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1675: 粟津温泉 法師 七ちょめ 4月 3日(月) 16:37
粟津温泉の「法師」に泊ってきました。
古い木造部分は国の「登録有形文化財」になっていましたが、それは旅館の極一部。マンモス旅館には変わり有りませ。でも、「法師」の大きな悩みも、社長の46代当主や47代若女将からいろいろと聞きました。また、若女将からは随分話を聞きました。
30過ぎと思われる美人の若女将でしたが、悩みが多いようです。
掲示板ではとても書けませんので、オフ会時でも話します。
当日も随分多くの宿泊客がありました。

孫右衛門 4月 3日(月) 20:27
マンモス旅館の悩み。私はこの地域の有名な温泉地は泊った事も訪ねた事もありませんが、一時は会社関連の団体旅行などが多かったのでしょうけど、客の形態も大きく変わっていますのでね。
少し前に福島市郊外の飯坂温泉を訪ねた時は、川沿いに昭和時代の巨大ビル旅館の多くが高齢者施設に転換している姿を眼にしています。

勝浦は載せる適当な写真がなく、昨年の同じ時期に訪ねたという理由でこれにしました。

港の近くの巨大な無料駐車場に置かれたのでしょうか。古い町並のある地区までは少し距離があり、間延びした感じですので、迷いがちになるかもしれませんね。


七ちょめ 4月 3日(月) 22:16
客層の構成変化でそれに対応が遅れているなどは一般的で、どの観光地の大きな旅館でも抱えている問題ですが、そんな問題も含んではいるでしょうがチョット事情が違うようです。当日の宿泊客でも十分100名は越えていたでしょうから、集客能力は営業努力で何とかなっているのじゃないでしょうか。その点では敬意を払わないといけませんね。
説明書によると客室は66室・400名とあります。部屋の定員の話ですので、最近の様に夫婦単位の客層では、200名で満室でしょう。そうすると100名と言うのは上等の客入りとなります。66室中トイレ・バス付が58室で他はバス・洗面所付だそうです。
古い建物で私が泊った部屋でも立派な床の間があり、12畳+8畳の控えの間と別にトイレと洗面場所がゆったりあり、他に入口部分が4畳程度で、そこに冷蔵庫や食器などが置かれていました。それを一人で使うので勿体ない状態です。古い建物のほかの部屋も見せてと頼むと、もっと贅沢な広さの部屋を二人で利用されているようでした。
大きな駐車場も満杯で、玄関近くにも停めねばならないほどの多くの車が停められていました
それとビックリしたのは「法師」の経営者の名字が「法師」というのです。
そして46代当主が「法師〇〇〇」と言うそうで、名刺を頂きびっくりしました。




太泉八雲 4月 3日(月) 23:52
今の時代にそれなりに繁盛・・・いや健闘している旅館の悩み。気になります。是非オフ会で聞かせてください。

ちなみに練馬で有名な蕎麦屋があって、屋号は「法師人」でこれは店主の名字。
さらに、職場で出前を頼む近くの蕎麦屋は屋号は違いますが、店主は「法師人」。
有名店の店主と血縁関係は無いそうですが、「法師人」と書いて「ほしと」と読みます。


七ちょめ 4月 4日(火) 08:34
孫右衛門さん、勝浦でレンタカーを停めたのは大きな駐車場なら誰かに聞けばよいのでしょうが、そうじゃなくて、チョット道が広そうなところだったのです。
場所も判らず人にも聞けない、車種も覚えていない、色は??。判っているのはナンバープレートだけ(キーのホルダーに書いてある)。
オーイ、私の借りた車出て〜こ〜い。状態でした。

自分で褒めるのもどうかと思いますが、トップの法師の写真良い感じですね。そう思いませんか

それから何処にも表示されてないし、誰も云ってくれないが、若女将から毎朝6時45分から社長がドラの音と共に講話をはじめます。との話を聞きだしたのです。
「法師」の歴史の話とてっきり思って聞きに参加したのです。参加者は私を含めて3名でした。「もらったのは初めての仏教」と言う本でした。「法師」の歴史や今のことも含んでいましたが、お寺の坊さんの説教より余程良かったです。この講話だけで宿泊代の値打ちがあると感じました。
そして帰る間際に若女将にそのことを言うと、社長が喜ぶでしょうと。気を良くして非公開の延命閣を社長に頼んで見せて貰いますか云われましたが、厚かましいことと、送迎バスが待っているのでそこまではとバスに乗り込みました。



Kさん 4月 4日(火) 21:35
七ちょめさん、パワフルな旅館行脚が続きますね。
車を止めたところが分からなくなった・・・昨年のオフ会の時、私も同じような経験をしました。松阪市の大黒田町へスケッチに行ったとき、たまたま「コメリ」があったのでその駐車場に車を止めました。ところがそのコメリが「パワーコメリ」とかいうとても大きな店で、帰ってくると広大な駐車場があちこちにあります。私のはレンタカーではなくマイカーですが、店員に聞いても分かるわけがなく、途方に暮れました。ひょっと、灯油の販売コーナーが近くにあったことを思い出し、何回も聞きながら何とかたどり着けました。
今、航空写真でその店を探しましたが、確かに建物の数も多く、複雑に入り組んでいて分かりにくい店と駐車場でした。

