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1638: 東京組の忘年会? 孫右衛門 12月11日(日) 21:16
辰巳屋さんの記事にぶら下がるのはさすがに気が引けますので、親記事を立てます。

29日に北東北の探訪に向う途中に東京で昼〜夕方前まで時間を確保することが可能ですので、以前忘年会も?と言われていた東京組の方々と少しだけお会いすることが出来ます。
万訪さんは大丈夫だろうとの返答をいただいておりますが、太泉八雲さんとUranoさんは見られていないかもしれませんので、メールでもお知らせしました。
年末押し迫ってですのでわざわざ調整していただく必要はなく、問題なければということにしましょう。

取り立てて添付する画像もありませんので、10月末に別件の所用で博多に行ったときに立寄った太宰府天満宮門前の町並を貼り付けます。

万訪 12月11日(日) 22:25
夕方発で北東北へ移動されるんですよね。であれば、上野あたりがいいでしょうか。最近、御徒町から上野あたりを飲み歩いていますので。安くていい店があります。

孫右衛門 12月11日(日) 23:09
上野周辺はいかにも我々好みの店が多そうですね。お任せいたします。

urano 12月11日(日) 23:46
孫右衛門さん、お返事が遅くなり失礼しました。
ご提案ありがとうございます。
29日は大丈夫です。
よろしくお願いします。

太泉八雲 12月12日(月) 20:59
孫右衛門さん
ご無沙汰しております。

年末に関東にいらっしゃるのですね。

実は今年こそは休みがまとまって取れれば、ちょっと遠くに行ってみたいと思っています。

ただ、28日が仕事納めで、29日はまだ残務処理で出勤しているかも知れません。

まだなんとも言えませんが、29日の夜ならば可能性はあります。

でも、万が一列車のチケットが取れてしまった場合は、申し訳ありません。

そんな感じです。


忘年会のあとに出発するとすると、上野も良いかもしれませんね。

万訪 12月12日(月) 21:44
孫さん、29日に広島から東京、その日のうちに東京から北東北、であれば、13:00から17:00あたりかな
時間を提示ください。その中でコアなプランを考えましょう!


孫右衛門 12月12日(月) 22:05
uranoさんありがとうございます。最近になって青森県を訪ねられているので、詳しい情報をお聞きしたいと思っていました。

太泉八雲さん、もし時間が空けばでお願いします。

私が確保しているのは16:20東京発のはやぶさ27号です。山陽・東海道新幹線は始発の自由席に乗ろうと思いますので、逆算するとのぞみ122号12:23東京着くらいが良さそうです。
上野当りでなくとも新橋周辺などでも不便ではありませんね。

太泉八雲 12月14日(水) 15:40
孫右衛門さんは東北方面に行かれるとの事。

今年の年末年始は北海道に行こうと思います。まだ災害による不通区間も多いですが、とにかく廃線になるかも知れないローカル線と特急列車に乗ってきます。町並みは歩きは冬なので基本行いません。

さて、そうすると私も29日の夕方に東京駅(上野駅)を発つのはありかなと。
青森まで行き、翌朝に青森から北海道入りしたいと思います。

29日の仕事を午前中に終わらすことができれば、午後から夕方に掛けて合流できればと思います。


孫右衛門 12月14日(水) 23:23
太泉八雲さんやはり可能な限りお会いしたいですね。29日中に青森に行かれるのならば、新幹線の座席も結構少なくなっているはずです。賭けで押えておくか、夜遅い移動にされるかでしょうか。
鉄道旅行をはじめ結構青森は行っている感触なのですが、私の町並探訪では2箇所しかなく全国一の少なさで、それも北海道へ向う途中に立寄ったもので、県内の宿泊というと20代のとき以来ですのでね。
青森県を中心とした北東北の探訪は、町並を多数訪ねて穴を埋める目的であれば来年のGWにレンタカーで、町並を訪ねながら温泉や鉄道も目的の一つにであれば年末年始の雪の季節でも良いとの二者選択だったのですが、後者を選びました。
ただ町並探訪という点で見ると天候の悪さ、日の短さ(特に日没の早さ)、積雪による町並や建物の全体像の見えにくさなど、悪条件には満ちています。
ただ行程的にはある程度タブ付きを持たせていますので、何とかなるでしょう。

urano 12月14日(水) 23:43
孫右衛門さん、よろしくお願いします。
有用な情報を提供できればいいのですが・・・。

私は、雪国では冬の姿を見たいと思っていますが、降雪中は写真を撮りづらいし、日が短い点も探訪するうえでは難点ですよね。
交通機関の状況も気になります。
私も2年前の正月に北海道を旅した際、留萌本線の完乗を目的の一つとしていましたが、夜中にラッセル車が立ち往生したため始発からダイヤが大幅に乱れ、結局、阿分−増毛間は乗車しないまま先日の廃線をむかえてしまいました。

