2007年6月30日 (Sat)

待つ楽しみ



 手元にある「日本の花風景」の表紙は、富士見高原ゆりの里である。白樺林の間に錦織のごとく咲く色とりどりの百合の花に撮影スポット沸騰中というところのようで、
それにしても、最近このゆり園なるもの、この一冊の本の中でも、

●富士見高原リゾート「富士見高原ゆりの里」
 長野県諏訪郡富士見町堺12067
●ゆり園
 埼玉県所沢市
●可睡ゆり園
 静岡県袋井市
●伊勢ゆりパーク
 三重県志摩市etc

後一ヶ月もすると大好きな山百合に出会えると思うと心躍る日々。写真家の小松毅史先生の解説によれば、

ユリの花を群落として撮影する場合、花が後景となることはほとんどなく、通常は前景となる。いずれの風景的撮影でも同じことであるが、前景あるいは主体となる花々には、少なくとも全体に被写体深度を確保できるようなアングル、ポジションを工夫すること。クローズアップでは、できるだけ花一輪を画面中央に配置するのではなく、花の向き、方向性を考慮し、空間を生かすようなフレーミングをするといいだろう。花は形が美しく咲き具合も最良の個体を選択し、茎や葉も生かした構成を工夫したい。
とあります。

指折り数えて待つのも又楽し。


2007-06-30 16:18 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2007年6月24日 (Sun)

色に出でし・・・



 万葉集に「朝顔」として詠われているのは桔梗の花であるようで、現在の朝顔は、奈良時代には未だ渡来していない。くっきりとした花の姿と鮮明な色合いであることから、目につくことをはばかる心を言うときに、逆に思い起こされるようになったようである。
 人に知られないようにという、昔も今も変わらない恋の歌のテーマは、花に重ねられるとき、より優美な秘すればこその恋の情感が添えられる。

こいまろび恋ひは死ぬともいちしろく色には出(い)でじ朝顔の花

(身もだえして恋の苦しさに死ぬようなことがあるとしても、顔になど出すものですか。朝顔の花のように・・・・)

2007-06-24 22:34 in カテゴリー1 | Comments (0) #

白樺牧場



 田舎に帰る途中いつも通る赤城山道路。途中観光地された沢山の施設や温泉があって折々の季節楽しめる場所でもある。道の両端には、満開の「ヤマボウシ」の花が豪華に、そして厳かに咲き、この花を求めてここに移住した
俵萌子さんの美術館を訪れるのもよい。

買い求めた自記筆の「やっぱり挑戦がいい」の言葉を毎朝心に留め置く日々。階段から軽い足取りで降りていらして、「気持ちのよいお天気ですねぇ~~、どうぞお庭でも散歩なさってからお帰りくださいね」まさにお名前のようにいつでも爽やかに激しく萌えているかのような声が今でも残る。

大好きな萌黄色に火を灯すのは、真っ赤な花レンゲツツジであろう。
曲がりくねった道に霧がかかり、多少の恐怖感と期待感が葛藤する中、目的地の白樺牧場に到着。思ったよりはカメラマンも観光客も少ないながら、
満開のこの季節観光バスが後を絶たない。

何処もレンゲツツジの咲き誇る中、数頭の牛が放牧されて、お子さんの目も楽しませてくれるので夏休みなどは家族連れで賑わう。

それにしても、思うようにこの赤が出ない。
思ったような赤に出会える日は後何年かかるやら、
花のエッジが甘い、
手前の枯れ木は邪魔物であった・・・・
反省の山となっても、諦めないで、
まずはチャレンジの一回目。
霧と白樺とレンゲツツジのこの色合いを求めて
これからもチャレンジのみ。



2007-06-24 07:30 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2007年6月20日 (Wed)

ときめきと芳しさ



 山百合の背丈が延びて、可愛らしい蕾を見つけたら、百合の花に会いたくなった。
電車の中吊りのキャッチコピーは「ときめきとかぐわしさを求めて・・・」
とある。ときめきって言葉何処かで聞いたようなと思ったら、私のHPのタイトルであった。しかし「かぐわしい」なんて言葉に久しぶりに出会った。
香りを意味するにしても、こんな綺麗な言葉がありながら、日常あまり使われないのは寂しいものである。

むしろ外国の方のほうが、日本語の素晴らしさを大切にされているのには
頭が下がる思いである。
「育む」「織り成す」「慈しむ」即席にはない真心の篭った素晴らしい言葉の数々。日本語の素晴らしさを改めて感じる。

ここ所沢市上山口2227 「ゆり園」

●交通 西武池袋線「西武球場前」駅前
    西武新宿線「西武遊園地」駅乗り換え、レオライナー(山口線)
       「西武球場前」駅前

自然林の中に50種・約40万株のゆりが咲き競います。 
2007-06-20 23:17 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2007年6月17日 (Sun)

私好み・・・


 栃木植物園の山肌に紫陽花の花が咲きだした。園長さん曰く、私の好みは
自然な感じの山紫陽花なのですが、もっと華やかな西洋紫陽花が見たいとおっしゃるお客さんの、そんな要望に答えてただ今検討中とのこと。

