2007年3月31日 (Sat)

臥龍院の枝垂れ桜



 巨石群の手前名草上町には3本の淡い色の枝垂れ桜がある。
人気のないその寺を知ったのは、昨年の今頃で、
手前の橋は、危ないですから、充分にお気をつけて
お渡りくださいと書いてある。
渡る一瞬もしも車ごと川に落ちたらと不安が過ぎったものだ。
それなら渡らなければよいものを、
ちょっとしたスリルを楽しみたいと言う幼稚な好奇心が
邪魔をするのである。

お寺の名前は臥竜院(がりゅういん)
案内板によると、

本堂の西方に一本。本堂の前方の一段低いところに二本ある。上にある一本が特に大きく、高さ15m、枝張18mあり、昭和40年に足利市天然記念物に指定された。樹齢は不明であるが、ご住職によると「明治4年の寺の図面には相当大きなものとして載っていることから、200年余りと考えられる」というお話である。シダレサクラはエドヒガンの変種で、春早く3月下旬に花をつける。西方へ張り出した太い枝から、細長い糸のような枝が多数垂れ下がり、この枝に花いっぱいつけた様は優雅であり壮観である。このシダレサクラも一時は樹勢が衰え、枯れる寸前になってしまった。そこで名草地区の協力により、平成9年2月に樹勢快復工事を行い、現在では元のような見事なさくらの花を咲かせることができるように快復できた。

毎年訪れると言う方が、昨年は見事だったとおっしゃっていたが、この暖冬はいろんな影響を受けたようで自然を目の前にしてはそれも止むを得ないことだろう。ただただ見事な花に会えればそれは幸運というものだろう。この寺の二つの地蔵様に刻まれた「念じれば」「花ひらく」の言葉のように、何時の日にか魅了する桜に会えることを祈る。



2007-03-31 18:47 in カテゴリー1 | Comments (1) #

2007年3月30日 (Fri)

尊いもの



 「お金以上に尊いもの」

金持ちの生活が
うらやましいと思ったなら
お金を残すように頑張ることだ
しかしお金だけでは幸わせではない
と気づいたならば
思いやりがあり
愛情の豊かな人間になって
本当の幸福をつかむことだ
生きている限りは
自分にとって生きがいのある
生き方をすることだ

ダスキン発行
種まき新聞より抜粋
2007-03-30 07:09 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2007年3月28日 (Wed)

イワシダレサクラ



栃木県栃木市の大平山太山寺は、 3代将軍徳川家光の側室で4代将軍家綱の生母である
お楽の方が家光を偲んで植えられたと伝えられ、樹齢
350年と言われるイワシダレサクラが調度見頃を迎え、
大勢の観光客で賑わっていた。夜にはライトアップさ
れて幻想的な桜を魅せてくれるとか。

さすが情報社会皆さん博学で、ほら大奥のお楽の方が
植えた桜だよとまるで親戚の娘でもあるかのような感
ありて耳はこっちで眼はあっちと楽しませて頂いた。

桜の中でも、何故かシダレサクラが大好きな私として
はもう気もそぞろではあるが、身体は一つで、どうし
てもここだけは行かねば・・・という場所のみとなる
のは仕方ない現実でもある。
2007-03-28 23:45 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2007年3月27日 (Tue)

桜咲くころ



 梅が散って、いよいよ桜の咲く季節。
今年の桜は例年よりもかなり早い開花に戸惑いを
覚えながらも、どうしても撮影したい桜が
いくつかある。
その一つは、
昨年は、すでに葉桜となったしだれ桜、
今年は満開の時に是非会いたいと思う。
主のいない寂れたお寺の境内にしっそりと咲く
その花の手前の門柱に
「願えば花ひらく」と両側に渡って書かれたその言葉。
ただひたすらに願をかけて
そんな想いが成就したそのときに
見上げる桜の美しさやいかに。

満開の時か散り際
桜はこの二つの時期をうまく捉えることだろう。
里の一本桜も昨年は
縁台でお茶のみをしていた二人にの方が、
「あんた、後二日早ければピンクがもっとも濃くて見頃だったのに・・・」
と教えて頂いた。
一番綺麗なときに撮影しなと言う負傷な気持ちが有りがたかった。
友人の実家のお嫁さんが、
少し咲き始めたとメールの便りがあったと
今朝教えて頂いた。

そろそろ眼が離せない季節となった。



2007-03-27 23:35 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2007年3月25日 (Sun)

時はゆったりと流れ・・・



 あそこ辺りに片栗が咲いているようだと言う。
今ではどんな山奥にも人家がある限り、車が入って
行けるように舗装されている。
大体検討はつけるものの、野草だからおいそれと
見つかる訳がない。
あとは地元の人の情報だけが頼りとなる。
何処に行っても一言
「昔はここらの山肌びっしり片栗の花だらけだったんだがぁ~~」
世の中不思議なもので、有り余って満たされていると
それを取ることなど思いつかない。
増してや今晩のおかずの天ぷらの具にと数枚の葉は摘んでも
根こそぎ取ってしまうような残酷なことは出来ない。
近所の人とお茶を飲みながら、裏山の片栗が咲いたから
そろそろ畑を掘りおこさなければ・・・・
鯉のぼりの支度もしなければなぁ~~~と。
自然と共に生きて来たであろうそんな会話を想像する。

