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    1941: 「郵便名柄館テガミカフェ」開館5周年 Kさん 4月 4日(土) 20:20
    奈良県御所市名柄に「郵便名柄館テガミカフェ」という建物があります。昔、名柄郵便局として使われていた建物で取り壊し寸前だったのを、地域興しの拠点にとリニューアルし、資料館兼レストランとしてオープンしたものです。
    社団法人が運していますが、その建物が5月3日に開館5周年を迎え、記念イベントとして私のスケッチの展示をしてくれることになりました。

    1992年から名柄の町並みが気に入ってたびたび訪問し、そのスケッチをホームページに掲載しているのが目に止まったようです。昨日、打ち合わせと新たなスケッチのため現地に行ってきました。

    コロナウイルス禍でひょっとしたら中止になるかも知れませんが、その時はその時です。

    Kさん 4月 4日(土) 20:22
    これが記念イベントのお知らせチラシです。

    孫右衛門 4月 5日(日) 16:18
    おめでとうございます。Kさんのスケッチ作品が一般に知られる機会がこれでまた増えましたね。
    御所の市街地は3・4回は訪ねているはずですが、名柄地区は1度だけです。郵便局は一部が写ったものはありました。2008年の夏に訪ねていますね。

    Kさん 4月 9日(木) 06:54
    「郵便名柄館テガミカフェ」もコロナ風に勝てず、9日から”当面の間”、休館となりました。再開の見通しは誰にも分かりませんね。せっかく縁ができると思ったのに残念です。
    180-144-83-213f1.nar1.eonet.ne.jp
    1942: 繁忙期明けの探訪 孫右衛門 4月 6日(月) 21:29
    この土日に鳥取県を訪ねてきました。未訪問の町並を数箇所と、三朝温泉にある古い湯治旅館に泊ることを目的としたものです。
    これは日吉津村の町並です。周囲を米子市に囲まれた狭い面積の村で、日野川を挟んだ反対側は皆生温泉です。詳しく調べていないのですが立派な豪農集落が残り驚きました。
    辰巳屋さん、七ちょめさんの情報もあり4・5箇所新しい町並も訪ねることができました。

    当初3月20・21日に予定したところ年度末の余波でやむなくここに伸ばしましたが、その間に事態が急速に悪化し、情勢を連日睨んでいました。
    繁忙期明け一番の探訪ということで中止はしたくないと思い、ぎりぎり実行できた探訪と思います。今週末なら厳しかったですね。

    孫右衛門 4月 6日(月) 21:50
    三朝温泉は、少し前にこの方面に現場出張が頻繁にあった時期があり、何度か泊ったことがありますので勝手はわかりますが個人目的で初めてでした。
    泊った「桶屋旅館」は大正期創業の老舗旅館で、通りを挟んで建つ登録有形文化財の大橋旅館には譲りますが源泉が浴槽の底から自噴する浴場を持つことでも結構知られた宿らしいです。

    孫右衛門 4月 6日(月) 21:51
    桶屋旅館の浴室です。半地下のような造りになっており、浴槽には石が敷き詰められており静かに源泉が湧きだしていました。

    Yasuko 4月 7日(火) 21:34
    今の時期、貴重な探訪ですね。三朝温泉は何回か行ったことがありますけど、桶屋旅館には昔は目が言ってなかったです。よさそうな宿ですね。浴室も風情があって一度は行ってみたいです。近頃色んなところが倒産いているのでこの時期をどこも耐えてほしいです。

    孫右衛門 4月 8日(水) 20:43
    桶屋旅館は湯治目的で連泊する客も多いと聞きます。料金も比較的手ごろなのでお勧めです。

    これは倉吉の保存地区内ですが、重厚な商家が連なるだけでなく洋館風や小規模町家が挟まったりしている情景にまた魅力があると思っています。数年ぶりに訪ねましたが地震により修理中の建物も見られなくなり、かつての姿を取り戻したようです。

