅のブログをアップしました。
http://jconder.exblog.jp/23382087/
画像は戸隠神社の宿坊街です。

孫右衛門 8月 7日(日) 23:11
ブログのレポートを今ひと通り見ました。こちらは体感的に数年ぶりという猛暑続きですが、この週末は北日本まで暑かったようですね。
中野や戸隠はここ数年間で訪ねたので馴染みがあります。戸隠は少しは涼しかったとは思います。
真木集落は建物が現存していること自体が信じられないですね。大平集落もありますが、あちらは車道が通じていますし。
uranoさんの情報がなければ、我々もこの集落の存在にも気付くことなかった?かもしれませんね。

urano 8月 7日(日) 23:51
万訪さん、ブログ拝見しました。信州中野の町並みや松本の商家もいいですね。長野県は何度でも行きたくなります。
真木は行きが100分、帰りが70分でしたか。記憶では、帰りもかなり大変だった気がしますが、雪道だと登りよりも下りのほうが慎重になるせいで時間がかかったのかもしれません。
集落は留守番の方だけで、静かだったそうですね。
写真を拝見したら、また行きたくなってきました。

万訪 8月 8日(月) 15:34
信州はやはり良いですね。集落町並み探訪のふるさとっていう感じがします。孫さん言われるように、uranoさんの冬の提案がなければ頑張って行こうとはしていなかったでしょう。苦労して行ってよかったです。徒歩時代って大変だったんだなぁとつくづく思います。
pw126247079207.14.panda-world.ne.jp
1590: 長野県小谷村真木集落 万訪 8月 1日(月) 20:53
今週末、仕事で野沢温泉に行くことになりました。せっかく行くのでどこか立ち寄ろうと思い、uranoさんから紹介された小谷村真木集落に行こうと思います。
そこでuranoさんに質問。南小谷駅から何時間何分で往復できるでしょうか。5時間見てますが、参考までに教えてください。

七ちょめ 8月 2日(火) 09:26
万訪さん 凄い所に行かれる予定ですね。30年も前に廃村になり、現在でも自動車が入れ無い集落、南小谷駅から片道2時間??も掛かって山を登る。ご苦労様です。
でも、共同生活している方が多くおられるようですね。

万訪 8月 2日(火) 20:25
真木は30年も前に廃村になったのですか。確かに私が集落探訪を始めた頃は、クルマで行けない集落が結構ありました。
最近は島旅が多く、久々の山旅で楽しみです。今、一通り計画を終えました。東京発東京行きの一周切符(北陸新幹線⇨大糸線⇨中央線)を使い、訪れる集落町並みは、
信州中野、戸隠、真木、千国
真木以外は行ったことありますが取材が不十分故再訪。千国は30年ぶりになります。みなさんのデータベースを参考にさせていただきます。

urano 8月 5日(金) 20:24
万訪さん、すみません。いまこちらの投稿を拝見しました。
今週末というと、明日ですよね・・・。大変失礼しました。

真木への道中では、割と本格的(?)な峠が1つあります。
その先、2つめの登り道を登った先に集落があります。
全体の行程では、行きの方が登りが多いですが、かといって「帰りの方がラク」とも言い切れない印象です。
集落で共同生活をされている方は、行きも帰りも片道60分で行けるとのことでした。
私の個人的な感覚では、一般の方でも行きは120分、帰りは100分程度あれば十分ではないかと思います。

もちろん天候や気温によっても変わるでしょうし、現地の滞在時間も見なくてはなりませんが、トータルで5時間あれば十分と思います。

urano 8月 5日(金) 20:34
いま参考までに過去の募集要項を見ましたが(冬のコース)、往路2時間、現地滞在2時間30分、帰路2時間となっていました。
(さっきと単位が違っててすみません)

万訪さんは国土地理院の地形図をご覧になっているようなので、おそらく間違いはないでしょうが、南小谷駅から800mほど舗装道を南下した地点で、北東(左上)に入っていく道があります(写真)。そこから先は、ひたすら一本道なので、おそらく間違うことはないと思います。

七ちょめ 8月 5日(金) 20:51
万訪さん uranoさんのレス 間に合ったかな。
暑い中の山登り。それも登山じゃなく仕事の合間に!!ご苦労様です。無理をしないようにして下さい。

