2007年9月30日 (Sun)

至極のとき



 人生の中で綺麗なお花を愛でて、美味しいものを食することは、まさに至極のときであろう。
先日巾着田の彼岸花を数枚撮影したものの、あまりの人の多さに戸惑ってしまい、川原を渡り歩いて数分の「阿里山カフェ」へ。
いつもなら火曜日は定休日なのだが、曼珠沙華特別連続営業中とかで10月の17日ごろまで連日の営業、店内はお昼前にも関わらず満員という感じ。
高麗川の清流を見下ろしながらのランチは最高で、川辺では中学生の男子5,6人が水遊びをしている。魚の泳ぐ姿が見えるであろう澄み切った水に焼けた肌はまさに健康的というイメージで本来の子どもの姿がここにあった。

あるがままの姿を今こそ大切にしたい時代であろう。
阿里山の最初の目的は、「気さくで居心地のいいこじんまりした場所があって、そこに気のあう人間が集まって、おしゃべり、そして美味しい料理を楽しんでいる、僕たちが目指しているオーガニックなライフスタイルというものを同時に示すことができたら」

そんな思いが現実となって2001年の夏「阿里山cafe」オープンとなる。

そこには人に優しい至極のひとときがある。

その後再度撮影に向かったならば、先ほどよりは大分すいて光の加減も好かったようでゆっくり撮影できたのはありがたい。

又来年会いましょうの言葉を背に家路へと。
2007-09-30 22:25 in カテゴリー1 | Comments (3) #

2007年9月29日 (Sat)

鱗茎って何?



 先日巾着田の曼珠沙華を撮影中、こんな会話が飛び込んできた。男性の声で「その花に触ったら毒がありますよ!」女性数名の声「そうだね!何かに書いてあったよ、茎に毒があるんだって」目はファインダーながらこの毒は球根にあると思っていたが・・・?

鱗根;玉葱やノビルのように極端に短縮した茎の周囲に多量の養分を蓄えて厚くなった葉が多数重なって球形、楕円形をしたもののこと。
ちなみにヒガンバナ科のヒガンバナ・キツネノカミソリなどもすべて「鱗茎」だそうです。

巾着田HPの中にこのような質問コーナーがあり、ちょっと興味のある部分を記しておきます。

どうして曼珠沙華が群生したのですか?
歴史的には昭和40年代後半に、巾着田の用地を当時の日高町が取得し、利用について議論される中で、平成元年頃に草薮であった河川敷地の草刈りをし始めると、そこに生息していた曼珠沙華の姿が見られるようになりました。群生の規模が予想外に大きく、その美しさを報道機関等が紹介するようになると、多くの方々の関心を引くようになりました。
巾着田周辺に曼珠沙華群生地が形成された理由についてですが、巾着田は高麗川の蛇行により長い年月をかけて巾着の姿を形づくり、その内側に耕地が形成されましたが、河川の増水時等に上流から流れてきた物の中に混じっていた球根が、漂着し根付いたと考えるのが妥当でしょう。
現在は、巾着田管理協議会により、曼珠沙華の塊根を掘り起こし、これをほぐして10球から15球を1株として移植することにより群生地の拡大をはかっています。これは、曼珠沙華の発芽率が10~15球当り1~2本と低いため、球根を束ねて埋め戻しているもので、100万本以上の曼珠沙華が咲く巾着田の群生地には、その10倍以上の1000万超の球根が息を潜めていると思われます。       


毒があると聞きましたが、本当ですか?
曼珠沙華には鱗茎(球根)にアルカロイドの一種でリコリンという毒をもつ、有毒植物です。花茎の汁に触れた場合など皮膚炎を起こしますのでご注意ください。

と言うことは、やはり花は見るだけで触れないことでしょうか。
増してや、木に一輪差し込んだり、川辺に花束にして植え込んだりする行為は蛇足も甚だしいもの、これだけに綺麗な咲いた花に今年も会えたことに素直に感謝したい。
2007-09-29 07:48 in カテゴリー1 | Comments (1) #

2007年9月27日 (Thu)