    私とYasukoさん・辰巳屋さん以外は非常事態が宣告された地域にお住まいですので、かなり情勢は緊迫したものになっていると思います。
    その点でちょっと温度差があるのかもしれませんが、私も当面の間宿泊を伴うものは見合わせです。
    様子を見ながら市街地以外のエリアを訪ねられればと思っています。ただ瀬戸内の島といっても、船に乗って高齢者が多い離島を訪ねることになるので、それもどうかというところですね。
    p858250-ipngn200605niho.hiroshima.ocn.ne.jp
    1940: 京都の重文民家を訪ねて urano 3月29日(日) 11:04
    ご無沙汰しております。
    なかなか投稿できずにすみません。
    もうひと月以上前のことになりますが、2月某日に京都出張があり、仕事の前後に重文民家を見てきたのでご報告いたします。

    ちょうど、中国人観光客が途絶えて、「京都から人が消えた!」と話題になっていたさなかのことでしたが、私にとっては6年半ぶりの京都市中であり、「もともと2月は閑散期で、この程度の人出だったような」という感想を抱きました。
    (2月の京都は2004年以来、16年ぶり)

    写真は七条通りです。
    最初の目的地、重要文化財「角屋」に向かうバスの車窓で町並みに気づき、下車しました。
    いらかぐみの皆さんにとってはおなじみの場所かもしれませんが、初めて目撃し、連続性に驚きました。

    urano 3月29日(日) 11:04
    角屋です。文化財のカテゴリーでは「民家」です。
    残念ながら冬季休館中で外観見学のみ。

    島原遊郭は初探訪でした。意外と古い建物が残っていましたが、空き地も見られ、10年前とは風景が変わっているのだろうな、と思いました。

    urano 3月29日(日) 11:05
    重文・冷泉家住宅。貴重な公家住宅です。
    毎年秋に土間部分のみ公開されます。
    一度見てみたいものです。

    urano 3月29日(日) 11:07
    重文・裏千家住宅。こちらは完全非公開のようです。
    インターネット情報によると、裏千家に入門すれば見せてもらえるようですが……。

    urano 3月29日(日) 11:07
    重文・二条陣屋。なんと水曜定休で見学できず。
    結局、今回の探訪では、すべて外観見学となりました。
    庭の手入れをされているご様子でした。

    urano 3月29日(日) 11:08
    おなじみの膏薬辻子です。
    重文・杉本家住宅に向かう途中で歩いたのですが、西側が空き地になっていてびっくり!

    urano 3月29日(日) 11:09
    6年半前の膏薬辻子です。
    メディアに盛んに登場する路地でさえここまで変わるのですから、ほかの町角の変貌ぶりは推して知るべしと感じました。

    urano 3月29日(日) 11:10
    連投すみません、これで最後です。
    西陣の紋屋図子です。
    西陣界隈は、かつて上七軒を歩いたのみで、それ以外の道は今回初散策となりました。
    この一角を除いて、連続性はあまり高くないと感じました。
    10年前に歩いておきたかったですね。

    孫右衛門 3月29日(日) 21:31
    学生時代過ごした京都には3年前に訪ねたのが最後です。現状を少し知ることができました。ありがとうございます。
    6枚目は膏薬辻子の四条から下って左側でしょうか、ここにはビルでも建つのでしょうか。昔、いらかぐみでこの小路を歩いたことがあるのです。四条通からすぐのところに京町家を思わせる家々が連なるのは代えがたいものがあったはずなのに、京都でもこのような変化が起きているのですね。
    この紋屋図子近くにある町家を改装したゲストハウス的な宿に前回泊りました。西陣地区は学生時代住んでいたエリアで懐かしさは感じましたが、確かに町並の連続性はそれほどではないですね。表向きは変わっていないように見えても、中身はかなり変わってしまっているのを感じました。

    Yasuko 3月29日(日) 23:54
    京都の写真、うらやましく拝見いたしました。春になったら桜が綺麗だろうなと行きたかったのです。今は自粛ムードで何処に出かけるのも憚られるような、雰囲気ですね。旅行好きにとっては忍耐の時期ですよね。