もっとも、このときは増毛の町並み探訪も目的にしていたので、バスで増毛まで往復しました。その道中、偶然にも礼受のニシン番屋群を目撃して探訪に加えられたので、結果オーライな旅ではあったのですが。(話がそれてすみません)
em119-72-195-236.pool.e-mobile.ne.jp
1636: 東京都品川区大井町の見晴らし通り商店街 12月 9日(金) 02:06
テレビ番組で紹介していたレトロ商店街を歩いてみた。
「戦前の建物が残ってるぞ!」
こりゃ、昼に歩かねば。と、ググってみたら、なんと既に紹介している奴がいるではないか。
そのサイトを開いたら、、、自分のホームページでした😥
ヤバイ痴呆症😓
http://www.shurakumachinami.natsu.gs/03datebase-page/tokyo_data/oi_sekigahara/oi_sekigahara_file.html

七ちょめ 12月 9日(金) 18:54
万訪さんは多く訪ねて居られるので、訪ねた所を忘れているのは仕方ないでしょう。
何か印象深いことでもあれば覚えてられるのでようね。

私など何時も自分の訪ねた所の場所を印刷したものを用意しています。でないと、良い町並を見つけたと勇んで調べたり、訪ねたりすると過去に訪ねていたというのが、何回もありましたのでね、歳と共に印象に残ったところ以外は忘れてしまっています。
でも、忘れていてもその町並の写真を見ると思い出すのが不思議ですが、改めて地図にプロットしようと思うと、判らなくなっていることが多いです。

孫右衛門 12月10日(土) 20:58
近場の訪問は、どうしても訪ねる時の心構えが小さいために後にいつ訪ねたかわからなくなることが私もよくあります。訪ねたのに掲載するのを忘れてしまいそのまま時間が経過している町並もありますね。随分だらしなくなってしまいます。
町並探訪を本格的に始めた頃のものは、日帰りでも未だにその訪ねた順番などまで思い出せるものが多いのに、逆に数年前に訪ねた町並の方が曖昧になっているのもあります。奇妙なことですね。
p436180-ipngn200406niho.hiroshima.ocn.ne.jp
1635: 福井県越前大野市三浦屋旅館 七ちょめ 12月 5日(月) 19:15
昨夜、福井県越前大野市の三浦屋旅館に泊ってきました。天保年間の創業らしいです。
大きく綺麗な旅館で快適に泊れましたが、宿泊者は私一人でした。
例によって食事が無く、夕食に困りました。宿に聞いて食事場所へ行ったのですが、午後6時頃ですが既に閉店していました。町中を歩いても歩いても食べる所がなく、探し当てるのに随分歩きました。

万訪 12月 6日(火) 03:20
これだけ綺麗な旅館で食事が出ないのですか。三浦屋旅館、前面に庭があるわけでもない、建物にくっついて塀が巡ってるのがちょっと不思議。玄関がいい感じで光を放っているところにベンツが突っ込んでるのが悔しいですね。

七ちょめ 12月 6日(火) 09:05
このベンツ、宿に着いた時からこの場所にあったのですが、翌朝9時30分頃に宿を出たときもそもままでした。最初はお客さんの物かと思いましたが、どうもそうでなく、この旅館の息子さん(医者)が夫婦で帰られていたので、その方のベンツのようだと、チェックアウトの時に感じました。
旅館の女将にとっては、一人の宿泊客より息子夫婦の方を優先させているのでしょうね。
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
1634: 戦災復興の町 甲府と沼津 万訪 12月 4日(日) 09:11
戦災復興の町である甲府と沼津を歩いてきました。途中、富士宮も。
甲府は闇市系のマーケットや飲食店街が複数残っていました。繁華街をちょっと外れた場所に山梨県で公認された遊郭の1つがあったのようですが、面影は皆無。
そして沼津は面白かった。戦後の不燃建築によるピロティ型アーケードの町並み。清水にも同様のものがありましたが、こちらも凄い、ちょっと怖いくらいのキャンチでした。
(画像は沼津 アーケード名店街)

