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白内障手術後の第一段は 七ちょめ 1月18日(水) 09:19
昨日の夕方帰ってきました。再度の掲載です。
白内障手術後の第一段は15日〜今日17にかけて、茨城県桜川市真壁町のい「伊勢屋旅館」と埼玉県秩父市の「新木温泉旅館」に泊ってきました。
写真は京都駅から新幹線に乗る前の京都駅の陸橋から見た線路
猛吹雪の中、東海道新幹線が徐行のため名古屋着が約30分遅れ、でも車内放送で東京着120分の遅れの予想と放送していました。どうして??名古屋から東京寄りは雪が無いのにと思ったら、豊橋で車体の下の雪を落とす作業をするために、前を走る列車から順に雪落とし作業ですので、待つこと待つこと約90分ほど。
結局東京着は117分遅れと車内放送で言っていました。
予定が大幅に狂いましたが、一応予定は終えました。
15日に家を出るときも雪が降っていて、以後岐阜羽島位まで雪がふっていましたが、それ以後は快晴で、行でも富士山が頂上以外は見え、東京は快晴でした。
新幹線乗車中での雪以外は天気は快晴ばかりでした。
帰りの富士山は抜群に良く見えました。

七ちょめ 1月18日(水) 09:20
写真は桜川市真壁町の「伊勢屋旅館」の夕景です。真壁町には一切の公共交通機関が無いという不便な所。前の情報ではuranoさんは、約10kmの道のりをレンタサイクルで走られたそうですが。私にはその気力ないので。
小学校も中学校も高等学校もある立派な町ですのにね。どうして辿り着くかを模索していると、昨年10月から今年の3月31日まで、試験的にバスを運行させているという情報を知り、東京秋葉原から「つくばエキスプレス」の快速で「つくば」まで「つくば」から筑波山口まで「つくバス」で、筑波山口から試験運行バスで「真壁高校南」までと云う暫定的な試験運行のバスで訪ねました。でも行のバスも二人、帰りのバスも二人だけの乗車でした。宿でその話をすると、試験運行のバスでも乗客数が少ないので、このバスも無くなるでしょうねと話されていました。
そして翌日は東京に戻り池袋から埼玉県秩父市の新木鉱泉旅館に泊ってきました。往復とも西武鉄道の「レッドアロー」という特急電車でしたが赤くありませんでした。


Yasuko 1月18日(水) 09:39
活動開始、とてもうれしいです。日曜日には各地で大雪とのこと大変な日にお出かけになられたのですね。岡山市内は雪は全く降りませんでした。県北へ雪を見には行きましたが、町並みに雪では何が何やら、埋もれてわかりません。
事故も3軒見ましたが、この時期にまた出かけるつもりです、雪景色が好きですから・・・
七ちょめさん、寒さなんか吹き飛ばしの活動期待しています。



万訪 1月18日(水) 21:18
七ちょめさん、復帰おめでとうございます。すかさず旅に出られるところが流石です。
関東に来られていたんですね。しかも雪の中をやってこられたとは。東京は全くその気配はなかったですが、明日から崩れるそうです。
しかし、真壁と秩父を組み合わせた旅というのは、関東のものであれば思いつかないです。いずれも良い旅館ですね。

孫右衛門 1月18日(水) 21:44
新幹線の遅れなど結構大変な道中だったようですね。15日はこちらも10年ぶりくらいの大雪で昼頃まで身動きとれませんでした。雪の日と休日が重なることはめったに無いので町並や神社境内を撮影しておきました。

真壁は町全体が建物を意識され、登録文化財の数は相当のものでしたね。
以前は筑波鉄道沿線だったはずですが、これだけの町にも公共機関で訪ねるのが非常に難しくなっているというのは、新幹線や高速バスなどはますます便利になっている一方、色々な弊害が生じているようにも感じますね。

urano 1月18日(水) 23:12
真壁の伊勢屋旅館に泊まられたのですね。バスが試験運行中とは知りませんでした。でも七ちょめさんのお話を聞く限り、試験期間終了後の存続は怪しそうですね。
真壁には雛祭り期間にも行きたいと思っています。バスのある今シーズンは狙い目ですが、つくば発着だと18きっぷが使えないのが難点です。

孫右衛門さん投稿の雪景色もいいですね。先週から今週にかけて北日本で積雪があるので、新潟の雁木の町並みめぐりをしたいところですが、あいにく今月は時間が取れません。2月後半で検討してみます。

