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    1643: 29日の件 孫右衛門 12月26日(月) 21:56
    29日は12:23東京着の便で向う予定です。(自由席利用の予定ですので変更可)
    会食場所はどこでもOKですが、集合場所の指示をお願いします。

    万訪 12月27日(火) 15:00
    メールしました

    太泉八雲 12月28日(水) 00:36
    恐らく、午後目に合流できるかと思うので、電話します。
    212.27.232.153.ap.dti.ne.jp
    1642: 北部九州 島旅と復興の町と 万訪 12月25日(日) 21:38
    七ちょめさん、ちょっと不自由だと思いますが、しばし我慢して治療に専念してくださいね。うちの母親も手術しましたが、見違える視界になったそうです。

    さて、今、福岡から羽田に戻る機内から打ってます。
    小呂島、能古島、馬渡島、小川島、そして門司、小倉、博多、福岡の戦災復興の町を歩きました。多くの収穫を得て満足してます!あぁつっかれたぁ。

    万訪 12月25日(日) 21:41
    あまり良さが伝わりにくいですが、小呂島の集落です。若者や子供が沢山いて活気がありました。本土から遠く離れた孤島ですが、過疎化していない珍しい島です!

    Kさん 12月26日(月) 07:28
    玄界島へは渡ったことがありますが、小呂島は知りませんでした。地図で見るとずいぶん沖ですね。

    万訪 12月26日(月) 09:59
    小呂島は私も最近知りました。あんなに離れた孤島で活気があるのは素晴らしい事だと思いました。
    玄海島は初日に予定していましたが、天候不良で行けませんでした。画像は小呂島への船から撮った玄海島です。地震後に復興した集落は、今時の新興住宅地の様相です。逆に島でこういう景観は珍しい。どこにかつての面影を残しているのかも興味あります。もし、かつての画像があれば提供いただけませんか。

    Kさん 12月26日(月) 17:15
    玄海島に大きな被害を出した地震は2005年、もう10年以上前ですね。私が島へ渡ったのは福岡に住んでいた2000年より前ですので、もちろん震災前ですね。港から急な石段が続き、その両側に古い家があった記憶があります。毎日この階段を上り下りするのは大変だなと思った記憶があります。
    ところがわざわざ渡ったはずなのに、なぜかスケッチしていないのです。理由はよく分かりません。能古島は自宅から近かったのでたびたび渡ったような記憶がありますが、こちらもスケッチは1枚もなし。写真は当時からあまり撮っておらず、フィルムはどこかへ行きました。その後の写真もパソコンに入れていたものは、すべてパソコンのダウンとともに消えました。従って、画像も何もありません。申し訳ありません。

    孫右衛門 12月26日(月) 21:53
    小呂島というのは九州本土からの距離では壱岐と同じくらい離れているのですね。しかも活気がある状況というのは驚きです。
    旦過市場も訪ねられたようですね。私が訪ねたのは日曜日でしたので、メインの明るいアーケードの部分しか店がやっていませんでした。
    p436180-ipngn200406niho.hiroshima.ocn.ne.jp
    1641: 熊本復興中 万訪 12月21日(水) 00:32
    今日、仕事で熊本へ行ってきました。熊本城の石垣も深刻ですが、木造古民家の被害が思ったより大きかったです。特に新町古町は、交差点の洋風民家以外全滅。文化財以外は取り壊されてしまう危機感を感じました。

    万訪 12月21日(水) 00:34
    新町のこの商家は残るでしょうか。相当痛んでました。

    万訪 12月21日(水) 00:37
    一方、戦災地区の新市街の北側にあたる上通町は、実は非戦災地区で、歩いてみると結構残ってた。アーケードの北側と一本東側の通り。一本東側の通りは、熊本のオシャレスポットになりつつあります。

    万訪 12月21日(水) 00:42
    戦災都市概況図

    Kさん 12月21日(水) 17:26
    熊本市の町並み被害は深刻そうですね。仕事で何回も行ったのに、スケッチはこれ一枚しかありません。元旅館だそうですが、当然今はもうありませんよね。

