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    1728: 柳井市・平郡島 孫右衛門 10月 1日(日) 19:33
    柳井市の南、平群島を訪ねました。
    位置としては、上関を挟んで祝島と反対側になります。
    万訪さんが訪ねておられ、長らく私も予定していましたが、問題は集落が東西に細長い島の西と東の端に離れて存在している点です。船は1日2往復しかなく、わざわざ泊るほどでもないし、また車を渡すと高いしと躊躇していました。しかし地図その他を確認してみると、東西を結ぶ道は14kmほどあるものの、2/3は海岸沿いの平坦な道とわかり、自転車で乗り入れて日帰りならとようやく訪ねる気になったのです。
    これは東平郡の集落風景ですが、板壁に覆われた外観の家屋が目立ち、焼板(又は墨などを塗った?)黒板の風景も目立ち、三河湾の島の風景のような印象を受けました。

    孫右衛門 10月 1日(日) 19:40
    平群西地区は石垣が目立つ風景が見られました。瀬戸内と言っても祝島と同様な事情で、南海上からの風波の影響を受けやすいところなのでしょう。
    ただ、この石垣は家々の外壁を覆うものではなく、集落の外側で海の方向に積上げられています。厚みを持って旧防波堤の名残のような箇所もありましたので、祝島のものとは異なり、どちらかと言うと高松沖の女木島で見られる「オーテ」に近いものを感じました。

    孫右衛門 10月 1日(日) 19:50
    両集落とも、少し山手に入ると立派な屋根を持つ邸宅が見られました。
    半農半漁だったようですが、豊かな家も多かったような雰囲気でした。その分見応えがあり訪ねる価値もあるところでした。町並度としてはいずれも6は十分といった集落です。

    日帰りで両集落を訪ねようとすると、8時半の船で平郡東地区着10時10分、西地区移動後、平郡西港14時30分の船(又は西と東逆)のパターンしかなく、それぞれ1時間半は探訪時間は取れひと通りは回れましたが、もう少し時間があればとの思いでした。


    七ちょめ 10月 1日(日) 20:06
    平群島を訪ねられたのですね。それも自転車を持ち込んで、14kmを自転車で、大変だ。
    香川県高松市女木島のオーテのような石垣が積まれていますね。

    孫右衛門 10月 2日(月) 22:11
    自転車で平坦地14kmなら良い運動程度ですが、島の道ですので西部は少々起伏がありました。でも今日筋肉痛になっていないのはここ最近ウォーキングで多少筋肉をつけているからだと思いました。とはいえ普段のウォーキングではせいぜい1時間強ですので、7〜8kmくらいでしょう。
    町並探訪を1日フルにすると14kmくらいは平気で歩いていると思うのですが、連続はきついですね。

    これは平郡西地区ですが、黒板塀の下半分に練石積を施して、やや祝島的な外観のものも見受けられました。

    万訪 10月 4日(水) 08:39
    平郡島、懐かしいと思って自分が書いたレポ見たら、2年前でした。平郡島を教えていただいたのは、そもそも孫右衛門さんでした。念願の探訪がやっとかなったのですね。
    自転車で移動とは考えましたね。14km徒歩で移動して両集落を歩くのは時間的に無理です。私は平郡西の小林旅館に泊まりました。集落は写真のように見応えありますね。
    このエリアでは、八島、黒島、牛島が残っており、来年行く計画ができています。

    孫右衛門 10月 4日(水) 22:48
    思い出しました。確か私は南東北を訪ねる遠征を計画していたので平郡島をご一緒できなかったのです。私一人ならわざわざ泊るという気にはならない島ですが、小林旅館や他にも民宿を数軒見ましたので、合同で探訪できればもっと興味深い探訪になったに違いなかったでしょう。
    そういえば昨年の同時期は阿多田島などをめぐりましたね。
    八島はさらに沖にある島ですね。もしタイミングが合えばご一緒したいところです。
    p600130-ipngn200601niho.hiroshima.ocn.ne.jp
    1727: ブラタモリみていて 万訪 9月21日(木) 11:24
    今、ブラタモリで高野山をやっています。高野山への正規の登り口である九度山町慈尊院が出てきたので、前に九度山を歩いた時に立ち寄っているか、写真チェックしたら行ってませんでした。
    ところで、写真に人が写っている。七ちょめさんとKさんではありませんか。そうだ一緒に歩いたんだった。調べたら2004/10/2でした。13年前で、いらかぐみ結成の翌年だ。懐かしさに浸っちゃいました。


    七ちょめ 9月21日(木) 16:57
    そんなこともありましたね。13年前ですか。
    万訪さん(当時はnomonomoさん)・Kさん・西山さんと私の4人でした。
    私その時には未だ60歳台でしたので、皆さんを乗せて大阪河内長野市から細い細い峠道を通って、何ていう集落か忘れましたが行きましたね。今じゃとてもとても!!
    車はマークUのクオリスだったと思います。今では小さな車になっています。

    写真は焼物だそうで、九度山焼とありますね。確か九度山の町並も3回は訪ねていて、町並は大体覚えている積りですが、この焼物は全く覚えがありませんが、写真に写っていますね。

    今よりも頭の毛が多いですが、当時でも少し剥げていますね。

    万訪 9月21日(木) 18:08
    そうでしたね。七ちょめさんが車出していただいて、細い峠道を越しました。西山遊野さんも一緒でしたね。

    Kさん 9月22日(金) 07:26
    どこかの村で、道端になっていたナツメの実を採ったのを覚えています。子どものころのおやつの定番だったので、懐かしかった。しかし、皆さんは関心がなさそうでした。

