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1614: 今度訪ねる四万温泉積善館本館 七ちょめ 10月15日(土) 21:25
中山道望月宿の山城屋の泊まると言ってましたが、序に四万温泉の積善館本館を追加しました。(写真)
多くの建物が登録有形文化財になっているそうです。さて
望月宿山城屋への道のりですが、町並を訪ねたときには、家から車で走ったのですが、
今度は公共交通機関で行きます。ルートをいろいろと模索して決めたのは、大阪から名古屋まで東海道新幹線、名古屋から長野までは特急「しなの」、長野から佐久平までは北陸新幹線を利用します。変わったルートになりましたが、価格は一番安いです。

長野経由の東京行きになります。帰りは高崎から東京へ出て東海道新幹線で帰ってきます。

孫右衛門 10月16日(日) 06:40
四万温泉と検索すると真っ先にこの積善館が出てくるので、格式ある有名旅館のようですね。
楽天トラベルなどで見ると2名からしか受け付けていないようですが、直接予約されたのでしょうか。
私も、今後予定している北東北の探訪ではこれまでどおり町並だけを訪ねる形か、宿や温泉に少しこだわり町並は少なめにするかどうしようかと思っています。
前者なら雪や凍結の心配がある年末年始は避けたいところで、春の連休に実施することになりそうですが、後者なら鉄道中心でまわることになりますので年末年始でも実施可能などとぼんやり考えているところです。

七ちょめ 10月16日(日) 10:34
町並 町並と訪ね歩くのも、それはそれで楽しいものですが、チョット目線をかえて同じ町並でもそこにゆっくりと泊るとなると、旅程も随分ゆったりします。
まあ、歳も考えてガツガツと町並を訪ねるのは控えるようにと思っています。

この積善感本館は一人でも受け入れてくれます。
積善館には佳松亭と山荘と本館と三つの旅館型式があります。本館は古くからの湯治場で今でも一人客受け入れの部屋が二つあるそうですが、一人客用の部屋じゃなく二人部屋を頼みました。割り高になりますが、入口の赤い橋が見えるという条件のためです。
でも、今は屋根を修理中だからと言われています。
湯治場の棟ですので本来は自炊ですが、国の登録有形文化財や群馬県の重要文化財に指定されているので火を使うことは避けて、今では弁当形式での食事提供です。

万訪 10月16日(日) 19:27
四万温泉の旅館、立派ですね。これは是非泊まりたいと私も思います。ところで変わったルートで行かれるのですね。でもそれが安いとのこと。時間かかりますが、
京都→雷鳥で金沢→佐久平→東京→新大阪
と言う一周切符で行くより安いでしょうか

七ちょめ 10月16日(日) 20:44
私も最初は金沢までサンダーバードで行って、北陸新幹線と思ったのですが、乗換検索すると、長野周りの方が時間は約20分早く、料金は1,300円ほど安いですので、
変ったルートになりましたが、それが普通のルートのようです。
北陸新幹線開通の影響でしょうね。

万訪 10月16日(日) 22:43
単純に片道切符だと中央西線経由が安いと思いますが、京都発大阪行きの一周切符だと北陸本線経由の方が安くならないですかね。

Yasuko 10月17日(月) 15:01
四万温泉積善館本館、今工事していて写真にはどうかと思いました。調べてみてください。

七ちょめ 10月19日(水) 18:45
Yasukoさん 何回も電話頂いて有難うございます。携帯電話の電池が切れかかっていたので、話もできずにすみませんでした。
四万温泉積善館本館の古い建物に宿泊するのは大変人気があるようで、満室だったようです。本館用の料理を食べたのは大広間で食べますので約40名位でした。しかし、古い本館に泊って、料理は会席を頼んだ客は、山荘か佳松亭の方の食事場所に行くようでしたので、人数は判りません。
工事中でしたが賑わっている旅館でした。
客室にトイレなどがある佳松亭、昭和10年頃建築の山荘、そして元禄建物に3階を増築した本館など、色々あります。
何を目的に泊るかによって、泊る建物も変ってきます。よく吟味してから泊まる所を決められたらと思います。
ごく近くに「四万グランドホテル」という大きなマンモス旅館もあります。

七ちょめ 10月19日(水) 19:44
今回の旅の不思議。
@ 高崎から小田原まで上野東京ラインという快速電車がビュンビュン走ったこと。新幹線に乗らなくとも東京駅まで簡単に!!
A 訳の分からない信越本線なる線が今でも一部残っていること。

まあ、関西にも敦賀から姫路までの新快速が走っているから、まあ似たようなものでしょう。

信越本線てなに??  小諸から「しなの鉄道」で軽井沢まで、そこからJRバスで横川まで、横川から鉄道で高崎まで…… これが信越本線?? 最も連絡されていましたが。
不思議な線が残っていました。

佐久平から高崎まで北陸新幹線なら余りにも簡単に行ってしまうので、訳の分からない上記の信越本線を利用?? おかげで中山道の碓氷峠をバスで走って良い景色を見ました。

七ちょめ 10月19日(水) 20:41
Yasukoさん、今は工事中でこの様な状態です。
できれば、紅葉がすんだ頃には工事は終わるでしょうし、今は見えない本館の上部に山荘の部分が見えますので、木ほ葉っぱが無くなってからの方が良いと思いますよ。

Yasuko 10月19日(水) 21:17
情報ありがとうございます。ちょっと行く気が失せました。わざわざ行くにはあんまりですね。群馬県を高崎中心にほかのところを考えます。


七ちょめ 10月20日(木) 09:11
まあ、四万温泉を代表する古い旅館の正面がこれですから、敬遠されても仕方ないと思います。でも、積善館のお客の大半、はこの本館の正面入り口からじゃなく、別の道の佳松亭の入口から入るのですよ。
今では、古い建物や湯治の雰囲気を楽しむ方は下のこの玄関から、一般の旅行客は上の佳松亭の正面玄関からとなっているようです。
この下の玄関のロビーは午後5時半頃にはもう閉まっていました。用事があるときはブザーで知らせると、奥から担当者が顔をだしました。
湯治用の本館のようですが、今では自炊もできないし、食事は大広間で全員でとなっていますので、普通の旅館と一緒です。違いは部屋に案内してくれないのと、自分で布団を敷く位です。
本館・山荘・佳松亭と全く別の旅館のように書きましたが、本館から山荘に、山荘から佳松亭へ、そこから佳松亭の高層階へとエレベーターが完備されていて、一つの巨大ホテルのようです。
本館から山荘へなどは山の中をくり抜いてトンネルを造りそこから垂直にエレベーターが通じていました。
工事しているのは極一部の外壁でしたが、本館の入口部分だからチョット被害でした。

