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1645: 今年一年ありがとうございました。 七ちょめ 12月31日(土) 19:35
今年一年有難うございました。 来年は 来年も 良い年でありますようにねがっています。
よいお年をお迎えください。
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
1644: 東京・月島再開発地区 urano 12月28日(水) 23:20
先日、忘年会の景品でなんとデジカメを引き当てたので、近場を撮影してきました。
慣れないカメラであまりよく撮れていませんが、場所は月島一丁目22・23・24番地です。
西仲通り商店街(通称もんじゃストリート)2番街の南側街区です。

解体工事は来年の3月末の開始予定です。
ぼちぼち仮店舗へ移るお店も出ていて、路地裏にあるこの喫茶店は、現店舗では30日が最終営業日とのことです。

urano 12月28日(水) 23:23
この路地は特に幅が狭く、たまに洗濯物が干してあって月島で1、2を争う路地景観だと思い眺めてきましたが、あと3か月で見納めです。
ちなみに1枚目の喫茶店はこの路地にあります。

urano 12月28日(水) 23:26
看板建築の連なり。

urano 12月28日(水) 23:29
3枚目の写真にも写っていますが、看板建築のだるま。
もとは、おもちゃ屋です。
現在はもんじゃ屋で、先月聞いた話では「3月いっぱい営業する」とのことでした。

七ちょめ 12月29日(木) 09:05
月島の路地風景が徐々に無くなるのですね。防災の観点から見れば当然でしょうが、ここに住ん慣れ親しんだ人にとっては寂しいでしょうね。
達磨のモニュメント??看板は面白いですね。
忘年会の余興の景品で、よく写るデジカメが当たったとはラッキーでしたね。予備カメラとして活用できそうですか。

万訪 12月29日(木) 16:07
Uranoさん、孫さん、太泉さん、お疲れ様でした。
短い時間でしたけど、東上野のコリアン街で楽しい忘年会ができてよかったです。
孫さん、太泉さん、遠くへ旅立たれましたが、お気をつけて!

万訪

万訪 12月29日(木) 20:21
東上野コリアン街

孫右衛門 12月29日(木) 20:32
東京組の皆様ありがとうございました。私はあれからグランクラスで和軽食とワインなどを飲み、せっかく盛岡に来たのだからと冷麺まで食べましたので、今日はもう寝るだけです。
このuranoさんの記事は見落してました。なくなるのはダルマの看板のある通りですね。
太泉さんは無事青森に向かえたでしょうか。
万訪さん湯島周辺のミニ探訪も案内いただきありがとうございます。

太泉八雲 12月29日(木) 20:35
皆さんお疲れさまでした。
万訪さん、オフ会のセッティングありがとうございました。

久々に旨い焼き肉を沢山食べました。マッコリも沢山飲みました!!

新幹線は一本早い便に変更しましたが、席は取れずに満席。

仙台あたりで座れるかと思いましたが、入れ替わりの乗客で八戸まで満席。

ようやく座れたのは八戸からの30分でした。
先ほどホテルにチェックインです。

帰りは結局1日にしました。稚内からノンストップで特急を乗り継いで、はやぶさのグランクラスで帰ってきます。
よって小樽のホテルはキャンセルしました。


明日は5時起きです。

では、みなさん良いお年を、良い旅を。

urano 12月29日(木) 23:25
万訪さん、いいお店にご案内いただき、ありがとうございました。路地の雰囲気もよくて感激しました。
昼間からけっこう飲んでしまいましたが、孫右衛門さんは計画通りグランクラスを満喫されたようでよかったです。
太泉八雲さんは別便に変えても立ち席だったのですね。おつかれさまです。
お二人とも、明日以降もどうぞ良い旅を。
本日はありがとうございました。

urano 12月29日(木) 23:39
七ちょめさん、カメラは使いこなせるまで時間がかかりますが、せっかくなので活用したいと思っています。
しかも先月、7年間使い続けてきた一眼のレンズを破損してしまったところでしたので、タイミングはよかったです。

