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1663: 蒲生4丁目 Kさん 3月 6日(月) 09:28
せっかく新潟の雁木の話題で盛り上がっているところなのに、ローカルな話題で申し訳ありません。
一昨日、近くまで行ったついでに大阪市城東区蒲生4丁目の古堤街道へ行きました。いらかぐみの何人かが撮影されている建物(絵)が見事になくなり、大型マンションの建設工事が進んでいました。
なお、近くにある茅葺きの豪勢なお宅は、何と「金剛組」の手で修理中でした。

Kさん 3月 6日(月) 09:32
街道の南側の家並みは健在でした。上の絵に描いてある電柱の所から、この構図でスケッチしました。ガードマンのいるところに上の家の玄関がありました。

Kさん 3月 6日(月) 09:38
大阪の市街地にある現役の茅葺き屋根はやはり珍しいですね。

万訪 3月 6日(月) 13:41
こうしてみるとよく残ってる町並みですね。記憶にないので、自分のデータベース見たら、メインの写真にしていました。2枚目の写真で、左側がすっかりなくなっちゃったのですね。

七ちょめ 3月 6日(月) 17:01
蒲生4丁目のスケッチのお宅が一番貫禄ある家屋でしたのにね。残念としか言いようがないですね。
また、この茅葺の家屋も写真を撮って掲載している筈と、茅葺屋根のページを見ると、タイトルの所には蒲生4丁目のこのお家が出ているのに、肝心の写真が無くなっている。
多分COOLからYAHOOに変更した時に、何かのトラブルで、COOLから取り出したデーターを上手くYAHOOに転送で来てなかったようです。
Kさんのお蔭で、不備なところが見つかりました。今夜にでも新しくUPし直しておきます

孫右衛門 3月 6日(月) 23:19
ここは細長い堤上に長々と連なる珍しい町並で、よく印象に残っています。他にも大阪風長屋、3枚目の堤下にある茅葺家屋のある大きな屋敷など様々な顔があって面白いところでした。連続性も高い町並で、このレベルだったら保存にも値するものと思っていましたが、流石にそうは行かないようですね。

なくなったという建物は、私のページの1枚目に掲載していました。

urano 3月 7日(火) 01:24
大阪は土地勘がなく、蒲生4丁目と聞いてもまったくわかりませんでしたが、地図で検索すると京橋のすぐ近くですね。こんな市街地に、よく歴史的な町並みが残っているものと思います。
でもよくよく思い出してみれば、大阪に行ったときは市街地でも、トタンで覆われながら大和棟の構造を残す古民家をかなり見かけた気がします。東京では、こうはいきませんね。

Kさん 3月 7日(火) 07:26
uranoさん、この道路は大和街道、古堤街道、野崎道といった呼び方がある古い街道です。京橋付近を起点に寝屋川(旧大和川?)に沿った土手の上を通っており、今でのその地形がはっきり分かります。上方落語に「野崎参り」というのがあり、屋形船で行く客とこの街道を行く人が、いろいろとやり取りする噺です。

七ちょめ 3月 7日(火) 11:08
どう見てもこの家が町並形成に一番寄与しているようですね。
画像を探し出しました。取り壊されたのは残念です。
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