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    1715: 暑い中で展覧会 Kさん 8月13日(日) 18:39
    暑い日が続きますが、皆さん盆休みを楽しまれておられるようで、何よりです。
    このくそ暑い中で、私は8月から9月にかけて2つの展覧会です。1つは2年に1回の「河内を描く美術展」(8月30日〜9月5日、大阪上六・近鉄百貨店上本町店)、もう1つは11回目を迎える個展「岸本信夫町並みスケッチ展」(9月11日〜16日、大阪西天満・マサゴ画廊)です。
    万が一、この期間に大阪へ出張でもあればお立ち寄りください。もっとも個展の方は連日会場におりますが、河内展の方は会場にるのは1日午後と5日ぐらいです。

    Kさん 8月13日(日) 18:40
    マサゴ画廊は裁判所の西隣です。

    Kさん 8月13日(日) 18:43
    河内を描く美術展は2年に1回、これまで八尾市の西武百貨店で開催していましたが、西武閉店につき、大阪の百貨店に「ランクアップ」です。

    万訪 8月14日(月) 00:19
    9/5にけいはんな、9/10に大阪に行きます。Kさんの個展に行きたいが、1週間ズレてればなぁ。

    孫右衛門 8月14日(月) 20:47
    9/2・3と京都です。個展でしたら100%時間を作って伺いますが・・・。
    私の予定が2週間ずれていればよかったですね。

    Kさん 8月14日(月) 21:25
    孫さん、9月3日は私も京都で飲み会です。個展の場合は100%会場にいる予定ですが、河内展はたった1点の出展ですから・・・

    個展には熊本城のスケッチも、2点出展します。

    七ちょめ 8月15日(火) 09:03
    Kさんの個展は必ず訪ねるようにしているのですが、今回は多分??行けそうにありません。丁度9月11日から東北を訪ねますので。最終日にでも訪ねられたらと思っていますが、どうなることかその時になってみないと。
    若い時と違い、旅の疲れが長引きますので。

    万訪さんが訪ねられた秋田県の強首温泉の樅峰苑にも一泊します。
    M014010098160.v4.enabler.ne.jp
    1714: お盆休みは近江の酒蔵めぐり 太泉八雲 8月13日(日) 07:10
    今年のお盆休みはなんとか6連休とれる事になりましたが、前日になって休みが確定した為に何のプランも立てず。お盆ラッシュを考えると遠出するのも躊躇するようになってしまった。

    とにかくゆっくり休みたい思いと、希少な連休を旅で満喫したい思いが拮抗。

    ダメ元で電話したお馴染みのレンタカー屋で、新型のAudi A6アヴァントが借りられたので、シーズン料金もあってちょっと奮発しましたが、48時間借りて近江の酒蔵巡りをしてきました。

    昨日に宿泊したのが、鈴鹿市の神戸宿にある「加美亭旅館」です。
    七ちょめさんの情報を元に電話したら、もう90歳になる女将さんがOKしてくれました。

    今日も夕方ぐらいからラッシュが始まるようなので、この後尾張地域の酒蔵を廻って東京に帰ります。

    七ちょめ 8月13日(日) 08:55
    何時もの定番、高級外車のレンタカーで酒蔵巡りですね。それも遠い距離の探訪。
    ご苦労様です。「加美亭旅館」確か入ったところの階段の前に大きな柱がある旅館でしたね。この宿では翌朝、この旅館の奥の新築の家に住んでおられる息子さん(50歳代)に、資料を見せて貰って、町並を少し案内してもらったことを思い出しました。
    この宿は神戸宿の一番端だったと思います。

    私は今日午後から京都府舞鶴市にある「舞鶴館」と云う旅館に泊まりに行こうと準備しています。

    万訪 8月13日(日) 12:09
    太泉さんからの久々の探訪レポだ!輸入車と酒蔵めぐりも定番となりましたね。鈴鹿のこの古宿は一番端っこの坂道の手前にある家でしょうか。90歳の女将とはすごい。伊勢オフ会の時に見ましたが、ちゃんと維持メンテされている印象でした。近江&尾張の旅レポお願いします。
    七ちょめさんは舞鶴へ行かれるとのこと。これからお盆休みの旅レポが皆さんから出てくることでしょう。

    私は水曜日から北海道です。札幌に夜入って来週日曜日の夜まで4泊4日。北海道で残っている場所は渡れない厚岸町小島を除いて札幌の商店街と留萌だけですので、今回は「おバカな父娘のくじ引きの旅」です。画像にある市町村のカントリーサイン179コをクジのように引いて、出た町へ行き、着いたらまた引いて次に行くというのを繰り返します。例えば、函館で稚内を出すと600km移動しなけれなりません。当然、どこに行くかわからず、宿も取っていないません。ただの移動では面白くないので、途中の町並みも紹介していこうと思っています。さぁ、どうなることやら。

    七ちょめ 8月13日(日) 18:49
    舞鶴市の舞鶴館に泊まっていますが、余り古い感じはしません。しかし繁盛している旅館のようです。でも、明治34年創業だそうです。
    早く着いたので、レンガ倉庫群を訪ねました。
    なんかイベントが行われていて、全棟公開されていました。

    辰巳屋 8月14日(月) 06:04
    太泉さんは滋賀の酒蔵、万訪さんは北海道、七ちょめさんは舞鶴の旅籠、Kさんは個展と皆さん忙しいですね。お盆は、家族と地域のために過ごすものと思っていただけに、何とも羨ましい限りです。

