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八重山ラスト紀行 万訪 12月24日(日) 18:09
八重山地方の最後の探訪となるでしょう。未訪の鳩間島と石垣島・竹富島・西表島の再訪です。なんせ、再訪3島は、23年前にカミさんと行ったので、しっかり集落を歩けていなかった。今回は締めです。
画像は、西表島祖納(そない)集落。無いと思われていた西表島にもちゃんとありました!

万訪 12月24日(日) 18:12
西表島祖納はたいしたもんです。最奥地にある船でしか行けない船浮集落にも行きました。画像は祖納。

万訪 12月24日(日) 18:13
西表島古見集落。トタン葺きに棟だけ赤瓦の民家が多く、ハイブリッドな感じがカッコイイ!

万訪 12月24日(日) 18:15
鳩間島。観光地化が進みすぎていて、ちょっと残念。産業が乏しいからしょうがないかな。

万訪 12月24日(日) 18:16
今回改めて見直したのが、石垣中心市街地(四箇)の町並み。沖縄県内隈なく歩いている方ですが、比較してよく残っています。

七ちょめ 12月24日(日) 18:54
活動報告はフェースブックで拝見していました。それで今は未だ石垣島に??

万訪 12月24日(日) 20:49
今、帰りの飛行機の中です。まぁまぁ空いてました。人気のある観光地の町並み探訪シーズンオフに限ります。


七ちょめ 12月24日(日) 22:06
台湾に近い島々巡りの旅、ご苦労さまです。行動力には脱帽です。
八重山諸島はどこも同じような風景と思って仕方ないです。
フクギ・無造作に積まれた黒い石の石垣・石垣の目隠し(確かヒンプでなかったかなあ)赤屋根を漆喰で固めたもの。
その前には舗装されたような、されてないような道。何処を取っても南国の風情。
そんな中で竹富島は綺麗に整備され過ぎて、沖縄で無い感じがします。

孫右衛門 12月24日(日) 22:18
八重山諸島に行かれるといわれていましたが実りの多い探訪だったようですね。石垣市街は私も意外な古い町並が残っているという印象です。
西表島にも良い集落があるとのこと、主なところだけでもあと3回くらいは行かないといけないようです。来年は予定に入れましょうかな。

Yasuko 12月25日(月) 10:01
私もFacebookに登録したら万訪さんの報告がリアルタイムで見られてスマホってすごいなと、改めてびっくりしました。沖縄方面は一度も行ったことがないのですが、まさに異文化圏ですね。
寒い時期に暖かいところにいくのはいいでしょうね。探訪お疲れ様です。

七ちょめ 12月25日(月) 10:35
最近この掲示板が寂しいと思っていますが、皆さんフェースブックやツイッターでそれぞれ発信されていてそこそこ情報が入ってきます。
ツゥイッターで発信されているのは孫右衛門さん一人のようですが、フェースブックは
Kさん・万訪さん・uranoさん・太泉八雲さん・Yasukoさん・そして私と多くの方が発信されている。
そこでこの掲示板との兼ね合いはどうか、元々会員の情報交換や日常の活動報告の場としての掲示板だからとなると、SNSに取って代わられている状態ですね。
正式な活動報告の場と思われていて、投稿の少ない寂しい掲示板を憂います。もっとSNS的な投稿があっても良いと思いますが。

万訪 12月25日(月) 14:32
沖縄の集落を歩いて真っ先に不思議に思ったことで、あちこち歩いた現在でもやはり不思議なこと。それは町割りが現代の住宅地のように整然としていることです。なぜでしょうね。開拓の歴史だからでしょうか。あるいは平べったい土地だからなのか。いずれにしても、一時期に計画された町割りでしょう。

七ちょめさんのご意見もっともです。Face bookはスマホから気軽にどこでもアップできますので、町並みを目の当たりにしている時の感動をリアルに表現できます。一方、掲示板はやや面倒ですね。
いっそのこと掲示板をFace bookにしてしまうこともありえると思います。公開にすれば、誰でも書き込めますので。

孫右衛門 12月25日(月) 22:46
私のtwitterアカウントは、もともとは町並とは関係のないあるネット仲間から勧められて作成したもので、いつの間にか興味関心の深い古い町並や建物、レトロ関係の発信が多くなっている状況です。あくまで「郷愁小路」とは別物と考えています。
七ちょめさんや太泉八雲さんもアカウントはもたれていますが、ほとんど活用されていないのでほぼ私のみが発信している状態です。私としてはちょっとそこが寂しくもあるのですが、一応フォロワーさんも1,000人を超えるものになっていますので、何とかSNSとしての発信源にはなっているのではと思っています。
ただこれ以上ネット活動域を広げるのには抵抗がありますので(広げすぎて共倒れになるのがいやで)、Facebookの個人アカウント作成は考えていません。