    私もまだ多少頭髪が残っていますね。別の時に描いた九度山のスケッチです。

    七ちょめさん宅に泊めてもらったこともありましたね。

    七ちょめ 9月22日(金) 11:24
    今、当時走った道を調べると河内長野市三日市町から府道218号線を進み、その後、府道61号線で滝畑集落を訪ねています。古い町並で掲載せず、茅葺屋根で掲載していました。
    ナツメをKさんが懐かしがって食べておられたのを思い出しましたが、私には馴染みのない食べ物でした。場所は滝畑集落から南に進み和歌山県に入る峠(藏王峠)辺りだったと思います。
    若かったか、当時のことを割に覚えているものです。今のことはすぐ忘れますが。
    写真は河内長野市街から南の山間部にある滝畑集落です。
    万訪さんの勧めで訪ねたものでした。

    万訪 9月22日(金) 21:05
    あの時、、、結構いくつもの町を歩いてますね。画像は橋本。懐かしいです。

    七ちょめ 9月22日(金) 21:36
    元気な姿の西山遊野さんが居られる。感激!!

    孫右衛門 9月23日(土) 09:17
    このときのミニオフ会は私は都合が合わなくて参加できなかったのでしょう。
    橋本がまだレトロ商店街が健在の頃でしたか。昨年訪ねた時は造成地のようになっていました。
    今日のブラタモリは高野山の続編で、今回は高野山の町中を取り上げるようで楽しみにしています。

    関西地区でのミニオフ会というのもしばらくになりますね。万訪さんのスケジュールで組まれることが多かったと思いますが、またいつかやってみるのも面白そうですね。
    以前出たかもしれませんが、飛田の百番で開催というのも興味深いです。
    個人では入れませんし。

    Yasuko 9月23日(土) 16:58
    飛田の百番、行ってみたいです。岡山から行った人の話によれば使っていない部屋は自由にみせてくれた・・・運んでくる人が外国方だったとか・・・聞きました。

    Kさん 9月23日(土) 19:55
    私はあまり好みではありませんが、鯛よし百番は描いています。男性ばかり4、5人で行きましたが、百番の隣の不動産屋の主人が出てきて「ここでスケッチする人は初めて」と言っていました。

    万訪 9月24日(日) 07:29
    西山さんが他界されたのは、2009年秋でした。もう8年。2017年も秋分ですね。
    奇蹟的に大正期の建物群が残っている町並みである飛田も、随分変わっているでしょう。百番でミニオフ会はいいですね。入ったことないですし。

    孫右衛門 9月24日(日) 18:51
    飛田百番、ここにこだわるわけではありませんが、関西ミニオフなら次回はここかという気がしています。
    関西の開催であれば私なども日帰りで参加可能ですので、やはり万訪さんの業務に合わせてというのが日程を決めるにも人数の集まりやすさからいっても良いのではと思います。

    七ちょめ 10月 1日(日) 16:47
    和歌山県九度山町のこの陶器の九度山焼きが健在でした。
    今、洞川温泉の紀ノ国屋甚八でビールを飲みながらの投稿です。

    七ちょめ 10月 1日(日) 20:17
    序でに橋本市の旧和歌山街道の町並みを、見事に何も残って居ませんでした。でも、新しく建った家は殆ど、その場所に住んでおられた方々だそうです。
    写真は旧和歌山街道の町並みです。

    孫右衛門 10月 1日(日) 22:43
    これはもと商店街だった一角でしょうか。もしそうなら、昨年のほぼ同じ時期にこの場所の姿を目にしています。その時は仮店舗みたいなものが数店見られただけでほぼ更地状態でした。
    このような住宅は、短時間でいとも簡単に建てられますが、その分耐用年数も決して長くなく補修・リフォームが必要になりますね。

    七ちょめ 10月 2日(月) 07:17
    外観では判りませんが、殆どの家が役所指導の建て替えですので、費用が余り掛からないことが多いので良い家屋だと思いますよ。近くに古い家を移動した医院と町並み保存の家屋一軒は近くに建て替え移築されていました。古い家に住んでいた方で、その地の新しい店(おもちゃ屋、賑わっていた)の奥さんと話して判りました。
    写真は旧町並み保存の家屋。
    dcm2-110-233-245-2.tky.mesh.ad.jp
    1726: noribeeさん Kさん 9月16日(土) 22:10
    今日、個展会場にnoribeeさんが来られ、親しくお話をしました。最近加入された方はご存じありませんが、かつてメンバーとしてオフ会にも参加され、noribeeさんの「あっち、こっち、どっち」というブログがリンクされています。町並みへの興味は失ってはいないものの、活動の中心がダンスとなっており、町並み探訪の回数も減っているとのことで、「リンクを外してもらってもよい」とのお話でした。いらかぐみには入退会のきっちりした決まりはありませんが、何かの機会に論議したらいかがかと思います。


    七ちょめ 9月17日(日) 09:21
    Kさん 個展大盛況で良かったです。ご苦労様でした。
    今回は旅の疲れもあり、訪問できず申し訳ないです。
    さてNorebeeさんの件です。彼女のブログは時々覗いているのですが、競技ダンスは以前からの最大の趣味で、最大の生きがいだと思います。でも、今でも時々町歩きしたり、花を観賞したりされておられます。入退会云々やリンクを外すなどの(検討)議論はもう少し先延ばしにした方がと思いますが!!…… 私の私見です。

    それより私としては、高齢に付き活動も鈍ってきています。無理に痩せ我慢をして各地をたずねていますが、近い将来にはそれも出来なくなることは事実です。
    5年先という長いスパンじゃありません。1〜2年先の話でしょう。
    オフ会に参加できるのも後何回かと??。そのときにホームページはどうしようかと。ホームページは閉鎖しても、フェースブックかブログだけは残しておこうかなどなど。
    これも「終活」の一環と考えています