    私も、やっと休暇がとれたので、8月20(日)から東京に行きます。万訪さんメール送りましたのでみてください。

    万訪 8月14日(月) 09:14
    辰巳屋さん東京に来られますか!
    すいません、メールアドレスが変更になって居ります。@の前のkをsに変更して再送いただけませんか。


    太泉八雲 8月14日(月) 09:15
    今回の近江の酒蔵巡りは彦根から出発して南下し、甲賀郡エリアで1日目を終えました。

    今回は蔵での購入率は高く、購入したお酒は13本です。翌日の尾張の酒蔵は不振でしたが...。

    すでに何度も訪れた町が多く、町並み歩きはほとんど割愛しましたが、水口宿は建物の取り壊しと空き地が目立っていましたね。

    それよりも発見。と、言うかついに発見。

    東海道「石部宿」です。

    「土山宿」〜「水口宿」と旧東海道は鈴鹿峠を越えてJR草津線の北側を走り、町もその道筋にありました。現在の国道1号線も同じです。

    なので「石部宿」及び旧街道も同じく国道1号線に併走しているものと思い、石部駅北側界隈を何度も探しましたが、宿場町らしきものは遺構すらない。

    駅の南側も見てみたがそれらしきものは、まったく無い。
    完全に消滅?と諦めていました。

    が、今回偶然にも発見しました。「石部宿」

    まあ、目的は清酒『香の泉』を醸す竹内酒造だったのですが。

    JR草津線の南側、県道を越えたさらに南の段丘上に旧街道と宿場町があったのです。

    町並みもありました。となりの旧・甲西町も同じで、この町にもある有名な酒蔵『御代栄』を醸す竹内酒造も街道沿いにありました。

    野洲川の氾濫を避けて高台走っているのでしょう。
    車が辛うじてすれ違えるほどの道です。

    水口宿を出た街道は横田橋を渡ってJR三雲駅あたりから国道を逸れてJR草津線を越えて丘陵上に入っていくようです。

    このルートはまた今度ゆっくり、自転車でも使って走りたいですね。



    七ちょめ 8月14日(月) 13:32
    舞鶴に泊って、昼前にはもう帰ってきました。

    石部宿を掲載していると思い、自分のページを見てもありません。なんかの都合で掲載をやめたのでしょうね。名前を忘れましたが重要文化財になっている薬屋の大きな建物が有名ですね。
    石部宿から水口宿にかけて造り酒屋も2軒ありましたね。
    その内の「竹内酒造」だったと思いますが、自宅の近くにあった旧造り酒屋の娘さんがこの竹内酒造に嫁がれていて、もう5〜6年も前に近所の女性グループが、見学を兼ねてこの酒蔵を訪ねたと云っていました。

    私もこの竹内酒造の写真を撮っていますが、フイルム時代でそのフイルムを探しだすのは無理でしょうね。

    Kさん 8月14日(月) 21:39
    「名前を忘れましたが・・・薬屋の大きな建物」はこれですね。石部宿と草津宿の「間の宿」だった「六地蔵」にあります。うまく描けなくて、何回も通いました。「和中散」という道中薬を扱っていた大角家住宅です。

    孫右衛門 8月14日(月) 23:30
    太泉八雲さんのレポートはいつも個性的で新鮮です。しかし王道の東海道でもメンバー内で新たな発見がある。これはやはりフィールドワークあってこそです。
    春から比較的良く出かけられていた事もあって、盛夏の時期はおとなしくしておくという思いもあったのですが、結局香川県の離島を中心に昨日今日と訪ねていました。
    こういった時期に企画するのにはある意味、良い機会ともいえました。泊りがけとしては近場なので気合は余り入らなかったのですが、なかなかどうして色々ありました。改めて明日にでもレポートします。
    p600130-ipngn200601niho.hiroshima.ocn.ne.jp
    1713: 金沢⇨魚津⇨飯山⇨飯田 万訪 8月 6日(日) 18:18
    昨夜、仕事の関係で飯山・野沢温泉村の北竜湖花火大会に行ったんですが、その前後に消化試合やってきました。まず金沢に行って寺台町と里見町、富山県魚津に移動して大火後の復興の町を取材、今日は午前中、飯山を再訪し、長野県を縦断して飯田へ行き、大火復興の町と偶然見つけた旧遊里の探訪です。今、帰りの高速バスに乗ってます。画像は、飯田城址に建つ合同庁舎から北側を見たところ。谷を挟んで市街地が広がっていますが、斜面の町がなんかあやしい。

    万訪 8月 6日(日) 18:23
    谷に面して崖屋造りで建ち並ぶ木造三階建て群は、「くつわ小路」というかつての夜の飲食店街でした。つまり、ブルーライン。となれば、レッドラインがあるはずとググったら、丘の上に遊郭=レッドラインがあったそうです。私の遊里の臭覚も衰えておりませんでした。

    万訪 8月 6日(日) 18:29
    飯田の中心市街地は、先の遊郭のあった北側の丘上を除いて、昭和22年の大火で焼失しており、その後の復興の町並みです。大通りを十字に通して、町の延焼を防止したほか、画像のような幅員2メートルの通路「裏界線」がつくられました。避難路です。

    そのほか魚津では、中央通りの防火建築帯の町並み、飯山では仏壇屋が並ぶ雁木通りなど、新しい取材ができ満足満足!

