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1684: 旧山陽道海田宿の三宅家 孫右衛門 5月13日(土) 21:54
これは数人の方は訪ねられている旧山陽道海田宿にある三宅家です。

私の自宅から数kmの近所で、ここ数年脇本陣を勤めていた千葉家は定期的に公開されるなど動きが出てきていますが、大地主であり自らも農家で、しかも現住家屋である三宅家が本日限定で見られるとあって、訪ねてきました。

若干の料金を支払って見学する施設は皆さん入られたことがあると思いますので内容的にはその程度のものですが、これまで街道沿いの母家を通過しながら横目に見る程度のことはあっても、敷地内に入るなどもちろんありませんでした。

うなぎの寝床で土蔵が連なる姿、それが近所の見慣れた旧家の敷地でも残されていたという事実は、やはり新鮮でしたね。

孫右衛門 5月13日(土) 21:58
敷地内の土蔵群です。一部で内部が公開されていて、保管されていた武具や食膳、杯など江戸期の品々が展示されていました。
(現住家屋のため、案内の方の許可を得て撮影)

七ちょめ 5月13日(土) 23:13
海田宿は孫右衛門さんの近くですか。
海田宿を訪ねたのは夕方暗くなってからで、目で見た感じより明るく写真が写り嬉しくなった覚えのある町並です。
自分のUPしているページを見ると、この三宅家の写真が掲載されています。
暗い中を写したのはハッキリと覚えていますが、三宅家を写したのは全く覚えが残っていません。そのくせ、午後5時丁度で、町役場の敷地内で町役場の終業のチャイムが鳴り、暗くなるので慌ててその場に居た職員に駐車場でない所に車を停めて、直ぐに戻るからと言い訳をして、車を置いて走って撮影に向かったことは覚えています。

孫右衛門 5月14日(日) 10:35
七ちょめさんの探訪時は薄暗くなる中だったのですね。他に訪ねられている方も、ざっと歩かれただけで余り印象に残らない町並かもしれません。
そういえばどなたの探訪時も私は同行していませんね。

これは、玄関を入ったところです。この部分は現在居住スペースではないとのことですが、状態よく保たれ、刀置きや提灯も見えます。
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1681: 越後・佐渡探訪 孫右衛門 5月 2日(火) 18:37
今帰りの上越新幹線からの東京駅での乗り継ぎ時間が長いので、それを利用して仮レポートです。
大変収穫のある探訪となりました。佐渡島では町並ももちろんですが、自然風景、地物の食材他も味わい、最後に温泉露天風呂に入ってから島を後にすることができました。
また明日、写真も含めてあらためて報告します。

七ちょめ 5月 2日(火) 21:03
天気が良くてよっかたですね。
満足の探訪だったようですね。良かった。良かった。

孫右衛門 5月 3日(水) 09:59
越後線沿いの燕市旧吉田町の町並です。
商店街となっている区間が多いですが、家並は古い町並そのもので、レトロ商店街としても現役の店舗が多く、その点でも貴重です。

孫右衛門 5月 3日(水) 10:05
新潟市南区旧小須戸町の町並です。最近時々話題に上っていますね。実際、幾つかの旧家が公開されるなど、意識しておられ知名度も高くなっているようです。
もう少し規模的に残っていればという気もするのですが、質的には妻入りの堂々とした建物も多く、見応えがありました。私の町並度では6は付ける予定です。

本土側では他に長岡市摂田屋、弥彦村、燕市、加茂市、この小須戸から近い旧白根市を訪ねました。白根も古い町並が商店街となっていますが、良い町並でした。

孫右衛門 5月 3日(水) 10:30
佐渡島では両津と相川に泊って時計周りに辿りました。既に万訪さんや太泉八雲さん、七ちょめさん、そして辰巳屋さんも掲載はされていませんが詳細に訪ねられている様子ですので要所のみとします。
これは赤泊です。個人的には島内で最も訪ねたい町並でもありました。現役の旅館も複数あるのが印象的でした。シンボルのこの望楼、最近綺麗になったようです。公開に備えているのかと思いましたが、無住のままの状態でした。

孫右衛門 5月 3日(水) 10:45
宿根木では、外国人団体客を含め多くの探訪者があり少々戸惑いました。太鼓のイベントが公民館で開かれていた影響もあったようです。ここでは公開された家屋に全て寄り、往時に思いを寄せることもできました。ここだけ随分俗化している雰囲気でしたが十分伝わるものがありました。
これは公開民家内の様子。

孫右衛門 5月 3日(水) 10:50
島内2・3日目は相川の金山、北部の海岸線など観光要素も入れました。
金山はひと通りの観光をしました。観光坑道をはじめ工場遺跡、旧拘置所なども見、町並に隠された歴史を読むことができました。
この遺跡群を中心として世界遺産登録を目指しているようですが、いろいろと障壁も多いようです。


七ちょめ 5月 3日(水) 14:47
宿根木も観光地化して来て、外国からの観光客が多く居られたというのは意外ですね。
過去2回訪ねていますが、訪問客すら見たこと無かったのせすが。
後の訪問からでも3年位も経過していることと、大型の連休中だからでしょうね。
相川の金山施設も町並で訪ねたのではなく、観光で中を見ているのですが、雨が酷かった時の印象しか残っていません。集合写真はあるのですが。
赤泊の塔の家は無住でしたか。
万訪さんは長崎県の離島を探訪されている筈。他の方の動向の報告がありませんね。

万訪 5月 3日(水) 21:31
孫さん、念願の佐渡紀行、収穫多く良かったですね。広島からだと時間も費用もかかったと思います。
私は今、福江にいます。酔っ払ってホテルのベットで横になっています。サラリーマン、こんなひと時(現役時代は)数えるほどしかないだろうな、とか考えています。
レポは最終日にまとめて!私のブログではライブレポしています。

孫右衛門 5月 4日(木) 21:43
佐渡島は米どころ酒どころでもあり、また1000m級の山もあって、こんな風景を見ると島とは思えないものがあります。ちょっと時間があったので大佐渡スカイラインを走って周囲の海岸線や水田地帯を見渡しましたが、道端には残雪がありました。

