2011年12月25日 (Sun)

今を生きる



 12月24日娘達と「風景写真100人展」を観て参りました。
今年は「風景」という言葉が特に心に沁みこみます。
やはり良い作品は素晴らしい・・・・・

作品を目の前にして、その過程を想う。

帰りの電車の中では、酔った男性が大声で、
「だから俺が市長に文句を言ってやる!!」と同じことを繰り返す。
多分言えるくらいなら、とうに言っているのだろうなぁ~~なんて思いながら、五木寛之氏の『遊行の門』を読み進める。

自分には何もないと感じるときが、人には必ずあるものだ。自分は誰にも必要とされていない、生きるねうちがない、と私もかって考えたことがあった。しかし今は私はそういうふうには思わない。人間は生きている、ただそのことだけでも価値がある。成功しょうと不遇のまますごそうと、とりあえず今日まで生きてきた、そこに意味があるのだ。
十年生きただけでもえらい。まして二十年三十年、四十年と生き続けたことは、大変なことである。五十年、六十年、それ以上に生きたことは、それだけでも凄いことなのだ。

そうですね。
みんな必要とされて生かされているのですよね。



2011-12-25 18:46 in カテゴリー1 | Comments (2) #

2011年12月13日 (Tue)

思い違い



 幼いころの思い違いは誰にでも一つや二つはありますよね。
出勤時の車のラジオからこんな話題を耳にする。

☆銅像を前にして母がこう言った。
「この人はとても偉い人だから銅像になったのよ。」
それを聴いた彼は、
「こんな石にされるくらいなら、僕は絶対に偉い人だけにはなるまい!」と誓ったそうだ。

そんな彼が大人になって偉い人になったのか普通の人でいるのかは定かではないが。

私も井戸の中の金魚は、可哀想と思い込んでいた。
だってスイカを冷やす時の井戸の水はものすごく冷たいのだから、そのまま冬になった日には、さぞや寒かろうに。
人間なら洋服も着られるが、なんとも裸のままなのだから地獄であろうと。

井戸の中は水温が一定しているとは知らず勝手に思い違いして一人で金魚を悲劇の主人公にしてしまっていたのである。

2011-12-13 00:19 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2011年12月11日 (Sun)

いい人



 あの人はいい人だ!と言う。
いい人だから頼りがいがあるかと謂えばそうとも謂えなくて。
どうせならいっそ癖があっても行動力がある人の方がいい・・・なんて
人というのは何かと難しい。

先日は、こんなことがありました。
震災の際会社で連絡網が作成されました。
個人情報なので、特別の事以外は公表しない約束だったのですが、
ある人が考えも無く私の自宅の電話番号を教えたのでしょう。
その電話はナント出勤前数分前に鳴ったのです。
こちらは焦っているのにNさんははお休みなので暢気なものです。

それも自分の為ではなくて、仲間が嫌がらせをされたので食事でもして慰めようという内容。

穏やかな友人はそんなに深刻には思っていなくて、「もしかしたら本当はいい人かも?」と一言。
私が思わず、いい人だって彼女がいうのだからいい人でいいんじゃないの!
と謂うや、Nさん自分がいままでやられたことを爆発させる。

本当はパソコン倶楽部で、年賀状とカレンダーの作成だったのに、
それを止めてきてみれば、あぁ~~貴重な時間が泡と化す!!

常識が常識で通らなくなって、思わず泥地に足を踏み込んでしまうことがないように気をつけないといけませんね。

脱線は禁物!!

「いい人はいいね」
伊豆の踊り子での、そんなことばが蘇る朝です。



2011-12-11 08:03 in カテゴリー1 | Comments (0) #