    いらかぐみ退会もどうしようかと、皆様に迷惑が掛からない時にと 思案 思案

    Kさん 9月17日(日) 12:13
    七ちょめさんが旅のお疲れで個展には来られないということはうかがっていましたが、noribeeさんと「ひょっとして気が変わり、ひょっこり現われられたら盛り上がるのにねえ」などと話していました。極めてお元気そうでした。

    孫右衛門 9月17日(日) 18:59
    いらかぐみのリンクにNoribeeさんの名があることで、少し気詰まりに感じられているのでしょうか。私個人的には名前やリンクを残しておいて問題ないと思いますが・・。オフ会参加されるのは難しいのかもしれませんが、ミニオフ会が京阪神地区であるときなどは、お会いできるチャンスがあるかもしれません。

    七ちょめさん、そういわず少なくとも後5年は大丈夫ですよ。

    万訪 9月17日(日) 21:18
    Noribeeさん、最近は投稿もオフ会も参加されないので、ご本人の意思で削除されたいというのであれば、そのようにした方が良いかなと思ったこともあります。ですが、Kさんの展覧会にお見えになるところを見ると、おそらくいらかぐみサイトはチェックなさっているということでしょう。今はダンスに忙しいが、何年かしたら余裕ができてきて町並み再開をなさるかもしれません。一方、私もいつかやめてしまうことは否定できないし、目線が変わることだって十分あり得る。七ちょめさんも、あと二年のようにおっしゃっているが、おそらく出来る範囲でやり続けるようにも思います。
    というわけで、前置きが長くなりましたが、今のままでよろしいのではないでしょうか。
    pw126255137208.9.panda-world.ne.jp
    1724: 花巻市の散居村 七ちょめ 9月11日(月) 19:44
    今、岩手県の鉛温泉の藤三旅館で寛いでいます。
    近くの花巻市の散居村の遠景です。
    中々良い散居村でした。

    万訪 9月11日(月) 23:21
    七ちょめさん、東北ですね。飛行機ですか、新幹線ですか。

    七ちょめ 9月12日(火) 06:38
    東北地方の北3県を訪ねています。
    飛行機で伊丹から秋田へ飛んで、レンタカーで岩手県の花巻市へやってきました。


    七ちょめ 9月12日(火) 20:47
    今日の宿泊は八戸市の新むつ旅館です。旧遊郭です。

    万訪 9月13日(水) 06:28
    秋田経由で入られたのですね。
    八戸の新むつ旅館の写真いい感じ。ストリートビューだとこの家だけポツンと離れてある。私も旧遊郭歩いたつもりでしたが、見事に見落としています。

    七ちょめ 9月13日(水) 21:43
    今晩は秋田県のしょう峰苑に泊まっています。
    この宿1番の売りの杉の廊下です。
    一人宿泊の親戚の方と親しくなり、女将や御主人を交えて、随分話しができたのが1番のご馳走でした。
    写真はこの旅館で1番売りにして居る杉の16メールの廊下です。

    孫右衛門 9月13日(水) 21:57
    東北地方の旅館行脚ですね。このような旅は、わたしも実はあこがれます。別ルートで入るネット情報によると八戸の新むつ旅館は、そのジャンルの愛好家の方には垂涎の旅館のようです。
    同宿の方との語らいというのも旅館でないと出来ないことですね。ホテルは万事手軽ですが、こういうところが旅館に泊る醍醐味でしょうね。

    今週は今日まで鳥取県に出張でしたが、1泊2食付6000円の旅館に泊りました。まあビジネス旅館ですが、ホテルに泊って外食やスーパー等で調達することを考えれば十分ですね。料理も観光旅館並とはいかないまでも、十分満足でした。


    七ちょめ 9月14日(木) 07:09
    昨夜は飲みすぎました。今は16代目ですが、14代目のときの分家の方が別の用事で泊まっておられ、私そんなこと知らないのでこの家のことを話していたら、食事の時隣になり、どうも他のお客さんと様子が違うのです。結局、女将も交えて6時半から始まった食事が終わったの10時頃でした。飲みすぎました。写真は食事会場の大広間です。この中央の柱が取り外せるようですが、近年は滅多に外さないようです。


    9月14日(木) 19:20
    楽しい旅となっているようですね。
    そうそう、柱が取れる、このような事例は私も初めて見ました。


    七ちょめ 9月14日(木) 19:43
    樅峰苑のこの中央の柱を外したのは平成13年が最後だったようです。
    それもNHKの取材で実際に外してほしいと頼まれて、外すには外したが、こんどは元に戻すのが大変で、建てた棟梁の孫にあたる方を連れてきて、苦労して設置したそうです。
    もう2度と外さないと仰っていました。
    柱を外す遣り方も聞きましたが、もう一つ理解できませんでしたが、大屋根から鉄棒で吊り下げ、その鉄棒にネジが切ってあって、それでその柱にかかっている鴨居を少し釣り上げて置いて、下の柱を外すそうです。
    女将からは洪水時の水難の話を多く聞きました。
    樅峰苑(しょうほうえん) 樅と云う文字が出てこないので、旅行中はひらがなで書きましたが、名前の由来を聞いて成るほどと思いました。大仙市の天然記念物に指定されている庭の「モミ」の樹に因んでいるそうです。苦労して文字を書いていましたが、樹の「モミ」と入れると簡単です。
    やっぱり自宅のパソコンからの投稿の方が楽ですね。