宿根木は、動画も撮っていますので先ほどUPしました。万訪さんのような本格的なものとは比べ物になりませんが。

https://youtu.be/Jl3oWwLtNqI

万訪さんの五島探訪のライブレポート、拝見しています。私は足を踏み入れることになるかどうかわかりませんが。

urano 5月 7日(日) 08:23
佐渡島の風景、いいですね。
山地も平地もあって、本当に島という感じがしません。
宿根木に外国人の団体がいたという話は、私も驚きました。
鉱山遺跡も壮観で、絵になります。世界遺産にするには石見銀山との差別化が課題でしょうね。

孫右衛門 5月 8日(月) 21:25
宿根木では外国人の団体さんが来られていただけではなく、地元の芸能集団の太鼓の公演、そして何やらクラシックカーの催し?みたいなのも近くで行われていて、普段の姿とは随分違ったものであったようです。ただ集落内の静けさは感じることができましたし、民家の内部も見学できましたので、満足度は高かったです。

佐渡を世界遺産へ、このフレーズはあちこちで見ました。
ただ、私は登録されることが必ずしも地元にとって良いこととは限らないのではないか、旅館の人や探訪中に見た人と話をしているうちにそう思いはじめました。
条件の似た石見銀山の例などを見ていると、余計そう思うのです。

特にわが国の場合、登録されることでその貴重さを広く知ってほしいということより、観光客誘致や知名度アップの方が先立ってしまいがちですのでね。
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1682: 黄島 万訪 5月 5日(金) 20:32
こんばんは。西彼杵半島西部→下五島→長崎と旅しています。五島列島は行かれた方お分かりですが、いらかぐみ的にはあまり得点の出来ない集落町並みが多いです。まぁ、福江に大火がなければ古い町並みが残っていたものと確信しますが、他の集落はいずれも規模が小さく、ワンショットはいいんですが、町並みとなると得点できません。
そこで、福江から17kmに浮かぶ黄島が素晴らしかった。かつて捕鯨でかなり栄えたといいますが、福江の武家屋敷町を凌ぐほどに石塀集落。しかも、全て溶岩です。珍しいといえば珍しいかな。他には伊豆諸島だけど、ここまでのはない。今まで紹介されていないのが不思議なほどの質です。詳しくはライブレポ参照ください。

七ちょめ 5月 5日(金) 21:36
景色だけを見ていると沖縄のようですね。
町並みは無いよですが、小さな島ですので、集落と言っても戸数は知れてるでしょう。今、徳島県鳴門市の会員制のホテルでの投稿です。古い旅館じゃないのが残念。写真はそのホテル。

太泉八雲 5月 6日(土) 06:50
五島列島もまだ未踏の地です。今年はGWの休みはありませんでした。
かろうじて、昨日は半日。今日は1日休みを貰いましたが、疲れてどこへ行く気もありません。

皆さんのレポートを拝見してちょっぴり旅情に浸っています。

Kさん 5月 6日(土) 06:53
万訪さんおライブ、読んでいますが、島旅もますます佳境ですね。我が息子も、沖縄方面に限りですが、同じようなことをしています。

七ちょめさんが泊まられたのは多分このホテルチェーンだろうと多い、昨晩検索しました、よく分かりませんでした。

七ちょめ 5月 6日(土) 12:24
Kさん そうです。このホテルです。
食事場所も風呂にもバスに乗って行くのにわはビックリしました。
観潮船にも乗りましたが、鳴門観潮を鳴門大橋の上から見たのは初めてでした。

孫右衛門 5月 6日(土) 20:24
五島列島を中心とした長崎県の探訪、その終盤にあたる今日は長崎の斜面上市街地探訪とのこと、体力を温存されて、無事に後半の山場を乗り越えられましたでしょうか。
五島列島は地名・島名ともに福江くらいしか馴染みがありません。それも子供の頃気象通報で聞いていた地名というだけです。
今年は九州でオフ会があるので後回しにしているのですが、長崎県は、未訪問の町並が多くあり数年前から探訪予定地として優先順位が高いのです。一時計画していた時小値賀島でしたか、島の中にも良い集落がありそうと思いました。

私も今日は島根県東部内陸部を中心に軽い日帰りをしました。他の方が訪ねられて私がまだパスしたりしてちゃんと取材していないところがありましたので。

urano 5月 7日(日) 08:35
黄島は私も離島関連本で見て、行きたい島としてチェックしておりました。
万訪さんのお眼鏡にかなったそうで、ますます行きたくなりましたが、アクセスがネックですよね。しかも、せっかく黄島まで行くのなら赤島にも上陸したくなりますが、以前旅程を検討したときは、両島に上陸する行程は組めませんでした。でも万訪さんのブログを拝見すると両島を歩いていらっしゃる。もう一度、行程を見直してみようと思います。

辰巳屋 5月 8日(月) 06:01
黄島の捕鯨で栄えた集落は見事ですね。五島列島の捕鯨は、宇久、有川、黄島が中心となっていたようです。江戸期には、福江島の柏浦や黒瀬も捕鯨が行われていたようです。私は、まだ訪問していませんが、機会があれば、捕鯨で栄えた集落を訪問したいと思っています。
連休後半は、畑仕事に追われていました。今が、野菜にとっては大切な時期です。

万訪 5月 8日(月) 19:17
uranoさんや辰巳屋さん、黄島をご存知だったんですね。さすがです。私はあまり予備知識なく訪れたのでたまげました。捕鯨で相当栄えたんですね。離島は掘り出し物が多い。

pw126245215005.16.panda-world.ne.jp
1680: 可部の町並の変化 孫右衛門 4月23日(日) 19:48
これは自宅から1時間圏内にある可部の町並です。ペース的には年1回以上は訪ねていますので、もう15回くらいは町並目的で歩いていると思います。