このいらかぐみ掲示板の状況は、わたしは投稿が少なくて寂しいとは余り思ったことがないのですが、数日に一回しか見られない方も居られるように思います。ただ掲示板形式はいまやSNSと比べて何かと「ワンクッション」あることで、即時性・手軽さがなくなってきているのは確かですね。

SNS形式に移行するのには私は反対ではないです。(個人的にFacebookを使っていないので抵抗があるだけです)しかし私としては個人名義のSNSアカウントは個人的な日常も実際投稿していますが、いらかぐみとしての共有アカウントとしてのSNSであれば、基本的にはいらかぐみ共有の話題と使い分けたいところです。

焦った話ではないので、次回オフ会で話し合っても良いかもしれません。

Kさん 12月26日(火) 07:46
私はこの掲示板を廃止してSNSに切り替える案には反対です。この掲示板の存在が「いらかぐみ」活動の骨みたいなものだと考えますが、世の中のフェイスブックの使い方を見ていると、まさにさまざまでですね。
確かに掲示板は投稿するのにはちょっと不便ですが、そこがまたいいところだと思います。レスをすれば上にくるし、貼り付けられた画像も鮮明です。掲示板の中には、数字などを書き込まないと投稿できないようにしたタイプもありますね。単に情報を垂れ流すのではなく、少しぐらい投稿しにくくすることによって、無責任な投稿等も防げるようにしているのですね。
もともと「古い町並みなんか」に興味を持つのは、あまりにも便利になりすぎた世の中への反省も背後にあるのではないでしょうか。掲示板の仕組みがなくなれば別ですが、今のところ、ちょっとぐらい不便な方がわれわれには良いと思います。

万訪 12月28日(木) 06:39
フェイスブックは色んなレベルの情報が飛び交うのが結構厄介。反応もなく観察だけしている人もいるので、今では旅レポ建築レポ以外は基本しないようにしています。この掲示板は、画像の解像度をいちいち落とさなければならないのが面倒なくらいですので、このままでよいでしょう。

これから「四日間で四国八十八ケ所の旅」に出かけます。

七ちょめ 12月28日(木) 09:20
え〜、何とこれから四国八十八ケ所観音霊場巡り。4日間では全てと云う訳にはいかないでしょう。供養でしょうか。
写真は四国八十八ケ所観音霊場の第壱番札所の霊山寺の山門です。撮ったのは2005年です。
一番から廻るか、88番から廻るか。どちらからでしょうね。

七ちょめ 12月30日(土) 18:35
万訪さん、四国霊場巡りと云われたまま、ブログにもフェースブックにも情報が入って無いですね。何処まで廻られたのかな。
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尾道 辰巳屋 12月24日(日) 06:20
早くも年の瀬となり、忙しくなりました。
先日職場の忘年会の始まる前に尾道の久保新開をちょっと散策しました。随分と寂れた感じになっています。5時頃だったので、この後に開店する店もあるのかもしれませんが。
正面の電柱の向こうにある建物は、妓楼か料亭を思わせる大きな屋根のある建物に見えます。今まで近くで見ると看板建築の飲み屋街と思っていましたが、屋根の形でみると別の見方にもなります。
日本のほとんどの町の飲食街は、新しいビルに変わりましたが、尾道はその中で、昔の面影をよく残しています。瀬戸内海では、同様の飲食街は残っていないような気がします。

辰巳屋 12月24日(日) 06:23
こちらは勧商場小路、尾道の路地の代表的な場所です。昔の雁木跡といわれています。埋立が進み路地として取り残されたようです。

Kさん 12月24日(日) 11:47
「まだ尾道でスケッチしたことがない」とスケッチ仲間に話すと、とても驚かれます。今年秋に出かけるつもりだったのですが、野暮用ができて、その時間が取れませんでした。来年こそと思っています。

孫右衛門 12月24日(日) 16:35
久保町界隈は私も雑然としたところが好きで何度か歩いていますが、2枚目の場所は知りませんでした。または歩いたことはあって印象に残っていないだけかもしれませんが。
確かにこれほど昭和的な飲食街が広範囲に残っているところは近くにはない印象ですね。
その分、火事が頻発したり問題はありますが・・。