万訪 12月 4日(日) 09:13
柱は小さな建物で、繋がった大きなものは無い。。

万訪 12月 4日(日) 09:17
デザインは、昭和期を物語るモダニズムスタイル。コーナーがRになって共通している、全体に統一感があるんだけどんだけどそうでもないという不思議な建築群。

万訪 12月 4日(日) 09:19
甲府はおなじみ、闇市系のスナック街。甲府駅北エリアにある「新天街」。屋根は朽ちてありません。


万訪 12月 4日(日) 09:21
駅南の繁華街の中でも南の風俗店街の中にある「オリンピック通り」
こういうのが何か所もありました。

万訪 12月 4日(日) 18:59
みなさんの興味からややズレていますので、流してもらって構いません。ただ、このような「防火帯建築」というのが、今注目されつつあるものですから、情報共有ということで。
沼津のアーケード名店街は、竣工当初は画像のように二階建てで、昭和30年代に増築したんだそうです。

孫右衛門 12月 4日(日) 22:09
いえいえ、4枚目と5枚目(昭和的繁華街)は私も興味がある分野ですし、3枚目までも、これまでは見過ごしてきましたが、今や広義では古い町並といえるかもしれませんね。

さて、今年の年末には北東北を計画していて、行程がほぼ固まりました。日が短いので朝出ても余り探訪の成果も上らず、初日は盛岡まで移動するだけと割り切りました(代わりに移動にはこだわってはやぶさのグランクラスを取りました)
したがって、初日に東京で昼間に時間を確保することが可能です。
ぜひ忘年会もとミニオフ会レポートでいわれていたのを思い出しました。

ただ、29日と押し迫った日なので、東京組の方々が可能ならということに留めておきます。

万訪 12月 5日(月) 09:26
中国地方から最も行きにくい東北地方へ遠征ですね。29日は私は多分大丈夫です。暮れと年明けに旅を企画してますので、正月は家でおとなしく?しています。詳細決まったら教えてください。


七ちょめ 12月 5日(月) 15:46
先ほど福井県の越前大野市の三浦屋旅館に泊る旅から帰ってきました。
雨には合いませんでしたが、天気が良くなかったです。

万訪さんの投稿された画像のコメントへのコメントは差し控えさせてください。
でも、甲府市湯村温泉の旅館明治は私の対象する宿ですが、どうも木造3階建ての方はRC3階建ての陰になってしまっていますね。その上、今では食事を出してないようです。
チョット寂れ過ぎかな??

今日から目薬を差しだして両眼の白内障の手術に向かいます。依って泊りがけの忘年会も二つをキャンセルしました。もう既にあった一つは出席しましたが、丁度両目手術の間にある夜だけの忘年会は、態度保留にしています。そんなんで旅館に泊まるもの今年最後の宿泊だったと思います。 

Kさん 12月 6日(火) 07:37
七ちょめさん、白内障の手術ですか。何年か前に私もやりましたが、手術はすぐに終わるものの、その後、長く続く目薬の管理が大変でした。
それよりも、術後しばらくは、パソコンを見てはいけません。しばらくはパソコンやテレビから離れ、ゆっくりした時間をお過ごしください。

手術の翌日、眼帯を外したときの感動が忘れられません。
121-87-150-28f1.hyg2.eonet.ne.jp
1629: 龍神温泉 有軒屋 七ちょめ 11月22日(火) 14:29
龍神温泉の有軒屋という旅館に泊ってきました。
隣の旅館は今年1月に泊った上御殿という旅館です。
崖の上を道が通っていて、その崖の下に旅館が建っているので、大変複雑な構造です。
平屋に見えますが、木造2階が入口になっています。
何気なしに止めた横の駐車場は、旅館客室の屋根の上です。

Kさん 11月23日(水) 07:44
また龍神温泉へ行かれたのですね。龍神高野スカイラインで、カーナビが25km程走る間に24回も「奈良県にはいりました、和歌山県に入りました」と繰り返していたとか。よく数えられましたね。私の自宅の近所、国道168号で私市から生駒市へ入り国道163号を越えるまで、たった1キロちょっとの間に、少なくとも10回は「奈良県へ入りました」「大阪府へ入りました」を繰り返します。今度数えてみます。