「片栗の花の成長は8年ぐらいで、根は下へ下へともぐるんだよ!」
「写真は朝早くきて、開くとこを撮るのが好いらしい。」
時はゆったりと流れて、これぞあるべき姿かなと思えてくる。

除草剤と下刈されない山肌に
可憐な片栗の花が生きながらえることもなく、
誰の為にでもなくひっそり咲く花に
会える感動も薄らいだ。

そこに住む人の温かな心が花に命を吹きかける。
庭に見事な水仙の花・・・・
息子夫婦に持たせて上げるのだろうか?
おじいさんが数本折っている傍で、
おばあさんが、「その花よりこっちの方が良い」と
共に折る花の数が増えて。

「あんたも持って行くかい」
「いえいえ、写真を撮らせて頂くだけで・・・・」
「花も写真に撮ってもらって喜んでいるよ!
ありがたいなぁ~~~」

そう言ってもらうのは嬉しいが、
家に帰って見た画像のお粗末なことと言ったら
情けない。
何時かおばあちゃんに手渡せるような
写真を撮れたらいいなぁ~。

帰りがけには
「息子が持ってきたお土産だけど・・・」と
炭酸饅頭まで頂いた。
それは甘くてしょっぱいおふくろの味がした。
2007-03-25 09:43 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2007年3月24日 (Sat)

乙武さん教師になる!



 ラジオから乙武洋匡さん杉並区の小学校教師になるのニュースに
思わずガッツボーズ!
現在どのような人が教師になれば良いかと盛んに騒がれている
中で、著書『五体不満足』での
「障害は不便です。だけど不幸ではありません。」
の言葉は今でも鮮明に心に残っている。
そして障害の子供に対する母親の前向きな心構えには感銘されられた。

あれからテレビ界でスポーツキャスターとして活躍され
バラエティー番組でも度々お顔を拝見させて頂いた。
人格のすばらしさはあの笑顔に全て象徴されている。

その笑顔を任期つき教員として今度は未来ある子供たちと
ともに過ごすのかと思うと3年間ず~~と過ごせる生徒さんが
羨ましい。

今回の件で、杉並区では教員として子供達と接していく上で、
必ずぶつかであろう「困難」を100ほどのリストとして、まとめ
(体育の授業やけんかの仲裁など・・・)は介助員一名を
つけての対応となるとのこと。

教員資格を再度更新した方がいいのでは・・・とか
資格・資格と建て前ばかり。

武田鉄也さん演じる金八先生は、再放送される度に
視聴率アップ。
いつの時代でも生徒が求める教師は熱血教師なのだと
思えてならない。

どこそこの大学出身では心の窓は永遠に閉ざされたままで
あろう。




2007-03-24 08:45 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2007年3月21日 (Wed)

桃の花



 古河の桃林が見頃になった。
係りの方とお話していたら、
こんな質問をうけた。
「梅の花を見てどう思いますか?」
あたり障りのない回答で
「梅の花も桃むすめさんもとても綺麗ですね!」と・・・。

「年々花の色が薄くなっていると感じません!
梅の樹は樹齢20年~30年と言われているんです。」
そう言われて見れば濃すぎるくらい濃いピンクが
程よい色と化している。
この色にはちょっとした思い出がある。
ある日家庭調査に訪れたおまわりさんが、
私が羽織っている上着も見てこう言った。
この色懐かしい色なんです。
子供の頃新潟の畑一面に咲いていたレンゲ畑を思い出
すなぁ~~40代くらいのその人は懐かしいそう
に言った。

私がここを知ったのは、僅か5年くらい前であるから
現在の樹になって何年経っているのだろうと、
調べたところ、

古河の桃林は明治期末から盛大な観桃会として開催されましたが、
大正期に炭素病のため殆ど枯れてしまい、これを惜しんで
古河市では、昭和48年(西暦1973年)より計画された古河
総合公園内に桃林を復活とある。

と言うことは、今後新しい苗木を植え替えなればならない
時期に突入と言うことであろう。
もちろん市の職員の方が検討中ではあろうが、桃むすめさんは
毎年選ばれても、肝心要の桃の樹は、老体に鞭打って花開い
いるのであろうか、そう思って見上げると何故かそう思えて
くる。

樹齢何百年と言われる桜の寄木が、何故か松葉杖のように
思えるのにも似て。

2007-03-21 08:43 in カテゴリー1 | Comments (3) #

2007年3月19日 (Mon)