曼珠沙華



日本には古い時代に中国から渡来したのが広がった。和名は彼岸のころに咲くので彼岸花とつけられた。別名をマンジュシャゲといい、梵語の曼珠沙華で、赤い花の意味であるといわれる。また、墓地に咲くのでシビトバナと呼ぶ人もいる。
 球根は、キツネノカミソリと同じく有毒。水田の畦、土手、墓地など人の
生活している近くに生える多年草。9月中旬から10月中旬にかけて、赤色の6弁花が数個咲く。希にシロバナもある。外側の3枚はガクで、内側の3枚が花弁。花後に葉がでて緑のまま冬を過ごし、夏には枯れて見ることができない。分布は日本全土となっているが、東北北部から北海道にかけては見かけることが少ないようだ。


 近年では自生地は減りつつあるが、関西方面では京都の西部から北部にかけて。奈良県の田園地帯。愛知県松山市川中町の米作地。群落の保護地区では、宮崎県野尻町のドライブイン萩の茶屋が、9月上旬あたりから、一万平方メートル敷地内に3百万本のヒガンバナで彩りを添える。

 昭和50年に野尻町の町花として制定されている。関東では、埼玉県日高市の高麗川流域、巾着田といわれるところが市で管理され見事な大群落を見せる。

 群落風景を撮るならパンフォーカスが基本で、どうしても絞りきれないときには、少なくとも手前から写りこむ花の部分全体には被写界深度を確保したい。後方のボケはさほど気にならないが、形が分かる程度の前ボケは、目障り以外の何ものでもないことを頭に入れておくといいだろう。目障りだけではなく観賞価値を減少する。クローズアップでは、主体と脇役を明確に扱い、背景はできる限りシンプルになるように工夫、固体を選ぶようにするといいだろう。

文章は「花ごよみ花のたび」小松毅史氏写真集より

2007-09-27 23:17 in カテゴリー1 | Comments (1) #

2007年9月23日 (Sun)

心の持ち方ひとつ



 秋分の日の今日こんな文章に出会った。「生き方」稲盛和夫著より

『心の持ち方ひとつで地獄は極楽にもなる』
 
 あるお寺の若い修行僧が老師に「あの世には地獄と極楽があるそうですが、地獄とはどんなところなのですか」と尋ねました。すると老師はつぎのように答えます。
「確かにあの世には地獄もあれば、極楽もある。しかし両者には想像しているほどの違いがあるわけではなく、外見上はまったく同じ場所だ。ただ一つ違っているのは、そこにいる人たちの心なのだ」

 老師が語るには、地獄と極楽には同じような大きな釜があり、そこには同じようにおいしそうなうどんがぐつぐつと煮えている。ところがそのうどんを食べるのが一苦労で、長さが一メートルほどの長い箸を使うしかないのです。
 地獄に住んでいる人はみな、われ先にうどんを食べようと、争って箸を釜につっ込んでうどんをつかもうとしますが、あまりに箸が長く、うまく口まで運べません。しまいには他人がつかんだうどんを無理やり奪おうと争い、ケンカになって、うどんは飛び散り、だれ一人として目の前のうどんを口にすることはできない。おいしそうなうどんを目の前にしながら、誰もが飢えてやせ衰えている。それが地獄の光景だというのです。

 それに対して極楽では、同じ条件でもまったく違う光景が繰り広げられています。だれもが自分の長い箸でうどんをつかむと、釜の向こう側にいる人の口へと運び、「あなたからお先にどうぞ」と食べさせてあげる。そうやってうどんを食べた人も、「ありがとう。次はあなたの番です」とお返しにうどんを取ってあげます。ですから極楽では全員がおだやかにうどんを食べることができ、満ち足りた心になれる・・・・・・・・・・・・
2007-09-23 17:30 in カテゴリー1 | Comments (3) #

2007年9月22日 (Sat)

一言かけて



 昨夜は町内の防犯パトロールで、役員の方が、不審者には一言声をかけることにより、大分その後の行動が変わってしまうとお聞きした。「こんばんは」の挨拶もよし、「お気をつけて」の労りの一言が平常心を取り戻すということなのだろうか。

