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東近江市へようこそ タマちゃん 4月24日(火) 07:21
遠くから東近江市へようこそ。東近江市は東西に長くまだ行ってないところがいっぱいあります。東近江市のスケッチを探したけど近所の風景ばかりでほとんどありません。Kさんのように車をとばしてどこにでも出かける元気もなく出かけたついでに描くのが精いっぱい・・・池田牧場の「香想庵」のスケッチです。

Kさん 4月24日(火) 07:32
勝手にたまちゃんの在所へお邪魔しました。木地師の故郷らしく、ずいぶんと深い山の中でした。
「君ヶ畑」とカーナビにいれて出かけたら、永源寺ダムサイトのルートではなく、百済寺の近くを通る峠越えのルートへ誘い込まれてしまいました。とても険しい道で、2,30分は時間ロスしたと思います。後で地図を見ると、距離はそう変わらないのですが・・・
地元の人と話していたら、三重県からスケッチに来る人が多いと入っていました。県境の峠にトンネルができて、スッと来られるるようになったみたいです。
君が畑A 4月24日(火) 07:11
 楽しく拝見しています。kさんのスケッチを拝見するといつも、一度は行って見たいと思うようになります。此の家は、いらか組のHPの写真の家ですね。写真を見た時にこのスケッチがUPされるのを待っていました。古びたお家を其れらしく画くのが難しいです。お家の人に出会った時に気を遣うことも有りました。一度行って見たいと思っています。美山の庄屋さんのお家です。添付させてください。   歩さんでした。

Kさん 4月24日(火) 07:20
歩さん、美山の絵をありがとうございます。たくさん描かれたようですね。
同じ不便な場所でも、美山は観光客で賑わっていますが、君ヶ畑はスケッチしていても寂しくなるぐらい、人の雰囲気を感じませんでした。元茅葺き屋根は美山に負けないぐらいたくさんあるのですが、トタンカバーが掛かっているだけで、観光素材にはならなのですね。私は緑の中に色とりどりの屋根が散在するトタンカバー屋根も結構好きです。
私も昨年秋に美山へ行きました。
拝見してきました。 Toshiko 4月15日(日) 08:29
案内状頂きましたので行ってきましたよ〜
HさんもIさんも皆さん力作揃いでした。
Kさんの作品はすぐに分かりましたよ〜

Kさん 4月15日(日) 09:44
写真を撮るのを忘れていました。記念になります。ありがとうございます。Iさんの作品は隣でしたね。Hさんは後ろ。
松阪 ガク 4月11日(水) 09:07
T先生のスケッチ旅行、最初は松阪御城番屋敷辺りからでした。先日この掲示板に載った俯瞰に挑戦するゾ💪と真っ先に城跡に上がり描き始めました、が、未熟者には難しく何度も何度もKさんは凄いナァ凄いナァとKさんの偉大に感服しながら、約2時間のスケッチでなんとか線描きだけは終わりました😰未完成で掲示板を汚しますが、悪しからず御了承くださいませ🙏🙇。

Kさん 4月11日(水) 09:30
お帰りなさい。旅行は楽しかったと思います。
さっそく松阪の絵をありがとうございます。松阪へ着いたら私もこのポイントへ直行しました。御城番屋敷の大きな屋根と向こう側の家並みのバランスを取るのにとても苦労したのを覚えています。近景の家も面倒だった。
ガクさんのスケッチは的確に現場の様子を捉えていますね。

Kさん 4月11日(水) 09:41
ガクさんは広場から描かれたようで、私の方が、一段高い石垣のうえに座ったようですね。

ガク 4月12日(木) 17:34
その様ですネ、とにかく前のめりでしたので、まだ上が有る事さえ気付きませんでした😂話題のお城も見届けましたおかげさまで楽しいスケッチ旅行でした🙆
盛り上がった話は、また後日にと言う事で宜しくお願いします🙇⤵


Kさん 4月12日(木) 17:37
話が続くように、「RES」にしました。
T先生のフェイスブックに、楽しそうな旅行風景が載っていました。
時計店 ひまつぶし 4月10日(火) 10:02
先日の悠彩会スケッチ会でNさんから借りた本の表紙に安野さんが描いた同じところが載っていました。1989年発行の本ですので当時はこんな感じだったのだなあと思いながら見ました。