ここ数年、手前の家の前に仮囲いがされている状態でしたが、今日見るととうとう更地になっていました。他にも取り壊し中の古い建物を眼にしました。
連続性という意味では残っている箇所はわずかで、この付近が町並としては一番良い場所だっただけに、これ以上失われないことを祈るばかりです。
もちろん重伝建レベルではありませんし、自治体や個人レベルでしか保存の手立てはありませんので、それは避けられないものなのかもしれませんが、少しでもその速度は遅いものであってほしいものです。ここは色々意識して活動されていますので、尚更そう思います。

孫右衛門 4月23日(日) 19:56
2007年当時の画像です。

七ちょめ 4月23日(日) 20:14
町並みが歯抜けになるのは寂しものです。今日はいい天気でよかったですね。
私がこの可部を訪ねたのはもう12年から13年も前になるでしょう。
この町並みの裏側に土蔵群があったのですが、どうなったでしょうね。

孫右衛門 4月23日(日) 22:23
裏手の土蔵は、外観は変わりましたがほぼ無事です。ただ、前面が広々とした駐車場になっているので裏手という雰囲気ではなくなりました。
可部の町並は、竹原と並んで一番多く見て来ている町並でしょうね。竹原は変わりませんが、可部は当初のことを思うと愕然とすることもありますね。
最近別の記事内でも同じことを言いましたが、二極化にはなってほしくないものです。

万訪 4月24日(月) 06:31
確か以前にぉレポされてた家ですよね。ついになくなっちゃいましたか。また、土蔵群の裏も見違えるように変わっていてびっくりです。孫さんが定点観測されているので、時事刻々と変化する様子が意識されますが、そうでない場所であれば久々に訪れて「すっかり変わっちゃった」となるのでしょう。さて、この空き地にどんな建物が建つのか。しばらく駐車場か。写真やもし記録調査されていたら以前建物が判っているのだから、以前のように町並みを揃えた外観で建てて欲しいと私は願います。

七ちょめ 4月24日(月) 08:33
さて、土蔵群がそのまま?? 却って綺麗になっているというのは、土地建物が売却されることなく、建物維持が困難なために壊されたものと判断するのが妥当とおもいます。
一部の売却はあり得ます。
すると跡地利用は、短期的には駐車場でしょうが、駐車場も最近は車が入りません。
跡地に自宅と、介護施設かアパートのようなものが建つ公算が大きい??
全くの当てすっぽうですが、外れかどうかは3年も経てばハッキリと判るでしょう。

孫右衛門 4月24日(月) 21:31
定期的に訪ねていると、逆に変化に気付きにくい事もあるかもしれません。1枚目の壊された旧家の件は以前、この掲示板で万訪さんに言われて改めて認識したのです。2007年には既に無住状態に見えますが、その後しばらく仮設の落下物防止壁が立てられていました。

裏の駐車場は、写真のように余り活用されていないようですし、今後どうなるか。マンションでも建てばいよいよ土蔵が連なっていても風情はなくなってしまいますね。
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1679: 富士山が見えるか? 七ちょめ 4月18日(火) 12:10
今、新幹線で東京に向かっています。
いま一番の関心ことは富士山が見えるかと言うことです。
今日は栃木市の古い旅館に泊まります。

七ちょめ 4月18日(火) 13:01
富士山が見えた。

七ちょめ 4月18日(火) 15:00
時間があるので浅草寺を訪ねてきました。

七ちょめ 4月18日(火) 19:38
栃木市の町並みです。
栃木駅から歩いて宿に行く途中での町並みです。

孫右衛門 4月18日(火) 21:33
栃木の町並、ある意味川越あたりよりも整えられた感じになっていますね。
ここを訪ねたのは2004年の10月で再訪もしていませんので、ちょっと違和感を覚えました。
ここの場合は例幣使街道沿いの嘉右衛門町界隈が保存地区になったことも影響しているのかもしれませんが、そのように公の保存の手が入り衆目を集めたところと、人知れず徐々に失われていくところ、その二極化ですね。

万訪 4月19日(水) 07:14
七ちょめさん、関東に来られている(来られていた)のですね。栃木市の古い旅館、どこにあったかなとピンときません。関東にはまだまだあるのでしょうか。
栃木市はますます整備が進み、第2の川越と言っていいほど観光客が訪れているようです。東京からの日帰り圏でちょうど良い。古い旅館があるというのは重要な要素だと思います。


七ちょめ 4月19日(水) 07:46
昨日は東京は暑つかったですね。
栃木市にも頭でっかちの家屋が見られました。
写真は栃木市の嘉右衛門町の町並みです。
この写真を撮るために旅館で自転車を借りて嘉右衛門の撮影をしている時、片手にカメラを持って片手はハンドル。ポッケトにタブレットの状態で、チョット後ろを振り返ったひょうしに自転車ごとひっくり返り大被害。顔に怪我、眼鏡を壊してしまいました。
さっぱりわえです。
タブレットはポッケットから飛び出しましたが被害なし、でも、カメラは少し傷を。
高齢を忘れて若者と同じように!!。反省 反省。
一番雷の家内にどう説明するかが問題。

万訪 4月19日(水) 08:17
(*≧∀≦*)
自転車でひっくり返ったとは危ない!気をつけてください。
旅禁止令が出ちゃったらマズイですよ。

七ちょめ 4月19日(水) 10:20
自転車で転んだことをどうごまかすかもう1日半考えます。
旅の禁止令が出るの分かりますが、どう無視して今後も出かけるか??。
これも考えどころです。

七ちょめ 4月19日(水) 10:26
自転車で転んだことをどうごまかすかもう1日半考えます。
旅の禁止令が出るの分かりますが、どう無視して今後も出かけるか??。
これも考えどころです。も
顔の傷はそのうちに直るでしょうが??。眼鏡、レンズも買い直さないとならなくなりました。


七ちょめ 4月19日(水) 14:48
高崎から乗った信越線の横川駅で買った峠の釜めしです。揺れるバスの中で食べました。
高崎から変ったルートで佐久平に入ります。
天気が良ければ信越線横川、バスで軽井沢、しなの鉄道で小諸経由で佐久平に入り、バスで芦田宿の金丸旅館。天気が悪ければ高崎から新幹線で佐久平に入るつもりでした。