万訪 4月 5日(水) 07:45
正面のこの部分は登録文化財でしょうか。円窓も当初からのデザインなのでしょうか。

七ちょめ 4月 5日(水) 09:37
この「法師」の玄関部分は鉄筋コンクリートの様に見えますが、木造のようで国の登録有形文化財になっています。
この玄関棟とその奥の抹茶接待の部屋「松風」とその右奥に続く「幸楽」と呼ばれるわずかな部分の一階・2階部分が登録有形文化財に指定されているようです。
私が泊ったのはこの松風の真上の2階部分でして、まさに登録有形文化財の部屋に泊ったことになります。
万訪さんが言われてたように、長い廊下で繋がる「法師」の旅館内を一周しても、注意していてもどれが鉄筋コンクリートの部分か木造の部分かは判りませんね。
例えば玄関を入った広いロビー部分、柱が少し多いなあと思えるだけで、注意しなければ一般のマンモス旅館の鉄筋コンクリートの玄関と見てしまうでしょう。

しかし、この玄関ロビーの柱は最近の入れ替えのように思いました。柱の半分から上の部分は黒く約100年前の建築でしょうが、下は改装で入れ替えていると思いました。

同じ様に泊った部屋も松風の2階だから、確かに100年前の建築で登録有形文化財とありましたが、内装も柱も全てが30年くらい前のものと思いました。

そんなんで登録有形文化財に確かに指定されています(標識がある)が、どうみても抹茶接待の「松風」以外は新しいような所ばかりでした。

玄関の意匠は聞きませんでしたが、100年前の大正期の意匠と言われれば、玄関棟建築時の意匠そのままだと思います。
写真は玄関棟の内部構造、柱も下の方は新しく、上部は黒い柱や梁

万訪 4月 7日(金) 09:16
かなり手を入れて修復したと言うことでしょうかね。登録文化財は基本的に外観を残すことに主眼が置かれていますので、内部は全面改装しても登録文化財としての価値は変わらないと言う考え方です。構造も。そうことかな。
pw126247213181.14.panda-world.ne.jp
1674: 加齢につき注意力が不足 七ちょめ 4月 1日(土) 20:29
同じ場面の写真を今日、孫右衛門さんが表紙にUPされました。
見たような写真と自分の千葉県勝浦市のページを見ると同じ場所を写していました。
この勝浦には強烈な印象があるのです。5年程前になりますが、レンタカーを適当なところに置いて、歩きだしたのはいいのですが、何処だったか判らなくなってしまったのです。
港に近い川の横でその横はなんか広場になっていた程度しか覚えたいない。写真を撮ったしさあ帰ろうと歩きだしたのですが、右や左に動き回ったので、港に近い所と探すが、海岸全部港の様で困った困った。この辺りと探すがダメ。
結局一番端まで行ってそこから反対に向かって歩いて探し出した時には1時間程経っていました。
同じ様なことを岸和田市の山間部の集落でも遣ってしまい、以後、車を留めた所は、近くの人に聞いても判る物、例えば郵便局とか交番、学校、店の名前などを控えているが、それ以上に注意しているのでその後、迷うことは無くなりましたが。
今では「こうだ」と自分に言い聞かせないとすべて忘れてしまう高齢になってしまいました。
と言うことで、強く印象に残る町並です。

万訪 4月 3日(月) 08:09
年齢によるもの忘れだけはどうにもなりませんが、七ちょめさんはご年齢からすると全然少ない方ですよ。私も「街歩いて新たな発見をし、後で調べたら自分のサイトで紹介してた」という頻度が急増しております。もう、気にしないことにしてます。

七ちょめ 4月 3日(月) 16:28
何を仰る万訪さん。私よりも2周り以上若いのですよ。
訪ねた所を忘れて、訪ねるために一生懸命地図をコピーして、さあ訪ねようと自分のホームページを見て、あれ記載がある!!。  ……てなことは当たり前の世界です。
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
1672: とんだドライブ 会津→新潟 万訪 3月27日(月) 08:09
家族サービスと思い、娘を連れて日帰りドライブへ。せっかく出かけるんだから南会津の行っていない集落へ行こうと、舘岩村から入って行ったんですが、峠のトンネル越えたらアイスバーン!二回転スピンしてフロントをぶつけてしまいました。エンジンかからず、下郷の修理工場に助けてもらって、そこにクルマを預けて代車で続行。結局、新潟に一泊しました。
とんだ週末ですが、すり減ったノーマルタイヤで大事故にならなかったのをよしとすべし。
南会津の白沢、とうの巣、新潟市内古町本町(大火復興の町並み)、大野、曾根、小須戸、長岡(戦災復興の町並み)
画像は小須戸

七ちょめ 3月27日(月) 09:05
トンネル出口のアイスバーンに気づかずに突っ込まれたのですね。しかし2回転スピンしているのに、フロントを傷つけただけで、大事故にならずに良かったです。肝を冷やされたでしょう。
それでもなお代車を借りて一泊して探訪を続ける。私だったらどうしたか??
無事でよかった。よかった。

小須戸の雁木の町並、この間URANOさんが紹介されていて、訪ねたいと思った雁木の町並です。良い町並ですね。

Kさん 3月27日(月) 09:17
大事故にならなくて良かったと考えましょう。昨日は箱根で雪だるまを作っていましたね。
私も大昔の学生時代に、親の車を雪の田んぼに落としたことがあります。激しく降っていたので、「チェーンを巻くのは屋根のあるところで」と思ったのが間違いでした。


七ちょめ 3月27日(月) 11:08
昨日箱根で雪だるま?? 誰がですか??