七ちょめ 1月19日(木) 09:16
写真は秩父市の新木鉱泉旅館の入口のロビー部分。本館建物は文政10年築という古い建物ですが、外観は現代風に改装されていて、今風の建物になっていました。
でも内部は上手に改装されていて、古い棟木や梁をみせて、見事な建物でした。厳寒の時期だったので、館内も寒いだろうと予想していましたが、部屋は云うに及ばず殆ど全館暖房されているようでした。これにはビックリです。
泊った部屋は天井が無く、屋根の瓦の傾斜そのままで、梁や棟木がそのまま見えますが、断熱材が多用されているようで、その上漆喰でキッチリと塗り固められていて、暖房効果は抜群でした。
屋根裏部屋の図書室まで下の暖房が利いて、暖かかったです。

真壁の町ですが、宿の女将の話では、「伊勢屋旅館」さんは東北大震災の前年に大規模な補修工事を行っていたので、震災の被害は余りなかったとのことでしたが、泊った部屋の一部の壁が全部落ちてしまい、外が見えていたそうです。でも土蔵などは無傷で良かったと言っておられました。

真壁は東北大震災の前年に「重伝建」に選定されていたのが幸いし、古い家屋(登録有形文化財に指定)は補修するのに殆ど国の費用で出来たのが幸いだった。今、町を歩いたら殆どの古い家屋は綺麗に修復されていましたが、今、修復工事中の家も、傷んだそのままの家もありました。無住になっている家で、その家の縁者も少しは負担しないと修復できないので、そのまま放ったらかしにしているそうです。


七ちょめ 1月19日(木) 09:21
この写真は新木鉱泉旅館の屋根裏の部屋で、図書室になっていました。
下ロビー、2階部部の暖房効果で結構暖かかったです。
綺麗に畳が敷かれて綺麗な部屋でしたが、移動するには棟木と梁が邪魔して、かがんで下を通ったり、上を跨いだりと大変な部屋でした。



万訪 1月20日(金) 07:18
小屋組の中を部屋利用しようとは斬新です。アスレチックのようだ。面白いです。

11月半ば以降、溜まっていた54カ所のデータベースと印象記、動画をやっとアップしました。復興の町を対象に歩き出して、莫大に増えてしまった。やっとスッキリです。
i60-43-49-28.s30.a048.ap.plala.or.jp
芸予諸島 とりあえずラスト 万訪 1月 8日(日) 01:00
瀬戸内海でも最も島が沢山あり、所属する県が入り組んでいて、順番に渡航するのが困難な芸予諸島。せっせせっせと通って来ましたが、今回でとりあえずラストです。
一昨年、運航日を間違えて渡れなかった安居島にやっと渡ることができました。明治期以前は風待ち潮風に港として栄え、遊郭まであったという島。今では廃墟だらけの島ですが、往時の面影が感じられました。
明日は、今治から岡村島へ渡り、豊島から斎島へ渡ります。

万訪 1月 8日(日) 01:01
七ちょめさんがレポしていた菊間浜に寄りました。いい町並みでした。

七ちょめ 1月 8日(日) 09:28
安居島??懸命に探しました。ありました。
松山市の真北の瀬戸内海の孤島のような所で、周りに島がないですね。
風待ち・潮待に良い島とは理解が簡単です。
でも、地理的に見ても寂れたいるでしょうね。

私がUPしている菊間浜?? 自分のページを見ると掲載していました。
不思議に町並は覚えていますが、訪ねたかどうかは忘れていましたね。

孫右衛門 1月 8日(日) 12:39
私は斎島は訪ねる機会は無いと思いますので、レポートを楽しみにしています。
先日私も御手洗から蒲刈島にかけてを再訪し、移築建物ばかりで入場料も高いと避けてきた松涛園にも入ってきました。まあ一度行けばもういい所ですが、建物はそれなりに見応えがありました。

万訪 1月 8日(日) 17:12
斎島への乗船客は私入れて二人だけでした。結構、良い集落です。

万訪 1月 8日(日) 17:17
中心部に門塀と玄関(式台)のあるような立派な民家が集まっていました。朽ちていなければ星3つです。
そのあと、御手洗と明石、木江を歩きました。御手洗と木江は何と20年ぶりです。しかし、木江の遊廓跡は旅館一軒がなくなっただけで、よく残ってますね。

孫右衛門 1月 8日(日) 23:50
斎島は、典型的な過疎の島のため県内の学生が島民を慰問?するとかいった話が以前ニュースになっていたように記憶しています。思ったより立派な家屋が目立ちますね。
詳細を期待しています。
木江の旅館街は私もちょうど1年前の正月明けに再訪しています。私も10年以上空きましたが変っていない印象でした。
明石地区も訪ねられたのですね。商家風の立派な邸宅が多かったでしょう。