七ちょめ 4月19日(水) 16:38
佐久平に行く途中で、浅間山が良く見えました。

Kさん 4月19日(水) 18:47
七ちょめさん、災難でしたね。でも元気に旅を続けられているご様子。まずは良かった。浅間山、綺麗ですね。

七ちょめ 4月19日(水) 19:55
今日泊まる旅籠宿はこのような宿です。
中山道芦田宿の金丸土屋旅館です。


七ちょめ 4月19日(水) 20:08
明日、帰るのは変則なルートで帰ります。
通常なら佐久平から新幹線で帰るのが普通でしょうが、明日は天気が良さそうですので大幅にバスを使って、山間部ばかり走り白樺湖に出て塩尻経由で帰ります。写真は芦田にあった満開の桜です。

孫右衛門 4月20日(木) 09:37
ハプニングがあったようですが問題なく旅を続けられている様子ですので大事には至らなかったようで良かったです。しかし眼鏡の件はちょっと困りましたね。

私がこの中山道信濃路の宿場町群を訪ねたのもこの時期でしたので、残雪の浅間山がきれいでした。

七ちょめ 4月20日(木) 14:33
佐久平からバスばかりで茅野まで来られるとは思いませんでした。写真は白樺湖です。


七ちょめ 4月20日(木) 19:46
勝手な投稿ばかりで申し訳ありません。芦田宿の金丸土屋旅館を午前11時に出発し、山の中ばかりバスを乗り継いで茅野までたどり着きました。
女神湖や白樺湖辺りにはまだ少し雪が残っていました。白樺湖の観光は今度の土曜日からの受け入れらしく、今はどの店もその準備でテンヤワンヤでした。桜は未だのようで、もう少し低くなると咲いていました。
矢張りタブレットからの投稿より、自宅のパソコンからの投稿の方が楽ですね。
芦田宿の金丸土屋旅館の主人に、天井裏まで案内してもらい感激しました。良かったです。

七ちょめ 4月21日(金) 11:02
多くの投稿を続けた今回の「旅籠宿に泊る」の旅の投稿もこれでお終いにします。
つまらない投稿を続けてごめんなさい。
写真は芦田宿の金丸土屋旅館の夕景です。

万訪 4月21日(金) 23:10
北関東→信州の旅、お疲れ様でした。さぁて、奥様の反応は如何に。

七ちょめ 4月22日(土) 09:04
報告が遅れました。強烈に文句を言われるかと覚悟を決めて帰ると、何その顔、早く眼鏡を造って来なさい。とのこと。
何で文句を言わないの??と反対に聞くと、顔の傷はメガネの縁に隠れてあまり目立たないし、古い旅館に泊まりに行くな!!と「いくら言っても聞かないでしょう」。
とそのことはそのままで、翌日、メガネは未だ メガネは未だとメガネの事ばかり。
夕方メガネの新調にメガネ屋へ。レンズとレンズ枠を合わせて ¥32,000円のところ、前回造ってから一年以内だったので半額の ¥16,000円にして貰って、4〜5日後にできますとのことでした。
レンズはプラスチックの多層貼りのレンズだから割れた傷は大きく入っていますが、レンズの形体は保っています。片目だけだから通常に見えますが、一番困るのは顔を洗うときで、鏡を見ながら傷を触らないように洗うのがチョット厄介。
まあ、ビックリしましたが、一応平穏にことが運びました。
今日はこれからある会合の総会です。総会後に一杯飲みがありますが、参加するだけだから気が楽なものです。
ご心配かけて申し訳ありませんでした。

万訪 4月22日(土) 10:30
七ちょめさん、一件落着ですかね。「古い旅館に泊まりに行くなといくら言っても聞かないでしょう」とは、奥様の深いご理解あってのお言葉でしょうか。

もうすぐGWですね。私は、四泊五日の長旅で長崎に行きます。
「五島列島の真ん中に連なる島々と周りの小島、西彼杵半島の西側のの行ってない島、最後に長崎市内の斜面上密集地を丸二日間歩き回る」
というのがテーマです。くたびれそうだ。

七ちょめ 4月22日(土) 14:55
離島の旅、五島列島は行ったこともありません。ましてやその間の小さな島など想像外の事柄と思えてしまいます。気を付けて訪ねてください。
私のゴールデンウイークは何時もは何処にも出かけない場合が多いのですが、今年は前半も予定で詰まっています。後半は娘夫婦の誘いに乗って、徳島県鳴門辺りに一泊二日で出かけます。その前日に我が家に泊まりますので、連休後半はそれで御終いのようです。

孫右衛門 4月22日(土) 19:24
七ちょめさん、諸問題がクリアーできたようで何よりでした。
私の連休中の予定は28日の夜に出発し、翌朝長岡からレンタカーで町並を巡ります。新潟に到着後夕方の高速船で佐渡島に渡り、翌日から2日半島内を巡ります。
今日ネット地図類の整理、行程表を作成し、後は持っていくものを整理すればよいくらいにしておきました。
船の欠航など無い限り、比較的余裕を持って佐渡島を訪ねられる行程を組んでいます。町並だけではなく若干観光もする予定です。


七ちょめ 4月22日(土) 19:35
いよいよ佐渡ヶ島探訪の決行ですね。
チョット注意しないといけないのは、食事や飲みものです。
私も両津の大きなホテルに(鉄筋コンクリートの7〜8階建て)に食事なしで泊まったのです。大きなホテルなら食堂で食事はできると判断したのですが、予約していないと食事はダメといわれ、両津の町なら食堂位はあるだろうと外に出ましたが、午後7時前でしたが食堂などは閉店していて困ったこと有るのです。
大きなホテルでもこの状態、田舎へ行けばコンビニも売店も何もありません。常に食事と飲料水の確保に心掛けて下さい。