万訪 3月27日(月) 13:43
損保でレッカー代、代車代が出るのが幸いでした。下郷の修理屋さんは大きい工場で、とても親切でした。

Kさん 3月27日(月) 15:49
七ちょめさん、もちろん私が箱根へ行ったのではありません。家で相撲を見ていました。テレビのニュースで「今ごろ雪が降った」と言っていたのです。

孫右衛門 3月27日(月) 21:03
人身事故にならなくて良かったですね。

探訪先での車のトラブル、わたしは事故こそありませんが、車に積んでいる折畳自転車で探訪している間、車の鍵を落として探し回るというトラブルはありました。警察に紛失届け、メーカーさんにとりあえず鍵を開けてもらう手続きをしたところで、幸い、止めた道の駅に親切な人が届けてくれて、数時間のロスで済みました。

このようなことを聞くと、私も気をつけなくてはと思いますね。車は探訪の手段ですが、確実な計画と現地での安全運転を心がけようと思います。

太泉八雲 3月28日(火) 22:01
万訪さん、災難でしたね。
先週末は突然の降雪だったり、季節の変わり目は結構気が抜けませんね。特に深夜早朝の走行。道路は問題なくとも橋梁部は要注意ですね。

さて、私の方は今月は休みが無く、仕事のミスも重なり精神的にもめげている状況でしたが、なんとか先週末は久々に休みとなりました。

そして偶然にもレンタカー屋から以前から要望を出していた車が確保できたとの連絡。

ジャガーの新型SUV「F-pace」です。

今月は岐阜県の酒を中心に飲んでいることもあって、飛騨〜美濃と酒蔵巡りを急遽行ってきました。

土曜の夜に出発して諏訪湖SAで仮眠。朝4時に起きると雪に包まれていました。
そこから塩尻ICで降りて安房峠道路経由で飛騨入り。

久々の飛騨神岡町から始めました。


飛騨神岡。行かれた方も多いかと思いますが、古い町並みの視点から行っても大きな町です。自転車を使っても2時間は掛かるかと思われる奥行きとバラエティに富んだ町でした。

今回は時間の関係と酒蔵巡りがメインの為、また当日は終日雨だった為に折り畳み自転車も持ってこず、次回の再訪問に残しました。

その後、飛騨古川、飛騨高山はスルーして東海北陸道沿いに南下、美濃中部から東部にかけての酒蔵を巡ってきましたが、その中でも皆さん未掲載の町や集落を多く発見。

これは、再訪しないと久々に町並み歩きの血が騒ぎました。

飛騨、美濃はまだまだありますよ。

で、やっと東京に戻って気が緩んだのか。返却前に縁石にフロントホイールをぶつけてしまいました。

レンタカーのノンオペレーションチャージ(さらにその金額の免除保険にも)には入っていましたが、ホイールは保険対象外で実費との事。

おいおい、この19インチのホイール交換なら6万はするだろう。と絶望の淵にしましたが、店長の配慮でリペア対応していただきました。

とりあえず、ホッとしましたがレンタカーで初の事故の為自分を責めています。

と、言うわけで近々美濃・飛騨再訪!!町並み歩き再開します!!(予定)

近況報告でした。

太泉八雲 3月28日(火) 22:10
「酒蔵あるところに町並みあり」
飛騨・美濃もそれが実証されたエリアでした。

万訪さん、時間が合えば一緒にいかがでしょうか?

urano 3月30日(木) 01:12
万訪さん、アイスバーンでスリップされたとのことですが、大事故にはならずよかったです。私も来週か再来週あたり南会津に行こうと思っているのですが、4月に入ってもこの付近は気が抜けません。
小須戸に関しては「今年中に」とのことでしたが、さっそく行かれたのですね。
南会津の白沢、とうの巣は知りませんでした。ストリートビューで見たところ、土蔵がいい感じですね。ここは面白そうです。今度の探訪時に寄ってみようと思います。

太泉八雲さんは飛騨・美濃路でしたか。レンタカーでホイールは保険対象外ということもあるのですね。私もかつてレンタカーで、ホイールを縁石に派手にこすったことがあるのを思い出しました。
岐阜県は意外なところにいい民家が残っていますよね。私も主要なところはひと通り見学したつもりでいましたが、次々に行きたい町並みが出てきます。神岡も古い町並みとしては認識しておらず、新たに行きたいリストに加えました。

万訪 3月30日(木) 07:50
面白いくらい簡単に約二回転回りましたよ。ダブルアクセルターンって感じでした。大事故にならずホッとしてます。
岐阜は濃厚ですね。戦災復興の町並み調査としても、岐阜市を歩く必要がありますので、一緒に行きましょう。今年後半になりますが。

太泉八雲 4月 1日(土) 09:45
万訪さん、秋くらいですか?是非行きましょう。

美濃エリアの酒蔵巡りでは、良い雰囲気の古い町が多くありましたが、町並み指数でいうと30〜40と言ったところでしょうか?