    孫右衛門 12月21日(水) 21:05
    1枚目の写真の建物は、仮設足場が設置されているので修復されるのでしょうが、2枚目は所有者が決めかねており第三者被害防止のために防護工を設置しているだけのように見えます。
    市街地は、町並目的では5年ほど前に訪ねましたが予想外に古い建物が残っている印象でした。何とか公の補助によって救う手はないのでしょうかね。

    万訪 12月22日(木) 09:26
    「熊本城と古町新町の古民家だけが被害にあってて、それ以外では何もなかったみたい」という印象でした。おそらく被害の大きかった建物はすでに解体されているからでしょう。早期、でも将来を見据えた復興を期待します。
    画像の場所は戦災後の復興の過程で生まれた木造家屋のアーケードですが、なんともなってませんでした。
    Kさんのスケッチはどの辺りでしょうか?

    Kさん 12月22日(木) 10:03
    私のホームページを見ると、わざわざ熊本市までスケッチに行ったようで、タイトルには「新町」とあり、コメントに「市電ののどかな音が聞こえた」とあるので、新町電停辺りだと思います。しかし、正確には覚えていません。

    Kさん 12月22日(木) 10:13
    グーグルアースの写真は最新のもののようで、熊本市内にはブルーシートを被せた建物が目立ちます。熊本城も崩れた様子が写っていますね。

    万訪 12月22日(木) 13:29
    Kさんのスケッチポイント見つけました。今は駐車場になっています。

    万訪 12月22日(木) 13:32
    ここ

    万訪 12月22日(木) 13:35
    今回の地震で家が解体されたのかは不明です。

    万訪 12月22日(木) 17:51
    糸魚川で大火で大変です。ちょうど古い町並みが残ってるエリアです。

    太泉八雲 12月22日(木) 20:55
    うなぎの寝床の古い密集した町並みがこの平成の大火の要因ですね。町が一つ消えてしまった感じです。まだ火災は収まらないので、感想はこれくらいにしておきます。

    孫右衛門 12月22日(木) 22:38
    雁木の商店街や造り酒屋がある付近など、古い町並としても一番の中心部が被害に遭ったようです。年の瀬に大変な災害です。
    防災上問題のあるところを古い町並だといって好んで訪ねているわけで、これはなんともいえないところです。

    万訪 12月23日(金) 00:26
    大火には必ず強風と云う気象条件が重なります。こわいです。酒田大火以来じゃないですか。
    日本の町並みは大火との戦い。戦災にしても関東大震災にしても、火災で町が被災しています。町並みの多くは、いつかの大火の復興の町ということになる。

    今、福岡にいます。連休は今年最後の町並み探訪。玄海諸島と福岡の復興の町がテーマです。
    画像はさっき下見してきた祇園マーケット。山笠で有名な櫛田神社の真ん前にあります。戦災復興の町です。

    urano 12月23日(金) 00:29
    糸魚川の大火は恐ろしいですね。まったく思いもよらないことで、火の威力と怖さを思い知らされました。

    ところで本題の熊本に関して思うことですが、
    文化財の指定・登録には賛否意見があると思いますし、私もどちらがいいのか明確に態度を示すことはできませんが、災害が起きてみれば「指定・登録しておいて(おけば)よかった」と思うことのほうが多そうです。

    数年前に大火があった在原は、重伝建であれば放水銃が設置されていて、延焼を食い止められたかもしれません。

    いっぽう茨城県の真壁は、たまたま震災の1年前に重伝建になっていましたが、重伝建の範囲外でも登録文化財には県から修復補助金が出されました。
    われわれから見れば「文化財であっても、そうでなくても、貴重であることに変わらない」といった感じでしょうが、第三者に価値を伝えるためには、やはり文化財になっておくことが大事なんだと痛感した次第です。