孫右衛門 4月22日(土) 21:02
七ちょめさんアドバイスありがとうございます。
佐渡での食事問題は思ったより重要なようですね。島内に食事どころや食事を調達できるところが乏しいことは万訪さんなどからも聞いていましたので、3泊のうち2泊する相川の旅館は2食付にしました。旅館の食事よりも地物を食べさせる良い店があれば1日はそれも良いかと思っていたのですが、その旅館は料理の評判も良さそうですので旅館食としようと思います。
初日は両津ですが到着が19時を過ぎるので夕食は無しにしています。ここは新潟出航前に何か仕入れようと思っています。
両津の町に1軒コンビニがあるとの情報を聞いていますが、全国チェーンのものではなさそうで、当てにしないほうがよさそうです。
朝・夕食は良くても昼食の問題が残ります。どこかで店を見つければすぐに調達しておいた方がよいのでしょうね。
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1678: 中間連絡 孫右衛門 4月15日(土) 15:27
宿泊予定の旅館に予約の再確認も兼ねて、以下を確認しておきました。

・ 宿泊人数をメンバーのみ8名に変更しておきました。3部屋確保していますが、人数割は自由です。
・ 食事後の歓談の件については、3部屋のうち一部屋が6畳間2間続きとなっておりますので、そちらで開催して問題ありませんとのことです(他のお客様にご迷惑になることはないとのこと)

前後泊として人吉旅館は良さそうですね。1泊朝食付きプランなどもあって比較的手軽に泊れそうです。

それから七ちょめさんの阿蘇地区の探訪を断念された件に関連して、私も先日からの地震発生から1年経過しての各種報道を見て再認識したのですが、地震の影響がまだ色濃く残る地域も多くあります。その辺りは、念頭に置いておいた方が良さそうです。

七ちょめ 4月15日(土) 19:56
オフ会の中間報告ありがとうございます。
皆様の行程がそこそこ出てから、自分の行動を決めようと思っています。
早々と熊本空港でレンタカーを借りる予約はしていますが、二日目に八代市でレンタカーを借りる方法に変更するか、当分思案します。

孫右衛門 4月16日(日) 21:50
私個人的にはまずGW前半の新潟県の探訪がありますので、当面はそちらの詳細計画を優先しますが、しかしいずれにせよ連休中くらいには固めておきたいですね。
絶対に外せないのは山鹿の再訪だけで、まだまだ検討の余地がありありです。
とはいえ訪ね潰さないといけないほど未訪の町並が多いわけでもありませんし、パターンも一つではないです。
人吉旅館は頑張って何とか前後泊することができないか、今は何ともできませんが可能性に賭けてみましょうか。

七ちょめ 4月16日(日) 22:36
皆さんのご意見が出てこないのは、まだ、先のことと計画を練っておられないからでしょうね。まあ、慌てること無いのでじっくりと検討して下さい。

万訪 4月17日(月) 07:17
すいません、中々考えて書き込む余裕がない、、、
私は、福岡インの福岡アウトで2日間レンタカーです。行きは大泉さん、yasukoさん乗せて、帰りはYasukoさんだけかな?何も福岡〜八代間の町になります。

七ちょめ 4月17日(月) 08:53
一番に考えていた高森町へ行くのはチョット困難を伴うようなので諦めて、訪ねる所は辰巳屋さんのページを見て考えます。辰巳屋さん情報提供感謝します。

辰巳屋 4月18日(火) 07:17
私の情報を参考にしていただいてありがとうございます。
熊本県の街並みは、地震前の情報を掲載しています。地震の被害の程度は把握できていませんので、市町村の情報等を把握して行く必要があると思います。

私も、早く着くようであれば、熊本市内又は八代周辺の未訪の街並みを訪問する予定です。
オフ会後は未定です。仕事の都合がつけば、あと2泊ぐらいで、未訪の街並みを訪問する予定です。
210163222063.mcat.ne.jp
1677: 航空券 七ちょめ 4月11日(火) 10:21
オフ会まで2ヶ月を切りました。それぞれ各人の行先や行程を考えられていると思います。2ヶ月前、丁度の日に、航空券販売会社より、搭乗確認番号が送られてきました。これは往路の航空券。帰路はまだ2ヶ月前になりませんので送られてきません。
伊丹空港から熊本空港への航空チケット確認番号です。数字や個人情報は一部消しています。
私はオフ会の次に日に霧島温泉群の旅館に泊まろうと予約はしていますが、今、一生懸命別の旅館を探しています。理由は一人で泊まるには余りにも高額な宿泊料金ですのでね。
二人ならまあまあと思えますが、最低二人の部屋に一人というと、部屋のチャージ料などと言ってね。
贅沢な旅を目的にせず、古い旅籠宿に泊ることを目的にしているのに、一泊25,000円はどうかと思いますので。
鹿児島県内で探すのですが。一軒は二人でないとダメ。もう一軒は湯川内温泉で鄙びた温泉地と言うより湯治宿。宿泊費は2食付きで7500〜8000円程度。
中間位は無いの??


孫右衛門 4月11日(火) 22:56
今週末に、念のための予約確認も兼ねて人数の変更と食事後の会談は問題ないかの件を連絡しておこうと思っています。
金曜日か月曜日にもう1日追加できれば私も言うことないのですが。時期的には一番休みの取り易い時期とはいえ、こればかりは近づかないとはっきりしません。
もし2泊となれば、自家用車でという案も浮上してくるわけですが。

辰巳屋 4月13日(木) 20:18
霧島温泉郷は高いのですかね。よほど由緒ある旅館なのでしょうか。ほかにもあるように思いましたが。値段なりの価値があるのかもしれません。

霧島温泉郷からの錦江湾のパノラマは素晴らしいものがあります。桜島を真ん中にして錦江湾の入江がくっきりとみることができます。

霧島にこだわらなけば、人吉には登録文化財の温泉宿がありますが、旅籠宿の基準には創
業年が若いかもしれません。次の日の訪問先が随分違ったものになるかもしれません。
画像は、少し「もや」がかかっていますが、霧島からみた錦江湾です。

