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スクリャービンソナタ第10番 金子一朗 2012/ 4月26日(木) 19:54
明日は、いよいよ、スクリャービンのソナタ第10番を演奏する。

http://www.piano.or.jp/certification/special/charity/

そもそも、職場の仕事が終わってから会場にかけつけるので、リハができない可能性が高い。極めて複雑な音響表現が必要な作品なので、その場合は困るわけだが、今までもそういう環境だったことがあるので、舞台で何とかするしかない。
ぼくはもともと音源を聴かないで作品を仕上げるが、今回、初めて舞台にのせるこの作品について、Youtubeで作品の冒頭だけを、たまたまみつけた2人の演奏で聴いた。面白いことに、僕も含めて3人とも全く違う。この作品はスクリャービン(1872-1915)の最晩年の1913年に作曲されたものである。通例、ロマン派中期以降、鍵盤作品の記譜はどんどん精密になっていった。従って、楽譜の指示を守って弾くことを前提とするならば、そんなに大きな違いは起こらないはずである。バロック時代の作品、たとえばバッハの作品などでは、楽譜には、彼の壮年期以降の作品を除いて、音符と休符(場合によって舞曲名などもあるが)しか書いていない。従って、強弱やアーティキュレーションやテンポなどは演奏者によって大きく異なるはずである。しかし、この20年ほどでバロック時代の演奏スタイルが考古学的に検証され、それを知っている演奏家であれば、それほど大きな差にはならなくなってきている。しかし、さまざまな指示がありとあらゆるところに書かれているこの作品で、なぜ、こうも違うのだろうか。
一つの理由として、スクリャービンの作品に、知性で制御できない世界の表現が重要視されていることが挙げられるだろう。もちろんそれは大事であるが、一方で、スクリャービンは、極めて複雑で細分化された複合リズムを駆使している。ドビュッシーも同じであるが、こういった複雑なリズムは、テンポの揺れと相性が悪い。テンポを過度に揺らすと、複雑なリズムはただずれただけの不快なものとして響くからである。もちろん、この作品では、スクリャービンは様々に変化するテンポを用いているが、それは指示のあるところ以外では変化してはいけないということであろう。しかし、記譜に不備があり、テンポを元に戻す指示などが欠けているところも多いため、解釈が割れるところもある。(続)

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