七ちょめ 10月20日(木) 10:41
夜間の積善館本館です。三階建て部分の一階は積善館の有名な「元禄の湯」という温泉場です。


七ちょめ 10月20日(木) 11:34
かって通じていた信越本線で残っている横川駅の駅弁です。
軽井沢から連絡バスに乗っていたのは7〜8名で、横川駅から高崎駅までの連絡列車は確か3両だったと思います。一両に2から3名程度の乗車。
佐久平駅から連絡の小諸から軽井沢、そしてバスで横川そして信越本線で高崎と連絡が上手くいくので、最終駅の中之条まで食事するところがない。
見ると横川駅で駅弁を売っている。昔の名残の駅弁でしょうね。乗降客が一日で100人も無いでしょう。そんなところで駅弁の「峠の釜めし」を売っている。
もっけの幸いと駅弁を買って、2〜3名程しか乗ってない車両で駅弁を頂きました。
でも、おかしな信越本線でした。

urano 10月20日(木) 19:30
積善館の日中の写真では足場が目立ちますが、夜景はさすがの風格で映えますね。四万温泉にこんな立派な旅館建築があったとは、知りませんでした。

最近は新幹線の開通によって鹿児島本線も東北本線も分断されてしまいましたが(東北本線は現在では分断状態は解消)、その先駆けが信越本線だったでしょうか。
高崎-横川間が盲腸線なのに全線複線のままなのは、維持管理的に問題ないのかなという点も気になります。


七ちょめ 10月20日(木) 20:18
積善館本館のこの夜景の右側の建物はやはり貫禄がありますね。
でも、この積善館を観光で訪ねた方は殆どの方は知らないで帰ってしまわれます。
積善館の佳松亭がやはり観光のメインの建物ですので。
この位置まで下ってくるには、エレベーターを二つ乗り継いで降りて来なければなりません。
温泉や売店・ロビーなど全ての設備が山の高い所にある佳松亭にありますので、なにも古い建物の
下まで降りる必要が無いのです。
精々降りても中間にある山荘の多くの客室まででしょう。
私などのように古い建物を求めて訪ねると、本館を訪ねるのが全てですので。
それが証拠にこの赤い橋からの積善館本館の写真を撮っておられる方は、積善館に泊った方じゃなく、他の旅館に泊って辺りを散策している方ばかりでした。それは昼も夜間もそうでした。多くの方が赤い橋を入れて写真を撮っておられましたが、他の旅館の宿泊客でしたね。
同じ旅館で江戸期の湯治場の旅館と現代風の旅館とその中間の旅館が混在しているややこしい旅館でした。

Kさん 10月20日(木) 22:10
積善館本館の夜景はすごいですね。いつものように頼んで灯りをつけてもらったのでしょうか。それとも、全館利用で電気がついていたのでしょうか。

七ちょめ 10月20日(木) 23:07
泊った部屋へ夕食会場の大広間から部屋へ帰るとこのような光景が広がっていました。
夕食前には川の両側にある、積善館の使用してない建物が真っ黒でしたが、夕食から帰って見ると、中を見せてと頼んで断られた建物と更に反対側の建物と、余計に川を跨いだ屋根付きの橋にも電気が点いているのです。驚きました。
赤い橋の見える部屋と限定しての宿泊の価値は存分に発揮されました。一番良く見える部屋に泊れました。

下に降りて番頭格の人に二つの使用してない建物の明かりはサービスでの点灯ですかと聞くと「そうだ」との返事。

でも、積善館の宿泊者の殆どの方はご存じないでしょう。この場所にくる必要が全く無いのでね。赤い橋の見える場所にと指定したのが最高に有効でした。

川を跨いだ屋根付きの橋(積善館専用の橋で今は使用されてない橋まで電気が点いているのは感動でした)

修理中の足場やシートが覆っていますが、それを上回る良さが積善館本館にはあったと思います。よかったです。
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
1615: 上下町のイベント 孫右衛門 10月16日(日) 20:24
府中市旧上下町の古い町並で本日行われた「上下白壁まつり」という催しを訪ねました。
このイベント開催時に上下を訪ねたのは初めてでしたが、私としては芝居小屋「翁座」の公開が主目的でした。
普通の町並探訪ではこのような日に鉢合わせたらたまったものではないのでしょうが、何度も訪ねている私にはこの日こそが狙いどころで、実際、翁座のみならず上下教会では屋上のドームに登って町並を一望でき、複数の商家や商店の無料開放で普段入れない内部を見ることも出来ました。
これは上下教会のドーム内から撮影したものです。

七ちょめ 10月16日(日) 20:39
町並を俯瞰で見ると、ナマコ壁が見事です。通常見られない光景で、新鮮に感じますね。
扇座の前に土田旅館という料理旅館があるのですが、そこに泊ろうと狙っています。

孫右衛門 10月16日(日) 20:46
このドーム内の見学は町内の小中学生のために特別に実現したもののようで、今はそこへ直接上る階段もなく、脚立梯子で恐る恐る上り下りしました。この風景を見ることが出来ただけで、今日上下に行った意味がありました。
翁座も内部で地元の方が色々解説してくださっていて、大変多くを知ることが出来ました。これはどこかで、出来れば解説の模様も動画でUPできればと考えています。
土田旅館は今日前を通った時見ましたが、宿泊業はやめて料理のみになっているような印象を受けたのですがそうではないのですね。ちらと見ると上下産の松茸御膳などが昼食メニューとして供されているようでした。料理は期待できるのではと思います。

urano 10月18日(火) 18:37
上下の俯瞰写真は見事ですね。
いらかの波がとてもきれいです。
俯瞰は町並みの構造や建築配置がよくわかるのでいいですよね。