写真は万訪さんが夏休みに家族で泊ると云って居られた、秋田県の強首温泉 樅峰苑 のカタログを、この間泊った宮城県青根温泉不忘閣に置いてあったので貰っていました。

不忘閣も樅峰苑(しょうほうえん)も共に「日本秘湯を守る会会員」旅館の繋がりでと思いますが、東北だけでも30も40もある会員旅館の中で、どうして 樅峰苑 のカタログだけが置いてあったのかは不思議です。何か特別な関係があるのでしょうね。

urano 8月 5日(金) 20:52
道中の見どころです。
天保十四年の銘がある石造(観音様?)
杉、檜(中は空洞で熊の冬眠場所との話もある)、松(枯れたので伐採した)の3本で守られていて、どれほど雪が深くても倒れないそうです。
このあたりから、ふもとの自動車の音なども聞こえなくなります。
私が行ったときは雪道であたりは静かでしたが、今週末は蝉や夏鳥の声が聴けそうですね。

urano 8月 5日(金) 20:53
慌てて添付を忘れました、すみません。

万訪 8月 6日(土) 04:39
uranoさん、ありがとうございます。舗装道から入るポイントが不安でしたが、わかりやすいようですね。また途中の見どころも教えていただきありがとうございます。ゆっくり味わいたいと思います。以前、滋賀県余呉町鷲見と云う廃村を訪ねた時のことを思い出します。ワクワクドキドキするでしょうね。
七ちょめさん、樅峰園は割と有名で、会社の上司も泊まったことがあると言ってました。この宿、古民家を宿に転用しているようで、廊下から部屋の中が丸見え、着替えもしづらいそうです。こちらも楽しみです。

万訪 8月 6日(土) 04:42
変な文章になってしまった。古い建物に泊まるのが楽しみという意味なので、あしからず。

urano 8月 6日(土) 09:58
真木は一度廃村になりましたが、いまは生活の場としてよみがえっています。また、この時期は夏休み中ということもあり、施設実習中の学生さんや、林間学校のお子さんもいて賑やかかもしれません。廃村再生のひとつの可能性としても、興味深い場所と思います。
KD182250243019.au-net.ne.jp
1589: 音戸大橋たもとの町並 孫右衛門 7月30日(土) 20:32
訪ねられている方もあると思いますが、これは倉橋島北端の音戸引地地区の町並です。古い方の音戸大橋のたもと近くにあります。
先般二本目の橋が開通していますが、橋が無い時代の繁栄の様子が残っているというのもまた貴重なものと思うのです。
数年前、旧家の一つ(この写真の手前側にあります)が改装され、食事どころ・喫茶店として新たな命を吹き込まれました。ずっと気になっていたのですが今回ランチを予約し内部を訪ねることができました。

孫右衛門 7月30日(土) 20:42
これは食事をした座敷から見える中庭と裏座敷です。
この旧呉服店も表通りからの外観が少し変ってしまってはいるのですが、このまま何にも利用されず失われてしまうよりは、喫茶店にせよギャラリーにせよ有効利用して外来客が増え、ひいては周辺地区の活性化につながればその方が良いのではと、最近は思うようになってきました。
ここを案内するなら、まず新しい橋を車で渡った後、古い橋で戻り、その後今も残る渡船で渡って町並を歩いて、ここで食事をするというプランを実行したいものです。

万訪 7月30日(土) 22:33
孫さん、音戸をしっかり定点観測されていますね。一度歩くと二度目はつい通過しがちですが、地元の主要な町並みは地元メンバーが定期的に見て行く必要があると思います。いらかぐみ総体でみると定点観測のストックとなっていますので。
今日、東京は隅田川の花火大会でした。天気も良く風も適度にあって最高のコンディションだったと思います。

Yasuko 7月31日(日) 08:00
皆さんの活動を拝見するだけだったのが、久々に探訪に出かけてきました。高梁市川面で辰巳屋さん情報の三階建てを写しに行ったところ廃業の酒屋さんを見つけました。あと孫右衛門さんが最近アップされていた刑部へ、月田ではちょうど出てこられたお医者さんに「暑くて倒れそうですね」と声をかけられました。冷房の効いた車で待っていてくれた連中は何を好き好んで歩くのかと多分噂していたと思います。


七ちょめ 7月31日(日) 09:31
高松市牟礼 八栗寺門前の高柳旅館に泊った時には、宿泊者が一人でしたので、夕食は作ってもらえませんでした。そこで近くの「うどん本陣山田家」へ出かけたのです。
そしたらビックリ。巨大な長屋門を入るとこの様な母屋が待っていました
元々は「源氏正宗」醸造元の造り酒屋さんだったそうです。想像ですが戦後直ぐに造り酒屋を廃業し、讃岐うどんの「うどん屋」に転業されたようです。
この写真からは想像もできませんが、座敷・離れ・酒蔵などの建物を利用して、300席もある大きな「うどん屋」さんで製造・販売は勿論物流会社をも持つ巨大な企業でした。
ゴールデンウイークには1時間もの待ち時間の有る有名な「うどん本陣山田家」でした。
母屋の屋根の上からのぞくレンガ煙突が、造り酒屋さんの名残です。

私は食にはあまり関心が無く、殆ど話題にもしませんが、この山田家のうどんと家屋は値打ちがあると思います。家屋は国の登録有形文化財に指定されています。
うどん屋と云っても、うどんを中心にして殆どの料理がメニューにありました。
高松に行かれた時には一度立ち寄るのも値打ちがあると思います。そして是非椅子席では無くて座敷に座って頂くのが最善だと思います。