中津川市の「上見屋旅館」?平成の大合併で合併した旧・不知村の中心部ですね。中津川から下呂に抜ける街道沿いに発展しているので、手前の福岡町と共に街道集落がありますね。
今回も近くの酒蔵にニアミスしていましたが、後で知りました。(しかも自宅にあった岐阜県の地図にはマーキングがしてある)

一方で、廃屋や荒廃した建物も散見されました。
写真は川辺町にある下麻生。飛騨街道の宿場町です。メインストリートから細い路地を一本奥に入った場所にあって、卯建の上がった美濃建築が立ち並ぶ通りですが、酒蔵を目標に行かないと見落としてしまう場所にあります。

当日は酒開きイベントで賑わっていましたが、蔵の前にある立派な建物が荒廃して崩れ落ちていました。


七ちょめ 4月 1日(土) 10:21
「本卯建」の家が崩れていく。悲しく哀れな姿を見せています。見たくない光景ですが、現実ですので!!。
取り壊されると、無くなったと諦めもつくのですが、このように崩れるままに放置されると余計に哀れに思います。


七ちょめ 4月 1日(土) 13:12
明日、この石川県粟津温泉の「法師」に泊ってきます。
この「法師」に泊るのは3回目で、過去2回は全て団体の観光旅行でした。どの建物のどの部屋に泊ったなど覚えている筈もありませんが、玄関の特異な意匠だけは鮮明に覚えています。この旅館は創業1300年以上と言われ、今は46代目当主が経営されている、日本有数の古い旅館です。
でも、マンモス化した旅館で、観光バスがどんどんやってきます。当然鉄筋コンクリート造りの巨大な旅館ですが、入口とその直ぐ奥に木造の古い客室が昔のまま残っています。そこを目当てに泊まりに行きます。

太泉八雲 4月 1日(土) 20:39
本当に取り壊されると諦めが付きますが、荒廃したまま放置され続けているものを見るのは悲しいですね。手前のトタンのフェンスも以前は家並みがあったものと思われます。

下麻生の民家は塀で囲われた内庭に樹を植えているのが特徴的でしたが、荒廃した家の樹もなぜか枯れ果てていました。

しかし、七ちょめさんの古い宿巡りはすごいペースですね。うらやましいです。

万訪 4月 2日(日) 09:41
法師は、周りの温泉街が廃れていく中、ひときわ立派だったのを覚えています。RC造とくっついていて、どこまでが木造だかも、ちょっと覗いただけではわかりませんでした。古い建物なのか、新しい建物なのかも。
太泉さんの写真の家は、丸石垣が面白い。

七ちょめ 4月 2日(日) 10:15
万訪さんは画像をもっておられましたね。泊まった当時は特別宿に関心がなかったもので写真が一切ありません。
今、京都駅で列車を待っているところです。行ってきます。
dcm2-49-129-185-171.tky.mesh.ad.jp
1673: 中山道芦田宿の金丸土屋旅館 七ちょめ 3月29日(水) 09:13
この芦田宿金丸土屋旅館に電話すると、現役で!! 旅館の営業がなされているようです。
嬉しいですね。昔の旅籠がそのままの形で今に続いているのは!!。近い将来泊まりに行こうと計画しています。
この写真は2010年6月に訪ねたときの写真です。

孫右衛門 3月29日(水) 20:21
中山道芦田宿のこの旅館、私が訪ねた時の文章も「今でも営業されいるのだろう」と書いているので現役のように見えたのでしょうね。立派な妻壁が印象的でした。
このようなところで営業できているのは、中山道めぐりの客相手なのか、または土木工事関係で持っているのかなのでしょうね。

さて、私も繁忙期が終り、これから9・10月にかけては比較的探訪を組みやすい時期になります。まずは4月に入り8日に城崎温泉の登録文化財の宿に泊ります。両親が年齢的な節目ということもあり、家族で向います。周囲の町並も少しは訪ねるかもしれませんが、基本的に町並は無しです。
4月末の大型連休の前半は佐渡島を中心に新潟県を訪ねようと思っています。3泊4日か、前日の夜行バス出発の4泊4日か、詳しい行程は今週末には詰めようと思っています。

urano 3月30日(木) 01:27
この旅館、現役でいらっしゃるとは驚きましたが、改めて自分で撮影した写真(2015年10月)を見ると、建物前の標識に「今も旅館を営む」とありました。
いかにも「旅籠」といった感じの、いい佇まいですね。
レポート楽しみにしております。

孫右衛門さんの書き込みにもありますが、日が長くなってきて探訪シーズン到来といった感が増してきました。
ご家族で城崎温泉、いいですね。私は行ったことがないのですが、ここは文学で町おこしをしているので、その点でも興味があります。

七ちょめ 3月30日(木) 09:26
孫右衛門さん、できる間に納得いくまで親孝行を!!
城崎温泉の有形登録文化財の宿は西村屋本館をはじめ、三木屋・ゆとう屋などありますが、いずれも高額な宿泊代ですし、私のような一人旅では泊めてもらえないのが難点。
特に西村屋本館は京都の柊屋や炭屋のような超高額旅館に匹敵しますからね。
西村屋本館には泊ったことありませんね。西村屋別館の招月亭(確かこんな名前)には泊ったこと有るのですが。
両親を連れての親孝行の旅、頑張って下さい。

Kさん 3月30日(木) 20:43
城崎で一番手頃な登録文化財は小林屋です。私でも泊まれます。

孫右衛門 3月30日(木) 21:24
予約しているのは三木屋旅館です。有名温泉地の伝統的旅館ですのでそれなりの料金はしますが、西村屋本館に比べると割安です。
私だけなら小さな古びた旅館を選びますが、せっかくですのでね。
ここは町並として掲載してはいますが、連休中の人の大勢いる中で早足で歩いて撮影しただけでしたので、早めに到着して外湯に1・2箇所入りながらでも詳細に町並を取材したいと思っています。
姫路城の桜を見たいというのを何度か聞いていたのがきっかけです。私も学生のときの帰省の途中で一度見学したことがあるだけです。町並探訪では周囲や郊外は何度も訪ねてはいますが、お城は久々です。
学生の時は世界遺産登録前でしたが、今は大変でしょうね。増してや桜の時期で混雑するでしょうから、内部の見物はせず敷地内の桜だけを見ていこうと思っています。