ちょっとした注意の一言で、負傷を負うなどということがあって、人のこころに隙間風が吹いている現在「触らぬ神に祟りなし」とばかりの行動になってしまう。

 今朝は、朝7時より町内の資源ゴミ搬入のお手伝い。
お母さんがいなくなって寂しいのか、庭で遊んでいたのだが4~5歳の娘さんがこちらにやってきた。
このくらいのお子さんを見ると、もうたまらない!!
でしゃばり根性丸出しだとは思うが、「お母さん、すぐに終わるから、ここで待っていて。」と言ったとたん、今まで我慢していた眼が潤んでくる。

お母さんのほうも風水の本の束を見つけて、「これほしいなぁ~~~」
欲しい本があると溜め込むタイプの私ゆえに、「もらっちゃえば!」と言えば、役員さんも「いいよ、」と同調してくださる。

じっと待ったご褒美を手に、お母さんは、風水の本を手に、家路に帰る親子の後ろ姿に朝日が差し込んで、一日のスタートだ。


2007-09-22 09:07 in カテゴリー1 | Comments (1226) #

2007年9月18日 (Tue)

そんなの関係ねぇ~



 先日常楽寺にて、萩と彼岸花を撮影していたら、男性の方が寄ってきて、「皆さんは何処からきたのですか?」と聞かれ、お仲間が佐野市方面(栃木県)だと答える。
「女房の実家が佐野市赤見町ですが、満願寺に白い彼岸花があるらしい」とお聞きしたので、出かけてみたが、確かに数本咲いてはいるものの、場所が駐車場前の塀の傍。

腹ばいになろうが、斜めになろうが肝心のお寺など入ろうはずもなくて、
ただ愛でるだけなら、間違いなく咲いてはいる。

が写真にはならないと言えば、
「そんなの関係ねぇ~~」と切り替えさせられることだろう。

それにしても、この白い花、一気に増えだして、赤の中に白い花一輪だから
珍しかったのに、このまま行くと赤い花も白い花も半々なんてことも。

2007-09-18 21:34 in カテゴリー1 | Comments (18) #

2007年9月16日 (Sun)

常楽寺の萩の花



 今日は「萩の花を撮ろう」の無料の撮影会ながら、
予定されている撮影地の萩の花は、今年はパッとしないと
解っているので気持ちが重い。

それにしても、昨日彼岸花の下見に行ったつもりが、
常楽寺の萩の花がたわわに咲き誇っていて眼を奪われた。
境内を散歩する以外カメラマンもいず、秋の風が時たま
蕎麦の花をゆらす。

萩の花も、濃いピンク・白・淡いピンクとあり、
その合間から、咲きたての彼岸花がちょこっと顔をだしている。

「萩がきれいですね!」
と優しい雰囲気の女性の方が寄ってきた。
ご主人さんが、萩の花が撮りたいと、小金井市の天平の丘公園、
佐野市の万葉庭園と寄ってみたが、思ったような花には出会えず、
ここまで来たという。

山はあるし、蕎麦畑はあるし、素敵なところですねと感嘆される。

私、子供のころから見慣れた風景なので、こういうことに疎いのだ。

しかしながら、ここはうまく合わせねば・・・・。

やっと萩に会えたご主人さんに、その場所を譲る。

同じひとつの花ながら、
偶然来て出会える花もあり、探しに探して出会える花もある。
しかしながら、心に花が咲く瞬間はみな同じ。(尚、住所はトップに記してあります)

2007-09-16 07:45 in カテゴリー1 | Comments (3) #

2007年9月14日 (Fri)

将棋の王手



 問題だらけである、
だからいやになって逃げようというのか。
生きている限り逃げることもできない。
しかし困難が起これば起こるほど
生きがいがあると思って喜んで立ち向かう人もある。
「王手があるからこそ将棋はおもしろい」
と言えるのではないか。
世の中はあまりにもいやなことが多い。
自分の思うようにならないことばかりである。
しかしそれだからこそ生きがいがあり、
働きがいがあると言えるのである、

  鈴木清一氏

この文面は今日の国政をそして世の中を
ずばりといい得て妙なり。

2007-09-14 21:46 in カテゴリー1 | Comments (3) #

2007年9月10日 (Mon)

はてな???