    孫右衛門さん山陰の旅いかがでしたか、ご報告楽しみにしております。

    Kさん 3月30日(月) 07:08
    私の膏薬辻子でのスケッチは2011年7月ですが、この時でも一部は空き地になっていました。この絵は四条通を背に、南向きに描いていますが、西側は空き地になっていますね。その後ホテルが建ったと思いますが、さらに広い範囲の家も取り壊されたのですね。

    辰巳屋 3月30日(月) 13:45
    お久しぶりですuranoさん。
    京都は、毎年冬に1週間位は行くのですが、今年は新型コロナで自粛しています。
    膏薬辻子は、いつも泊まるホテルの直ぐ近くにあり、京都を代表する辻子で、京都らしさを感じる場所です。
    画像は、2019年1月の景色で、「おや」と思ったところでした。工事用の柵が設けられていたので、てっきりホテルが建つのかと思っていました。今は、一応板塀のような物が作られているのですね。

    urano 3月31日(火) 21:40
    膏薬辻子の写真は、四条通りから下がって、右・左とクランクを折れた先の右側(西側)です。(写真は南から北に向けて撮影)。かなりの範囲が更地になっていて驚きました。
    辰巳屋さんの写真は、解体直後といった雰囲気ですね。解体はほんの半年くらい前のことだったのかもしれません。今後の建設計画などの表示はなかったように思います。

    西陣はところどころに豪壮な京町屋が見られましたが、思いのほか連続していなかったですね。もっと早くに歩いておくべきでした。
    om126133004189.21.openmobile.ne.jp
    1939: 重伝建選定を控える宮島 孫右衛門 3月20日(金) 21:31
    今日、思うところがあって宮島に行ってきました。最近は外国人客の急増もあって混雑を極めていたので足が遠のきがちでしたが、今日は外国人客に加え団体客もほぼ皆無で、子供の頃の記憶からすれば、これが旧来の姿に近いといったところです。
    一般の観光客は余り足を向けませんが、町家群や門前町としての裏通りは重伝建地区としての要件を満たしていて、後は地元住民の一定率の賛成を取り付けられればといった最終段階です。ここで頓挫する確率もないわけでないですが、ほぼ間違いないものと思います。
    保存地区でなくとも住民の方々は高い意識を持たれているので、伝統的建物は保持されていくものとは思いますが、重伝建地区となることによって確実なものになってほしいものです。

    孫右衛門 3月20日(金) 22:00
    この辺りが一番町並らしいところです。

    Yasuko 3月22日(日) 17:12
    昨日竹原へ行く機会がありました。格子も見てきました。結構道の駅に車の渋滞が出来ていて三連休は賑わっていました。
    バス旅行などでは、岡山からはお手軽な、宮島にも行く機会があります。重伝建になる価値はじゅうぶんですよね。

    孫右衛門 3月22日(日) 22:41
    宮島もほぼ国内の個人客ばかりでしたが、そこそこお客さんの訪れがあるという印象でした。ここ数年、外国人客や団体客で異常な状態でしたので、逆にこれが本来の姿というべきかもしれません。
    竹原も同じように賑わっていましたか。
    私もひとまずは来月頭に山陰の小さな宿に泊る探訪を計画しています。
    これは宮島の老舗旅館ですが、泊る縁はなかなかないでしょうね。


    Kさん 3月23日(月) 06:30
    宮島には強烈な思い出があります。会社の西部支社(九州)に勤務していたころ、中国支社(広島)と野球チームの交流試合を宮島の裏手にあった野球場で行ないました。ところがその辺をうろつく鹿は、奈良の鹿と違って食欲がとても旺盛でした。昼食の弁当を失敬されるのはまだしも、九州から行ったメンバーの帰りの新幹線のキップがカバンから覗いていたため、それを鹿に食われてしまいました。
    「改札口までこの鹿を連れて行って、この鹿がキップを持っていると言おうか」などと相談しましたが、結局、皆でキップ代をカンパしました。