七ちょめ 11月23日(水) 08:46

上の夕景写真も余りよくありません。カメラブレなんです。ましなものを探しての投稿でした。
高野龍神スカイラインを通って、龍神温泉に行き、帰りは海岸沿いの自動車道を通って帰ろうと思っていたのですが、「ごまさんスカイタワー」辺りに、濃いガスがかかっていて、護摩山からの眺望が見られなかったのです。そこで、帰りも高野龍神スカイラインを通ることにしたのです。行く時に何回も「奈良県に入りました・和歌山県に入りました」というので、帰りはメモ帳を用意して、数を数えていました。
翌日、龍神温泉では晴れていて、割に良い天気でしたので、護摩山展望台からの眺めを楽しもうと、再度高野龍神スカイラインを通り、その時に数えたのですが、護摩山辺りに来ると又もや濃いガスが。そのままガスが取れることなく高野山の町並近くまで来てしまいました。結構濃いガスで前があまり見えない所もあり苦労しました。まあ標高1300mを越える所を通るので仕方ないと云えば仕方ないです。

有軒屋のページアップは何とかカメラブレの少ないものを探してページを立ち上げようと思っています。

孫右衛門 11月23日(水) 13:24
この旅館は道路からだとこの一棟だけに見えますが、崖下に本館があるのですか。
古い旅館は、増築などによってにわかには構造が理解しにくいものが多いですね。
山田館もそうでしたし、以前泊った温泉津のますや旅館も新旧部分が混在し複雑な形になっています。
この前の茶六本館も内部に入ると中庭を囲んで何度も建て増しした様子がわかり、館内でも少々迷い勝ちになりました。
私が泊った部屋は、道路に面した建物の中では古い方だと言っておられましたので、改めて正面から見ると二棟に分かれていました。
普段客を泊めない一番古い棟があるとのことでしたが、行き方までは教えてくれませんでした。私もどこから向うのかわかりませんでしたし、改めて聞くこともしませんでしたが。


七ちょめ 11月30日(水) 18:39
カメラブレの件ですが、カメラが修理から帰ってきました。
ソニーの一眼レフの修理代、18,360円でした。
故障個所はカメラブレ防止の回路が故障していてカメラブレになっていたようです。
下手にカメラブレ防止回路を設けるから故障するとカメラブレが発生する奇妙なことでした。
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1633: 中国地区ミニオフ会 孫右衛門 11月27日(日) 19:55
辰巳屋さんの加入をきっかけとして、中国地区初のミニオフ会開催となりました。
府中市の旧旅館「恋しき」での会食を中心として、石州街道沿いなど周囲の町並探訪も行いました。
辰巳屋さんは様々なテーマで多くの引き出しを持っておられ、しかもそれぞれにストックが多い。今サイトで発表されているものはごく一部だと思いました。食事しながら2時間ほどのお話の中にもそのフィールドワークに基いた知識の豊富さに驚きました。
いらかぐみとしても心強いメンバーです。

孫右衛門 11月27日(日) 20:09
小雨の中の町歩きとなりましたが、5回は訪ねている府中の町並も訪ね方がワンパターンでしたので、複数での町歩き、いつもは自家用車のところをバスでということで、やはり多くの新しい発見がありました。

孫右衛門 11月27日(日) 20:19
再訪時は安否確認が主で、ついでに少しこれまで歩いていないエリアも訪ねてみようか程度ですので、どうしても一人でしか訪ねていないと偏ったものになってしまいますね。自然と自分の興味関心の枠組、自分の物差しで歩いてしまうので。
この一角も、単に変った一角だと思っていただけでした。
もう訪ねたところだからというのはやはりないですね。Yasukoさん辰巳屋さんありがとうございました。

辰巳屋 11月27日(日) 22:03
孫右衛門さんYasukoさん、ありがとうございました。
一人で廻るより、やはり複数で廻るのも楽しいですね。色々とお話しをさせていただきありがとうございました。今まで見ていなかった所も見つけられました。
孫右衛門さん、Yasukoさん、いらかぐみの皆様、よろしくお願いします。