    七ちょめ 9月15日(金) 07:01
    この建物が旅館「樅峰苑」と云う旅館ですのでびっくりですね。
    今年の豪雨時にも避難指示がでて、全員避難したそうです。

    泊った旅館は、鉛温泉の藤三旅館・八戸市の新むつ旅館・大仙市強首温泉の樅峰荘の三つ。訪ねた町並は岩手県は花巻市の散居村・遠野市上宮守・軽米町・花巻市大迫町大迫の4ヶ所、青森県は三戸町同心町(以前訪ねた所の隣)・八戸市・黒石市温湯温泉・平川市金屋・平川市尾上栄松の5ヶ所、秋田県は大仙市刈和野・潟上市飯田川飯塚・秋田市新屋表町の3ヶ所で、合計12ヶ所の町並でした。
    皆様のホームページの情報もあるし、自分で探したところもありました。
    旅館を午前9時出発、そして旅館着は4時過ぎの到着を大体守りました。

    万訪 9月15日(金) 10:16
    この地域は河川氾濫を何度も経験しるようですね。すぐ裏に雄物川の堤防が築かれていますが、割と最近と聞いてびっくりしました。でも、この家は土台を高く作ってあるので、浸水リスクは少ないと聞きました。


    七ちょめ 9月15日(金) 10:51
    いやいや、この家の浸水リスクは相当高いです。
    女将から随分と浸水について聞きました。今年も強制的に全員避難したそうです。
    でもこの強首地区は水害から守る「輪中」が平成14年に完成したので、その堤防に守られて、今年の豪雨でも大丈夫だったようで、輪中から外れている地域は大きな水害があったようです。この強首地区も周りが水害に逢うと孤立しますので、ヘリポートも完備していて救難や物資補給ができるようになっているそうです。
    昭和22年のキャサリン台風時には1.5mも水が家に入ったそうです。それから「輪中」が計画されていたが、昭和63年には水が庭まで来たそうです。そして平成14年にやっと完成(輪中堤防が)したと女将の話でした。
    でも、すぐ裏に雄物川の堤防がありひやひやものでしょうね。

    粟津温泉の「法師」の女将の話を今年のオフ会でするのを忘れましたが、この樅峰苑の女将の話もいろいろと聞きました。もう一人の宿泊客が、先々代の分家の子孫の方だったので、余計いろいろ話されたのでしょうね。



    七ちょめ 9月15日(金) 16:21
    写真は八戸市の「新むつ旅館」の入ったところの広い所です。
    意匠と云えるか、複雑な階段が意匠として備わっていました。この写真を撮ったのも昼間で、天窓からの明かりもありました。

    万訪 9月15日(金) 17:48
    この地域は河川氾濫を何度も経験しるようですね。すぐ裏に雄物川の堤防が築かれていますが、割と最近と聞いてびっくりしました。でも、この家は土台を高く作ってあるので、浸水リスクは少ないと聞きました。

    万訪 9月15日(金) 19:20
    間違えて2度アップしてしまった。
    あれれ、女将さん言ってることが違うなぁ。。^_^


    七ちょめ 9月15日(金) 20:02
    樅峰荘の女将さんの言っていることも本当だと思います。
    兎に角、洪水被害は昔から受けている地域ですので、いろんな方法で被害を食い止める工夫をされているようです。土台を高くしているのも事実でしょう。
    今の建物は大正6年に、12代目当主によって建てられたものです。
    一番気を使ったのは、大正3年に起きた強首地震で、集落の大部分が壊れてしまったので、再建築時には一番地震対策に力を入れたそうです。そのためにお抱え棟梁を1年間京都に派遣して社寺仏閣の建築を学ばせてから、自分所有の山から木材を切り出したそうです。床柱だけは特別硬い「鉄刀木」(たがやさん)という樹を東京から取り寄せて使ったそうです。でもこの「鉄刀木」は外国産だそうです。
    当時日本には無いのか流通してなかったそうです。この鉄刀木は床柱と床の前に使われています。当時のお金でこの鉄刀木だけで、家が一軒建てられたそうです。一般的な床の前木の紫檀を少し茶色くしたような柱でした。
    16代目の今の当主も女将も、「樅峰荘」の売りは広間前の16mもある杉の廊下とおっしゃっていました。

    只、「樅峰荘」という名前は昭和41年創業時に、先代の主人が亡くなり女将がこの家を「ヘルスセンター」として営業した時から付けた名前だそうです。
    強首温泉自体は石油を掘り出す積りの掘削で、石油が出ないで温泉が少し出たそうで、それが昭和36年〜37年頃だそうです。引き湯してヘルスセンターを経営していたそうです。
    当時16代目のご主人は東京でホテルマンをされていて、その時に結婚されたので、旅館の女将になるとは夢にも思わなかったそうです。

    今の温泉を掘り当てたのは9年前(平成20年頃)だそうです。多分温泉の脈がありそうだから、掘ってみたらとの進言で掘ったらしいです。そしたらよい湯が出たそうです。
    海の水のようにショッパかったですが、温泉としては温泉と思えるお湯でした。
    湧き出す量も多く、じゃんじゃんと流されっ放しの温泉にはビックリです。
    女将にもっと温泉のことを宣伝しなくてはと「はっぱ」をかけておきました。
    でも、分析の成分的には余りよくないと仰っていましたが、どうだかわかりません。