Kさん 10月18日(火) 20:40
上下は懐かしい町並みです。九州にいたころ、大阪へ帰る途中で立ち寄りました。97年の夏です。皆さんのサイトを見ると、私がスケッチしたこの家の写真を撮られたいますね。向かい側に休憩所があり涼しくスケッチができました。この絵の右側のお宅の人と出会い、長い間、年賀状つきあいをしていました。ご主人は亡くなられましたが、奥さんが個展に来られたこともあります。「道路拡張の時に家の前を切り取られたのでこんな姿になった」とおっしゃっていました。

孫右衛門 10月18日(火) 23:59
Kさんがスケッチされたのは97年とのことですので、私が町並として訪ねる以前に既に訪れていたのですね。
私が最初に訪ねた時と比べても随分綺麗になってしまいましたが、寂れてしまうよりはよほど良いと思います。それだけ地元の方が懸命に守ろうとされている結果ですので。
p436180-ipngn200406niho.hiroshima.ocn.ne.jp
1613: 城崎温泉 Kさん 10月12日(水) 17:09
野暮用で故郷へ帰ったついでに城崎温泉で1泊してきました。城崎と言えば木造3階建ての旅館で有名ですが、その中で登録文化財になっている小林屋を選びました。実はもう50年以上前ですが、学生時代の春休みにこの旅館で下足番など雑用係のアルバイトをしたことがあります。
七ちょめさんの影響で「古さ」などをつい聞いてしまいました。創業は明治時代だが、今の建物ができたのは昭和30年代だそうです。私が働く少し前のことですが、その建物がもう文化財。私も歳ですね。

翌日、丹後の「竹野」へ行ってみようかと思いましたが、少し遠回りなので、但馬の「竹野」でのスケッチでお茶を濁しました。

七ちょめ 10月12日(水) 22:42
城崎温泉に泊ってこられたのですね。夫婦で泊まって英気を養い、悠彩会展に備えましょう。
城崎温泉には、私が対象にしている宿は数軒あるのですが、何処も二人以上でないと!!
それも西村旅館に代表されるように高級??高額料金の宿ばかりで!! と泊る対象になる宿は見つかっていないのです。
小林屋は初めて知りましたが、歴史的なことは一切表明されていませんね。
それも登録有形文化財になっいるのですか。そのことの表記もないですね。
奥ゆかしいというか、勿体ないというか、そんな事で客が増える訳ないと思っているのか。

万訪 10月13日(木) 07:32
城崎で一泊!いいですね。ちょっと前に火事があったと記憶していますが、どうでしたか?昭和30年も登録文化財。戦後の町並みも古い町並みになってきていますね。

Kさん 10月13日(木) 09:22
七ちょめさん、小林屋では道路に面した部屋に泊まりましたよ。ただしネット予約で部屋は指定していなかったので残念ながら2階でした。伊勢の宿に比べたら構造はいかにもしっかりしているように見えました。小林屋にはお一人様プラン(若い女性を対象とした)もあるようでした。料金はリーズナブルで、すべて部屋食。これからカニのシーズンに入ると満員が続くのでしょうね。今の社長は60歳代ですが、その父親が私が働いたころの社長で、10年ほど前に亡くなったと言っておられました。

火事になった場所は宿のすぐ近くなので、見に行きました。今盛んに宿などの新築工事をしていましたが、川に面した表通りから建物の間へ入る路地をたくさん造り、防火対策としているようでした。

孫右衛門 10月13日(木) 21:49
城崎温泉は一度は泊ってみたいと思い続けていますがなかなかその機会が訪れません。
丹後半島の竹野集落は、来月前半に宮津の茶六本館に泊った際時間が許せば訪ねようかと思っています。
城崎周辺の町並といえば、円山川河口近くの蟹で有名な津居山の町並は誰もUPされていませんが、何年か前に訪ねたところなかなか良い町並が残っていました。兵庫県となるととたんに私のサイトが参照されなくなってしまうからなのか、県内には私しか掲載していない町並が幾つかあります。

悠彩会展の盛況をお祈りします。

七ちょめ 10月13日(木) 22:52
城崎温泉は3階建ての町並ですね。どの旅館も統一を意識されているのか、消防法でそうなっているのか知りませんが。見事に3階建ての町並です。

城崎温泉の先の津居山は以前にも孫右衛門さんが云って居られたのでリストアップはしているのですが、すっかり忘れていました。

機会を作って訪ねないといけませんね。

Kさん 10月14日(金) 09:37
津居山か、惜しいことをしました。竹野町からの帰り、津居山へ入る三叉路を通りましたが、ついそのまま円山川を渡り、昔の思い出がある京都府の久美浜へ行ってしまいました。久美浜にもまずまずの町並みがありスケッチしましたので、それはそれで良かったのですが・・・。

万訪 10月15日(土) 08:14
ここですね

孫右衛門 10月16日(日) 06:33
航空写真で見ると町の形がよくわかりますね。南北の家並の広がりの間は丘が迫り道が曲線を描いていますが、家並も曲線的になっているのが面白いと想いました。

urano 10月18日(火) 18:35
城崎といえば、私にとっては「文学で町おこし」の印象が一番です。
現地でのみ販売しているオリジナルグッズも多くて、近いうちに行こうと思いながら実現できておりません。
以前、万訪さんの情報で京都の竹野が話題になりましたが、皆さんご訪問の兵庫の竹野も行ってみたいです(最近、町並み保存の動きが始まったようです)。
津居山の曲線道路の町並みもおもしろそうですね。
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1612: 柱島(山口県岩国市) 万訪 10月 8日(土) 19:02
飛行機が故障して2時間遅れたせいで、柱島諸島の黒島はいけませんでしたが、柱島に泊まっています。夕方、土砂降りの中取材しました。なかなかいい集落です。

万訪 10月 8日(土) 19:04
この辺りは、本州では山口県、広島県、四国では愛媛県の島があって、互いに近くでもアクセスは全く異なります。

孫右衛門 10月 8日(土) 20:02
黒島に行けなかったのは残念でしたね。柱島は良い集落とのこと。
明日同行させて貰った際にまたお聞かせください。楽しみにしています。

万訪 10月10日(月) 19:17
昨日は孫さん、ありがとうございました。体調がすぐれずご迷惑をおかけしました。

さて、今日は江田島から倉橋島にかけて行っていないエリアを回りました。江田島田島、能美島沖美町岡大王、倉橋島早瀬、倉橋島大向、倉橋島須川、倉橋島尾曽郷、倉橋島尾立。
まずよかったのが早瀬の瀬戸を臨む早瀬集落です。石には不自由しない倉橋島では、これでもかと急な石垣を築いて斜面の上の方まで宅地化していました。ここは迫力満点です。