この達磨は月島の看板建築の筆頭と思うので残念です。
長屋や看板建築は「文化財」とは認知されていませんから、今後も減り続けていくことでしょう。
em119-72-193-220.pool.e-mobile.ne.jp
1643: 29日の件 孫右衛門 12月26日(月) 21:56
29日は12:23東京着の便で向う予定です。(自由席利用の予定ですので変更可)
会食場所はどこでもOKですが、集合場所の指示をお願いします。

万訪 12月27日(火) 15:00
メールしました

太泉八雲 12月28日(水) 00:36
恐らく、午後目に合流できるかと思うので、電話します。
212.27.232.153.ap.dti.ne.jp
1642: 北部九州 島旅と復興の町と 万訪 12月25日(日) 21:38
七ちょめさん、ちょっと不自由だと思いますが、しばし我慢して治療に専念してくださいね。うちの母親も手術しましたが、見違える視界になったそうです。

さて、今、福岡から羽田に戻る機内から打ってます。
小呂島、能古島、馬渡島、小川島、そして門司、小倉、博多、福岡の戦災復興の町を歩きました。多くの収穫を得て満足してます!あぁつっかれたぁ。

万訪 12月25日(日) 21:41
あまり良さが伝わりにくいですが、小呂島の集落です。若者や子供が沢山いて活気がありました。本土から遠く離れた孤島ですが、過疎化していない珍しい島です!

Kさん 12月26日(月) 07:28
玄界島へは渡ったことがありますが、小呂島は知りませんでした。地図で見るとずいぶん沖ですね。

万訪 12月26日(月) 09:59
小呂島は私も最近知りました。あんなに離れた孤島で活気があるのは素晴らしい事だと思いました。
玄海島は初日に予定していましたが、天候不良で行けませんでした。画像は小呂島への船から撮った玄海島です。地震後に復興した集落は、今時の新興住宅地の様相です。逆に島でこういう景観は珍しい。どこにかつての面影を残しているのかも興味あります。もし、かつての画像があれば提供いただけませんか。

Kさん 12月26日(月) 17:15
玄海島に大きな被害を出した地震は2005年、もう10年以上前ですね。私が島へ渡ったのは福岡に住んでいた2000年より前ですので、もちろん震災前ですね。港から急な石段が続き、その両側に古い家があった記憶があります。毎日この階段を上り下りするのは大変だなと思った記憶があります。
ところがわざわざ渡ったはずなのに、なぜかスケッチしていないのです。理由はよく分かりません。能古島は自宅から近かったのでたびたび渡ったような記憶がありますが、こちらもスケッチは1枚もなし。写真は当時からあまり撮っておらず、フィルムはどこかへ行きました。その後の写真もパソコンに入れていたものは、すべてパソコンのダウンとともに消えました。従って、画像も何もありません。申し訳ありません。

孫右衛門 12月26日(月) 21:53
小呂島というのは九州本土からの距離では壱岐と同じくらい離れているのですね。しかも活気がある状況というのは驚きです。
旦過市場も訪ねられたようですね。私が訪ねたのは日曜日でしたので、メインの明るいアーケードの部分しか店がやっていませんでした。
p436180-ipngn200406niho.hiroshima.ocn.ne.jp
1641: 熊本復興中 万訪 12月21日(水) 00:32
今日、仕事で熊本へ行ってきました。熊本城の石垣も深刻ですが、木造古民家の被害が思ったより大きかったです。特に新町古町は、交差点の洋風民家以外全滅。文化財以外は取り壊されてしまう危機感を感じました。

万訪 12月21日(水) 00:34
新町のこの商家は残るでしょうか。相当痛んでました。

万訪 12月21日(水) 00:37
一方、戦災地区の新市街の北側にあたる上通町は、実は非戦災地区で、歩いてみると結構残ってた。アーケードの北側と一本東側の通り。一本東側の通りは、熊本のオシャレスポットになりつつあります。

万訪 12月21日(水) 00:42
戦災都市概況図

Kさん 12月21日(水) 17:26
熊本市の町並み被害は深刻そうですね。仕事で何回も行ったのに、スケッチはこれ一枚しかありません。元旅館だそうですが、当然今はもうありませんよね。