万訪 7月31日(日) 10:50
山田家行かれましたか。ここは人気ですよね。2年前の家族旅行で、娘がいきたいというので、ほぼここへ行くためだけに四国へ渡りました。

Kさん 7月31日(日) 15:41
皆さんの話題に余りついて行けない私ですが、このうどん店は行ったことがあります。2008年ごろ高松の会社の仕事をしていて、昼飯にあちらこちらへ連れて行ってもらいましたが、そのうちの一軒が山田屋でした。
そのほかに田んぼの真ん中にある一軒家のうどん屋さん(店の名前は忘れましたが)へもいきました。こちらも人気店とのことでした。

七ちょめ 7月31日(日) 16:36
この「うどん本陣山田家」はそんなに有名なんですね。
私はそんなこと知らずに、只、旅館で夕食を出してもらえないから、一軒おいて隣のこの「うどん屋」さんに入ったのです。こんな辺鄙なところの「うどん屋」と思っていましたが、そうでもなかったのですね。
真夏の平日の午後5時頃に入りましたが、こんな時間なのにと思うほど多くのお客さんが入店されていました。

孫右衛門 7月31日(日) 19:59
再訪そして近場ではできるだけ定点観測することが重要と普段から感じています。
この山田家の建物はちょっとした重文級ですね。
Yasukoさんの貼付された画像、一瞬志和の千代の春酒造かと錯覚しました。絵になる風景ですね。
来月中旬の盆休み連休に、香川県と愛媛県の島を中心とした1泊の探訪を考えています。観音寺沖の伊吹島、松山沖の島々で万訪さんの情報を参考にしました。
暑いし本格的な遠征もこれから計画して満足する形での探訪は難しいと思っての計画です。海風がある分多少凌ぎ易いのかもしれませんが、気休めですね。

Kさん 8月 1日(月) 10:56
七ちょめさんのブログの「立派なうどん屋さん」の記事、「この記事はブログのファンのみご覧になれます」との表示が出ています。私はブログのファンなのに見ることができません。なぜ?



七ちょめ 8月 1日(月) 14:17
このうどん屋さんの山田家の投稿した時に何故か表題の頭にハートマークが付いたのです。何か判らずそのままにしていたら、記事が見られない状態だったのですね。
何故か判りませんし、投稿時の操作にちょっとした操作ミスがあったのでしょう。

一旦この投稿を削除して、時間を合わせて再投稿しましたので、今度は見られると思います。ご迷惑をお掛けしました申し訳ありません。

お知らせ願い有難うございました。
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
1587: 徳島県の集落 urano 7月24日(日) 07:14
先週末の3連休で徳島へ行ってきました。
帰宅後バタバタしてしまい、ようやく写真を取り込めました・・。

主にめぐったのは山岳集落と吉野川沿いの藍づくり集落です。
写真は東祖谷の落合で撮ったもので、8年ぶりの訪問となりました。
前回、茅葺きは確か0棟でしたが(厳密には文化財の長岡家住宅が茅屋根のまま、ビニールシートで覆われていました)、今回は10棟に増えていました。
長岡家が修復されていたのと、NPOによる古民家ステイ(一棟貸し古民家)事業のため、トタンだった家が続々と復元されたからです。
貸し古民家の内部は大胆に改装されていますが、所有者は元のままで運営にも携わっていますし、地域活性にはいいことと思います。

urano 7月24日(日) 07:25
宿泊した三好市三野の民宿ご主人から、「最近、知られるようになった集落」と聞き、プランに組み込んだ美馬市穴吹町の首野。対岸の岩山からの展望です。山岳集落としては、それほど大規模ではありません。全体のたたずまいがよかったです。

urano 7月24日(日) 07:41
首野から一宇へ抜ける途中にある、つるぎ町貞光の家賀(けが)。
一番高いところに、つるぎ町で最後の「常住の茅葺き」を自称するお宅がありました。

このあと一宇へも行きましたが、万訪さん、孫右衛門さんが撮られた茅葺き(一部トタン)民家は無住となり、棚も1基を残して撤去されていました。

urano 7月24日(日) 07:50
吉野川市の石積み集落、高開(たかがい)。最近、熱心にPRしているところですが、観光客はいませんでした。段畑はもとタバコ畑で、25年ほど前から芝桜を植えています。その開花シーズンと、12月のライトアップのときに人出があるそうです。
現在は4戸のみの小さな集落です。

urano 7月24日(日) 07:54
上板町の佐藤塚(土地の人はサトヅカと発音)。藍商と藍づくり農家の集落です。右手の家は去年、重文に指定されたばかりの戸田家住宅。

urano 7月24日(日) 08:01
集落ばかり投稿したので、町並みも・・・。
神山町の中心街、寄井です。辰巳屋さんも紹介されていらっしゃいますが、「なぜ、この場所にこんな町並みが!」と思える意外性がよかったです。

urano 7月24日(日) 08:07
延々と連投して申し訳ありません。
寄井からさらに山側へ入ったところの神山町川又。重文民家のハシゴ(粟飯原家〈あいはらけ〉住宅から三木家住宅へ)の途中、通りがかりました。建物はそれほど古くなさそうでした。