七ちょめ 12月24日(日) 16:52
21日〜22日にかけて尾道市久保町の料亭旅館魚信に泊ってきました。
投稿はどうしようかと思案していましたが、辰巳屋さんの投稿に釣られて少し。
写真は偶然通りかかった荒神堂通りとある通りで商店街ですが、寂れていました。
市役所の側の通りでかっては賑わっていたのでしょう。私にとっては掲載する所がありませんので、ソコソコ撮った商店街の写真はボツですが、坂を登ったり下ったりして東土堂の町並みは掲載しようと考えています。


七ちょめ 12月24日(日) 16:57
写真は泊った久保町にある料亭旅館魚信です。料理で勝負と値の張った料理が出てきました。
尾道水路に面した部屋で、なかなか良い風情で泊れました。

万訪 12月24日(日) 20:54
辰巳屋さんの地元レポですね。尾道は先月歩き、つくづく奥が深いと思いました。海岸沿いの料亭旅館魚信を見て、七ちょめさんがいずれ泊まりに来るんだろうなと思ってました。早速行かれてる!

辰巳屋 12月25日(月) 07:35
Kさん是非尾道を描いてください。絵の対象となるポイントは、千光寺からの眺望、坂道、小路、井戸など大変多いように思います。

七ちょめさん、魚信は、尾道でも格調高い料亭旅館と思っています。うらやましい限りです。
荒神堂小路(通り)は、尾道港の代表的な荷上場のあった住吉浜から千光寺に参詣する道筋(そのまま山側に登ると千光寺道になる)に当たる商店街で、昔は随分と賑わったようです。現在は、荒神堂小路の中程には「神泉」という名のある井戸もあり、看板も昔のまんまでレトロな小路として人気のある所です。
七ちょめさんの掲載の荒神堂通りの画像は、路面工事のため余計に寂れていますね。工事をしていなかったら、もう少し印象は良かったかも知れません。

七ちょめ 12月25日(月) 09:48
魚信は尾道ではそれほど格調高い料亭ですか。
一人客を受け入れてくれる所を探しあてたものです。
荒神堂通りはそれほど由緒ある通りですか。それなら掲載することも考えないと!!
でも、主にしているパソコンは修理に出ているし、古い不調なパソコンでのUPや投稿ですので、トラブルと懸命に闘っています。早くパソコンが直ってこないかなあ。
それも、ハードデスクの入れ替えですので、どの程度データーが取り出せるかが勝負です。

Yasuko 12月25日(月) 10:04
尾道には岡山から乗り放題切符がでているので、時々はいきます。今度もっと緻密に路地裏まで見直さなければと改めて思いました。奥が深い・・・
199.79.223.223.megaegg.ne.jp
和歌山県広川町広 七ちょめ 12月15日(金) 10:12
もう一枚

万訪 12月18日(月) 06:50
和歌山県広川町広、どこ?っとググったら、湯浅の隣町なんですね。知りませんでした。でも、緩やかにカーブしたシークエンス、本瓦葺といいですね。和歌山はまだ全貌がつかめていないエリアですが、奥が深い!

太泉八雲 12月18日(月) 23:48
七ちょめさん
情報ありがとうございます。
今年の年末年始はいろいろ迷いましたが、やはり奈良滞在で周辺の県を散策でしょうか

七ちょめ 12月19日(火) 19:53
太泉八雲さんの正月は奈良滞在ですか。
広川町広は街道筋のように一本道じゃなく、面での広がりですので、結構時間を費やします。約1時間弱位。過疎地で車や人は少ないので、車で廻り、車を止めては撮影し、又移動すると云う方法が良いと思います。
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阿佐ヶ谷 万訪 12月18日(月) 07:00
土曜日、西荻窪で関東支部忘年会が開催されました。話題はいつしか関東各県のおススメな町並みベスト3になりました。各県1、2は割と共通してあがるんですが、3位が人によって変わることがわかった。太泉さんは町家系の町並み推し、uranoさんは農村集落推し、私は商店街系が入ったりして、楽しい飲み会でした。
飲んだ後、西荻窪と2つ隣の駅の阿佐ヶ谷を散策。阿佐ヶ谷はパール商店街しか歩いてなかったけど、駅周辺がかなりディープ。ていうか、中央線沿線はどこもディープですね。関東大震災以降に開発された住宅地の駅前商店街も、戦後闇市なんかもできたりして、時間を重ね熟成された感があります。作ろうと思っても作れない空間だ。


七ちょめ 12月18日(月) 10:20
関東支部??と一瞬思いました。会社にしたら大変な人数??
いらかぐみでよかった。
趣味の領域が少しずつ異なるのも、互いに刺激があって良いことでしょう。この関東支部の飲み会も続きますように願います。
他の地域でも遣りたいものです。と云ってもこの頃あまりお酒を飲むと!!

