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1512: 古い町並 七ちょめ 1月15日(金) 09:38
広島県安芸高田市吉田町吉田の呉服店です。表から見た感じは現役かどうかは判りませんでした。
この状態でも古い町並に残っていると見るべきか、見られないか。
看板だけでも残っているので、70パーセントは残っていると見たいですね。

孫右衛門 1月15日(金) 16:03
1階部分は原形をとどめていませんね。半分はガレージのようになっている一方で、二階の原形を保ち老舗の呉服店である(であった)ことを示しています。
少しはなれたところから町並全体で見ると、評価すべき要素でしょうね。
私が訪ねたときの写真を見返してみると、いろは旅館のところをこのようなアングルで切り取っていました。この付近が吉田では数少ない町並らしいところではありますね。
(2007年)

孫右衛門 1月16日(土) 13:14
今日この掲示板がなかなか開かなかったですね。
いろは家旅館の写真を貼り付けたこのレスも、16日の午前1時過ぎに書き込んだものですが、半日近く前の時間になっていますし。何かの不具合があったのでしょうか。

Kさん 1月17日(日) 07:22
私は個人的にも同じ掲示板を使っていますし、知り合いの多くも同じです。迷惑しました。サポート掲示板に以下のようなお詫びが載っていました。

「本日、サーバーへの不正アクセスが原因で掲示板に繋がりにくい状態になりました。
利用者の皆様には、大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
今後も、サーバーの状態を監視しながら、安定運用できるよう対処しますので、よろしくお願い致します。」

しかし投稿時間がずれる現象については何も触れていませんね。

万訪 1月17日(日) 09:11
いらかぐみの掲示板が見られなくなって、私の掲示板も見られなくなったのでサーバーのダウンだろうと思っていました。ちょっと動揺しました。この掲示板が存在していることがいかに重要か、こうことで再認識させられます。

吉田の呉服店を古い町並みの一要素と見るか否か、今まさに考えさせられるテーマだと思います。答えは、「いたかぐみのメンバーが各町並みのページで載せるかどうか」でしょう。この町にほかにもっと載せるべき建物が残っていれば載せないですし、たとえば5軒まで載せるとしてその中にあれば載せますし、並んだ町並みを構成している重要な位置にあれば載せるでしょうし、メンバーそれぞれ違うと思いますが。
車を入れるために構造ともども改修していますが、瓦葺いてるし看板も残しているので私的には○です。


七ちょめ 1月18日(月) 14:01
日曜日から今日月曜日18日にかけて、和歌山県の龍神温泉上御殿に泊ってきました。

この掲示板は土曜日の16日から繋がったり繋がらなかったりしていましたね。
Kさんの掲示板も万訪さんの掲示板も同じ状態でしたので、また、何かのトラブルと思っていました。

上御殿は由緒ある旅館で、「お成りの間」という本当に上段の間に泊りましたが、泊りましたが が ??。
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
1511: 鉄砲小路 辰巳屋 1月14日(木) 20:53
年末の熊本に行きました。
画像は、菊陽町原水の鉄砲小路といわれるところです。
3.6kmにわたり一直線の生垣が続きます。細川藩の鉄砲組の武家屋敷です。

鉄砲小路は寛永12年(1635)正月、時の藩主細川忠利公の命により創設され、他に類例を見ない大規模な地筒(地鉄砲)の集落である。そのねらいは、非常の場合に備えての軍備の強化であり、未開墾地の開拓であった。
集落の構成は、総代1名小頭6名、組横目7名で、その他70名余名である。各屋敷の間口は、普通15間である。又、中央の道路で挟んだ北側は住居、南側は作業場(シラバ)となっていることも特筆される。
東西3.6km整然と並んだ武家屋敷の景観は想像するだけでも異彩を放つものであったろうと郷土史家はいう。(鉄砲小路案内板より)

本年もよろしくお願いします。

万訪 1月14日(木) 21:34
辰巳屋さん、本年もよろしくお願いいたします。
鉄砲小路というのは知りませんでした。一直線の生垣、壮観でしょうね。調べたら熊本空港の近く。実は2月下旬に熊本いきますので、最後空港に行く途中に立ち寄ってみようと思います。

七ちょめ 1月15日(金) 09:29
鉄砲小路で生垣の町並があるのですね。それも端正に刈り込まれていて、管理の良さが判ります。残したい町並の一つですね。
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
1507: 安芸高田市の旅館 七ちょめ 1月 8日(金) 16:59
安芸高田市の「いろは家旅館」に泊ってきました。
何処にも寄らずに、この旅館に直行直帰です。随分時間に余裕があるので、広島バスセンター近くでお好み焼き屋に入り、広島風お好み焼きを注文したのです。
そして、前回広島駅前でお好み焼き屋に入って、広島風のお好み焼きを客が焼く話をすると、
そんな店無いでしょうとのこと。焼き方の難しい広島風を客に焼かす??。等々
話に夢中になって時間が過ぎるのを忘れてしまい、帰りの新幹線の列車に乗り遅れてしまい、後の列車の自由席で帰ってきました。
それと、もうちょっと安芸高田市吉田に町並があるかと思ったのですが、この「いろは家旅館」の辺りの光景が全てでした。チョット残念。
また、都合により旅館名を公開いたします。良いことはいいのですが、悪いことは控えます

Yasuko 1月 8日(金) 21:03
お疲れ様でした。確かこの旅館のあたりは去年に行きました。
内容はよかったですか。

明日は寒くなりそうなのですが、私は明日1泊で奈良に泊まります。実は18切符が2個残ったので奈良の高畑町、三輪、桜井のあたりを七ちょめさんのページを参考にうろうろしてこようと思っています。
一人ではやはり、ホテルとりました。静観荘というわけには・・・・・