孫右衛門 7月24日(日) 09:55
徳島を訪ねられていたのですか。徳島県はもう当分訪ねることはないと思っていました。
神山町の2箇所や佐藤塚は町並として全く知りませんでした。
斜面上集落も有名な落合や一宇中心部近くの赤松集落などは訪ねていますが、今回訪ねられたのも相当なもののようですね。もっともこの付近では、少し山に入るとあちこちに斜面上集落があるのでしょうが。
再訪や他の付加価値をもう少し加えると、徳島県も十分訪ねる理由が出てきそうです。

七ちょめ 7月24日(日) 10:32
今、丁度 青春18キップで香川県一軒と徳島県一軒の宿を訪ねる計画をしています。
香川県は高松市の宿ですが、徳島県は吉野川市の山の中の美郷の旅館を予定していました。徳島県神山町寄井も神山町川又も吉野川市美郷の近くですね。
近くですが、青春18キップでは交通の便を考えると動けません。自動車にしますか!!
それとも2回に分けるか検討します。情報ありがとうございます。

先ほど徳島県の重伝建の脇町の中に古い家屋の宿を見つけました。大正末より旅館を営業されているようですが、建物は明治期のたてもののようです。泊る計画も立てようと思いますが、ここも男一人が可能かは不明です。

七ちょめ 7月24日(日) 17:47
この夏も青春18キップを使って、高松市牟礼町のお遍路宿に泊ってくることにしました。依って徳島県の町並などは、車を使っての探訪の時に訪ねようと思います。
この宿の写真は、著作権で保護といって一切取り出せませんので、写真はありません。

万訪 7月24日(日) 19:49
uranoさん、徳島県の旅お疲れ様でした。つるぎ山周辺は何度も行ってますが、知らない集落がたくさん出てきました。吉野川市?高開?一字より東の方ですね。googleマップで検索したら、「高開に石積み」と出てきました。山岳集落も離島以上に過疎化が進行しており、集落が消滅していってるのでしょうね。「天界の村」は私にとっては集落町並み探訪の原点で、30年前に西日本を巡り、10年前に原点回帰で行ってないエリアを回りましたが、Googleで航空写真チェックができるようになりましたから、またやってみたいなとも思ってます。uranoさんに教わった、事前の文化財や論文文献に下調べを行ってから。
いずれの写真も天気がよくよかったですね。

urano 7月24日(日) 21:12
今回は三連休の前半1.5日はNPO活動関連の訪問を中心とし、後半1.5日で県内の重文民家を結びながら、道中にある集落をめぐりました。
探訪に特化したのは1.5日だったのに、これだけいろいろな集落や町並みを見ることができ、徳島県の奥深さを実感しました。

佐藤塚は、私が見た限りでは、投稿写真の一画のみ「町並み風」でした。全体的には藍農家が点在する集落ですので、孫右衛門さん、七ちょめさんのお好みに合うかどうか、微妙なところと思います。
残されている農家も外装はだいぶ更新されています。
それでも、敷地の四方に作業小屋を建て、足元に石垣を組むという、「藍師の家は城構え」の雰囲気がよく残されていました。

七ちょめさんの予定されている旧三郷村は、まさに高開の石積み集落のある地域ですね。
高開は、私も訪問前に検索したところGoogle mapに表示されて驚きました。

天気は、おかげさまで18日は夏らしい好天でしたが、17日は曇天で夕立にあいまして、首野の俯瞰地点は雲の中でした。
で、俯瞰を撮るためだけに18日に再訪しています。

七ちょめ 7月24日(日) 22:38
高開の石積はまさに泊ろうと思っている宿(吉野川市美郷町字古土地)の近くですね。
高開は吉野川市美郷字高開ですのでね。
車でも細い道が続くのでしょうね。国道からは随分山に入りますので。

urano 7月25日(月) 19:34
高開までは分岐ごとに道標が立てられていたので、山道でも迷わずに行くことができました。

この写真は、帰りに寄った「美郷ほたる館」で展示されていた集落全景で、ドローンで撮影したものだそうです。
車道でも、集落を越えてさらに走ると、このアングルに近い正面からのカットを狙えるとのことでした。