孫右衛門 12月21日(水) 21:05
1枚目の写真の建物は、仮設足場が設置されているので修復されるのでしょうが、2枚目は所有者が決めかねており第三者被害防止のために防護工を設置しているだけのように見えます。
市街地は、町並目的では5年ほど前に訪ねましたが予想外に古い建物が残っている印象でした。何とか公の補助によって救う手はないのでしょうかね。

万訪 12月22日(木) 09:26
「熊本城と古町新町の古民家だけが被害にあってて、それ以外では何もなかったみたい」という印象でした。おそらく被害の大きかった建物はすでに解体されているからでしょう。早期、でも将来を見据えた復興を期待します。
画像の場所は戦災後の復興の過程で生まれた木造家屋のアーケードですが、なんともなってませんでした。
Kさんのスケッチはどの辺りでしょうか?

Kさん 12月22日(木) 10:03
私のホームページを見ると、わざわざ熊本市までスケッチに行ったようで、タイトルには「新町」とあり、コメントに「市電ののどかな音が聞こえた」とあるので、新町電停辺りだと思います。しかし、正確には覚えていません。

Kさん 12月22日(木) 10:13
グーグルアースの写真は最新のもののようで、熊本市内にはブルーシートを被せた建物が目立ちます。熊本城も崩れた様子が写っていますね。

万訪 12月22日(木) 13:29
Kさんのスケッチポイント見つけました。今は駐車場になっています。

万訪 12月22日(木) 13:32
ここ

万訪 12月22日(木) 13:35
今回の地震で家が解体されたのかは不明です。

万訪 12月22日(木) 17:51
糸魚川で大火で大変です。ちょうど古い町並みが残ってるエリアです。

太泉八雲 12月22日(木) 20:55
うなぎの寝床の古い密集した町並みがこの平成の大火の要因ですね。町が一つ消えてしまった感じです。まだ火災は収まらないので、感想はこれくらいにしておきます。

孫右衛門 12月22日(木) 22:38
雁木の商店街や造り酒屋がある付近など、古い町並としても一番の中心部が被害に遭ったようです。年の瀬に大変な災害です。
防災上問題のあるところを古い町並だといって好んで訪ねているわけで、これはなんともいえないところです。

万訪 12月23日(金) 00:26
大火には必ず強風と云う気象条件が重なります。こわいです。酒田大火以来じゃないですか。
日本の町並みは大火との戦い。戦災にしても関東大震災にしても、火災で町が被災しています。町並みの多くは、いつかの大火の復興の町ということになる。

今、福岡にいます。連休は今年最後の町並み探訪。玄海諸島と福岡の復興の町がテーマです。
画像はさっき下見してきた祇園マーケット。山笠で有名な櫛田神社の真ん前にあります。戦災復興の町です。

urano 12月23日(金) 00:29
糸魚川の大火は恐ろしいですね。まったく思いもよらないことで、火の威力と怖さを思い知らされました。

ところで本題の熊本に関して思うことですが、
文化財の指定・登録には賛否意見があると思いますし、私もどちらがいいのか明確に態度を示すことはできませんが、災害が起きてみれば「指定・登録しておいて(おけば)よかった」と思うことのほうが多そうです。

数年前に大火があった在原は、重伝建であれば放水銃が設置されていて、延焼を食い止められたかもしれません。

いっぽう茨城県の真壁は、たまたま震災の1年前に重伝建になっていましたが、重伝建の範囲外でも登録文化財には県から修復補助金が出されました。
われわれから見れば「文化財であっても、そうでなくても、貴重であることに変わらない」といった感じでしょうが、第三者に価値を伝えるためには、やはり文化財になっておくことが大事なんだと痛感した次第です。

万訪さんの2枚目の家など未指定なのが不思議なくらい立派な家です。
この先どうなるのか気がかりです。

七ちょめ 12月23日(金) 10:48
糸魚川の大火で多くの古い町並が焼失したようで心痛みます。我々が好んで訪ねる古い町並は防災上では最大の弱点地域でしょうね。
今度の糸魚川の火災では、強風に乗って火の粉が飛び、思わぬところから出火しています。造り酒屋さんも被災したようですね。
防火のための空間は、強風下では役に立たないようで、鉄筋コンクリートの建物が防火壁になっています。