    M014010098160.v4.enabler.ne.jp
    1725: 仕事がらみで 孫右衛門 9月13日(水) 23:17
    この3日間鳥取県に詰めていた中で、夕方の時間を利用して少し町並を見てきました。
    いつの間にか日も急速に短くなってきているので仕事後に訪ねる時間は限られてきます。
    赤碕の港町です。海岸線に沿って延々と連なる家並で、間口が狭く奥行の深い家々が連なり、漁村的というよりある意味宿場町的でもあります。
    家々の北側はすぐに日本海で、集落を出外れると広大な墓地があるのも印象的です。

    孫右衛門 9月13日(水) 23:23
    同じく赤碕町にある光(みつ)と言う農村集落です。この集落はずっと以前に、地元の新聞社の刊行した本で土蔵に様々な鏝絵が見られるという小さな記事を頼りに訪ねたことがありました。
    今回、集落の入口に「光の鏝絵」と書かれた看板がどーんと立てられ、20台も泊められそうな駐車場も整備されていました。平日なので車はありませんでしたが、地元は意識されているのでしょう。

    万訪 9月14日(木) 22:04
    赤碕ですか、懐かしい。仕事はクルマですか?

    孫右衛門 9月14日(木) 23:04
    赤碕の町並の雰囲気は良いですね。山陰では印象的な町並の一つでしょう。
    仕事は現場絡みですので、ライトバンでの移動でしかも作業着姿です。ただ折りたたみ自転車を積んでいましたので、その格好でカメラを手にしての再訪です。
    来週また鳥取県で仕事で、三朝温泉を押えています。

    万訪 9月15日(金) 06:26
    作業着着て写真撮ってると「なんの調査ですか?」って言われそうですね。鳥取の仕事来ないかなぁ。
    pw126236065209.12.panda-world.ne.jp
    1723: 密里を歩く 紀伊水道 万訪 9月11日(月) 08:03
    紀伊半島の紀伊水道に沿った密集系集落を歩いて来ました。
    画像は有田市矢堰港の集落。いつもクルマを港の埋め立て地において歩くので、そのつもりで行ったら、途中から途中から降りられない。中腹のみアクセスできて、そこから先は全て徒歩という集落です。両側が断崖絶壁で囲まれていますからね。景勝地でホテルとかありますが、一軒だけ営業。他は廃墟化してました。

    万訪 9月11日(月) 08:05
    美浜町の三尾。通称「アメリカ村」です。移民地からの送金で裕福だった頃の建物でしょうか、結構立派。

    万訪 9月11日(月) 08:07
    下津町大崎漁港。ここは、かつて風待ち港だったようで、土佐屋という四国の名のついた商店がありました。港にかざまちカフェなる、村おこしカフェがあって、中々居心地が良かったです。

    万訪 9月11日(月) 08:08
    下津町戸坂。塩津の奥の漁村。急斜面度が凄い。

    万訪 9月11日(月) 08:10
    Yasuko さん、和歌山市の紀和に「天王新地」という遊郭がありました!

    万訪 9月11日(月) 08:11
    最後に時間があったので、黒江を21年ぶりに歩きました。全然記憶にありませんでした。
    近くの日方もいい町並みですね。

    Yasuko 9月11日(月) 17:03
    万訪さん天王新地、和歌山へは2012年に行きました。なんとなくな雰囲気にそそくさと写して帰ってます。万訪さんの写された角度の写真はありませんでした。
    また、眠っていた虫が起きますね。
    情報ありがとうございました。

    万訪 9月11日(月) 23:19
    Yasukoさん行かれてたのですね。さすがです!
    土手道から見て二つのゲートがありますが、西側はYasukoさんの写真とあまり変わってなく、東側が変わっていました。

    七ちょめ 9月12日(火) 06:31
    万訪さんは和歌山ですね。黒江も3度訪ねていますが、最後に訪ねてからでも10年以上経ちます。近くだから又訪ねたいですね。G
    dcm2-119-240-143-162.tky.mesh.ad.jp
    1722: 京都の探訪 孫右衛門 9月 3日(日) 22:13
    昨日から京都を訪ねていました。宇治市や伏見区など南部の数箇所を訪ね、その後の1日半はずっと京都の市街地を訪ねていました。

    京都の旧市街地は、ミニオフ会があったりその他何だかんだで時折訪ねていましたが、今回は前回からかなり日が開いての訪問でした。特に私の学生時代のホームグラウンドであった西陣地区は8年ぶりでした。

    泊った場所は私が学生時代に過していた位置から歩いて数分のところです。「三上家の路地」があるのすぐそばにある町家を利用したゲストハウスでした。最近はこの形式が急激に増えているようですね。驚くべき現象と思います。昔ながらの商店街でも店舗から宿に転向した例も多く見られ、大袈裟に言うと都市の構造的な変化にも感じました。
    しかし京都だからこそのそのままな部分も感じましたし、その辺の印象が入り乱れています。色々な感慨を抱いたり、眼が変わっていることによる新しい発見もあり探訪の質自体もいつもとはかなり違うものになりました。

    いつものように町並ページだけ作ってそれで終りではなく、探訪全体を文章化することで整理できるものと思いました。

    孫右衛門 9月 3日(日) 22:42
    古い町並としての探訪は宇治(学生時代以来の訪問)、淀、久御山町東一口、伏見(再訪)、京都市街地では吉田山麓の神楽岡町です。
    西陣や東山界隈は面的に自転車で走りまくりましたが、町並ページとしてはどうするかは未定です。

    東一口は余りに交通の便が悪いのでなかなか訪ねる機会がなく今になりました。宇治を訪ねた後、京阪淀駅までのバスを見つけましたので、それに乗って淀駅より少し前のバス停で降り、淀の町並を歩いてから延々30分余り淀川の堤防を遡ってたどり着きました。その後はイオンモール久御山まで歩いて同じく京阪バスの中書島便に乗ると言う算段でした。イオンモールバス停からだと15分ほどで、これが一番良いアプローチのようです。
    しかしここはビックリするようなところですね。厳かな長屋門や土蔵を従えた家も多く、自然堤防上に展開する良い町並でした。