辰巳屋 7月26日(火) 05:26
私は、四国88ヶ所巡りをするのですが、四国88ヶ所巡りの途中にも山岳集落が目に付き気になっていたところです。それにしても徳島の山岳集落は興味が湧きますね、是非行ってみたいものです。

神山町の寄井は、第12番札所焼山寺から第13番札所大日寺に向かう途中で、焼山寺から降りた所にある町でした。以前からIT企業の誘致で話題になり、また若者の移住者が多いという話があり、どんな町なのか知りたいと思ったのも立ち寄った動機でした。
「寄井座」という劇場があり、活気のある林業で栄えた街だったようです。現在は町の活性化の中心的施設になっているようです。

最近、街並みだけでなく、山村集落や養蚕農家の集落が気になっています。

七ちょめ 7月26日(火) 09:57
辰巳屋さん お久しぶりです。
徳島県の山岳部は急斜面で山にへばり付いた集落が方々に見られますね。
写真などで見るのは、中々良い眺めの集落ですが、生活するのは大変でしょうね。訪ねて写真を写すだけでも大変だから。

四国88ヶ所の観音霊場を廻っておられるのですか。明後日に香川県の85番札所八栗寺の門前の宿に泊ってこよう思っています。

さて、門前まで行きますが八栗寺に参拝するかどうかは当日の気分で決めようと思っています。

太泉八雲 7月26日(火) 22:09
uranoさんは徳島の山間部を走られたのですね。

私も2年前に徳島の山間部を走りました。

ああ、調べてみるともう2年も前になるのですね。早いものです。

町並みのページは訳あって更新していませんが、良い町並みが沢山ありました。

「ぶらり、徳島へ山間の集落と酒蔵巡りに行ってみた」

http://blog.ichiro-ichie.com/article/102673888.html




太泉八雲 7月26日(火) 22:09
「ぶらり、徳島へ山間の集落と酒蔵巡りに行ってみた」


http://blog.ichiro-ichie.com/article/102658062.html

urano 7月28日(木) 00:03
辰巳屋さん、まさに今回の徳島訪問は、IT村の神山町、葉っぱビジネスの上勝町などがどんな場所か、見てまわるものでもありました。
でも寄井座は知りませんでした。下調べ不足でしたね。また、たずねてみたいと思います。

太泉八雲さんも神山町の町並みを訪ねられていたのですね。
川又は山側から下りると、いっそう劇的だったと思います。
ブログを拝見すると、那賀川沿いにもいい町並みが多いようですね。

今回は勝浦川沿いを走りましたが、ざっと見たところ、古い町並みには気づきませんでした。
最奥の棚田群は見ごたえがありましたが、いらかぐみ的にはどうでしょうかね。

写真は神山町八重地の茅葺き民家と棚田です。

urano 7月28日(木) 00:05
訂正

誤)神山町八重地
正)上勝町八重地

太泉八雲 7月29日(金) 23:38
URANOさん

那賀町和食は徳島県内陸部河川沿いの集落では最も規模が大きく町並み度も高いかと思います。ただ、私が訪れた時は数日前の台風11号による爪痕が色濃く、那珂川の氾濫による復興作業中という事もあって、町並みを散策する事はできませんでした。

でも、他にも良い町並み(いずれも街道集落)が沢山あります。
次ぎに行くときは、祖谷の集落を再チャレンジです。
98.19.232.153.ap.dti.ne.jp
1585: いらかぐみ結成の地 祝島と上関・室津を歩く 万訪 7月17日(日) 18:23
今日は、朝徳山から移動し、まず室津と上関を歩きました。第一回オフ会の時は、祝島から戻った時に歩きましたね。しかし、あの菱形の窓のある家意外、全く記憶にない。。。あの時、忍者隊の方に案内いただいたですね。自分で考えて歩いてなかったからかなぁ。

そして、祝島に渡りました。いやぁ、やっぱり祝島はすごい!独特ですね。数ある島の集落の中で第1位あげても良いでしょう。改めて素晴らしいと思いました。

万訪 7月17日(日) 18:24
Kさんのスケッチの場所を確認してパシャ!

万訪 7月17日(日) 18:27
いい絵ですね!13年前、七ちょめさん、Kさん、孫右衛門さんにはじめてあった記憶がひしひしと蘇ってきました。あれからメンバーも増え、みんないろんなところへ行きましたね。そして続いていること、素晴らしいです。

万訪 7月17日(日) 18:43
あれれ、しゃがんだアングルだとスケッチと違うぞ。
立ったアングルがこちら。Kさん座って描いてましたよね。


七ちょめ 7月17日(日) 19:07
祝島で談笑し楽しく過ごした翌日、朝食前と宿を出てからも島を歩きましたね。そして昼食に困り、再び同じ宿を訪ねて昼食を何とかしてほしいと頼むと、宿の夫婦が自分たちのために残しておいたご飯でおにぎりを作ってくれたのを思い出しました。