Kさん 4月13日(木) 20:44
歴史的な古さが七ちょめさんの基準に合うかどうかは知りませんが、人吉温泉の「人吉旅館」は私が九州にいる時に泊まった宿の中で最高の評価でした。時刻表に載っていたリストの中から「木造」だけを頼りに選びましたが、立地環境、建物、サービス、料理とも最高。しかも料金は低廉でした。廊下は顔が映るほど磨かれ、泊まった部屋の窓を開けるとすぐそこは球磨川の流れでした。


七ちょめ 4月13日(木) 23:15
なるだけなら鹿児島県に泊まろうと思っています。九州の宿は殆ど訪ねていませんので、せめて、一県に一つくらいはとの思いです。
人吉旅館も検索して探しましたが、昭和初めの温泉発見で、温泉として賑わってきたのは戦後のことで、チョット対象外になってしまいます。
皆さんにご心配?? いや ご配慮を頂きまして有難うございます。
予定しているのは霧島温泉群の中の妙見温泉の「おりはし旅館」です。3方縁側が付いて8畳+6畳の部屋ですが、トイレは室内にありません。
もともと3〜4人用の部屋でしょうね。一般に旅館の定員は畳2帖で一人と言いますのでその勘定では7名ですね。そこに一人と言っていますので、無理して1.5人分くらいの価格にしているのでしょう。
まあ、こんな宿も”いいか”と泊ろうと、半分くらいは思っています。
写真は「おりはし旅館」で明治12年創業とあります。でもこの建物は大正時代のものだそうです。
泊まる部屋は写真の建物の2階の手前の1/3位の部分です。


七ちょめ 4月14日(金) 22:56
大きな誤算。
今度のオフ会は11時前の伊丹空港発のANAとゆっくりした行程を取りましたが、今、大きな誤算であったことが判りました。理由は熊本地震の影響です。オフ会当日は熊本空港から高森町高森と大津町だけを見て、オフ会会場に入る予定を立てたのですが、阿蘇大橋の崩落で大きく迂回せねばならないことが判りました。阿蘇大橋の開通は2020年になるそうです。高森町は諦めますが、大きく訪ねる町並の変更を余儀なくされました。
もっと早い航空便にしておけば良かったと後悔。

Kさん 4月15日(土) 07:34
私の行動はまだまったく白紙ですが、震災後の熊本城をスケッチで残しておこうかなと思っています。ところが昨日からのテレビを見ていると、GW明けから、お城に工事のためのカバーが掛かるといっています。
足場は復旧工事らしくていいなと思うのですが、カバーが掛かってしまうと、さすがに絵になりません。困った。

絵は神戸で描いた工事中の足場があるビルです。


七ちょめ 4月15日(土) 09:49
オフ会に予定していた高森町を訪ねるのは道路事情から諦めざるを得ません。
阿蘇大橋だけじゃなく、今でもあちこちで通行止めが続いています。迂回路はありますが大きく迂回せねばならず、まず第一に、カーナビでは教えてくれないと思います。
それが最大の諦めた原因です。
でも、被害に遭い、不便な道を通って生活されている方々を思うと、観光で訪ねるのに贅沢を言ったらダメですね。
高森町は3年ほど前に観光旅行で訪ねていますといいたいのですが、南阿蘇鉄道を降り、バスに乗り替えただけでした。
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1676: 城崎・三木屋 孫右衛門 4月 9日(日) 19:47
昨日城崎温泉の登録有形文化財の三木屋旅館に宿泊しました。

最近「水周り」を改装されたということですが、基本的に部屋や外観はそのままのようです。
どれを持って満足かというと人それぞれですので、登録有形文化財の建物に泊るということ以外自信を持ってお勧めするとまではいえませんが、ただ一つ間違いなく良いのは料理です。厳選された地の食材に一品一品丹精を込めて会席料理風に提供されます。
私は旬ではなく余り好物とはいえない蟹以外は、すべて食べるのが惜しいほどの品々でした。
七ちょめさん的にはお一人での宿泊が不可なので泊れないといわれていましたが、これは奥様とお二人でご宿泊くださいとお勧めします。
(もしかすると古い旅館の宿泊目的以外では泊られているのでしょうか)
他の方々にもお勧めですね。

万訪 4月 9日(日) 21:29
ゆっくり、旅館に泊まって美味しいお料理とお酒、いいですね。城崎はかなり前に行ったきりで、写真も数枚しかありません。いずれ行きたいな。

七ちょめ 4月 9日(日) 22:48
孫右衛門さん 親孝行ができて良かったですね。
三木屋旅館には泊ったことありません。家内を連れて!!。全くダメです。あなた一人でどうぞ!!私は友達と行きます!!と言われるだけです。 

天気がもう一つですので孫さんの親孝行の旅、どうかなと思っていました。

今、慰安会の一杯飲みから帰ってきました。一つの総会が終わり、役職から解放されました。残りはあと一つの総会、ここでも退任出来ることが決まりましたので、4月中旬には全ての役職から解放されます。

でも無いか、学校時代の同期会が5月にありその責任も負っていますので。5月中旬には全て解放されます。

解放されて古い宿に泊りに行きたいのですが、体力が??という所です。

孫右衛門 4月 9日(日) 23:18
私にとっても貴重な探訪となりました。天気は良いとまでは言えませんでしたが、そもそものリクエストで最初に訪ねた姫路城天守閣はともかく、周辺の桜が大変見応えがありました。
お城の中は学生時代以来とはいえ周辺は町並探訪としても何度か足は向けていましたが、桜の名所という認識が全くありませんでしたね。

温泉は表向きには相変わらず人気のように報じられていますが、多くの温泉地は寂れているというのが私の印象です。その中で城崎温泉はかなり健闘というか、ほとんど例外的と言ってもよいかもしれません。まず若い宿泊客入浴客が多いことから違います。かといって駅付近は別として、多くでは観光客に迎合したような色が薄い。貴重な温泉地と思います。