万訪 3月31日(金) 16:50
城崎温泉。自分がいつ行ったか調べたら1996年、20年前でした。その時、三木屋に泊まりました。いい旅館でした。ロクな写真が残っていないので、ちょっと前に話題になった竹野とともに再訪しなきゃです。

孫右衛門 4月 1日(土) 09:33
万訪さんは泊られたことがあるのですね。こうしてみるとオフ会にも適したような外観です。最近改修されたらしいのですが、建物はもちろん料理も評判とのことで、その点も楽しみです。
p899084-ipngn200608niho.hiroshima.ocn.ne.jp
1669: 中津川市の上見屋旅館にいます 七ちょめ 3月21日(火) 17:09
uranoさんに教えてもらった中津川付知の上見屋さんでビールを飲んでいます。雨が降っていましたが、無理やり町並みを歩きました。明日どしても出ないといけない通夜が入り今日強引に歩きました。写真は泊まる上見屋さんです。

万訪 3月21日(火) 19:08
七ちょめさん投稿の写真ですが、先の彦根のトップ写真とこの上見屋の写真が、スマホで見ると天地がひっくり返っています。他の方からは反応ないので、私だけか、スマホ共通なのか?

七ちょめ 3月21日(火) 19:30
前回も今回もどいうわけか画像が天地が逆さまになるのです。でも、その後天地を修正しているのですが、なおってませんか。私のタブッレットだけが直っているなかな?。

Yasuko 3月21日(火) 19:32
私もスマホでみると2枚が上下が反対に見えるのでびっくりしてました、パソコンでみると何も異常ありません。どういうことでしょうか、不思議です。


七ちょめ 3月21日(火) 20:11
上下さかさまは困ったものです。
中津川市付知の町並みは辛うじて私の町並み指数で40がやっとと言うところです。
雨の中懸命に歩いたのにと思いますが、泊まった旅館はよっかたです。



万訪 3月21日(火) 20:39
七ちょめさんの評価で40であれば、私の場合「行き」になります。この旅館は良さそうですね。ぜひ泊まって見たいと思いました。

七ちょめ 3月21日(火) 21:18
この旅館、街道沿いからは入れず、横の道から入るようになっています。多分街道沿いからは入るのは宴会の方々にと思います。

孫右衛門 3月21日(火) 22:20
私はこの掲示板はスマホで見ることはまずありませんので、上下逆転しているといわれているのが逆に良くわからず、全く違和感無く画像を見ることができています。

私も七ちょめさんの言われる町並指数40は古い町並として十分及第点レベルと思っています。加えて付知の上見屋は良い旅館のようですね。この方面は今年間違いなく訪ねることになると思いますので、その時は宿泊候補とします。


七ちょめ 3月22日(水) 08:53
上見屋さんの料理屋部分の建物です。
今度は上下大丈夫かな。

万訪 3月22日(水) 21:38
最後の写真は大丈夫です。最初の写真ですが、画像を取り込んでもひっくり返っています。不思議ですね。

七ちょめ 3月22日(水) 21:57
それにしても、このタブレットのカメラの性能は悪いですね。
いろいろ見ているのですが、修正する項目がありません。露出とタイマーと前後の切り替えはあるのですが。
どうもこのタブレットで摂るときに、あっちを上にしたり、別の方を上にしたりして撮っていたためと思われます。
最後の写真は、タブレットの上にする方を決めて摂りましたら、正常に掲示板に表示されるようです。
でも、カメラの性能はダメですね。

七ちょめ 3月23日(木) 22:30
岐阜県中津川市付知町の町並です。電車とバスでの訪問でした。
町並というより、古い家屋の点在は2km以上に亘って続きますので、町並探訪も大変です。
当日は雨の中、旅館の遥か手前で降りて旅館に向かって半分は歩きましたが、残り半分が残っています。北の端まで行くのは大変と女将に話をしていると、車で送ってあげると片道は送ってくれました。往復するのは大変と思いましたが、半分は車で送ってもらって助かりました。
まあ、町並指数は30にしようか、泣く泣く40かと迷っています。

七ちょめ 3月24日(金) 13:46
中津川市付知町の上見屋さんの、街道に沿った旧旅館部分の入口ですが、今ではこの旅館所有者の私邸部分の入口になっていました。
見るからに旅籠屋の玄関入口ですね。
そんな事を知らずに、この入口から入ると、横の道を通って奥に廻って、看板のある入口から入って下さいと云われました。
その旅館部分の入口と反対側には鉄筋コンクリート造りの大きな建物があり、上見屋会館とあり、大きな宴会なども引き受けたおられるようでした。
旅館をチェックアウトする時には、宿泊客が私一人だったのに、調理場では多くの方が、忙しそうに働いて居られました。

urano 3月30日(木) 00:59
ほかの話題が続々と立ち上がっているなか、レスが遅れてすみません。
七ちょめさんは付知へ行かれたのですね。雨の中おつかれさまでした。旅館の入口は路地側にあるのですか。1枚目の写真のところまでは、私は歩きませんでした。
ここは町並みが長いので、連続性という点では今ひとつかもしれませんね。でも、いい平入りの町家が残っています。