孫右衛門さんの言われるように、石積の家屋の状態はあまり変わっていませんね。
でも、過疎の島だから家屋の劣化は‏進んでいるでしょうね。

案内願ったのは上関の忍者探検隊??……と何とか言いましたね。

「かみのせき郷土学習にんじゃ隊」でした。


万訪 7月17日(日) 19:39
オフ会で泊まった宿、「民宿くにとみ」に立ち寄りました。 覚えてらっしゃいますかね、ご老人お二人でなさっていて、息子さんがホームページで民宿を紹介されていたこと。訪れた2003年旦那さんはお亡くなりになり、おかみさんは90歳を過ぎてお身体が不自由になり、上関町蒲井の老人ホームに、民宿は息子さん夫婦で存続されていました。
お嫁さんが祝島について書かれた本がありまして、3冊を購入!最終刊がもう直ぐ発売になるそうです。

万訪 7月17日(日) 19:52
上関に戻り、長島の集落を巡りました。歩いたのは、長島の東海岸にある四代と西海岸の白井田。良かったのは白井田集落です。祝島と同じくらいでっかい集落。平地と急斜面上に集落が展開しています。

万訪 7月17日(日) 19:57
かなり急斜面に石垣を積んで屋敷地が形成されていましたから、一時かなり繁栄したと思われ、急斜面のエリアは比較的新しく、昭和になって開発されたイメージです。でも、すごい集落!

万訪 7月17日(日) 19:58
祝島と同じくらい家が立派なので、反映したのでしょう。

万訪 7月17日(日) 20:01
でもって、驚いたのが白井田に祝島で見られる練塀があったこと。たった二軒ですが、賞賛に値します。

七ちょめ 7月17日(日) 20:33
祝島の民宿 看板が揚がっていましたか。我々が泊った時には看板は一切なかったもので。
この祝島で宿が成り立つのは多分魚釣り客相手でしょうね。民宿が存続していただけでもよかったです。そのうえ祝島の本を奥さんが出版されているとは驚きです。

孫右衛門 7月17日(日) 21:29
祝島の民宿は代が変わってましたか。オフ会したのは2003年でしたからね。
私は今大分県日田市の旅館にいます。探訪レポート、帰ってじっくり見ます。

Kさん 7月17日(日) 22:57
祝島へ行かれましたね。「くにとみ」は息子さんが継いでおられるのですね。
九州にいたころ、出張で飛行機の窓から祝島を眺めると、形はまさにハート型でした。奥さんが手にしておられる本の表紙で思い出しました。

私の絵をアップしていただきありがとうございます。座って描いたはずなのに、視点が高い…実は私は座高が高いのです。

Kさん 7月17日(日) 23:02
民宿の名前は「くにひろ」ではありませんでしたか。

万訪 7月17日(日) 23:12
今では釣り以外でも観光客が多いみたいですよ。名前「くにひろ」でした、すいません。
民宿に上がりこんで、いらかぐみ結成の話をさせていただきました。是非、15周年で皆さんお越しくださいとおっしゃっていましたよ。

長島の白井田集落、練塀の家の写真を掲載します。祝島以外にもあったのですね。ただ、石が丸石ではなく割り石でした。

七ちょめ 7月18日(月) 11:37
祝島でのオフ会 いいですね。
次回のオフ会でも、ミニオフ会でも、前回辰巳屋さんが参加できなかったので、彼の住む広島に近い祝島でのミニオフ会。
皆様と顔を合わす会としての案はどうでしょう。

孫右衛門 7月18日(月) 22:13
民宿くにひろでの再オフ会、これは思わぬ名案です。来年は15回目です。それも選択肢にというのも良いですね。
祝島ももちろんですが、今回万訪さんが訪ねられている長島の四代・白井田集落。近い割に不便な事もあって、こういうところは足が向いにくいです。祝島はにわかに次期オフ会候補?というのが出てきているので行きませんが、上関から陸続きになっているこの2集落は早い時期に行っておきたいですね。四代は陸路の行き詰まりの小さな集落で、パスしたのを覚えていますが。それも祝島オフ会よりも前の話なので、今行くと違う印象かもしれません。
上関は、昨年近くで現場仕事がありましたので、それにあわせざっと歩きました。ざっと見は変っていないようですが結構更新され、古い町並としての評価は変りました。その詳細までここに記すのはやめますが、ただ、この辺り覚えていますか?ここは変っていません。「四階楼」裏手の小高いところです。「にんじゃ隊」に案内されたところです。