    七ちょめ 8月 6日(日) 19:32
    飯山市の仏壇屋街(愛宕町)はグーグルでみると、焼ける前の糸魚川の市街地と似たような雁木の町並ですね。訪ねる価値がありそう。

    孫右衛門 8月 6日(日) 22:23
    1枚目の写真の風景は、私も何かあると足を踏み入れますね。
    消化試合といわれていますが、仕事に絡められるからそれができるのでしょうね。
    県内とはいえ、飯山から飯田の移動は大変です。新幹線事情から金沢から飯山よりも大変かもしれない。先日の探訪で、岐阜・愛知県の探訪途中に根羽村を組み込んだのですが、ここと野沢温泉村も同じ長野県かと思うと、改めて信州は広いですね。

    太泉八雲 8月 7日(月) 01:34
    私がブログにリンクしている隼人さんのブログにレポがあり、私も近々(思ってから月日が経ちますが)南信の再訪を検討していました。

    『ぬけられます』あちこち郭探訪日記
    http://blog.goo.ne.jp/erotomania_2006/e/cf4523504dd5035c1f9805110136917f

    いろいろ参考になる事があると思います。

    孫右衛門さんも三遠南信地域を廻られたようですね。まだこの地方は奥が深いので、関東組の私と万訪さん、それにURANOさんで追探求したいと思っています。

    なので、近々ミーティングしましょう。

    万訪 8月 7日(月) 12:19
    飯田は今まで「ないな」でスルーしてましたが、ありますね。中々面白いです。
    隼人さんのサイトの写真で行ったてないところがありましたが、北側の崖下ですね(添付画像)。上から眺めてあるなと思いましたが、とても降りていく気が起こりませんでした。行っときゃよかった。

    万訪 8月 7日(月) 12:22
    補足
    飯田は崖線の縁が眺めがよく、旅館や遊郭があります。その場合、崖下の街がまた面白そうです。

    太泉さん、東京オフ会日程を提案くださいね。

    Yasuko 8月 8日(火) 08:25
    すごい、行ってみたい・・・・・

    辰巳屋 8月 9日(水) 07:20
    飯田に良いところがありましたね。
    私は、善光寺参りの後に飯田市にある元善光寺にお参りし、飯田市本町付近の三連蔵や蔵の街を見ただけで帰ってしまいました。リンゴの街路樹のある並木道が綺麗な町という印象でした。
    飯田には、現在は取り壊されてしまったようですが、「久保田楼」という有名な遊郭建築があったのは、このあたりだったのでしょうか。また武家屋敷の風情の残る地域もあるようですね。

    万訪 8月 9日(水) 09:19
    飯山の雁木通りは旧飯山街道ですが、川沿いの町並みを歩いてそこだけが旧街道だと思い込んでました。山側に思いっきりシフトしています。
    飯田も同様で、台地上が旧市街だと思い込んでいると崖線の斜面や崖線下の街を見落としてしまいます。旧街道は崖を下って外へのびていますので、古い町並みが続いておりかつ大火にあっていないということ。現に私は見落としてしまいましたので、もう一回リベンジに行かないとなりません。
    辰巳屋さんご指摘の久保田楼はトップ写真の台地上の二本松遊郭=飯田遊郭にありました(2002年解体)。他にも妓楼があったそうで、そこへ行く途中に夜の飲食店街(ブルーライン)があった模様。現在、遊郭の名残はなく、夜の飲食店街の面影がくつわ小路と馬場町通りに残っています(もっとたくさんあったようですが)。
    もっとも、台地縁のこの現象は二本松遊郭のみならず、他の縁と崖線にあるようです。もしかすると、河岸段丘上の町の遊里の共通点なのかもしれませんね。
    pw126199206198.18.panda-world.ne.jp
    1712: 鞆の重伝建選定が目前に 孫右衛門 7月30日(日) 20:36
    昨日の地元紙に、福山市が鞆地区の保存方針を告知したという記事が出ました。
    後は文化庁に答申し、認証を得ることが必要ですが、これでようやく重伝建選定に向けての動きも大詰めといったところです。

    重伝建地区に匹敵するレベルであることは間違いないのに、長らく架橋問題が足枷となって実現を阻んでいました。ひとまずは安心ということになりそうです。

    新聞記事の内容はこちら http://machiissue.exblog.jp/25113914/



    七ちょめ 7月30日(日) 21:15
    鞆の重伝建の件は20年以上揉めにもめてやっと振り出しに!!
    でも、一応は良かった 良かったという所ですね。

    孫右衛門 7月31日(月) 22:24
    鞆の重伝建選定は私にとっても長年の願いでした。
    重伝建以前に、映画等の影響で探訪客が急増したことも私は余り面白くないものと思っていました。
    まだ確定ではありませんが、これで可能性がかなり高まったことは間違いありません。
    以後も課題は山積ですが、とにかく保存地区指定を受けないと町並の観点では話が始まりませんので。

    urano 8月 2日(水) 21:52
    鞆の重伝建選定、実現すれば本当に「やっと」という思いですね。町並みはもちろん、港湾施設の保存状態のよさは、瀬戸内のすべての港町を代表しうるものでしょう。関係者のこれまでのご尽力に敬服いたします。

    孫右衛門さんの「映画等の影響」というのが分かりませんでしたが、改めてネット検索してみると、某アニメ映画の舞台になり、注目されたことを思い出しました。
    私は、古い町並みのように本来の役目を終え、時代遅れになりつつあるものを残すには、まずは知られることが大事だと考えています。増加する観光客への対策など、新たな問題も生まれるでしょうが、鞆の場合はそれがきっかけとなり、架橋中止に傾いていった印象があります。(あくまで個人的な印象です。違っていたらすみません)。