    孫右衛門 3月23日(月) 20:48
    裏側の海岸は観光客は行かないので、餌ももらうことなく飢えていたのでしょうか。とんだ災難の思い出ですね。
    確かに手にしている案内書のチラシなどを鹿に食われるといった光景は目にしがちでしたが、最近は野生動物であることが内外に認識され、餌も売ったり与えなくなったりした結果、ある程度の個体は山地に上っていったようで町中で見る数は少なくなりました。
    奈良公園の鹿は客から餌を与えられ色々問題になっているらしいですが、外国人客が激減した今は様子が変わっているのでしょうね。

    Yasuko 3月23日(月) 22:35
    Kさんの切符のお話面白いです。鹿が紙を本当に食べるんですね。

    私は何年か前に孫右衛門さんと万訪さんと歩いた、大久野島へうさぎ目当てに行く孫に付いて行っただけですが、三連休でフェリーは一杯でした。うさぎも来た人が皆えさを持ってくるので初めは喜んで餌をねだってくるのですが、最後にはもう欲しくないという顔してました。私たちが帰る便に次に待っている行列です。皆が餌持って来たらどうなるんだろうと話している、人もいました。
    竹原はぼつぼつの人出、竹鶴酒造には人が大勢集まっていました。
    鳥取、島根はまだコロナも出てないようなので狙い目ですね。

    Kさん 3月24日(火) 13:43
    鹿は紙を食べますよ。鹿せんべいなどの餌をたっぷりもらっている奈良公園の鹿ですが、スケッチしていたらその画用紙を食われてしまったという仲間もいます。

    辰巳屋 3月25日(水) 11:22
    孫右衛門さんは、宮島ですか。宮島の重伝建は間近いのですか。もう、随分と時間が経過したような気がします。重伝建に指定されると宮島が神社だけでなく、町家の魅力で奥が深くなるといいですね。

    Yasukoさんは、竹原を訪問されたようですが、竹原格子は綺麗で魅力的ですよね。
    大久野島は、人が多いですね。私は、人の少ない場所を選んで訪れているようです。

    私は、先週、御手洗と三之瀬に行きました。ほとんど観光客はいなくて、古い住宅等も休館になっていました。
    画像は、御手洗の若胡子屋です。湊町の細い路地と賑わいのあった場所は趣がありいいですね。

    辰巳屋 3月25日(水) 11:23
    画像は、三之瀬の港です。中央の桟橋左が朝鮮通信使の案内役である対馬藩専用の対馬雁木と呼ばれている雁木です。雁木は、上部3〜4段は新しいもので、その下部は江戸時代からの雁木です。

    孫右衛門 3月25日(水) 20:30
    宮島の重伝建選定は、住民の同意が得られれば実現という段階になっているそうです。
    住民相手ですのでその分不確定要素があるのですが、条件的にはほぼ確定といっていいのでしょう。
    そういえばYasukoさん・万訪さんと訪ねた大久野島は早出が功を奏しましたね。少し遅れると写真のような長蛇の列に加わる必要があったかと思うと良い判断でした。

    状況次第ですが、来週末に1泊探訪を行った後は、当面泊りがけは見合わせになるかもしれませんね。事態が短期間で収束するようには思えません。今回は車での探訪、都市部を訪ねない、未発生の山陰への探訪という点で取りやめる要素がないのが救いです。
    p858250-ipngn200605niho.hiroshima.ocn.ne.jp
    1937: 竹原の街並み 辰巳屋 3月12日(木) 20:19
    ご無沙汰しています。
    洞泉寺遊郭の建物が一部を除いて取り壊されると聞いて驚いています。淋しくなりますね。

    新型コロナの影響で街並みに出かけるのも気が引いてしまいますが、気分転換に竹原の街並みに出かけました。人はまばらで、出会ったのは10人程度でしょか。写真を撮るのには好都合で、出会う人も少なくマスクは必要ない状況です。

    画像は、竹原にできた新しい宿泊施設です。私には泊まれない施設のようですが、竹原の活性化の起爆剤になることを期待しています。

    辰巳屋 3月12日(木) 20:20
    画像は、以前は、こんな感じの風景でした。料亭の並ぶ通りだったようです。

    孫右衛門 3月14日(土) 07:42
    竹原も人が少ないですね。町並を歩くという行動は、基本的に人混みに接することもありませんので控える必要はないと判断しています。私も早ければ来週末にも探訪再開を予定しています。
    この宿泊施設は外部の資本による運営で、しかも宿泊料もかなり高く設定されていることから、私は正直あまり良いイメージを抱いていません。ただ外観的には町並に違和感のないように配慮されているようで、その点は良いと思います。