七ちょめさんの写真はPCで見ても、スマホで見ても、天地正しく表示されています。
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1671: また大阪ローカルの話題です Kさん 3月25日(土) 17:25
また大阪ローカルの話題で申し訳ありません。
今日、大阪市福島区の野田2丁目へスケッチに行きました。かつて一番気に入っていたポイントが見事に変貌していました。2月に下見に行った時に確かめるのを忘れ、その後、グーグルでみるとちゃんと残っているようでしたが、すっかり新しい町並みになっていました。

Kさん 3月25日(土) 17:30
これが06年7月に描いた同じ場所です。

Kさん 3月25日(土) 17:33
もう1カ所。同じ野田2丁目で、今年2月に下見に行ったとき、スケッチしたいなあと思う路地がありました。しかし、時間がなかったので写真と撮っただけでした。

Kさん 3月25日(土) 17:39
ところが今日行ってみると、この状態でした。この後ろでの家は取り壊し作業の真っ最中でした。来週中にはずっと向こうに見えるピンク色のテントの手前まで、すべて取り壊すと行っていました。スケッチはしましたが、私のホームページに絵をアップしたころには、すべて更地になっているようです。

万訪 3月26日(日) 07:45
この前、大阪環状線から見たとき、随分空き地が増えてる、外装の新しい家が増えてると思いました。トップの場所はショックです!

七ちょめ 3月26日(日) 08:33
トップの場所は、野田を代表する一番の古い町並だったのに無くなったのはショックです。
地下鉄野田駅から随分の距離を歩いて何回も訪ねた場所でしたが。

孫右衛門 3月26日(日) 13:34
野田といえば、この石畳の路地も失われた?ということを教えてもらったことがあるような気がします。町並としても意識されても損は無いレベルでしたが、都市部でもありなかなか難しい問題もあるのでしょうね。
ここを訪ねたとき、小学生の男の子2人組に案内してもらった思い出が残っています。自転車で普段から探検していたのでしょう。あの後、七ちょめさん宅でお世話になった日です。その少年たちは4年生といってましたから、もう成人していますね。早いものです。

辰巳屋 3月26日(日) 20:05
大阪野田のこの街並みは都会の中にありながら永遠の景観のように思えましたが、無くなってしまったのですね。随分と変わっているのですね。これ以外にも失くした街並みがあるのですか。
トップの場所は2008年に訪ねました。

七ちょめ 3月27日(月) 13:58
環状線野田駅の北側の古い町並に在るこの路地の石畳みは見事でしたが、もう無くなっているでしょうね。
写真は3〜4回訪ねた初回の写真です。2003年8月の撮影です。
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1670: 広島駅西 大須賀町 万訪 3月22日(水) 01:52
いま広島にいます。仕事で出張です。広島駅に着いて、弊社広島支店の同僚と飲むことになったのですが、場所は大須賀町でした。いま人気のスポットのようですね。お好み焼き居酒屋で飲んだ後、レコードバーで飲みました。面白かったです。
昨年10月に孫右衛門さんに連れててもらった以来ですが、こういう空間は全国どこも人気ですね。戦後の町並みはいま旬ですね。

孫右衛門 3月22日(水) 07:41
こちらに来られているのですか。しかしすぐに京都に移動とか。お疲れ様です。
この一角は10年前には場末の寂れた一角に過ぎなかったのですが、生まれ変わりました。オーナーも客も若い人が多く、雰囲気も全く変わりましたね。
駅周辺の他の一角は、昭和の面影が全く無くなってしまいましたので、ここは少しでもこのままであってもらいたいものです。

七ちょめ 3月23日(木) 09:15
学校を出たのが、昭和33年で、当時の勤め先は大阪の十三近くにあり、5年ほど前に焼けた「小便小路」と言われた所を毎日通勤で通って会社に通っていました。
帰りにはよく飲んだものです。
戦後のどさくさの飲み屋街です。ドブロクなどの違法酒が当たり前に通用していました。
戦後の飲み屋街、懐かしさもありますが、嫌悪感の方が勝ちどうしても好きになれません。
戦後も落ち着いてから生まれた方には理解も難しいでしょう。時代の流れとはそんなものでしょうね。

万訪 3月23日(木) 22:40
七ちょめさんの言われたことは、戦後をリアルに体験されている方としてはそうだと思います。今の若い人は全くその感覚は分からなく、現在の町をの作りからすればテーマパークなんだと思います。私も後者の感覚が強い。嫌悪感というものが全くないんですね。これぞ集落町並み「地と図の転換」なんだと思います。
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1668: 萩藩の港町三田尻 孫右衛門 3月20日(月) 08:48
昨日久々に近場の探訪に出かけました。防府市の三田尻といえば、萩往還の終点で港町だったところです。ここの町並が探し当てられずに長年そのままになっており、最近ふとしたきっかけで情報を得ましたので訪ねた次第です。
古い町並としてはそれほどまとまって残る状態ではありませんでしたが、ついでに程度に思っていた旧御茶屋の建物は大変見応えがありました。数年前までは藪に埋もれて廃屋のようになっていたとのことで、NHKの大河ドラマをきっかけに整備され、公開されるようになったとのことです。

孫右衛門 3月20日(月) 08:52
2階への急な階段を登って座敷を見たところです。かつてはこの屋敷より南側はすぐ海だったようで、来客に少しでも海の眺めを良く見てもらおうと座敷の周囲が一段高い渡り廊下になっています。