まあ、のんびりとまわります。

万訪 1月 8日(金) 22:38
「安芸高田市」またピンときません。芸備線、志和の地域かぁ。よくこのような旅館を見つけられますね。
Yasuko さん明日から奈良ですか。実は私今日奈良に居ました。しかも、東京→高松→奈良→高松というとんでもない出張の途中。プライベートの週末の高松周辺島巡りに、たまたま高松出張が重なり、偶然にもラッキーだったのですが、そこへどうしても今日の午後奈良に行かねばならない予定が入ったのです。何やってんでしょうね。
今、瀬戸大橋を渡っております。

Yasuko 1月 8日(金) 22:51
まあ、一日違いですね。お仕事で行かれるのとは私の場合は違っていて、今年は暇になったので探訪開始してみるかというのんびりとした動機です。

今日は高松ですか。大活躍でお忙しそうですね。

私は姫路から新快速です。
年末に大阪に3人で楽器やに行ったときはおしゃべりしてすぐ着きましたけど一人で乗ると長そうです。それが金額の差ですね。


孫右衛門 1月 8日(金) 23:44
七ちょめさん早速実行されたのですね。バスセンターといわれているので広電バスで往復されたようですね。吉田行は割と本数出ていますので。
吉田というと馴染みがありますが、安芸高田といわれると?となります。
地元の人は吉田や美土里、高宮といった旧地名の方が通りが良いです。

そのお好み店の方の言われているのが正しいです。お客さんに焼かせるというのは私は見たことがありません。以前入られたのは体験型の珍しい店だったのでしょうか。

七ちょめ 1月 9日(土) 09:30
昨日、キップを買っていた新幹線の列車に乗り遅れ時間があるので、広島駅前の以前自分で焼いたお好み焼き屋を探しました。
広島駅まえの郵便局ビルの道を隔てた南側の写真の右側の黒いビルの4階で居酒屋の白木屋の一部の「みっちゃん」というお好み焼き屋です。
わざわざ探さなくとも良いのにと、好奇心があるとはいえチョット「やりすぎ」と自分でも思いながらの行動でした。
もう、この店には入りたくなかったです。それまでにもうお好み焼きを食べていたためでしょう。

安芸高田市の吉田へは、広島バスセンターからバスで往復しました。これが一番簡単と思ったからです。安芸高田警察前で降りて100m程歩いただけで着きました。

万訪さんはこの3連休は高松辺りの瀬戸内海の島めぐりでね。

万訪 1月 9日(土) 10:27
七ちょめさんの広島風お好み焼きにまつわる話は面白い!自分で焼くのは珍しいとか焼いてもらうのが普通だとか、こういうことって突き詰めたくなりますよね。思わず店を確認しに行ったことわかります。


七ちょめ 1月12日(火) 09:35
高齢のためか、全く失念。
先日訪ねた安芸高田市吉田町吉田の町並。資料は孫右衛門さんと太泉八雲さんから頂き「いろは家旅館」に泊るため訪ねたのです。
「いろは家旅館」の掲載を済ませ、吉田の町並の写真を保存しようとしても、以前の保存を上書きしますかと尋ねてくる。 あれあれ……?? 吉田町など保存している?? と自分のホームページを改めて見ると、吉田町を公開している。
何時訪ねたのだろうと調べると平成22年3月とある。
町並を歩いていても前回訪ねていることに全く気付かない。もう、町並を訪ねる値打ちが無くなったのか。それとも前回はカーナビを頼りにピンポイントで急いで訪ねたので印象が薄いだけなのか。どちらにしても80歳のおじいちゃん 仕方ないといえば仕方ないでしょうね。
癪に障るので、この画像は今回の写真ではなく、今まで掲載していたページから持ってきました。

太泉八雲 1月12日(火) 21:02
昔は新幹線も特急も寝台特急も乗り放題の「三連休パス」というのがありました。その後普通列車のみの乗車可で値段も1/3ほどになった「スリーデーパス」などころころ名称が変わりました。昨年〜今年にかけては「三連休乗車券」なのです。

JR北海道の函館まで普通列車が乗り放題(接続する第三セクター路線含む)で特急券を購入すれば在来線特急も新幹線も乗れるのが「青春18キップ」と違うところです。

乗り放題の乗車券なので新幹線の特急券だけ購入すれば新幹線に乗れる訳ですが、青森だと普通に往復で購入するよりも、この三連休乗車券で追加特急券を購入した方が安かったりするのです。

三連休は寒波が北日本を襲うとニュースで言っていましたが、雪は全然でしたね。青森でかろうじて雪面に覆われていた感じです。もちろん秋田内陸部は良い雪景色でした。


七ちょめ 1月12日(火) 21:25
この景色いいですね。角館でしょうね。素晴らしい景色。でも寒そうですね。

万訪 1月14日(木) 10:32
寒そうな写真ですね。雪の中の鉄道の旅もいいなぁ
pw126236175192.12.panda-world.ne.jp
1510: 口説いて口説いてやっと 七ちょめ 1月10日(日) 18:34
写真は和歌山県田辺市の龍神温泉の上御殿という旅館です。
口説いて口説いて家内の同行を得ました。一人では泊めてくれません。
それでも、この旅館の「お成りの間」に泊ることにも苦労しました。部屋にトイレが無いと中々同意してくれません。江戸初期に徳川頼宣公が宿泊した部屋とのことです。上段の間にトイレがある訳がないです。
新館の部屋はトイレ・バス付の快適な部屋なのにと!!
でも、渋々同意を得ました。
旅館に行って泊るだけの直行直帰です。何処にも寄らず新大阪から「特急くろしお」での往復になってしまいました。

万訪 1月10日(日) 19:12
これは由緒正しき旅館ですね。写真で見てもしっかりメンテされているようですし。一人ではNGとなれば、同行者の同意が必要。人気の龍神温泉、ゆっくりしてきてください。