Kさん 4月10日(月) 07:13
孫さん、城崎温泉と姫路城に満足されて良かったですね。
城崎温泉は私の場合、故郷から近すぎて宿泊対象ではありませんでした。学生時代の春休みに10日間ほど上の橋の写真のバックに写っている旅館でアルバイトした経験と、会社時代に職場旅行で泊まった経験があるだけでしたが、昨年秋に帰省した際に思い立って夫婦で1泊しました。
城崎も外国人観光客がとても増えているといっていましたが、ロープウエーに乗ったとき、男性の乗務員がちゃんと英語でお客とやり取りしているのに感心しました。絵はロープウエーの山上駅からの眺めです。


七ちょめ 4月10日(月) 11:29
城崎温泉には私の宿泊対象としている旅館が多くあるのですが、どこも一人の宿泊はダメですね。困ったものです。
Kさんが少し前に泊まられた小林屋旅館は一人でも泊れそうです。登録有形文化財に指定されていますが、創業年が判りません。建物は昭和2年にたったらしいですが。
来週には長野県の中山道芦田宿にある、昔からの旅籠旅館「金丸土屋旅館」という宿に泊りに行きます。近代的な旅館よりどんなに古いかと期待して泊まってきます。
写真は以前に投稿しましたが、何処にあるかな。
この「金丸土屋旅館」に泊る前の日に栃木市の「なか半」と言う旅館に泊まる予定です。栃木県と長野県を訪ねる変わった旅になります。
只、中山道の塩名田宿・八幡宿・望月宿・茂田井宿・芦田宿・長久保宿と古い町並が残る宿場町を通りますが、町並探訪は全く無しで、旅籠宿に泊まるだけに徹します。

孫右衛門 4月10日(月) 20:41
ロープウェーからの景色はKさんの描かれた絵を見ると、登っておけばよかったと思います。町並の様子と独特の地形が良くわかります。
ロープウェーの駅近くにある鴻ノ湯は翌朝1番に入りました。結局内湯には入りませんでしたが、前日の夕方に他の外湯を2箇所、計3ヶ所入湯しました。

もしここでオフ会があるとなると、三木屋はオフ会の宿としては少し値が張りますので、この旅館辺りが良さそうだと思いながら散策しました。川沿いから少し入った静かなところにあります。

今回はその他山陰海岸を少し西にたどり、山陰本線の餘部橋梁を見て、そのあと出石で蕎麦を食べて帰りました。
町並は唯一、竹野を歩きました。城崎も詳細に歩き直しましたが、町並のページを更新するかどうかはまた考えます。

七ちょめ 4月11日(火) 09:02
孫右衛門さん投稿の城崎温泉の石橋何気なしに見ていると、正面に見える旅館建物が「小林屋」旅館ですね。どこかで見た昭和2年建築とあった国の登録有形文化財の建物ですね。
創業年は 創業年は
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1675: 粟津温泉 法師 七ちょめ 4月 3日(月) 16:37
粟津温泉の「法師」に泊ってきました。
古い木造部分は国の「登録有形文化財」になっていましたが、それは旅館の極一部。マンモス旅館には変わり有りませ。でも、「法師」の大きな悩みも、社長の46代当主や47代若女将からいろいろと聞きました。また、若女将からは随分話を聞きました。
30過ぎと思われる美人の若女将でしたが、悩みが多いようです。
掲示板ではとても書けませんので、オフ会時でも話します。
当日も随分多くの宿泊客がありました。

孫右衛門 4月 3日(月) 20:27
マンモス旅館の悩み。私はこの地域の有名な温泉地は泊った事も訪ねた事もありませんが、一時は会社関連の団体旅行などが多かったのでしょうけど、客の形態も大きく変わっていますのでね。
少し前に福島市郊外の飯坂温泉を訪ねた時は、川沿いに昭和時代の巨大ビル旅館の多くが高齢者施設に転換している姿を眼にしています。

勝浦は載せる適当な写真がなく、昨年の同じ時期に訪ねたという理由でこれにしました。

港の近くの巨大な無料駐車場に置かれたのでしょうか。古い町並のある地区までは少し距離があり、間延びした感じですので、迷いがちになるかもしれませんね。


七ちょめ 4月 3日(月) 22:16
客層の構成変化でそれに対応が遅れているなどは一般的で、どの観光地の大きな旅館でも抱えている問題ですが、そんな問題も含んではいるでしょうがチョット事情が違うようです。当日の宿泊客でも十分100名は越えていたでしょうから、集客能力は営業努力で何とかなっているのじゃないでしょうか。その点では敬意を払わないといけませんね。
説明書によると客室は66室・400名とあります。部屋の定員の話ですので、最近の様に夫婦単位の客層では、200名で満室でしょう。そうすると100名と言うのは上等の客入りとなります。66室中トイレ・バス付が58室で他はバス・洗面所付だそうです。
古い建物で私が泊った部屋でも立派な床の間があり、12畳+8畳の控えの間と別にトイレと洗面場所がゆったりあり、他に入口部分が4畳程度で、そこに冷蔵庫や食器などが置かれていました。それを一人で使うので勿体ない状態です。古い建物のほかの部屋も見せてと頼むと、もっと贅沢な広さの部屋を二人で利用されているようでした。
大きな駐車場も満杯で、玄関近くにも停めねばならないほどの多くの車が停められていました
それとビックリしたのは「法師」の経営者の名字が「法師」というのです。
そして46代当主が「法師〇〇〇」と言うそうで、名刺を頂きびっくりしました。




太泉八雲 4月 3日(月) 23:52
今の時代にそれなりに繁盛・・・いや健闘している旅館の悩み。気になります。是非オフ会で聞かせてください。

ちなみに練馬で有名な蕎麦屋があって、屋号は「法師人」でこれは店主の名字。
さらに、職場で出前を頼む近くの蕎麦屋は屋号は違いますが、店主は「法師人」。
有名店の店主と血縁関係は無いそうですが、「法師人」と書いて「ほしと」と読みます。