    ひるがえって我が地元の月島は、もんじゃ目当ての観光客は多いものの、路地や長屋、近代建築が注目されているわけでもないし、次から次へと再開発事業が生まれては実行に移されています。来訪者の関心の数パーセントでもいいから、長屋に向けられたらなぁと思います。

    孫右衛門 8月 3日(木) 21:46
    架橋問題は、私も注目していましたが新聞記事等でしか触れることがなく本当のところはわかりませんが、「イコモス」の視察・進言といった出来事もあり、撤回・中止に向う流れになったという側面があったようです。
    アニメの影響による訪問客増が架橋の中止につながったということはないと思いますが、間接的には後押しになったかもしれませんね。
    私も本当は多くの人に知られ、認識してもらい、そのことで古い町並全体が活気を持った状態で保存されるのが理想です。ただ、大手資本などに眼をつけられ観光地的に画一化されることを恐れているのです。
    ただ、重伝建地区になればその問題はある程度は回避はされるでしょうが。

    月島を訪ねたのはもう10年以上前になりますが、いつかuranoさんが変化を報告されてましたね。随分変っているのでしょうね。

    孫右衛門 8月 3日(木) 22:24
    月島からも近い築地場外市場。先ほどニュースを目にして驚きました。大規模な火災に見舞われているようで、ほとんどの訪問客には着目されませんがここも古い町並ですので、どの程度の被害状況なのか気がかりです。
    p600130-ipngn200601niho.hiroshima.ocn.ne.jp
    1705: 万訪様にお願い。 JUDAS / CHRIST 7月15日(土) 10:26
    万訪様、はじめまして。
    JUDAS / CHRISTと申します。
    初めて書き込みさせていただきます。

    万訪様の「集落町並みWalker」を拝見し、是非訪れてみたい場所を発見致しました。
    コメント欄がございませんでしたので、こちらでお尋ねさせていただきたいと思います。

    「集落町並みWalker」の‘東京・青山’の頁の、最上段(1枚目)の写真の場所は、どの辺りでしょうか。
    http://www.shurakumachinami.natsu.gs/03datebase-page/tokyo_data/aoyama/aoyamafile.htm
    町名でいうと、おそらく港区南青山・西麻布辺りだと思うのですが、具体的に何丁目何番地までご指南頂けますと幸いです。
    私、外苑前・表参道近辺は学生時代(’80年代)に非常に馴染みのある土地だったのですが、すぐ傍の南青山・西麻布辺りは、あまり行った事がありませんでした。
    そこに、これほど昭和レトロ(’70年代以前)の香りのする場所があると知らず、お写真を拝見して感銘を受けました。
    20年前の12月撮影との事で、今は風景が変わっている可能性もありますが、是非訪れてみたいのです。
    宜しければ、町名・番地をご教示頂ければと思います。
    何卒、お願い申し上げます。

    七ちょめ 7月16日(日) 11:18
    万訪さんは今、旅に出て居られます。しばらくお待ちを。


    七ちょめ 7月16日(日) 11:38
    前の投稿で「大きな画像の投稿テスト」して上にあがってしまったので、この投稿を再度上にあげようとしたら、おかしなことになってしまいました。
    この投稿文は正常に出るか。

    万訪 7月19日(水) 14:29
    JUDAS/CHRISTさん、私のサイトの掲示板がとまっていてすいませんでした。
    場所は下記の周辺になります。ピンポイントで思い出せません。
    〒107-0062 東京都港区南青山4丁目13−2
    よろしくお願いいたします。

    JUDAS / CHRIST 7月19日(水) 22:58
    七ちょめ様、こんばんは。

    万方様ご旅行中の旨をお伝えいただき、ありがとうございました。
    七ちょめ様のサイト「古い町並みを歩く」も、是非、拝見させていただきたいと思います。

    JUDAS / CHRIST 7月19日(水) 22:58
    万訪様、こんばんは。

    ご教示いただきまして、誠にありがとうございます。
    Googleマップのストリート・ヴューで周辺を見てみました。
    新しめの建物や建設中の建物も多いものの、かなり古い個人宅やアパートも、ぽつりぽつりと残っていますね。
    件の写真の場所は、ストリート・ヴューでは見られない狭い道の風景の可能性もありますね。
    そっくりそのまま残っている可能性は低いかもしれませんが、時間のある時に現地を訪れ、なんとか見つけ出したいと思います。
    変貌具合を見届けるのも、また一興かと思います。
    改めまして、この度はありがとうございました。


    万訪 7月23日(日) 10:39
    JUDAS / CHRISTさん是非行って見てください。そして、レポいただけたら幸いです。
    私も「どの変だったかなぁ」とGoogleマップの空中写真で確認しましたがわかりませんでした。主要な道は階段で残っていますので、あの写真は私道だったかもしれない、再開発の中で無くなってしまったかもしれません。しかし、行って見るとおそらく何かがわかるはず。
    ちなみに、あの場所から西麻布にかけての低地は戦災に遭っていないエリアで、西側の斜面との間の階段などがまだ他にもあったと思います。


    太泉八雲 7月26日(水) 08:17
    掲示板のソースコードを見たら変な記述があったので削除しました。表示は直っていると思います。
    p5942075-ipngn27701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
    1710: 富山に行きました 辰巳屋 7月25日(火) 06:26
    1週間以上遅れた報告になりましたが、7月の連休に富山に行きました。富山市内の製薬業の金岡邸、富山一の豪農の内山邸、岩瀬、滑川、上市、伏木、内川界隈(射水市)、砺波の散居村、井波などです。
    画像は、金岡邸です。富山の製薬業と薬売りについて改めて知識を吸収できました。そして我が家にも置き薬があり、大きな風呂敷を担いで来て、帰りに紙風船をもらったことを思い起こしました。

