2011年9月28日 (Wed)

黙っていても・・・



 通勤途中の土手では、彼岸花の茎がせいくらべをしています。
早咲きはちょっと草臥れて、まぁ~~そんなに焦るでない!!と謂われているかのように。
 彼岸花は土中の温度が20度以下にならないと咲かないということだそうです。
毎日焦っては失敗ばかりしている私とは大違いで賢いものです。
自然界で逞しく生きるには、様々の知恵が必要なのですね。

やっと秋めいて、今週末には綺麗な絨毯模様に出逢えることでしょう。

気忙しい過ぎていく日常ですが、そんなに急いでどこへ行くですよね。
大きく深呼吸して
「牛一頭食べられるわけじゃなし・・・」なんて呟くのであります。

今日も一日が始まります。
精一杯頑張りましょう。

2011-09-28 07:18 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2011年9月27日 (Tue)

クニ子おばばとふしぎな森



今なお秘境と言われる宮崎県椎葉村。その最深部の山奥に、今も夏になると山に火を放ち焼き畑を作る「おばば」椎葉クニ子さん(87)が暮らしている。焼き畑と言っても南米や東南アジアの大規模開発に使われている略奪的な焼き畑ではない。毎年焼く場所を変えながら少しずつ畑を作り、4年収穫したら放置して森に返す。そして30年周期で山全体を一巡する。それは森の豊かさを保つ営みであることを、かつては誰もが知っていた。
年老いる前に切られた木々は、すぐに新たな芽を出し新たな循環が始まる。人が焼き「かく乱」することで、森は若返り、畑の作物だけでなく、山菜やきのこなどさまざまな恵みを生み出す。かつては日本中が森を再生するための焼き畑を行っていたが、今もそれを続けているのは椎葉クニ子さんただ一人だ。この山で暮らすため、代々伝えられた焼き畑用の「種」を守るため。クニ子おばばは山の神に祈りを捧げて火を放ち、その恵みを日々の糧とする。草木や、土の中の生き物たちと同じように、人間が自然の循環の一部となって暮らす最後の風景がここにある。縄文以来続けられてきたという焼き畑の営みに込められた日本人の知恵を、椎葉の四季の映像と、特殊撮影を駆使して描く。

それは日曜日の夜のNHK番組のことです。
87歳とは思えない身軽なクニ子おばあちゃん。
人は自然界と共存して生きていけば、何だか死ぬことはないのだという思いにかられます。
切り株と同じように、私たちは永遠に生き続けていくのでしょう。

そして、いつまでもこのまま静かな村であってほしいと影ながら思うのであります。

2011-09-27 07:12 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2011年9月26日 (Mon)

山河あり



 地震につぐ台風の影響で冠水したコスモスの花がそこにはありました。
駄目であろう!と解ってはいるが、何故かここ小貝川ふれあい公園に向かう。筑波山を目にすると歓喜してしまうのは何故だろう。
ご無沙汰していますが、ネットのお仲間であった人の言葉がこだまする。「筑波山はおちょぼ口の形をしているのよ!!」
そして写真というものをここ数年やってみて、私なりにいい写真というものがいくらか分かってきたかのように思う。
早朝の淡いピンクに染まった空と山と小貝川そして花。

ここからですと1時間半あれば大丈夫であろう。
朝日がでるまでに現地につくのは、主婦には厳しいけれど、だからといって、あの時やっておけば・・なんて言葉は吐きたくない。

何事も思いたったらすぐに結果がでるなんてことは有り得ない。
大勢の方の力が寄り添って素晴らしい結果となる。

片隅に置かれた募金箱の前で祈るかのように来年の撮影を頭に描いた。



2011-09-26 07:14 in カテゴリー1 | Comments (2) #

2011年9月21日 (Wed)

飲んべえ親父



 気持がホッっとする禅のことばの中でもっとも涙腺がゆるんだ文面を
今日は記しますね。
それは少し前までは何処にでもでもあったであろう情景ですが・・・・

☆中学を卒業すると、親父は高校へ行けと言ってくれましたが、私は仕事を早く身につけたくて、都会へでました。
 家を出るとき、いろり端で親父とおふくろはお茶を飲んでいて、さあ出発だというのに、二人とも黙っているんです。別れるときって、そうなんですよね。胸の中にはことばがいっぱいつまっていて、何かいおうとすると涙が出るから、それでみんな黙っているんです。
「おれ、いくよ」と言って立ったら、親父は「ああ」とだけいって、いろりの火をみつめていた。「元気でな」とも「頑張れよ」ともいわない。むっつりしているだけなんです。おふくろも黙ったままです。
 私は両親にちょこんと頭を下げて外へ出ると、一目散に峠へ向かって走りました。肩に振り分けた荷物が自分の体をうつんですよ。

どういうわけか振り向きたくなって、振り向くと、はるか彼方のさっき越えた峠に、なんと親父が立ってこっちを見ているんです。
「飲んべえ親父めが・・・ちきしょう、あんなところまで出てきやがって!」そう思ったら、どっと涙があふれ出ましてね。そして「頑張るぞ!」と胸に叫んで、二つ目の峠を泣きながら走って越えました。

こう言って林さんは笑顔で涙を拭かれました。
 

2011-09-21 07:23 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2011年9月19日 (Mon)