万訪 1月 9日(月) 20:04
明石の立派な民家は、木造船の「まきはだ」で財を成した家々だそうです。泊まった宿の主人から教えてもらいました。まきはだ職人は見栄っ張りだから、外見はゴージャスだけど、インんテリアは普通だとも。鮴崎の旧遊郭も歩きました。
ところで、最後に訪れた津島は良かった。伊予大島から渡る島で、廻船業ぜ財を成した集落は見ごたえがあります。今や過疎化が進み、14人しか住んでおらず、廃屋だらけですが、町並みとしては重伝建レベルの一級品です。

万訪 1月 9日(月) 21:31
津島

万訪 1月 9日(月) 21:32
津島2

孫右衛門 1月 9日(月) 22:13
万訪さんのお蔭で瀬戸内の島に訪ねないといけないところがたくさん増えました。

斎島はわかりませんが、この津島は訪問価値がありますね。しかし、このままでは朽ちるばかりですね。高見島を思い出します。
3月までは繁忙期で、正月を明けると例年3月まで日帰り探訪にも出られないことも少なくないのですが、今年は少し余裕がありそうですので2月の建国記念の日前後にでもどこか計画してみるかもしれません。
阿多田島などを訪ねた時に情報を得た岩国沖の島などもありますし。

万訪 1月10日(火) 07:59
津島は是非行ってみてください。
ちょっと訂正。古い家は海運業で財を成したものですが、その後はイチジク栽培で潤ったそうです。また、漁業はしない島だそうです。

七ちょめ 1月13日(金) 19:13
万訪さんが訪ねられた津島をできたら1月中位に訪ねたいと思っています。
大三島に古い旅館を探しましたが、二人でないと云われています。でも時によっては可能なこともあるようで、旅館の可能な日の翌日に大島の幸港から連絡船で津島に渡って約2時間20分、集落を歩こうと考えています。私と旅館の日程が合わないとダメですが。

万訪 1月14日(土) 22:57
七ちょめさんが、津島へ。手術後再開第一弾でしょうか!是非是非です。人があまりにもいないので、寂しい集落ですが、見応えはあると思います。
大三島の旅館、あるんですね。大崎上島の木江の港に面する旅館は姿を消していて、残念でした。

七ちょめ 1月17日(火) 16:59
白内障手術後の第一段は15日〜今日17にかけて、茨城県桜川市真壁町のい「伊勢屋旅館」と埼玉県秩父市の「新木温泉旅館」に泊ってきました。
猛吹雪の中、東海道新幹線が徐行のため名古屋着が約30分遅れ、でも車内放送で東京着120分の遅れの予想と放送していました。どうして??名古屋から東京寄りは雪が無いのにと思ったら、豊橋で車体の下の雪を落とす作業をするために、前を走る列車から順に雪落とし作業ですので、待つこと待つこと約90分ほど。
結局東京着は117分遅れと車内放送で言っていました。
予定が大幅に狂いましたが、一応予定は終えました。
15日に家を出るときも雪が降っていて、以後岐阜羽島位まで雪がふっていましたが、それ以後は快晴で、行でも富士山が頂上以外は見え、東京は快晴でした。
新幹線乗車中での雪意外は天気は快晴ばかりでした。
帰りの富士山は抜群に良く見えました。
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北東北の探訪 孫右衛門 1月 2日(月) 11:53
秋田県鹿角地方から青森県津軽平野にかけてを中心とした探訪でした。
今回は町並を数多く訪ねることよりも、鉄道や一部バスを使い、宿泊は温泉旅館とし、なるべく早く宿泊地に入るような行程としました。泊ったのは大鰐温泉の民宿と、黒石温泉郷のひとつ、温湯温泉の旅館です。ここは学生時代に訪ねたことがありその時と同じ旅館に泊りました。
早く宿泊地に到着するのは日が短いせいもあるのですが、お蔭で初日は共同浴場にもじっくりと浸かることができました。
それでも町並として訪ねたところは10箇所以上にはなりました。これは温湯温泉の町並です。これは温泉客舎というこの地方独特の宿舎で、湯治目的に部屋貸しだけを行う施設です。共同浴場を取囲むように何軒か残っています。右側に少し見えているのが共同浴場です。

孫右衛門 1月 2日(月) 12:03
町並としては黒石(再訪)は別格として、秋田県では鹿角市毛馬内、青森県では尾上町金屋地区が意外性の良い町並でした。毛馬内はこの地方でこもせという軒先の空間を使って露天市をやっていて、年末の買出し客などで賑わっていました。
これは金屋の町並です。林檎農家の家並らしいのですが、通りに面して各家が軒並土蔵を建て、土蔵並ともいえる町並が展開していました。uranoさん情報だったのですが、登録文化財となっている建物も多くありました。