万訪 7月19日(火) 10:18
来年のオフ会は日奈久温泉の金波楼というのもあがっていましたが、行っていない方も含めて祝島というのも魅力です。
忍者隊は上関だったか室津だったか覚えていませんでしたが、室津でしたか。どちらも集落が岬の尾根を越えて反対側の海岸線まで下りています。
四代は期待しましたがそれほどでもありませんでした。一方、白井田の方はよかったですね。練塀見られたほか、呉の両城のような急斜面集落が見所です。

urano 7月21日(木) 22:19
祝島の練塀は見事ですね。
実は来月、呉から下松あたりを旅して、祝島にも渡ろうかと計画を立てているところでしたが、ここへきて日程確保が難しくなりつつあります・・・。
オフ会の可能性も出ているようなので、一旦保留するかもしれません。
でもこのあたりには音戸や上関など、良好な未訪の港町がたくさんあるので、繰り返し探訪するのも楽しそうだなぁと思っています。

万訪 7月22日(金) 09:03
uranoさん、同じようなエリアを予定されていたんですね。
呉から下松は集落町並み度がとっても濃いい地域です。ぜひ、新たな場所を発掘していただきたいですね。
私も10月に岩国から倉橋島にかけて島を巡ります。10/9に広島泊ですので、三連休ですがもし孫さんご都合良ければミニオフ会しませんか。

孫右衛門 7月22日(金) 21:26
10月3連休に来られるのですか。今年は9月の予定が他の事情でまだ流動的なので、この連休辺りに遠征をかませることを考えていましたが、まだ随分先のことでアクションも起こしていませんので、空けておきます。夜だけではなく都合が合えば同行もしましょう。
Uranoさんもこちらへの予定があるとのことですので、タイミングが合えば良いですね。

万訪 7月22日(金) 23:14
孫さん、連休ですので、ご自身のご予定を優先してください。もし予定がなければご一緒にということで。
10/8(土)に黒島・柱島で柱島泊、10/9(日)は阿多田島・金輪島で広島市内泊、10/10(月)は江田島・倉橋島の未訪地という予定です。10/8の晩は、学会か何かわかりませんが、広島市内から岩国にかけて今から宿がとれませんでした。柱島に旅館があり助かりました。

孫右衛門 7月24日(日) 09:40
了解しました。9月の予定次第となりそうですので、可能でしたら是非ということにしましょう。
先ほど祝島の動画を拝見していました。
ほとんどのところに見覚えがあります。やはり変っていない印象ですね。
皆で探訪しているとお婆さんが歩いてきたなとか、色々思い出しました。
p446248-ipngn200406niho.hiroshima.ocn.ne.jp
1586: 豊前豊後筑後水紀行 孫右衛門 7月18日(月) 23:13
1泊2日の探訪でした。私の整理の為に列記すると福岡県築上町旧椎田町、大分県宇佐市下時枝(豊前善光寺門前町)、豊後高田市、日田市旧天瀬町天ケ瀬温泉、日田市皿山、日田市(再)、再び福岡県に戻りうきは市旧浮羽町新川田籠、うきは市旧吉井町、朝倉市旧杷木町、久留米市旧田主丸町、久留米市御井、八女市旧黒木町(再)、八女市(再)
宿泊は日田市の古びた旅館に1泊しました。
今回訪ねたところの多くで共通しているのが、水の豊かな風景でしょうね。
九州をはじめ東海地方までは今日梅雨明けしたとのことですが、折しも前日までの梅雨のシーズンを受けて、その恩恵を得たような風景に接することが多かったように感じます。
天瀬温泉は河原に露天風呂が点在する。日田皿山の小鹿田焼の里では川水を使った唐臼の音風景。日田は鵜飼も行われる盆地の町。渓流沿いに盆地が点在する新川田籠。筑後川沿いの町々では発達した水路沿いの風景があちこちに見られる。
特に筑後平野などは10年以上訪ねていなかった地域で、新たに重伝建地区になった箇所の訪問、他の方情報による新規訪問、以前訪ねていた貧弱な町並ページの更新を目的としたものでした。
日田の町並は一つの歴史都市として完成されたものを感じ、筑後吉井、八女の町並の重厚さ見事さは再評価したいですね。小鹿田焼の窯元の直売を色々買い求めました。そして田籠集落を中心とした清流沿いの集落群。くど造りの平川家のご主人にも色々お話を伺いました。
色々書きたいこともあるのですが、今日はとりあえずの初期報告だけにしておきます。
画像は日田の早朝の川沿い風景。

万訪 7月19日(火) 10:23
豊後水道を中心に対面するような地域をお互い旅していたのですね。水紀行とはまたオシャレな旅番組を見ているよう。私もこのエリアは水量の豊富さを実感します。
挙げられている地名は知らないところもあり、新たな町並みの発見があったのでしょうか。つづくレポを楽しみにいたしております。

Kさん 7月19日(火) 11:01
孫さんが今回探訪された場所は九州にいたころ、仕事や遊びでたびたび訪れていた所ばかりで、懐かしく思っています。リポートを拝見するのを楽しみにしています。天ケ瀬温泉の河原の露天風呂にも入りましたよ。