左目の白内障の手術では翌日から良くじゃ見えて、ルンルンでしたが今度手術した右目はもう3日目になりますが、あまり良く見えません。鬱陶しい限りです。医者は段々と良くなると云います。事実少しは良くなっているようですが。
そんなんで古い旅館に泊ることは少しの間は休憩ですが、気分的には優れませんね。
早くすっきりと見える様にならないかなあ。

多くの目薬をささないといけません。

Kさん 12月23日(金) 21:02
いらかぐみのメンバーは皆さん、糸魚川へも行っておられますね。さすがです。造り酒屋の16代目、気の毒でした。

万訪さん、熊本のスケッチポイントのチェック、ありがとうございました。

七ちょめさん、右左の目をずらして間違いなく目薬をさすのは大変だと思います。確か3カ月間でしたね。がんばってください。
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1640: 茨木市北部 七ちょめ 12月19日(月) 19:01
Kさん 茨木市北部の集落を云っておられましたので、上音羽と下音羽の写真を撮ってきました。
まず上音羽集落

七ちょめ 12月19日(月) 19:02
次いで下音羽集落です。

Kさん 12月19日(月) 21:19
七ちょめさん、わざわざありがとうございます。下音羽は先日描いたばかりですが、暖かい日を探して上音羽へ出かけます。なかなか魅力的ですね。

18日が暖かだったので、かねて、その名前が気になっていた「法隆寺」集落へ行ってきました。有名な法隆寺から3qほど山の上に登った場所にある「大字・法隆寺」です。こんな場所から俯瞰を描きましたが、さすがに寒い思いをしました。
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1639: 辰巳屋 12月19日(月) 08:37
画像は、門司の錦町で、遠方の建物は、三宜楼です。このあたりの街並みは、観光コースにもなっているようでした。

七ちょめ 12月19日(月) 09:31
辰巳屋さん こんにちは
門司地区も近代建築を求めて訪ねましたが、少し山手の錦町はたずねてないです。
グーグルで町並を見ると、特別古い町並じゃないですが昭和戦後の町並が多く残っていますね。もう50年は過ぎているので古い町並の分野に入るのでしょう。

Yasuko 12月19日(月) 11:54
三宜楼は修理に入る前から、ずっと見守っていて何時か行ってみたいと思っています。あのあたりは、興味大いにありで門司にいったら絶対行きたい地域です。この三階建て面白そうです。

万訪 12月19日(月) 16:03
冒頭の写真の場所は覚えがないですね。画像のエリアは歩いているのですが。遊里歩きの初期だったから、見落としたのでしょうか。

辰巳屋 12月19日(月) 20:56
やっぱりここだったのですね。万訪さんの画像は3階建てが続いていますが、私が訪れた時は画像のとおり3階建ては続いてはいませんでした。個人の建物ですのでいつまでも保全することは困難と思われますが、とても残念です。

錦町は、範囲が広く、現在の住居表示でも清滝・丸山・長谷・庄司まで広がっているように思いました。十分には見れなかったので再度訪問しようと思っています。


Kさん 12月19日(月) 21:08
昔、「仕事」で三宜楼へ上がるチャンスがありました。「フク料理」を食べました。2度とないでしょうね。
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1637: 鉄輪温泉 辰巳屋 12月11日(日) 09:43
大分県別府と北九州に行ってきました。
別府では、鉄輪温泉、明礬温泉、北浜界隈を廻りました。
画像は、鉄輪温泉の中心地の鉄輪銀座通りです。湯治場として有名で、地獄めぐりも有名です。街のいたるところで湯煙りがみられます。旅館も多いのですが、地元では旅館というより、湯治客への「貸間」と呼んでいるとの説明がありました。

万訪 12月11日(日) 10:14
辰巳屋さん、こんにちは。
別府の写真、風情がありますね。別府はJRから海側を歩いてはいますが、明礬温泉のような山側を歩いておらず、未だ記録すべき町並みの全貌がつかめておりません。一泊二泊して歩かないといけないですね。旅館ではなく「貸間」というのも湯治場ならではの表現なのでしょう。豊後水道沿のリアス式海岸集落に未訪地があるので、合わせて行きたいと思いました。