Kさん 4月10日(火) 13:44
この本を持っています。最初にこのビルをスケッチしたのも、安野さんの絵を見たからでした。この私の絵には05年12月10日の日付が打ってあります。
大川(旧淀川)畔の桜(大阪市北区、中央区) 岡本崇 4月 4日(水) 21:20
添付写真は昨年4月4日に撮影しましたが、雙松岡(そうしょうこう)塾跡の桜は2分咲きでした。ここはKさんが描かれた場所から2km程大川の下流です。福島1丁目で、旧大阪大学附属病院があった所。

雙松岡は幕末の1861年に開かれ、尊王攘夷を鼓吹した漢学塾。この塾を開いたのは江戸・昌平黌の同門、松林飯山・松本奎堂・岡鹿門の3名で、彼らの名を1字ずつとって塾名としたもの。松本奎堂は天誅組の総裁でした。

夕方、私は「中ノ島リバークルーズ」に乗りましたが、桜はまだ咲いておらずお客は私一人でした。

Kさん 4月 5日(木) 06:07
今年の桜の開花は記録的に早いようですね。もう季節は終わりました。
下田原の絵を拝見! 扇谷昭 4月 4日(水) 16:17
「貝原益軒」「南遊紀行」で検索を掛けると、岸本さんの大量のスケッチに出いました。私は下田原に住まいしています。日ごろ目にする景色がずらりと並び、大変近親観を持ちました。1枚の絵には私の家も描かれています。原画をお譲り頂くことは可能でしょうか。返事待ちます。扇谷

Kさん 4月 4日(水) 18:27
扇谷様、貝原益軒とか南遊紀行を意識してスケッチしたことはなく、ただ各地の古い町並みを訪ね歩いて描いているだけですが、いずれにせよ私のスケッチを見つけていただきありがとうございます。
私は交野に住んでいますので、下田原や北田原はとても近く、本当にたびたびスケッチしています。
原画をとのお申し越しですが、個展の時には値段を付けてお譲りしています。それと同じ値段ならもちろん大歓迎です。
連絡をどうするかが、悩ましいところですね。


落城間近「尾道城」(広島県尾道市三軒家町、西土堂町) 岡本崇 4月 3日(火) 21:51
尾道編は、いよいよフィナーレですか。
kさんの絵を見ながら私の「尾道の旅」の復習を楽しませて頂きました。

昨年の秋の旅では、松山城・今治城・尾道城・福山城を訪問しました。尾道では落城寸前の城付近から、10分程歩いて土堂小学校の横に降りて来ました。この城は、昭和のバブル期に財を成した方によって建てられものらしいです。

城の隣のホテルは営業中の様でしたが、ホテルからの眺めはよいでしょうね。
尾道城は山の目印になってよかったですが、次には何が出来るか楽しみです。


Kさん 4月 4日(水) 07:29
尾道では2日間で10枚描きました。付き合って、写真を撮ってくれたFさんに感謝です。
尾道城は熱海城と同じようなものだろうと思っていましたが、ずっと前に閉鎖されていたとは知りませんでした。地元の小学生に教えてもらったのがとても良い思い出になりました。

観光施設という点では大阪城だって、「昔同じ場所に似たような建物があった」というだけで、そう大きな違いはないと思います。(やはりちょっと違うか)

岡本崇 4月 4日(水) 09:28
大阪城ですね。昨年は4月9日と16日の二回行きましたが、今年は桜がそれまで咲いているでしょうか。

昨秋の旅では、尾道へ行く前に今治城(添付写真)に立ち寄りました。日本100名城ですが、昭和55年に天守が鉄筋コンクリートで建てられたとか。もとは、藤堂高虎が1604年に完成させ、1609年、高虎が津城に移封となり、同時に天守は亀山城に移築されたとも。高虎は築城技術に長け、宇和島城・今治城・篠山城・津城・伊賀上野城・膳所城などを築城したらしいです。

Kさんが城を描かれたのはこの尾道城と大阪城だけかと思いますが、京都市内に、姫路城を模した建物がありましたね。機会があれば行って来ます。

Kさん 4月 4日(水) 09:42
お城は結構描いていますよ。
京都にある姫路城は知りませんが、この絵は本物の松阪城から描いた偽物のお城です。絵の中央に小さく見えるでしょう。

岡本崇 4月 4日(水) 12:02
2016年11月14日放送の「NHK家族に乾杯」でこの絵の上部中央に見えるお城のような建物は清水歯科の先代が建てた慰霊塔だと知った。とありますね。

Kさんがスケッチされたのが、2016年6月4日で、私が松阪城を訪問して、同じ風景を眺めたのは2015年10月19日ですが、全く気づきませんでした。

姫路城を模した建物とは、祇園・弥栄会館(京都市東山区)の事です。
東土堂町の長屋(広島県尾道市) 岡本崇 4月 2日(月) 20:33
向島からフェリーで戻って来て、広島銀行のトイレを借りに行ったら、広島カープの本が沢山置いてあるので吃驚ポン。