Kさん 1月10日(日) 19:57
夫婦で竜神温泉の上御殿へ泊るというのはかなり贅沢な旅行ですね。
私も竜神温泉へ行ったなと思い、自分のサイトを確かめると、2001年2月10日から11日にかけて夫婦で出かけ、黒江でスケッチ後、竜神温泉泊まり、翌日は湯浅へ戻るという変な行程をたどりました。ただし、泊まったのは上等の上御殿ではなく、その隣にある小さな旅館(確か萬屋)でした。

↓の神社境内の飲み屋の話の関連。大阪・キタのお初天神は、かつては境内に飲み屋がたくさんあり、そのうちに1軒にはたびたび通っていました。今では立ち退きになりきれいに整備されています。この絵は境内からさらに裏側にある飲み屋街を描いたものです。この辺りもすっかり変わってしまいました。


孫右衛門 1月10日(日) 20:06
龍神温泉にこんな格式のある旅館があるとは知りませんでした。
これは外せない旅館ですよね。

奥様はというか、一般の人はやはり部屋にバストイレつきは常識なのでしょうね。

くろしおで往復ならば、せめて行きか帰りに湯浅の町並に寄られてご案内されてはと・・・

七ちょめ 1月10日(日) 20:30
龍神温泉も2度目の訪問になります。初回はもう10年以上も前でしょう。旅館の名前も忘れましたが、龍神温泉から国道425号線で十津川方面に抜けようとして、脱輪しそうになり冷や汗ものだったことだけは覚えたいます。同行した友達夫婦は秋の落ち葉の中の細い細い国道は2度と通りたくないと云っていましたし、今日龍神温泉に行こうというと家内は開口一番、あの細い道は通らないでしょうねと。バスなら良いでしょうとなった訳です。
和歌山城も湯浅も黒江や紀三井寺も云ってみましたが、早く帰ると直行直帰になった訳です。

太泉八雲 1月11日(月) 06:59
おお、七ちょめさんはついに龍神温泉の上御殿に泊まられましたか。
格調高そうな宿ですが、宿泊料はそれほど高い訳でもなく、以前からいつかは泊まりたいと思っていました。
結構知名度のある宿なので、それなりにメンテナンスはされているとは思ったのですが、いかがでしたか。外観はベンガラを塗られているのですね。


さて、私はこの3連休の前半に、JR東日本の「三連休乗車券」を使って、秋田・青森を一周して帰ってきました。

目的は町並み歩きと言うよりも、毎年恒例の「雪見」、そしてJR東日本の新型新幹線E5系「はやぶさ」とE6系「こまち」に乗ること。
前日に思い立って購入したのですが、東北新幹線と秋田新幹線は全席指定で満席状態。結局行きも帰りもグリーン車しか空いていなかったので奮発しましたが、思いの他快適で良い旅でした。


角館から鷹巣までは秋田内陸縦貫鉄道に乗ったのですが、接続が2時間ほどあったので久々に角館の町を歩きました。観光客は誰もおらず独占状態でちょっと得した気分?

実は仕事始めから風邪を引いてしまい、先週は休んでしました。
出発の判断がギリギリだったのも、体調を様子見ての事でしたが、回復したと思ったらまた少しぶり返して来てしまった。

皆さまもこの季節、体調にはお気をつけください。




七ちょめ 1月11日(月) 09:35
9日に続いて今日11日は今年二つ目の新年会があります。今年の新年会は少なく、多分これでお終いです。

太泉八雲さんは恒例の雪見の列車旅。体調を少し悪くされたようで、くれぐれもお大事に。
角館のこの味噌・醤油屋さん。安藤醸造さんだったかな、間違っているかも知れませんが、もう一度見たいと思っている所の一つです。良い写真ですね。
観光旅行で角館はもう5回以上は訪ねているのですが、このレンガの建物の醸造所は少し離れているので、通常の観光旅行で訪ねるのは無理。自由時間がもう20分多ければ訪ねられると思っているのですが。

それから龍神温泉の上御殿はこれから訪ねる所です。「お成りの間」の上段の間に泊ってきます。一番問題は二人以上でないと泊れないのが問題です。価格は二人合わせて約4万円程度ですので、まあ、通常の観光旅行クラスですが、家内はトイレも付いてない部屋でそんな古ぼけた部屋でと不満たらたら。不満を云われてもじっと聞いて我慢我慢。一緒でないと泊れないのでね。


万訪 1月11日(月) 14:46
太泉さん風邪でしたか。あったかい正月でその後急激に寒くなったりしたから、体調崩しがちですね。
東日本三連休乗車券なるものがあるんですね。角館の写真みても、今年は雪が少ないのかな。
s631040.xgsspn.imtp.tachikawa.spmode.ne.jp
1509: 塩飽諸島 讃岐広島(香川県) 万訪 1月10日(日) 11:30
塩飽諸島の本島の町並みは有名ですが、一番大きい広島はあまり知られていません。
「いろは石の島」と呼ばれる採石の島。島全体が岩盤でできていて、短い樹木しか生えていません。
船は江の浦港に着きます。そこから25分程度歩いた立石という集落に、重文尾上家住宅があります。廻船問屋で財をなした家だそうです。しかし、どうして富豪の家は外れにあるんでしょう。目立たないためかなぁ。

万訪 1月10日(日) 11:33
町並み的には一番上の写真の尾上家の周りにいい町並みが見られましたが、他は無住が多くかなり傷んでいます。画像は江の浦地区の町並み。

万訪 1月10日(日) 11:35
もっと早い時期に訪れていれば、笠島の外れのようないい町並みがあったことでしょう。重文がなかったら星1つですが、星2つつけようと思います。