七ちょめ 12月11日(日) 12:01
この鉄輪温泉の画像はいいですね。一度は明礬温泉に泊まり、硫黄の採掘するところ??を見たこともあり、もう一度は別府市の街中の温泉、名前は忘れた 別府温泉??に泊まり、何だか近代建築の写真を撮った覚えがあるのですが。

湯治場じゃなく「貸間」という表現も面白いですね。確かに湯治客には当てはまります。

別府には私の泊まる対象となる温泉宿も少しはあるのですが、二人以上でないとと云われることが多く、電話するもの億劫ですね。

辰巳屋 12月11日(日) 13:59
画像は、「温泉閣」です。旅館と湯治とどちらも対応できるようです。
鉄輪温泉の中心地にあります。
温泉で野菜などを蒸して食べる「地獄蒸し」もできるようです。ホームページもあります。創業は明治とあったように思いました。


Yasuko 12月11日(日) 15:50
先日辰巳屋さんに教えていただいた、因島の三庄の鉄工所遊郭を写しにいってきました。確かに風格がよく残っていて、久々にうれしくなりました。
あと土生の歓楽街、面白い3階建がありました。生口島の瀬戸田にも耕三寺の庭園の傍にも遊郭があったというところも民芸館の館長さんが教えてくださいました。あとから知ったのは館長は平山郁夫さんの弟さんだったとか。

孫右衛門 12月11日(日) 19:31
鉄輪温泉をはじめとした情報ありがとうございます。別府は部分的に歩いてはいますが、私も全体像がつかめていません。九州は温泉の大変多いところですが、考えてみると私個人的には鉄道を目的としたものと町並を目的としたものばかりです。最近はそれでも温泉宿に泊ることも少なくないですが、九州では20年くらい前に雲仙に泊った位で、温泉を味わっていません。

先日のミニオフ会で、来年のオフ会当番役として意思確認みたいなのも行いました。これまでに出ているものとして、その九州の温泉地を中心とした案、そして(第15回ということで)祝島で再度という声も上っていたかと思います。
例年年明け2月くらいには実施日と開催地の決定に入っていますので、これから年明けしばらくにかけて、各々希望地その他を練っておいてください。今回は人数も増えましたので、開催日は早めに調整した方が良いと考えます。

辰巳屋 12月12日(月) 05:09
Yasukoさん、さっそく訪ねられたのですね。
三庄は、分かりにくい所です。一見、普通の住宅街のようです。土生の3階建ての情報は私は知らないですね。
瀬戸田は、外見は普通の住宅なので、地元の人でないと分からないでしょう。

鉄輪には、他にも湯治旅館のような旅館はたくさんありました。
画像は、別府の北浜にある趣のある旅館、山田別荘です。


七ちょめ 12月12日(月) 13:19
温泉閣の開業は明治年間ということで宿泊対象としてリストアップさせて頂きました。
山田別荘も調べましたが、昭和5年に別荘として建てられた建物を、戦後旅館として使用されているものの様です。
そんなんで私の宿泊対象から外れます。残念ですが仕方ないです。
情報を頂き有難うございます。

urano 12月14日(水) 23:33
別府は20年近く前に観光旅行で行ったのみです。そのときは大型の観光ホテルが多い街という印象で、以降も訪問リストに入れておりませんでしたが、風情のある裏道や温泉旅館がたくさん残っているのですね。

また、それとは別に最近、明礬温泉の湯の花小屋の存在を知り、いずれ行きたいと思うようになっておりました。
湯の花小屋については、情報を得たときにインターネットで検索したら、七ちょめさんのブログが偶然ヒットしました。
それで改めて町並みページを拝見しましたが、掲載されておらず・・、まあ「町並み」ではありませんからね。
でも、ここの茅葺き小屋の一群はたいへん興味があります。


七ちょめ 12月15日(木) 08:56
uranoさん
明礬温泉の湯の花小屋を訪ねたのは覚えていますし、ブログにUPしたのも覚えていますが、自分の投稿したブログを見つけることができませんでした。
どうでも良いことですが、偶然の上に偶然でしょうがよく見つけられましたね。