Yasuko 11月27日(日) 22:13
孫右衛門さん、辰巳屋さん今日はミニオフ会お疲れ様でした。
雨の中の府中もよかったです。今まで見てこなかったところも教えていただきました。
初めてお会いした辰巳屋さんともいっぱいお話が聞けて大変、刺激になりました。まだまだ遊郭探訪も奥が深いということを教えていただきました。違う探し方も教えていただきありがとうございました。これからも、宜しくお願いします。来年のオフ会には是非奥様もご一緒に来られてください。ミニオフを大阪での件もいつかは実現したいですね。

孫右衛門さん、いろいろ手配していただいてありがとうございました。

写真は雨のためフォギーフィルターかけたようになった、恋しきです。

七ちょめ 11月27日(日) 22:56
広島府中でのミニオフ会は辰巳屋さんも参加され有意義だったようですね。一人より二人、二人より三人と増えるだけ、町並や家屋などの見方の違いが表れてくるのですね。
また、探索する場所も異なってくる。多くの情報に接しられるのは、それだけで有意義と思います。雨の中ご苦労様でした。

Yasukoさん、久方ぶりにフォギーフイルターという言葉に接しました。フィルムカメラを使っていた時には、持っていたフイルターでしたが、今は持っていませんね。

今でも使いたいと思っているのはPLフイルターですが、デジカメの機能にあるかも知りません。

万訪 11月28日(月) 05:32
中国地区のミニオフ会開催と辰巳屋さん初参加、有意義な結果になったようですね。雨の町並みも開催地に選ばれた建物もいい感じ。辰巳屋さんの知識もすごいとのこと、いらかぐみワールドがますます広がっていく、素晴らしいです。次回のオフ会でお会いするのが楽しみです。

urano 11月28日(月) 19:21
中国地区ミニオフ会、大いに盛り上がったそうで何よりです。
私も2年前までは一人探訪しておりましたが、皆さまのお話をうかがい、町並みの探し方、歩き方、見方、撮り方について、さまざまな方法があると知ることができました。
辰巳屋さんからも、そんなお話をお聞き致したく思います。

孫右衛門 11月28日(月) 21:45
中国地区ミニオフ会は今年のオフ会のときに、参加できなかった辰巳屋さんのこともあり秋ごろにやりましょうと話が出ていましたが、気付けばもう晩秋に差し掛かっていて慌てました。何とか年末にかからない時期に実施できてよかったです。
会食をした「恋しき」という建物は馴染みはないと思いますが、明治初期建築の料亭旅館で現在は食事どころ、結婚式や法事など慶弔の催しや集まりなどにも利用されています。
Yasukoさんの言われているのは飛田百番のことです。私も実はあの建物の内部には興味があります。

辰巳屋 11月29日(火) 06:58
私も「いらかぐみ」には、もっと早く参加したかったのですが、やはり介護は重荷となっていました。しかも参加を決めた時に急な展開になるとは思いもよらなかったことでした。
その間、「尾道散歩」を作ることとなり、一つの成果となりました。来年3月で再就職も終わり、自由な生活になる予定です。訪問したいところが多く困っています。
皆様にお会いすることを楽しみにしています。

Yasukoさん、当日、話題になりました因島の「三庄」は「家老渡」で掲載しています。
「鯛よし百番」には、一度行ってみたいですね。

Yasuko 11月29日(火) 19:04
ミニオフ会の時は、雨がひどくて濡れましたが、翌日からはとてもいい天気でなんだこれは・・・といいたいです。恋しきは二度目ですがこの度はいい思い出が出来ました。

辰巳屋さん、三庄は拝見しました。是非行ってみたいです。お宅の敷地広そうですね、

瀬戸田はグーグルで見ても見当がつかなかったです。行ってみてうろうろ探さないと分かりませんよね。
あと因島も細かに見て歩く価値がありそうですね。今年中くらいには出かけてみます。
目標が定まると俄然頑張る気が湧きます。

大阪でのミニオフ会また是非集まりましょう。・・・万訪さん大阪出張などありませんか。
七ちょめさん偏光フィルターつけると逆光でもOKですか?そんなことできたらすぐ買いたいです。