田籠の平川家の写真をネットで見ましたが、屋根が葺き替えられてぴかぴかになっており、「今ならスケッチする気にはならないなあ」と思いました。

下に投稿されている上関のポイント、にんじゃ隊の皆さんに案内してもらったおかげで出会った風景でしたね。ありがたいと思う半面、私としてはスケッチする時間がなくなり、写真から描きました。いい場所に行きながらスケッチできない方がかえって不満足なものです。皆さんなら「撮影禁止」と言われるようなものでしょうね。

七ちょめ 7月19日(火) 15:11
孫右衛門さんの訪ねられた福岡・大分の探訪、随分成果があったようですね。泊られたのは日田市の天ヶ瀬温泉ですね。
訪ねられた町並は半分以上は知らないところです。近い将来には北九州にも泊らねばなりませんので、その時に訪ねる参考にします。UPされるのを楽しみにしています。

孫右衛門 7月19日(火) 20:51
泊ったのは日田市で、1枚目の写真は翌日の早朝探訪で撮影したものです。

旅館は温泉でないので、天ヶ瀬温泉の露天風呂にも興味があったのですが、道路側や対岸からは丸見えですね。後の思い出になりそうですし入っておけば良かったです。
せめて旅館の立寄り湯に入っておきたかったですね。
これは同じく早朝探訪の豆田町です。ここの静かな佇まいも泊った者の特典です。

孫右衛門 7月19日(火) 20:59
訪ねた町の中に、豊前市八屋町を忘れていました。地図を見てもしかすると古い町並があるのではと感じていました。街道の追分に位置した商業町のようです。
その他の新規訪問の町は他の人の情報によるものです。

孫右衛門 7月19日(火) 21:11
再訪したところは日田の他に吉井、八女、黒木でしたが特に吉井と八女の町並度は8レベルでした。それぞれ13・4年ぶりで見方も違いますし、程よい整備で以前より程度良くなっていることもあるかもしれません。いずれにせよ町家の質量ともにかなりのものがあります。
これは八女の町並、吉井は結構訪問者の姿を見ましたが、こちらで眼にしたのは数組の個人客だけでした。
後印象に残ったところは、以前万訪さんが訪ねて感激されていた小鹿田です。唐臼の音風景ですし、登り窯が現役で稼動しているところも見える。生きた焼物の町ですね。

urano 7月21日(木) 20:39
福岡県へは鉄道旅行を主体としていたころに何度か行きましたが、地図でうかがえる鉄道網の発達ぶりに対して、あまり効率的な町並み巡りができなかった記憶があります。
その後、重伝建になった新川・田籠方面へは車で行きました。
それでも県自体が意外と広くて、まだまだ未訪エリアがたくさんあります。

日田はつい最近まで「知る人ぞ知る」という場所だったと思いますが(温泉街はともかく、少なくとも豆田町は)、昨年のGWに行ったらものすごい人出で驚きました。
掲載されている早朝の町並みは落ち着いた雰囲気がいいですね。

孫右衛門 7月24日(日) 09:34
福岡県も北九州地方や福岡市周辺でしたら比較的手軽に訪ねられますが、筑後地方はこちらからでも結構距離がありますので泊りがけになりますね。
日田は前日の夕方豆田町を少し通った時は観光客で一杯でしたので、暑かったこともあり降りて歩くのはやめました。観光客の多く訪れる町は、泊ると静かな探訪が可能ですし、生活感も垣間見ることができますのでその価値は大ですね。
p446248-ipngn200406niho.hiroshima.ocn.ne.jp
1584: 周防灘 大津島 万訪 7月16日(土) 20:23
今日は徳山から定期船で35分、回天の島「大津島」を歩きました。回天ってわかります?人間魚雷です。この島に回天の発射訓練場があったのです。
画像は馬島の集落。大阪城の石垣にも使われたという花崗岩が採掘された島らしく、石垣が美しい!

万訪 7月16日(土) 20:24
なかなかいい集落でした!

万訪 7月16日(土) 20:27
回天 発射訓練場跡
お国のために死を覚悟して敵の軍艦に向かう人間魚雷
とんでもない時代があったのですね。


七ちょめ 7月17日(日) 15:50
大津島 この様なところで人間魚雷「回天」の発射訓練が行われていたのですか。
その施設がまだ残っているのですね。
ある意味この施設が残っていることが凄いですね。
余り漁業で生活しているようでないし、生活の糧は柑橘類栽培でしょうね。

この連休万訪さんは周防の島巡り、孫右衛門さんは九州北部の探訪でしょうね。

万訪 7月17日(日) 18:16
発射施設とそこへ至る長いトンネルが残っていました。その他の軍の施設は取り壊され、小中学校や集会施設などになっています。おそろしい時代が60年前にあったんですね。
集落はちょっと離れた斜面上でした。
pw126205213140.3.panda-world.ne.jp