万訪 10月10日(月) 19:23
もう1つが倉橋島須川。やたらゴージャスな家が多い。よく見ると表札に〇〇会社〇〇海運、〇〇商船とか書いてある。海運業で栄えた集落のようです。以前、壱岐の久喜という集落で同じ経験をしました。

孫右衛門 10月10日(月) 22:05
余り体調が優れない中の瀬戸内島紀行お疲れ様でした。
万訪さんのお蔭で、私の新たなそして魅力的な探訪予定地が瀬戸内海地域に増えています。
まずは柱島や平群島、伊吹島あたりでしょうか。


万訪 10月11日(火) 06:13
帰って写真整理。船の待ち時間に歩いた玖波ですが、既に歩いていました。撮った写真はアングルまで全く一緒。孫さん言われていた井戸も撮ってました。ダメですね、耄碌始まってる。しかし考えてみると、町並みが減ってるからかもしれません。印象が違っているのかも。
i60-43-49-28.s30.a048.ap.plala.or.jp
1611: 彦根善利町 万訪 10月 6日(木) 18:50
今日は京都へ仕事でしたが、早く終わったので彦根に寄りました。今、米原から帰るところです。
彦根は一通り歩いていたつもりでしたが、最近出た「日本の町並み」に掲載された足軽の町。メジャーな町並み本に載ったとなれば行かねばなりません。狭い通りがそのままに、武家屋敷が分譲住宅地のように残っています。

万訪 10月 6日(木) 18:51
とにかく道が狭いです。

万訪 10月 6日(木) 19:03
河原町・芹町は重伝建地区になったんですね。たくさん祝う旗が出てました(写真撮るには邪魔)。

万訪 10月 6日(木) 19:06
創業昭和38年の元祖「近江ちゃんぽん」ちゃんぽん亭で食べました。麺は細いですが、旨い!本場長崎といい勝負です。

孫右衛門 10月 6日(木) 22:16
彦根は城をメインに様々な町の風景が残っている魅力的な町ですね。
でも芹町界隈の重伝建化が発表された時、私はその南側の七曲仏具屋街の方が町並としては良いのに何故かとすぐに思ってしまいました。
ある人からこんな資料を紹介されたのですが、彦根城を核として複合的に調査が終り価値が確定したものから国の評価を下しているようで、七曲り仏具屋街もリストにあり、最終的には総合的に世界遺産登録を目指しているようです。
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/bunkazai/sekaitokubetsu/15/pdf/shiryo_5.pdf

近江ちゃんぽんというからには滋賀県全域の名物なのでしょうか、または彦根のご当地グルメでしょうか。私は細麺の方が好きなので一度食してみたいものです。


七ちょめ 10月 7日(金) 09:01
彦根の河原町・芹町の通りに入る入口に「鳥羽や」かという古くからの旅館があるのです。建物は古くないですが、創業は古いようですので、何時かは泊ろうと考えています。
その時に、今度万訪さんが訪ねられた彦根城の南部の足軽屋敷群を訪ねようと思います。すぐ横の「京町夢街道」??確かこの様な名前の観光地はにぎやかですが、この足軽屋敷群は自動車も十分入れないようで、古い町並が残っているのですね。河原町・芹町・芹川を隔てた彦根仏具屋街も訪ねたいと思っています。
彦根市なら昼食を自宅で食べてからの出発でも十分ですので、急に思い立ってからの出発も可能ですので。 でも案外後回しになる可能性も。

万訪 10月 7日(金) 09:10
外堀だった通りの町並みも修景したりして、「旧城下町を基盤に近代化した都市」として整備が進んでいる印象を受けました。確かに、むしり仏具の職人町の方がよく残っている印象はありますね。
近江ちゃんぽんは、昭和38年に「麺類をかき」という店がはじめたんだそうです。「ちゃんぽん亭」の前身。餃子や唐揚げも名物で、安く飲めるしよかったです。野菜が多いし、東京にあったらしょっちゅう行きたくなるでしょう。

万訪 10月 7日(金) 12:58
この左手手前にありました。七ちょめさんがいずれ泊まられるのかなと思いながら歩いていました。

万訪 10月 8日(土) 14:19
久々に旅に出ています。
さて、写真はどこの町並みでしょう。難易度⭐4つかな。ヒントは大きな島への橋が渡っている玄関口の町。

実は今日は2つの島に渡る予定でしたが、飛行機がトラブルで機種変などしているうちに2時間遅れ。1つの島は渡れませんでした。シャーないっす。

七ちょめ 10月 8日(土) 16:09
万訪さんの出された町並の問題。
この町並は山口県柳井市大畠の町並と思います。それも古い町並の東端の町並ですね。


七ちょめ 10月 8日(土) 16:36
今度、長野県の中山道望月宿の山城屋喜左衛門という古くからの旅籠宿に泊ってきます。
純粋に旅籠宿で現役の所はごく少数です。
細久手宿の大黒屋、垂井宿の亀田屋、妻籠宿の松代屋、奈良井宿の越後屋・伊勢屋、そして望月宿の山城屋などが代表的な宿でしょう。宿場町で旅籠の状態で残っていればいいのですが。馬籠宿でもありそうですが、実際は無いのです。旅籠と云っていても、建物は古くとも営業は戦後等というのが多いです。
山城屋と四万温泉の積善本館という、これも元禄4年(1691)に建てられた建物が残る宿とありますが、本当かどうか。とにかく泊ってきます。
写真は望月宿の山城屋 訪ねたのは平成22年6月でした。

万訪 10月 8日(土) 17:06
七ちょめさん正解です。七ちょめさんのサイトを見て訪ねました。由宇は町並み度20だったのでパスしました。とにかく体調が悪いですから、体力温存です。