七ちょめ 12月15日(木) 22:02
多分 明礬温泉の湯の花小屋はこの様なものだったと思います。
URANOさん、当たっていますか。

七ちょめ 12月16日(金) 09:27
見学できるのはこの様なものだったと思います。

urano 12月16日(金) 13:41
七ちょめさん、そうです、これです!
あのあと再度検索しましたが、ブログページは見つけられませんでした。
私は小屋などの付属屋も好きなもので、こうした設備(しかも茅葺き!)に惹かれます。

七ちょめ 12月16日(金) 14:58
http://takahira.exblog.jp/18218453/
やっと探し当てました。掲載は2004・4・29で12年以上前でした。

Kさん 12月17日(土) 11:53
九州に住んでいるころ別府には何回も行きましたが、明礬温泉へは行っていません。「別府八湯」と言って、8つの温泉の集合体なのですね。鉄輪温泉のあちらこちらに湯気が立ち上る景色が目に残っていますが、残念ながらスケッチはなし。
この絵は亀川温泉の公衆浴場ですが、入湯料は50円でした。別府港近くにある伝統的建築の「別府温泉」も入湯料はそんなものでした。

Kさん 12月17日(土) 11:58
「訂正」別府の中心街にあるのは「別府温泉」ではなく「竹瓦温泉」でしした。入湯料は100円でした。
180-144-84-223f1.nar1.eonet.ne.jp
1638: 東京組の忘年会? 孫右衛門 12月11日(日) 21:16
辰巳屋さんの記事にぶら下がるのはさすがに気が引けますので、親記事を立てます。

29日に北東北の探訪に向う途中に東京で昼〜夕方前まで時間を確保することが可能ですので、以前忘年会も?と言われていた東京組の方々と少しだけお会いすることが出来ます。
万訪さんは大丈夫だろうとの返答をいただいておりますが、太泉八雲さんとUranoさんは見られていないかもしれませんので、メールでもお知らせしました。
年末押し迫ってですのでわざわざ調整していただく必要はなく、問題なければということにしましょう。

取り立てて添付する画像もありませんので、10月末に別件の所用で博多に行ったときに立寄った太宰府天満宮門前の町並を貼り付けます。

万訪 12月11日(日) 22:25
夕方発で北東北へ移動されるんですよね。であれば、上野あたりがいいでしょうか。最近、御徒町から上野あたりを飲み歩いていますので。安くていい店があります。

孫右衛門 12月11日(日) 23:09
上野周辺はいかにも我々好みの店が多そうですね。お任せいたします。

urano 12月11日(日) 23:46
孫右衛門さん、お返事が遅くなり失礼しました。
ご提案ありがとうございます。
29日は大丈夫です。
よろしくお願いします。

太泉八雲 12月12日(月) 20:59
孫右衛門さん
ご無沙汰しております。

年末に関東にいらっしゃるのですね。

実は今年こそは休みがまとまって取れれば、ちょっと遠くに行ってみたいと思っています。

ただ、28日が仕事納めで、29日はまだ残務処理で出勤しているかも知れません。

まだなんとも言えませんが、29日の夜ならば可能性はあります。

でも、万が一列車のチケットが取れてしまった場合は、申し訳ありません。

そんな感じです。


忘年会のあとに出発するとすると、上野も良いかもしれませんね。

万訪 12月12日(月) 21:44
孫さん、29日に広島から東京、その日のうちに東京から北東北、であれば、13:00から17:00あたりかな
時間を提示ください。その中でコアなプランを考えましょう!


孫右衛門 12月12日(月) 22:05
uranoさんありがとうございます。最近になって青森県を訪ねられているので、詳しい情報をお聞きしたいと思っていました。

太泉八雲さん、もし時間が空けばでお願いします。

私が確保しているのは16:20東京発のはやぶさ27号です。山陽・東海道新幹線は始発の自由席に乗ろうと思いますので、逆算するとのぞみ122号12:23東京着くらいが良さそうです。
上野当りでなくとも新橋周辺などでも不便ではありませんね。