    辰巳屋 7月25日(火) 06:31
    射水市の内川界隈(昔は「奈古)と呼ばれ、現在は放生津町)は、街並みが海に近く、このような大面積で海と運河(内川)に囲まれ、住居も一帯となっている街があっただろうかと思いました。


    七ちょめ 7月25日(火) 09:39
    この運河の風景、見たことあると思ったら射水市放生津でした。この船は何でしょうね。
    富山県を訪ねられて成果があったようですね。なによりです。
    富山の置き薬は戦後我が家にも置かれていましたね。昭和30年〜40年頃は全盛期だったと思います。今でも続いているようですね。
    もう少し経ったら、徳島県の旅??(泊るだけ?)に出ようと思います。発信はブログとフェイスブックで!!

    万訪 7月25日(火) 17:32
    金岡邸は知りませんでした。中心市街地から東の方にあるんですね。暗くてわかりづらいですが、登り梁で一階の庇が草葺きでしょうか?富山の町家は一階の庇が白木の場合が多いですが、草葺きは珍しかったように思います(他にもあったかなぁ)。

    孫右衛門 7月25日(火) 21:34
    この放生津付近は、地図を見ると港湾地帯のような殺風景な風景しか想定できないのですが、そこに古い町並があるという点では珍しい町並ですね。
    極めつけはその西側にある庄西町という島のような地形上にある町並です。
    置き薬は祖父母のところにあって定期的に営業の方が交換に訪れていた記憶がありますが、あれも富山売薬だったのでしょうね。

    辰巳屋 7月26日(水) 06:15
    内川の船は、定置網漁の漁船でしょうか。このあたりは定置網が盛んに行われています。
    内川の南側は放生津新町(現在の本町3丁目)と呼ばれていたようである。本町には、海商「宮林家」の広大な邸宅がある。

    画像は、立町の見越しの松の見事な料亭のある飲食街です。このあたりに、料亭、割烹、スナック、クラブ、ラーメン屋などの飲食店が密集していて、湊町の繁栄を今に伝えているようでした。
    210163222007.mcat.ne.jp
    1708: 隠岐の集落と船小屋 urano 7月20日(木) 22:49
    他のスレッドで七ちょめさんが書かれているとおり、7月15、16日の2日間で隠岐に渡ってきました(facebookは主に知人に向けた速報用と位置付けておりますので、ご了承ください)。

    これにて、古民家・集落的な観点で外せないと個人的に思っていた日本海の四大離島=佐渡・隠岐・壱岐・対馬=上陸達成です。隠岐の風景の印象は、対馬と壱岐を足して2で割ったような感じで、急峻な山がち地形を基本としながら、開けた土地には田んぼもあって驚きました。

    今回は三連休の3日目に所用を予定したため、2日間の探訪となり、知夫里島には行きませんでした。
    滞在時間は、島後が21時間、中ノ島(海士町)が2時間30分、西ノ島が3時間ほど。それでも、予定した場所はおおむね廻れました。

    町並み・集落として見学したのは以下の通りです。

    島後=西郷(西町・東町)、大久(おおく)、卯敷(うずき)、飯美(いいび)、西村、久見、油井、那久、都万釜屋
    中ノ島=菱浦、海士
    西ノ島=別府、浦郷、三度(みたべ)

    写真は卯敷の船小屋です。傷んだ船小屋もありましたが、半壊のものも含め16棟確認できました。

    urano 7月20日(木) 22:56
    飯美の船小屋。なんと22棟もあって驚きました。これは道路拡張後に復元整備された都万釜屋の船小屋(21棟)をしのぐ数です。
    船小屋の前の浜では子どもたちがサザエ採りをしていて、とてものどかな光景が広がっていました。
    宿泊したホテルのオーナーに聞くと、「島の子どもはサザエを民宿などに売って小遣い稼ぎをしている」とのことでした。

    urano 7月20日(木) 23:05
    那久の板壁集落。見越しの松が見事です。
    島後の北西海岸には、冬の季節風から家を守るための垣根が発達しました。今回、垣根の集落としては久見、油井、那久を訪ねました。それぞれに違いがあり、興味深かったです。

    urano 7月20日(木) 23:13
    中ノ島、海士の村上家。ここに流された後鳥羽上皇の生活を金銭面で支援したといわれる豪族の家柄です。現在の建物は明治33年。この付近は島の中でも古い地区のようですが、町並みはそれほど歴史的ではありませんでした。
    同じ中ノ島では、現役の港である菱浦のほうが断然、見ごたえがありました。

    urano 7月20日(木) 23:23
    西ノ島の三度集落。島で唯一、外海に面した集落です。三度は隠岐に特有の農法である牧畑を営んだ集落で、周囲の山中にはその痕跡が顕著ということで訪れましたが、中心集落も古民家が多く見応えがありました。
    大棟を石で造作するのは隠岐民家の特徴です。今回の旅でそれを最も多く見られたのが三度でした。

    七ちょめ 7月21日(金) 10:54
    短時間で隠岐の多くの所を訪ねられましたね。
    nranoさんのレポートを見ていると、同じ所を訪ねても、見ているものは私とは異なるのが面白いです。
    そう云うと、私は町並しか見ていないですね。それしか見られない偏見があるのかな。

    孫右衛門 7月21日(金) 21:27
    隠岐は私にとっては隣県なのですけどね。しかもその前に壱岐や佐渡を訪ねているのに今ひとつ候補に挙がりにくいところです。
    町並がないわけではないのですが、やはり近い割に手間や時間がかかることが、足を向いにくくしている要因でしょう。遠い方々の方が思い切りやすい。