    Yasuko 3月14日(土) 08:25
    コロナのおかげでチケットの払い戻しに歩いて行こうと決心して、10数年ぶりの中島遊郭跡を再訪しました。以前は気が付いていなかった建物に気付きました。それに更地がとても増えていました。
    竹原も何度も訪問しているのですが、だんだんと様変わりしているのですね。

    辰巳屋 3月15日(日) 13:03
    竹原も少しずつ変わってきているように見えます。まず、古い街並みの中にお店が少しずつできています。コーヒーショップや小物の店が、まだまだ少ないですが、少しずつ増えたかなという感じです。

    当日は、竹原格子と呼ばれる「格子」を中心に見てまわりました。
    「竹原格子」と呼ばれる格子の装飾は家ごとに異なり、粋な工夫がほどこされています。
    切り絵のような羽目板や、模様付きの横格子、そのデザインは一軒一軒さまざまです。美しい格子を見て歩くのも楽しみのひとつです。

    辰巳屋 3月15日(日) 13:04
    これも竹原格子の一つです。

    まだまだ多くの種類があるようです。

    Yasuko 3月16日(月) 10:22
    竹原格子のことは知りませんでした。また行ける機会があれば気を付けて見てみます。そんなにデザインが違っていることなど、のほほんとみていると分かっていなかったです。
    215.73.223.223.megaegg.ne.jp
    1936: 大和郡山洞泉寺町 Kさん 3月 3日(火) 17:19
    メンバーには遊郭建築や3階建ての建物に関心をお持ちの方もおられますので、現地からの報告です。
    大和郡山に2カ所ある元遊郭のうち、洞泉寺町のこの一画の建物4棟が近く取り壊されるそうなので、昨日、スケッチに行ってきました。取り壊されるのは絵に描いた3棟と手前の路地を左に入ったところにある3階建ての1棟です。いずれも現在は町内にあるお寺の持ち物なので、空き地は墓地の拡張と駐車場に使われるそうです。

    市内のもう1カ所にある東岡町の方は、昨年春に行きましたが、遊郭建築はほぼなくなり、普通の住宅地と空き地になっています。

    万訪 3月 3日(火) 20:03
    本当ですか!こっちは文化財だったような。遊郭建築は価値の位置づけが難しいためなかなか残らないのだと思います。

    Yasuko 3月 3日(火) 20:11
    ええつ、近いうちに取り壊しですか。再度写しに行きたいですねえ。全部なくなるそれはショックです。このコロナのご時世、出かけるのも後ろめたいような風潮がありますのでどうするべきか。

    孫右衛門 3月 3日(火) 23:08
    洞泉寺町の旧遊郭建築が取り壊される件、そして一部が公開されていたようで、SNSに盛んに流れてきていました。
    ここは遊郭建築が保存される貴重な例と思っていたのですが、一転?解体に向ってしまったようで驚いています。

    Kさん 3月 4日(水) 06:25
    昨日から奈良版に載った新聞記事を添付しようとしているのですが、なぜか写真が逆転します。工夫して読んでください。Yasukoさん、多分、再撮影は間に合わないと思いますよ。

    Kさん 3月 4日(水) 06:49
    新聞記事によると、この絵の右手前の3階建ては取り壊されるが、正面に見える3階建ては、すでに公開家屋になっておりそのまま残ります。また少し離れたとこにある2棟も残るようです。

    Kさん 3月 4日(水) 16:34
    新聞記事の画像をこちらで180℃回展させました。

    Yasuko 3月 5日(木) 09:13
    逆転している記事では、何時の記事かわからなかったのですが、2月10日の記事なんですね、もう1ヶ月前では遅すぎますね。教えていただきありがとうございます。
    岡山ではそのようなニュースは入ってきませんから・・・・・

