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1992: 続大山道 辰巳屋 11月 7日(日) 06:30
大山の麓の大山道の宿場を訪問しました。

画像は、鈑戸(たたらど)です。大山道のうち坊領道にあります。
この坊領道には、所子、坊領を既に訪問していますが、今回は、今在家と鈑戸を訪問しました。
坊領道は、現在の県道33号線に沿っています。県道33号線からみると鈑戸集落は森にさえぎられ、集落がなかなか見つかりません。鈑戸山の麓の谷沿いの細長い集落です。
昔、鈩で栄えた集落なのでしょう。
この鈑戸には、王身代(おうしんだい)家という旧家があります。後醍醐天皇が隠岐の島から上陸したとき、影武者のように警固に当たった武士(糟谷(かすや)九郎左衛門)が賜った姓のようです。地元の人によるといざというとき王の身代わりになる役割というお話でした。なるほどと頷く苗字です。
また、この鈑戸集落には両墓制の風習があり、土葬とは別の場所にお墓を建てるという風習があるようです。

辰巳屋 11月 7日(日) 06:31
画像は、赤松です。
大山道のうち、尾高道の宿場です。大きな集落で、長い塀のある家がありました。
鳥取県は、街並みが少ないと思っていましたが、こうしてみると自然のまま残っている街並みが多いように思われます。

辰巳屋 11月 7日(日) 06:31
画像は、栃原です。大山道のうち溝口道に属すると思われます。大山のなだらかな麓の段丘に位置しています。

孫右衛門 11月 7日(日) 22:03
尾高・赤松という地名を聞いて、前者は町並として訪ねていますし、後者は業務の関係上何度か目にした地名です。訪ねてみたいですね。
鈑戸という集落の風景は、重伝建地区になった大山町所子集落にも通じる雰囲気を感じます。
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