そう言って、ある忘年会で今日は2合以上は飲まないと宣言すると、それだけ飲めば十分と笑われましたが、実際はもっと飲みましたね。
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和歌山県広川町 七ちょめ 12月15日(金) 10:12
和歌山県広川町広を訪ねてきました。青春18キップを無理やり買って、何処かに行くことを自分に課しました。その一番最初に訪ねたのは、10年以上前に訪ねた湯浅町の時に気になっていた広川町広です。
誰か行ってないかなあと探すと、孫右衛門さんが訪ねておられましたので参考にさせて頂きました。「稲むらの火」として有名な所です。
古くに造られた防潮堤も今に引き継がれています。写真は町並の一番端ですが、結構良い町並が残っていました。当然近くの湯浅の醤油や金山寺味噌の町並も見てきました。結構多くの観光客が居られました。
写真は広川町広の町並です。

孫右衛門 12月15日(金) 22:35
私も何がきっかけか忘れましたが広川町広の町並は訪ねないといけないと思っての訪問でした。私も町並度6としているように見応えがありました。湯浅に接するようなところにあるためか町並をある程度訪ねている人でもほとんど知られていないようです。
和歌山市以南の沿岸部では、湯浅、日置川町に次いで良い町並と思います。

湯浅は平日でも観光客が多く見られるようになったのですね。まあ重伝建地区にもなりましたし、以前の全く普段着のままというわけにはいかないでしょう。
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奈良井宿 七ちょめ 11月25日(土) 10:21
この奈良井宿の写真は2004.5.30のオフ会の時の写真です。
右側の伊勢屋さんに泊まりましたが、今度は左側手前の「ゑちごや」さんに泊ってこようと思っています。この宿も一人ではね。……と。何せ一日二組と宿泊に制限をつけておられるのでね、泊るのに苦労します。


孫右衛門 11月25日(土) 13:12
私も越後屋旅館には泊まりたいですね。
奥さまと訪ねられるのでしょうか。
私も来週まは徳島の大正楼に泊まる予定です。仕事で潰れなければですが。

七ちょめ 11月25日(土) 18:09
家内は私の趣味にそんなに同行してくれません。先日の足助の香嵐渓と下呂温泉へのバスツアーで今年分は終わりでしょう。まあ、何とか年に一回程度は彼女の行きたいところに私が辛うじて同行させてもらう程度ですね。
奈良井宿の「ゑちごや」さんは一人です。宿に頼み込みました。

万訪 11月27日(月) 08:34
冬の木曽路いいですね。寒いけど。
越後やは20年くらい前に泊まったことがありますが、その頃高齢のご夫妻が営まれていました。今は代が変わっているでしょうが、どんな方がどんな宿にしているか興味があります。天気が良いといいですね。

七ちょめ 11月27日(月) 08:45
電話での感じですが、60歳前後と思われるご主人が何時も電話に出られます。
万訪さんが訪ねられた時から、代代わりはしているでしょうね。
寒いのでしょうね、11月から翌年4月までは一晩500円の暖房代が加算されます。
依って宿泊代は ¥17,240円 と云われていますが、税金は??お酒代??で、まあ¥20,000程度でしょう。

万訪 11月27日(月) 22:27
昔から別格でしたが、2万ですか。やはり、越後やはプレミアムですね。

七ちょめ 11月27日(月) 22:35
一人宿泊の割高代が加算されているとおもいます。

七ちょめ 12月 5日(火) 17:28
奈良井宿のゑちごやに泊まっています。今日は寒かったです。
電話の応対で60代のご主人と言いましたが、40歳そこそこのようです。
流石に旅籠屋としての営業だけあって、部屋にテレビがありません。
困ったのは、トイレで急勾配の階段を、手摺りを頼りに一階におりて奥に進み、外の廊下を通り別棟に入り、別の客室の横を通って再び外のトイレで用をたす。
高齢で夜のトイレが問題だのに。困ったものです。

Kさん 12月 5日(火) 18:18
今日は寒いでしょうね。そのトイレでは、私は泊まることができませんね。ぜひ部屋にとはいいませんが・・・


七ちょめ 12月 5日(火) 19:25
トイレは遠いですが、今になっては仕方ありません。我慢しましょう。でも、宿や部屋には満足しています。




七ちょめ 12月 6日(水) 07:41
朝起きると雪が。ご主人によると夜中に地震があったそうです。古い木造の二階だから良く揺れたようですが、気づきませんでした。