そこからアーケド街を100m近くロープウエー乗場方向に進むと、土堂2丁目にKさんが好んで描かれそうな、3階建ての路地があったので1枚撮影しました。

以前は尾道ガラス工房だったらしいが、今は「ほけんの部屋」という看板が出ていた。千光寺踏切より1本手前で、海の方に伸びている路地です。

Kさん 4月 2日(月) 21:17
木造3階建ての建物がいかにも多かったですね。まだまだ絵にしたい路地はたくさんありました。
尾道 ケロ 4月 2日(月) 18:50
流石Kさん。。。千光寺からの俯瞰のスケッチには圧倒されます。尾道はほんと良いですねー。見ていたら又、行きたくなりました。わたしも千光寺から下を見て描きましたが、どこを描いているのかわからんようになりました

Kさん 4月 2日(月) 21:15
ケロさんの俯瞰、やっぱり楽しいですね。こういう風に描きたいものです。

確かに千光寺からの俯瞰は難物でしたどこを描いているのか分からなくなるだけではなく、途中でいやになってしまいました。

でも季節外れの快適な気候で、海辺のスケッチがいかにも快適でした。
向島から尾道大橋方向(広島県尾道市) 岡本崇 3月31日(土) 19:48
私もその辺から写真を撮りました。呉市出身の学友が云うには、小津安二郎監督の「東京物語」は、Kさんの絵の左端辺りが撮影現場になったそうですよ。向島でも、「あした」や「ふたり」という映画の舞台になったと云う看板がありましたね。

私は、向島のフェリーターミナルからバスに乗って終点まで行き、左の様な写真を撮って、同じバスで戻ってきました。終点の潮見ケ浜から見える、中央の小さな「加島」(108m)は村上水軍の城があったとか、豪商の別荘があったとか云われるが今は無人島。それでも、戦後のピークには50人が住んで居たそうです。

Kさん 4月 1日(日) 06:50
千光寺付近は「有名画家スケッチポイント」がたくさんありましたが、向島には映画のロケ地の標識やセットがありましたね。「あした」や「ふたり」という映画は知りませんが、NHK朝ドラの「てっぱん」は見ました。「東京物語」も見ましたが、これは山陽線沿いでしたね。

岡本崇 4月 1日(日) 19:00
小津安二郎監督の「東京物語」撮影現場は、Kさんの後ろ姿の写真の左側辺りでしょう。小津は志賀直哉の「暗夜行路」の影響を受けて尾道を選んだ。
志賀は「暗夜行路」の見返しにも、梅原龍三郎の絵を載せるくらい梅原を尊敬していた。小津は映画の場面でも梅原の本物の絵を使用。その映画の封切の翌日に、小津・志賀・梅原が会談している。

撮影現場辺りには尾道白樺美術館があり2004年には「梅原龍三郎と志賀直哉展」
が開催された。その時には梅原の「高峰秀子像」も展示されたが、高峰は「私の梅原龍三郎」と云う本を出版している。1953年公開の「東京物語」で、初めて母親役を演じたのが原節子。高峰は原をお姉ちゃんと呼ぶ間柄だったらしい。
写真は『北の三人』(1945年)左から原節子、山根寿子、高峰秀子。


Kさん 4月 1日(日) 21:11
1945年は私が1歳でした。「北の三人」という映画は初めて聞きました。8月15日に上映されていた唯一の日本映画というのは凄いですね。
向島から「千光寺」(広島県尾道市) 岡本崇 3月30日(金) 20:34
向島までの船賃は片道100円と安かったですね。

Kさんは、私が写真を撮った位置よりも、かなり西側から描かれていますが、グーグルマップで見ると、桜が綺麗に咲いている辺りでしょうか。

向こうの山頂中程の二本の電柱に挟まれた建物が市立美術館ですね。


Kさん 3月30日(金) 21:20
尾道渡船の船着き場からちょっと西へ行った海岸縁からのスケッチです。背後に桜の木がたくさんある丘があり、上ってみましたが、木がスケッチの邪魔になるので、海岸縁まで下りました。
千光寺山公園ではロープウエーの山頂駅からすぐに「文学の小路」を下り、山の上は歩いていませんので、市立美術館などの建物は特定できませんが、たぶんそのようですね。その左側の大きな建物が千光寺山荘。


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