    町並だけでなく、ダイナミックな海岸の景色や地物の魚を味わってみたいものです。

    今年は春以降比較的順調に探訪を実行したので、盛夏の時期は本格的な探訪は控える予定で9月頭の京都までは予定はありません。但し、結局盆休みに1泊程度の探訪を入れる可能性もありますが。
    というようなことで隠岐はいつになるか。晩秋以降は海が荒れるので、来年になりましょうか。といいながら結局先延ばしになるのでしょうね。

    urano 7月21日(金) 22:38
    七ちょめさん
    島後は外周をまわるだけであれば、意外と探訪しやすかったです。
    私は単体の民家にも関心があって、島後は億岐家住宅と旧佐々木家住宅という2件の重文民家があるという点でも見逃せない場所でした。

    孫右衛門さん
    隠岐は広島からでも拠点港までのアクセスが難ですね。
    しかも道中に魅力的な町がたくさんありますし・・・。
    私も東京都の離島にはなかなか足が向きません。竹芝桟橋はすぐ近くなのに、そうこうしているうちに八丈島の高倉も減ってしまうのでしょうね。
    というわけで、こちらも「今年こそは」と計画しているところです。

    辰巳屋 7月22日(土) 06:21
    隠岐の島は良い所ですね。学生時代に訪問しただけで、その後は訪問していません。その時は、フェリーで渡り、自転車で廻りました。
    船小屋は、日本海側の漁村には広く分布しているものでしょうか。若狭湾には多いとは知っていますが。

    松江の近郊にも残っていました。画像は、松江近郊の船小屋です。船小屋というのかどうかは分かりません。

    万訪 7月22日(土) 08:27
    飯美の舟屋は知りませんでした。私が行った時は全く情報がなかったですが、今地図を見ると案内が出ていますね。集落町並みはやはり増えていくもんだとつくづく思います。また行かねば。
    画像はローソク岩。荒れた岩場の海を小さな船に乗って見に行きました。ものすごく怖かったのを覚えています。

    七ちょめ 7月22日(土) 08:55
    このローソク島のローソクの点火した風景。良いですね。
    この画像は黙って著作権侵害で他人に使われそう。そう簡単に撮れるものではありませんのでね。
    私は隠岐島の島後を訪ねたときには、ローソク島の観光は初めから諦めて予定にもいれませんでした。
    万訪さんの確か二日に亘る粘りでの撮影のページを見て諦めたと思います。

    urano 7月23日(日) 08:06
    飯美には案内が出ているのですか。現地ではまったく気づきませんでした。
    INAX出版の『舟小屋』(2007年)には25棟とありました。10年間で3棟しか減っていません。お住まいの方が大切にされているのでしょうね。
    卯敷については、2000年発行の別の書籍に28棟とあり、こちらは約20年でほぼ半減しています。今後、少しでも維持・整備されるのか気になります。

    辰巳屋さんの松江の舟小屋も素朴でいいですね。この付近では大芦という集落にも立派な舟小屋があったようですが、現存するかは未確認です。
    INAX出版では青森から島根までの本州の日本海側と、佐渡・隠岐に舟小屋があると紹介されています。

    万訪 7月23日(日) 09:33
    舟小屋は日本海の砂浜の集落に見られますね。ちょっと思い出したところでも佐渡で見ました。北のほうで比較的大きいのは筒石ではないでしょうか。かなり厳しそうな場所だったんで、現在どうなっているかわかりませんが。Googleマップの空中写真で海岸沿をずっと舐めて見ていくと確認できます。
    i60-43-49-30.s30.a048.ap.plala.or.jp
    1709: 松山佐田岬半島沖ノ島鵜来島 万訪 7月22日(土) 08:47
    先週末はタイトルの集落町並みに行ってまいりました。一週遅れにレポです。
    松山:戦災後の復興都市。戦後の町並みが見どころ。また、昭和初期の愛媛県庁が良かった。
    佐田岬半島:青石の石垣集落が見どころ。今回2回目で事前のGoogleマップで拾い上げていた集落をしらみつぶしに歩きましたが、どこもgood!
    沖ノ島:地形が対照的な2つの集落を22年前と比較しながら定点観測的に歩きました。懐かし半面、ついこの前きた感じがしました。
    鵜来島:念願の鵜来島。釣師には憧れの島だそうですが、町並み探訪する人はいないでしょう。過疎化の極みですが、何とか守ろうとされている方々の熱い思いを聞きました。
    遊子:重要的景観の段畑集落。漁業が不振だっった時代に開発した農地。先人の魂を感じました。メンテが大変だそうです。

    画像は佐田岬半島

    万訪 7月22日(土) 08:47
    佐田岬半島の天界の村

    万訪 7月22日(土) 08:48
    佐田岬半島の天界の村2

    万訪 7月22日(土) 08:49
    佐田岬半島の天界の村3

    万訪 7月22日(土) 08:51
    沖ノ島弘瀬
    3割くらい家が減ってました。カラフルな景観は変わらずですが、定点観測すると結構色が変わっていることがわかった。

    万訪 7月22日(土) 08:52
    鵜来島
    ガンバレ!

    万訪 7月22日(土) 08:54
    遊子
    これを作り上げた先人達もすごいですが、この状態を維持している現在人達もすごい!