西洋紫陽花は山紫陽花と異なって、日当たりのよい場所を好むようで、山道の林や沢沿いにひっそりと咲く山紫陽花とはまったく反対だったとは。

名前こそ紫陽花なれど、和と西洋とではまるで違うようで、さて貴方はどちら好みであろうか。

好みで言えば山紫陽花であろうか。しかし時には華やかな西洋紫陽花も愛でたいしで、とかく人間とは贅沢な生き物のようで。

2007-06-17 16:36 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2007年6月13日 (Wed)

時を待つ心



 何事を成すにも時と言うものがある。時・・・・それは人間の力を超えた、目に見えない大自然の力である。いかに望もうと、春が来なければ桜は咲かぬ。冬が来れば春はま近い。桜は静かにその春を待つ。それはまさに、大自然の恵みを心から信じきった姿と言えよう。

 悪い時がすぎれば、よい時は必ず来る。
おしなべて、事を成す人は、必ず時の来るのを待つ。
あせらずあわてず、静かに時の来るのを待つ。

 時を待つ心は、春を待つ桜の姿と言えよう。だが何もせずに待つことは僥倖を待つに等しい。静かに春を待つ桜は、一瞬の休みもなく力をたくわえている。たくわえられた力がなければ、時が来ても事は成就しないであろう。

 時を得ぬ人は静かに待つがよい。大自然の恵みを心から信じ、時の来るのを信じて、着々とわが力を蓄えるがよい。着々とわが力をたくわえる人には、時は必ず来る。時期は必ず来る。

 待てと言われればなおあせるのが人情である。だが自然の理はわがままな人情には流されない。冷たいのではない。静かに時を待つ人には、暖かい光を注ぐのである。お互いに時を待つ心を養いたい。

(大切なこと 松下幸之助著より)

2007-06-13 22:12 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2007年6月11日 (Mon)

こだわりカフェ



 以前は何処の駅にもあった立ち食い蕎麦屋さんが消えて久しい。かと言って、神皿に紙コップでは味気ないと思っていた矢先、ちょっとした高級カフェと思わせるようなお店が増えているのはありがたい。
需要と供給の社会で、待ってましたと言わんばかりのこういった店舗の出現はこれからも成長するであろうことを願う一人である。

安いお値段のわりには、素材は好いものを使っていて、パンも味わいがあり、容器にもこだわりがある。なんといってもあのマニュアルどうりの接待は頂けないものがあって、真心が感じられないが、日本人本来の思いやりがある。

そんなすべてが受けているのであろう、品の良い高齢の方もいらして、すんなりと入れる心安さが感じられる。

やはり大都会のこういった変化を肌で感じていたい。必要以上に入り込まず、それ以下でもない都会の空気を・・・・




2007-06-11 23:41 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2007年6月9日 (Sat)

加齢なる一族



 どんなきれいな人でも、やがては前に倒れ、後ろに倒れ、その繰り返し。人生なんてそうです。寝て、起きて、食って、働いて、便所に行ったり来たりの繰り返し。別にたいしたことはないんですよ、みなさま。
 でもね、男性は倒れないんですってよ、前と後ろには絶対に。安心してください、ご主人さま、男は倒れないです。倒れる前に死にます。それぐらい、女性は生命力があります。嫌というほど生きるんです。

奥様はこの薔薇の花です。ご主人さまはこの葉です。この花が美しいのも、茎や葉があればこそなのです。間違いなく三段バラなのであります。

   (きみまろ人生劇場より一部抜粋)

2007-06-09 17:55 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2007年6月7日 (Thu)

手紙



 茨城県神楢市 菅谷洋子

 4月から一人住まいを始めた20歳の娘。今まで
は私の愚痴の聞き役や、夫婦間で起こるもめ事の
仲裁役、そして家族の笑顔の中心として、なくて
はならない存在だった。
 娘がいなくなり、私は日を追う毎に淋しく辛く
なってきた。ああ、やっぱり。仕事上のストレス
も抱え、どうにもこうにもいかなくなって、グチ
ばかりを長々と手紙に書いた。娘からの返事に、


「他人と過去は変えられないけど、自分と未来は
変えられる」と一言。


負うた子に教えられと言うけれど、色々な事が吹
っ切れた。ありがとう。あなたにもふるほどの幸
あれと願います。

(ダスキン 喜びのタネまき新聞より)

2007-06-07 20:57 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2007年6月6日 (Wed)

魅せられて



 先日のこと、太平山へちょっこっと立ち寄ったところ、紫陽花まつりに供えての売店の荷物を運んでいる方が、約千段のあじさい坂の両脇に40本の蝋梅を今年植え付けになられたとかで、その理由が、今年の春秩父の宝登山の蝋梅に魅せられたので、私のポケットマネーで購入したとのこと。
いいなぁ~~魅せられてそれをすぐに実行できるなんて!