孫右衛門 1月 2日(月) 12:08
探訪後半で印象的だったのが津軽鉄道のストーブ列車乗車と、この列車を下車して訪ねた金木でした。有名な斜陽館は太宰治氏の生家というのみならず、建物としても大変見る価値のあるもので500円の見学料は全く高いとは思いませんでした。訪ねる価値のある建物です。

七ちょめ 1月 2日(月) 16:54
年末年始の北東北地方の探訪、成果が大きく満足されたようで何よりです。
黒石市の温泉客舎という宿舎は面白そうですね。この中に温泉が無く近くの共同温泉に行って湯治を行うための宿泊施設でしょうね。泊まれるのですね。
太宰治の斜陽館の建物は立派でしょう。私も観光旅行で一回、町並探訪で一回訪ねましたが、やはり初回の方が感動しました。
北国は冬に訪ねるのが本来の姿??でしょうね。

万訪 1月 2日(月) 17:48
孫さん、お疲れ様。東上野のコリアンタウンで食べた焼肉は美味しかったですが、臭いが二日間抜けませんでした。グランクラスで気にされたと思います。
北東北の風景いいですね。雪が少ないけど風情あり。いい湯と美味しい酒。いい旅になりましたね。

孫右衛門 1月 2日(月) 19:56
訪ねたところを整理すると、
秋田県鹿角市(花輪、毛馬内)小坂町、大館市
青森県大鰐町、弘前市(武家屋敷街、禅林街他)、尾上町(中心街、金屋地区)、黒石市、黒石市温湯温泉、五所川原市、金木町、中里町

このうち大館と五所川原、中里町は町並として何とか掲載レベルといったところです。ただ大館は古い町並としては今ひとつですが、商店街や看板建築など昭和の町としては面白いところでした(写真)。

当日の列車内では暖房のお蔭で、オフ会時に表に着ていた1枚を脱ぐだけで済みましたが、翌日からはさすがに着れませんでした。
とはいえ、会場的には我々がミニオフするところとしては絶妙のディープ度でした。感謝します。

七ちょめ 1月 2日(月) 23:16
北東北の探訪で二日目の共同浴場のご主人の、機転や気遣いにはほのぼのとした安らぎと、純情な心情が感じられますね。
心安らぐ出来事だったと思います。良かったですね。取りに来るだろうと預かっておくだけだったら、大変なことになっていましたね。よかった。よかった

urano 1月 3日(火) 09:02
多くの町を廻られたのですね。この季節、東北の鉄道旅は運行状況も気になりますが、大きな遅れもなく順調だったのでしょう。
金屋の独特の景観はおもしろいですよね。
津軽尾上は、掲載にはもう一歩だったでしょうか。9月に車窓で見て、その後ストリートビューで見た限りでは、津軽では黒石に次ぐ町家群か!?と期待していたのですが。

万訪 1月 3日(火) 09:42
焼肉屋はそれなりの準備が必要ですね。旅前にすいませんでした。

ところで、画像は大館でしょうか。大館は、私の「復興の町リスト」に掲載されており、1968年大火後に復興した町並みが見られます。どうやら画像は、まさにその防火建築帯の町並みのようですね。行かねば!

七ちょめ 1月 3日(火) 11:04
孫右衛門さん、心温まる話と貴方の失敗談、皆さん見ておられないようなので改めて紹介します。
http://blog.livedoor.jp/mago_emon/archives/1063479036.html

孫右衛門 1月 3日(火) 14:20
uranoさん、私の書き方が悪かったかもしれませんね。列挙したところはいずれも町並として評価できますが、大館・五所川原・中里は何とか掲載レベルということです。
この3箇所は町並度3からせいぜい4程度ですが、津軽尾上は町並度5は確定です。町内の金屋地区は町並度6もあり得るでしょう。
津軽尾上の町並を載せておきます。豪壮な商家が幾つか見られ、見応えのある一角がありました。
その他毛馬内、弘前市内の2箇所、温湯温泉も町並度5はあるでしょうね。

万訪さん、一つ前に掲載したのは大館市の中心部です。大館は当初花輪線沿線にある大滝温泉を訪ねようと思っていましたので予定に無かったのです。しかし町の規模からして何かあると思い、市街地に近い東大館駅で降り、市内中心部を歩き回りながら奥羽本線の大館駅に向ったのです。
古い町並としては余り無いが昭和の町並や看板建築が多くあるので、もしかしたら大火後の町並かと思い調べたのですが、やはりその通りでした。ある意味面白い町並と思いました。