    七ちょめ 7月22日(土) 16:36
    あまり多くの画像を投稿されるのでどれにコメントして良いのか迷いますが、一番感銘を受けた最後の画像から。
    宇和島市の遊子水荷浦の段畑と云うらしいですね。
    以前万訪さんに聞いた時には耕作物が無く土のままとのことだったので、調べるとジャガイモ畑だそうで、収穫直後だから土のままだったようです。
    そんな耕作物よりも、この急斜面の石垣は凄いですね。それも今も維持されているのはもっと凄いと思います。

    孫右衛門 7月22日(土) 21:26
    佐田岬半島は一部の港町しか訪ねていませんし、半ばまでしか足を踏み入れていません。
    こちらも私にとっては隣県ですね。山口や岡山は山陽筋で近隣という意識は強いですが、山陰はワンクッションあり、愛媛やuranoさんの訪ねられた隠岐はもう1ランク遠い地となってしまいます。そのためやはり、佐田岬半島のようなところは足が向いにくくなってしまうのでしょう。
    天界の村とは言いながら、意外にも町家風の建物もあるのですね。

    万訪 7月23日(日) 01:32
    佐田岬半島から沖ノ島までの豊後水道沿はとにかく石垣が素晴らしいの一言です。佐田岬半島は四国山地の稜線の延長線上と行っていいほど急峻な地形で、斜面にへばりつくように集落が形成されていて、かつ海からちょっと離れたところにありますので、天界の村と位置づけています。いらかぐみ掲示板ということで、町家っぽい建物を選んで載せました。そんなに多くはありませんでした。

    辰巳屋 7月23日(日) 05:38
    愛媛の南予地方の海側は廻っていなかったのですが、素晴らしい景観があるのですね。特に遊子の段々畑は素晴らしい。遊子のあたりには、リアス式海岸の半島や入江が多くあり、大変興味をもっております。

    urano 7月23日(日) 08:19
    遊子の石積みは見事というほかありませんね。ここはサツマイモとジャガイモの二毛作のようです。これはミカンが普及する前の愛媛県南部の耕作形態だそうで、この習慣自体、文化的な価値があると思います。

    佐多岬半島の集落では4枚目の手すりのある家がいいですね。
    この半島は地形が思いのほか複雑で、探訪は大変だと思います。私も一度だけ、3時間ほどしか滞在しませんでしたが、とても時間が足りませんでした。
    また行ってみたい場所のひとつです。

    万訪 7月23日(日) 09:24
    佐田岬半島は付け根から先端まで直線距離でも40kmありますので、北側南側の主要な集落だけでも丸1日、ガッツリで1日半から丸2日はかかるでしょう。私も今回で3回目、ずっとやらなきゃと思って実行しました。しかし、暑さもあって途中で流し状態になってしまった。まだまだあります。ちなみに最奥の見どころは串集落です。尾根上の幹線道路が整備されている半面、海岸沿は細くクネクネですので、かなり移動に時間を要します。
    i60-43-49-30.s30.a048.ap.plala.or.jp
    1707: 美濃・飛騨紀行(+下伊那+奥三河) 孫右衛門 7月17日(月) 22:31
    岐阜県を中心とした探訪、全く予定通りに終えて帰りました。
    全くというのは、追加で訪ねたところも、パスしたところもなく全て行程表通りだったからです。

    岐阜県美濃地方:各務ヶ原市鵜沼宿、川辺町中川辺、白川、付知、福岡、中津川(再)、上矢作、岩村(再)、恵那(再)
    岐阜県飛騨地方:金山、下呂、萩原、小坂
    長野県:根羽村
    愛知県:稲武町

    今回は久々に多くが街道系となりました。
    この中で印象的だったところを挙げよといわれると、意外にも岩村でしょうね。13年ぶりの再訪でした。当時は公開されていなかった旧家を見ることが出来たり、そこで新たな発見があったり。
    それに町並度を6しか評価していなかったのが不思議に思います。どこか訪ね忘れていたのでしょうね。今回更新時に8に修正予定です。

    これは、鉄砲鍛冶の加納家です。ここも今回は公開されていて見学しました。

    孫右衛門 7月17日(月) 22:40
    岩村での発見、といっても小さいものかもしれませんが各町家の敷地を貫くように数本の疏水が引かれているという点です。
    暑い中での探訪だったこともあって印象的な風景でした。

    孫右衛門 7月17日(月) 22:58
    uranoさんからはじまって七ちょめさんが頻繁に訪ねられていることで話題の付知もしっかり訪ねました。街道集落とはいえ、この規模の町でこれほど長々と連なるところは珍しいと思いました。
    七ちょめさんが泊られた2軒の旅館のほかにも数軒現役らしい旅館が見えました。泊られた旅館は意外にも街道に面した部分だけを見ると小ぢんまりした印象でしたが、奥行方向を見るとさすが老舗らしい構えというところです。
    しかし反面、町並としての中心的な場所が特定できず、古い町並としては今ひとつ捉えどころがない印象ですね。

    七ちょめ 7月18日(火) 09:01
    暑い中、多くの町並を訪ねられましたね。ご苦労様です。
    岩村ね。重伝建になり整備されて綺麗になったのでしょう。
    私が訪ねたのは随分前と思い調べると、平成10年でしたもう20年近くも経ちますね。
    でも、この鉄砲鍛冶の家は覚えています。

    孫右衛門 7月18日(火) 21:06
    新規で訪ねたところで印象的だったのは稲武でした。奥三河の中馬街道沿いで、足助のさらに奥に位置していますが大きな商家の建物も幾つか残っていました。
    岩村は、前回とは異なって多くの建物が見学できたことで新鮮な印象を得たのでしょうね。