望月宿にもありましたね。記憶があります。ところで、七ちょめさん、古い旅館は何割行きましたか。

七ちょめ 10月 8日(土) 18:43
古い旅館の何割を訪ねてかは不明です。今でも懸命に古い旅館を探しています。
今リストアップしている旅館の約3割程度でしょうか。
二人以上でないとダメという旅館も多く、家内の協力がないとダメなんですが、その点が問題で!! 
その分 ご自由にどうぞ と古い旅館を訪ねるのに強いて反対しませんが、そんなアホなこと よーするわ と冷たい目で見られます。
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
1610: 旧山陽道海田宿の町並 孫右衛門 10月 2日(日) 20:48
訪ねられたことがある方もあると思いますが、これは旧山陽道海田宿の風景です。この元本陣を勤めていた旧千葉家は、老朽化著しかったのを海田町が引き取り、時々公開しています。
二回目の訪問ですが、この建物が残るということは、旧海田宿の歴史を語継ぐものとしていかに大きいものかを痛切に感じます。

孫右衛門 10月 2日(日) 20:58
自宅から数kmの極近所ですが、今回訪ねたのは海田町の町制施行60周年記念行事の一環で、この千葉家住宅から西へ50mほどのこの建物が初めて公開されたのがきっかけです。
この旧家も、しばらく空き家になって一時は取壊しの可能性もあったといいます。地元紙の情報で訪ねたのですが、危ないところでした。この旧家が失われると旧宿場町らしい古い佇まいとはとてもいえるものではなく、ただ旧千葉家だけが残るといった状態になってしまうところでしたから。


新聞記事と訪ねた様子の一部は以下でもUPしています。
http://machiissue.exblog.jp/23526533/

urano 10月 4日(火) 20:37
海田の町並みは行ったことがないですが、立派な家が残っているのですね。
旧千葉家は孫右衛門さんのサイトで拝見しました。あの浴室はいいですね! 掛け軸のある浴室は、聞いたことがないです。一時期流行したのでしょうか。

ところで少し前に、山陽旅行を8月から10月にスライドする計画だと書いたと思いますが、残念ながら今月も行けなくなってしまいました・・・。
中国地方は町並みの密度が濃いうえに、めったに行ける場所ではないので、行きたい町並みは溜まる一方です。
というか、全国的に行きたい町並みってどんどん増えてしまって、先月の旅で「もうしばらく行かない」と決めた下北&津軽半島にも、またよさげな集落を複数見つけてしまいました。
旅の楽しみが増えるのはいいですが、ゴールが見えないというのもどうかな、という気がしています。

万訪 10月 5日(水) 01:27
たった今、論文を投稿してスッキリしたところです。また、4ヶ月目に苦しむことになりますが、、、

海田はいい町並みですね。近くにいい町並みがあって、時折訪れては微妙な変化を味わうのもまたいいものでしょう。しかし、中国地方はみんなして相当な数が掘り起こされていますので、私には到底全てを訪れることは難しく思っています。
uranoさんの言われる終わりのない町並み探訪の話。ノーベル賞とった大隅教授が「ノーベル賞が到達点だとは思っていない。謎が解明できてもそこからまた新たな謎が生まれる。研究には終わりがない」とおっしゃっていましたね。同じにしちゃおこがましいですが、集落町並み探訪も全くその通りと思いました。

孫右衛門 10月 5日(水) 20:53
名前もパスワードも未入力の状態で不用意に茶六本館と打ってしまって変な投稿が挟まってしまいました。
というのも七ちょめさんも先日泊られた茶六本館を来月予約しました。この秋は遠征ができなかったので、もう一回泊りがけをしておきたいと思っていたところ、久々の地域でもあり未訪問の町並もある丹後エリアが面白そうだと思いました。
食事はないようですが風呂は温泉のようで、建物ともども楽しみではあります。

私は町並としてはじめて訪ねる地域では、あえていくつか残したりする事もありました。町並に限らず、一度慌しく訪ね歩いただけでは判らないでしょうし、2回目以降も必ず新たな発見があります。それがまた楽しいものですね。
再訪する地区でも、別のテーマと合わせて訪ねるのも味わい深いですし、旅館や食事にこだわるのも良い。私も徐々にそのような段階に入るのも面白いと思っています。

七ちょめ 10月 6日(木) 10:08
海田町の町並、私にとっては暗くなってから訪ねた印象の深い町並です。
今でもよく写ったと感心しています。暗い中写したのですが、ちゃんと千葉家も写っているし、多くの伝統的な家屋も写っている。当時の印象からよく写ったなあと感心した町並です。

京都北部の探訪を計画され、そして宮津市の茶六本館に泊られるのですね。この宿一人だと夕食を作ってくれません。
二人以上だと夕食が付きますが。町中にありますが案外外食には苦労します。
宿と提携している料理屋は和食の店は高級すぎてダメ。もう一軒は安いですが洋食のみで結局提携食堂には行きませんでした。近くに魚善といる料理屋があるのですが、最低料金でも4000円からとあり、一人旅ではと思いやめました。前もって300m程の所にある小銭寿司という店をネットで探していました。明るい間に営業していることを確認し、夜になって訪ねるともう閉店していてダメ。困りましたね。
そこで探したのは市民体育館の横にある大きなショッピングモールの5階にある食堂街でチョットした和食を注文し夕食としました。古い宿に泊る旅で洋食はチョットと思いますので。
でもビル5階の食堂街での夕食 目的からするとチョット場違いの様でした。

孫右衛門 10月 6日(木) 21:51
食事の件を詳しく教えていただきありがとうございます。
あの規模の町では、外来客向けの店を期待するのはちょっと難しいのでしょうね。国道沿いに出れば、それなりのチェーン店もあるのかもしれませんが、そんな店に入るくらいなら道の駅や地場のスーパーなどで土地のものを求めて部屋で酒をたしなみながらいただく方がよさそうです。
町並探訪としては丹後半島や先日七ちょめさんが茶六本館に泊られた際に訪問された周囲の町並、但馬地方の町並などを組合わせようと考えています。宮津市内も10年以上振りになるので再度折りたたみ自転車を用いて詳細に廻りたいところです。
主なところは訪問済の地域ではありますので、旅館にもある程度重きを置いて町並を欲張らないように心がけたいところです。
p351174-ipngn200405niho.hiroshima.ocn.ne.jp
1609: 京都北部の探訪と宮津で泊る 七ちょめ 9月28日(水) 14:09
写真は京都府宮津市の漁村小田宿野の町並です。
宮津の茶六本館に泊ろうと昨日昼頃出発するつもりが、自動車道は通らないで行こうと思い、午前9時ころ自宅を出ました。
近くまで行きましたが、時間がたっぷり余る。それじゃと近くの栗田半島を一周しました。宮津市の由良・中津・小田宿野・矢原と廻って、旅館に着いたのが午後2時半、チェックインは午後4時からと聞き、今度は北に上って京丹後市大野町周枳集落を訪ねました。
比較的小田宿野集落(写真)の町並は良かったです。
そして今日、28日も少しは探訪の予定を立てたのですが、宿を出る9時頃から酷い雨になり、結局、探訪を予定していた、宮津市を含む日本海側の探訪は一切中止して直行で国道を帰ってきました。南に下がるにつれて天気が良くなり、瑞穂辺りでは雨がやみ、自宅近くでは太陽が出ていました。自宅に着いたのは正午丁度でした。
カーナビの自動車道で約2時間、下の国道を通っても3時間で帰れました。