    万訪さんの2枚目の家など未指定なのが不思議なくらい立派な家です。
    この先どうなるのか気がかりです。

    七ちょめ 12月23日(金) 10:48
    糸魚川の大火で多くの古い町並が焼失したようで心痛みます。我々が好んで訪ねる古い町並は防災上では最大の弱点地域でしょうね。
    今度の糸魚川の火災では、強風に乗って火の粉が飛び、思わぬところから出火しています。造り酒屋さんも被災したようですね。
    防火のための空間は、強風下では役に立たないようで、鉄筋コンクリートの建物が防火壁になっています。

    左目の白内障の手術では翌日から良くじゃ見えて、ルンルンでしたが今度手術した右目はもう3日目になりますが、あまり良く見えません。鬱陶しい限りです。医者は段々と良くなると云います。事実少しは良くなっているようですが。
    そんなんで古い旅館に泊ることは少しの間は休憩ですが、気分的には優れませんね。
    早くすっきりと見える様にならないかなあ。

    多くの目薬をささないといけません。

    Kさん 12月23日(金) 21:02
    いらかぐみのメンバーは皆さん、糸魚川へも行っておられますね。さすがです。造り酒屋の16代目、気の毒でした。

    万訪さん、熊本のスケッチポイントのチェック、ありがとうございました。

    七ちょめさん、右左の目をずらして間違いなく目薬をさすのは大変だと思います。確か3カ月間でしたね。がんばってください。
    180-144-84-223f1.nar1.eonet.ne.jp
    1640: 茨木市北部 七ちょめ 12月19日(月) 19:01
    Kさん 茨木市北部の集落を云っておられましたので、上音羽と下音羽の写真を撮ってきました。
    まず上音羽集落

    七ちょめ 12月19日(月) 19:02
    次いで下音羽集落です。

    Kさん 12月19日(月) 21:19
    七ちょめさん、わざわざありがとうございます。下音羽は先日描いたばかりですが、暖かい日を探して上音羽へ出かけます。なかなか魅力的ですね。

    18日が暖かだったので、かねて、その名前が気になっていた「法隆寺」集落へ行ってきました。有名な法隆寺から3qほど山の上に登った場所にある「大字・法隆寺」です。こんな場所から俯瞰を描きましたが、さすがに寒い思いをしました。
    180-144-84-223f1.nar1.eonet.ne.jp
    1639: 辰巳屋 12月19日(月) 08:37
    画像は、門司の錦町で、遠方の建物は、三宜楼です。このあたりの街並みは、観光コースにもなっているようでした。

    七ちょめ 12月19日(月) 09:31
    辰巳屋さん こんにちは
    門司地区も近代建築を求めて訪ねましたが、少し山手の錦町はたずねてないです。
    グーグルで町並を見ると、特別古い町並じゃないですが昭和戦後の町並が多く残っていますね。もう50年は過ぎているので古い町並の分野に入るのでしょう。

    Yasuko 12月19日(月) 11:54
    三宜楼は修理に入る前から、ずっと見守っていて何時か行ってみたいと思っています。あのあたりは、興味大いにありで門司にいったら絶対行きたい地域です。この三階建て面白そうです。

    万訪 12月19日(月) 16:03
    冒頭の写真の場所は覚えがないですね。画像のエリアは歩いているのですが。遊里歩きの初期だったから、見落としたのでしょうか。

    辰巳屋 12月19日(月) 20:56
    やっぱりここだったのですね。万訪さんの画像は3階建てが続いていますが、私が訪れた時は画像のとおり3階建ては続いてはいませんでした。個人の建物ですのでいつまでも保全することは困難と思われますが、とても残念です。

    錦町は、範囲が広く、現在の住居表示でも清滝・丸山・長谷・庄司まで広がっているように思いました。十分には見れなかったので再度訪問しようと思っています。


    Kさん 12月19日(月) 21:08
    昔、「仕事」で三宜楼へ上がるチャンスがありました。「フク料理」を食べました。2度とないでしょうね。
    180-144-84-223f1.nar1.eonet.ne.jp
    1638: 東京組の忘年会? 孫右衛門 12月11日(日) 21:16
    辰巳屋さんの記事にぶら下がるのはさすがに気が引けますので、親記事を立てます。