魔法ことば



 先日の講評会の日のことです。
いつものように電車の中で文庫本を読み始めました。
毎日慌しい日が続くので、買い求めた本は
『気持がホッとする禅の言葉』酒井大岳著。
タイトルのとうり、住職さんが描かれた本です。

何度も涙腺がゆるむ箇所があって、ちょっと困りましたが・・・・・

子供を伸ばす先生の言葉では
☆5年生のある日、ほかのクラスの先生が担任外の気楽さからか、ふとかけてくださった一言が、彼のその後を大きく変えたのです。”おっ、お前は絶対頑張るタイプだな”。
 あれから三年余、中二になった彼は、体育や他教科まで信じがたいほど伸び、皆の嫌がる生徒会の役員まで引き受けました。魔法使いの先生は、ご自分の一言など多分お忘れで、今年中学にご栄転なさいました。

駄目な人間なんていないのですものね。
そうですね。
自分をもう一度信じて生きて行きましょうか。
2011-09-19 07:13 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2011年9月8日 (Thu)

日々挑戦



 ダスキンさん発行の「喜びのタネまき新聞」が届きました。
いつもは投稿文から抜粋させて頂いておりますが、今日は表紙のダスキン社長さんのお言葉に感銘を受けましたので記載させて頂きますね。

それは高校時代の部活のお話から始まります。

☆ あるとき監督が、「君たちは日々何を考えて練習しているのか。練習のための練習はいくら積み上げても成果にはつながらない。一生懸命練習しても、同じことの繰り返しでは上達しない」そして「継続は力なり、しかし維持は衰退になる。常に志を高く持つこと!」と言われました。
 継続は力。毎日休まず練習、休めばそれだけ遅れてしまう。維持は衰退。毎日練習しても日々新たな挑戦がなければ技術は高まらない。昨日よりも今日、今日よりも明日、何が成長したのか。常に志は高く持つ。予選通過が目標ならそれで終わってしまう。全国大会で優勝する志を持ち続けること。

そのような教えで過ごした私ですが、結局、全国大会ベスト8で終わりました。
ご縁が出来て40年、今の私があるのも監督のお陰。その時の教えは今も自分の生き方として心の中で生き続けています。

蛇足ですが、ベスト8位・・・これぐらいが調度いいように思えます。
いきなり1位なんてのは出来すぎてしまいます。
そうかといってビリも頂けないですからね。
だから 何が言いたいかって・・・・

頑張ってもダメな時もあるけど、それでも頑張って生きている。
適当に泥臭い、そんな人間が好きだから。


2011-09-08 00:00 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2011年9月6日 (Tue)

人間らしく・・・



 時代の流れなのでしょうかね。
昨今の風潮は、「平等なんて有り得ない時代」と書かれていますが、何処かで納得のいかない自分がいます。

そんな中で、出会った文章です。

中村佳子さん(JT生命誌研究館館長)の対談から。

宮沢賢治全集より
 ☆東北の農家にちょっと詐欺師風の植物医師と称する人が来て、この薬を撒くと畑の被害が治まると教えるんです。
農民が5人。それぞれの被害は違うのに同じ薬をすすめます。
結局全然治まらないので、みんなで抗議に行くんです。

ところがその農民たちは、被害が起きたのは自分たちが同じように撒いたからいけなかったのだと。
この人を非難してもしかたないといって帰っていくんです。

いいかげんな相手なんですけど、決してギュウギュウやらないで、まぁまぁ、この人も大変だったんでしょうといって帰るんです。

嫌なことも、辛いことも受け入れて、もう一度じっくりと物事を考えるそんな時代が来たのでしょうか。
2011-09-06 07:16 in カテゴリー1 | Comments (2) #

2011年9月5日 (Mon)

蕎麦の花のように・・・



 先日は歯の定期健診で、昨日は車の定期点検を受けた。
待ち時間に置いてある雑誌とお茶を頂いて過ごすその時間が嬉しい。

分厚い「婦人画報」の雑誌が好きである。
その中でも写真が好い。

五島健司氏の下郷町の蕎麦畑と淡いピンクの朝焼けの写真が目に。
小さな山並が左側にしっそりと収まって女房役をこなしている。
どこをとっても見事な納まりなのだ。
 私も一度連れて行って頂いたことがあるが、
なんていうことはない。ただ写したというだけの写真。
他人に感動を与えるとはこういうことを謂うのですね!!

蕎麦の花、
それはどんなときでも、逞しく生きて行けと
諭してくれるかのようでもある。
2011-09-05 07:13 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2011年9月3日 (Sat)

見た目よりも・・・



 子供も頃、母が何やらコトコトと鍋をコンロにかけていた。
その傍に行くと、「今日は美味しい柳川鍋だよ!」と言いながら蓋を開けた。
川遊びの一つに魚とりがあって、足もとにドジョウが触れるといつもドッキッっとしたものである。

そして、それを食べることになった。
牛蒡と卵は食べたものの、生きたものしか見たことがないドジョウをいざ口の中に入れることは、ちょっとした勇気を要した。
が、しかしそれは事の他美味しかった。

里帰りして、肉屋さんで売れないような脂身だけ持ち帰って味付けして食卓に並んだことがあって、赤身しか食べなかったのに食べられた。

素材を生かすも殺すも、下準備が大切だとしったあの日。

どうか、今の政治が明るい明日を目指すことを願いたいものです。

2011-09-03 07:19 in カテゴリー1 | Comments (0) #