七ちょめさん私の駄文を見ていただきありがとうございます。
旅先でこのような親切に接すると忘れられない思い出となります。

urano 1月 3日(火) 22:28
孫右衛門さん、早とちりですみませんでした。
津軽尾上はよさそうですね。
雪の季節はいっそう風情が増すように思います。
越後の鈴木牧之が嘆いた江戸(東京)人の感覚で、お住まいの方には申し訳ない思いですが、やはり雪国には冬に行きたいです。

ブログも拝見しました。いい話ですね。
きっぷの行先から、見つけられた方も驚かれたのではないかと思います。

万訪 1月 6日(金) 07:54
孫さんのブログ拝見しました。宮脇俊三を思わせる名文!いい話でした。

孫右衛門 1月 6日(金) 22:35
いえいえとんでもありません、師と仰ぐ宮脇氏とは気恥しいくらいです。
しかし、最近切符類がどこに行ったか慌てることが頻繁にあります。チケット形式のものは今後は財布に入れておくことにしました。
それにしてももし私の手に戻らず帰りの乗車券特急券を買い直す羽目になった場合のことを想像するとぞっとします。
最終日は津軽鉄道の終点中里から1日数本しかない新幹線の奥津軽いまべつという新駅への連絡バスにのるのが行程の要でしたので、これを取り崩す必要も出てきたはずです。席を確保していた列車は売り切れになっていたはずですから予定を変えるか、太泉八雲さんの往路のように席なしで帰るかといった対応を余儀なくされていたはずです。金銭の痛手だけに留まらないところでした。
p669106-ipngn200604niho.hiroshima.ocn.ne.jp
明けましておめでとうございます 七ちょめ 1月 1日(日) 00:03
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお付き合い下さいますようお願い致します。

Yasuko 1月 1日(日) 10:11
新年おめでとうございます。
皆様、今年もよろしくお願い致します。
七ちょめさん、目の方の具合はいかがですか。
もう片方もよくなりましたか。
心配しております。

七ちょめ 1月 1日(日) 11:52
ご心配をお掛け致し申し訳ありません。
左目は翌日から良く見えましたが、同じように手術した右目は翌日は全くダメでしたが、徐々に良くなり今では左目と同様に良く見える様になりました。
ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。

万訪 1月 1日(日) 15:49
あけましておめでとうございます。七ちょめさん、順調に回復されているようで良かった。じきに探訪再開ですね。
昨年最後は、関東の復興の町のラストの旅に出ていました。日立→那珂湊→水戸→熊谷→平塚と変則的なルートを2日で歩きました。にわかに本格化してきた復興の町テーマですが、もう関東が終わっちゃった。2017年からは、追っかけテーマである「天界の村」「海界の村」「戦災のない町」「復興の町」「遊里」「企業城下町」について一旦仕上げに入ろうと思います。東京五輪に合わせて(直接関係ないですが)まとめてみようと思います。
本年もよろしくおねがいいたします。〈画像は熊谷〉

太泉八雲 1月 1日(日) 18:36
新年明けましておめでとうございます。
年末は孫右衛門さん、URANOさん、万訪さんと東京ミニオフを行い、その脚で青森入り。
そして北海道を廻ってきました。
相変わらずギリギリまで休みの予定が立てられなかった為に、帰路のキップも取れず、予定を変更右して本日1日元旦に東京へ戻る強行軍の乗り鉄旅となりました。
本日は7時に稚内を出発。延べ14時間に及ぶ鉄道の旅です。
今は北海道・東北新幹線「はやぶさ」の車内で新青森を過ぎたところです。
グランクラスを奮発しましたが、これはクセになるかも。
とりあえずビールに始まり、日本酒で結構良い気分になっています。

昨年もあまり町並み巡りはしていませんが、今年は少し西日本を歩いてみたいですね。
そんなところで、本年も宜しくお願いします。

孫右衛門 1月 2日(月) 00:59
皆様、本年もよろしくお願いいたします。

津軽半島の北端から約8時間かけて先ほど帰宅しました。
探訪の内容は、全体的に見ると期待以上のものでした。
またあらためて報告いたします。

Kさん 1月 2日(月) 09:55
今年もよろしくお願いします。

絵は大晦日に描いた京都・龍馬坂です。右側に描き込んである有名な料亭は「地上2階、地下4階」というユニークな建物のホテルに建て替わります。京都ならではの建物で、T工務店の仕事です。

urano 1月 2日(月) 11:49
今年もよろしくお願いします。
今年は長年の懸案である隠岐旅行と、HPの充実を目標にしたいです。

写真は今朝、近所の運河で撮ったカモメです。

辰巳屋 1月 2日(月) 20:38
皆さん明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
私は、田舎暮らしなものでして、毎日の畑仕事に時間を取られ、投稿も少なくなっています。
本年は、頑張ろうと思っています。
画像は、12月に訪れた小倉の新旦過です。旦過市場の隣にある飲食街です。
210163222122.mcat.ne.jp
今年一年ありがとうございました。 七ちょめ 12月31日(土) 19:35
今年一年有難うございました。 来年は 来年も 良い年でありますようにねがっています。
よいお年をお迎えください。
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東京・月島再開発地区 urano 12月28日(水) 23:20
先日、忘年会の景品でなんとデジカメを引き当てたので、近場を撮影してきました。
慣れないカメラであまりよく撮れていませんが、場所は月島一丁目22・23・24番地です。
西仲通り商店街(通称もんじゃストリート)2番街の南側街区です。