宝登山へはまだ一度も行ったことがないのだが、「魅せられて」なんてお聞きすると、来年は行こうと思う単純さ。単純でも楽しければいいではないかとばかりに。


大平山紫陽花まつり
6月15日~7月1日
大平山にてあじさいまつりが行われます。
雨の中綺麗に咲き誇る紫陽花をご覧ください。



2007-06-06 22:02 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2007年6月4日 (Mon)

出会いに感謝



何とも情けない話だが、スポット測光がどのようなものかまったく解らない。ただ解ることはこれを理解しなくては前に進めないと言うことぐらいで、まさに頭は石器化しているのである。
そんな中「風景写真の極意」鈴木一雄著のページを捲ると、

はじめに

雨であっても 曇りであっても
新緑や紅葉がよくとも 悪くとも
朝焼けが期待どおりになっても ならなくても

今日出会えた光景に 素直に 感動しょう
生きていることの喜び
シャッターをきれることの喜びの灯を
決して 絶やさずに
こころを 喜びでふるわせよう

感動喪失病にならないよう
いつも 被写体に 自然界に
支えてくれるすべての人に
そして 神に 感謝しよう

人との競争や 欲をすて
ひたすらに 出会いの光景を
祈るように 描こう

感動と喜びが 画面に宿り
それが 作品の力となろう
それが 自分史に残る 作品となろう

自然写真家
  鈴木一雄

この一枚のページに感動してしまい、さて肝心のスポット測光はいかなることになるのやら、まぁ~それなりに学んでみよう。

(写真の花は→ヤツシロソウです。環境省の絶滅危惧種)
2007-06-04 18:50 in カテゴリー1 | Comments (2) #

2007年6月3日 (Sun)

花菖蒲の季節



あしかがフラワーパークに花菖蒲が咲きだした。と言ってもポットで育てたものを木陰一面に並べたと言うのが正解かもしれない。数人のお客さんが椅子に腰かけて安らいでいる中で、突然「どの花を撮っているのですか?」の声に他人事と思い澄ましていたらば、私を指すではないか。どうやら母親と娘さんの様であり、傍にいるのが彼女のご主人さまのようである。埼玉の東松山市からいらしたとかで、もっと広いかと思ったけど以外と狭いのですねぇ~~と、ちょっとガッカリされた様子だったので、つい余計なお節介心で、ここは藤の時期においで頂くと素晴らしいのですが。「噂にはお聞きしていますが、その時期は駐車出来ないで帰る人もいるそうですので、わざわざ避けて出かけてきたんです」との事。花菖蒲も設置したばかりですので、後数日すれば綺麗に咲きそろうと思います。又この場所にはアメジストセージが咲き揃う時期は見事ですので、又いらしてくださいね。但し下のポットは避けて撮るべきですが。

新しく買ったコンパクトカメラで花菖蒲の撮影を始めた彼女に花のマークで撮影しているの?とお聞きしたら、「そうです」との事。お若い方はすぐに理解されますから羨ましいです。花の撮影は蘂に合わせて、人物は花の蘂、つまりまつ毛に合わせて撮影されてみては・・・わぁ~お母さん顔のマークがちゃんと出てくるんだぁ~~~。

調子に乗ってのおしゃべりは嫌われる元、花菖蒲もまだ早いようなので「では楽しまれてお帰りくださいませ。」と挨拶して別れた。

再度笑顔で出会った時は、姫りんごの実の前で、今度来たときこのリンゴ鳥が食べてしまうかなぁ~~と話され、ポピーにいたコオロギに夢中になられ・・・・
最後の会話は、以外に広いのですねぇ~~~に変わっていたのが何故か嬉しくて、

地元と言うだけですが、喜んで頂けて良かった。
これも何かの縁。


2007-06-03 00:12 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2007年6月1日 (Fri)

大切な心



ある水族館で、イルカのラッキー君が人気者になっているらしい。イルカと言えば頭脳明晰で可愛いらしいと思いきや、ラッキー君はちょっと違う。芸をしても他のメンバーより何もかも鈍くて、唯一得意とするのはバイバイだけ。それでも売店でのグッズの売る上げは伸び放題で、若い二人の女性「ラッキー君が頑張っているのだから私でも頑張れる」「出来るなら毎日来てラッキー君に会いたい!」

花も同じで、「やれ綺麗でしょう!」「貴方の為に咲いたのよ!」なんて言わないから人の心を和ませてくれるのだろう。

さて今日から衣替えだが、こう言ったことも年々希薄になってきているように思える。何処に行っても冷暖房完備なのだから、洋服を変えるよりもスィッチの切り替えと言うところなのだろうが、暦の中にある美しい文学と称される「二十四節気」を通して時の流れを感じる為にも、自然の中へ出かけ自然と触れ合っていたい。

調教師の方曰く、「ラッキーは誰よりも頑張っているから可愛いです」と。
現在の学校では頭の良い子が可愛い子で、頭の悪い子は可愛くないのではたまらない。

「駄目な子こそ可愛い」「馬鹿でも豆がようござんす」隣の悪餓鬼もいなくなってみんな良い子ばかりで、いたずらして逃げる姿もない。

人の心の中にぽっかり出来た空白を埋めてくれるものはな~に。
2007-06-01 21:51 in カテゴリー1 | Comments (0) #