    29日に北東北の探訪に向う途中に東京で昼〜夕方前まで時間を確保することが可能ですので、以前忘年会も?と言われていた東京組の方々と少しだけお会いすることが出来ます。
    万訪さんは大丈夫だろうとの返答をいただいておりますが、太泉八雲さんとUranoさんは見られていないかもしれませんので、メールでもお知らせしました。
    年末押し迫ってですのでわざわざ調整していただく必要はなく、問題なければということにしましょう。

    取り立てて添付する画像もありませんので、10月末に別件の所用で博多に行ったときに立寄った太宰府天満宮門前の町並を貼り付けます。

    万訪 12月11日(日) 22:25
    夕方発で北東北へ移動されるんですよね。であれば、上野あたりがいいでしょうか。最近、御徒町から上野あたりを飲み歩いていますので。安くていい店があります。

    孫右衛門 12月11日(日) 23:09
    上野周辺はいかにも我々好みの店が多そうですね。お任せいたします。

    urano 12月11日(日) 23:46
    孫右衛門さん、お返事が遅くなり失礼しました。
    ご提案ありがとうございます。
    29日は大丈夫です。
    よろしくお願いします。

    太泉八雲 12月12日(月) 20:59
    孫右衛門さん
    ご無沙汰しております。

    年末に関東にいらっしゃるのですね。

    実は今年こそは休みがまとまって取れれば、ちょっと遠くに行ってみたいと思っています。

    ただ、28日が仕事納めで、29日はまだ残務処理で出勤しているかも知れません。

    まだなんとも言えませんが、29日の夜ならば可能性はあります。

    でも、万が一列車のチケットが取れてしまった場合は、申し訳ありません。

    そんな感じです。


    忘年会のあとに出発するとすると、上野も良いかもしれませんね。

    万訪 12月12日(月) 21:44
    孫さん、29日に広島から東京、その日のうちに東京から北東北、であれば、13:00から17:00あたりかな
    時間を提示ください。その中でコアなプランを考えましょう!


    孫右衛門 12月12日(月) 22:05
    uranoさんありがとうございます。最近になって青森県を訪ねられているので、詳しい情報をお聞きしたいと思っていました。

    太泉八雲さん、もし時間が空けばでお願いします。

    私が確保しているのは16:20東京発のはやぶさ27号です。山陽・東海道新幹線は始発の自由席に乗ろうと思いますので、逆算するとのぞみ122号12:23東京着くらいが良さそうです。
    上野当りでなくとも新橋周辺などでも不便ではありませんね。

    太泉八雲 12月14日(水) 15:40
    孫右衛門さんは東北方面に行かれるとの事。

    今年の年末年始は北海道に行こうと思います。まだ災害による不通区間も多いですが、とにかく廃線になるかも知れないローカル線と特急列車に乗ってきます。町並みは歩きは冬なので基本行いません。

    さて、そうすると私も29日の夕方に東京駅(上野駅)を発つのはありかなと。
    青森まで行き、翌朝に青森から北海道入りしたいと思います。

    29日の仕事を午前中に終わらすことができれば、午後から夕方に掛けて合流できればと思います。


    孫右衛門 12月14日(水) 23:23
    太泉八雲さんやはり可能な限りお会いしたいですね。29日中に青森に行かれるのならば、新幹線の座席も結構少なくなっているはずです。賭けで押えておくか、夜遅い移動にされるかでしょうか。
    鉄道旅行をはじめ結構青森は行っている感触なのですが、私の町並探訪では2箇所しかなく全国一の少なさで、それも北海道へ向う途中に立寄ったもので、県内の宿泊というと20代のとき以来ですのでね。
    青森県を中心とした北東北の探訪は、町並を多数訪ねて穴を埋める目的であれば来年のGWにレンタカーで、町並を訪ねながら温泉や鉄道も目的の一つにであれば年末年始の雪の季節でも良いとの二者選択だったのですが、後者を選びました。
    ただ町並探訪という点で見ると天候の悪さ、日の短さ(特に日没の早さ)、積雪による町並や建物の全体像の見えにくさなど、悪条件には満ちています。
    ただ行程的にはある程度タブ付きを持たせていますので、何とかなるでしょう。