    孫右衛門 7月18日(火) 21:29
    飛騨金山も町並として良かったですね。緩やかに曲線を描く旧街道が良い雰囲気です。私の町並度では6は付けます。
    ここでは朴葉寿司という郷土料理もいただきました。

    万訪 7月19日(水) 21:37
    冒頭の古民家大変珍しい。二階(中二階)の外壁が斜めですよね。今まで見たことがありません。

    孫右衛門 7月20日(木) 07:15
    私もこの建物以外で町家建築の中二階部分が斜めになっているのは見たことがないですね。
    前回訪ねた時と違って内部も見学できたのですが、この中二階部分への階段は立ち入り禁止でどのようになっているのか確認できませんでした。

    urano 7月20日(木) 23:29
    私も岩村を訪ねたのは10年以上前で、細部はあまり覚えていません。1枚目の町家も見ているかどうか怪しいです。外壁が斜めになっているのは万訪さんのご指摘で気づきました。面白いです。

    稲武の商家は大きくて見ごたえがありますね。
    飛騨金山は鉄道で通過しているのみで、町並みが残っていることは知りませんでした。先の見通せない道がいいですね。行ってみたいです。

    孫右衛門 7月21日(金) 20:53
    飛騨金山は町並としてお勧めです。国道沿いの食事どころで郷土料理も手軽に味わえますので、機会を見て訪ねられてはいかがでしょう。

    前回探訪から10年以上経過しているところである程度町並のまとまりがあるところ、特に一眼デジカメで撮影し始める前の2003〜2004年にかけて訪ねた町並は、再訪する必要があると思っています。
    岩村のような重伝建地区なら心配要らないのですが、更新されて古い町並として残念な状態になっているところもあり、幾つかそのような事態となっているところも漏れ聞いています。いつかレポートした和歌山県の橋本は極端な例ですが、京都府の須知宿などもかなり失われているようです。
    そのような町並を訪ねる時には少し不安な面持ちになりますね。
    p484168-ipngn200504niho.hiroshima.ocn.ne.jp
    1706: 老化した頭で? 七ちょめ 7月16日(日) 15:21
    写真は次に泊ろうと思っている愛知県新城市大野の若松屋さんです。多分一人でも泊まれると思います。この大野を訪ねた写真を撮ったのは2004年10月とありますので、随分前の写真ですが、今でも同じ姿で営業されているようです。

    ➀ 前回カメラが上手いこと動かないと云っていたタブレットのカメラがダメと思い、次のタブレットを注文しました。ない頭でそれなりに考えました。

    ➁ フェイスブックへの投稿がここ二日ほど出来ません。理由はどういう訳か、セキュリテイの問題と云って改めて私の写真を送れと云ってくるのです。送って二日ほどすると通常に繋がり、フェイスブックで云う友達とも繋がるのです。
    いらかぐみの中でも私を含め4名の方がフェイスブックを使っておられ、何だか「いらかぐみ掲示板」よりも情報の伝達や交換が活発のようです。
    フェイスブックを廃止しようかと考えていましたが、ちょっと考慮します。

    ➂ 新しいタブレットに備えて、大きな画像を掲示板に投稿するテストをしていて、別の投稿がうえにあがってしまったのです。そこで万訪さんに問い合わせの投稿が下にさがったので上にあげようとして、ちょっとhtmlを上手く読めずに変な形になり申し訳ありません。 

    七ちょめ 7月17日(月) 09:20
    この連休 万訪さんは四国西部、孫右衛門さんは飛騨辺り、URANOさんは隠岐の島を訪ねられています。Kさんは展覧会などで忙しそう。私は休息休み(何時も)。他の方は云われてないので判りません。
    でも、各自のブログやフェースブック・ツイッターなどで発信されていますが、この仲間内の「いらかぐみ掲示板」は寂しいまま。

    チョット位 投稿を願いたいものです。

    Kさん 7月17日(月) 20:48
    フェイスブックやらツィッターが主流になり、ホームページと掲示板の組み合わせは、どこかへ置いていかれたような雰囲気ですね。フェイスブックはスマホがメーンの端末のためか、反応が極めて早いですね。その点、掲示板もスマホでアプローチできると思うのですが、人気がないですね。私の掲示板も閑古鳥が鳴いています。
    この掲示板も私の掲示板も、確か仙台近郊にある小さな会社が運営していたと思います。無料掲示板もほかにありますが、「がんばれ東北」で続けたいと思っているのですが・・・。

    孫右衛門 7月17日(月) 21:59
    先ほど探訪から帰りましたので、後でレポートします。

    私は、この掲示板はいらかぐみの正規の掲示板ですので、レポートは探訪から帰って全体の感想をまとめてからというのが基本と考えています。
    (現地にPCを持ち込んだ時などに投稿したことはあると思いますが)
    この掲示板内で各人がSNSと同じように即時投稿を繰り返しては、逆に秩序が保てなくなるのではないかとも思います。

    ちなみに、私のツイッターアカウントは町並関係以外の人に薦められて開設したもので、私の意識の中ではいらかぐみとは無関係です。つぶやく内容も半数は別のことですし。
    閲覧されるのは全くかまいませんが・・・。

    七ちょめ 7月18日(火) 08:51
    この掲示板は「いらかぐみ正規の掲示板」正式な報告だけをしよう。
    確かにそのような考えもありますね。
    でも、投稿自体が少ないことを思い、余計な無駄な投稿も、枯れ木も山の賑わいと思って投稿をしているのですがね!!。
    M014010098160.v4.enabler.ne.jp