七ちょめ 9月28日(水) 14:58
泊った旅館は「茶六本館」という旅館で、町並探訪で訪ねられた方は多分写真は撮っておられると思います。

孫右衛門 9月28日(水) 22:41
宮津のこの旅館は知りませんでした。町並を訪ねたのは2004年ですので、まだ少々粗い探訪だったのかもしれません。
今週は明日まで仕事で倉吉にいます。山間部の現場仕事ですので、今日夕方辛うじて町並を少しだけ歩けました。

万訪 9月29日(木) 03:17
宮津から下を走って僅か3時間なんですね。やはり関西は日本海が近い。
この旅館、記憶にもうないですが、記録にはありました。宮津の町並みもさすが北前船で栄えただけあり、なかなか良い町並みですね。写真を見て改めて思います。

万訪 9月29日(木) 03:35
今、クルマで入れない密集した集落をGooglemapで拾い上げる作業をしていまして、本州の海岸線を一周したところですが、丹後半島の西側「丹後町竹野」という面白そうな集落を見つけました。海岸線に対して短冊状に屋敷地が延びていて、海岸線にそって舟屋(日本海に見られる舟のガレージ)が並んでいます。ご存知の方がいらっしゃれば、どんな町並みか教えていただけませんか。

万訪 9月29日(木) 03:42
ストリートビューでみるとこんな感じ。ちょっと珍しい集落です。

Kさん 9月29日(木) 07:43
兵庫県の豊岡市・竹野海水浴場は有名で、行ったこともありますが、丹後町にも同じ名前の海水浴場があるのですね。知りませんでした。

絵は兵庫県の方の竹野町です。海水浴場ではありませんが・・・。

七ちょめ 9月29日(木) 09:20
竹野海水浴場、会社時代にも海水浴に、また、子どもを連れて泊りがけで海水浴にもたびたび訪ね、5〜6年前にも町並を訪ねているが、でも、よく見ると豊岡市竹野町の竹野海水浴場でない。
丹後半島に竹野海水浴場??地図を見ると 有る ある 。「かに」で有名な間人の北側。全く知りませんでした。航空写真でみると舟屋の恰好をした家屋ですね。

実は一昨日栗田半島先端の田井を訪ねたのも、昔海水浴場だった辺りに舟屋があった写真を覚えていたので、訪ねたのですが全く痕跡がありませんでした。そのことを聞こうと集落を歩いたのですが、人と出会わないので聞くことも出来ないままでした。

万訪 9月29日(木) 23:45
そうですよね、兵庫県の竹野はみなさんよくご存知ですが、丹後町竹野はみなさん初耳ですか。しかし、写真で見ても面白いですよね。古くはなさそうですが、どういう成り立ちなんでしょうか。

urano 9月30日(金) 02:01
小田宿野の切妻の家並み、いいですね。
北近畿もいい町並みが多くて、何度でも行きたくなります。
宮津は重文の旧三上家住宅あたりをざっと歩いただけで、この旅館は知りませんでした。

万訪さんの投稿された京都府の竹野はおもしろそうですね。
これだけ舟屋が並んでいるのは見事だと思います。
(LIXIL出版の『舟小屋』なら載っているかもと思いましたが、実家の本棚所蔵のため確認できませんでした…)。

万訪 10月 1日(土) 10:26
竹野(たかの)。なぜこのような珍しい集落が形成されたのか推測。地図をみると「丹」の字のところに海岸線と平行な道が走っていて、そこから海側に短冊状の家がならんでいます。おそらくかつての舟屋が並んでいた位置はそこで、徐々に砂浜の上を侵食していったのではないでしょうか。あるいは舟屋の位置まで短冊状に敷地割がなされていて、その間に家が建てられていったのか。
何れにしても、海に建てられる舟屋を建てて、徐々に宅地化していったものと思います。伊根と似てますね。
i60-43-49-28.s30.a048.ap.plala.or.jp
1608: 青森・岩手の旅 urano 9月22日(木) 22:26
先週の三連休は当初、隠岐旅行を計画していましたが、往復の交通手段を確保できずに断念。
行先を青森・岩手に変更し、JRの「三連休東日本・函館パス」と駅レンタカーで探訪しました。
全体の半分くらいは重文民家の見学にあてたので、町並みめぐりは正味1.5日ほどでした。

まず17日は重文・平井家住宅(写真・岩手県紫波町)を皮切りに、盛岡市内の3軒の移築民家を見学。その後、紺屋町あたりを散策しました。
紫波は平井家のほかにもポツポツと町家が残っていましたが、古い町並みは見られませんでした。

urano 9月22日(木) 22:41
18日は野辺地を起点に、下北半島を時計まわりに一周。さすがにこの半島は大きかったです。しかも最大の目的地としていた佐井村の古佐井(こざい)を行程の最後にあてたため、日没後の薄暗い中での散策となってしまいました。

この写真は古佐井の民家で、たぶん能登家住宅だと思います。
本陣を務めた家柄ですが、無住のようでした(本陣の建物は、これとは別にあったというウェブ情報もありますが・・?)。
「写真を撮り直しに行ったらなくなっていた」なんてことのないよう祈ります。
万訪さん、この家が残っているうちに、ぜひご訪問を!