    urano 12月14日(水) 23:43
    孫右衛門さん、よろしくお願いします。
    有用な情報を提供できればいいのですが・・・。

    私は、雪国では冬の姿を見たいと思っていますが、降雪中は写真を撮りづらいし、日が短い点も探訪するうえでは難点ですよね。
    交通機関の状況も気になります。
    私も2年前の正月に北海道を旅した際、留萌本線の完乗を目的の一つとしていましたが、夜中にラッセル車が立ち往生したため始発からダイヤが大幅に乱れ、結局、阿分−増毛間は乗車しないまま先日の廃線をむかえてしまいました。

    もっとも、このときは増毛の町並み探訪も目的にしていたので、バスで増毛まで往復しました。その道中、偶然にも礼受のニシン番屋群を目撃して探訪に加えられたので、結果オーライな旅ではあったのですが。(話がそれてすみません)
    em119-72-195-236.pool.e-mobile.ne.jp
    1636: 東京都品川区大井町の見晴らし通り商店街 12月 9日(金) 02:06
    テレビ番組で紹介していたレトロ商店街を歩いてみた。
    「戦前の建物が残ってるぞ!」
    こりゃ、昼に歩かねば。と、ググってみたら、なんと既に紹介している奴がいるではないか。
    そのサイトを開いたら、、、自分のホームページでした😥
    ヤバイ痴呆症😓
    http://www.shurakumachinami.natsu.gs/03datebase-page/tokyo_data/oi_sekigahara/oi_sekigahara_file.html

    七ちょめ 12月 9日(金) 18:54
    万訪さんは多く訪ねて居られるので、訪ねた所を忘れているのは仕方ないでしょう。
    何か印象深いことでもあれば覚えてられるのでようね。

    私など何時も自分の訪ねた所の場所を印刷したものを用意しています。でないと、良い町並を見つけたと勇んで調べたり、訪ねたりすると過去に訪ねていたというのが、何回もありましたのでね、歳と共に印象に残ったところ以外は忘れてしまっています。
    でも、忘れていてもその町並の写真を見ると思い出すのが不思議ですが、改めて地図にプロットしようと思うと、判らなくなっていることが多いです。

    孫右衛門 12月10日(土) 20:58
    近場の訪問は、どうしても訪ねる時の心構えが小さいために後にいつ訪ねたかわからなくなることが私もよくあります。訪ねたのに掲載するのを忘れてしまいそのまま時間が経過している町並もありますね。随分だらしなくなってしまいます。
    町並探訪を本格的に始めた頃のものは、日帰りでも未だにその訪ねた順番などまで思い出せるものが多いのに、逆に数年前に訪ねた町並の方が曖昧になっているのもあります。奇妙なことですね。
    p436180-ipngn200406niho.hiroshima.ocn.ne.jp
    1635: 福井県越前大野市三浦屋旅館 七ちょめ 12月 5日(月) 19:15
    昨夜、福井県越前大野市の三浦屋旅館に泊ってきました。天保年間の創業らしいです。
    大きく綺麗な旅館で快適に泊れましたが、宿泊者は私一人でした。
    例によって食事が無く、夕食に困りました。宿に聞いて食事場所へ行ったのですが、午後6時頃ですが既に閉店していました。町中を歩いても歩いても食べる所がなく、探し当てるのに随分歩きました。

    万訪 12月 6日(火) 03:20
    これだけ綺麗な旅館で食事が出ないのですか。三浦屋旅館、前面に庭があるわけでもない、建物にくっついて塀が巡ってるのがちょっと不思議。玄関がいい感じで光を放っているところにベンツが突っ込んでるのが悔しいですね。