万訪 1月10日(日) 11:39
ところで、丸亀駅前の旧遊郭の中にある「一寸鳥神社」参道の飲食店街は、かなり廃墟化が進んでおりました。

Kさん 1月10日(日) 13:17
塩飽諸島の本島にもすごい豪勢な家がありますね。しかし「一寸鳥神社」の鳥居のある風景は面白いですね。スケッチするならこちらです。でもスケッチしていたら、ちょっと嫌がられるかもしれませんね。

七ちょめ 1月10日(日) 14:19
最初の写真の石垣の角の建物??門??
目的は何でしょうね。神様の通り道??この建物は塀で持たせているが、風で倒れないものと不思議。

それから「一寸鳥神社」の鳥居に続く廃墟らしき建物。
まあ、廃墟になれば撤去すれば良いようなものの権利関係があるし、まず、この建物を建てるのに許可を出した、宮司や宮総代は何をしていたのでしょうね。お金のためとは云え、チョット常識を疑います。

万訪 1月10日(日) 14:51
角はなんでしょうね。単なる角の装飾か、門はありえないので鬼門の表現か、わかりません。他にも豪壮な建物は全て山極にありました。
丸亀の一寸鳥神社の境内の飲み屋街。こういうのって結構ありますよ。新橋の烏森神社とか。伊勢神宮にも昔は鳥居の内側にあったそうです。築地本願寺の前の場外市場はちょっと違う文脈かな?

坂出から路線バスで瀬戸大橋を渡り与島を歩きました。

万訪 1月10日(日) 14:52
橋とのコントラストもさることながら、集落だけでも十分星3つクラスでした。

万訪 1月10日(日) 14:54
バスなら港までいけますし、もしクルマなら与島PAにとめて歩いて行けます。超わかりづらいPAからの隙間のような出口が集落につながっていました。

万訪 1月10日(日) 16:58
最後の探訪地は櫃石島です。もう目と鼻の先に岡山県。
ここはあまりめぼしい町並みはありませんでした。星1つ。

万訪 1月10日(日) 16:59
ちょっと高見島みたいでしょ。

万訪 1月10日(日) 17:00
もう日没間際
甍波が綺麗でしたよ。

孫右衛門 1月10日(日) 20:00
与島というと以前SAで食事したり、橋の下や橋脚の周りを小さなモーターボートで巡るツアーに参加したことくらいで、町並は全く意識していませんでした。
なんというかシュールな組合わせではありますね。
私は、時節柄当面の間まとまった探訪に出ることができませんので、万訪さんをはじめ皆さんのレポートを楽しみにしています。
p535129-ipngn200506niho.hiroshima.ocn.ne.jp
1508: 直島諸島 豊島(香川県) 万訪 1月 9日(土) 14:51
今日は、高松→直島乗換→豊島→犬島→豊島→高松
で予定を立てていましたが、朝慌てて船のダイヤを勘違いして、小豆島土庄港へ渡ってしまいました。アホです。で、リカバリー計画をすぐ練ったんですが、豊島か犬島どちらかしか行くことができず、悩んだ末に豊島だけを巡ることとしました。

万訪 1月 9日(土) 14:53
学会賞もらった豊島美術館もよかったけど、集落もいいです。石が採れる島だけに石垣石塀が良い。

万訪 1月 9日(土) 14:53
古民家カフェ

万訪 1月 9日(土) 14:54
3つの集落をよく歩きました。

urano 1月 9日(土) 19:06
豊島、前回のトリエンナーレのときに行きました。
しかし古い家並みがあるなんて思ってもおらず、展覧会場になっている古民家がいくつかある程度だろうという認識だったので、石塀の連続する路地を見つけて「もっと時間を確保しておくんだった」と思った記憶があります。
ここの石壁は乱積みした上に瓦を載せているのが面白いと思いました。

それにしても船を間違えられるとは、大変でしたね。
船のダイヤは同じ島でも泊まる港が違うこともありますし、紛らわしいですよね。

万訪 1月 9日(土) 19:29
島旅をしょっちゅうやっているくせに、何回も失敗しているくせに、気がゆるました。十分調べて計画していたにもかかわらず、直前の乗り場確認を怠ったために勘違いしてしまったのです。つまり、フェリーで渡ることを計画していたのに、旅客船ターミナルに行ってあるはずの便がなく、調べる時間がなく、小豆島経由で渡る判断をしてしまったのです。船に乗り込んでからよく調べたらフェリー乗り場にいかなければならなかった。
船は、ダイヤが季節で変わったり、乗り場が分かれていたりするので、余裕を持って待合所に行くべしと言う鉄則をよくわかっていながら、高松港は慣れていると言う気の緩みで直前に入ったのが失敗です。
まぁ、おかげさまで豊島をゆっくり見られましたので良しとしましょう。島旅は1/10くらいの確率で失敗を犯します。

しかし寒いですね。

七ちょめ 1月 9日(土) 22:27
この写真はどうして??
フェリーの乗り場と旅客船の乗り場が大きく異なる所がありますね。多分高松もそうだったと思います。
私がこの失敗をしても、年寄りは仕方ないで笑っていられますが、万訪さんはそう云う訳にはいきませんね。でも、しまったと思うでしょうね。豊島をゆっくりと見られたので良しとしましょうは同感です。

万訪 1月10日(日) 06:57
違う写真載せるつもりが間違えてしまいました。
老化が進行しているのでしょう。とっさにトンチンカンな判断をすることが多くなってきているように思います。また気まぐれもあります。
uranoさんご指摘のように、シャープな割石による均質な色合いの石塀が特徴でした。つまり、採石の島ならではなのでしょう。端材も多いかもしれないです。