解体工事は来年の3月末の開始予定です。
ぼちぼち仮店舗へ移るお店も出ていて、路地裏にあるこの喫茶店は、現店舗では30日が最終営業日とのことです。

urano 12月28日(水) 23:23
この路地は特に幅が狭く、たまに洗濯物が干してあって月島で1、2を争う路地景観だと思い眺めてきましたが、あと3か月で見納めです。
ちなみに1枚目の喫茶店はこの路地にあります。

urano 12月28日(水) 23:26
看板建築の連なり。

urano 12月28日(水) 23:29
3枚目の写真にも写っていますが、看板建築のだるま。
もとは、おもちゃ屋です。
現在はもんじゃ屋で、先月聞いた話では「3月いっぱい営業する」とのことでした。

七ちょめ 12月29日(木) 09:05
月島の路地風景が徐々に無くなるのですね。防災の観点から見れば当然でしょうが、ここに住ん慣れ親しんだ人にとっては寂しいでしょうね。
達磨のモニュメント??看板は面白いですね。
忘年会の余興の景品で、よく写るデジカメが当たったとはラッキーでしたね。予備カメラとして活用できそうですか。

万訪 12月29日(木) 16:07
Uranoさん、孫さん、太泉さん、お疲れ様でした。
短い時間でしたけど、東上野のコリアン街で楽しい忘年会ができてよかったです。
孫さん、太泉さん、遠くへ旅立たれましたが、お気をつけて!

万訪

万訪 12月29日(木) 20:21
東上野コリアン街

孫右衛門 12月29日(木) 20:32
東京組の皆様ありがとうございました。私はあれからグランクラスで和軽食とワインなどを飲み、せっかく盛岡に来たのだからと冷麺まで食べましたので、今日はもう寝るだけです。
このuranoさんの記事は見落してました。なくなるのはダルマの看板のある通りですね。
太泉さんは無事青森に向かえたでしょうか。
万訪さん湯島周辺のミニ探訪も案内いただきありがとうございます。

太泉八雲 12月29日(木) 20:35
皆さんお疲れさまでした。
万訪さん、オフ会のセッティングありがとうございました。

久々に旨い焼き肉を沢山食べました。マッコリも沢山飲みました!!

新幹線は一本早い便に変更しましたが、席は取れずに満席。

仙台あたりで座れるかと思いましたが、入れ替わりの乗客で八戸まで満席。

ようやく座れたのは八戸からの30分でした。
先ほどホテルにチェックインです。

帰りは結局1日にしました。稚内からノンストップで特急を乗り継いで、はやぶさのグランクラスで帰ってきます。
よって小樽のホテルはキャンセルしました。


明日は5時起きです。

では、みなさん良いお年を、良い旅を。

urano 12月29日(木) 23:25
万訪さん、いいお店にご案内いただき、ありがとうございました。路地の雰囲気もよくて感激しました。
昼間からけっこう飲んでしまいましたが、孫右衛門さんは計画通りグランクラスを満喫されたようでよかったです。
太泉八雲さんは別便に変えても立ち席だったのですね。おつかれさまです。
お二人とも、明日以降もどうぞ良い旅を。
本日はありがとうございました。

urano 12月29日(木) 23:39
七ちょめさん、カメラは使いこなせるまで時間がかかりますが、せっかくなので活用したいと思っています。
しかも先月、7年間使い続けてきた一眼のレンズを破損してしまったところでしたので、タイミングはよかったです。

この達磨は月島の看板建築の筆頭と思うので残念です。
長屋や看板建築は「文化財」とは認知されていませんから、今後も減り続けていくことでしょう。
em119-72-193-220.pool.e-mobile.ne.jp
29日の件 孫右衛門 12月26日(月) 21:56
29日は12:23東京着の便で向う予定です。(自由席利用の予定ですので変更可)
会食場所はどこでもOKですが、集合場所の指示をお願いします。