七ちょめ 4月 4日(火) 08:34
孫右衛門さん、勝浦でレンタカーを停めたのは大きな駐車場なら誰かに聞けばよいのでしょうが、そうじゃなくて、チョット道が広そうなところだったのです。
場所も判らず人にも聞けない、車種も覚えていない、色は??。判っているのはナンバープレートだけ(キーのホルダーに書いてある)。
オーイ、私の借りた車出て〜こ〜い。状態でした。

自分で褒めるのもどうかと思いますが、トップの法師の写真良い感じですね。そう思いませんか

それから何処にも表示されてないし、誰も云ってくれないが、若女将から毎朝6時45分から社長がドラの音と共に講話をはじめます。との話を聞きだしたのです。
「法師」の歴史の話とてっきり思って聞きに参加したのです。参加者は私を含めて3名でした。「もらったのは初めての仏教」と言う本でした。「法師」の歴史や今のことも含んでいましたが、お寺の坊さんの説教より余程良かったです。この講話だけで宿泊代の値打ちがあると感じました。
そして帰る間際に若女将にそのことを言うと、社長が喜ぶでしょうと。気を良くして非公開の延命閣を社長に頼んで見せて貰いますか云われましたが、厚かましいことと、送迎バスが待っているのでそこまではとバスに乗り込みました。



Kさん 4月 4日(火) 21:35
七ちょめさん、パワフルな旅館行脚が続きますね。
車を止めたところが分からなくなった・・・昨年のオフ会の時、私も同じような経験をしました。松阪市の大黒田町へスケッチに行ったとき、たまたま「コメリ」があったのでその駐車場に車を止めました。ところがそのコメリが「パワーコメリ」とかいうとても大きな店で、帰ってくると広大な駐車場があちこちにあります。私のはレンタカーではなくマイカーですが、店員に聞いても分かるわけがなく、途方に暮れました。ひょっと、灯油の販売コーナーが近くにあったことを思い出し、何回も聞きながら何とかたどり着けました。
今、航空写真でその店を探しましたが、確かに建物の数も多く、複雑に入り組んでいて分かりにくい店と駐車場でした。

万訪 4月 5日(水) 07:45
正面のこの部分は登録文化財でしょうか。円窓も当初からのデザインなのでしょうか。

七ちょめ 4月 5日(水) 09:37
この「法師」の玄関部分は鉄筋コンクリートの様に見えますが、木造のようで国の登録有形文化財になっています。
この玄関棟とその奥の抹茶接待の部屋「松風」とその右奥に続く「幸楽」と呼ばれるわずかな部分の一階・2階部分が登録有形文化財に指定されているようです。
私が泊ったのはこの松風の真上の2階部分でして、まさに登録有形文化財の部屋に泊ったことになります。
万訪さんが言われてたように、長い廊下で繋がる「法師」の旅館内を一周しても、注意していてもどれが鉄筋コンクリートの部分か木造の部分かは判りませんね。
例えば玄関を入った広いロビー部分、柱が少し多いなあと思えるだけで、注意しなければ一般のマンモス旅館の鉄筋コンクリートの玄関と見てしまうでしょう。

しかし、この玄関ロビーの柱は最近の入れ替えのように思いました。柱の半分から上の部分は黒く約100年前の建築でしょうが、下は改装で入れ替えていると思いました。

同じ様に泊った部屋も松風の2階だから、確かに100年前の建築で登録有形文化財とありましたが、内装も柱も全てが30年くらい前のものと思いました。

そんなんで登録有形文化財に確かに指定されています(標識がある)が、どうみても抹茶接待の「松風」以外は新しいような所ばかりでした。

玄関の意匠は聞きませんでしたが、100年前の大正期の意匠と言われれば、玄関棟建築時の意匠そのままだと思います。
写真は玄関棟の内部構造、柱も下の方は新しく、上部は黒い柱や梁

万訪 4月 7日(金) 09:16
かなり手を入れて修復したと言うことでしょうかね。登録文化財は基本的に外観を残すことに主眼が置かれていますので、内部は全面改装しても登録文化財としての価値は変わらないと言う考え方です。構造も。そうことかな。
pw126247213181.14.panda-world.ne.jp
1674: 加齢につき注意力が不足 七ちょめ 4月 1日(土) 20:29
同じ場面の写真を今日、孫右衛門さんが表紙にUPされました。
見たような写真と自分の千葉県勝浦市のページを見ると同じ場所を写していました。
この勝浦には強烈な印象があるのです。5年程前になりますが、レンタカーを適当なところに置いて、歩きだしたのはいいのですが、何処だったか判らなくなってしまったのです。
港に近い川の横でその横はなんか広場になっていた程度しか覚えたいない。写真を撮ったしさあ帰ろうと歩きだしたのですが、右や左に動き回ったので、港に近い所と探すが、海岸全部港の様で困った困った。この辺りと探すがダメ。
結局一番端まで行ってそこから反対に向かって歩いて探し出した時には1時間程経っていました。
同じ様なことを岸和田市の山間部の集落でも遣ってしまい、以後、車を留めた所は、近くの人に聞いても判る物、例えば郵便局とか交番、学校、店の名前などを控えているが、それ以上に注意しているのでその後、迷うことは無くなりましたが。
今では「こうだ」と自分に言い聞かせないとすべて忘れてしまう高齢になってしまいました。
と言うことで、強く印象に残る町並です。

万訪 4月 3日(月) 08:09
年齢によるもの忘れだけはどうにもなりませんが、七ちょめさんはご年齢からすると全然少ない方ですよ。私も「街歩いて新たな発見をし、後で調べたら自分のサイトで紹介してた」という頻度が急増しております。もう、気にしないことにしてます。

七ちょめ 4月 3日(月) 16:28
何を仰る万訪さん。私よりも2周り以上若いのですよ。
訪ねた所を忘れて、訪ねるために一生懸命地図をコピーして、さあ訪ねようと自分のホームページを見て、あれ記載がある!!。  ……てなことは当たり前の世界です。
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