万訪 1月10日(日) 07:26
これから塩飽広島に渡りますが、このサインが待合室のすぐに気づかない面に貼ってありました。7:40のに乗りますが、ギリギリできてたらパニクります。今日は余裕を持って待合所に来ました。
pw126205151213.3.panda-world.ne.jp
1506: 大崎上島の町並 孫右衛門 1月 3日(日) 21:13
今回の年末年始休暇は始まりが少し早く、おかげで年末に泊りがけをセッティングすることができた関係で、年明けに少し時間的余裕が生まれました。
そこで今日、12年ぶりに大崎上島を訪ねました。近いのに時間と費用が掛かる島の探訪。こういうときに訪ねるのが最適です。
この木江の町並は結構皆さんも訪ねられていると思いますが、前回とほとんど変わっていないという印象です。保存地区でもないし、無住になっている家も少なくないのに、良くぞ残っていてくれたという思いです。
今回ページも更新する予定ですが、町並度も+1盛ろうと思います。

孫右衛門 1月 3日(日) 21:17
左の旅館は今日は年始で休みなのかもしれませんが、現役のように見えました。
来るべき中四国エリアでのオフ会がここで開催されると仮定して、そのときまで保ってくれるでしょうか。
この一軒向こうも旅館でした。

孫右衛門 1月 3日(日) 21:27
島の北東端にある※崎(めばるざき、※=魚へんに林、この字がIMEなどにありません)の町並です。今、地名辞典を見るとここも風待ち港として栄え宿屋があったということです。
数軒木造三階建てもありました。町並度としては3・4で小規模ですが掲載はしようと思います。
あと島の南部にある明石集落も訪ねましたがまずまずの町並でした。これらは、前回少し歩いてパスしていたか、少し写真を撮影しただけで掲載を見送ったものです。

七ちょめ 1月 3日(日) 22:24
孫右衛門さん いい旅館を見つけてくれたと調べましたが、玉屋旅館も三島屋旅館も廃業されていましたが、そのまま経営者が住んでいるのでしょう。
今日も九州あちこちの古い旅館を約2時間かけて、探しましたが一軒も見つけられませんでした。
6〜7日と広島県安芸高田市の古い旅館に泊ってこようと思っていますが、1日〜3日と休業されていますので、こちらの思うように泊まれるかは不明です。予約が取れればラッキー。

チョットした事情により7日〜8日と変更しました。

万訪 1月 3日(日) 23:24
木江のこの町並みよく耐えてますね。たいしたもんだと思います。
そして、めばる崎、いい町並みがありましたか。今日、グーグルアースの空中写真で、島の集落の物色をしていました。木江以外に大崎上島にないものかと、ちょうどこのめばる崎に目をつけていたところでした。こりゃ行かにゃあきまへんなぁ。芸予諸島はもう一回かぁ。


孫右衛門 1月 4日(月) 08:17
木江がそのままなのは、この島には船で渡るしかなく外部の目に晒されることが制限されることもあるのでしょう。また、表向きは保存はされていないようでも、地区の方が意識して大切にされているというのもあるかもしれません。
旅館は廃業されているのですか。それは残念です。


七ちょめ 1月 4日(月) 12:51
1月7日に安芸高田市の「いろは家旅館」に泊ってこようと思っています。
こんな旅館です。孫右衛門と太泉八雲さんの資料を参考にさせて頂きます。

urano 1月 4日(月) 16:15
めばる崎いいですね!
前に書いたかもしれませんが、ここは瀬戸内の関連書籍で存在を知ったものの、Google Earthやストリートビューでも歴史地区が見つけられなかったので、失われたものと思い込んでいました。
いずれ芸予諸島の旅をするときには、時間を確保したいと思います。

七ちょめさん、九州で古い旅館をお探しとのことだったので、昨年8月に見つけた旅館の写真を投稿します。
場所は熊本県上天草市(旧大矢野町)の登立です。
私も調べてみましたが、創建年、建設年ともに分からず、営業中かどうかさえ分かりませんでした。
佇まいからして旅籠とは呼べそうもないですが、ご参考まで。


七ちょめ 1月 4日(月) 18:41
URANOさん 上天草市の古い旅館情報をいただきまして有難うございます。 折角 古い旅館情報をお知らせ願ったのですが、調べるとこの「とのや旅館」は平成21年5月に廃業されています。残念です。
この様にこの様な旅館はどんどん廃業されていきます。
本当に探すのが大変です。探せたと思っても、一人はダメとの旅館も多く、なかなか目的の旅館を探すのは苦労します。
今日も岩井温泉の明石屋旅館に泊ろうと家内を説得しているのですが、そんな古い旅館は嫌と取りあってくれません。

古い旅館を探すのはピンポイントで探します。漠然とではまず探せないのです。
例えば福岡県柳川市なら柳川市の観光協会、また有れば旅館組合。
その他 楽天やじゃらんなどの大手の情報ではまず可能性はないので、誰かが個人的に旅館の情報を発信している方のホームページを見るなど、可能な限りにピンポイントで探しますがそれでも中々見つかりません。
江戸時代の創業とうたっていても、巨大旅館になっていたり、高級旅館になっていたり、これは可能性があると思っても一人ではダメと断られます。少し前に廃業したと云われることもあります。思うようにはならないものです。
新しく見つけるより廃業されていく旅館が多いのではと思うほどです



孫右衛門 1月 4日(月) 20:47
明治以前の創業で、古い形態でそのまま営業されている小さな旅館というのは、ほとんど絶滅寸前のようになっているのですね。例えば奈良井の伊勢屋などのように、探訪客や観光客の利用が多い旅館というのは、ごく一握りに過ぎないのでしょう。
かつては旅館というとほとんどこのような宿だったのでしょうが、時代には逆らえないところなのでしょうか。

