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1653: 万訪 2月 7日(火) 07:49
先々週末、森町再訪→浜松→豊橋と探訪して来ました。(森町以外は)戦災復興の町がテーマの旅です。
画像は、線状に800m続くビル。戦後の闇市整理が目的ですが、用地がないの牟呂用水の上に建てちゃったというもの。両側が通りで商店街が続いている。面白い!と叫びながら☆4つです。

万訪 2月 7日(火) 07:52
橋が残っています。橋は昭和28年、建物は昭和40年。

万訪 2月 7日(火) 07:54
800mを過ぎると用水が現れます。これが建物の下を流れている!

万訪 2月 7日(火) 07:55
豊橋駅西口近くの線路沿いにあるバラック街。いわゆる戦後の闇市系で、今でも残っています。

万訪 2月 7日(火) 07:57
奥行き3mありません。ここも水路上のようです。


七ちょめ 2月 7日(火) 08:45
用水路の上に、大きなビルを800mに亘って建てた。
バラック家屋救済と住宅確保のために。
切羽詰まった方法のようですが、用水路は水があふれることもあるだろうにね。
その処理はどうされているのかな。
戦後復興住宅の代表の様な建物のようですね。

万訪 2月 7日(火) 18:43
七ちょめさん、さすがです。用水路がトンネル化する手前に、万が一大きなものが流れて来たら食い止めるためのザルのような装置がありました。流木とか落ちた人間とか、建物下に入ってしまったら大変ですからね。
水上ビルは、当時話題で他の地域の行政も見に来たそうです。もしかしたら、他の都市でもあるかもしれません。

孫右衛門 2月 7日(火) 22:45
浜松・豊橋は失礼ながら通過するだけの町でした。鉄道旅行時代も下車して町を歩く事もなく、町並探訪を始めてからもレンタカーの返却などで駅前に立寄ったくらいのものです。
しかし、視点を変えれば面白いものですね。やはりこのクラスの中核都市レベルとなると何かあるものです。やはり、着目点を定めて事前に掘り下げておくことで町歩きでの成果も大きくなるものなのでしょう。それは私も感じています。
水上ビルですか。河川管理上は全くNGです。ただ、飲食街や商店街などというのは、河川や水路沿いに発達したものが実に多いですね。

七ちょめ 2月 8日(水) 11:07
水路の上にビルや家を建てるのは、今じゃ全くダメですね。
その当時は 試行錯誤の時代だったのでしょうね。
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