七ちょめ 12月 7日(木) 09:26
「ゑちごや」の夕景です。雪の止んでいる合間に摂ったもの。


七ちょめ 12月 8日(金) 11:19
この奈良井宿の風景。いらかぐみ結成後、最初のオフ会の場所。
第一回は祝島ですが、その時に結成ですので、結成後最初のオフ会の場所となります。
印象の強い場所で、早朝で天気が良く、ツバメが飛び交っていたのが印象にのこっています。泊った伊勢屋さんで隣の部屋の外国人の女性から、何回も苦情を聞いたのも印象に強く残っています。
そして、奈良井宿で旅籠屋で残っているのは「ゑちごや」ただ一軒というのが誇りのようです。前回泊った「伊勢屋」は旅籠じゃないのと聞くと、「伊勢屋」さんは牛馬宿で旅籠じゃなかったとのことで、翌朝「伊勢屋」の看板を見ると、確かに「牛馬宿旅人」と揚がっていました。


孫右衛門 12月 8日(金) 23:27
私も鉄道旅行ばかりしていた学生の頃に伊勢屋に泊ったり、その後も友人との旅の帰路に寄ったりと奈良井宿には思いいれがあります。最近では5年ほど前でしたか、年明け早々にほぼ独り占め状態で歩きました。

先週末は七ちょめさん情報で徳島の大正楼に泊りました。県内には未訪の町並が散在していたのですが、なかなか実行まで思い切れなかったところ良い機会をもらいました。
見るとわたしも同じ部屋に泊ったようです。

七ちょめ 12月 9日(土) 09:07
大正楼に泊られたのはツイッターで拝見していました。
徳島県には江戸期〜明治期に創業した旅籠形式の旅館がありませんので、私の基準から外れますが、泣く泣く泊った旅館です。少しは期待して泊まったのですが、古い形式や古い意匠はありませんでした。旧日本軍の歩兵連隊の駐屯に合わせて創業した旅館のようです。しかし今、旅館がビジネスホテル機能を取り入れようとすると、この旅館のように成るのだろうと思います。
食事が無かったのも困りました。駅に近いのに案外食べる所がなく、結局はコンビニで弁当を買い部屋で食べたことを思い出しました。
近くにあった休業している常磐旅館も同じ時期の創業です。

孫右衛門 12月 9日(土) 20:11
大正楼の付近(蔵本)は昔は街道上の要衝だったようですが、今はただの郊外地ですね。ただ早朝歩いていると南北方向の街路沿いにわずかに古い建物が残っていました。

食事所はたしかに余り多くありませんが、大衆的な居酒屋が数軒のほか、寿司屋風の和風居酒屋(高そうでしたのでやめました)、うどん屋兼丼屋、トンカツ屋などがありました。夜なので飯物は敬遠したいので駅近くの小さな居酒屋に入りました。

大正楼はいまや外観は古いものでは無いですが、広い窓から庭を眺めながらくつろげました。1人客は食事なしが基本のようでしたが、朝食を付けてもらいました。
常盤旅館が営業されていれば私もこちらを選んでいましたね。当日玄関に灯が付いていたので、もしやと思い、居酒屋のご主人に聞いてみたのですが、やはり営業はされていないとのことで妙にほっとしました。

七ちょめ 12月13日(水) 09:27
徳島県になかなか私の対象になる旅館が無いのです。仕方ないので条件を緩めて大正時代まで下げると、この常磐旅館が出てきたのです。もう2年程前でした。
電話するとご主人が入院されていて、今休業しているが、もうすぐ再開できそうとの女将の話だったのです。
2〜3か月ほどして再び電話を掛けると、もう直ぐ主人が退院するので!!‥。
その後に電話すると、女将が今度は私が明日から入院するとのこと。
その後、大正楼に泊まり常磐旅館を観察していると、ご主人が玄関に居られたので、声をかけると休業していると!!
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古い旅館に泊る阿波紀行 孫右衛門 12月 3日(日) 20:43
昨日今日で徳島県を訪ねました。未訪問の町並が散在しているので気にはなっていたところ、七ちょめさんの古い旅館情報が決行のきっかけでした。
先週に予定していましたが仕事でつぶれ、滑り込みセーフで何とか実行できました。今週を逃すと当分延期になるところでした。

町並としては鳴門市高島、小松島市、阿南市橘町、那賀町鷲敷、神山町、石井町藍畑、藍住町、市場町切旗、それから再訪で脇町、池田町のうだつの町並、帰途に新居浜市の別子銅山跡を見学して麓の喜光地の町並を少し歩きました。
これは藍畑地区に残る藍の豪農宅です。製塩とともにこの地方の産業集落を見ることが出来たのも収穫でした。