パッション



 あれは何時の事だろう。
レタリングの文字と相まって、蝶のその中に
芸術的な造型文字が舞っていた。

多分その時分「パッション」と言う映画が封切られたのであろう。
キリスト的な映画は賛否両論され、
受難と言う意味として定着したようだ。

そして
「ハゲタカ」間山仁著にも
こんな会話が記載されている。

「言ったはずよ、雅彦。私は愛とフェアと言う言葉は信じてないの。
頼れるものはパションよ」

そして今読んでいる本
「自分の中に毒をもて」岡本太郎著にも・・・

「ぼくは、ほんとうに自分を貫くために、人に好かれない
絵を描き、発言し続けてきた。
一度でいいから思い切って、ぼくと同じになる方の道を
選ぼう、と決意してみてください。
そうすれば必ず自分自身がワァ~~~ッともり上がってくるに
ちがいない。
それが生きるパッションだ。」

やはり現在は情熱の意味として捉えていいのであろうか。
2007-03-19 23:59 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2007年3月18日 (Sun)

木蓮の花



 綿帽子のような真っ白な木蓮の花が
青空に映えるそんな季節だと言うのに、
今年の花は見るも哀れな茶色の花と化した。
○○植物園カード会員第1号の私は
社長さんを捕まえて質問攻め。

「どうしてこんなことになったのですか?」
「花が開いてから急に冷え込んだ為でしょう!」
暖かいと思って開いた花も、この冷え込みに
絶えられかったと言うことなのだろうか。

自然の真実を見せ付けられた想いがする。
白い花はより白く
赤い花はより赤く
青い花はより青くあって欲しい。
それにしても自然はこうもあからさまに
現状を見せ付けてくれるのか!

又来年
来年こそ・・・・
本来の真っ白な花を青空にアレンジしよう!

(したがって木蓮の写真がありませんので、
木瓜の花ですいません。)


2007-03-18 17:26 in カテゴリー1 | Comments (4) #

2007年3月17日 (Sat)

チューリップ



 毎年春になって
チューリップの花を見ると、想い出すのは
何故か母が描いた宿題の事。
ある日、一枚の画用紙を渡された。
遊びから帰って気がついたら、そこにはチューリップの
絵がすでに描かれていた。
子供心に葉のラインが何とも本物に近いなぁ~~~と
思ったが
特に深くも考えずそれを学校にもっていった。

その後数日してその絵は「大変良くできました」の
金太郎の判子が周り中を囲んで返された。

何を思ったか、その絵は
家が取り壊されるその日まで飾られていた。
それが小学一年生の出来事で、
やがて中学生のときの先生が、
美術と体育の担任だった。
ともかく晴れたら野外授業と言う毎日で、
生徒を前にして、こう言った。
「体育はどうしても出来ない子と出来る子に別れる。
出来ないのは仕方ないが、やらないのは許せない。
私の通信簿は一所懸命やった者には3以下はつけない。」

個々の性格も好く把握していた。
ある日こんなことを言われた記憶がある。

「あのなぁ~~~一枚の絵を仕上げるのに最低10時間かけて
やってみな!」
夏休みの宿題は言われた通り、時間をかけてやった。
それを見て係りの人が職員室に持って行き帰るや
「何々さんの絵面白い絵だって言っていたよ」
面白い?可笑しい???
二階から見える牧場の絵を描いたのに何が可笑しいのかなぁ~~~
???

その後子供の絵を誉める時には
決まって
「面白い絵だね!」と言う自分がいる。
2007-03-17 16:42 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2007年3月15日 (Thu)

沈黙の春



 有機農法と言っても実際は、
農薬を幾分減らす程度又は散布の回数の減少に留まっているのが
現状と言う中で、今現代人の身体は農薬漬けだろう。
微々たる摂取でも一日三食重なればかなりの量が身体を蝕んでいる
計算になる。

春がきても自然は黙りこくっている。
小鳥も歌わず、
ミツバチの羽音も聞こえない。
レイチャル・カーソンの「沈黙の春」の中の一節である。

ミミズもいない土壌から美味しい野菜が取れるはずもなく、
ただ生産性だけを追い求めてつけが今巡り巡って
様々な被害をもたらせている。
一日狭い檻の中で生きている鶏は可愛そうだ。
近所の子供達が拾ってきたチャボがある日卵を産んだ。
玉子焼きにしてみんなで分けて食べた味は最高だった。
昼間は外で放し飼いだったのだから。
何が苦労だったかと言えば、
ある朝
「こけっこっこーーー」と鳴いたその日の朝からである。
その防音防止に布団の重ねがけ。
しかも郊外といえど東京の世田谷区である。
多分大家さんも知って見ゆふり聞かむふりをして下さったのだろう。

本来の味を知っていれば
薬剤漬けにはもっとも敏感になれるであろう。
いやだ!いやだ!春はやはり華やかな春がいい。

2007-03-15 22:38 in カテゴリー1 | Comments (0) #