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1702: 唐津 Kさん 7月 9日(日) 20:42
先日のオフ会の帰りに立ち寄った唐津での最後のスケッチです。実はこの家の風情が気に入っていて、かつて福岡にいたころ何回も描いています。今度「残っているかな」と思い、行ってみると、ちゃんと残っていました。杉玉があるから造り酒屋だったのですが、とっくに酒造りは止めたようで、門はぴったりと閉まっていました。以前は酒蔵の名前などに関心がなくただスケッチしていただけなので、何という酒屋だったのだろうかと疑問に思い、ネットで「唐津 魚屋町 酒蔵」と入れて検索してみました。ヒットしたのは、なんと太泉八雲さんの「一路一会」のサイトで、「東木屋酒造場」といい「松浦佐世姫」という清酒を造っていたそうです。「さすが、いらかぐみ」との思いを深くしました。

Kさん 7月 9日(日) 20:49
せっかく七ちょめさんの投稿があったのに、横割して済みません。唐津の話には続きがあります。
この酒蔵を経営していた「木屋」という家は太閤秀吉の朝鮮出兵のころからの家だそうで、酒蔵の「東の木屋」のほかに「西の木屋」というのが唐津にあるようです。それで分かったのですが、以前、この酒屋をスケッチしたときに架かっていた暖簾が、「丸に”き”の字」なのです。どういう意味かなと思っていましたが、木屋の「き」なんですね。岸本の「き」ではありませんでした。

Kさん 7月 9日(日) 20:54
さらに。
皆さん、唐津のリポートで、この家を取り上げられていますが、場所が「大石町」になっています。しかし、家があるのは大石町の西側の「魚屋町」です。11月の唐津くんちには町ごとに曳山が出ますが、魚屋町から出る「鯛」の曳山が一番目立つ存在です。

勝手な投稿で、失礼しました。太泉さんにお礼です。

七ちょめ 7月 9日(日) 21:37
旧唐津街道に沿ったこの造り酒屋さんの写真も、私のHPに掲載していますね。覚えは残っていません。
大石町じゃないのですか、魚屋町ですか。当時はまだGPS機能の無いカメラだったので
大石町としていたのでしょう。

Kさん 7月10日(月) 07:13
この家の写真を掲載している皆さんのサイトをチェックさせてもらいました。太泉さん、辰巳屋さん、Uranoさんが「魚屋町」、七ちょめさん、孫さん、万訪さんが「大石町」になっています。地図で見ると、魚屋町は大石町の西側に続く狭い範囲の町名のようです。どうでもよいことですね。

それにしても皆さんか取り上げておられるこの家、それだけ存在感がありますね。何年か前に、文化財にならないか調査したという地元新聞の記事もありましたが、続報がないところを見ると、ダメだったのでしょう。

万訪 7月10日(月) 08:16
魚屋町でしたか。旧町名を使っている町では、街区ごとに小刻みに町名が変わります。それを全部載せるとめんどくさいので、エリアを示す代表的な町名(◯◯界隈的に)を使用しています。このいい加減なノリで各地を掲載しているので、このままで行っちゃいます。

Kさんのこの手のスケッチが、いらかぐみ掲示板に新作として掲載されるのは、最近はあまりないような気がします。俯瞰だったり、結構引いた視点が多いと。懐かしさを感じました。
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