泊りがけの町並探訪らしい探訪は久々(8月以来)で、前回も1泊2日で四国の探訪でした。
この秋は現場出張が多く、それがことごとく連休に接して実施されたこともあり遠征が計画できませんでした。年始に長崎県を中心とした探訪を計画していますが、それから再び年度末に向けて例年通りの繁忙期が続きますので、春以降巻き返しを図ります。

Yasuko 12月 4日(月) 08:57
孫右衛門さんの阿波の建て倒れの藍住町の豪農すごいですよね。感動した覚えがあります。私もぼつぼつながら活動しようかなと、福山の内海町まで再訪しました。10年位前まであった港館は健在でしたが、字が半分落ちていました。ちょっと勘を取り戻しました。

Yasuko 12月 4日(月) 09:02
港館です

Yasuko 12月 4日(月) 09:04
田島です

孫右衛門 12月 4日(月) 22:27
Yasukoさんは内海を訪ねられたのですね。港館の建物が残っていること自体、とても貴重です。
ここは私が偶然見つけて感動したのですが、数年前最後に訪ねた時にはまとまって残っているところといえば2枚目の場所くらいになっていましたね。

これは阿南市の南西にある那賀町鷲敷の町並。造り酒屋を中心に商業がしっかりと栄えていただろうことが伺えました。

孫右衛門 12月 4日(月) 22:34
これは阿波池田のうだつの町並ですが、重伝建地区として変らぬ姿を保っている脇町とは違い、何だか古い町並としての精彩が無いように感じました。詳しく以前の姿と写真を付き合わせていませんが、空地が目立つように感じます。
質的にはまだまだ良いものが残っているのですけどね。
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島根県美郷町粕淵の亀遊亭 七ちょめ 11月16日(木) 10:48
昨夜泊まった島根県美郷町粕淵にある亀遊亭です。
温泉津温泉でのオフ会時に孫右衛門さん・Yasukoさんと私で門の中まで入って写真を写した所です。

11月14日〜16日にかけて、山口県の長門湯本温泉原田屋旅館と島根県美郷町粕淵の「亀遊亭旅館」に泊ってきました。

孫右衛門 11月16日(木) 23:32
この邸宅は今となっては山間の僻地に位置する粕淵の町並にあって、かつてはこれほど栄えていたのだという生き証人ですね。泊れるものなら泊ってみたいものと思っていました。
レポートを期待しています。


七ちょめ 11月17日(金) 08:43
石見銀山街道沿いのこの粕淵にある、旧本陣建物をそのまま旅館にした林家の「亀遊亭」。旅館になったのは戦後ですが、建物は立派でした。それよりビックリしたのは大きな部屋ばかりですので、今風に部屋に風呂・トイレ・洗面があったことです。
どうも宿泊客は私一人のようでしたので、風呂は部屋の風呂に入って下さいと云われたのにもびっくり。
料理のことには余り関心のない私ですが、旅館の料理の様に2〜3回で運ばれることなく、会席料理のように一品ずつ運ばれてきました。それも10代目の若女将が運んできました。泊った部屋も立派でしたが、食事した部屋も私一人ですが、見事な庭に面した座敷でした。それでも宿泊費は12,000円と云われびっくり。20,000円と云われても不思議でないと思いました。
まあ、来年3月で廃線になる三江線の沿いの町ですので、仕方ないのかも知れません。
若女将に云われて、早朝の三江線の粕淵駅の列車を写してきました。
まだ、写真の整理ができてないので!!
昨日の昼前から「フェースブック」が開かなくなり投稿ができなくなったのはショックです。昨夜も必死に対応に当たったのですが、まだ解決しませんのが困りものです。
それからもっと困ったことに、泊った旅館の資料や女将さんやご主人から聞いた事柄を書いたものを挟んでいたクリアファイルがどこかに置き忘れてきたようです。駅などに問い合わせても何処も無いと云われるので、ゴミとして処置してしまわれたのかと!!
資料を整理しようとカバンを探して無いとわかり、どうしようと冷や汗!!
この様にして老いていくのでしょうね。



Kさん 11月17日(金) 18:20
凄い旅館ですね。
そう言えば、昨日からフェイスブックが開きませんね。


七ちょめ 11月17日(金) 23:51
フェースブックが開かないから、何回も何回もパスワードなどの変更をトライするからダメのようです。
説明を見ると一日のトライの回数に制限があり、24時間経ってから再トライをして下さいとあります。
パソコンはウインドーズでタブレットはアンドロイドと云うのも問題を複雑にしているようです。
投稿写真はタブレットからのものです。