urano 9月22日(木) 22:56
むつ市永下。
倉庫のように大きな平屋の農家建築がたくさん残っていて、迫力のある集落でした。

旅程は、永下のあとで脇野沢、九艘泊を見学し、国道338号線を北上して佐井村の福浦、佐井&古佐井という順番でした。事前の時間計測でも分かってはいましたが、この338号線が延々と続く山道で少々疲れました。

urano 9月22日(木) 23:08
19日は津軽路。黒石や弘前は冬に2回行っていますが、今回初めて雪以外の風景を堪能しました。
黒石では春〜秋に営業する重文・高橋家住宅の喫茶スペースで一服。
そのあと弘前仲町へ行くと、町並みの背後に岩木山が大きく見えました。

urano 9月22日(木) 23:18
平川市金屋。りんご農家の集落です。40棟の土蔵が登録文化財になっていて、町おこしをしています。
この近くでは津軽尾上に町家群が残っているのを車窓から確認しましたが、時間の都合で泣く泣く通過。また、行かなくては。

七ちょめ 9月23日(金) 09:06
uranoさん青森県の多くの所を探訪されましたね。
いとも簡単に下北半島を訪ねられる。羨ましい限り。
特に下北半島は行きたい行きたいと思いながら、足を入れていません。むつ市佐井やむつ市脇野沢など早くからリストアップしているのですが。

観光で下北半島を訪ねる人の99パーセントは恐山を見てお終いですが、恐山のことが書かれてないので、観光客じゃない証拠。
流石に「いらかぐみ」のメンバーと思います。

万訪 9月23日(金) 19:09
写真から文面から、いい旅をなさったと伝わってきます。下北半島は付け根から100kmありますからね。大きいです。
佐井の民家いいですね。北前船など廻船の港町。改めて下北へ行かねばなりません。

先日、航路の港町のリストアップしたと書きましたが、どうも面白そうではない。今、Googleマップで海岸線を全て眺めながら、密集系集落をかたっぱしからリストアップしております。どうなることやら、、、

辰巳屋 9月24日(土) 07:32
平川市金屋の土蔵群は、私は青森に行った時、見残してしまいました。uranoさん情報で再度行きたいものです。蔵を活用した町おこしが盛んなようですね。

青森には、他にも土蔵群や古民家が残っているように思えてなりません。


孫右衛門 9月24日(土) 07:40
紹介された画像、それぞれに個性的ですね。
青森県と秋田・岩手県の北部は余り訪ねられていません。特に青森県は鉄道の旅では何度も訪ねているのに、町並目的では黒石と深浦を訪ねた1度しかありません。このあたりは結構広いですから、本格的な探訪を計画しないと満足に廻れません。来春あたり狙いましょうか。

urano 9月24日(土) 22:51
七ちょめさん
東北地方ではJR東日本が週末や三連休のトクトクきっぷを設定しているので、西日本方面よりも行きやすいです。
青森では恐山も魅力ですが、どうしても優先順位は下になってしまいます。下北半島は、2回目となった今回の旅でようやく主だった集落をまわり終えたので、次回は恐山観光の時間ももてそうです。

万訪さん
下北半島は最低1泊2日あてなくては無理ですよね。しかも付け根部分と半島奥地とで道路状況が異なるため、最初のうちは「大きいわりに簡単にまわれそう」と誤認してしまうのも厄介です。(私だけかもしれませんが...)

辰巳屋さん
金屋は辰巳屋さんのサイトでもリストアップされていますね。「町並み」ではありませんが、独特の風景が見られてよかったです。津軽の町場では、独特の切妻造りの大型商家もけっこう残っていますし、農村では茅葺き民家も多数見られました。(金屋にも茅葺きが2棟ありました)

孫右衛門さん
東北地方は畿内から遠いせいか、個々の町家を比べると「西日本には叶わないなぁ」と感じることも多くあります。それでも、見ごたえのある町並みや集落は結構ありますし、仰るとおりそれらが広域に点在しているので、毎回探訪の効率化には悩まされます。

万訪 9月25日(日) 08:59
下北は野辺地大湊間はほんと何にもないですよね。だけど先に町がある。風景はほとんど北海道ですものね。

urano 9月25日(日) 12:10
陸奥湾側の真ん中あたりに横浜の町がありますが、ストリートビューで見ても古い家が少なかったので、今回は旧道には入りませんでした。風景は本当に北海道のようです。

七ちょめ 9月26日(月) 16:49
また大問題が、地図のリンクが。
古くからの地図リンクで、biglobe地図のリンクが切れているのを見つけました。
最近のbiglobe地図のリンクは大丈夫ですが、古くからのリンクが全て繋がらない。
リンクの貼り直しをしようと思いますが。大変な作業を強いられる。
もう、リンクを貼るのを辞めようかとも思うが。

滋賀県と京都府の町並は全てですが、後はチョコちょとと全国に散らばる。最大200ヶ所の町並位と思うが。

2年に一回程度、どこかの会社が変更するのでのリンクの貼り直しをやっていると思う。まあ、無料でリンクを貼っているのだから仕方ないとも思えるが。

明日から明後日にかけて京都府宮津市の茶六本館という古い旅館に泊ってこようと思っています。何処か町並はと探している時に自分のホームページのリンク切れを見つけました。

万訪 9月27日(火) 10:05
リンク作業にかかる時間はバカになりませんし、モチベーションがわかない作業。それも地図リンクをひたすらするというのはしんどいです。やはり、住所をある程度細かく記載するのがいいのでしょうね。しかし、町村合併で住所も変わってる。一度やってしまえばいいんでしょうが、やる気が起こりません。
pw126254132071.8.panda-world.ne.jp
1607: 珍しい民家 Kさん 9月21日(水) 18:29
先日、兵庫県の神鍋高原で煙出しが3つも付いた珍しい民家を見かけました。多分、昔、養蚕をやっておられたのだろうと思います。(写真)

それよりも興味深かったのが、玄関脇に掲げてある「大阪探駆倶楽部」の看板です。ネットで検索してみると、龍神温泉に昔「大阪探駆倶楽部指定旅館」との看板があったとの記事が出てきましたが、詳しいことは分かりません。もし「大阪探駆倶楽部」についてご存じの方があればお教えください。

Kさん 9月21日(水) 18:32
こちらが玄関先にあった看板です。大阪探駆倶楽部は大正12年創立とあります。

七ちょめ 9月21日(水) 21:19
気抜きが三つもある珍しい家屋ですね。大概は大きな家屋でも気抜きが大きくなるだけですが、三つに分かれているのも珍しい。
大阪探駆倶楽部でしたね。探検と読んでいました。
右からの文字と左からの文字の琺瑯看板がセットであるのも、珍しくここまで来れば、文化財級ですね。


万訪 9月21日(水) 21:55
兵庫県の養蚕農家は群馬県と近しいといつも思います。形態分布を認識するほど歩いていませんので。
この大阪タンク倶楽部というのは知りませんでした。ネットで調べると、必ず大学目薬と一緒みたいですね。名所巡りの旅行会社?