安芸高田市の宿と言われてもピンと来ませんでしたが、この写真から吉田町のようですね。


七ちょめ 1月 4日(月) 21:07
古いままの形態の旅館は絶滅寸前ですね。ネットで旅館の案内があるので問い合わせると廃業したと聞くのはもう慣れました。
奈良井でも対象は「伊勢屋」と「えちご屋」の2軒ですが、えちご屋は一人ではなかなか泊めてくれません。一日二組の宿泊と云っていて、一人でも可能とのことですが、問い合わせるとダメと云われますね。

町中から小売店が消えてしまったのと同様に、昔からの小さな旅館は消滅する運命でしょうね。酒屋・陶器店・八百屋・雑貨屋・呉服店・米屋・炭屋・油屋等などの小売店が殆ど無くなってしまったのと同様でしょう。

安芸高田市の旅館は旧吉田町の「いろは家旅館」です。


urano 1月 5日(火) 12:55
天草の旅館は7年も前に廃業していましたか。どうりで、営業情報が見当たらないわけですね。
企画に合った宿がなかなか見当たらないとのこと、「旅籠」の定義も若干広げていらっしゃるご様子なので、私のほうでも少し網を広げてみて、いい宿を見つけたらお知らせいたします。

七ちょめ 1月 5日(火) 13:47
uranoさん、古い旅館の情報があればよろしくお願いいたします。
今、迷っているのは、昭和に入って創業された建物でも、有形文化財に指定された建物で営業されている旅館を入れるべきか、入れない方が良いか迷っているのです。
大正期の創業で、営業形態が古いままなら全て対象にしています。

最初は江戸期創業の宿と思って始めたのですが、そんなに都合よくは行かなかったです。

万訪 1月 6日(水) 05:55
uranoさん、熊本県アップされましたね。私にとって今度も知らない街ばかり出てきてます。よくぞこれだけ見つけられますね。感心してしまいます。
登立というのもその1つですが、上天草市。2月に有明海に浮かぶ湯島に行く予定ですが、立ち寄ろうと思います。できたらそこにあった旅館に泊まりたかったです。

Kさん 1月 6日(水) 07:44
uranoさんの熊本県を昨日拝見していました。なかでも「崎津」はぜひもう一度行きたいと思っている場所で、大変懐かしく感じました。
福岡にいたころ、崎津、油津、美々津、坊津を「もっとも行きにくい4つの津」と呼んで、ぜひスケッチに行きたいと思っていました。そのうちの崎津を含む天草へはGWに家族と行きましたが、時間がないうえに雨になり、スケッチができませんでした。とくに少し離れた場所から「へそのある風景」を描きたかったのですが、写真を撮ることもかなわず、そのままになっています。

この絵は教会を写真から描いたものですが、古びた感じだった手前の家並みはさすがに変化していますね。

七ちょめ 1月 6日(水) 11:16
私もKさんの描かれたような光景を求めて平成24年3月に訪ねたのですが、もう既に写真のような状態でした。
URANOさんの写された昨年の写真と同じようなものですね。

urano 1月 6日(水) 21:38
私の場合は景観、歴史、土地利用という観点でも行き先を決めているので、自然と訪問先が変わってくるのだと思います。
熊本の旅では、熊本開発研究センターが1982年に出した『熊本の町並み』を参考にしました。
HPに掲載していない場所では、宇城市の小川(旧小川町中心部)、玉名市の伊倉、天草上島の教良木(かなり断片的)もまあまあの町並みでした。

Kさんのいう「4つの津」はおもしろいですね。私は坊津は未訪問です。歴史的にもかなり興味深い場所なのですが、優先順位を下げてしまって、昨年の九州旅行でも行けませんでした。
崎津の教会前の道はちょっと残念ですね。
建て替わったものは仕方ないので、今後は修景されるといいなと思います。

万訪 1月 6日(水) 23:02
「町並みには旬がある」
これは、永年追っかけてきた私の言葉ですが、輝く町並みは時々刻々と変わる、減るし増える、と言うことだと思います。
かつてはピックアップされた町並みには全ていかなければならぬと考えてましたが、今やその自縛から解き放たれました。気が向いて行きたいところに自由にいけばいい。
uranoさんの参加で、いらかぐみのバリエーションが広がったと思います。
pw126205133107.3.panda-world.ne.jp
1505: あけましておめでとうございます 万訪 1月 1日(金) 08:01
2016年スタートしました!あけましておめでとうございます!
本年も「いらかぐみ」よろしくお願いします。

集落町並み探訪を本格再開した昨年、探訪157ヶ所、渡った離島38島(橋でつながっている島は除く)でした。もう数は追っかけないと思っている割に結構歩いたもんだと思います。
今年は仕事の傍らドク論書くためペース落ちると思いますが、離島探訪が一旦集結しそうです(まだまだありますが)。
次のテーマ「復興の町を歩く」を徐々に始めたいと思います。戦災復興の町並みの終戦後から高度成長期までが中心となりますが、震災復興や大火復興、津波復興など、50年以上を経た記録すべき町並みも対象となります。今まで通り、「天界の村」「海界の村」「遊里」「戦災のない町」「街道の町」「海道の町」「企業城下町」などのテーマについても深めていきます。
今年は、慌てずゆっくり行きたいのですが、どうかなぁ


七ちょめ 1月 1日(金) 09:10
あけまして おめでとうございます。
今年も精一杯 頑張ろうと思います。
よろしくお付き合い下さいますようお願いいたします。

Kさん 1月 1日(金) 14:01
皆さま、あけましておめでとうございます。今年もおろしくお願いします。
今年の年賀状にはいらかぐみのミニオフ会の時の絵を使いました。遠方へ出かける機会がいらかぐみがらみだけになってきました。反省

孫右衛門 1月 1日(金) 16:12
さきほど、初詣を済ましてきました。
(スマホ画像なので画質悪いです)