万訪 12月27日(火) 15:00
メールしました

太泉八雲 12月28日(水) 00:36
恐らく、午後目に合流できるかと思うので、電話します。
212.27.232.153.ap.dti.ne.jp
北部九州 島旅と復興の町と 万訪 12月25日(日) 21:38
七ちょめさん、ちょっと不自由だと思いますが、しばし我慢して治療に専念してくださいね。うちの母親も手術しましたが、見違える視界になったそうです。

さて、今、福岡から羽田に戻る機内から打ってます。
小呂島、能古島、馬渡島、小川島、そして門司、小倉、博多、福岡の戦災復興の町を歩きました。多くの収穫を得て満足してます!あぁつっかれたぁ。

万訪 12月25日(日) 21:41
あまり良さが伝わりにくいですが、小呂島の集落です。若者や子供が沢山いて活気がありました。本土から遠く離れた孤島ですが、過疎化していない珍しい島です!

Kさん 12月26日(月) 07:28
玄界島へは渡ったことがありますが、小呂島は知りませんでした。地図で見るとずいぶん沖ですね。

万訪 12月26日(月) 09:59
小呂島は私も最近知りました。あんなに離れた孤島で活気があるのは素晴らしい事だと思いました。
玄海島は初日に予定していましたが、天候不良で行けませんでした。画像は小呂島への船から撮った玄海島です。地震後に復興した集落は、今時の新興住宅地の様相です。逆に島でこういう景観は珍しい。どこにかつての面影を残しているのかも興味あります。もし、かつての画像があれば提供いただけませんか。

Kさん 12月26日(月) 17:15
玄海島に大きな被害を出した地震は2005年、もう10年以上前ですね。私が島へ渡ったのは福岡に住んでいた2000年より前ですので、もちろん震災前ですね。港から急な石段が続き、その両側に古い家があった記憶があります。毎日この階段を上り下りするのは大変だなと思った記憶があります。
ところがわざわざ渡ったはずなのに、なぜかスケッチしていないのです。理由はよく分かりません。能古島は自宅から近かったのでたびたび渡ったような記憶がありますが、こちらもスケッチは1枚もなし。写真は当時からあまり撮っておらず、フィルムはどこかへ行きました。その後の写真もパソコンに入れていたものは、すべてパソコンのダウンとともに消えました。従って、画像も何もありません。申し訳ありません。

孫右衛門 12月26日(月) 21:53
小呂島というのは九州本土からの距離では壱岐と同じくらい離れているのですね。しかも活気がある状況というのは驚きです。
旦過市場も訪ねられたようですね。私が訪ねたのは日曜日でしたので、メインの明るいアーケードの部分しか店がやっていませんでした。
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熊本復興中 万訪 12月21日(水) 00:32
今日、仕事で熊本へ行ってきました。熊本城の石垣も深刻ですが、木造古民家の被害が思ったより大きかったです。特に新町古町は、交差点の洋風民家以外全滅。文化財以外は取り壊されてしまう危機感を感じました。

万訪 12月21日(水) 00:34
新町のこの商家は残るでしょうか。相当痛んでました。

万訪 12月21日(水) 00:37
一方、戦災地区の新市街の北側にあたる上通町は、実は非戦災地区で、歩いてみると結構残ってた。アーケードの北側と一本東側の通り。一本東側の通りは、熊本のオシャレスポットになりつつあります。

万訪 12月21日(水) 00:42
戦災都市概況図

Kさん 12月21日(水) 17:26
熊本市の町並み被害は深刻そうですね。仕事で何回も行ったのに、スケッチはこれ一枚しかありません。元旅館だそうですが、当然今はもうありませんよね。

孫右衛門 12月21日(水) 21:05
1枚目の写真の建物は、仮設足場が設置されているので修復されるのでしょうが、2枚目は所有者が決めかねており第三者被害防止のために防護工を設置しているだけのように見えます。
市街地は、町並目的では5年ほど前に訪ねましたが予想外に古い建物が残っている印象でした。何とか公の補助によって救う手はないのでしょうかね。

万訪 12月22日(木) 09:26
「熊本城と古町新町の古民家だけが被害にあってて、それ以外では何もなかったみたい」という印象でした。おそらく被害の大きかった建物はすでに解体されているからでしょう。早期、でも将来を見据えた復興を期待します。
画像の場所は戦災後の復興の過程で生まれた木造家屋のアーケードですが、なんともなってませんでした。
Kさんのスケッチはどの辺りでしょうか?