 朝のテレビから「笑顔をキャッチできるカメラ新発売」のニュースに
ちなみに高倉健さんだと中々シャッターチャンスもない
ということかぁ~~~などどくだらない思いが過ぎる。
 でも笑いにも色々とあって、微笑もあれが高笑いもあるし、その人
しか見せない笑顔だってあるしで。
それも判断できなくなったら、人間失格だと思うけど。

赤ちゃんの笑顔はやはりお母さんが一番キャッチし易いだろうし、そう
あるべきだと思う。

男の泣き笑いは、上司か仲間かしら。

先日の暑い日、自動販売機で飲み物を買おうと近づくと、「暑いですね!
飲み物が冷えていますよ」と販売機から声が。

あのぅ~~冷えているから買いにきたのに、これでは疲れて帰って
戸を開けたら、不満タラタラの悪妻のようだと苦笑いしてしまった。

が、これがどっこい!!
おしゃべり小型冷蔵庫が売れているらしい。
悪妻よりも、逆らわない女性?の方が好いということか・・・・・・


はてやこの先、世の中どうなることやら。
そういえば、あの有名な「モナリザの微笑み」の女性は2児の子持ちで
あったというデータ結果を公表していたが、
それって本当に必要なの?

2007-09-10 18:26 in カテゴリー1 | Comments (3) #

2007年9月9日 (Sun)

あ・うんの心



 「おいとまを いただきますと 戸を閉めて 出てゆくやうに
ゆかぬなり 生は」
日常のさりげない生活を魅力的に描いた作家、向田邦子さん。
満願寺の両門に建つこの像に「あ・うん」のドラマが重なった。

この立ち姿、ぐっと眼を見開いて、隙のない形相やお見事なり。

その後想うことがあり、本屋に走り込んで、カメラマスターガ
イド書を手に入れた。

同じ機種だから、解り易いし、
「カメラのことが解れば解るほど、きっともっと楽しくなる」
であろう、いやそうあってほしい、そうならねば・・・・・

「あ・うん」の心境に達せねば、戸を明けて ただいま とは
ゆかぬなり・・・・さて 熱しやすく、厭きやすい性格ゆえに???

あ・う~~~~ん!結果は神のみぞ知る。
2007-09-09 17:49 in カテゴリー1 | Comments (3) #

2007年9月8日 (Sat)

祈り念じて



 出流観音満願寺の奥之院拝殿の中に拝される鐘孔石からなる自
然仏で高さ四メートル余、端厳なる容姿は信徒の随喜やまざるも
のである。古来十一面観世音の後姿として拝まれ天平の往古下野
の国司若田氏高郷の奥方が子宝に恵まれなかったのを歎かれ、
この十一面観世音に祈念して授かった一子が、後の勝道上人で、
彼の日光山をはじめ当山の開基と仰がれるお方である。この因縁
から当奥之院十一面観世音は子授観音として聞こえている。

いつもながら、このような山奥にこのような拝殿を奉った古来の
人の力に平伏すると共に、自然が織り成す芸術品に圧倒させられ
る。今でこそ、参拝の折には照明もあるが、当時は手探りで中に
入り、ただひたすらに祈り、そして念じたのであろう。

それは我の為だけであっては出来ない事業計画であり、その背
後に何か目には見えない大きな力が働いていると思えてならない。

時は流れても、人にはどうすることも出来ない事が多々ある。
慌しい日常を離れて、時には山奥に入って想いにしたり、祈り
念じてみることも大切なことだろう。

自分を見失わないように、他人に流されないように、平常心で
あるが為に・・・・・。

 

2007-09-08 17:21 in カテゴリー1 | Comments (1) #

2007年9月4日 (Tue)

試練の向こうに



 編み物をしていると、時々絡み付いて、イライラとした経験を
ふと思い出す。こればかりは時間がたっぷりあるから
捗るかといえば、「いいえ!」なのである。
小説と同じで、ちょっとした時間の合間をみては、網目を増やす
作業は「やれっ!」といわれてやるのなら恐怖に近いかもしれな
が、ふと気がつけば3時間の睡眠だったなんてことも毎度だった。
しかし絡み合った毛糸を前にしたその瞬間に本性が顔をだす。
少し我慢して解きほぐすものの、数分で「えぃっ!」とばかり
断ち切ってしまうのだ。