万訪さんが訪問数をいわれているので、私も今ざっと数えましたが、先日の南紀を含めると約110箇所でした。これは私にしては例年よりやや多い方ですね。
撮影写真枚数はこの10年余りでは最多レベルでした。

本年もよろしくお願いいたします

Yasuko 1月 1日(金) 18:16
皆様、あけましておめでとうございます。

本年も宜しくお願いいたします。

近頃は探訪はかばかしく出来ず、皆様の様々な活動をうらやましく眺めております。

原因は仕事をしなくなったので、暇は手に入れましたが、貧しくなったことでしょうか。

でも精神的には今は空いた時間、リコーダーを必死で練習していますので満ち足りております。一日に約5時間は練習しています。
今までできなかったブランクの分も取り戻そうと必死です。
リコーダーはバロックのころのメインで知れば知るほど奥が深くいい曲がいっぱいあったことに驚きです。今練習中のテレマン、コレルリは皆様おなじみではないですね。

探訪はぼちぼちいたしますので、暖かい心で見守ってくださませ。

太泉八雲 1月 2日(土) 08:06
あけましておめでとうございます。

今年のサンライズ瀬戸はなんと目的地の琴平まで特別運転。
みどりの窓口で高松から琴平まで買い直したら、なんと運賃も安くなりました。
サンライズ瀬戸の特急料金はそのままです。
1時間30分近く多く乗れて、目的地まで直行。
前日まで知りませんでしたが、なんか良い1年の始まりの予感かな?
しかし、久々の「こんぴらさん」こんなに階段長かったか・・・と運動不足の体に堪えました。
下山してさぬきうどんをすすって、そのまま特急と新幹線で帰ってきました。

今年は、少しぼちぼち歩きたいですね。

urano 1月 2日(土) 21:00
あけましておめでとうございます。
昨年は皆さまにお会いできて嬉しかったです。
今年の目標は、訪問もさることながら、まずはHPの充実を図っていきたいと思います。
当初は昨年中に30都道府県以上は更新したかったのですが、思うように進められませんでした。
また、他スレで話題にあがった東京新年会でもお会いしたいです。

本年もどうぞよろしくお願いします。

写真は元日に撮った月島の路地です。
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1504: ひさびさのドライブ・酒蔵巡り 太泉八雲 12月31日(木) 08:54
本当に久々の書き込みになります。
いろいろご心配お掛けしたかと思いますが、無事に年末を迎える事ができました。
孫右衛門さんは紀伊半島、万訪さんは離島巡り、七ちょめさんは伝統的旅館巡りとみなさん勢力的に活動されていて、うらやましいかぎりです。

私は9月以来どこにも旅行にもドライブにも、サイクリングもまったく行っていませんでした。12月は28日まで深夜・徹夜の作業が続き、仕事もミスを連発して体力的というよりも精神的に厳しい1年でした。

そんな中でも当初は初の台湾旅行に行ってみようと、パスポートを申請し往復の航空券も取ったのですが、仕事が出発日まで食い込んでしまい、またいろいろあって、のんびりと海外旅行に行っていられる状況にも無くなってしまったので、泣く泣くキャンセル。
払い戻しの一切無いLCCだった為に丸々特別損失計上です。

とりあえず昨日、久々に輸入車を借りて半日だけ静岡の酒蔵巡りをしてきました。

そして、昨年はサンライズ出雲で年越しを行い出雲大社に初詣をして帰ってきましたが、
今年はサンライズ瀬戸で年越しを行い、金比羅さんで初詣をして帰ってきます。

そんなところで、皆様今年一年お世話になりました。来年もよろしくお願いします。



万訪 12月31日(木) 09:20
jaguarで静岡ですか。こんなクルマも借りられるんですね。超お忙しいようで、どうか体調だけは崩されませんように。東京都内であれば半日とか出られそうであれば歩きませんか。新年会を東京組で企画できたらいいですね。お忙しい一年、本当お疲れ様でした。

七ちょめ 12月31日(木) 09:54
太泉八雲さん、超お忙しそうですね。余り忙しすぎてミスを連発する、そして落ち込む。
余り続くと問題になることが起こりそう。

今の太泉八雲さんには、大変いい加減に聞こえるでしょうが、そんな時には会社をずぼら休みをしてでも自分の好きなことにで気晴らしをする。
そうすることで、先に「ずぼら」したのだからとその後は更に頑張れます。

そして暫く経ってくると、あの時は何だったんだろうと思います。

自分が居なくても、自分を取り巻く環境は素知らぬ顔で廻っている。会社や世の中、果ては家庭までもが。

孫右衛門 12月31日(木) 16:58
太泉八雲さん、大変な1年だったようですね。
私も5・6年ほど前でしたか、11月頃から正月以外ほとんど休みが取れず、年度末を跨いで5月頃までそんな事態が続いたことがありました。オフ会の参加にも影響しましたし、ひどいシーズンでした。
この年末年始は金比羅さんへ祈願するとのことで、それを機に順調な1年になることを念願します。

太泉八雲 12月31日(木) 17:28
みなさんありがとうございます。
七ちょめさん、そうですね。自分で全てかかえてしまっているつもりが、実は自分がいなくても会社はうまく廻っている。まあ、復帰する翌日の事をかんがえると、なかなか日常を忘れる事はできませんが...。

万訪さん、それ考えていました。URANOさんといっしょに新年会是非やりましょう。

万訪 12月31日(木) 21:04
今年五十歳を越えて1年が過ぎ、マネジメントの立場になって「これから仕事で何を目指して行こうか」悩んだ一年でした。結局行き着いた結果は、「仕事あっての自分ではなく自分あっての仕事」ということでした。
歳とると今までの自分を守ろうとしてしまいます。失敗をしない道を選んで挑戦しない、つい失敗を状況や会社のせいにしてしまう。そんな気持ちでは、到底これからの人生を前向きに生きられない。失敗の原因も自分にあるけど、創造力や推進力の源泉も自分の中にある。だからその源泉を絶やしては勝負できない。今までの自分を一旦リセットしよう。そう考えて開き直ったら、ちょっと悩みから抜け出た気がします。