Kさん 12月22日(木) 10:03
私のホームページを見ると、わざわざ熊本市までスケッチに行ったようで、タイトルには「新町」とあり、コメントに「市電ののどかな音が聞こえた」とあるので、新町電停辺りだと思います。しかし、正確には覚えていません。

Kさん 12月22日(木) 10:13
グーグルアースの写真は最新のもののようで、熊本市内にはブルーシートを被せた建物が目立ちます。熊本城も崩れた様子が写っていますね。

万訪 12月22日(木) 13:29
Kさんのスケッチポイント見つけました。今は駐車場になっています。

万訪 12月22日(木) 13:32
ここ

万訪 12月22日(木) 13:35
今回の地震で家が解体されたのかは不明です。

万訪 12月22日(木) 17:51
糸魚川で大火で大変です。ちょうど古い町並みが残ってるエリアです。

太泉八雲 12月22日(木) 20:55
うなぎの寝床の古い密集した町並みがこの平成の大火の要因ですね。町が一つ消えてしまった感じです。まだ火災は収まらないので、感想はこれくらいにしておきます。

孫右衛門 12月22日(木) 22:38
雁木の商店街や造り酒屋がある付近など、古い町並としても一番の中心部が被害に遭ったようです。年の瀬に大変な災害です。
防災上問題のあるところを古い町並だといって好んで訪ねているわけで、これはなんともいえないところです。

万訪 12月23日(金) 00:26
大火には必ず強風と云う気象条件が重なります。こわいです。酒田大火以来じゃないですか。
日本の町並みは大火との戦い。戦災にしても関東大震災にしても、火災で町が被災しています。町並みの多くは、いつかの大火の復興の町ということになる。

今、福岡にいます。連休は今年最後の町並み探訪。玄海諸島と福岡の復興の町がテーマです。
画像はさっき下見してきた祇園マーケット。山笠で有名な櫛田神社の真ん前にあります。戦災復興の町です。

urano 12月23日(金) 00:29
糸魚川の大火は恐ろしいですね。まったく思いもよらないことで、火の威力と怖さを思い知らされました。

ところで本題の熊本に関して思うことですが、
文化財の指定・登録には賛否意見があると思いますし、私もどちらがいいのか明確に態度を示すことはできませんが、災害が起きてみれば「指定・登録しておいて(おけば)よかった」と思うことのほうが多そうです。

数年前に大火があった在原は、重伝建であれば放水銃が設置されていて、延焼を食い止められたかもしれません。

いっぽう茨城県の真壁は、たまたま震災の1年前に重伝建になっていましたが、重伝建の範囲外でも登録文化財には県から修復補助金が出されました。
われわれから見れば「文化財であっても、そうでなくても、貴重であることに変わらない」といった感じでしょうが、第三者に価値を伝えるためには、やはり文化財になっておくことが大事なんだと痛感した次第です。

万訪さんの2枚目の家など未指定なのが不思議なくらい立派な家です。
この先どうなるのか気がかりです。

七ちょめ 12月23日(金) 10:48
糸魚川の大火で多くの古い町並が焼失したようで心痛みます。我々が好んで訪ねる古い町並は防災上では最大の弱点地域でしょうね。
今度の糸魚川の火災では、強風に乗って火の粉が飛び、思わぬところから出火しています。造り酒屋さんも被災したようですね。
防火のための空間は、強風下では役に立たないようで、鉄筋コンクリートの建物が防火壁になっています。

左目の白内障の手術では翌日から良くじゃ見えて、ルンルンでしたが今度手術した右目はもう3日目になりますが、あまり良く見えません。鬱陶しい限りです。医者は段々と良くなると云います。事実少しは良くなっているようですが。
そんなんで古い旅館に泊ることは少しの間は休憩ですが、気分的には優れませんね。
早くすっきりと見える様にならないかなあ。

多くの目薬をささないといけません。

Kさん 12月23日(金) 21:02
いらかぐみのメンバーは皆さん、糸魚川へも行っておられますね。さすがです。造り酒屋の16代目、気の毒でした。

万訪さん、熊本のスケッチポイントのチェック、ありがとうございました。

七ちょめさん、右左の目をずらして間違いなく目薬をさすのは大変だと思います。確か3カ月間でしたね。がんばってください。
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茨木市北部 七ちょめ 12月19日(月) 19:01
Kさん 茨木市北部の集落を云っておられましたので、上音羽と下音羽の写真を撮ってきました。
まず上音羽集落

七ちょめ 12月19日(月) 19:02
次いで下音羽集落です。

Kさん 12月19日(月) 21:19
七ちょめさん、わざわざありがとうございます。下音羽は先日描いたばかりですが、暖かい日を探して上音羽へ出かけます。なかなか魅力的ですね。

18日が暖かだったので、かねて、その名前が気になっていた「法隆寺」集落へ行ってきました。有名な法隆寺から3qほど山の上に登った場所にある「大字・法隆寺」です。こんな場所から俯瞰を描きましたが、さすがに寒い思いをしました。
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