    神楽岡町は万訪さんの情報でした。全く知りませんでした。ありがとうございます。
    後、同志社大学の洋風建築、「京の夏の旅」として特別公開された施設を巡りました。わが卒業した大学の構内も久々に歩きました。

    万訪 9月 3日(日) 23:05
    京都探訪でしたか。京都は定期的にブラリと訪れると、自身の見る目の変化が町並みに現れたりして面白いです。大阪や東京も同じくです。奥が深いんでしょうね。
    東一口は、へいはんな出張の際に引っ掛けて行ってやろうと狙っていますが、不便で難しそうですね。今週末は涼しくてよかったですね。

    Kさん 9月 4日(月) 07:40
    孫さんは昨日京都でしたか。私も昨晩、京都で会合があったので、その前にと午後早くから祇園近辺でスケッチしていました。西陣へ行こうかなとも思いましたので、ひょっとしたら偶然出会うということがあったかも知れませんね。
    東一口は車なら便利なところですが、公共交通機関だとどう行ったらよいのか分からない場所ですね。旧山田家の門は凄いでしょう。写真を見ると全面的にに修理していますね。元の持ち主は横浜に住んでおられ、維持管理が大変だとして、久御山町に寄贈されました。今では公開されているのかな。
    山田さんとはこのスケッチが縁で、ネットづきあいが始まり、一度私の個展にも来ていただいたことがあります。


    七ちょめ 9月 4日(月) 13:20
    東一口の旧山田家住宅の長屋門が綺麗に修復されておりますね。
    この長屋門の屋根が波を打っていた時に写真を撮っていると、出入りしていた植木屋さんに写真を撮るなと怒鳴られたことがありました。

    孫右衛門さんと一緒に園部オフ会前に、この東一口集落も訪ねたものと思っていましたが、オフ会記録をみると、私とYasukoさんとNoribeeさんの3人でした。園部オフ会には孫右衛門さんは参加できなったようでした。
    このメンバーに孫右衛門さんが加わったのは翌年の長浜オフ会の時でしたね。

    孫右衛門 9月 4日(月) 21:54
    昨日は午前中は西陣付近にいましたが、昼からは下鴨付近から京大〜吉田山麓、その後岡崎付近を経由して祇園付近もうろうろしていました。その辺りでKさんとはニアミスだったようですね。祇園まで南下したのは「大雲院祇園閣」が特別公開されていたからです。

    東一口は園部のオフ会の時に複数で訪ねらたのですね。市街地にも近いのに、陸の孤島のような場所です。細長い島のような地形もあって、古い姿が残っているのかもしれません。
    私も一生懸命調べましたが公共機関では、京阪電車で中書島まで行き、バスで久御山のイオンモールまで乗り、そこから歩いて往復するしかないようです。歩いて15分と言いましたが集落は長々と続きますので、集落西端からだと淀駅まで歩くのと余り変らないかもしれません。
    とにかく車でないと訪ねるのは厄介です。

    山田家住宅は定期的に公開されているようでしたが、土曜日は毎月第二だけとのことで門は閉まっていました。

    孫右衛門 9月 4日(月) 22:16
    今回泊った町家ゲストハウスです。原形も少しは留めていて、私の泊った2階の部屋へは梯子のような階段で上り下りします。30歳くらいの女性がオーナーとして切盛りされていて、ご主人は台湾の方、京都でお互い学生として知り合ったとのこと。

    それにしても町家が本来の住居として使われている姿は本当に少なくなっていますね。町家風の戸別分譲住宅が連なる小路といった風景も珍しくなくなりました。町家の一棟貸し、といった貼紙をつけた無住の町家も多く見ました。

    孫右衛門 9月 4日(月) 22:28
    これは西陣の浄福寺通という南北の小路です。ここは石畳調に改装され、改装された町家や織物業者が外来客を迎え入れていました。西陣地区ではこういう外向けの姿はなかったので、良いか悪いかはわたしもよくわかりませんが変化の一つです。

    太泉八雲 9月 8日(金) 23:13
    京都最近行っていないですね。
    孫右衛門さんのお泊まりになった宿はなんという宿ですか?

    私が以前常宿にしていた一つ「胡乱座」に似ていますが。
    良い町家ゲストハウスが増えていますね。

    その宿では急な箪笥階段を上った通りに面した厨子二階の「みせの間」がお気に入りでした。

    孫右衛門 9月 9日(土) 11:29
    私が泊ったのは「梅夜」という宿です。西陣の「紋屋の図子」にあり、すぐそばに三上家もあるといった環境です。
    同じように急な階段を登った2階に泊りましたが、通りから引いたところにある棟でしたのでつし2階ではなかったです。
    自転車で久々にこの付近を走ってみると、町家ゲストハウス、一棟貸しの宿などが多く眼につき、私が学生として住んでいた頃とはまさに隔世の感がありました。路地全体が新築の町家風分譲住宅群となっている風景も見ました。

    写真は祇園の近くにある古川町商店街ですが、以前の昭和レトロというイメージはなく、半ば町家旅館、ゲストハウス街となっていました。店の撤退、一等地にあり宿泊施設不足も相まって再利用が進んでいるのでしょう。