孫右衛門 3月20日(月) 09:03
三田尻の町並です。この一角の他萩往還沿いに町家が残っており、町並度4というところでしょう。

その他訪ねたのは、まず市内中関の町並、ここは訪ねられている方もおられるようですが町並としてはあまり残っていません。私も以前パスしたところで近くに来たのでついでに撮影したといった程度です。
後は山陽道沿いの戸田、福川、徳山の工業地帯のすぐそばにある櫛ヶ浜の再訪、後全くの新規で現在は岩国市に編入されている周東町三瀬川集落を訪ねました。これは太泉八雲さんの情報で、零細な山村の様相でしたが、周囲の集落景観としてはまずまずのものがあり、町並として掲載しようと思います。
戸田と福川は山陽道を辿った時に部分的に掲載しているだけでしたので、今回の再訪で2箇所抱き合わせで町並ページとして掲載する予定です。

urano 3月20日(月) 09:52
けっこう行かれましたね。私はこの三連休、自宅で過ごしています。
三田尻は2012年のゴールデンウィーク旅行で訪問しました。そのとき御茶屋は公開施設になっていましたが、あいにく訪問時は月曜日か何かで休館でした。
屋根が木皮葺きになっているのですね。中の様子もよさそうです。これはまた行かなくてはなりません。
中関はそのときに行こうと思いながら、時間の都合で見送ったところです。保存状態はあまりよくないのですね。
三瀬川は気になったので太泉さんのサイトを拝見しました。雰囲気がある家並みですね。

七ちょめ 3月20日(月) 14:44
この三連休は天気が良く、快適な探訪だったと思います。
中関は訪ねていますが、近くの三田尻は未訪問です。というより知らなかったです。
私は明日、探訪と古い旅館に泊まりに出るのに雨模様のようですが、どの程度の雨か??
今日は天気が良いので、土筆の写真を撮りに!!

孫右衛門 3月20日(月) 20:22
「花燃ゆ」でしたか山口県を舞台にした大河ドラマがきっかけで、萩往還沿いに観光客を誘致したといわれてましたので、uranoさんが訪ねられた時はそれに向けて準備段階だったのでしょう。今でも庭はまだ整備中のようでしたので(写真)、今年後半か来年にはさらに見応えがあるものになっているはずです。

私のところからはガソリン代と高速代で5000円もあれば行ってこれるところなのですが、他の付加価値も少ないことを考えると、果たして町並も残っているかどうか判らない三田尻を訪ねる気がなかなか湧きませんでした。しかしなかなかどうしてこの旧御茶屋をメインに訪ねる価値があるといっても良いものでした。

土筆の写真。春の風物詩ですね。ふきのとうは時折眼にするのですが、土筆は長らく眼にした事もありません。

万訪 3月20日(月) 23:45
孫さんは近場を再探訪でしたか。春を感じる三連休でしたね。今、那覇から羽田空港に着いたところですが、あまり寒くない。明日は仕事で広島に夜遅く着き、明後日午前中を広島で過ごした後、午後は京都と大移動です。
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1667: 大東諸島(沖縄県) 万訪 3月19日(日) 17:53
沖縄本島から東へ380km離れた「うふあがり島(大きな東の島)」という南大東島・北大東島へを歩いております。
飛行機から見た南大東島です。隆起サンゴ礁の島で、環礁の中が陸地化したため、外周が琉球石灰岩の岩盤の丘で囲まれており、真ん中が盆地になっています。そこに水がたまって池になっている。沖縄の他のどの島とも趣が違うのは、明治期に八丈島から入った開拓民の流れだからでしょうか。自然と人工により造られたランドスケープが美しい!

万訪 3月19日(日) 17:54
画像つけ忘れた。

万訪 3月19日(日) 18:03
南大東島の中心集落。サトウキビ栽培で発展した島には、絶海の孤島と思えないほどデカイ立派な製糖工場がある(画像奥)。街も大きく、スナック街まであります。

七ちょめ 3月19日(日) 18:55
南大東島・北大東島 沖縄の東380kmのところ。
地図でもなかなか表示されてない。でも写真から見ると日本で日本の車ですね。
異国情緒というような悠長なこと言ってられない所ですね。
離島の探訪もここまで徹底されると、どう言ったら良いのか言葉になりません。
まあ、頑張って下さい。

万訪 3月19日(日) 19:17
集落町並みの情報は全くないですから、わざわざ行くような島じゃぁないんですが、まぁ行ってみるとなんやかんやあるもんです。
北大東島はリン鉱石の採掘で栄えた島。一時は4000人が居たそうです。その鉱業施設が残っています。画像は、リン鉱石の保管庫だった建物。他にも煉瓦造の乾燥施設なんかも残っています。

万訪 3月19日(日) 19:19
北大東島のリン鉱石の採掘場の門前町には、往時の建物が一部残っています。このように琉球石灰岩を積んだ石造建築が見られます。民家にもありました。

万訪 3月19日(日) 19:20
こちらは、さっき歩いた南大東島の製糖工場の施設。やはり琉球石灰岩でできています。

万訪 3月19日(日) 19:26
そしてこれ。南大東島の民家。腰に琉球石灰岩を積み上げたもの。沖縄では塀に積んだり台所の壁の下の方に積んだりしているのはよく見ますが、ここまでのは見たことないなぁ。