    Kさん 3月 5日(木) 10:43
    大阪に住んでいる私もこの記事は知りませんでした。毎日新聞の奈良版2月19日付けのようです。友人の歩さんがご自身のHPの掲示板に投稿されました。実は3月1日と2日に一部の建物を最後の一般公開したようです、私はそれを知らずにただ描いていましたが、いつも通りに人影なんかないのに、今日はずいぶん人が多いなと思っていました。
    180-144-83-213f1.nar1.eonet.ne.jp
    1935: 色々と障壁が 孫右衛門 3月 1日(日) 22:28
    連日報道されるウイルス禍の問題。困った事態になってきましたね。

    しかしメディアが大げさに報道することによって、恐怖心を煽っているようにも思えます。

    そういえば以前新型インフルエンザが問題になった時に、一時はメンバーの一部の方がオフ会の参加を取りやめようかといった事態になっていたことを思い出しました。
    東京・鳳明館のオフ会の回の時です。
    今回の騒ぎはその時以上のようにも感じます。事態がどう展開していくのか、前回以上に見えないことがそうさせているのでしょう。
    オフ会の実施にまで影響が及ばないことを祈るばかりですが・・。

    しかし私は冷静に判断しています。特に変わったこともせず、手洗い等いつもと変りない心がけを続けているだけです。
    繁忙期もようやく残すところあと半月といったところになってきました。
    とはいえ4月には東北地方への遠征を予定していましたが、夜行バスや新幹線に長時間乗る行程が含まれるため、一旦保留としています。
    自家用車での近県の再訪・または1泊程度の古い旅館泊を盛り込んだ探訪程度のものを実行していこうと思っています。
    これは五條市の郊外・野原地区の町並です。正月明け後探訪していないので、ページのトップにする写真がなく、昨年はここでオフ会をという話題もあったなと思い表紙画像にしました。

    万訪 3月 3日(火) 20:07
    いやいや大変な状況ですね。会社は厳戒態勢です。その中で私は熱出して月曜日から休んでいます。新型コロナであるかどうかは時間が経たないと判断できないので、今週は会社行けないでしょう。テレワークのため、パソコンを家に送ってもらうことにしました。最近はいってないですが、週末の島旅で疲れが溜まっていたのかもしれません。

    Yasuko 3月 3日(火) 20:21
    万訪さん、岡山には来られたのですか。島旅でお疲れとか、はやく静養されて復活されてください。いまどき咳をするのも憚られそうでうっかり、風邪も引けやしないし、どこへ行っても休みと縮小で面白くありません。

    孫右衛門 3月 3日(火) 23:02
    発熱されているという万訪さんの病状は心配ですね。普通の風邪などなら良いのですが。

    公共機関ではなく自家用車で古い町並を訪ねるだけだったり、小さな旅館に泊まるだけなら不特定多数との接触ではないので、感染の危険にさらされる可能性、ひいては他に迷惑をかける可能性は低いとの判断です。
    動けるとしても下旬になってからですので、今後どう状況が変わるかによって判断も変わってきます。
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    1934: 村岡 Kさん 2月20日(木) 17:56
    七ちょめさん、動画で故郷の村岡を取り上げていただきありがとうございます。私自身は故郷と縁遠くなってしまいましたが、それでも記憶にはよく残っており、懐かしく拝見しました。田舎の何でもない町並みですが、こうして動画で見るとずいぶん立派な町並みに見えます。

    万訪 2月25日(火) 12:42
    七ちょめさんチャンネルは登録していますので、アップされるたびに更新のお知らせが来ます。毎日欠かさずのペースでアップされていて驚いています。
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    1933: 先週末、周南諸島に行ってました 万訪 2月10日(月) 08:18
    書き込み少ないですね。皆さん年始で忙しかったかな。
    先週末は山口県の周南諸島に行ってました。笠佐島、馬島、牛島、笠戸島、粭島です。これで山口県の有人島完結です。ドローンもなんとか飛ばせました。
    先日、孫さんと歩いた黒島がYouTube にアップされましたのでいかんあったら御覧ください。やはり特異な集落だと思います。
    https://youtu.be/OeVK-xo4V6w