    変わっていなくて懐かしさを感じるところも多かったですが、やはりもうかなりの年数を経ていますのでね。それでも京都だからその変わり方は緩やかなのでしょう。

    Kさん 9月10日(日) 10:43
    女性下着のワコールが、京町家をリノベーションして旅館にする事業を始めます。50軒ほどを展開するそうです。もう珍しい存在ではなくなります。

    古川町商店街はつい先日までは、昼なお暗きシャッター街でしたが・・・。

    孫右衛門 9月10日(日) 21:26
    そうなんですか。中心街では食事処などに使われている例も多いですし、京町家も第二世代になってきているのでしょうね。
    京都市街地のなかでは、私が学生の頃から古川町商店街は中心部に近いのに寂れている感じでした。

    今は鳥取県赤碕の旅館にいます。仕事の関係なのですが、赤碕の町並は何とか見て帰ろうと思っています。
    om126237052212.9.openmobile.ne.jp
    1721: 5ヶ月ぶりに帰ってきたエル 万訪 9月 3日(日) 09:46
    マイカーのエルグランドちゃんと5ヶ月ぶりに再会! 3月末に会津の雪道で2回転スピンして前面を潰してしまいましたが、会津の修理工場が頑張って治してくれました。何が大変って、改造の度合いが凄く、ノーマルに戻すのに一苦労。結局、同年式のエルグランドの解体車を持ってきて、横に置きながら1つづつパーツを移植していったそうです。彼の臓器が移植され動いている。ありがたいことです。
    それで、スーパーチャージャーは外しパワーダウンしたものの、走りは元に戻りました。会津下郷の東洋車体さん、本当にありがとう!ずっと大事に乗ります!

    万訪 9月 3日(日) 09:49
    出来上がりを見るため、下郷町内を走らせていたところ、川の東側にいい町並みがある!もしやと調べたら、uranoさんが紹介している落合地区でした。urano さん流石です!見事な座敷蔵と母屋を1つ屋根にした民家が並んでいました。

    万訪 9月 3日(日) 09:49
    落合地区

    万訪 9月 3日(日) 09:52
    下郷から南郷を通って只見町へ。ここまでくると蔵は減りますが、曲り家が沢山残っていました。

    万訪 9月 3日(日) 09:56
    新潟福島県境の田子倉湖・六十里越峠を越えて小出へ出て、関越道で群馬県沼田市へ。かつて歩いてましたが、崖線の大階段を取材していなかったので再訪。なかなか素晴らしい!

    万訪 9月 3日(日) 09:56
    滝坂の大階段

    万訪 9月 3日(日) 09:58
    段丘上にある沼田の中心市街。商店街に残るわずかな古い町家の町並み。

    七ちょめ 9月 3日(日) 20:30
    エルグランドが復活ですね。でも修理??、元に戻す費用は大変だったようで!!
    落合集落の屋敷藏と母屋の一体構造の家、いいですね。

    またこの曲がった屋根のある階段。これも見事です。

    万訪 9月 3日(日) 21:10
    蔵を組み込んだ母屋っていうには、凄い迫力でしたよ。
    車の件。12年乗って、8万キロ近くで、あれだけ前面を潰したら普通は廃車にするでしょうが、カミさんの思い出が詰まってるもんで。

    孫右衛門 9月 3日(日) 21:43
    万訪さんのエルグランドといえば、奈良井オフ会の後に諏訪地区を二人で探訪したときを思い出します。時間と費用をかけてでも、長く大事にされている理由もよくわかりました。

    この階段の屋根組みはすごいですね。
    豪雪対策?とも思いましたが、沼田は上州側ですのでそうではないのでしょうし。

    七ちょめ 9月 3日(日) 22:32
    どうして高額な修理費をかけてと思いましたが、そうだったのですか。
    だったら簡単に廃車はできませんね。
    M014010098160.v4.enabler.ne.jp
    1720: 美濃の町並み 七ちょめ 8月28日(月) 20:00
    郡上八幡の備前屋に泊まっています。
    途中に立ち寄った美濃市のウダツです。
    前回訪ねてから大きく変わって居ませんが、観光客が多かったのが変わった点でしょうか。


    孫右衛門 8月28日(月) 22:40
    郡上八幡は私も一度泊ってみたいところです。町並ももちろんのこと、水のある風景が多いのも魅力で、郷土料理も食したいですね。レポートが楽しみです。

    美濃の町並は私もこれまで3度訪ねていますが観光客はほとんど目にしていません。そのうち2度は年末近くと早朝だったので当り前ですが、せっかく重伝建地区として保存されているので、もっと沢山来てもらって町並の貴重さを感じてもらうのは大歓迎です。

    万訪 8月28日(月) 23:57
    七ちょめさんは、実に神出鬼没ですね。郡上八幡とは予想だにしなかった。
    美濃市の写真、なんだかレトロな写りですね。

    Kさん 8月29日(火) 07:28
    美濃市はうだつを追っかけていたずいぶん昔に行ったきりです。私のスケッチも変化していますので、また行きたい場所に1つです。

    七ちょめ 8月29日(火) 08:46
    確かに古い写真のような写りですね。
    タブレットの写真ですが、色合いの設定が悪いですね。

    Kさん 8月29日(火) 10:39
    ホームページに掲載していない小さなスケッチがありました。

    urano 8月29日(火) 22:38
    トップの写真、味わいがあって、私は好きな色味です。
    美濃町は行く前まで「なんでここが『うだつの町』を専売特許のごとく名乗っているのだ? 脇町にも、海野宿にもあるのに」と思っていましたが、訪れたとたんに心の中でお詫び申し上げたことを覚えています。
    ここのうだつは本当に見事ですよね。よくぞ残って(残して)くれたと思います。