孫右衛門 9月22日(木) 07:50
探駆とは聞きなれない言葉で、検索してもこの大阪探駆倶楽部がらみのことが数件でてくるだけです。今で言うトレッキングみたいなものなのでしょうか。
この看板は非常に価値の高いものですね。聞くところによると、琺瑯看板が激減しているのは古い建物の更新だけでなく、盗む者がいるということですが、よく残っているといえるでしょう。

Kさん 9月22日(木) 11:49
木が茂って見えにくいですが、近くには煙出しが二つ付いたお宅もありました。

urano 9月22日(木) 20:21
空気抜きの小窓を2つ、3つあげた家は、関東の養蚕集落ではよく見ますが、関西では珍しいのですね。
左右対称の看板もおもしろいです。
七ちょめさんの仰るとおり、これは文化財クラスと思います。

Kさん 9月22日(木) 21:49
Uranoさんの埼玉県のページを見ると、山沿いの養蚕農家には同じような形態のものがたくさん見られますね。私の故郷も含め、兵庫県北部はかつて養蚕がとても盛んでしたが、空気抜きが複数ある家というのは初めて目にしました。果物の保管庫で同じようなものを奈良県で見たことはありますが・・・
180-146-206-206f1.shg1.eonet.ne.jp
1606: 上関の二集落 孫右衛門 9月19日(月) 21:56
この連休は先週のこともあり加えて連日悪天候のため、特に探訪予定もなく更新作業を進めようと思っておりましたが、やはり一切どこにも行かないというのは耐えられないようで、今日は雨の止み間を上手く突いて、山口県上関町の長島にある二つの集落を手早く訪ねて来ました。
これは万訪さんの先日のレポートを見てのものです。四代と白井田という集落でしたが、特に後者は斜面上密集漁村集落、平地の路地風景という2つの顔を存分に見ることが出来ます。町並度6は十分と思いました。

半日あれば行って来れるところですが、まだまだ知らない事も多いものです。近くには平郡島もありますので。

孫右衛門 9月19日(月) 21:59
万訪さんもレポートされていたと思いましたが、白井田集落では祝島と共通の練り石積を壁に用いた家屋が数棟見られました。

七ちょめ 9月20日(火) 09:02
孫右衛門さんが、近場の古い町並を探して訪ねられる努力には敬服いたします。
また、瀬戸内から山陽・山陰・中国山地は西廻り航路の北前船のもたらした影響が強く残っているのでしょう。経済活動の蓄積・文化の継承が凄かった様子がひしひしと感じられます。
中国地方や瀬戸内は経済活動の歴史の蓄積の一番の宝庫でしょうね。

urano 9月20日(火) 20:16
半日で瀬戸内の島旅に行けるというのが、とてもうらやましいです。
2枚目の写真の家は屋根が傷んでいるようですね。
いつまでも大切に伝えてもらいたいものです。

孫右衛門 9月20日(火) 21:31
昨日訪ねたところは、万訪さんが訪ねられたのを見て訪ねる気になったもので、そうでなければずっと訪ねず仕舞いになっていた可能性があります。
近場と言っても交通の便は良いとはいえず、2時間はかかりますので、こういう中途半端なところは後回しになりがちです。
uranoさんで最近驚いたのが沖縄を大量にUPされていますね。離島が充実していますし、あれは相当滞在するか何度も訪ねないと訪ねきれないですね。
私もぜめて渡名喜島と伊是名島は訪ねたいのですが。

万訪 9月20日(火) 23:33
祝島は特殊な練塀の集落です。でも、その島だけというのは、それはそれで不思議。長島にも探せばあるかもということで見つけたのが白井田集落でした。孫さんにも認められて町並み度6は、見つけたものとして嬉しいですね。
さて、七ちょめさん言われる北前船の港町。その前の西廻り東廻り航路を含めて港町を、先週末リストアップしてました。
※リストをコピペしたら大変なことになってしまいました。大変失礼をいたしました。


urano 9月21日(水) 00:10
孫右衛門さん、もしも長島のような風景が湘南あたりで見られるのであれば、関東地方では確実に優先順位の高い探訪地になります。
そこが後回しになるとは、それだけ瀬戸内は町並みの密度が濃いということなんですね。

沖縄はめったに行ける場所ではないので、「もう二度と行かなくてもいい」というくらいの思いで、9日かけて一周してきました。2年以上も前のことです。渡名喜島は集落も大きくて見ごたえがありました。

万訪さん、こうしてリストアップされると壮観です。青森県では川内も歴史的な港町だったのですか。実は先週末、この付近を旅していました(詳細は後日)。祭礼のため迂回路を示され中心街は通りませんでしたが、失敗でしたね。



万訪 9月21日(水) 05:16
祝島周辺は濃いですね。帆船時代に栄えた痕跡と気候風土に対する造り。まだ、八島と牛島にもいい集落がありそうです。
海道の町をピックアップしたら、下北半島から北海道太平洋側にかけても北前船の港町があったことがわかりました。日本海側だけだと思ってましたが、、、。また行かなければならず、ガックリ&嬉しく思ってます。

孫右衛門 9月22日(木) 07:45
私も以前「北前船おっかけ旅日記」(無明舎出版)という本を読んで、北前船の寄港地は思っていたより非常に沢山あったことを知りました。
北前船の航跡を辿るといったテーマも面白いでしょうね。
万訪さんがここ数年で瀬戸内の島を徹底的に訪ねられているので、私も逆に助かっています。

孫右衛門 9月22日(木) 08:54
そういえば今この本をパラパラと読み返していて、「上関郷土史学習にんじゃ隊」の存在はこれを見て知ったことを思い出しました。
p351174-ipngn200405niho.hiroshima.ocn.ne.jp