太泉八雲 12月14日(水) 15:40
孫右衛門さんは東北方面に行かれるとの事。

今年の年末年始は北海道に行こうと思います。まだ災害による不通区間も多いですが、とにかく廃線になるかも知れないローカル線と特急列車に乗ってきます。町並みは歩きは冬なので基本行いません。

さて、そうすると私も29日の夕方に東京駅(上野駅)を発つのはありかなと。
青森まで行き、翌朝に青森から北海道入りしたいと思います。

29日の仕事を午前中に終わらすことができれば、午後から夕方に掛けて合流できればと思います。


孫右衛門 12月14日(水) 23:23
太泉八雲さんやはり可能な限りお会いしたいですね。29日中に青森に行かれるのならば、新幹線の座席も結構少なくなっているはずです。賭けで押えておくか、夜遅い移動にされるかでしょうか。
鉄道旅行をはじめ結構青森は行っている感触なのですが、私の町並探訪では2箇所しかなく全国一の少なさで、それも北海道へ向う途中に立寄ったもので、県内の宿泊というと20代のとき以来ですのでね。
青森県を中心とした北東北の探訪は、町並を多数訪ねて穴を埋める目的であれば来年のGWにレンタカーで、町並を訪ねながら温泉や鉄道も目的の一つにであれば年末年始の雪の季節でも良いとの二者選択だったのですが、後者を選びました。
ただ町並探訪という点で見ると天候の悪さ、日の短さ(特に日没の早さ)、積雪による町並や建物の全体像の見えにくさなど、悪条件には満ちています。
ただ行程的にはある程度タブ付きを持たせていますので、何とかなるでしょう。

urano 12月14日(水) 23:43
孫右衛門さん、よろしくお願いします。
有用な情報を提供できればいいのですが・・・。

私は、雪国では冬の姿を見たいと思っていますが、降雪中は写真を撮りづらいし、日が短い点も探訪するうえでは難点ですよね。
交通機関の状況も気になります。
私も2年前の正月に北海道を旅した際、留萌本線の完乗を目的の一つとしていましたが、夜中にラッセル車が立ち往生したため始発からダイヤが大幅に乱れ、結局、阿分−増毛間は乗車しないまま先日の廃線をむかえてしまいました。

もっとも、このときは増毛の町並み探訪も目的にしていたので、バスで増毛まで往復しました。その道中、偶然にも礼受のニシン番屋群を目撃して探訪に加えられたので、結果オーライな旅ではあったのですが。(話がそれてすみません)
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1636: 東京都品川区大井町の見晴らし通り商店街 12月 9日(金) 02:06
テレビ番組で紹介していたレトロ商店街を歩いてみた。
「戦前の建物が残ってるぞ!」
こりゃ、昼に歩かねば。と、ググってみたら、なんと既に紹介している奴がいるではないか。
そのサイトを開いたら、、、自分のホームページでした😥
ヤバイ痴呆症😓
http://www.shurakumachinami.natsu.gs/03datebase-page/tokyo_data/oi_sekigahara/oi_sekigahara_file.html

七ちょめ 12月 9日(金) 18:54
万訪さんは多く訪ねて居られるので、訪ねた所を忘れているのは仕方ないでしょう。
何か印象深いことでもあれば覚えてられるのでようね。

私など何時も自分の訪ねた所の場所を印刷したものを用意しています。でないと、良い町並を見つけたと勇んで調べたり、訪ねたりすると過去に訪ねていたというのが、何回もありましたのでね、歳と共に印象に残ったところ以外は忘れてしまっています。
でも、忘れていてもその町並の写真を見ると思い出すのが不思議ですが、改めて地図にプロットしようと思うと、判らなくなっていることが多いです。

孫右衛門 12月10日(土) 20:58
近場の訪問は、どうしても訪ねる時の心構えが小さいために後にいつ訪ねたかわからなくなることが私もよくあります。訪ねたのに掲載するのを忘れてしまいそのまま時間が経過している町並もありますね。随分だらしなくなってしまいます。
町並探訪を本格的に始めた頃のものは、日帰りでも未だにその訪ねた順番などまで思い出せるものが多いのに、逆に数年前に訪ねた町並の方が曖昧になっているのもあります。奇妙なことですね。
p436180-ipngn200406niho.hiroshima.ocn.ne.jp