 そんな時、友人に気の永い人がいて、傍で黙って、「かして」
と言っては解いてくれた。
その手はまるで手品師のようで、惚れ惚れとしたものだった。

何か試練にぶつかった時は、
「焦らない!落ち着いて!・・・・ホラネ!!」と
そんな声が聞こえてくる。

懸命に努力すれば、誰かがそっと助けてくれる。
試練の向こうには、希望の光が輝いていることを信じて。
ただひたすらに・・・・
2007-09-04 22:27 in カテゴリー1 | Comments (3) #

2007年9月2日 (Sun)

手の切れるような



 あの京セラとKDDIを創業した稲盛和夫氏の人生哲学が詰まった
「生き方」より

 以前、私と同年代の有名大学をでた研究者がいました。しかし私は
その製品を見るやいなや、にべもなく「ダメだ」と突き返したのです。
「なぜですか。お客さんが要求する性能そのままの製品ですよ」
かれは食ってかかってきました。
「違う。私が期待していたのはもっとレベルの高いものだ。だいいち
色がくすんでいるじゃないか」
「あなたも技術者なら、「色が悪い」なんて情緒的なことをいわない
でください。これは工業製品です。もっと科学的、合理的に評価して
もらわないと困ります」
「情緒的だといわれようが、私に見えていたものは、こんなくすんだ
色のセラミックスではない」

 だからダメだと、私はやり直しを命じたのです。それまでの彼の苦
労や、突き返された怒りは百も承知の上です。しかし事情はどうであ
れ、そこにできたものは、それまで私に見えていたものと・・・外見
上ではあるにせよ・・・明らかに違ったものでした。そこで何度もや
り直しさせた結果、とうとう最後には理想の製品を完成させることに
成功したのです。
 
 そのとき私は、「手の切れるようなものをつくれ」といいました。
あまりにすばらしく、あまりに完璧なため、手がふれたら切れてしま
いそうな、それほど非の打ちどころのない、完全無欠のものをめざす
べきだ。そういうことをいったのです。

「手の切れるような」という形容は、幼いころ私の両親がよく使って
いた言葉です。目の前に理想的な完成品が具現化されているとき、人
間はそれに手をふれるのもためらわれるような憧憬と畏敬の念に打た
れるものですが、両親はそれを手の切れるようなと表現していたので
す。

 それが私の口からでたのです。「もう、これ以上のものはない」と
確信できるものが完成するまで努力を惜しまない。それが想像という
高い山の頂上をめざす人間にとって非常に大事なことであり、義務で
すらあるのです。


2007-09-02 17:58 in カテゴリー1 | Comments (1) #

2007年9月1日 (Sat)

日本人の色彩感覚



早いもので、今日から九月。一年間の四分の二が過ぎ去って
しまった。油蝉のように暑い、暑いと発した言葉も収まっ
たようで、これから何かにチャレンジするにはもってこい
の陽気であろう。

写真集の新刊は紅葉の画像で埋め尽くされて、これぞ日本
の風景&心ありとしみじみと魅入る日々である。

なかでも「風景写真」の雑誌が一番のお気入りで、書店に
並ぶや買い求めるようになった。

今回の特集は
「風景写真はデジタルの時代!なのか?」で、その一部に
受け継ぎたい日本人の色彩感覚とある。

板見浩史氏
「色調と諧調は写真の大きな基本のひとつで、諧調のない
写真は貧しい写真と言っていいと思う。例えば緑一色にも
萌黄色とか若竹色とか何十もの名前があってそれらを使い
分けているように、日本人は自然の微妙な色彩に違いを見
分けて、それを絵や着物などに表現してきた民族だったは
ずです。・・・・・・」

石川薫氏
「まさしくその通りで、日本の風景の美、自然に根ざす
日本人共通の美意識を伝えていくことは、プロアマの隔
たりなく風景を撮る人の指名であり、大きなテーマだと
思うんです。表現として写真を撮るということは”何で
もあり”ではないと思います。」

素晴らしい記事ながら、まだまだ理解できることはほん
の一部ながら、美しいと感じる心を大切に、たとえ後退
してもいいではないか、解るところから、少しずつ、そ
して、いつも心がけていることは
「楽しみながら!」である。
2007-09-01 08:28 in カテゴリー1 | Comments (1) #