    孫右衛門 2月10日(月) 15:50
    動画は昨日アップされているのを発見しじっくり見させてもらいました。
    私も一部で出演していますね。こうして空撮の動画で見ると、やはり特殊な集落の形だと思います。
    そういえば昨日呉市の阿賀地区というところに気晴らし半分で出かけたのですが、万訪さん好みと思われる集落がありました。画像は今は添付できませんので、今日帰ってからか明日の午前中くらいまでには追記します。

    孫右衛門 2月10日(月) 23:40
    これは呉市阿賀地区の南部にある集落で、大入というところです。
    国道沿線から音戸の瀬戸方面に少し走ったところで、思わぬ町並が展開していました。海岸に近いところには旅館建築のような造りの建物、そして斜面を駆け上がるように家々が密集します。迷路のような路地が巡りいつの間にか家の敷地に入り込んでしまい、また再び路地に戻ったりします。
    まずこれは海岸沿いの道路に面した家々です。

    孫右衛門 2月10日(月) 23:42
    一歩足を踏み入れるとこのような感じです。

    孫右衛門 2月10日(月) 23:50
    もう一枚

    孫右衛門 2月10日(月) 23:51
    少し引いた画です。斜面に密集しているのがわかります。
    正月明けからは日帰り探訪する余裕もなかなかない状態だったのですが、自宅から1時間圏内なのに未だにこういうのがあるのでやはりこの時期に行うべき探訪というのもあるわけです。
    まあ毎年のことですので今は仕方ないですね。3月も後半になると段々落着いてきますので、泊りがけも考えられるようになってくるでしょう。

    万訪 2月11日(火) 13:24
    これはいい、私好みの集落です。やはり平地が足りないんですね。瀬戸内の島も山口県広島県愛媛県がほぼ終わりました。2月下旬に岡山の大飛島小飛島に行きます。

    Yasuko 2月12日(水) 08:36
    岡山に住んでいて、大飛島小飛島どこにあるのか、知りませんでした。北木島の近くなんですね。船の便はあるのですか。

    万訪 2月18日(火) 09:18
    船便は割とありますよ。真鍋島も再訪しようかと思ってます。
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    1932: 立春 Kさん 2月 5日(水) 16:12
    暖冬が続くと思ったらもう立春。今日は寒いですが、昨日は文字通り春のような温かさのうえ、実は私の誕生日でもあったので、両方の記念にスケッチに出かけてきました。

    私の町並みスケッチの原点ともいえる、富田林の寺内町へ行ってきました。何年ぶりかな。しかも、富田林で最初に描いたポイントで描きました。

    Kさん 2月 5日(水) 16:17
    私が座った場所の左後ろにはかつて「中井家」という家がありましたが、2018年9月に全焼してしまい、今は空き地になっていました。
    2013年9月に描いた「中井家」(左側)です。

    Kさん 2月 5日(水) 16:22
    写真は火災直後の中井家です。どこかに掲載されていたのを保存していました。
    水害や地震も怖いけど、火事も悲惨ですね。


    このところ皆さんからの投稿もないので、賑やかしに投稿しました。


    Kさん 2月 5日(水) 16:32
    ついでに昨日描いたのと同じ場所で1994年に描いた絵も添付しておきます。右側の木口家のショーウインドも現役でした。

    Kさん 2月 6日(木) 21:20
    この絵は1992年のスケッチでした。

    孫右衛門 2月 6日(木) 22:41
    富田林はKさんのスケッチの原点ですか。わたしは確か3度ほど訪ねていますが、最初の雨の中での探訪が一番鮮明に覚えています。訪ねているときは不自由しますが天気が悪かったり何か問題が発生した時の方が、後になると良い思い出になることが多いですね。
    関西都市圏の町並はある時期まで定期的に日帰りで弾丸探訪をしていました。多くは再訪どきになっています。
    古い旅館など泊まるところにも重心を置いている今は日帰りではもったいないと思いますので、計画してみるのも面白そうです。
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