七ちょめ 11月29日(火) 21:13
Yasukoさん なんぼなんでも逆光の太陽はダメでしょうが、木の葉っぱなどに当たった光は随分と減少さすことができます。
風景を摂るときなど、空の色を濃くすることも、山の紅葉を強調する時などには断然有効ですが、使うのが邪魔くさいです。
三脚にカメラをセットして、PLフイルター(偏光フイルター)をカメラにセットして、モニターを見ながらPLフイルターを回転させて、自分の思うような色彩や鮮やかさ、コントラストなどを調整するので、一枚摂るのに大変です。レンズフードが使えない場合が多く、レンズフードの代わりをする物を用意しないといけないのも大変です。
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1632: 大ヶ塚を紹介する出典文献として参照の件 防災情報新聞社 編集委員 山田 征男 11月27日(日) 00:15
慶安4年(1651年)10月30日〜11月1日にかけて起きた、大火についての記事中、台(大)ヶ塚の町について紹介したいと思っておりますが、その際貴「河南町大ヶ塚の町並み」を参照し、かつ出典資料として記事末にご紹介しリンクさせていただきたく思いますので、ご了承いただきたくお願い申し上げます。


七ちょめ 11月27日(日) 08:56
山田さま リンクを希望される「河南町大ヶ塚の町並」についてですが、「いらかぐみ」のメンバーの複数の方が、大ヶ塚の町並について掲載されています。
誰のホームページかを見極めて、その方の了解でないといけないと思います。
この掲示板は「いらかぐみ」というWEB集団の掲示板ですので、リンクの了解はそのメンバー個人の掲示板にお願い致します。
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1631: 茨木市北部山間部 Kさん 11月23日(水) 17:21
七ちょめさんが「古いカメラ」で”茨木市北部山間部”の村々をよく撮影されていましたね。私も車作までは何回か行っていたのですが、今回、その奥にある下音羽まで足を延ばしました。今、私のホームページにもアップしましたが、茨木市北部は奥が深いですね。
かつて「いいなあ」と思った地区がたくさんありましたが、七ちょめさんの古いカメラのページは機種ごとになっており、地区検索ができません。スケッチ対象としてお薦めの村はありませんか。

七ちょめ 11月23日(水) 19:30
茨木市北部の山村の車作の集落のスケッチを多くUPされていますね。
茨木市北部の山村で、Kさんの俯瞰の条件に合うと思うものに、豊能町余野の手前の上音羽の集落の一部が亀岡街道のバス道から見られるのです。
俯瞰で思い出すのは、そこ位ですが、スケッチ対象としては下音羽、上音羽、安元、佐保、大岩という集落は幾つもの塊に分かれていますがどれも絵になると思います。高槻市萩谷、成合、奈佐原などをお勧めします。
上音羽の隣の豊能町切畑集落は俯瞰の良い集落です。時間が合えばご案内しましょうか。

Kさん 11月23日(水) 20:17
たくさんのお薦め集落をありがとうございます。とりあえずメモしておきます。これから寒い季節になりますので、出かけるのは朝起きて「今日は暖かくて、天気がいいなあ」と思ったときに限られます。ゆっくりとこなしていきます。とりあえずグーグルの航空写真で確かめます。

私の地図に佐保と上音羽に○がしてあるのです。多分、七ちょめさんの写真を見たときに描き込んだものと思われます。
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1630: 駿河紀行 万訪 11月23日(水) 09:09
先週末、静岡と清水の戦災復興の町並みを取材してきました。そのついでに、uranoさんの紹介されていた宇津の谷の近くにある逆川集落と由比倉沢を歩きました。逆川は茶畑と石垣と板壁が組み合わさったとてもいい集落でした。また、静岡と清水では戦後の町並みがバッチリ残っていて大収穫でした。そこで時間を使い過ぎ、日が短いのもあって、倉沢は日没間際になってしまいました。

いままで戦災都市では「戦災のないエリア」を中心に追いかけていましたが、50年を過ぎた「戦災復興の町」も希少価値が出てきており、私としては注視点がスッカリ戦後に移ってきております。面白いです!

万訪 11月23日(水) 09:13
ここは旧東海道江尻宿にあたる清水市内の商店街。戦災にあっていますので復興の町並みですが、ルールで建物をキャンティレバーで作って一階にアーケードを形成しています。他の都市でも見たことがありますが、ここまでなのは珍しい。実に面白い。

万訪 11月23日(水) 09:17
その中に一軒だけ柱が出ている建物がありました。よく見ると戦前の様式。おそらく戦災を免れた建物で、一階をくりぬいたのでしょう。
※皆さんから「戦後はついていけないよ」と言われそうですが、先般孫さんにご紹介いただいた広島駅西のように、戦後で面白い町並みがあったら教えてください。

