2018年11月26日 (Mon)

厚かましい人たち




 先日のことです。
撮影場所で、
女性の方とお話ししていたら、
男性の方がいらして、
「退職して一日中暇していますので、
何処か良い撮影地を案内してくれませんか?」と
頼んでいた。
謂われた彼女思わず「ぇっ!私がですかぁ!!」と困ったような
返事に、
お節介だとは思いましたが、
「撮影地の住所と電話番号を教えて頂いただけでも
有難いことですよねぇ~~」と口を挟む。

そうかと思えば、カメラのこと、分からないので、
教えてくださいに始まり、若いころの自慢話を
聞かされて、挙句の果てには、
携帯番号を教えてくださいって・・・・

貴方は一年中暇かも知れませんが、
他人様に対して、優しくするのが当たり前だとでも
思っているのでしょうか?
これからの時代、
益々このような場面に出くわすことが増えそうな。

それにしても、
ここまで厚かましい人が多くなったとは、
恐ろしいことです。

安易に携帯番号など、決して教えては
いけません。
2018-11-26 22:54 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2018年11月25日 (Sun)

ワケあり




 昨日アウトレットにて、来年の撮影旅行用の
ジャンパーを購入。
それにしても、ワケありとは言え、お安い。
後ろのステッチが少し曲がっているので・・・と
謂われたが、後ろに目があるわけじゃないので。

ワケありと謂えば、産経新聞の朝の詩に
このような文面が記載されていました。

『ワケあり』
  千葉県船橋市 山本善太さん 86歳

レジのお兄さんに、
ワケありの胡瓜
そのワケとは何なの
妻は聞いていた

困り顔のお兄さん
妻の耳元でささやいた

不揃いで曲がったりの
私みたいなのね

お兄さん吹きだして
レジ止め笑ってた
2018-11-25 21:15 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2018年11月20日 (Tue)

己に勝つ



 今、相撲界がおもしろい。
小結 貴景勝のぶれない相撲は、
一日の煩わしさを転換してくれる。

順調とは言えない、いやむしろ真逆な状況の中で、
相手が誰とかは関係ない。
己に勝つことのみ考えて戦っていると話す。

私たちは、周りのことに振りまわれて、
ふと自分を見失ってしまうのに、
それがないのだ。

勝ち越しも決まり、
今後の戦いに期待したいものです。

私事ですが、
撮影においても、
早朝は寒いからとか、
仕事に差支えるとか、つい自分に甘い自分がいる。
職場でも互いの足のしっぱりあいに嫌気がさすが、
あくまでも仕事をしに来ているのである。

少しでも見習わねば!!

2018-11-20 21:25 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2018年11月11日 (Sun)

自分に何ができるか!



 友人との会話で、
写真の会に入会して一年が経ちました。
撮影会にも熱心に参加して
傍目にもすごく熱心な様子に驚かされましたが、
何事もそうですが、最近いろんな不平も
出てきたようです。
 撮影会に行っても、懇切丁寧に教えてくれない、
懸命にやっているのに、思ったように上手な
写真が撮れない等。

考えてみれば、一年くらいで、
バッチリ成果が上がるなんて、あり得ないこと
ですよね。私もそうですが、その焦りから、
つい他人のせいにしがちでもあります。

『だから、一流』菅原亜樹子著より抜粋
将棋棋士 羽生善治氏のお話し。
★★★
 プロになるために師匠の弟子になりますが、
師匠が手取り足取り教えてくれるわけでは
ありません。
努力して上達するかしないかは、すべて本人
任せ。

 対局を積み重ねていくと、次第に自分の
スタイルや個性が確立してきます。
たいていは、上手な人の真似をしてみるところ
からスタートしますが、少しずつ「こういうふうに
工夫してみようか」とか、「こういうアイデアも
おもしろいんじゃないか」と言った蓄積ができて
きます。
そのうち自分流の将棋スタイルが確立し、
私の場合は「羽生マジック」言われるように
なりました。
★★★

誰かのせいにしている限り、前には進めないのです。
前に進むためには、自分で努力するのが、
一番の近道なのかな。

(写真は渡良瀬遊水池の朝焼けです)



2018-11-11 20:19 in カテゴリー1 | Comments (0) #

2018年11月6日 (Tue)

思い上がりを正す



 ついつい相手に対して厳しくなっている
なんてことはなかろうか?
私などは、日常茶飯事
「相手の事が気になって仕方ありません」
「人は人、自分は自分」とは分かっているのに。

そんな中で、
『幸せは、あなたの心が決める』渡辺和子著
のこの文面には共鳴させられました。

★★「この世の中に、神以外のものはすべて
被造物であり、不完全なものである」
ああ、本当にそうだ。人に完全なものを求め
てはいけない。人の不完全のあらわれに腹を
立てるということは、自分の分際をこえたこ
となのだと、しみじみわからせてもらったの
でした。
 しかも不思議なことに、他人を批判したり
非難したりすると、必ずといっていいほど、
その後で自分が同じことをしでかすのでした。
 たとえば、鍵をどこかへ置き忘れて大騒ぎ
している人を、「まあ、不注意な人、あの人
はいつでもああなんだから」と心の中で思っ
たとします。
 その翌日、自分が自分の鍵を何処かへ置き
忘れるのです。
仏教的にいえば、これはバチが当たったとい
うことになるのかもしれません。私にとって、
自分の思い上がりを正していただく良い機会
だと思っています。★★

2018-11-06 20:56 in カテゴリー1 | Comments (0) #

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