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1825: 企業城下町を歩く 宇部 万訪 10月 6日(土) 18:42
企業城下町あるいは戦災復興と非戦災地区が入り乱れる「宇部」を歩きました。ご存知、宇部興産の企業城下町。炭鉱で開発され、その後も工業都市として発展しました。
最初の画像は埋立地に続く宇部興産専用道路。特にゲートがあるわけでもなく、ズンズン入れますが、途中から妙な遮断機が表れて、鉄道ではなく、材料?を積んだ重連のトラックが走り回る。その先は入れませんでした。

万訪 10月 6日(土) 18:50
宇部の町の中心駅は、山陽本線の宇部駅ではなく、宇部線の宇部新川駅です。宇部新川駅から東へこと琴芝駅・東新川駅・宇部岬駅と続きますが、それらの南側(海側あるいは工場側)が商業地、北側が住宅地という都市構造になります。
まずは駅近くの「宇部市民会館」にクルマを停めて、建物を拝みました。村野藤吾設計の昭和戦後の名建築ですが、じっくり外観を見廻しました。やっぱスゲーと感激。何がスゲーのか、ここでは書ききれませんが、ココロに響きます。

万訪 10月 6日(土) 18:54
宇部新川駅から北側は起伏のある地形で、丘の上下に住宅地が開発されました。ここは古い住宅地。塀の煉瓦積みは宇部では「桃色レンガ」と呼ばれるもので、石炭ガラ(燃えカス)と石灰を混ぜて焼かずに天日で乾かして作った煉瓦だそうです。

万訪 10月 6日(土) 18:55
写真忘れた。

万訪 10月 6日(土) 18:56
こちらは琴芝駅の北側の古い住宅地。確かに桃色です。

万訪 10月 6日(土) 19:01
これらの住宅地は、工業都市化と共に形成された住宅地と思われますが、同時に非戦災地区でもあります。戦前の平屋建の住宅が結構残っていました。
さて、ここからはJR宇部線の南側の平らな街を歩きます。宇部新川駅の南から東へ延びる商店街。駅前の旅館街あるいは宇部興産Gの工場との間に形成された歓楽街。非戦災地区のため、意外にも戦前の建物が残っています。

万訪 10月 6日(土) 19:03
さらに東へ進み、まじめ川を越すと新天街というアーケード街。いわゆる戦災復興商店街です。

万訪 10月 6日(土) 19:06
アーケード街は商店街ですから、基本物販店舗が並びます(シャッターだらけでしたが)。そこから枝状に分かれた狭いアーケード街がありました。飲食店街ですが、もう半分がゾンビ化しています。

万訪 10月 6日(土) 19:08
アーケード街を東へ抜けると錦町。昭和33年以前までは遊郭だったエリアで、レッドライン時代の残照がありました。

万訪 10月 6日(土) 19:10
また写真忘れた。↑

万訪 10月 6日(土) 19:13
最後は、レッドラインの隣にあった夜の飲食店街、いわゆるブルーラインと思われます。ここで力尽きました。
企業城下町らしいネタがあまり見出せなかったかな。


七ちょめ 10月 6日(土) 19:20
宇部興産の企業城下町。宇部興産は懐かしい名前というより、私が今住んでいる家が宇部興産のPCコンクリート製の宇部ハウスなんです。もう40年ほど前えの製品ですが。


七ちょめ 10月 7日(日) 09:43
今日は孫右衛門さんとのミニオフ会で瀬戸内の島探訪ですね。
天気も良さそうだし、十分に楽しんで下さい。

孫右衛門 10月 7日(日) 21:17
八島はビックリするような集落でした。景観的には違いますが祝島にも匹敵するという意見も出ました。
祝島と香川県高見島を足して2で割ったようなところともいえましょうか。
野村万訪さんの探訪計画ですので私からは写真の掲載は差し控えますが、万訪さんからレポートがあるでしょう。
一人で訪ねるにはなかなか思い切れない島でしたので、訪ねる機会を与えてもらって感謝いたします。
p1135141-ipngn200708niho.hiroshima.ocn.ne.jp
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