孫右衛門 11月23日(水) 13:39
私は比較的戦後系もいけますよ。この写真のようなビル系は今ひとつですが、レトロ商店街、看板建築系、繁華街系などは主目的とはならなくとも興味があります。先日旦過市場などを訪ねたのもそうです。
エキニシ地区は以前の寂れていた頃はそれこそ場末の呑み屋街的な風情があったのですが、やはり今のように賑わって活気を帯びていたほうが良いですね。

万訪 11月23日(水) 14:29
旦過市場は行きたいですね。昨年、小倉行った時に知っていれば行ったのに、、、
戦後の横丁空間は、若い人たちには新鮮なんでしょうね。


七ちょめ 11月23日(水) 15:41
清水市内の旧江尻宿の商店街の歩道の様子。雁木(こみせ・かりや)のようで面白いですね。
どうしてこのような町並が出現したのか興味があります。
我も我もと土地を有効に使いたいのに、歩道になるように提供している。かってルールがあったとは言え、今も残っているのはどうしてかと思います。
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1628: 被爆建物他1題 孫右衛門 11月20日(日) 17:37
これは広島市街地に残る旧陸軍被服支廠という建物です。
20年ほど前までは企業の倉庫や寮などに利用されていたようです。
普段は外側の路地からしか見ることができませんが、この週末は敷地内に入って見学することができました。事前申込をすれば説明つきで内部も見学できたようですが、申込者多数のようでしたので断念しました。
この建物は外観はレンガですがRC構造で、大正初期の建造としては珍しいものだそうです。
戦時の遺物、被爆建物というだけでなく、そういう構造的な珍しさからも何とか保存の方向に向ってほしいものです。

孫右衛門 11月20日(日) 17:46
今週は岡山県に出張があったのですが、井原市に宿泊した際、井原町の古い町並を再訪しました。その時に木造三階建ての古い旅館を見つけたので掲載しておきます(旅館花月)。現役のようでしたが、創業年他詳細はちょっと検索してみましたがよくわかりませんでした。

孫右衛門 11月20日(日) 19:53
27日の府中ミニオフ会について、参加予定者の方々にメールをいたしました。

七ちょめ 11月20日(日) 20:38
旅館の事を気にかけて頂いてありがとうございます。
この井原市の花月本館の詳細は判りませんね。
公表していない場合は大体判りません。直接電話で聞くと不審に思われますので、答えてくれる確率は半々です。
中には怒りだす旅館もありますので、今では殆ど聞き出すことはしません。
観光協会などに聞いてもあまり判らないのが殆どです。


孫右衛門 11月20日(日) 23:48
古い旅館と言っても、今は廃業されているのか、料亭のみになっているか、また営業されていても今ではビジネス旅館みたいになっているところも多いのでしょうから、なかなか正確な情報が得にくいのでしょうか。
古い町並なら当たり外れはあっても、そこを訪ねて終りですが、旅館の場合はまず泊れるようになるまでに色々条件や障害があるので、結構大変と思います。

七ちょめ 11月21日(月) 08:39
旅館を探すのが大変なんです。例えば広島県でも私の希望する旅館はありません。
条件を下げて下げて、上下の言っていた旅館のみです。有ったと思っても一人じゃダメと云われます。
その旅館も多い県は長野県・三重県・岡山県の3県ですね。長野県は特に多いです。

万訪 11月22日(火) 10:20
広島の化粧煉瓦RC蔵、いいですね。戦災にあっている広島では歴史的遺構は大切です。
RC造の導入段階の初期は、まだ古典様式真っ盛り(モダニズムはおろかゼセッションもまだ現れない)時代ですので、RCで一生懸命煉瓦蔵のファサードを造ろうとしています。丸ノ内のオフィスビルの変遷でも、そういう時期が確認されます。そのあと、化粧煉瓦が薄いタイルへと変化し、ゼセッションが入ってきて幾何学による装飾のアレンジ、関東大震災を契機にRC造が加速しモダニズムへと急激に変化します。

孫右衛門 11月23日(水) 13:12
この建物は目立たない位置にあることもあり、余り知られていないように思います。この建物の貴重さとともにもっと知られてほしいものです。
私は建築史などは全くわかりませんので、大正初期で建築物のRC造が既にあったことを知って驚いています。鉄道の橋脚などはありますが、既にこのような複雑な構造物に適用されていたのですね。
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