元々トラブルの起こった原因は、列車の中からの投稿で、チョット操作がおかしかったのでしょうね。パソコン用の画面とスマートホン用の画面が異なりますので、操作ミスでしょう。
本人確認のためにパスワードを要求してきたのです。出先ですのでパスワードなど覚えていませんので、こんなんかな、あんなんかなといろいろと打ち込んで試しているうちに回数制限にあってしまったようです。その後自宅に帰ってからも懸命に打ち込むのでますます回数オーバーになったという次第です。
銀行などの金融機関では3回までとあるのは知っているのですが、まさか、フェースブックにトライの回数制限があるとは思いもしませんでした。


Kさん 11月18日(土) 07:49
そう言われれば、いつの間にか、私の「友達」リストから七ちょめさんが消えています。万訪さんなど他の方の友達リストにも見当たらないような気がします。私もフェイスブックの仕組みが、今ひとつ分かっていません。

七ちょめ 11月18日(土) 08:40
まあ、フェースブックが24時間以上の間隔を空けてというのでその間待ちましょう。
それでもだめなら、アカウントを最初から取り直します。
まあ、これもセキュリテイの一環だから仕方ないのかも知れません。
アカウントの使用が停止になっていますので、友達全員の友達欄から名前が消えていると思います。

太泉八雲 11月18日(土) 12:00
「亀遊亭旅館」すごい旅館ですね。
島根好きの私的にはなんとか近いうちに泊まってみたい宿です。
室内のアメニティも充実しているそうですから、来年のオフ会の候補の一つとしても良いかもしれませんね。
今年の冬に三江線は乗ってきましたが、来年の3月にいよいよ廃線ですか。残念ですが、それまでにもう一度乗っておきたいですね。

余談ですが、来年の1月1日(元旦)にJR西日本が新幹線も含めた全線乗り放題キップを販売するそうです。これに前後の日程を青春18キップを組み合わせて、かつサンライズ出雲の特別列車が取れれば、今年の年末年始は山陰地方で過ごすかもしれません。


七ちょめ 11月18日(土) 16:46
島根県美郷町粕淵の「亀遊亭」の写真のみアップしました。
http://matinami.o.oo7.jp/hatago/nisi-nippon/kiyuutei-kasubuti-misato.html
参考になればと思います。
応対してくれたのは10代目の若女将で、料理を作っているのは10代目の主人でした。

万訪 11月21日(火) 08:12
写真拝見しました。すごいですね。よく維持できてる。これは、いずれオフ会で利用すべきでしょう!来年のオフ会は関東支部の幹事だそうです。

七ちょめ 11月23日(木) 09:04
建物はオフ会向きですが、町並は全く無いのが欠点です。

七ちょめ 11月23日(木) 11:49
21日〜22日に不思議に家内と、愛知県の香嵐渓へバスツアーで紅葉を見に行ってきました。天気も良く香嵐渓の紅葉は最高に綺麗でした。各地に行きましたが22日の最後に雨あがりの中で妻籠宿も見る機会がありました。タブレットの写真ですのでもう一つですが報告まで。
M014010098160.v4.enabler.ne.jp
西荻窪 Re:gendo 太泉八雲 11月12日(日) 15:35
みなさまの街歩きの旅を拝見してうらやましい限りです。

私の方は、昨日は出勤で今週は今日だけのお休み。いろいろやることは溜まっているのですが、ただ家にいても仕方が無いので、ランチだけ食べに街に繰り出しました。

以前から行こうと思っていた西荻窪にある古民家レストラン「Re:gendo」です。

昨年テレビ番組の「カンブリア宮殿」で知った、島根県の石見銀山に本社を置くアパレルメーカー「株式会社石見銀山生活文化研究所」の松場大吉氏がプロデュースしたお店です。

近年は古民家のリノベーション事業にも進出し、石見銀山では武家屋敷を改装した旅館「他郷阿部家」なども。

「Re:gendo」は駅から徒歩2分ほどの住宅街にある昭和築の建物を改装したお店です。

太泉八雲 11月12日(日) 15:39
食事はランチだけで、後は夕方までカフェ。そんな感じのお店です。

昼食時には予約が無難なほど結構混むので、ゆっくりするなら午後のカフェ帯に行くのが良いかもしれません。

万訪 11月12日(日) 18:04
太泉さん、西荻に行かれましたか。西荻はなかなか面白いですよね。この街は学生時代にバイトで通っていたのに歩いていなかったので、先日歩きました。この古民家カフェ人気ありますね。入れませんでした。今度、西荻で飲みませんか。