孫右衛門 3月19日(日) 21:03
大東島諸島を訪ねられているのですか。行くのに大変なところという印象しかありません。
私は流石に探訪候補の対象外ですが、ただ南大東島の地形には興味があります。いわれるように中央が窪んだ地形で、周囲が高くなっている。
成立要因は違いますが青ヶ島と同じですね。
しかも、周囲の尾根に砂糖きび列車が走っていたというのを宮脇俊三さんの著書で読んだことがあります。

那覇空港で石垣への便へ乗継待ちの間に、軽食コーナーで大東寿司を食したことを思い出しました。寿司飯に出汁をしみこませたような濃厚な味の寿司でしたね。なかなか美味と思いました。食べられましたでしょうか。

urano 3月20日(月) 09:39
大東島は産業系の登録有形文化財がありますが、民家の情報はほとんど見あたりません。万訪さんが本邦初ではないでしょうか。
石を貼った家は面白いですね。歴史が浅いせいか、まだ研究調査の対象にならないのかもしれませんが、それだけに掘り出し物もたくさんありそうです。

万訪 3月20日(月) 18:37
みなさん、町並みという意味ではレアなレポに反応いただきありがとうございます。沖縄県の中でなんか大東諸島だけちょっとアウェーな感じがあったんですが、その意味がわかりました。
大東諸島はそもそも琉球ではなく、無人島を明治期以降開発した島だからです。しかも、一企業が戦前まで統治していた島。製糖業とリン鉱事業で二つの島を開発し、全島社有地、島民全員が社員、給料も大東諸島でしか通用しない紙幣、店は全てが企業が運営。つまり独立国みたいなものでした。戦後は普通になりましたが、まだ名残があるのでしょう。
今日、南大東島の港に行きましたが、広島の船がセメントを運んでました。沖縄にあまり帰属していないんでしょうね。南大東島には巨大な製糖工場はあり、離島とは思えない風景でした。独立国のイメージがぴったりです。
両島共に近代化遺産の宝庫であり、その町並みが面白い!島です。
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1666: 彦根市の鳥羽屋にいます 七ちょめ 3月13日(月) 16:47
今、彦根市の鳥羽屋でくつろいでいます。
あまりタブレットを持って出ることがなかったのですが、今日は持ってきました。
写真は南彦根市の仏具屋街です。
近くですが、初めての訪問です。

Kさん 3月13日(月) 21:26
私も行ったことがありませんが、なかなか感じのよい町並みですね。

万訪 3月13日(月) 23:04
ひえぇ
天地が反転してる

孫右衛門 3月13日(月) 23:10
七ちょめさんがここを訪ねられていないのは意外です。Kさんもでしたか。

もっとも私も、ここは彦根に泊る行程を立てていて、夕方前にホテルで借りた自転車で詳細に走り回って偶然見つけた町並で、訪れる人に紹介されるようなところでもないようですね。仏具屋街だと観光地にはなりませんし。

しかし町並は、市街地では一番良い所と思います。先日保存地区となった芹町などよりも見応えがありますね。
この時、彦根城の桜が満開で大変満足しました。ここは学生の時にも桜の時期に訪ねたことがあるのですが、町並の収穫もあって今でも印象に残る探訪の一つになっています。
居酒屋で近江牛を食したことなども思い出します。

いつだったかと確認すると、2005年ですのでもう結構前です。
この前はいつだったかと見ると、もう10年以上になっている事も少なくないですね。


七ちょめ 3月14日(火) 08:35
この醤油屋さんの前が歯抜けになっていました。
町並みはどんどんとと歯抜けになって行きますね。
昨年10月に芹川・河原町が重伝建に選定されたのはしりませんでした。





七ちょめ 3月14日(火) 13:23
泊まった宿は鳥羽屋さんでした。宿では商人宿と仰っていましたが、室内はなんのなんの
凝った造りの立派な客室でした。ハマグリ模様の「釘隠し」まで備わった部屋でビックリしました。


七ちょめ 3月14日(火) 15:19
彦根市の重伝建地区の入口の銀座交差点から、南東に入ると重伝建地区ですが、北東の彦根駅方面に向かうと、このような町並が現れます。古い町並じゃないので、私の守備範囲じゃないですが、チョット変わった町並と思って、町の人に聞きました。そして偶然、この町並の企画をした当時の商店街 旧理事長にも逢って話を聞きました。
10年ほど前に町の活性化のため、1臆5000万円の補助金をもらい、町並の表を、ベージュ系の3色に限定して塗装工事をして、化粧直しを行い、壁面に花の設置を行ったとのことでした。
チョット異彩を放つ町並と思いました。名前は藩政時代は幟旗の業者が多く住んでいたのに因んで、「登り町グリーン商店街」というそうです。
詳しくはホームページを開設しているのでそちらを見て欲しいと云われました。


Kさん 3月15日(水) 08:58
私のホームページで確かめると、彦根へは2000年に行ってから行っていませんでした。その後はいつの素通りでした。昨日、ストリートビューで、ベージュ色の商店街も含め、かなり広範囲にチェックしてみました。近々、スケッチに出かけることにします。

七ちょめ 3月15日(水) 11:42
彦根のこの銀座(近くに登り町グリーン商店街がある)近くにある芹川土手(堤)の両岸には2km以上に亘って両岸に桜の巨木が植えられています。桜の開花時は見事でしょうね。ぜひ桜見も兼ねてスケッチ旅行を!!

七ちょめ 3月19日(日) 15:39
掲示板の料金を払っておきました。報告だけでは寂しいので、先日訪ねた彦根市の河原町・芹川の重伝建地区の写真でも投稿しておきます。
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