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1736: 奈良井宿 七ちょめ 11月25日(土) 10:21
この奈良井宿の写真は2004.5.30のオフ会の時の写真です。
右側の伊勢屋さんに泊まりましたが、今度は左側手前の「ゑちごや」さんに泊ってこようと思っています。この宿も一人ではね。……と。何せ一日二組と宿泊に制限をつけておられるのでね、泊るのに苦労します。


孫右衛門 11月25日(土) 13:12
私も越後屋旅館には泊まりたいですね。
奥さまと訪ねられるのでしょうか。
私も来週まは徳島の大正楼に泊まる予定です。仕事で潰れなければですが。

七ちょめ 11月25日(土) 18:09
家内は私の趣味にそんなに同行してくれません。先日の足助の香嵐渓と下呂温泉へのバスツアーで今年分は終わりでしょう。まあ、何とか年に一回程度は彼女の行きたいところに私が辛うじて同行させてもらう程度ですね。
奈良井宿の「ゑちごや」さんは一人です。宿に頼み込みました。

万訪 11月27日(月) 08:34
冬の木曽路いいですね。寒いけど。
越後やは20年くらい前に泊まったことがありますが、その頃高齢のご夫妻が営まれていました。今は代が変わっているでしょうが、どんな方がどんな宿にしているか興味があります。天気が良いといいですね。

七ちょめ 11月27日(月) 08:45
電話での感じですが、60歳前後と思われるご主人が何時も電話に出られます。
万訪さんが訪ねられた時から、代代わりはしているでしょうね。
寒いのでしょうね、11月から翌年4月までは一晩500円の暖房代が加算されます。
依って宿泊代は ¥17,240円 と云われていますが、税金は??お酒代??で、まあ¥20,000程度でしょう。

万訪 11月27日(月) 22:27
昔から別格でしたが、2万ですか。やはり、越後やはプレミアムですね。

七ちょめ 11月27日(月) 22:35
一人宿泊の割高代が加算されているとおもいます。

七ちょめ 12月 5日(火) 17:28
奈良井宿のゑちごやに泊まっています。今日は寒かったです。
電話の応対で60代のご主人と言いましたが、40歳そこそこのようです。
流石に旅籠屋としての営業だけあって、部屋にテレビがありません。
困ったのは、トイレで急勾配の階段を、手摺りを頼りに一階におりて奥に進み、外の廊下を通り別棟に入り、別の客室の横を通って再び外のトイレで用をたす。
高齢で夜のトイレが問題だのに。困ったものです。

Kさん 12月 5日(火) 18:18
今日は寒いでしょうね。そのトイレでは、私は泊まることができませんね。ぜひ部屋にとはいいませんが・・・


七ちょめ 12月 5日(火) 19:25
トイレは遠いですが、今になっては仕方ありません。我慢しましょう。でも、宿や部屋には満足しています。




七ちょめ 12月 6日(水) 07:41
朝起きると雪が。ご主人によると夜中に地震があったそうです。古い木造の二階だから良く揺れたようですが、気づきませんでした。

七ちょめ 12月 7日(木) 09:26
「ゑちごや」の夕景です。雪の止んでいる合間に摂ったもの。


七ちょめ 12月 8日(金) 11:19
この奈良井宿の風景。いらかぐみ結成後、最初のオフ会の場所。
第一回は祝島ですが、その時に結成ですので、結成後最初のオフ会の場所となります。
印象の強い場所で、早朝で天気が良く、ツバメが飛び交っていたのが印象にのこっています。泊った伊勢屋さんで隣の部屋の外国人の女性から、何回も苦情を聞いたのも印象に強く残っています。
そして、奈良井宿で旅籠屋で残っているのは「ゑちごや」ただ一軒というのが誇りのようです。前回泊った「伊勢屋」は旅籠じゃないのと聞くと、「伊勢屋」さんは牛馬宿で旅籠じゃなかったとのことで、翌朝「伊勢屋」の看板を見ると、確かに「牛馬宿旅人」と揚がっていました。


孫右衛門 12月 8日(金) 23:27
私も鉄道旅行ばかりしていた学生の頃に伊勢屋に泊ったり、その後も友人との旅の帰路に寄ったりと奈良井宿には思いいれがあります。最近では5年ほど前でしたか、年明け早々にほぼ独り占め状態で歩きました。

先週末は七ちょめさん情報で徳島の大正楼に泊りました。県内には未訪の町並が散在していたのですが、なかなか実行まで思い切れなかったところ良い機会をもらいました。
見るとわたしも同じ部屋に泊ったようです。

七ちょめ 12月 9日(土) 09:07
大正楼に泊られたのはツイッターで拝見していました。
徳島県には江戸期〜明治期に創業した旅籠形式の旅館がありませんので、私の基準から外れますが、泣く泣く泊った旅館です。少しは期待して泊まったのですが、古い形式や古い意匠はありませんでした。旧日本軍の歩兵連隊の駐屯に合わせて創業した旅館のようです。しかし今、旅館がビジネスホテル機能を取り入れようとすると、この旅館のように成るのだろうと思います。
食事が無かったのも困りました。駅に近いのに案外食べる所がなく、結局はコンビニで弁当を買い部屋で食べたことを思い出しました。
近くにあった休業している常磐旅館も同じ時期の創業です。

孫右衛門 12月 9日(土) 20:11
大正楼の付近(蔵本)は昔は街道上の要衝だったようですが、今はただの郊外地ですね。ただ早朝歩いていると南北方向の街路沿いにわずかに古い建物が残っていました。

食事所はたしかに余り多くありませんが、大衆的な居酒屋が数軒のほか、寿司屋風の和風居酒屋(高そうでしたのでやめました)、うどん屋兼丼屋、トンカツ屋などがありました。夜なので飯物は敬遠したいので駅近くの小さな居酒屋に入りました。

大正楼はいまや外観は古いものでは無いですが、広い窓から庭を眺めながらくつろげました。1人客は食事なしが基本のようでしたが、朝食を付けてもらいました。
常盤旅館が営業されていれば私もこちらを選んでいましたね。当日玄関に灯が付いていたので、もしやと思い、居酒屋のご主人に聞いてみたのですが、やはり営業はされていないとのことで妙にほっとしました。

七ちょめ 12月13日(水) 09:27
徳島県になかなか私の対象になる旅館が無いのです。仕方ないので条件を緩めて大正時代まで下げると、この常磐旅館が出てきたのです。もう2年程前でした。
電話するとご主人が入院されていて、今休業しているが、もうすぐ再開できそうとの女将の話だったのです。
2〜3か月ほどして再び電話を掛けると、もう直ぐ主人が退院するので!!‥。
その後に電話すると、女将が今度は私が明日から入院するとのこと。
その後、大正楼に泊まり常磐旅館を観察していると、ご主人が玄関に居られたので、声をかけると休業していると!!
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