    七ちょめ 12月 6日(火) 09:05
    このベンツ、宿に着いた時からこの場所にあったのですが、翌朝9時30分頃に宿を出たときもそもままでした。最初はお客さんの物かと思いましたが、どうもそうでなく、この旅館の息子さん(医者)が夫婦で帰られていたので、その方のベンツのようだと、チェックアウトの時に感じました。
    旅館の女将にとっては、一人の宿泊客より息子夫婦の方を優先させているのでしょうね。
    M014010098160.v4.enabler.ne.jp
    1634: 戦災復興の町 甲府と沼津 万訪 12月 4日(日) 09:11
    戦災復興の町である甲府と沼津を歩いてきました。途中、富士宮も。
    甲府は闇市系のマーケットや飲食店街が複数残っていました。繁華街をちょっと外れた場所に山梨県で公認された遊郭の1つがあったのようですが、面影は皆無。
    そして沼津は面白かった。戦後の不燃建築によるピロティ型アーケードの町並み。清水にも同様のものがありましたが、こちらも凄い、ちょっと怖いくらいのキャンチでした。
    (画像は沼津 アーケード名店街)

    万訪 12月 4日(日) 09:13
    柱は小さな建物で、繋がった大きなものは無い。。

    万訪 12月 4日(日) 09:17
    デザインは、昭和期を物語るモダニズムスタイル。コーナーがRになって共通している、全体に統一感があるんだけどんだけどそうでもないという不思議な建築群。

    万訪 12月 4日(日) 09:19
    甲府はおなじみ、闇市系のスナック街。甲府駅北エリアにある「新天街」。屋根は朽ちてありません。


    万訪 12月 4日(日) 09:21
    駅南の繁華街の中でも南の風俗店街の中にある「オリンピック通り」
    こういうのが何か所もありました。

    万訪 12月 4日(日) 18:59
    みなさんの興味からややズレていますので、流してもらって構いません。ただ、このような「防火帯建築」というのが、今注目されつつあるものですから、情報共有ということで。
    沼津のアーケード名店街は、竣工当初は画像のように二階建てで、昭和30年代に増築したんだそうです。

    孫右衛門 12月 4日(日) 22:09
    いえいえ、4枚目と5枚目(昭和的繁華街)は私も興味がある分野ですし、3枚目までも、これまでは見過ごしてきましたが、今や広義では古い町並といえるかもしれませんね。

    さて、今年の年末には北東北を計画していて、行程がほぼ固まりました。日が短いので朝出ても余り探訪の成果も上らず、初日は盛岡まで移動するだけと割り切りました(代わりに移動にはこだわってはやぶさのグランクラスを取りました)
    したがって、初日に東京で昼間に時間を確保することが可能です。
    ぜひ忘年会もとミニオフ会レポートでいわれていたのを思い出しました。

    ただ、29日と押し迫った日なので、東京組の方々が可能ならということに留めておきます。

    万訪 12月 5日(月) 09:26
    中国地方から最も行きにくい東北地方へ遠征ですね。29日は私は多分大丈夫です。暮れと年明けに旅を企画してますので、正月は家でおとなしく?しています。詳細決まったら教えてください。


    七ちょめ 12月 5日(月) 15:46
    先ほど福井県の越前大野市の三浦屋旅館に泊る旅から帰ってきました。
    雨には合いませんでしたが、天気が良くなかったです。

    万訪さんの投稿された画像のコメントへのコメントは差し控えさせてください。
    でも、甲府市湯村温泉の旅館明治は私の対象する宿ですが、どうも木造3階建ての方はRC3階建ての陰になってしまっていますね。その上、今では食事を出してないようです。
    チョット寂れ過ぎかな??