    七ちょめ 8月30日(水) 09:16
    卯建の町並、美濃 の町並は殆ど昔のまま残っていました。外観は卯建そのものですが、喫茶店になっていたり、土産物屋になっていたりしたのは仕方ないと思います。

    七ちょめ 8月30日(水) 09:18
    泊まりたかった岡専旅館の建物もそのまま健在でした。廃業されて残念ですが建物が残っているだけでも良しとしましょう。

    七ちょめ 8月30日(水) 09:20
    郡上市の八幡町の町並も殆ど昔のままでした。
    写真は観光客に縁のない職人町の町並です。14〜15年前と殆ど同じでした。

    七ちょめ 8月30日(水) 10:22
    郡上市八幡町の「やなか水の小路」近くにある鳥谷の町並も健在でした。

    孫右衛門 8月30日(水) 23:55
    この職人町の袖壁の連続は私も好きです。郡上八幡やはり泊りたいですね。
    七ちょめさんの再訪レポートは何だか新鮮に感じます。

    美濃も岡専旅館が現役なら、オフ会の候補上位にも間違いなく挙がるはずなのに残念です。タイミングさえ合えば現役中にオフ会会場になっていたかもしれないのに!

    Kさん 9月 1日(金) 09:23
    七ちょめさんがブログで取り上げておられる、屋根神さんのある美濃の表具商のお宅。このスケッチをしているときにご主人と話が弾み、その後しばらく「文通」していました。建物は1872年(明治5年)の建築とのことでした。今は代替わりしていることでしょう。

    七ちょめ 9月 1日(金) 13:29
    この屋根神様ですね。京表装商とありますね。
    今でも現役のようです。

    太泉八雲 9月 2日(土) 10:37
    郡上八幡は私も泊まってみたい町の一つです。
    だいぶ昔にチェックしていた宿もありました。
    七ちょめさんの宿情報楽しみにしています。

    七ちょめ 9月 2日(土) 11:24
    写真だけなら
    http://matinami.o.oo7.jp/hatago/higasi-nippon/bizenya-gujyou-hatiman.html
    でUPしています。
    よろしかったら見てください。いろいろなことはブログとフェースブックに!!

    太泉八雲 9月 2日(土) 21:42
    ああ、ここでしたか。
    実は僕もチェックしていた宿はこの備前屋でした。
    195.89.232.153.ap.dti.ne.jp
    1719: お馬鹿な父娘の北海道カントリーサインの旅 万訪 8月22日(火) 05:46
    というくじ引きの旅に行ってまいりました。娘の企画でして、176の市町村の道路標識カントリーサインを都度引いて行き先を決めて移動する旅です。町並み探訪はあまりせず、とにかく走りまくる。4日間2250kmでした。
    画像がその全貌。A以降の番号が引いたクジの順番で、最後のGHは流石に帰り道として選べるエリアを限定しましたが、それ以外はヤラセなしです。黄色は移動中に歩いた街です。

    万訪 8月22日(火) 05:47
    たまたま引いた浦臼町。ワイン造りの盛んな街で、石蔵なんかがあって良かった。

    万訪 8月22日(火) 05:50
    十勝で泊まった帯広。夜の飲食店街が凄くいい。今までスルーしてました。

    万訪 8月22日(火) 05:52
    ここも道北の中頓別で引いたら出た道東の美幌町。今までスルーしていましたが、歩いてみると面白い。

    万訪 8月22日(火) 05:53
    最後は留萌の夜の飲食店街。ここも面白かった。

    万訪 8月22日(火) 05:57
    留萌の夜の飲食店街。
    他に良かったのは、栗山の小林酒造の煉瓦蔵群、糠平湖の旧国鉄の鉄道橋など。
    くじ引きでもなければ行かなかったただろう偶然の発見もあって、いい旅になりました。

    万訪 8月22日(火) 06:34
    栗山町の小林酒造

    七ちょめ 8月22日(火) 09:25
    娘の無茶苦茶な企画と云われていた「くじ引きの旅」楽しそうで良かったです。羨ましいですね。第一親娘で旅ができる。第二若くて行動力がある。第三親娘とも旅好きである。
    第四人のやらない奇抜なことができる。…… 羨ましいです。

    それとフェースブックに投稿されていた「RICOH THETA」の360度、四方八方みられる写真は良いですね。私、動画にはあまり興味がありませんが、この「Theta」は遣ってみたいです。

    孫右衛門 8月23日(水) 00:11
    北海道を縦横に走られると、すぐ1000km単位になりますが2250kmとは驚きです。
    松前から天塩中川、中頓別まで廻られたのですか。
    こういう旅は、わたしには出来ませんのでやはり羨ましいですね。

    今のところ、北海道を訪ねる積極的な理由が見当たりません。ただ前回訪ねて9年ほどになりますので、懐かしみ+新発見で再訪したい気は消えていません。
    町並探訪も少しだけ加えて。

    帯広のいなり小路というのはいかにも創った風に見えます。しかしそれが自然な昭和の飲み屋街のように見えてくるから不思議。騙されてしまいそうです。

    urano 8月29日(火) 22:34
    とても充実された北海道旅行だったようですね。浦臼は北海道の近代建築か何かの書籍で取り上げられていて、いずれ行きたいと思っていましたが、いい石蔵が残っているのですね。ただ、ストリートビューで見る限り、だいぶ連続性は失われてしまっていますが、町並みの少ない北海道では貴重です。

    私も積丹半島から礼文島あたりまで、日本海岸のニシン番屋を総なめする旅をしたいと思いつつ、一向に実現できてません。やっぱり北海道は遠いです。
    em1-115-198-148.pool.e-mobile.ne.jp