画像は今年、最も感動した集落町並み保戸島(大分県)です。

是非、新年会しましょうね!
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1503: 南紀の探訪レポート 孫右衛門 12月30日(水) 09:18
訪ねた町並から、印象的なものを少し。
古座川町古座(現串本町内)は古座川河口付近左岸に長々と町並が残り、質的にも良いものでした。裏手には道路と護岸がありますが、かつては直接川に面していたものと思われます。

孫右衛門 12月30日(水) 09:26
串本町潮岬の町並。潮岬は高校生のとき訪ねて以来で、そのとき乗ったバスの車窓から集落があったことは覚えていますが、今回訪ねてこれほど大きなものとは思いませんでした。台地状の平地部に広々と展開し、一つの町といった感じです。風対策で石垣や生垣を配した風景も印象的でしたが、このような邸も見られます。成り立ちを調べてみないとよくわかりませんが意外な町並でした。

孫右衛門 12月30日(水) 09:36
日置川の河口にある日置の町並。ここも立地からして意外な町並でした。既に何名か尋ねられていますので驚きはしませんでしたが見応えがある町並ですね。全く知られていないし保存の手も入っていない。こんな町並は今や貴重と思います。
ここを訪ねると早くも薄暗くなりましたので、ホテルに入る時間までをこの近くにある温泉施設で過しました。ここはアルカリ性のまろやかな湯で、年配者や子供連れなどで賑わっていました。

孫右衛門 12月30日(水) 09:40
湯浅の南側に隣接する広川町広の町並。ここはいらかぐみ情報がなく、ふとしたきっかけで知ったところですが比較的整然とした区割りに伝統的な建物が多く残っていました。湯浅の陰で注目される事もなかったのでしょうか。注目されて不思議でない良い町並でした。私の町並度では6は付けます。

七ちょめ 12月30日(水) 10:33
古座の町並は確か、URANOさんが最初に云われたと思います。早く行っとけば良かったのにね。
この町並の少し川上にある「神保館」という旅館があったのですが、今年の春頃に廃業されてしまいましたので、この町並も訪ねるのが遠ざかりました。でも新たに湯川温泉の「恵比寿屋旅館」を孫右衛門さんが見つけてくれましたので、古座の町並探訪が復活しました。
広川町広の町並も良いですね。訪ねたいものです。

孫右衛門 12月30日(水) 19:45
古座はURANOさん情報です。七ちょめさんもその時ここの古い旅館にといわれていたのを覚えていたので、この神保館を見たときああこれかと思い出しました。でも表向きは廃業されているようには見えませんでした。

孫右衛門 12月30日(水) 19:52
町並度は別として面白いと思ったのは美浜町三尾です。アメリカ村という称号がついているにもかかわらずこれでもかと本瓦が連なる集落で、それが立体的に連なる典型的な漁村集落ですね。
しかし一方で、空地や無住になっている家屋も多く、心が痛みました。

万訪 12月30日(水) 22:45
何処もかしこも地名聞いてピンとくるところがありません。ですが、しっかりした町並みがあるんですね。でもこうして写真見ると、やはり和歌山県のスタイル。距離があっても共通しているんだなぁと思いました。

七ちょめ 12月31日(木) 09:30
このアメリカ村はかっては結構有名だったのですよ。
私が面白半分に訪ねたのは昭和35年頃だったと思います。学校を出て勤め出して少し経った頃、終戦のどさくさも一段落したあたりの、観光地も何もなかった時代の、観光地だったのでしょう。
結構多くの寄棟の派手な明るい色を塗った建物が建っていたのですがね。
町並目的に訪ねた10年ほど前には、少し洋風の建物が有った程度でしたが、今では殆ど無くなっているのですか。

まあ、建てられたのが明治期ですので、当然と云えば当然でしょうね。

神保館はそのまま残っているのですね。この旅館の経営者は廃業されましたが、そこで生活されているので状態はそのまま保存となっているのでしょう。電話は今でも直ぐに応答されますが、もう旅館は遣ってませんとの返事です。

Kさん 12月31日(木) 13:25
みなさんの話題について行くのはなかなか大変ですが、珍しくアメリカ村は04年に行っています。今アメリカ村と言えば大阪・ミナミが有名ですが、七ちょめさんの言われるように、かつては和歌山のアメリカ村も結構有名だったみたいですね。実際はアメリカへではなくカナダへの移民の村だったのですが・・・。
私が行ったときにもずいぶん空き地が目立ちました。この絵はそんな空地から描いたものですが「海の近くは津波が来ると言って、空き地を売りに出しても誰も買わない」と地元の人がぼやいていたのを思い出します。

urano 12月31日(木) 16:01
私の投稿を参考にしてくださったようで、ありがとうございます。
古座は思っていたよりも町並みが長くて、北端のほうまで回らずに引き返してしまいました。

広村は安政南海津波で住民を避難させた「稲村の火」の逸話をかなり押していますが、確かその後つくった堤防のおかげで昭和南海津波を免れています。
「堤防でこの町並みが残った!」とPRすれば面白いと思うのですが、あまり町並み景観には意識が向いていないのでしょうかね。

孫右衛門 12月31日(木) 17:26
広の町並の外側には確かに古びた堤防がありました。今はその外に役場などの建物がありますが、かつての海岸線だということは明確で、ここを境に古い町並が始まっていました。撮影しておけばよかったですね。
私などの眼からすると良い町並でも、地元の人は全く認識されていないでしょうね。

アメリカ村という名前は、バス停に残っているだけで洋館などありませんでした。
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