    今日から目薬を差しだして両眼の白内障の手術に向かいます。依って泊りがけの忘年会も二つをキャンセルしました。もう既にあった一つは出席しましたが、丁度両目手術の間にある夜だけの忘年会は、態度保留にしています。そんなんで旅館に泊まるもの今年最後の宿泊だったと思います。 

    Kさん 12月 6日(火) 07:37
    七ちょめさん、白内障の手術ですか。何年か前に私もやりましたが、手術はすぐに終わるものの、その後、長く続く目薬の管理が大変でした。
    それよりも、術後しばらくは、パソコンを見てはいけません。しばらくはパソコンやテレビから離れ、ゆっくりした時間をお過ごしください。

    手術の翌日、眼帯を外したときの感動が忘れられません。
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    1629: 龍神温泉 有軒屋 七ちょめ 11月22日(火) 14:29
    龍神温泉の有軒屋という旅館に泊ってきました。
    隣の旅館は今年1月に泊った上御殿という旅館です。
    崖の上を道が通っていて、その崖の下に旅館が建っているので、大変複雑な構造です。
    平屋に見えますが、木造2階が入口になっています。
    何気なしに止めた横の駐車場は、旅館客室の屋根の上です。

    Kさん 11月23日(水) 07:44
    また龍神温泉へ行かれたのですね。龍神高野スカイラインで、カーナビが25km程走る間に24回も「奈良県にはいりました、和歌山県に入りました」と繰り返していたとか。よく数えられましたね。私の自宅の近所、国道168号で私市から生駒市へ入り国道163号を越えるまで、たった1キロちょっとの間に、少なくとも10回は「奈良県へ入りました」「大阪府へ入りました」を繰り返します。今度数えてみます。


    七ちょめ 11月23日(水) 08:46

    上の夕景写真も余りよくありません。カメラブレなんです。ましなものを探しての投稿でした。
    高野龍神スカイラインを通って、龍神温泉に行き、帰りは海岸沿いの自動車道を通って帰ろうと思っていたのですが、「ごまさんスカイタワー」辺りに、濃いガスがかかっていて、護摩山からの眺望が見られなかったのです。そこで、帰りも高野龍神スカイラインを通ることにしたのです。行く時に何回も「奈良県に入りました・和歌山県に入りました」というので、帰りはメモ帳を用意して、数を数えていました。
    翌日、龍神温泉では晴れていて、割に良い天気でしたので、護摩山展望台からの眺めを楽しもうと、再度高野龍神スカイラインを通り、その時に数えたのですが、護摩山辺りに来ると又もや濃いガスが。そのままガスが取れることなく高野山の町並近くまで来てしまいました。結構濃いガスで前があまり見えない所もあり苦労しました。まあ標高1300mを越える所を通るので仕方ないと云えば仕方ないです。

    有軒屋のページアップは何とかカメラブレの少ないものを探してページを立ち上げようと思っています。

    孫右衛門 11月23日(水) 13:24
    この旅館は道路からだとこの一棟だけに見えますが、崖下に本館があるのですか。
    古い旅館は、増築などによってにわかには構造が理解しにくいものが多いですね。
    山田館もそうでしたし、以前泊った温泉津のますや旅館も新旧部分が混在し複雑な形になっています。
    この前の茶六本館も内部に入ると中庭を囲んで何度も建て増しした様子がわかり、館内でも少々迷い勝ちになりました。
    私が泊った部屋は、道路に面した建物の中では古い方だと言っておられましたので、改めて正面から見ると二棟に分かれていました。
    普段客を泊めない一番古い棟があるとのことでしたが、行き方までは教えてくれませんでした。私もどこから向うのかわかりませんでしたし、改めて聞くこともしませんでしたが。


    七ちょめ 11月30日(水) 18:39
    カメラブレの件ですが、カメラが修理から帰ってきました。
    ソニーの一眼レフの修理代、18,360円でした。
    故障個所はカメラブレ防止の回路が故障していてカメラブレになっていたようです。
    下手にカメラブレ防止回路を設けるから故障するとカメラブレが発生する奇妙なことでした。
    M014010098160.v4.enabler.ne.jp