太泉八雲 11月12日(日) 18:25
万訪さんもご存知でしたか。11時開店なので、昼前にいくと結構空いているみたいです。
西荻窪ミニオフ。ぜひやりましょう!
195.89.232.153.ap.dti.ne.jp
四国の旅路 辰巳屋 11月 9日(木) 22:07
11月4日から7日まで、四国の愛媛県・高知県を訪問しました。愛媛県は、今治市、西条市の丹原、小松、新居浜市の喜光寺、久万高原町の久万、落出、高知県は土佐町田井、本山町本山、いの町長沢、仁淀川町は土居(池川)、森(仁淀)、越知町越知、高知市は稲荷町、北本町、大川筋、南はりまや町、農人町などでした。
瀬戸内側の丹原と喜光寺には、3階建木造旅館の建物が残っていました。また、高知県の本山には昔ながらの街並みが残っていました。仁淀川町の森は小さな街並みですが、お茶で栄えたすべての地域サービスが整った街並みでした。旧仁淀町の中心地です。

画像は、丹原の3階建てです。2階建てのものを3階に増築したようです。

辰巳屋 11月 9日(木) 22:08
画像は、新居浜市喜光寺商店街にあった木造3階建ての旅館です。別子銅山と積出港の中間に位置し栄えた町のようです。

辰巳屋 11月 9日(木) 22:10
画像は、本山町本山の街並みです。高知旅館は大正年間の創業のようです。

辰巳屋 11月 9日(木) 22:12
前の画像は、高知旅館ではなく「高知屋旅館」です。

画像は、仁淀川町の森(旧仁淀町)です。町の周囲は茶畑に囲まれていました。

孫右衛門 11月 9日(木) 23:57
辰巳屋さんの着目されている旅館をテーマに筋の通った良い探訪ですね。私はこの中では久万と新居浜市喜光寺しか訪ねていません。後者は掲載もしていません。

昨日まで鳥取県に出張だったのですが、拠点としたのは倉吉の古い町並の中にある「まきた旅館」という旅館でした。6月にも利用したことがある創業100年を超える旅館です。

高知屋旅館も泊ってみたい旅館ですね。

七ちょめ 11月10日(金) 09:05
辰巳屋さんの探訪は、深く詳細にをモットーにされている様で、列記された町並でも殆ど知らない所ばかりです。
本山町の高知屋旅館も倉吉のまきた旅館も検索で見つけて、予備のリストには上がっていますが、創業年が公表されていないですね。どちらも大正末期と思います。
孫右衛門さんの泊まられる「まきた旅館」は入口部分は古そうですが、奥の川沿いの建物は新しそうですね。普通の宿泊は奥の川沿いでしょうか。
今度泊られたら、それとなしに創業は何時ごろか聞いてもらえないでしょうか。

辰巳屋 11月10日(金) 20:13
結果的に旅館が街並みの中心となっている所ばかりとなりました。いずれも小さな街並みばかりです。

画像は、久万高原町落出の街並みです。木造3階建の旅館と思われる建物が残っていました。街並みとしての評価は低いと思われますが、木造3階建が残っていることは評価したいと思います。

孫右衛門 11月10日(金) 22:31
まきた旅館ですが、夕食の時に女将さんに聞いてみると五代目だといわれ、100年以上かと聞くとうなづかれたので、遅くとも大正時代前半であることは確かです。
ただ言われているように表側は古い構えですが、宿泊は一番奥の新しい棟です。裏側の部屋の窓を開けると玉川に面しています。内部からは特に重厚な古い旅館というイメージは、余りないかもしれません。
表側の建物部分は今は調理室などとして使われ、玄関から入ると延々と廊下を歩いて部屋のある棟にたどり着きます。
奥の棟の2階に5部屋ほどの客室があり、1階は座敷が2つあり食堂や宴会に使われているようです。
ご夫婦で経営されているようで客が少なくとも成り立っているようですが、これまで5泊のうち今回ようやく1人別の宿泊客がいました。それから6月に泊った時に5・6人ほどの宴会客をみただけです。今は日が短いので少し朝散歩したくらいですが伝統的町並の真ん中にあり、二食付きで6000円台と、非常に重宝しますね。
ネット環境がないくらいで、とくに不便のない宿です。
来週またしても鳥取出張があるのですが、今度は羽合温泉に泊ります。

七ちょめ 11月11日(土) 08:45
孫右衛門さん、まきた旅館のことお知らせ願いありがとうございました。
玄関入口の上部2階が客室になっていて泊まれるかどうかは電話で聞いてみます。
今度はハワイ温泉ですか。業務に差し支えない程度で旅館宿泊を楽しんで下さい。

万訪 11月12日(日) 18:01
大変興味深い町並みが多いです。新居浜喜光寺商店街は今まで知りませんでした。新居浜はだだっ広く捉えどころがない。過去二度訪れていますが気づきませんでした。今度沖にある大島へ行く際に訪れたいと思います。
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